何挺作れる?
善右衛門に三日と言ってしまった以上、三日で答えを出さなければならない。
翌朝、俺はいつもより少し早く工房へ入った。職人たちはすでに動き始めており、火床には火が入り、槌の音が響いている。奥では台木を削っている者がいて、その横には加工途中の銃身が何本か立て掛けてあった。佐吉も昨日から続けている金具の仕上げを始めている。
いつもの榊屋だった。
その真ん中に立って、改めて考えてみる。
一か月に何挺作れる?
やはり分からない。昨日と何も変わっていなかった。
仕方がないので、とりあえず数えることにした。
◇
最初に数えたのは、工房にある鉄砲だった。
完成している物もあれば、ほとんど完成している物もある。銃身と台木まで組み上がった物、銃身だけの物、途中まで加工された銃身。さらには金具だけ、台木だけという物まである。
そして数え始めてすぐ、困った。
どこから一挺と数えればいいのか分からない。
完成品なら簡単だ。一本あれば一挺でいい。だが、銃身一本と加工途中の台木一本があったとして、それを一挺と数えるのか、二つの仕掛品と数えるのか。そもそも、その銃身と台木が組み合わされる予定なのかすら分からない。
「弥吉」
「なんや」
「この銃身、どの鉄砲の?」
「どれ」
「これ」
「ああ、それは……」
弥吉が銃身を見る。
「たぶん五平のやつや」
「たぶん?」
「五平!」
少し離れたところから返事が来た。
「この銃身、お前のか!」
「ちゃいます!」
「ちゃうらしい」
「聞こえとるわ」
弥吉はしばらく考え、今度は別の職人を呼んだ。そちらも違い、三人目でようやく持ち主が見つかった。
「これ、誰のか分からんようにならんの?」
「見たらだいたい分かる」
「今分からんかったやん」
「だいたいや」
便利な言葉だった。
俺は銃身を元の場所へ戻した。六年前なら、ここですぐに札を付けろと言っていただろう。
今は言わない。
まだ困っているのが俺だけだからだ。ただ、頭の片隅には残しておいた。
◇
次に、誰が何を作っているのかを調べることにした。
これは簡単だと思った。
甘かった。
弥吉は銃身を触るだけではなく、金具も作れば仕掛けの調整もする。若い職人が困れば見に行くし、源兵衛に至ってはさらに何でもやる。佐吉は金具の仕事が多いものの、最近は銃身の仕事も一部任されている。
ほかの職人も、一日中同じ工程だけを担当しているわけではなかった。朝に銃身を触っていた男が昼には金具を削り、昨日台木を加工していた者が今日は別の仕事をしている。俺自身も同じで、一挺を一人で作れるからといって、毎日一挺だけを最初から最後まで作っているわけではない。
必要に応じて他人の仕事を手伝い、急ぎがあればそちらへ回る。材料が来なければ、その間に別の仕事をする。
前世で見た工場のように、第一工程、第二工程、第三工程と人間が綺麗に並んでいるわけではない。榊屋の仕事はもっと入り組んでいた。
誰かが空いたところを埋め、上手い者が難しい仕事を引き取る。若い者が途中まで進め、最後を熟練者が仕上げる。それで今まで回ってきたのだ。
悪い仕組みではない。むしろ十数人程度の工房なら、その方が融通は利く。
問題は、その融通が利きすぎて、外から見ても中から見ても、何がどれだけ進んでいるのか分からないことだった。
◇
午前中いっぱい調べたところで、俺は一度諦めた。
作業台の隅へ座り、手元に残した記録を見る。紙といっても好き放題使えるほど安くはないので、細かなことは木片にも書いていた。
銃身は七本。いや、九本。加工途中まで含めれば十一本ある。台木は六本。金具に至っては、そもそも何を一つとして数えればいいのか分からない。火皿だけ数えたところで意味がないし、仕掛け一式で数えるべきなのかも決めていなかった。
俺は木片を裏返した。
前世なら、生産管理の画面を開けば終わる話だった。受注数、仕掛数、完成数、工程進捗、在庫、納期。もちろん、その数字が信用できるかどうかという別の地獄はあったが、少なくとも数字はあった。
ここには画面どころか、何を数えるかすら決まっていない。
「兄上、何してるんです?」
声を掛けられて顔を上げると、宗次郎が立っていた。
十二歳になった弟は、六年前よりずいぶん背が伸びた。俺ほど工房には入らず、鉄を叩くことに興味がないわけではないらしいが、槌を握らせても長続きしなかった。
代わりに、帳面を眺めるのが好きだった。
何が面白いのか俺には分からない。俺も前世で帳票は山ほど見たが、好きだったことは一度もない。
「榊屋がひと月で何挺作れるか調べとる」
「なんで?」
「善右衛門が二十挺欲しい言うてきた」
「いつまでです?」
「ひと月」
「無理なんですか?」
「それを調べとるんや」
宗次郎が俺の木片を覗き込んだ。
「これ何です?」
「今あるやつ」
「鉄砲?」
「鉄砲になる予定のやつ」
「十一挺?」
「銃身だけならな」
「先月は十五挺出てますよ」
俺は顔を上げた。
「何が?」
「鉄砲が」
「……十五?」
「はい」
「なんで知っとるん?」
「帳面に書いてありますけど」
俺はしばらく弟を見た。宗次郎も俺を見る。
「何です?」
「出した数まで帳面にあるん?」
「ありますよ」
「先に言えや!」
「聞かれてませんし」
正論だった。
最近、弟に正論で殴られることが増えた。
◇
宗次郎に連れられて母屋へ戻り、帳面を見せてもらった。
俺が期待したような生産記録ではない。いつ、誰へ、何を渡したか。いくら受け取ったか。鉄や炭をどれだけ買ったか。善右衛門から何が入ったか。そうした商売の記録だった。
それでも、俺が朝から工房を歩き回って集めた情報より遥かに役に立つ。
「先月十五。その前は?」
宗次郎が頁をめくる。
「十二です」
「その前」
「十六」
「その前」
「十一」
「ばらつくなあ」
「注文が違いますから」
「そこまで分かるん?」
「これは新しく作ったやつですけど、こっちは直しも入ってます」
俺は宗次郎を見た。
「お前、よう見とるな」
「書いてあるだけです」
その「書いてある」が重要なのだ。
人間の記憶ではなく、昨日のことでもなく、数か月前の仕事を確認できる。当たり前のことなのに、少し感動した。
俺が六年間、鉄と格闘している間に、弟は弟で別のものを覚えていたらしい。
「じゃあ、ひと月二十挺って、そんな無茶でもないんちゃう?」
「どうでしょう」
「多い時で十六出とるやろ。あと四挺や」
宗次郎は帳面を見た。
「でも兄上」
「なんや」
「先月十五挺出してますけど、先月作ったのが十五挺とは限りませんよ」
俺の手が止まった。
「……そうやな」
その通りだった。月の初めにほとんど完成していた鉄砲を出したなら、その月の生産数とは言えない。逆に今月作った物が来月売れることもある。
出荷数と生産数は違う。
「それに、今頼まれてる仕事もありますよね」
「ある」
「二十挺作るなら、それどうするんです?」
「……ある」
思ったより嫌な弟になっていた。
いや、優秀なのだろう。
たぶん。
◇
そこからは二人で調べた。
宗次郎の帳面から過去に出した鉄砲の数を拾い、俺は工房へ戻って現在進んでいる仕事を確認する。完成間近の物もあれば、まだ銃身だけの物、材料すら揃っていない物もある。修理や急ぎ、すでに納期を約束している物もあった。
今度は単純に数えず、誰の仕事なのか、どこまで進んでいるのか、次に何をしなければならないのかを、分かる範囲で書いていく。
途中で源兵衛に聞き、弥吉にも佐吉にも聞いた。面倒くさそうな顔をされたが、善右衛門の二十挺の話をすると一応は答えてくれた。
二日目になると、工房の片隅には木札が増えていた。
一本の鉄砲につき一枚。客の名前と、今どこまで進んでいるか、誰が主に触っているかを書き、必要なら簡単な印も付ける。
大げさな仕組みではない。俺が分からなくならないための覚え書きだった。
ところが、並べてみると面白いことが分かった。
銃身は思っていたよりあるし、台木もある。加工途中の金具も多く、完成していない鉄砲が工房のあちこちに散らばっていた。
「こんなあったんか」
俺が呟くと、弥吉が横から木札を覗いた。
「あるやろ」
「知っとった?」
「だいたい」
「何挺?」
「……いっぱい」
「知らんやん」
「だいたい知っとる」
その言葉の意味が、六年前とは少し違って聞こえた。
弥吉は本当に大体分かっている。どの仕事が止まっているか、誰に聞けばいいか、どれを急ぐべきか。ただ、それを全部頭の中に持っているのだ。
だから弥吉がいる間は回る。源兵衛がいる間も回る。
だが、善右衛門から「来月二十挺出せるか」と聞かれた瞬間、それでは答えにならない。頭の中にある仕事を、数として外へ出す必要がある。
六年前の当て金と少し似ていた。
あの時は、弥吉の指先にあった判断を鉄片へ移した。今度は、工房の中に散らばっている仕事を木札へ移している。
目的は違うが、やっていることはそれほど違わないのかもしれない。
◇
三日目の朝。
俺と宗次郎は、並べた木札を見ていた。
「兄上」
「なんや」
「これ、二十挺作れるんですか?」
「分からん」
「まだ?」
「前よりは分かった」
榊屋は普段、月に十数挺ほど外へ出している。多い月なら十五、十六挺で、現在の仕掛品もある。だから二十という数字そのものは、途方もない数ではない。
ただし、一か月で二十挺を追加するとなれば別だ。今ある仕事を止めるわけにはいかず、修理も来る。材料の入荷も必要になる。
そして何より、木札を並べてみて気になることがあった。
銃身ができているのに止まっている物が多い。台木がないわけでも、金具が一つもないわけでもない。途中までは進んでいるのに、なかなか完成までたどり着かない。
「これ」
俺は何枚かの札を抜いた。
「全部、最後どこ行く?」
宗次郎が帳面を見る。
「弥吉さんじゃないですか?」
「やっぱり?」
仕掛けの調整、細かな金具の仕上げ、銃身と台木の合わせ。若い職人が途中まで進めた仕事の確認もある。難しいところ、失敗したくないところ、困った時。
いろいろな仕事が、最後には弥吉か源兵衛へ流れている。
親父は自分の仕事も抱えているから、自然と弥吉へ集まる量が増える。
工房を見ると、当の本人は若い職人に呼ばれて作業台を離れていた。戻ってきたと思ったら自分の銃身を少し触り、今度は佐吉に呼ばれる。また戻って別の金具を見たところで、さらに誰かに呼ばれた。
忙しい男だとは昔から思っていた。
だが、木札を並べたあとで見ると意味が違って見える。
弥吉が速いから仕事が集まり、上手いから確認も集まる。仕事が集まれば自分の仕事が進まず、その結果、完成しない物が増えていく。
「兄上」
「ん?」
「善右衛門さん、今日来るんですよね」
「来るな」
「何て言うんです?」
俺はしばらく考えた。
三日前、善右衛門は二十挺出せないかと聞いた。答えはまだ、できるともできないとも言えない。
ただ、一つだけはっきりしたことがある。
「二十挺作る前に、やることあるわ」
「何です?」
俺は工房の向こうを指した。
弥吉が、また誰かに呼ばれていた。
「あいつを何とかする」
宗次郎が弥吉を見る。
「弥吉さんを?」
「正確には、弥吉に集まりすぎとる仕事を、やな」
六年前、佐吉が何度も弥吉を呼ぶから当て金を作った。あの時は一つの金具だけだったが、今度は工房全体で同じことが起きている。
どうやら俺たちは、二十挺を作る方法を考える前に、弥吉を一人増やす方法を考えなければならないらしい。
もちろん、人間を増やすという意味ではない。




