5人に出来ない
翌朝から、俺と宗次郎は一本の鉄砲が出来上がるまでの仕事を、片っ端から紙へ書き出していた。
銃身ひとつ取っても、鉄を鍛えて形を作れば終わりではない。穴を通し、外を整え、必要なところを削り、火皿や金具を付けるための加工をして、最後には台木や他の部品と合わせる。台木にも金具にもそれぞれいくつもの仕事があり、普段は一言で呼んでいる作業の中にも、細かな手順がいくつも隠れていた。
「多いな」
「多いですね」
「これ、全部やっとったん?」
「やってるから鉄砲が出来るんでしょう」
「そうなんやけど」
一枚目の紙が埋まり、宗次郎が二枚目を横へ並べた。そこへ昨日決めた「増やせる」「教えられる」「道具に任せられる」「水に任せられる」「腕が要る」という分け方も書き込んでいったのだが、すぐに困った。
「兄上。これは二つ入ります」
「どれ?」
「穴の位置です。教えられるし、道具でも決められます」
「両方書いとこ」
「では、こっちは三つです」
「三つでもええやろ」
「それだと、分ける意味あります?」
「……あると思う」
「思う」
「たぶん」
「たぶん」
俺はしばらく紙を眺め、書いたものに線を引いた。
「やめよ。分け方から考え直そ」
開始早々、昨日考えた分類が壊れた。
「そもそも、何のために分けるんです?」
「百挺作るため」
「それは知ってます。これで何を決めたいんです?」
十二歳の弟に詰められている。
俺は昨日から書き散らした紙を見直した。人を増やす。水車を使う。治具を作る。それらは全部手段であって、知りたいことそのものではない。
「……誰がやるか、やな」
「それなら分かります」
宗次郎は新しい紙を出し、上から順に欄を作った。
「今、誰がやってるか。その人じゃないと駄目なのか。他の人でもできるのか。できないなら、何があれば渡せるのか」
「それや。それでいこ」
「兄上が始めたんでしょう」
「細かいこと言うな」
分類を「今の担当」「他へ渡せるか」「渡すために何が要るか」の三つに変えると、さっきまでよりずっと書きやすくなった。
「宗次郎」
「はい」
「お前、こういうの向いとるな」
「何がです?」
「俺がごちゃごちゃにしたもの片付けるの」
「昔からやってます」
「そんな昔から?」
「兄上の物、よく片付けてました」
「……そうやった?」
「覚えてないんですか」
「ごめん」
少し傷ついた顔をされた。
*
昼前には、かなりの仕事が紙の上に並んでいた。
眺めているうちに、妙な偏りが見えてきた。途中までは五平、佐吉、喜兵衛、甚助、藤吉といろいろな名前があるのに、完成へ近づくにつれて親父と弥吉の名前が急に増えている。
「宗次郎、ここ見て」
「父上ですね」
「次」
「弥吉さん」
「その次」
「父上か弥吉さん」
「多ない?」
「多いですね」
三十挺を作ったとき、最後に仕事が詰まった理由がそのまま紙の上に出ていた。
前の工程だけ人を増やしても、その分だけ早く親父と弥吉のところへ仕事が届く。藤吉を五人にしても、佐吉を五人にしても、最後が二人のままなら、そこに仕事が積み上がるだけだ。
「やっぱ親父五人要るな」
「無理です」
「分かっとる」
*
「親父」
「何や」
「仕事減らそ」
「嫌や」
「何で!?」
「言い方が気に入らん」
「ほな、仕事を皆で分けましょう」
「気持ち悪い」
「どう言えばええんや!」
親父が笑った。
弥吉にも来てもらい、宗次郎が朝から作った紙を広げる。
「昨日も聞いたけど、今日は一個ずつ見たいんや。親父と弥吉が今やっとる仕事で、他の人に渡せるやつ」
「全部見るん?」
「できるところまで」
親父は紙を覗き込み、感心したように眉を上げた。
「よう書いたな」
「朝からずっとや」
「仕事してへんの?」
「これも仕事や!」
「冗談や」
「最近多いぞ!」
親父は楽しそうだった。
「で、どれから見る?」
最初のいくつかは簡単だった。
「これは五平」
「できるな」
「これは?」
「佐吉でもええ。最初に何回か見たらな」
「こっちは?」
「喜兵衛」
「弥吉は?」
「俺じゃなくてもええ」
親父や弥吉が今やっているからといって、その二人にしかできないわけではない仕事が、思っていた以上に混じっていた。
「なんで弥吉がやっとったん?」
「俺がやった方が早いから」
「またそれか」
「二十挺なら、その方が早いやろ」
「まあな」
一人の腕のいい職人が続けてやった方が、説明も受け渡しもいらない。数が少ないうちは、その方が手っ取り早いのだ。
だが、百挺でも同じやり方が通るわけではない。
「じゃあ、これは?」
俺が次の仕事を指すと、親父の答えが止まった。
「それは俺か弥吉やな」
「五平は?」
「まだ嫌や」
「何で?」
「見るところが多い」
親父は実物の部品を持ってきて、合わせながら説明した。
「ここだけ合っとるなら誰でも見れる。でも、こっち合わせたら、こっちが少しずれることあるやろ」
「うん」
「そしたら、どっち削る?」
「……物によるな」
「せや」
「当て金は?」
「無理やな」
「見本は?」
「見本と鉄が同じちゃう。寸法だけ決めてもあかん」
親父は俺の顔を見て笑った。
「そういう仕事もあるんや」
「分かっとるわ」
「ほんま?」
「最近は分かってきた」
「ならええ」
ここは無理に渡さない。
俺は紙に印を付けた。
さらに見ていくと、難しい仕事は最後だけに固まっているわけでもなかった。途中に親父や弥吉でなければ難しい判断があり、そこを越えればまた佐吉や五平へ渡せる仕事が出てくる。
「順番に難しくなるわけちゃうんやな」
「当たり前やろ」
「俺は今まで、何となくそう思っとった」
「十六年もここおって?」
「うるさいな」
親父には当然でも、俺には紙にして初めて見えたことだった。
*
「これ」
弥吉が紙の一ヶ所を指した。
「俺じゃなくてもできるけど、今のまま渡したら面倒やで」
「何で?」
「前から来るとき、出来が少しずつ違う。五平がやったやつと佐吉がやったやつでも違うしな」
「使えんの?」
「いや、使えるで。俺が合わせたら」
「じゃあ、その違い減らしたら楽になる?」
「そらなる」
「当て金?」
「またそれ?」
「寸法の話やろ」
「寸法だけならな」
親父も部品を手に取り、しばらく見てから一ヶ所を指した。
「ここは揃えてもええんちゃうか」
「ほんま?」
「ここだけな」
「分かっとるって」
「全部揃えたそうな顔しとる」
「顔で分かるん?」
「親やぞ」
余計なところで強い。
揃えるのは、最終合わせそのものではない。その一つ手前までを、誰が作っても大きく違わない状態にする。そこから先は親父や弥吉が実物を見て合わせればいい。
「これなら最後、ちょっと楽になるかもな」
弥吉が言った。
「どれくらい?」
「知らん」
「またそれか」
「やったことないもん」
それなら、やって確かめればいい。
*
しばらく黙って帳面を書いていた宗次郎が、俺たちの紙へ別のものを書き足していた。
「何書いとる?」
「人の名前です。この仕事を、誰までできるか」
見ると、仕事ごとに源兵衛、弥吉、五平、佐吉、喜兵衛、藤吉と名前が並んでいる。
「何に使うん?」
「人を増やすなら要るでしょう」
「どういうこと?」
「例えば、父上しかできない仕事が十個あるとします。五平さんもできるようになれば、父上の仕事は減ります」
「うん」
「佐吉さんまでできたら、もっと減ります。だったら、新しい人に何を覚えてもらうかも、これを見れば考えやすくなりません?」
俺は紙を見直した。
誰が今やっているかだけでは足りない。誰ができるのかまで分かれば、仕事の渡し方だけでなく、次に誰へ何を教えるべきかも見えてくる。
「お前、賢いな」
「兄上の弟ですから」
「それ褒めてる?」
「どうでしょう」
最近こいつ、俺の扱いに慣れすぎている。
*
午後には佐吉と五平にも来てもらい、紙の上だけで決めず、実際にいくつか試してもらった。
「佐吉、これできる?」
「やったことないです」
「親父?」
「やらせたらええやん」
「今?」
「今やらんで、いつ分かるんや」
佐吉が作業を始め、親父が横で見る。
「そこちゃう。先にこっち見ろ」
「ここですか?」
「そう。そこ見てから削れ。削りすぎんなよ」
「はい」
親父がやるより時間は掛かったし、弥吉がやるよりも遅い。それでも最後まで終わらせると、親父は出来を確認して頷いた。
「使える」
佐吉が少し笑った。
「じゃあ、これ俺でもできますね」
「今の一回で決めんな。何回かやれ」
「はい」
宗次郎が、佐吉の名前の横に印を付けた。
五平にも別の仕事を頼んでみたが、こちらは始める前から妙に手つきがよかった。
「五平、それやったことある?」
「あるで」
「あるん!?」
「昔な」
「先言うて!」
「聞かれてへん」
どこかで聞いた言葉だった。
「親父、知っとった?」
「知っとる」
「言うて!」
「聞かれてへん」
「この工房なんなん!?」
弥吉が腹を抱えて笑っている。
百挺を考える以前に、俺は榊屋の職人が誰に何ができるのかを、思っていたほど知らなかったらしい。
「宗次郎」
「書いてます」
「頼む」
「だから帳面要るんでしょう」
「はい」
*
日が傾く頃には、朝の紙とずいぶん様子が変わっていた。
親父と弥吉に集まっていた仕事の一部は五平へ渡せそうで、佐吉が覚えられそうなものもある。喜兵衛に向いた仕事もあれば、治具を工夫すれば藤吉まで渡せそうなものもあった。
それでも親父か弥吉に残る仕事はある。だが、二人にしかできないと思っていた仕事の中には、単に二人がやった方が早いから任せていただけのものが、かなり混じっていた。
「これだけ?」
残った仕事を見ながら聞くと、親父が頷いた。
「今のところな」
「もっと減らせる?」
「知らん」
「減らしたい?」
「別に」
「そこは減らしたい言うてよ」
「俺、仕事嫌いやないし」
弥吉が笑った。
「百挺来たら嫌になるかもしれんで」
「それはあるな」
「ほな減らそ」
「お前が言うな」
全部なくす必要はない。
親父にしかできない仕事なら、親父にやってもらえばいい。ただ、親父でなくてもできる仕事まで親父の手を塞いでいるなら、先にそちらを減らした方がいい。
「兄上」
「ん?」
「百挺になりました?」
「ならん」
「まだですか」
「そんな一日でなるか」
宗次郎は紙を見た。
「でも、父上五人はいらなさそうですね」
「せやろ?」
「最初から五人にはできませんけど」
「夢がないなあ」
「父上が五人いたら、母上が困るでしょう」
「親父も同じこと言うとった」
「何の話したんです?」
「忘れろ」
*
片付ける前に、俺はもう一度紙を見直した。
仕事を他の人へ渡すには、その人ができるようにならなければならない。佐吉がさっき新しい仕事を覚えられたのも、親父が横について教えたからだ。
「宗次郎」
「はい」
「人増やしたら、教える人の仕事止まるな」
「昨日、佐吉さんも言ってましたね」
「うん」
新しい職人を一人入れれば、一人分の手がそのまま増えるわけではない。仕事を覚えるまでは誰かが教え、出来を見て、間違っていれば直す必要がある。その間は、教えている側の手も遅くなる。
「百挺作るなら、人増やすやろ?」
「増やすでしょうね」
「ほな、教える方も考えとかんとあかん」
「誰が教えるんです?」
「それをこれから決める」
宗次郎は少し考えてから、帳面に新しい項目を作った。
教える仕事。
俺も同じ言葉を紙へ書き加える。
新しい工房を広くするだけでは足りない理由が、また一つ増えた。




