数、出せんか?
十六になってから、工房での扱いが少し変わった。
劇的に何かが変わったわけではない。朝になれば掃除もするし、炭が足りなければ運ぶ。弥吉に手が足りないと言われれば手伝うし、親父から仕事を渡されれば黙ってやる。出来が悪ければ、今まで通り普通に返される。
ただ、自分の仕事ができた。
以前は誰かから渡された仕事をこなしていればよかったが、今では一挺の鉄砲を仕上げるために、自分で次の作業を考えなければならない。何を先にやるか、どこまで自分でやるか、誰かに頼まなければならない仕事は何か。材料は足りるか。
それだけで、工房の見え方がずいぶん違った。
十歳の頃は他人の仕事を眺めては、「ここを変えればいい」と考えていた。今は自分の仕事が遅れれば、そのまま自分が困る。
人間、責任を持つと少し賢くなるらしい。
俺の場合、六年かかった。
◇
その日、俺は火皿の仕上げをしていた。
小さな部品だが、適当に作っていいものではない。火縄から落ちた火が火薬へ伝わる場所だから、位置が悪ければ当然、具合も悪くなる。鑢を動かしながら、ときどき見本と見比べて形を整えていく。
六年前なら、ここで寸法を測りたくなっただろう。
いや、今も測りたい。猛烈に測りたい。
ただし、測ったところで合わせる銃身も仕掛けも一挺ごとに少し違う。基準となる寸法を決めるなら、先にその違いがどの程度あるのか調べなければ意味がない。
そういうことを考えられる程度には、俺も大人になった。
「源兵衛、おるか」
聞き覚えのある声が工房の入口から飛んできて、俺は顔を上げた。
善右衛門だった。
最後に会ったのはいつだったか。この六年間、一度も会わなかったわけではない。榊屋へ材料を持ってくることもあったし、俺が荷運びをしている横で親父と話していたこともある。ただ、俺の方に余裕がなかったのだ。
俺が鑢で鉄を駄目にした日も、火床で怒られた日も、善右衛門は普通に商売をしていた。
その善右衛門は、六年前と大して変わっていない。俺は十歳から十六歳になったというのに、向こうは四十いくつから五十前になっただけだ。
不公平である。
「おう、虎松」
「なんや」
「また大きなったな」
「六年それ言い続けとるぞ」
「子供は会うたび大きなるから便利や」
「何が便利なん」
「話の種に困らん」
相変わらずだった。
善右衛門は俺の手元を覗き込む。
「それ、お前が作っとるんか」
「せやで」
「売れるん?」
「売れるわ」
「ほんまか?」
「親父に聞け!」
笑いながら善右衛門が奥へ入っていき、俺も仕事へ戻った。善右衛門が来ること自体は珍しくない。鉄や炭の話かもしれないし、注文の話かもしれない。
しばらくすると、奥から親父の声がした。
「虎松」
「なんや」
「ちょっと来い」
鑢を置きながら、何か失敗したかと一瞬考えたが、思い当たることはない。
いや、思い当たることがない時ほど怖い。
六年間で身につけた知恵の一つだった。
◇
奥では源兵衛と善右衛門が向かい合っており、脇には帳面が置かれていた。
「何?」
「善右衛門が話あるそうや」
俺を見る必要がある話なのだろうか。少し不思議に思いながら座ると、善右衛門が口を開いた。
「鉄砲、数出せんか?」
いきなりだった。
「数?」
「せや」
善右衛門が指を二本立てる。
「二十挺ほど欲しい言う奴がおる」
俺は親父を見たが、何も言わない。
「二十?」
「二十」
「いつまで?」
「ひと月」
思ったより短い。
榊屋で二十挺の鉄砲を作ること自体は不可能ではない。工房には十人を超える人間がいるし、全員が最初から最後まで一挺ずつ作っているわけでもなく、仕事はある程度分担されている。
だが、一か月で二十挺となれば話は違う。しかも、そのために普段の注文を全部止めていいわけではない。
「誰が欲しがっとるん?」
「そこはまだええ」
「なんで」
「決まってへん話やからや。向こうも、出せるなら話進める言うとる」
なるほど。注文ではなく、見積依頼に近い。
前世で嫌というほど見たやつだ。できると言えば納期が始まり、できないと言えば仕事が消える。
懐かしくも嬉しくもない。
「二十全部、同じ鉄砲?」
「同じようなんがええそうや」
「同じような、ってどこまで?」
「知らん」
「知らんのかい」
「そこ聞く前に、そもそも榊屋が出せるんか聞いとるんや」
正論だった。仕様を詰める前に、生産能力そのものを確認したいらしい。
俺は腕を組み、頭の中で工程を並べてみる。
銃身、火皿、火蓋、仕掛け、金具、台木。それぞれを作ったあとに組み合わせ、仕上げ、最後に試し撃ちをする。
だが、すぐに数字は出てこなかった。
当然だった。俺は自分が一挺作るのにどれだけ時間がかかるかは知っているし、弥吉が自分より速いことも、佐吉がどの仕事を任されているかもおおよそ知っている。
それでも、榊屋全体で一か月に何挺作れるのかと聞かれると答えられない。毎日この工房で働いているというのに、工房全体の生産量を考えたことがなかったのだ。
「源兵衛はどうや」
善右衛門が親父を見る。
「二十か」
「無理か?」
「作れん数やない」
親父は少し考えてから続けた。
「せやけど、ひと月は詰めな分からんな」
「やっぱりそこか」
「今抱えとる仕事もある」
「そっち遅らせるんは困るな」
「俺も困る」
善右衛門が顎を掻き、それから何でもない調子でこちらを向いた。
「おう、虎松。なんか知恵あるか?」
「え?」
「なんや」
「俺?」
「他に虎松おるんか」
「いや、そうやけど」
俺は善右衛門を見て、それから親父を見た。
親父も俺を見ていた。
六年前、この工房で俺は親父に言われた。作れもしない奴が、できる奴の仕事に口を出すな、と。
腹を立てた俺は、一人で鉄砲を作れるようになってやると言った。それから六年かかって、ようやく一挺を自分で仕上げられるようになった。
その親父が今、何も言わずに俺の答えを待っている。
善右衛門に至っては、自分が俺に話を振ったことにどんな意味があるのかすら気づいていないだろう。
「虎松?」
「……ちょっと待って」
「なんや急に」
「今ちょっと大事なとこやから」
「何が?」
「俺の中で」
「知らんがな」
善右衛門は本当に何も分かっていなかった。
それでいい。
俺は少しだけ嬉しかった。
六年前なら、ここで即答していただろう。工程を分けよう、当て金を増やそう、まとめて作ろう、人を増やそう。前世で知っている方法を、使えるかどうかも考えず片っ端から並べていたはずだ。
今は、それができなかった。
「分からん」
善右衛門の眉が上がった。
「知恵聞いたんやけど」
「せやから、今は分からん」
「六年修業してそれかい」
「うるさいな」
俺は工房の方を見る。
「二十作れるかどうか調べるなら、まず今どれくらい作っとるか分からんと話にならんやろ」
「源兵衛、知らんの?」
「だいたいなら分かる」
「だいたいでは困る」
親父の眉が少し動いた。六年前なら危険信号だったが、今はそのまま続ける。
「今作っとる鉄砲が何挺あって、どこまで進んどるか。誰が何やっとるか。鉄と炭と台木がどれくらい要るか。それ分からんまま二十できる言うても、たぶん途中でどっか詰まる」
善右衛門が腕を組んだ。
「ほな、それ調べたら分かるんか?」
「たぶん」
「たぶん?」
「調べても無理なもんは無理や」
「そらそうやな」
善右衛門はあっさり納得した。
「いつ分かる?」
「……三日」
言ってから親父を見る。
「ええ?」
「好きにせえ」
許可が出た。
「ほな三日後来るわ」
「待て」
「なんや」
「二十挺って、ほんまに二十で終わり?」
善右衛門が俺を見る。
「なんでや」
「二十出せたら、また欲しい言うんちゃうん?」
少し間があって、善右衛門の口元が上がった。
「それは、出せてから考えたらええ」
商人の顔だった。
やっぱり何かある。
だが今はいい。まずは二十挺を一か月で作れるのか、それを確かめなければならない。
◇
善右衛門が帰ったあと、俺は工房へ戻った。
いつもの場所では弥吉が銃身を仕上げ、佐吉が金具を削っている。別の職人は火床の前に立ち、その向こうでは台木を加工していた。
六年間、毎日見てきた光景だった。誰が何をしているかも知っているし、どの仕事が難しいかも以前よりずっと分かる。
それでも、この工房が一か月に何挺の鉄砲を作れるのか、俺は知らなかった。
考えてみれば妙な話だ。一挺の鉄砲を作れるようになるために六年かかったのに、二十挺の鉄砲を作る方法は、その六年間のどこでも教わっていない。
「弥吉」
「なんや」
「ちょっと聞きたいんやけど」
「嫌や」
「まだ何も言うてへんやろ!」
六年前と変わらない返事に、少し安心した。
俺はその日から、榊屋がどうやって鉄砲を作っているのかを、もう一度調べ始めた。
今度は、一挺の作り方ではない。
工房全体で鉄砲を作る方法を知るために。




