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虎松〜元エンジニアの戦国ものづくり革新録〜  作者: 真部 朝樹
道具を作る道具編

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小さいものなら


 水車で旋盤を回すようになってから、三日ほど経った。


 あれだけ騒いだ割に、旋盤は工房の隅で普通に回っている。もっとも、何も変わっていないわけではない。甚助が木枠へ補強を足して据え付けを見直し、喜兵衛は革帯の掛かりを調整した。市兵衛も朝になると滑り受けへ油を差し、主軸を手で回してから水を流すようになっている。


「何しとるん?」


「回す前に見とる」


 市兵衛は主軸へ手を添えたまま答え、二、三度ゆっくり回してから革帯を指で押した。


「何を?」


「昨日と違わんか」


「……誰に言われた?」


「虎松」


「俺か」


 そういえば言った気がする。軸受が熱を持ったり、支えが緩んだりした一件以来、使う前に一度見ろとは言った。ただ、毎朝やれとまでは言っていない。


「今日は大丈夫そう」


「何で分かるん?」


「昨日と同じやから」


 説明になっているような、なっていないような答えだった。


 それでも、市兵衛が大丈夫と言うなら、俺が触るより信用できる気がしてきた。


     ◇


 人が踏まなくても回るようになった。短い鉄棒なら、何本か続けて近い太さに削ることもできる。


 なら、もう少し先を試してみたくなる。


「長いの、いこか」


 これまでの倍ほどある鉄棒を持ってくると、喜兵衛が露骨に嫌そうな顔をした。


「昨日の今日やぞ」


「三日前や」


「似たようなもんやろ」


「速うはせえへん。長くするだけ」


「その『だけ』が信用ならんねん」


 両端へ窪みを作り、尖らせた支えに合わせる。手で回した時点ではそれほど悪く見えなかったが、水を流して主軸を回してみると、鉄棒の中央が僅かに振れ始めた。


「……あかんな」


「これ嫌や」


 市兵衛もすぐに顔をしかめた。


「まだ削ってへんぞ」


「音が嫌」


「また音か」


 低い速さならどこまでいけるか、見るだけは見ておく。刃先を軽く当てると鉄は削れたが、短い材料の時ほど素直ではなかった。手元へ返ってくる感触も一定せず、加工した面には細かな波が残っている。


 新八が水を止めてから削ったところを指でなぞった。


「短い方が綺麗やな」


「せやな」


 なら、もう少し長くしたらどうなるか。


 答えはだいたい分かっていたが、試すだけ試した。


「これ嫌や」


「まだ回してへん」


「見たら分かる」


 市兵衛まで言うようになった。


 実際に回せば、中央の振れはさらに大きくなった。前世で知っていた旋盤なら、長い材料を支える方法はいくらでもある。心押し台もあれば、途中を支える振れ止めもある。


 知ってはいる。


 だからといって、今ここにあるわけではない。


 目の前にあるのは、木の枠へ主軸を載せ、鉄と木を組み合わせてどうにか材料を支えている機械だ。短い鉄棒が削れるようになったからといって、そのまま長さだけ伸ばせるほど都合よくはいかなかった。


「銃身……」


「無理やろ」


 新八が即座に言った。


「まだ何も言うてへん」


「顔に書いてある」


「読めるん?」


「読める」


 腹立つな。


「長いのは、今はやめとこ」


 俺が鉄棒を外すと、喜兵衛が妙な顔をした。


「やめるん?」


「何やその顔」


「いや、成長したなと思って」


「腹立つなあ」


     ◇


 長いものが駄目なら、太いものはどうか。


 今度は短いが、これまでより一回り太い鉄を用意した。取り付けて回すところまでは問題なかったものの、刃物を少し深く入れただけで主軸の音が重くなり、木枠にも細かな振動が出始める。


「虎松」


「分かっとる」


 市兵衛に言われる前に刃を戻した。


「速うする?」


 喜兵衛が聞いた。


「せえへん」


「深う削る?」


「せえへん」


「成長したな」


「さっきも聞いたわ」


 少しずつなら削れなくはない。ただ、時間が掛かるうえに刃物にも軸受にも負担が大きく、わざわざこの旋盤でやる意味は薄そうだった。


 作業台へ、短い鉄棒と長い鉄棒、それから太い鉄を並べる。長いものは苦手で、太いものも苦手。速く回せば枠や軸受が悲鳴を上げ、深く削れば刃物が負ける。


「……思ったより何もできんな」


「三日前まで喜んどったやん」


「三日前の俺は若かった」


「三日やぞ」


「細かいな」


 喜兵衛は呆れた顔で仕事へ戻っていった。


 俺もいつまでも旋盤の前で落ち込んでいるわけにはいかない。注文の仕事は待ってくれないので、その日は一度そこを離れた。


     ◇


 昼を過ぎて旋盤の横を通ると、市兵衛が何かを削っていた。


「何しとるん?」


「これ」


 見せられたのは、指より少し長い程度の鉄棒だった。


「何それ」


「穴あけの方の軸」


 水車で動かしている穴あけ機の一部らしい。すぐに壊れるような場所ではないが、以前から少し摩耗していたという。


「作り直すん?」


「うん」


「何で旋盤で?」


 市兵衛が俺を見た。


「丸いから」


「……せやな」


 あまりにも正しい。


 市兵衛は何事もなかったように水を流し、回り始めた鉄棒へ刃を当てた。何度か削ってから止め、手元に置いてあった挟みゲージを当てる。まだ少し太いらしく、もう一度だけ刃を入れた。


 今度は通った。


「これでええ?」


 渡された軸を確認する。寸法も悪くないし、表面も以前の試し削りよりずっと綺麗になっている。


「……ええと思う」


「ほな使うわ」


 市兵衛はそれを持って、さっさと穴あけ機の方へ行ってしまった。


 俺は旋盤の前に残された。


「あれ?」


     ◇


 考えてみれば、当たり前だった。


 旋盤を作ってから、俺はずっと「どこまで作れるか」ばかり考えていた。長い軸は作れるか。太いものは削れるか。その先には当然、鉄砲の部品がある。銃身まで削れれば、などと考えたこともある。


 でも、市兵衛はそんなことを何も考えていなかった。


 丸い部品が必要になった。


 だから、丸く削れる機械を使った。


 それだけだった。


「新八」


「何?」


「ちょっと来て」


「また何かすんの?」


「今度は壊さん」


「今度は?」


「細かいこと気にすんな」


 新八を連れて旋盤の前へ戻り、今度は短い鉄棒を何本か用意した。目標にする太さを一つ決め、同じ挟みゲージを使って順番に削ってみる。


「何に使うん?」


「まだ決めてへん」


「決めてから作った方がええんちゃう?」


「今日は試すんや」


 一本目を削ってゲージへ通す。二本目も同じように削り、三本目、四本目と続けた。


 もちろん、寸分違わず同じというわけではない。削る前の鉄棒からして微妙に違うし、中心の取り方や刃物の当て方でも仕上がりは変わる。それでも、最後に同じゲージを通ったものだけを並べれば、かなり近い太さに揃っていた。


 新八が一本ずつ指で転がし、並んだ鉄棒を見比べた。


「これ、同じもん何本も作る方が得意なんちゃう?」


「……せやな」


 一本の大物を作る機械だと思っていた。


 少なくとも、今の榊屋にあるこれは違う。


 小さいものを、何度も同じように作る。


 そっちの方が、ずっと得意らしい。


     ◇


「弥吉」


「何?」


「これ一本作って」


 削った鉄棒を見せると、弥吉は一度ゲージへ通して太さを確かめた。


「同じ太さ?」


「うん」


 鉄棒を持っていったと思ったら、それほど待たずに戻ってくる。


「ほい」


 早い。


 ゲージへ通してみる。


 入った。


「やっぱ速いな」


「これくらいやったらな」


「ほな十本」


「嫌や」


「即答やな」


「作れるけど、何に使うん?」


「まだ決めてへん」


「もっと嫌や」


 横で新八が笑っている。


「一本だけなら、弥吉に頼んだ方が早いな」


「十本なら?」


 新八に聞かれ、俺は旋盤へ目を向けた。


「こっちやな」


 弥吉もあっさり頷いた。


「ほな俺、別の仕事してええ?」


「それが一番ええ」


「最初からそうして」


 弥吉は本当にそのまま戻っていった。


 別に旋盤が弥吉より上手く鉄を削れるわけではない。一本だけ作らせれば、今でも弥吉の方が早いし、たぶん綺麗に仕上げる。


 でも、同じような丸棒を十本作るために、弥吉を十本分捕まえておく必要はなくなった。


 その違いは大きい。


     ◇


 市兵衛はその後も何本か削った。俺と新八が話している間にも手を止めず、いつの間にか五本目へ刃を当てていたが、途中でふいに水を止めた。


「何?」


「これ、研いだ方がええ」


 市兵衛が刃物を外す。


「何で?」


「音変わった。あと、削り屑が細なった」


 新八が受け取って刃先を覗き込み、爪で軽く触れた。


「ほんまや。丸なってきとる」


 俺も横から見る。確かに刃先が少し鈍っていた。


「よう分かったな」


「使っとったら分かる」


 市兵衛は当然のように言って、研ぎ直した刃物を待っている。


 以前、こいつを見て前世の「マシニングオペレーター」という言葉を思い出したことがある。


 あの時より、ずっと様になってきた。


 設計したわけでも、機械そのものを作ったわけでもない。それでも毎日触っているうちに、音や振動、削り屑の違いから機械と刃物の具合を拾うようになっている。


「何?」


 市兵衛が俺を見た。


「いや、何でもない」


 俺より上手く使われるのは少し悔しい。


 でも、それ以上に嬉しかった。


     ◇


 夕方になると、甚助が旋盤のところへやって来た。しばらく俺たちの仕事を眺めたあと、木枠の端を軽く叩く。


「結局、長いの削らんの?」


「今はやめた」


「ほな、この台こんな大きさいらんのちゃう?」


「……え?」


「短いもんしかやらんのやったら、こっち余っとるやろ」


 言われてみればその通りだった。最初に作った時は何を削るかさえ決めていなかったから、ある程度長い材料も置けるように作っている。


「短いのだけなら、もうちょい詰められるな」


「せやろ。それに、ここ」


 甚助が枠の横を指した。


「刃物置くとこ作ったら?」


「何で?」


「さっき新八、床に置いとったで」


 見ると、新八が目を逸らした。


「置くとこなかったから」


「……作ろか」


「あとゲージも」


 市兵衛が言った。


「何で?」


「毎回取りに行くん面倒」


「お前ら急に注文多いな」


「使うんやったら要るやろ」


 市兵衛は平然としている。


 俺は旋盤を作ったつもりだったが、使い始めれば、使う側から欲しいものが次々と出てくるらしい。


 甚助と相談し、刃物とゲージを置ける小さな台を横へ付けることにした。長い材料を無理に削れるようにするより、今できる仕事へ合わせて使いやすくした方がいい。


 少なくとも、今はそれで十分だった。


     ◇


 仕事が終わる頃、作業台の上には今日削った小さな鉄棒が並んでいた。


 銃身でもなければ、大きな軸でもない。手のひらへ何本も載るような小さな丸棒だが、同じゲージを通してあるだけに太さはよく揃っている。


 一本を手に取り、指の上で転がしてみた。


 軸に使える。


 ピンにも使える。


 機械の部品にもなる。


 そして、もっと小さなものを作るための道具にも使える。


 そこまで考えたところで、少し離れた場所に置いてある錐(きり)が目に入った。穴あけ機で使っているもので、何度も研ぎ直された刃先は最初に作った頃とは少し形が変わっている。


 俺は手の中の鉄棒と、その錐を見比べた。


「新八」


「何?」


「これな」


 鉄棒を持ち上げる。


「うん」


「物作るより、道具作る方が使えるんちゃうか」


 新八も俺の視線を追い、錐を見た。


「これで?」


「これで作れる道具」


 丸い軸を同じ太さに作れるなら、穴あけ機に取り付ける錐の軸も揃えられる。一本ずつ形の違うものを作るより、同じ太さの素材を何本か用意して、刃先だけを変えて試すことだってできる。


 どんな形なら食いつきがいい。


 どこを削れば、押す力が減る。


 どこまで細くすれば、刃が負ける。


 今までは一本の錐を作るだけでも手間だった。だが、同じような素材を何本も用意できるなら、条件を変えて比べられる。


 その先には、別の道具もある。


 前世では当たり前に使っていた、物を作るための道具。


 ずっと欲しかったのに、作るための道具がなくて諦めていたものもある。


「また何か思いついた?」


 離れたところから喜兵衛が言った。


「ちょっとだけ」


「その『ちょっと』嫌いやねん」


 俺は笑いながら、手の中の鉄棒を作業台へ戻した。


「喜兵衛」


「何?」


「明日、道具作ろか」


「何の?」


「まずは、穴あけるやつ」



 喜兵衛が嫌そうな顔をした。


 市兵衛だけが、穴あけ機の方を見た。

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