やっと鉄砲
翌朝、俺は工房へ入るなり、作業台の上に鉄砲を二挺並べた。
昨日、自分で言ったのだ。明日は鉄砲をやる、と。
だから今日はネジを作らない。嘉兵衛のところにも行かない。善右衛門が来てもネジの注文なんぞ受けないし、善次郎が百だの二百だの言い出しても聞かない。今日は何があっても鉄砲をやる。
「……よし」
「何がよしなんです?」
「うわっ」
振り返ると、宗次郎がいた。いつからそこにいたのか知らないが、帳面を抱えたまま、何を一人で気合を入れているんだという顔で俺を見ている。
「急に後ろから声かけんなや」
「普通に来ただけです。それより、何がよしなんです?」
「今日は鉄砲やるからな」
「そうですか」
「ネジはやらん」
「頼んでませんけど」
「善右衛門が来てもやらん」
「来るんですか?」
「来んな」
「私に言われても困ります」
宗次郎は呆れた顔をしてから、俺が並べた二挺へ目を落とした。
「仕事は?」
「終わっとる」
「……ほんまに?」
「何で毎回疑うねん」
疑われるのも心外である。昨日のうちに今日やる分まで片付け、材料の確認も済ませた。善右衛門屋へ返す話もまとめたし、今日中に職人へ回す仕事も決めてある。
俺だって成長するのだ。何か新しいことを始めるたびに宗次郎から仕事をしろと言われる生活を、いつまでも続けるつもりはない。
「……ほんまに終わってますね」
「せやろ」
「珍しい」
「褒めろや」
「気持ち悪いくらい準備がええです」
「それ褒めてへんやろ」
宗次郎はそれ以上何も言わず、帳面を抱えて自分の仕事へ戻っていった。
よし。これで堂々と遊べる。
いや、仕事だ。
◇
滝川一益から出された宿題は、ずっと頭の隅に残っていた。
一挺でも二挺でもいい。片方から外した物を、もう片方へそのまま付けられる。そんな鉄砲が作れるようになったら、川尻に知らせてくれ。
言葉にすれば簡単だが、実際にやろうとすると、どこから手を付ければいいのか分からない。
作業台に並べた二挺は、どちらも榊屋で作ったものだ。細かな違いはあっても、ぱっと見れば同じ種類の鉄砲に見える。前世の感覚なら、同じ製品なら同じ部品が付いていると思ってしまうところだが、ここではそうではない。
「親父、ちょっとええ?」
「何や」
奥で仕事をしていた親父を呼び、手を借りながら二挺を少しずつばらしていく。銃身と台木を分け、火皿や火蓋、地板に付いたカラクリ、火ばさみや引金、それらを留めている鋲や軸を確かめる。外した物は、どちらの鉄砲から外したか分からなくならないよう、作業台の左右に分けて並べていった。
こうしてばらしてみると、一本の鉄砲だった時とはずいぶん印象が違った。
鉄砲という一つの物ではない。鉄と木で作られたいくつもの部品が組み合わさり、ようやく一挺の鉄砲になっている。
当たり前のことなのに、今まで俺は鉄砲を「鉄砲」という完成品として見すぎていたのかもしれない。
「……親父」
「何や」
「これ、形違うやん」
俺は左右に置かれた金具を指した。
「違うな」
「こっちも」
「違うな」
「これも微妙に違う」
「せやな」
「何で?」
親父は、何を当たり前のことを聞いているのだという顔で俺を見た。
「合うように作ったからや」
「何に?」
「その鉄砲に」
あまりにも簡単な答えだった。
俺はもう一度、左右に並べた部品を見る。こいつらは最初から、別の鉄砲へ付けることなんて考えていない。この一挺に付いて、この一挺でちゃんと働けば、それでいいのだ。
穴が少し違えば部品を削る。金具の位置が少し違えば、そちらに合わせる。そうやって一挺ずつ仕上げてきたのだから、完成した二挺の形が似ていたところで、中の部品まで同じになる理由はない。
「……そら入れ替わらんわ」
「何が?」
「こっちの話」
親父は首を傾げたが、それ以上は聞かずに自分の仕事へ戻った。
俺はしばらく部品を眺め、それから銃身へ目を移した。後ろ側には、以前一度考えた尾栓がある。
こいつまで同じにできれば確かにすごい。どの銃身にも同じ尾栓が入り、ちゃんと締まり、そのまま使える。そこまでできれば、一益が求めたものにも大きく近づく。
だが、ここは単に入ればいいという場所ではない。その向こうでは火薬が燃える。何かあった時に「失敗した」で済む場所ではないことは、もう分かっていた。
「……これは後やな」
「何が?」
まだ近くにいた親父が振り返った。
「尾栓」
「触る気やったん?」
「ちょっとだけ」
「やめとけ」
「もうやめたわ」
俺は木札を一枚取り、『尾栓 後』と書いた。
次に台木を見る。二挺を並べれば、こちらも完全に同じではない。木なのだから当然で、木目も違えば反りもあるし、削り方にも一挺ずつ差がある。
ならば全部同じ形に削ればいい。
そう考えたところで、甚助の顔が頭に浮かんだ。たぶん何か言われる。しかも腹立たしいことに、俺より正しいことを言う気がする。
「……これも後」
もう一枚の木札に『台木 後』と書く。
始めてから大して時間も経っていないのに、「後」が二つになった。
先は長そうだった。
◇
「何しとるん?」
新八が来たのは、俺が残った部品を睨んでいる時だった。
「鉄砲」
「それは見たら分かる」
「同じにできそうなん探しとる」
「全部同じにするんちゃうん?」
「最初はそう思っとった」
俺は『尾栓 後』『台木 後』と書かれた二枚の木札を見せた。
「やめた」
「早いな」
「できるとこからやる」
「珍しいな」
「何でみんな俺を何やと思っとんねん」
新八は笑いながら、作業台に並んだ部品を覗き込んだ。
俺も改めて左右の部品を見比べる。いきなり複雑な物へ行く必要はない。もっと単純なところから始めればいい。
そこで目に入ったのが、小さな鋲や軸だった。
丸い。
それだけなら、今の榊屋にはずいぶん都合がいい。市兵衛が旋盤で丸棒を削れるようになり、太さを見る当て金もある。錐も以前より揃えて作れるようになったし、ネジを作るために散々やった検査の考え方も、そのまま使えそうだった。
「……これやな」
「どれ?」
「まず、こういう単純なんからや」
二挺から、同じような場所に使われている物を一つずつ取って並べてみる。見比べれば、長さも太さも微妙に違う。
試しに片方の鋲をもう一挺へ持っていき、同じ場所へ差し込んでみた。
「……入らんな」
「そら違う鉄砲のやし」
「そこを入るようにしたいんや」
「ほな同じ太さにしたら?」
「せやな」
新八の言う通りだった。
同じ太さにすればいい。旋盤で同じ径の丸棒を二本作り、当て金を通して、長さも揃える。それを二挺へ入れてみればいい。
以前なら、そのまま市兵衛のところへ走っていたかもしれない。
だが、そこまで考えたところで手が止まった。
「……いや、待て」
「何?」
ネジで散々やったではないか。
雄ネジだけ揃えても意味がない。雌ネジ側が違えば入らない。だから別々に作った雄と雌が合うところまで確かめ、ようやく榊一番になった。
なら、こいつも同じだ。
俺は手に持っていた鋲を置き、二挺の鉄砲側を見る。見るべきなのは鋲だけではない。鋲が入っていた穴だ。
「新八」
「ん?」
「これ、部品だけ同じにしてもあかんわ」
「何で?」
「穴も同じにせなあかん」
まず穴の大きさがある。だが、それだけではない。どこに開いているのか、周りの金具からどれだけ離れているのか、他の部品とどんな位置関係になっているのか。二挺を並べて見比べるほど、そちらの方が気になってくる。
前世なら図面に書いてあった。穴の大きさがいくつ、端からいくつ、中心からいくつ。そんな数字を見ながら作るのが当たり前だった。
だが、榊屋では違う。
現物に合わせて穴を開け、現物に合わせて部品を作る。だから部品だけを同じにしたところで、その相手が違えば意味がない。
「……穴の位置も、寸法や」
「穴にも寸法あるやろ」
「大きさやない。どこに開いとるかや」
「……ああ」
新八も二挺を覗き込み、同じ場所にある穴を見比べた。
「ここが違ったら、同じもん作っても合わんな」
「せやろ」
「面倒やな」
「せやな」
思ったより、ずっと面倒だった。
◇
「何悩んどんねん」
親父がまた通りかかった。
「部品同じにするだけじゃ足らんかった」
「そらそうやろ」
即答された。
「……知っとった?」
「その鉄砲に合わせて作っとる言うたやろ」
「もうちょい早よ言うてくれてもええやん」
「聞かれてへん」
「親父そういうとこあるぞ」
「何やそれ」
親父は本当に分からないという顔をして、そのまま去っていった。
腹立つ。
だが、言っていることは正しい。
俺は紙を一枚出し、まず『部品』と書いた。その横に『穴』、さらに少し考えてから『位置』と書き足す。
同じ部品を作る。同じ穴を作る。そして、同じ場所に作る。
少なくとも、それくらいは必要になる。
だが、そこでまた問題が出てきた。
同じ場所とは、どこから測って同じなのか。
銃身からか。台木からか。それとも地板からか。
二挺の形そのものが少しずつ違うのに、何を基準に「同じ場所」と決めればいい。
「今日は作らへんの?」
横から新八が聞いた。
「作らん」
「珍しいな」
「作ってから間違っとるって分かる方が面倒や」
「成長したな」
「せやろ」
「三日くらい?」
「その話まだ引っ張るんか」
俺は紙と二挺の鉄砲を見比べた。
まずは違うところを探す。その中から、同じにしなければならないところを決める。何をどう作るか考えるのは、それからでいい。
「明日は、どこを同じにするか決める」
「今日は?」
「違うとこ探す」
新八も二挺を見比べ、それから作業台いっぱいに並んだ部品へ目をやった。
「いっぱいありそうやな」
「……言うな」
たぶん、いっぱいある。
なら今日は、それを一つずつ拾っていくところから始めよう。




