道具をつくる道具
翌朝、俺は穴あけ機で使っている錐を作業台の上へ並べていた。
全部で六本ある。どれも穴を開けるための道具なのだから、大まかな形は同じだ。ただ、こうして横へ並べてみると、軸の太さも長さも少しずつ違う。何度も研ぎ直したものは刃先の形まで変わっていて、先端が鋭いものもあれば、少し鈍くなっているものもあった。
「こんな違ったんやな」
一本ずつ手に取って眺めていると、市兵衛が横から覗き込んできた。
「使えるで」
「使えへんとは言うてへん」
「ならええやん」
「今日はそこやないねん」
今までなら、市兵衛の言う通りだった。錐は穴が開けばいい。刃が減れば研ぎ直し、使えなくなれば作り直す。一本ごとに多少形が違ったところで、それに合わせて使えば済む。
でも、今日は違うことをしたかった。
「市兵衛、昨日と同じ太さで五本くらい作れる?」
「これ?」
俺が短い鉄棒を渡すと、市兵衛は旋盤の横に置かれた挟みゲージを手に取った。
「うん。それ通るくらいで揃えて」
「分かった」
「最初は少し太めにして、それから――」
「昨日やった」
「……はい」
もう説明はいらないらしい。
市兵衛は鉄棒を旋盤へ取り付けると、主軸を手で回して具合を確かめ、滑り受けへ油を差した。革帯の張りまで一通り見てから水を流し、回り始めた鉄棒へ刃を当てる。
一昨日まで試作機だったものが、俺の手を離れて普通に使われ始めていた。
◇
昼前には、同じ挟みゲージを通した鉄棒が五本並んだ。長さにはまだ多少の違いがあるが、軸の太さはかなり近い。少なくとも、穴あけ機へ取り付ける側としては十分使えそうだった。
「これを錐にするん?」
新八が一本を持ち上げた。
「そう。刃の方は別に作って付ける」
「五本も?」
「五本あるからええんや」
「何が?」
俺は並んだ鉄棒を指先で転がした。
「今まで錐の形変えて試しても、元から全部違うやろ。軸の太さも違うし、長さも違う。どれが良かったとしても、何が良かったんか分かりにくい」
「ああ」
新八も作業台に並んだ古い錐へ目を向けた。
「こっちを同じにしといて、先だけ変えるんか」
「そういうこと」
同じものを作れるというのは、同じものが欲しい時だけ便利なのだと思っていた。けれど、違いを比べたい時にも使える。変えたいところ以外をなるべく揃えておけば、何を変えたせいで結果が変わったのか見やすくなる。
前世では当たり前のようにやっていたことだ。
ここへ来てからは、その当たり前をするための道具がなかった。
「で、先はどうするん?」
「まず今までと似たやつ。それから、ちょっと形変える」
「どんな?」
「それを今から考える」
「決まってへんの?」
「大体はな」
「大体か」
「大体から始めんねん」
新八は少し笑ってから、一本目の素材を持って仕事場へ向かった。
◇
一本目は、今まで使っていた錐に近い形にした。二本目は先端の角度を少し変える。これだけでも鉄への当たり方は変わるはずだが、どちらがいいかは実際に使ってみなければ分からない。
三本目を前にして、俺は少し迷った。
前世で使っていたドリルを思い出す。
もちろん、今ここにある錐とはまるで違う。刃の形も違えば材料も違い、工作機械で作られた現代のドリルをそのまま真似できるはずもない。
それでも、気になっていたところがあった。
「新八、ここ」
「真ん中?」
「うん」
俺は刃先の中心を指で示した。
「ここ、回っとるけど、あんまり切ってへん」
「先っぽやろ?」
「先っぽやけどな。外側みたいに切りながら進んどる感じやない。押し潰しとる方が近い」
新八が錐を摘まみ、目の前でゆっくり回した。
「ほな削る?」
「削りすぎたら弱なる」
「どれくらい?」
「……分からん」
「知らんの?」
「知っとるけど、分からん」
「何それ」
俺だって、前世でドリルのシンニングくらい見たことはある。何のためにやるのかも知っている。
だが、完成した工具を使ったことがあるのと、刃先を一から作れるのは別の話だ。まして、材料も形も違う。
「とりあえず、少しだけ落としてみよ」
「少しって?」
「ほんの少し」
「急に雑やな」
「試作なんてそんなもんや」
「ほんま?」
「たぶん」
「たぶん言うたな」
うるさい。
◇
三種類の錐ができると、今度は同じところから切り出した鉄板を用意した。厚みも材質も揃っている。そこへ一本ずつ穴を開ければ、少なくとも錐以外の違いはかなり減らせる。
一本目を穴あけ機へ取り付け、市兵衛に任せた。
「いつも通りでええ?」
「うん。できれば全部、同じ感じでやって」
「同じ感じ?」
「押す力とか」
「そんなん分からんで」
「そこを何とか」
「無茶言うなあ」
水車が回り、錐が鉄板へ降りていく。一本目は特に引っ掛かることもなく、そのまま穴が開いた。
「どう?」
「いつもの感じ」
「他には?」
「穴開いた」
「それは見たら分かる」
二本目へ交換する。今度は刃先の角度を少し変えたものだ。
市兵衛が同じように錐を下ろすと、鉄へ触れたところで僅かに先が逃げた。そのまま押せば穴は開いたものの、市兵衛は回転を止めて首を傾げる。
「これ、最初ちょっと逃げる」
「やっぱり?」
「でも入ったら普通」
新八が一つ目と二つ目の穴を見比べ、足元に落ちた削り屑も拾った。
「こっち、最初だけ違うな」
「せやな」
三本目を取り付ける。
中心部分を少しだけ落とした錐だ。
「これも同じように頼む」
「はいはい」
市兵衛が錐を下ろす。刃先が鉄へ触れ、そのまま押し込んだところで、僅かに表情が変わった。
「……これ、楽やな」
「何が?」
「押すの」
「どれくらい?」
「知らん」
「そこ大事やねん」
「楽なもんは楽」
そう言われても困る。
ただ、横から見ていても違いはあった。錐が鉄へ食いつくまでの市兵衛の動きが、さっきより明らかに軽い。
「もう一個開けて」
「ここ?」
「少し離して」
二つ目、三つ目と続ける。何個か穴を開けても、市兵衛の感触は変わらないらしい。
新八は穴よりも錐の刃先を見ていた。
「ここ、少し跡ついとるな」
「どこ?」
「削ったとこ」
見ると、中心を落とした部分に僅かな荒れが出ている。
「弱なっとる?」
「かもしれん」
「ほな、もうちょい残す?」
「いや」
俺は錐を摘まみ、少し考えた。
「逆もやろ」
「逆?」
「もうちょい削ったやつも作る」
「弱なる言うたやん」
「どこまで削ったら弱なるか分からんやろ」
新八が俺の顔を見た。
「……楽しそうやな」
「大事な仕事や」
「顔が違う」
放っとけ。
◇
午後から、中心の削り方を変えた錐を二本追加した。一つは最初のものより控えめに、もう一つは少し深く落としてある。
控えめな方も悪くはなかったが、最初に作ったものほど押しやすくはない。深く落とした方は最初こそ軽かったものの、穴をいくつか開けるうちに刃先の一部が傷み始めた。
「ほらな。削ればええってもんちゃう」
俺が言うと、新八が顔を上げた。
「最初に削れ言うたん虎松やろ」
「程度の話しとるんや!」
「今のが一番ええんちゃう?」
「たぶんな」
最初に中心を少し落とした錐を手に取る。押しやすさは明らかに違い、今のところ刃先もすぐに駄目になる様子はない。
ただ、試したいことならまだある。先端の角度をもう少し変えたらどうなる。中心を落とす位置を少しずらしたら。削る幅を変えたら。
「何してる」
声に振り返ると、親父が立っていた。
「錐の試し」
「それは見たら分かる」
親父は穴の並んだ鉄板を見てから、作業台の錐を順番に眺めた。
「どれがええん?」
「今んとこ、これ」
「今までのよりええん?」
「押すんが楽みたい。市兵衛が言うには」
「すぐ駄目になる?」
「今んとこは大丈夫」
「ほな、それでええやろ」
「いや、まだ良うなるかもしれん」
親父が俺を見る。
「良うなってから変えたらええ」
反論しようとして、やめた。
三日前にも似たようなことをやった気がする。
「……せやな」
「珍しいな」
「何が?」
「すぐ聞いた」
「俺も成長すんねん」
「三日で?」
「みんなそれ言うな」
親父は笑いながら仕事へ戻っていった。
◇
これで終わりでもよかった。今までより押しやすい錐が一本できた。それだけでも、穴あけ機にとっては十分な改善になる。
でも、俺が欲しかったのは一本ではない。
「新八」
「何?」
「これ、もう一本作ろ」
「予備?」
「ちゃう」
今日一番良かった錐を作業台へ置く。
「ほんまに同じように作れるか見たい」
新八が錐と俺を交互に見た。
「同じように?」
「軸は同じ太さ。長さも合わせる。先の形も、できるだけこれに合わせる」
「誰が作るん?」
「新八」
「俺?」
「俺が作ったら意味薄いやろ」
「何で?」
「俺がおらんでも作れるか見たいから」
新八は少し考えてから、見本の錐を手に取った。刃先を横から眺め、角度を確かめる。
「これ見ながらでええ?」
「ええよ。でも、見ただけやと分かりにくいな」
簡単な見本を作ることにした。刃先の角度を合わせるための板と、中心をどの辺りまで落とすかを見るための目印。精密なものではないが、何もないよりはずっといい。
新八は何度も見本へ当てながら二本目を仕上げた。
並べてみれば、全く同じではない。
それでも、かなり似ている。
「市兵衛」
「何?」
「試して」
「また?」
「最後」
「ほんま?」
「たぶん」
「たぶん言うた」
今日はよく拾われる。
二本目の錐を穴あけ機へ取り付け、市兵衛が鉄板へ下ろす。一つ穴を開け、少し位置をずらしてもう一つ開けた。
「どう?」
「同じくらい」
「ほんま?」
「たぶん」
「たぶんかぁ……」
「穴は開くで」
「それは見たら分かる」
市兵衛が笑った。
新八が作った二本目を外し、一号と並べる。完全に同じではないが、同じ太さの素材を使い、同じ見本を見ながら作れば、作った人間が違ってもかなり近いところまで持っていける。
俺は二本の錐を手に取り、しばらく見比べた。
◇
夕方になっても、穴あけ機はいつも通り動いていた。
違うのは、そこに付いている錐だった。
その軸は旋盤で削った。刃先は何種類か作って比べ、使いやすかった形を見本にして、新八がもう一本作った。
旋盤そのものが穴を開けたわけではない。それでも旋盤があったから、同じような素材を何本も用意できた。そのおかげで刃先だけを変えて比べることができ、穴あけ機で使う錐が少し良くなった。
道具で、別の道具を作る。
前世では当たり前すぎて意識もしなかったことが、ようやくここでもできるようになってきた。
俺は旋盤の横に残っていた丸棒を一本取った。
これで作れるものは、まだある。むしろ、ここからの方が多いかもしれない。
「何見とるん?」
新八が聞いた。
「これ」
「丸棒?」
「うん」
「また錐作るん?」
「いや」
指の間で転がす。
昔、一度欲しいと思ったものがあった。
転生してまだそれほど経っていない頃だったと思う。作れたら便利だと考えて、どうやって作るかも考えて、それから当時の榊屋にある道具を見回した。
無理や。
そう思って、頭の隅へ追いやった。
あの頃は、同じ太さの丸棒を何本も作ることさえ難しかった。
今は違う。
「……昔、作りたかったもん」
「昔?」
「だいぶ昔」
新八が俺を見る。
「十七やろ」
「うるさい」
俺は丸棒を握ったまま、旋盤を振り返った。




