同じ部品、違う鉄砲
翌朝も、作業台の上には二挺の鉄砲が並んでいた。
昨日は結局、ほとんど何も作らなかった。一日かけてやったのは、二挺を見比べて違うところを書き出すことだけだ。
そして分かったことがある。
「……多いな」
「いっぱいありそうや言うたやろ」
「言うな言うたやろ」
横にいた新八が笑った。
鋲の太さが違う。長さも違う。穴の大きさも微妙に違えば、その穴が開いている場所も違う。金具の形にも少しずつ差があり、二挺を細かく見れば見るほど違うところが出てくる。
昨日の俺は、それを一つずつ紙に書き出していた。最初のうちは真面目に数えていたのだが、途中から少し嫌になった。
「これ全部揃えるん?」
「……いや」
俺は二挺を見比べた。
確かに違う。だが、だから何だという話でもある。
二挺ともちゃんとした鉄砲だ。榊屋で作り、親父が見て、売っていいと判断した物である。撃てないわけでも、壊れているわけでもない。
違うから悪いのではない。
最初から、同じである必要がなかったのだ。
「全部同じにする必要はないな」
「昨日と言うとること違うやん」
「昨日も全部同じにするとは言うてへん」
「最初は思っとったやろ」
「……ちょっとだけ」
新八がまた笑った。
腹は立つが、その通りなので仕方がない。
俺は昨日書いた紙を見直した。一益から出された宿題は、同じ鉄砲を作れというものではなかった。片方から外した物を、もう片方へそのまま付けられるようにしてみろ、と言われただけだ。
ならば、見た目までそっくりにする必要はない。交換したい部品と、それに関係するところ。まずは、そこだけ揃えればいい。
「これは?」
新八が一つの金具を指した。
「今はいらん」
「これは?」
「それも後」
「ほな、これは?」
「……それも別にええな」
「何を同じにするん?」
「それ考えとんねん」
「昨日から?」
「昨日から」
思ったより難しい。
◇
話を簡単にするため、俺は昨日見ていた鋲を一つだけ考えることにした。
複雑なカラクリ全部を一度に考えるから分からなくなる。まず一個でいい。
鋲の太さを決める。長さを決める。鋲が入る穴の大きさも決める。
ここまではできる。
市兵衛なら、今の旋盤で同じ太さの物を何本か作れるだろう。穴を開ける錐も、以前より揃えて作れるようになった。
問題は、その先だった。
「ほな、穴も同じとこに開けたらええんやろ?」
新八が言った。
「せやねん」
「ほな開けたら?」
「どこに?」
「……同じとこ」
「せやから、その同じとこがどこやねん」
二人で黙った。
新八が二挺を見比べる。
「……ここ?」
「何でそこなん?」
「今の鉄砲がそこやから」
「もう一挺はちょっと違うやん」
「ほな、その間?」
「何で間やねん」
「知らんがな」
まったく進まない。
俺は二挺を横に揃え、同じような場所に開いている穴を見比べた。例えば「後ろから指二本分」と決めたところで、どこを後ろとするのか。台木の端から測るなら、その端の形が二挺で違う。上から測ろうにも、丸みの付け方が違えば当てる場所ひとつで位置が変わる。
昨日気付いた「穴の位置も寸法」という考えは間違っていない。
だが、位置を数字にしただけでは足りない。
前世なら図面を見れば済んだ。基準になるところから何ミリ、そこから何ミリと数字が書いてあり、その通りに加工すればいい。
だが今、その図面を作る側にいる。
どこに穴を開けるのかを、俺たちが決めなければならない。しかも決めただけでは駄目で、次に作る鉄砲でも同じ場所へ穴を開けられなければ意味がない。
「なあ」
「ん?」
「こっちに合うとるんやろ?」
新八が一挺目を指した。
「今のはな」
「ほな、この穴をそのまま写したらあかんの?」
「写す?」
新八は近くにあった薄い木片を手に取ると、鉄砲へ当てるような仕草をした。
「こういうん当てて、穴あるとこに印付けとくやろ。それを次のやつに当てたら、同じとこ分かるんちゃう?」
俺は新八の手元を見た。
型だ。
穴の位置を写すための型を作る。
言われてみれば単純な話だった。薄い板に必要な位置を写しておけば、いちいち測り直さなくても同じ場所を示せる。今まで治具や当て金を作ってきた考え方とも変わらない。
「……それ、ええな」
「やろ?」
「板でも何でもええ。場所だけ決めとけば、いちいち測らんでも済む」
「俺が考えたんやで」
「分かっとるわ」
「あとで自分が考えたみたいに言わんといてな」
「言わへんわ」
最近、新八が妙にこういうことを考えるようになった。
以前から腕のいい職人ではあったが、今は作業そのものだけでなく、どうすれば次も同じようにできるかを見るようになっている。俺が何度も型だの当て金だのを作っていたせいかもしれない。
だったら悪いことではなかった。俺一人で全部考えるより、よほどいい。
「ほな、作ってみるか」
「何で俺見るん?」
「お前が考えたんやろ」
「そういう時だけ俺の案になるん?」
「俺が考えたことにしたら怒るんやろ」
「それはそれや」
「面倒くさいな、お前」
そう言いながら、俺は新八から木片を受け取った。一挺目に当てて穴の場所を写し、それをそのまま二挺目へ持っていけばいい。
これならいける。
そう思って、一挺目の台木へ木片を当てたところで、手が止まった。
「……待て」
「今度は何?」
「これ、どこに合わせる?」
「どこって……ここちゃうん?」
新八が木片の端を台木の端へ合わせる。
俺はその状態のまま、二挺目を横へ寄せた。
「ほな、こっちにも同じように置いてみ」
「こう?」
「それ、一挺目と同じ場所か?」
「……」
新八の手が止まった。
一挺目では木片の角が台木の端にきれいに当たっている。だが二挺目は、その部分の削り方が少し違う。木片の角を端に合わせれば傾きが変わり、上側へ合わせれば今度は前後の位置がずれる。
型に穴の位置を正確に写したとしても、型そのものを毎回同じように置けなければ意味がない。
「……面倒やな」
「さっきも聞いたわ」
「でも面倒やろ」
「面倒や」
せっかく一歩進んだと思ったら、その足元にもう一つ穴が開いていた。
◇
しばらく二挺を眺めていると、新八がふいに口を開いた。
「なあ」
「ん?」
「これ、出来上がった鉄砲を同じにしようとするから面倒なんちゃう?」
「……何?」
「次に作るやつ、最初から同じように作ったらええんちゃうの?」
俺は新八を見た。それから、作業台の二挺へ視線を戻す。
当たり前だ。
あまりにも当たり前の話だった。
俺はいつの間にか、一益に見せた二挺をどうにかして互いに部品交換できるようにするつもりで考えていた。
だが、一益はそんなことを言っていない。
片方から外した物を、もう片方へそのまま付けられる。
そんな鉄砲が作れるようになったら知らせてくれ。
今ある鉄砲を直せとは、一言も言われていない。
「……せやな」
「何や」
「いや、それでええわ」
「何が?」
「今ある二挺を無理やり同じにせんでええ。次に作る二挺を、最初から同じように作ったらええんや」
「今、俺が言うたやん」
「分かっとるって」
俺は昨日の紙を引き寄せた。
『部品』
『穴』
『位置』
その横に、新しく『最初から』と書き足す。
交換したい部品を決める。その形を決める。取り付ける場所を決める。そして最初から、二挺とも同じ条件で作る。
ようやく少し、前世で見慣れたものづくりに近づいてきた気がした。
「よし。これでいける」
言ってから、もう一度型にしようとしていた木片を見る。
いや。
まだ駄目だ。
「……何やねん」
新八が嫌そうな顔をした。
「まだ何も言うてへんやろ」
「その顔、また何か見つけた顔や」
「型を作るんはええ」
「うん」
「でも、どこから測る?」
「……またそこ?」
「またそこや」
次に作る鉄砲を最初から同じように作る。その方針は決まった。
だが「同じ場所」を作るには、何か一つ動かない起点がいる。そこから前へいくつ、下へいくつと決めて初めて、別の物にも同じ場所を作れる。
銃身なのか。台木なのか。それとも地板なのか。
何を最初の基準にするのか。
そこが決まらない限り、型を作っても同じことだった。
俺の目が台木へ向いた。
「……甚助おる?」
「おるけど」
少し離れたところから声がした。
「ちょっと来て」
「嫌や」
「まだ何も言うてへんやろ!」
「お前がその顔で呼ぶ時、ろくな仕事ちゃう」
何なんだ。最近の俺はそんなに分かりやすいのか。
「ええから来てくれ。相談や」
「相談で済んだことあったか?」
「今日は済む!」
「信用ならんなあ」
ぶつぶつ言いながらも、甚助はやってきた。
俺は作業台の二挺を示した。
「この二挺な。次に作る時、同じ場所に同じ金具を付けたいんや」
甚助はすぐには答えなかった。二本の台木を横に並べ、一方を持ち上げて眺めると、今度はもう一方を手に取る。上から見て、横から見て、指先で木の表面をなぞったあと、俺が型にしようとしていた木片を手に取った。
「どこから同じにするん?」
俺は黙った。
まさに今、それで困っている。
「例えばここから測るやろ」
甚助は台木の後ろ側へ指を当てた。
「こっちはここが出とる。こっちは少し削っとる。同じだけ前へ取ったら、穴の場所はずれる」
次に上側を指でなぞる。
「ほな上から、言うても、こっちは丸い。こっちはまだ平たいとこが残っとる。どこに物差し当てるん?」
さらに二本を横から見比べ、金具が付く辺りを指した。
「木ぃは削ったら形変わるぞ。先に穴の場所決めても、そのあとここ削ったら『端からいくつ』も変わるやろ」
「……せやな」
「木目も違うし、反り方も違う。全部まったく同じ形にせえ言われたら、できんとは言わんけど、何のためにそこまでやるんかは聞くで」
そこまで言って、甚助は二本の台木を作業台へ戻した。
「お前、同じ鉄砲作りたいん?」
「いや」
俺は少し考えてから首を振った。
「同じ部品が付く鉄砲を作りたい」
「ほな、全部同じにせんでええやろ」
甚助はあっさり言った。
俺と新八が顔を見合わせる。
「ここは違ってもええ。ここも、握った時におかしなければ多少違ってええ」
甚助は台木を指で追いながら、いくつかの場所を示した。そして金具が付く辺りで指を止める。
「でも、同じ金具付けたいんやったら、その金具が付くとこは揃えなあかんのやろ?」
「……せや」
「ほな、まずそこ決めたら?」
簡単に言われた。
だが、俺が欲しかったのはたぶんそれだった。
台木を丸ごと同じにする必要はない。
木目も、握るところの微妙な形も、削り方も違っていい。
ただし、交換したい部品が関係するところだけは同じにする。
問題は、その「同じ」をどこから作り始めるかだ。
「ここを同じにする、言うてもな」
甚助が続けた。
「最初に一か所決めんと、次が決まらんで。ここから指二本、言うんやったら、その『ここ』は毎回同じやないとあかんやろ」
「……せやな」
「それ決めてから呼べや」
「そこ相談したかったんや!」
「ほな最初からそう言え」
「今分かったんや!」
甚助は呆れた顔をしたが、帰ろうとはしなかった。二本の台木をもう一度並べ、どこなら毎回同じ場所として扱えそうか、今度は俺たちと一緒になって眺め始める。
全部を同じにする必要はない。
必要なところだけを同じにする。
そのためには、まず一つ、「ここから始める」という場所を決めなければならない。
俺は紙の『最初から』の下へ、もう一つ書き足した。
『どこから』
次に決めるのは、それだった。




