同じ鉄砲
「何が足りない」
倉庫に並んだ二挺の鉄砲を前に、一益が聞いた。
「道具です」
そう答えると、一益はしばらく俺を見たあと、並べられた鉄砲へ視線を戻した。
「どんな道具だ?」
「一つやないです」
「では、何が要る?」
説明しようとして、少し考えた。
旋盤が一台あれば全部解決するような話ではない。穴あけ機だってそうだ。測る道具も要るし、同じ位置へ穴を開けるための治具も要る。そもそも材料そのものが毎回同じではない以上、最後まで人の手をなくすことなどできない。
それでも、目指している方向なら言える。
「同じものを、何度作っても同じように作れる道具です」
一益は眉を少し動かした。
「今はできない?」
「ある程度まではできます。長さを揃えたり、穴の場所を揃えたりするんは、前よりずっとできるようになりました。でも、最後は職人が現物を見て合わせてます」
「さっきの弥吉という男がやっていたような仕事か」
「そうです」
一益は少し考えてから、二挺の鉄砲を指した。
「つまり、あの男の腕をもっと良くしたいわけではないのだな」
「それは勝手に上手くなってもらったらええですけど」
「おい虎松!」
工房の方から声が飛んできた。聞こえたらしい。
一益が笑う。
「そうではなく、あの男の腕が必要なところを減らしたい?」
「はい。腕が要らんようにしたいわけやないです。最後に見てもらわなあかんところは残ると思います。ただ、最初から最後まで全部、腕のええ人にやらせる必要はないと思ってます」
「誰でもできるところは、誰でもできるようにしておく。それで、本当に腕が要るところだけ上手い者へ回す」
「そうです」
一益は頷いた。
「工房でやっていることと同じだな」
俺は少し驚いた。一益に言われてみれば、確かにそうだった。俺の中では工房の流れを作ることと、部品を揃えることは別々の問題として考えていたが、根っこまで辿れば同じところへ行き着く。
仕事場を分けたのも、水車に仕事をさせたのも、弥吉にしかできない仕事を減らしているのも同じだ。上手い人が頑張り続けなければ作れない状態を、少しずつ減らしてきた。
俺一人では作れないから、そうしてきた。
◇
一益は二挺のうち一挺を手に取ると、火蓋の辺りを指で触った。
「例えば、これが戦で壊れたとする。銃身は使えるが、この金具が壊れた」
「はい」
「こちらは逆に銃身が駄目になったが、金具は使える。今なら、どうする?」
「職人がおれば、使える方を外して合わせます」
「どれほど掛かる」
「物によります。少し削るだけで済むこともありますし、作り直した方が早いこともあります」
「職人がいなければ?」
「その場では無理です」
一益は二挺を見比べた。
「使える物が二つあっても、組み合わせられなければ一挺にもならない」
「……そうですね」
「惜しいな」
短い言葉だったが、何が惜しいのかはよく分かった。
前世なら、壊れた機械から使える部品を取るなんて珍しくもない。交換部品を最初から持っておくこともできるし、同じ型なら予備をまとめて用意できる。鉄砲でも同じことができれば、壊れたたびに堺まで送り返す必要はなくなるし、何でも直せる職人を鉄砲のある場所すべてへ付ける必要もなくなる。
一益が考えているのも、たぶんその辺りだ。
「同じものが作れるなら、替えを持っていけばいい。壊れたら外して、替える。それだけなら、鉄砲を一から作れる職人でなくてもできるかもしれない」
「できます。たぶん、そこまで難しいことやないです」
「なら、戦場で直せる鉄砲が増える」
「そうなります」
一益は二挺を見ながら、しばらく黙っていた。
五十挺を一度に使う側から見れば、一挺の出来だけを見ていても仕方がないのだろう。十挺壊れた時に何挺をすぐ戻せるのか、誰が直すのか、どんな部品を持っていけばいいのか。工房の中で俺たちが考えていることを、そのまま戦場まで伸ばしたような話だった。
「なら、なぜ今までやらなかった?」
やっぱりそこへ来るか。
「やらなかったんやなくて、できんかったんです」
「試した?」
「……まあ、少しは」
少し、というのは嘘だった。
◇
こっちへ来たばかりの頃、俺は今よりずっと楽観的だった。鉄砲の作り方すらまともに知らないくせに、前世の知識があれば色々変えられると思っていた。
同じ寸法で作ればいい。同じ部品を作ればいい。ネジだって同じにしてしまえば、どれにでも使える。頭の中では簡単だった。
実際に鉄を削るまでは。
同じ長さにしたつもりでも違う。穴を同じ場所へ開けたつもりでもずれる。金具を同じ形へ削ったつもりでも、重ねれば端が合わない。ネジなどもっと酷く、雄と雌を一組ずつ合わせて作るならできても、別の組から持ってきたものがそのまま入るとは限らなかった。
当時の俺には、それをどうやって揃えればいいのか分からなかった。
いや、方法そのものは知っていた。旋盤も知っている。タップもダイスも知っている。ゲージも公差も知っている。
知っているだけだった。
この時代の道具でどう作るのか。その道具を作るために何が要るのか。そこまで考え始めると、知識と現実の間には途方もない距離があった。
結局、俺は一度そこから離れた。まず鉄砲を作れるようになろう。まず寸法を測れるようにしよう。同じ場所へ穴を開けられるようにしよう。できるところから一つずつ進めてきた。
気づけば共有する物差しができ、治具が増え、ゲージも使うようになった。水車が回り、砥石が回り、錐まで水の力で回るようになった。
まだ足りない。
それでも、あの頃よりはずっと近い。
◇
「できると思うか」
一益に聞かれ、俺は少し考えた。
「分かりません。やってみんと分からんです。ただ、昔よりは近いと思います」
「どれくらい掛かる?」
「それも分かりません」
一益はそこで少し笑った。
「分からないことが多いな」
「やったことないですから」
「そうか」
怒るでも、呆れるでもなかった。一益はもう一度二挺を見比べ、それから一本を元の場所へ戻した。
「なら、やってみてくれ」
「……いつまでです?」
「いつまで?」
「納める日です」
「決めていない」
今度は俺が一益を見た。
「え?」
「五十挺の話とは別だ。今の仕事を止めてまでやらせるつもりはない。一挺でも二挺でもいい。片方から外した物を、もう片方へそのまま付けられる。そんな鉄砲が作れるようになったら、川尻に知らせてくれ」
「それだけでええんですか」
「できてから次を考える」
思わず一益の顔を見た。
善次郎だったら、ここで何挺作れるとか、いくら掛かるとか、売るならどうするとか言い始めそうなものだ。一益は違った。まず、本当にできるのか。そこだけ確かめたいらしい。
「分かりました」
「できなければ?」
「できませんって言います」
「それでいい」
妙な宿題をもらってしまった。
◇
帰る前に、一益はもう一度工房へ寄った。何か見忘れたのかと思ったが、足を止めたのは水車の前だった。
「これは本当に、水だけで一日回るのか?」
「水が来れば回ります」
「壊れない?」
「壊れます」
一益がこちらを見た。
「壊れるのか」
「機械なんで」
「……そういうものか」
「そういうもんです」
横で喜兵衛が笑った。
「最近は壊れる前に市兵衛がうるさいけどな」
「うるさない」
市兵衛がすぐ返した。
「音変わったら分かるんや。放っといたら余計壊れる」
一益が市兵衛を見る。
「音で分かる?」
「毎日使っとったら」
「なるほど。道具を使うにも、使い慣れた者は要るのか」
「そらまあ」
市兵衛はそれだけ言うと、また仕事へ戻った。一益はしばらく水車を眺めていたが、それ以上は何も聞かなかった。
やがて川尻殿と一緒に工房を出ていく。
「できたら知らせてくれ」
「はい」
「急がなくていい」
「それ言われると、逆に気になるんですけど」
一益が笑った。
「では急げ」
「どっちです?」
一益は答えないまま歩いていった。川尻殿だけが振り返り、俺に軽く頭を下げる。俺も頭を下げて二人を見送った。
◇
二人が帰ったあと、俺は倉庫へ戻った。一益が触っていた二挺をもう一度並べ、せっかくなので火蓋側の金具を外して、片方から取ったものをもう片方へ当ててみる。
やはり合わない。穴がほんの少しずれているうえ、金具の端も僅かに当たる。削れば入るだろうが、それでは意味がない。
「……やっぱりな」
「何してんの?」
後ろから声がして振り返ると、新八がいた。
「入れ替え」
「何で?」
「そのまま入るかと思って」
新八は俺の手元を見た。
「入らんやろ」
「知っとるわ」
「なら何でやったん?」
「確認や!」
「何怒っとんねん」
「怒ってへん」
「怒っとるやん」
新八は首を傾げながら俺の手から金具を取ると、もう一方へ当てて穴を見た。
「惜しいな」
「お前までそれ言うんか」
「何?」
「何でもない」
新八は金具を返し、そのまま工房へ戻っていった。
俺は二挺を元通りに組み直してから、倉庫を出た。
◇
工房へ戻ると、水車は相変わらず回っていた。砥石が回り、その向こうでは穴あけ機の軸も回っている。昨日なら何とも思わなかった光景なのに、一益と話したあとでは、少し違って見えた。
同じものを、何度作っても同じように作る。それができなければ、部品を入れ替えられる鉄砲なんて作れない。
ただ、そのために何から手を付けるかとなると話は別だ。測る道具をもっと細かくするのか、治具を増やすのか、穴あけ機を改良するのか。それとも、別の加工方法を作るのか。
考えながら歩いていると、朝から置きっぱなしになっていた作業台が目に入った。丸い木の棒と鉄の棒、それから錐。その前には喜兵衛が座っている。
「で」
「何?」
「朝のやつ」
「ああ」
「結局、何作るん?」
「まだ決めてへん」
「決めてへんの?」
「形は決まっとる」
「何が違うん」
「作り方が決まってへん」
喜兵衛が露骨に嫌そうな顔をした。
「それ、一番あかんやつちゃう?」
「せやな」
「やめへん?」
「やめへん」
俺は作業台の鉄棒を手に取った。一益から頼まれた鉄砲のことも気になるが、これはそれより前から気になっていた。昔、一度は欲しいと思い、どうにもならずに諦めた機械だ。
今ならどこまで作れるのか。
そっちも試してみたい。
「とりあえず、小さいので試そか」
「何を?」
「鉄、回す」
喜兵衛はしばらく俺を見たあと、深いため息をついた。




