昔の宿題
翌朝、俺は工房へ入ると、いつも通り仕事を始めた。
昨日作った三組のネジは、作業台の奥に置いた箱の中に入っている。気にならないと言えば嘘になる。むしろ朝から何度も目に入っていたが、だからといって最初に手を付けるつもりはなかった。
急ぎの仕事を確認し、職人へ回すものを決め、自分でやる分も片付ける。途中で宗次郎が二度ほどこちらを見たものの、何も言わなかった。たぶん、俺がいつ箱へ手を伸ばすのか見ていたのだろう。
昼前になって一段落したところで、ようやく蓋を開けた。
「市兵衛」
「何?」
「昨日のやつやるで」
「ああ。入れるやつ?」
「そう」
「入れるだけやろ?」
「その入れるだけのために昨日一日使ったんや」
「そうなん?」
「お前も途中までおったやろ」
「穴開けたんは覚えとる」
「もうええわ」
箱の中には雄ネジが三本と、それぞれに合わせて作った雌ネジが三つ入っている。昨日、自分の相手には入ることを確認した。
今日は、それを崩す。
新八と喜兵衛も寄ってきた。俺は一番目の雄ネジを取り、二番目の雌ネジを手元へ引き寄せる。
「やるん?」
「やる」
昨日までなら、隣にある一番目の雌へ入れる。それなら入ると分かっている。
今日試すのは、作る途中で一度も合わせていない二つだった。
雄ネジの先を穴へ当てる。
「……入れるで」
「入れたらええやん」
「今から入れる」
「ほな入れや」
「うるさいな」
指先でゆっくり回す。一回転目は軽く入り、二回転目も変わらない。三回、四回と進めても引っ掛かる感触はなく、少し指を持ち替えてさらに回すと、そのまま最後まで入った。
俺は指を離した。
「……入った」
「入ったな」
新八が言う。
「入った」
「うん」
「これ、こいつの相手ちゃうで」
「見たら分かる」
「分かってへん!」
「何が?」
「違うやつに入ったんやぞ!」
喜兵衛が二つのネジを覗き込む。
「昨日から入っとったやん」
「昨日入れたんは、作った時の相手や。こいつらは別々に作ったんや!」
「せやから、それを試しとったんやろ?」
「そうやけど!」
何でこいつらはこんなに普通なんだ。
俺は一度ネジを抜き、もう一度入れてみた。やはり途中で引っ掛からず、最後まで回る。
削っていない。
合わせてもいない。
昨日作った雄ネジを、昨日別に作った雌ネジへ入れただけだ。
前世なら何でもない。店で同じ大きさのネジとナットを別々に買ってきても組み合う。それを不思議だと思ったことなど、一度もなかった。
でも、ここでは違う。
今までなら職人が雄を作り、その雄に合わせて雌を仕上げる。合わなければ削り、また入れ、また削る。そうして初めて一組になる。
今、俺の手の中にある二つは、その工程を一度もやっていない。
それでも入った。
「……もう一回」
「まだやるん?」
「確認や」
「二回入ったやん」
「確認や!」
◇
次は二番目の雄と三番目の雌を試した。
先ほどと同じように先を合わせて回す。一回、二回までは軽い。ところが三回転目で、指先にわずかな抵抗が返ってきた。
「ん?」
「どうした?」
新八が覗き込む。
「ちょい重い」
もう少し回すと動いた。ただし、最初の組み合わせより明らかに重い。無理をしているほどではないものの、抜く時にも少し抵抗があった。
「使えへん?」
「いや。これくらいなら使えると思う」
「ほな成功?」
「まだ」
三番目の雄を取り、残る一番目の雌へ先を合わせる。一回転目は入った。二回転目も進んだが、そこで指が止まった。
少しだけ力を掛ける。
動かない。
「……入らんな」
「入らんな」
新八と喜兵衛がほとんど同時に言った。
「もっと回したら?」
「やらん」
俺はすぐに戻した。無理にねじ込んで山が潰れれば、何が悪かったのか分からなくなる。
三組のうち、一組は軽く入った。一組は重いが入った。そして一組は途中で止まった。
「全部、同じ道具で作ったんやろ?」
市兵衛が聞く。
「そう」
「ほな何で違うん?」
俺は三本を並べ直した。
「同じ道具使っただけやからや」
「どういうこと?」
「それを今から調べる」
◇
まず、丸棒の太さを見た。昨日使った当て金へ一本ずつ通してみると、三本とも同じように通る。次に山の間隔を見るための薄板を当ててみたが、これも目立った違いはなかった。
「同じに見えるな」
喜兵衛が言う。
「見えるだけかもしれん」
「またそれ?」
「実際、入れたら違ったやろ」
同じ道具を使えば、それだけで同じものができる。どうやら、そこまで簡単ではないらしい。
元になる丸棒の太さ、ねじ切り板へ入れる時の傾き、押す力、油の量、途中で屑を落とす回数、それに工具そのものの摩耗。雌側にも下穴の大きさやタップの入り方がある。同じ道具を使っていても、違いが入り込む場所はいくらでもある。
「弥吉」
「何?」
近くを通った弥吉を呼び止め、三本を差し出した。
「これ見て」
「ネジ?」
「三本、違う?」
「違うで」
即答だった。
俺と新八が同時に顔を上げる。
「どれが?」
「これ太い」
弥吉が取ったのは、途中で止まった三番目だった。
「どこ?」
「ここ」
爪先で山をなぞる。
「山が高い」
俺も触ってみる。
分からない。
新八も指を滑らせ、首を傾げた。
「……言われたら、そんな気もする」
「二番目は?」
「これも少し太い。先の方」
「一番目は?」
「これが一番細い」
俺は三本を順番に見た。
軽く入った一番目。
重かった二番目。
止まった三番目。
弥吉が指先だけで付けた順番と、実際の試験結果が同じだった。
「どれくらい違う?」
「ちょっと」
「そのちょっとが知りたいねん」
「知らん」
「何で分かるん?」
「触ったら分かるやろ」
「俺には分からん」
「ほな触る練習したら?」
「何年かかるねん!」
弥吉は不思議そうに首を傾げる。
「削ったらええやん」
「どこまで?」
「入るまで」
「それやったら今までと同じや!」
「入ったらええんやろ?」
「お前が一本作るだけならな」
「ほな何したいん?」
俺は一瞬だけ考えた。
弥吉は違いが分かる。親父だって、おそらく分かる。十年、二十年と鉄を触ってきた職人なら、俺には見えない違いを指先で拾えるのだろう。
でも、その指は貸せない。
「……弥吉がおらんでも分かるようにしたい」
「何で?」
「お前、百本触るん嫌やろ?」
「嫌や」
「せやからや」
「ほな頑張って」
「昨日も聞いたわ、それ!」
弥吉はさっさと自分の仕事へ戻っていった。
俺は三本をもう一度並べる。
弥吉の指が感じた「ちょっと」を、誰でも見分けられるようにする。
◇
鉄板を二枚用意した。
今までの当て金は、丸棒をだいたい同じ太さへ揃えるためのものだった。穴へ通ればいい。それだけだ。
でも、今回分かったのは、その「通る」の中にも違いがあるということだった。
「二つ作る」
「また当て金?」
「今度は役目が違う」
新八が隣へ来る。
俺は紙へ二つの穴を描いた。
「こっちは通らなあかん」
「うん」
「こっちは通ったらあかん」
「……何で?」
「その間ならええ」
新八がしばらく紙を見た。
「同じにするんちゃうの?」
「最初はそう思っとった」
正確には、知っていたはずなのに意識から抜けていた。
前世の工場でも、完全に同じものなど作っていなかった。図面に十と書いてあっても、現実の品物が寸分違わず十になるわけではない。
ほんの少し大きいものも、小さいものもある。それでも組んで使えるなら問題はない。
大事なのは、どこまでなら使えるかだ。
「全部まったく同じにする必要ないんや」
「ええの?」
「組んで使えるならな」
俺はさっきの三本を指した。
「一番目は入った。二番目も重いけど入った。三番目は入らんかった」
「うん」
「ほな、その境目があるはずや」
「どこ?」
「それを探す」
前世の数字を持ってきても意味はない。今の榊屋で使っている鉄、旋盤、ねじ切り板、タップ、それに今の職人の腕まで含めて、どこまで違っていいのかを自分たちで探すしかない。
◇
午後いっぱい使って、少しずつ違う当て金を作った。
軽く入った一番目、重かった二番目、止まった三番目。それぞれを何度も通して比べ、途中で弥吉にも触らせる。
「これは?」
「細い」
「これは?」
「さっきのより太い」
「これは?」
「太い」
「これとこれは?」
「こっち」
「どれくらい?」
「ちょっと」
「もうそれはええ!」
ただ、その「ちょっと」が役に立った。
弥吉が太いと言ったものは、小さい方の当て金へ通らない。軽く入ったものは通り、重かったものはその間に来る。
「……合っとる」
新八が言った。
「何が?」
「弥吉の指」
「せやな」
「当て金作る前から分かっとったんやな」
「せやから困っとるんや」
弥吉が特別なのは構わない。問題は、榊屋の仕事を全部あいつの指へ預けるわけにはいかないことだ。
試しながら穴の大きさを変え、ようやく二枚を決めた。一枚目には通らなければならない。もう一枚には通ってはいけない。その間に収まれば、とりあえず使う。
「これなら俺でも分かるな」
喜兵衛が言った。
「お前でも分かるように作ったんや」
「何か腹立つな」
「褒めとる」
「絶対ちゃうやろ」
さらに作り方も揃えた。丸棒を旋盤で削ったあと、二枚の当て金で確認する。ねじ切り板へ通す前に油を差し、少し進めては戻して屑を落とす。最後まで通したあと、もう一度同じところを通す。
雌側も同じ錐で下穴を開け、タップの進め方と戻し方をできるだけ揃えた。
道具だけ同じでは足りない。
使い方まで揃えて、ようやく同じところへ近づいていく。
◇
翌日、追加で三本の雄ネジと一つの雌ネジを作った。
雄が六本、雌が四つ。まず、それぞれ作った時の相手へ入れて、全部が最後まで入ることを確認する。
問題はここからだ。
俺は六本の雄ネジを全部抜いて作業台の左側へ並べ、雌ネジを右側へ置いた。
「また混ぜるん?」
新八が聞く。
「混ぜる」
「昨日より増えとるで」
「増やしたんや」
喜兵衛が笑う。
「昨日一個入らんかったから?」
「せや」
「今日も入らんかったら?」
「また調べる」
「いつ終わるん?」
「全部入ったら」
一本目を取り、まず一番目の雌へ入れる。これは元の相手だから問題なく入った。
抜いて二番目へ移す。
入る。
三番目では少し抵抗があった。
俺は指先へ意識を集中させ、そのままゆっくり回す。昨日、三本目が止まったあたりを越えてもまだ動き、最後まで入った。
「……よし」
「入ったな」
「次」
四番目も入った。
一本目は全部通った。
二本目も一番、二番、三番、四番と順番に試す。軽さには違いがあるが、どれも最後まで回る。
そして三本目。
昨日、途中で止まったものは作り直してある。
一番目へ先を入れ、一回転。二回転。
俺は無意識に息を止めていた。
三回転目。
回った。
昨日止まったところを越えた。
四回、五回と進み、そのまま最後まで入る。
「入った」
新八が言った。
「入ったな」
抜いて二番目へ移す。
入る。
三番目も入る。
四番目も止まらない。
そこから先も一本ずつ試した。四本目、五本目、六本目。軽いものはある。少し重いものもある。それでも、途中で止まるものはなかった。
最後の六本目を、四番目の雌へ入れる。
一回、二回、三回。
回る。
最後まで入った。
俺はようやく手を離した。
「……全部?」
喜兵衛が聞く。
「全部」
「何本やった?」
「六本」
「穴は?」
「四つ」
「全部入った?」
「入った」
最後の雄ネジを抜き、念のため別の雌へ入れる。それも最後まで回った。
「……できた」
今度は、昨日とは意味が違う。
一組のネジを上手く作れたわけじゃない。弥吉が六本作ったわけでも、一つずつ相手へ合わせたわけでもない。
同じ道具を使い、同じ当て金で選び、同じやり方で加工した。
それだけで、別々に作った雄と雌が組めた。
職人の腕が要らなくなったわけではない。タップもねじ切り板も、元を辿れば弥吉が作った一本から始まっている。
でも、弥吉は今日、一本もネジを作っていない。
それでも、あいつが作った一本を元にしたネジが、六本ここにある。
俺には、それが何より嬉しかった。
「市兵衛」
「何?」
「これ適当に一本取って」
「どれ?」
「どれでもええ」
市兵衛が一本取る。
「適当に穴選んで」
「これ」
「入れて」
回す。
最後まで入った。
「もう一個」
「何で?」
「ええから」
別の穴にも入る。
「ほら!」
「何が?」
「お前、どれがどれか知らんかったやろ!」
「知らん」
「それでも入った!」
「入るように作ったんやろ?」
「そうやけど!」
俺は思わず笑った。
こいつらには、最後までこの程度なのかもしれない。
でも、それでいい。
誰かが特別なことをしなくても、普通に使える。
そのために作ったんだから。
「何騒いどんねん」
親父が来た。
◇
俺が説明すると、親父は黙って雄ネジを一本取り、適当に選んだ雌へ入れた。最後まで回して抜き、今度は別の雌へ入れる。
「入るな」
「やろ?」
「うん」
「これ、作る時に合わせてへんねんで」
「聞いとった」
「六本全部、四つのどれにも入った」
「そうか」
「そうか!?」
「何や」
「もうちょい何かあるやろ!」
「できたんやろ?」
「できた!」
「ほな良かったやん」
「軽いなあ!」
親父はもう一度ネジを見た。
「これ、誰が作った?」
「俺と新八。丸棒は市兵衛にも削ってもろた」
「弥吉は?」
「最初の見本だけ。今日は一本も作ってへん」
「それで全部入るん?」
「入る」
親父の目が少し変わった。
もう一度、別の組み合わせを試す。今度はさっきより少し長くネジを見てから、作業台へ戻した。
「……なるほどな」
ようやく少しだけ反応した。
だが、次に出た言葉は親父らしかった。
「で、それ鉄砲に使えるん?」
俺は黙った。
「……まだ」
「ほな使ってみたらええやん」
「はい」
正しい。
ネジを作ることが目的じゃない。
鉄砲に使うために作ったんだ。
◇
その日の午後、入口から聞き慣れた声がした。
「源兵衛おるかあ?」
「おるで」
「おお、虎松。相変わらず何ぞゴソゴソやっとんな」
善右衛門だった。
「仕事や」
「お前のゴソゴソは仕事なんか遊びなんか分からへんからなあ」
「うるさいわ」
「儲かったら仕事や。儲からんかったら遊びや」
「商人は何でも銭にすんな」
「当たり前やろ。銭にせん商人がおるかい」
善右衛門は腹を揺らして笑い、そのまま奥へ入っていった。
親父とは、頼んでいた鉄や次に堺へ入ってくる荷の話をしていたらしい。俺はその間に自分の仕事へ戻ったが、帰り際になって善右衛門が作業台の前で足を止めた。
「何やこれ」
「ネジ」
「見たら分かるわ。何でこんな並べとんねん」
「試しや」
「何の?」
俺は一本取った。
「これ、どの穴にも入るように作った」
「どの穴にも?」
「そう」
適当に一つ選んで入れ、続けて別のものへ入れる。どちらも最後まで回った。
「ほら」
善右衛門は黙って手を出した。
「……貸してみ」
雄ネジを渡す。
善右衛門は一つ目へ入れ、抜いて二つ目へ移した。三つ目、四つ目と順番に試し、全部へ入ることを確かめてから俺を見る。
「これ、後から合わせたんか?」
「合わせてへん」
「ほんまか?」
「何で疑うねん」
「お前、たまに話半分で聞いた方がええこと言い出すやろ」
「言わんわ」
「水車で鉄削る言うた時も大概やったぞ」
「削れたやろが」
「削れたから余計怖いんや」
善右衛門はまた一本抜いた。
「これ、誰が作った?」
「何人かで」
「一人ちゃうんか?」
「ちゃう」
「ほう」
口元が少し上がった。
嫌な顔だ。
この爺さんがこういう顔をすると、大体ろくなことにならない。
「弥吉みたいな上手い職人やないと作れへんのか?」
「最初の見本は弥吉やけど、今並んどるやつはちゃう」
「ほうほう」
「何やねん」
「いやあ?」
「その顔やめろや」
「どの顔や」
「銭の匂い嗅いだ時の顔」
「失礼なやっちゃなあ」
善右衛門は笑いながら、作業台の端に置いてあったタップを手に取った。
「これで穴ん中のネジ切るんか?」
「そう」
「ほんで、こっちは?」
「雄の方」
「これ使うたら、今のが作れる?」
「作り方も揃えなあかんけどな」
「誰でも?」
「誰でも、まではまだ言えん」
「弥吉やのうても?」
「できる」
「源兵衛やのうても?」
「できる」
「お前やのうても?」
「……たぶんな」
「ほお」
善右衛門が笑った。
完全に狸の顔だった。
「何やねん」
「いやいや。ええなあ思て」
「ネジが?」
「ちゃうちゃう」
善右衛門はタップを置き、ねじ切り板を指で軽く叩いた。
「こっちや」
「道具?」
「これ、もう一組作れるんか?」
「作れるで」
「二組は?」
「作れる」
「五組」
「まあ作れる」
「十組」
「何で増やすねん」
「ええやんけ。減るもんやなし」
「作る手間は増えとるわ!」
善右衛門は楽しそうに笑った。
「ほな聞き方変えよか」
「何や」
「この道具、別の鍛冶屋に渡したらどうなる?」
俺は答えず、善右衛門を見る。
「丸い鉄の太さ見るやつも渡す。作り方も教える。ほんで、向こうで雄ネジ作らせる」
「……うん」
「榊屋では雌ネジ作る」
善右衛門は作業台から雄ネジを一本摘まんだ。
「それでも、入るんか?」
「やってみんと分からん」
「せやろな」
「何でそんなことすんねん」
「何でやろなあ」
「絶対なんか考えとるやろ」
「商人が考え事して何が悪いねん」
「その顔しとる時、大体俺の仕事増えるねん」
「気のせいや」
「絶対ちゃうわ」
善右衛門は笑いながらネジを戻した。
「まあ、まだええわ」
「まだ?」
「まず鉄砲に使うんやろ?」
「……何で知っとんねん」
「源兵衛がさっき言うとった」
「親父!」
奥から声が飛んでくる。
「何や!」
「何でもない!」
善右衛門が腹を抱えて笑った。
「ほな虎松、しっかり試しや」
「言われんでもやるわ」
「使えへんもん百本作っても、一文にもならへんからな」
「百本作らんわ」
「今はな」
「その言い方やめろ」
「はっはっは!」
善右衛門は上機嫌で榊屋を出ていった。
その背中を見送り、新八が俺の横へ来る。
「何やったん?」
「知らん」
「何か嬉しそうやったな」
「それが怖いねん」
「何で?」
「あの爺さんが嬉しそうな時、大体俺が忙しなる」
善右衛門が何を考えているのかは、ひとまず放っておく。
親父の言う通り、まだネジが作れただけだ。
俺は作業台から一本を取った。
「新八」
「何?」
「次、これ鉄砲に使うで」
「どこから?」
「まず今使っとるネジからや。外しても困らんところ選ぶ」
「何挺?」
「一挺」
「一挺でええん?」
「一挺で使えんもん、五挺作ってどうすんねん」
「それもそうやな」
六本の雄ネジと四つの雌ネジは、別々に作っても組めた。次は、それを鉄砲の部品として使ってみる。
使えたら増やす。使えなければ、どこが悪いか調べる。
まず一挺。
次にやることは、それで決まった。




