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虎松〜元エンジニアの戦国ものづくり革新録〜  作者: 真部 朝樹
新工房準備編

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水の使い道

 新しい家について調べた翌日、俺は工房に戻った。


 善次郎のところへ行く前に、一つ確かめておきたかった。


 水のことだ。


 新しい榊屋には水車を置く。それ自体は、もうほとんど決まっている。喜兵衛もそのつもりだし、親父も反対していない。


 だが、水車を置いて何をさせるのか。


 そこが、まだ曖昧だった。


「佐吉、それ終わったら次何する?」


「これですか?」


「うん」


「弥吉さんに一回見てもろて、それから穴の方やります」


「その前に削る?」


「削りますよ」


「どのくらい?」


「どのくらいって……削らんと合わんくらいです」


「せやな」


「何なんです?」


「いや。続けて」


「気になるなあ」


 気にせず続けてもらった。


 工房の中では、いつもの二十挺が進んでいる。藤吉が当て金を使って部品を見ながら削り、佐吉がそれを確かめる。五平は別の部品を仕上げ、奥では弥吉が組み合わせを見ていた。親父は火皿まわりを触っている。


 前なら俺もどこかへ入っていたが、今日は少し離れて見る。


 削る。磨く。穴をあける。切る。叩く。また削る。


 鉄砲作りは、思っていた以上に人の手で物を削り、人の手で道具を動かしていた。


「何や、朝から気持ち悪いな」


 弥吉が言った。


「何が?」


「虎松が働かんと人の手ばっか見とる」


「働いとるわ」


「見とるだけやん」


「今日はそれが仕事」


「便利な仕事やなあ」


 言われると思った。


     *


「水車に何させるか決めたい」


 昼前、手の空いたところでそう言うと、喜兵衛が真っ先に寄ってきた。


「砥石やろ?」


「まずはな」


「ほな決まっとるやん」


「砥石一個回して終わりなら、今の水車場とあんまり変わらんやろ」


 今使わせてもらっている水車場では、回る砥石だけでも十分役に立っている。手で荒く削るより速いし、市兵衛が普通の刃物研ぎを引き受けることで、他の職人の手も空いた。


 だが、新しい榊屋では水車そのものを自分たちの仕事に合わせられる。


「一個の水車で、砥石何個も回すん?」


 藤吉が聞いた。


「できるかもしれん。でも、そこから考えたらあかん気がする」


「何で?」


「回せるから回す、やと要らんもんまで作るやろ」


 俺は朝から書いていた紙を広げた。


「今、人がやっとる仕事の中から、水にやらせたい仕事を探す」


 喜兵衛が紙を覗き込む。


「ほな削る仕事やな」


「多いな」


「磨くんもやろ」


「あと、これ」


 俺は工房の隅を指した。


 穴あけだった。


     *


「これ、水で回せんかな」


 喜兵衛が手回しの錐(きり)を持ち上げた。


「俺もそれ考えとった」


「回すだけやったらできるやろ」


「たぶんな」


 問題は、その先だった。


 水車から回転を取り、軸を回す。そこへ錐を付ければ、とりあえず回転する錐はできる。


 だが、穴をあけるには回すだけでは足りない。


「品物が動くな」


「押さえたらええ」


「手で?」


「いや……それは怖いな」


「ずれもする」


「ほな台に留めるか」


「うん」


 喜兵衛が床へしゃがみ込み、指で形を描き始めた。


「ここに品物置いて、動かんように留める。上で錐が回る」


「で、下に押す」


「それ、人でええんちゃう?」


 俺は喜兵衛を見た。


「人で?」


「回すんは水にやらせる。押すんは人がやったらええやろ。全部水にやらせんでも」


 なるほど。


 俺は頭の中で、前の時代に使っていた機械を思い浮かべていた。主軸があり、加工物を載せる台があり、送りがあり、位置を調整できる。


 そんなものを最初から作る必要はない。


「それでええな」


「何や。もっと難しいこと考えとったん?」


「ちょっとな」


「虎松、たまに最初から面倒にするよな」


「うるさい」


 回転は水。


 押し込むのは人。


 加工物は治具で固定する。


 穴の位置も、治具か当て金で決めればいい。


 これなら、今まで作ってきたものの延長にある。


「木で台作るなら、甚助にも聞けるな」


「軸のところは俺やる」


「錐の留め方も考えなあかん」


「交換できた方がええやろ?」


「絶対その方がええ」


 話が急に具体的になってきた。


 今すぐ精密な穴が何でもあけられるわけではない。それでも、同じ仕事を何度もやる場所に絞れば使えるかもしれない。


 人が錐を回し続けなくてよくなるだけでも大きい。


「これ、作れそうやな」


「作ろか」


「新しい工房できてからな」


「今作らんの?」


「どこに置くねん」


 喜兵衛が工房を見回した。


「……新しい工房できてからやな」


「せやろ」


     *


 午後になると、宗次郎も入ってきた。


「兄上、水車で何をするか決まりました?」


「砥石と穴あけ」


「穴あけ、できるんですか?」


「作ってみる」


「昨日まで決まってなかったのに」


「喜兵衛と考えた」


「また二人で何か増やしたんですね」


「言い方」


 宗次郎は紙を見る。


「水車場へ持っていっている仕事は、新しい工房でできるようになりますよね」


「うん。それはでかい」


「市兵衛さんは?」


「新しいところで続けてもらえるなら、その方がええと思う」


「本人に聞いてください」


「はい」


 宗次郎はもう一枚の紙を出した。


「砥石と穴あけが水車でできるようになったら、誰の仕事がどのくらい減ります?」


「それ調べるん?」


「何のために作るんです?」


「はい」


 百挺を目指すなら、便利だからでは足りない。誰のどの仕事が減り、その人が何へ回れるのかまで見なければならない。


「あと、水車が止まったらどうするんです?」


「止まる前提?」


「壊れないんですか?」


「壊れるな」


「水が少ない日もありません?」


「あるやろな」


 水車が便利だからといって、全部を水車に預けたら、水が止まった日に榊屋まで止まる。


「砥石は水車を使う。でも止まったら、今まで通り手でもできるようにしとく」


「穴あけも?」


「しばらくは手のやり方残す」


「なら書いておきます」


「何て?」


「水が止まっても作れる仕事」


「……ええな、それ」


「百挺作るなら、止まったときのことも考えるんでしょう?」


 十二歳に言われると地味に刺さる。


     *


 夕方、親父にも紙を見せた。


「砥石は分かる」


「うん」


「穴あけ?」


「水で錐回す。品物は台に留めて、押すんは人」


 親父が少し考えた。


「真っ直ぐ下りるんか?」


「そこは作ってみんと分からん」


「穴の場所は?」


「品物の留め方で決める」


「錐替えるときは?」


「替えられるようにする」


「誰が作る?」


「喜兵衛と俺。台は甚助にも相談する」


「ほな作ってみい」


「ええん?」


「使えるか分からんから作るんやろ」


 親父はそこで紙を返そうとして、端に書いた文字に気づいた。


「これ何や」


 指の先には、小さく『予備』と書いてある。


「……空けときたい」


「何を?」


「水車の力」


「何に使うん?」


「まだ決めてへん」


「決めてへんのに空けるん?」


「うん」


 親父が俺を見る。


 本当は、考えている。


 旋盤だ。


 錐を回すのではなく、品物そのものを回して刃物を当てる。丸い物を同じように作るなら、あれが欲しい。


 もちろん、前に使っていたような旋盤がそのまま作れるとは思っていない。軸を真っ直ぐ支えるだけでも難しいし、品物をどう掴むか、刃物をどう支えるか、鉄を削れるだけの強さが出るかも分からない。


 最初は木しか削れないかもしれない。


 それでも、自由に使える回転があれば試せる。


「何で黙っとる」


「どう説明しよかなと思って」


「説明できんもん作るんか?」


「作るとは言うてへん。後で何か試したくなったとき、使えるようにはしときたい」


「何かって何や」


「まだ内緒」


「何でや」


「できるか分からんから」


 親父は少しだけ眉を寄せた。


「まあ、ええわ」


「ええん?」


「銭かからんならな」


「たぶん」


「たぶん言うたな」


「……善次郎に聞く」


「そうせえ」


 そこは逃げられなかった。


     *


 翌日、俺と宗次郎、それに喜兵衛で新しい土地へ向かった。


 前に来たときとは、見るところが違う。


 水車をどこへ置くか。そこから回転をどこへ持っていくか。砥石を置く場所は材料を運びやすいか。穴あけの台を置くなら、その近くに品物を固定する治具を置けるか。


 さらに、今は使わない回転をどこへ残すか。


「ここから軸持っていけんかな」


 喜兵衛が川沿いから工房予定地を見た。


「長すぎん?」


「分からん」


「力なくならん?」


「分からん」


「お前、今日そればっかやな」


「分からんもんは分からん」


 正しい。


「兄上」


 宗次郎が呼んだ。


「何?」


「家の水は?」


「あ」


「昨日見たんでしょう?」


「見た」


「では、そっちも見てください」


「はい」


 工房へ水の力を持っていくことばかり考えると、また同じことになる。


 家から水を取りに行く距離、洗い物をする場所、洗濯する場所。工房でも、水を使う場所と火を使う場所をどう離すか。


 見なければならないものは増えていた。


「これ、俺らだけで決めたらあかんな」


「水車ですか?」


「水車も、水の取り方も。川から好きに引いてええわけないやろ」


 喜兵衛も川を見た。


「下にも使う人おるやろしな」


「水増えたときも分からん」


「水車置ける場所も、見ただけじゃ分からんぞ」


「うん」


 今日は場所を決めに来たのではない。


 誰に何を聞かなければならないか、それを確かめに来た。


     *


 紙の上には、水車でやりたいことが三つ並んだ。


 一つ目は砥石。これは最初から使う。


 二つ目は穴あけ。回転を水に任せ、品物を治具で固定し、人が錐を押す。簡単なものから試して、使える仕事を増やす。


 三つ目は、予備。


 宗次郎がそこを見た。


「これ、本当に書くんです?」


「書く」


「何に使うか決まってないのに?」


「決まってへんから書くんや」


「善次郎さん、嫌な顔しそうですね」


「するやろな」


「父上は?」


「銭かからんならって」


「かかるでしょう」


「……せやな」


 喜兵衛が横から紙を覗いた。


「でも、俺は欲しい」


「お前、何に使うん?」


「分からん」


「仲間増えた」


「回せるもんあったら、何か回したなるやろ」


「兄上たちだけで決めないでくださいね」


「分かっとる」


 まず、水の扱いに詳しい人間にこの土地を見てもらう。どこから水を引き、どこへ戻せるのか。どれだけの力が取れるのか。水が増えたときはどうなるのか。周りや下流の人間と、どう話を付ける必要があるのか。


 それが分かってから、水車と工房の形を決める。


 砥石を回す。


 錐も回す。


 できるなら、その先でもう一つ何かを回せるようにしておく。


「善次郎さんに見せるんですよね」


「見せるで」


「予備も?」


「見せる」


「消しません?」


「消さん」


「では、頑張ってください」


「何で他人事やねん」


 宗次郎は答えず、紙を畳んだ。


 帰ったら善次郎に、水を扱える職人を紹介してもらう。


 水車に何をさせたいのかは決まった。


 それが本当にできるかどうかは、ここからだった。

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