↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
虎松〜元エンジニアの戦国ものづくり革新録〜  作者: 真部 朝樹
新工房準備編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
44/151

5人に出来ない


 翌朝から、俺と宗次郎は一本の鉄砲が出来上がるまでの仕事を、片っ端から紙へ書き出していた。


 銃身ひとつ取っても、鉄を鍛えて形を作れば終わりではない。穴を通し、外を整え、必要なところを削り、火皿や金具を付けるための加工をして、最後には台木や他の部品と合わせる。台木にも金具にもそれぞれいくつもの仕事があり、普段は一言で呼んでいる作業の中にも、細かな手順がいくつも隠れていた。


「多いな」


「多いですね」


「これ、全部やっとったん?」


「やってるから鉄砲が出来るんでしょう」


「そうなんやけど」


 一枚目の紙が埋まり、宗次郎が二枚目を横へ並べた。そこへ昨日決めた「増やせる」「教えられる」「道具に任せられる」「水に任せられる」「腕が要る」という分け方も書き込んでいったのだが、すぐに困った。


「兄上。これは二つ入ります」


「どれ?」


「穴の位置です。教えられるし、道具でも決められます」


「両方書いとこ」


「では、こっちは三つです」


「三つでもええやろ」


「それだと、分ける意味あります?」


「……あると思う」


「思う」


「たぶん」


「たぶん」


 俺はしばらく紙を眺め、書いたものに線を引いた。


「やめよ。分け方から考え直そ」


 開始早々、昨日考えた分類が壊れた。


「そもそも、何のために分けるんです?」


「百挺作るため」


「それは知ってます。これで何を決めたいんです?」


 十二歳の弟に詰められている。


 俺は昨日から書き散らした紙を見直した。人を増やす。水車を使う。治具を作る。それらは全部手段であって、知りたいことそのものではない。


「……誰がやるか、やな」


「それなら分かります」


 宗次郎は新しい紙を出し、上から順に欄を作った。


「今、誰がやってるか。その人じゃないと駄目なのか。他の人でもできるのか。できないなら、何があれば渡せるのか」


「それや。それでいこ」


「兄上が始めたんでしょう」


「細かいこと言うな」


 分類を「今の担当」「他へ渡せるか」「渡すために何が要るか」の三つに変えると、さっきまでよりずっと書きやすくなった。


「宗次郎」


「はい」


「お前、こういうの向いとるな」


「何がです?」


「俺がごちゃごちゃにしたもの片付けるの」


「昔からやってます」


「そんな昔から?」


「兄上の物、よく片付けてました」


「……そうやった?」


「覚えてないんですか」


「ごめん」


 少し傷ついた顔をされた。


     *


 昼前には、かなりの仕事が紙の上に並んでいた。


 眺めているうちに、妙な偏りが見えてきた。途中までは五平、佐吉、喜兵衛、甚助、藤吉といろいろな名前があるのに、完成へ近づくにつれて親父と弥吉の名前が急に増えている。


「宗次郎、ここ見て」


「父上ですね」


「次」


「弥吉さん」


「その次」


「父上か弥吉さん」


「多ない?」


「多いですね」


 三十挺を作ったとき、最後に仕事が詰まった理由がそのまま紙の上に出ていた。


 前の工程だけ人を増やしても、その分だけ早く親父と弥吉のところへ仕事が届く。藤吉を五人にしても、佐吉を五人にしても、最後が二人のままなら、そこに仕事が積み上がるだけだ。


「やっぱ親父五人要るな」


「無理です」


「分かっとる」


     *


「親父」


「何や」


「仕事減らそ」


「嫌や」


「何で!?」


「言い方が気に入らん」


「ほな、仕事を皆で分けましょう」


「気持ち悪い」


「どう言えばええんや!」


 親父が笑った。


 弥吉にも来てもらい、宗次郎が朝から作った紙を広げる。


「昨日も聞いたけど、今日は一個ずつ見たいんや。親父と弥吉が今やっとる仕事で、他の人に渡せるやつ」


「全部見るん?」


「できるところまで」


 親父は紙を覗き込み、感心したように眉を上げた。


「よう書いたな」


「朝からずっとや」


「仕事してへんの?」


「これも仕事や!」


「冗談や」


「最近多いぞ!」


 親父は楽しそうだった。


「で、どれから見る?」


 最初のいくつかは簡単だった。


「これは五平」


「できるな」


「これは?」


「佐吉でもええ。最初に何回か見たらな」


「こっちは?」


「喜兵衛」


「弥吉は?」


「俺じゃなくてもええ」


 親父や弥吉が今やっているからといって、その二人にしかできないわけではない仕事が、思っていた以上に混じっていた。


「なんで弥吉がやっとったん?」


「俺がやった方が早いから」


「またそれか」


「二十挺なら、その方が早いやろ」


「まあな」


 一人の腕のいい職人が続けてやった方が、説明も受け渡しもいらない。数が少ないうちは、その方が手っ取り早いのだ。


 だが、百挺でも同じやり方が通るわけではない。


「じゃあ、これは?」


 俺が次の仕事を指すと、親父の答えが止まった。


「それは俺か弥吉やな」


「五平は?」


「まだ嫌や」


「何で?」


「見るところが多い」


 親父は実物の部品を持ってきて、合わせながら説明した。


「ここだけ合っとるなら誰でも見れる。でも、こっち合わせたら、こっちが少しずれることあるやろ」


「うん」


「そしたら、どっち削る?」


「……物によるな」


「せや」


「当て金は?」


「無理やな」


「見本は?」


「見本と鉄が同じちゃう。寸法だけ決めてもあかん」


 親父は俺の顔を見て笑った。


「そういう仕事もあるんや」


「分かっとるわ」


「ほんま?」


「最近は分かってきた」


「ならええ」


 ここは無理に渡さない。


 俺は紙に印を付けた。


 さらに見ていくと、難しい仕事は最後だけに固まっているわけでもなかった。途中に親父や弥吉でなければ難しい判断があり、そこを越えればまた佐吉や五平へ渡せる仕事が出てくる。


「順番に難しくなるわけちゃうんやな」


「当たり前やろ」


「俺は今まで、何となくそう思っとった」


「十六年もここおって?」


「うるさいな」


 親父には当然でも、俺には紙にして初めて見えたことだった。


     *


「これ」


 弥吉が紙の一ヶ所を指した。


「俺じゃなくてもできるけど、今のまま渡したら面倒やで」


「何で?」


「前から来るとき、出来が少しずつ違う。五平がやったやつと佐吉がやったやつでも違うしな」


「使えんの?」


「いや、使えるで。俺が合わせたら」


「じゃあ、その違い減らしたら楽になる?」


「そらなる」


「当て金?」


「またそれ?」


「寸法の話やろ」


「寸法だけならな」


 親父も部品を手に取り、しばらく見てから一ヶ所を指した。


「ここは揃えてもええんちゃうか」


「ほんま?」


「ここだけな」


「分かっとるって」


「全部揃えたそうな顔しとる」


「顔で分かるん?」


「親やぞ」


 余計なところで強い。


 揃えるのは、最終合わせそのものではない。その一つ手前までを、誰が作っても大きく違わない状態にする。そこから先は親父や弥吉が実物を見て合わせればいい。


「これなら最後、ちょっと楽になるかもな」


 弥吉が言った。


「どれくらい?」


「知らん」


「またそれか」


「やったことないもん」


 それなら、やって確かめればいい。


     *


 しばらく黙って帳面を書いていた宗次郎が、俺たちの紙へ別のものを書き足していた。


「何書いとる?」


「人の名前です。この仕事を、誰までできるか」


 見ると、仕事ごとに源兵衛、弥吉、五平、佐吉、喜兵衛、藤吉と名前が並んでいる。


「何に使うん?」


「人を増やすなら要るでしょう」


「どういうこと?」


「例えば、父上しかできない仕事が十個あるとします。五平さんもできるようになれば、父上の仕事は減ります」


「うん」


「佐吉さんまでできたら、もっと減ります。だったら、新しい人に何を覚えてもらうかも、これを見れば考えやすくなりません?」


 俺は紙を見直した。


 誰が今やっているかだけでは足りない。誰ができるのかまで分かれば、仕事の渡し方だけでなく、次に誰へ何を教えるべきかも見えてくる。


「お前、賢いな」


「兄上の弟ですから」


「それ褒めてる?」


「どうでしょう」


 最近こいつ、俺の扱いに慣れすぎている。


     *


 午後には佐吉と五平にも来てもらい、紙の上だけで決めず、実際にいくつか試してもらった。


「佐吉、これできる?」


「やったことないです」


「親父?」


「やらせたらええやん」


「今?」


「今やらんで、いつ分かるんや」


 佐吉が作業を始め、親父が横で見る。


「そこちゃう。先にこっち見ろ」


「ここですか?」


「そう。そこ見てから削れ。削りすぎんなよ」


「はい」


 親父がやるより時間は掛かったし、弥吉がやるよりも遅い。それでも最後まで終わらせると、親父は出来を確認して頷いた。


「使える」


 佐吉が少し笑った。


「じゃあ、これ俺でもできますね」


「今の一回で決めんな。何回かやれ」


「はい」


 宗次郎が、佐吉の名前の横に印を付けた。


 五平にも別の仕事を頼んでみたが、こちらは始める前から妙に手つきがよかった。


「五平、それやったことある?」


「あるで」


「あるん!?」


「昔な」


「先言うて!」


「聞かれてへん」


 どこかで聞いた言葉だった。


「親父、知っとった?」


「知っとる」


「言うて!」


「聞かれてへん」


「この工房なんなん!?」


 弥吉が腹を抱えて笑っている。


 百挺を考える以前に、俺は榊屋の職人が誰に何ができるのかを、思っていたほど知らなかったらしい。


「宗次郎」


「書いてます」


「頼む」


「だから帳面要るんでしょう」


「はい」


     *


 日が傾く頃には、朝の紙とずいぶん様子が変わっていた。


 親父と弥吉に集まっていた仕事の一部は五平へ渡せそうで、佐吉が覚えられそうなものもある。喜兵衛に向いた仕事もあれば、治具を工夫すれば藤吉まで渡せそうなものもあった。


 それでも親父か弥吉に残る仕事はある。だが、二人にしかできないと思っていた仕事の中には、単に二人がやった方が早いから任せていただけのものが、かなり混じっていた。


「これだけ?」


 残った仕事を見ながら聞くと、親父が頷いた。


「今のところな」


「もっと減らせる?」


「知らん」


「減らしたい?」


「別に」


「そこは減らしたい言うてよ」


「俺、仕事嫌いやないし」


 弥吉が笑った。


「百挺来たら嫌になるかもしれんで」


「それはあるな」


「ほな減らそ」


「お前が言うな」


 全部なくす必要はない。


 親父にしかできない仕事なら、親父にやってもらえばいい。ただ、親父でなくてもできる仕事まで親父の手を塞いでいるなら、先にそちらを減らした方がいい。


「兄上」


「ん?」


「百挺になりました?」


「ならん」


「まだですか」


「そんな一日でなるか」


 宗次郎は紙を見た。


「でも、父上五人はいらなさそうですね」


「せやろ?」


「最初から五人にはできませんけど」


「夢がないなあ」


「父上が五人いたら、母上が困るでしょう」


「親父も同じこと言うとった」


「何の話したんです?」


「忘れろ」


     *


 片付ける前に、俺はもう一度紙を見直した。


 仕事を他の人へ渡すには、その人ができるようにならなければならない。佐吉がさっき新しい仕事を覚えられたのも、親父が横について教えたからだ。


「宗次郎」


「はい」


「人増やしたら、教える人の仕事止まるな」


「昨日、佐吉さんも言ってましたね」


「うん」


 新しい職人を一人入れれば、一人分の手がそのまま増えるわけではない。仕事を覚えるまでは誰かが教え、出来を見て、間違っていれば直す必要がある。その間は、教えている側の手も遅くなる。


「百挺作るなら、人増やすやろ?」


「増やすでしょうね」


「ほな、教える方も考えとかんとあかん」


「誰が教えるんです?」


「それをこれから決める」


 宗次郎は少し考えてから、帳面に新しい項目を作った。


 教える仕事。


 俺も同じ言葉を紙へ書き加える。


 新しい工房を広くするだけでは足りない理由が、また一つ増えた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。