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虎松〜元エンジニアの戦国ものづくり革新録〜  作者: 真部 朝樹
鉄砲鍛冶編

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4/151

若旦那、口を出す

善右衛門と話した翌日から、俺は工房を見る時間を増やした。


 別に、調子に乗ったわけではない。そこは強く言っておきたい。


 前に学んだことも忘れていない。未来のやり方が正しいからといって、この時代でそのまま役に立つとは限らない。まず困っていることがあり、その解決に使えそうなら、俺の知っているやり方を借りればいい。


 だから俺は、工房で何に困っているのかを探すことにした。


 これが良くなかった。


     ◇


「弥吉」


「なんや」


「それ、さっきから何探してんの?」


「小さい鑢(やすり)」


「どれ?」


「細いやつ」


「朝も探してへんかった?」


「探した」


「昨日も」


「探したな」


「置く場所決めたら?」


 弥吉の手が止まった。


「……どこに?」


「知らんけど」


「知らんのかい」


「俺が決めたら意味ないやろ。使うん弥吉やし」


「ほな、ここ」


 弥吉が作業台の端を指した。


「そこ置いたら?」


「邪魔や」


「なんで言うたん」


「聞かれたから」


 面倒くさい。


 結局、小さい鑢は別の作業台の下から出てきた。昨日、別の職人が借りて、そのまま置いていたらしい。


「ほら」


「何がほらや」


「置く場所決めた方がええやろ」


「分かった分かった」


 弥吉は鑢を持って仕事へ戻った。


「で、どこにする?」


「まだやんの?」


「決めへんかったら明日また探すやろ」


「若旦那」


「なんや」


「暇なん?」


「暇ちゃうわ」


 十歳の若旦那に工房でできる仕事など大してない。悔しいので黙っておいた。


     ◇


 別の日には、佐吉が二つの金具を前に唸っていた。


「どうしたん」


「穴の位置がずれました」


「どれ」


「こっちです」


 見ると、確かに少し違う。俺が見ても分かるくらいだから、それなりにずれている。


「どうやって位置決めたん?」


「見本を置いて、ここらへんやなって」


「ここらへん?」


「はい」


「印つけへんの?」


「つけてます」


「何で?」


「鏨(たがね)で」


「その前」


「その前?」


 どうにも話が噛み合わないので、作業を最初から見せてもらった。佐吉は見本の金具を隣に置き、おおよその位置を見比べてから鏨で印を打っているらしい。


「……それ毎回やってんの?」


「はい」


「見本重ねたらあかんの?」


「重ねる?」


「こうして」


 二つを重ねてみる。見本の穴へ細い棒でも通せば、少なくとも中心の位置は拾えるはずだ。


 ところが、佐吉は首を傾げた。


「でも、これ少し形違いますよ」


「ほんまや」


 駄目だった。俺は黙って金具を返す。


「終わり?」


 後ろで見ていた弥吉が笑っている。


「今考えとる」


「無理せんでええで」


「うるさい」


 欲しいのは穴の位置だけだ。毎回測る必要はなく、位置さえ写せればいい。


「板に穴開けて、それ当てたら?」


「板?」


「薄い鉄でも木でもええから、この金具に合わせて……」


 そこまで言ったところで、弥吉が俺の頭を軽く叩いた。


「痛っ」


「それ、もうある」


「え?」


 弥吉は棚の奥から一枚の薄い鉄板を持ってきた。見ると、いくつか穴が開いている。


「何これ」


「穴写すやつ」


「あるんかい!」


「昔からある」


「ほな佐吉に使わせろや!」


「これは別の金具用や」


「作ったらええやん!」


「誰が?」


「……佐吉?」


「こいつに作らせたら、その板の穴からずれるやろ」


「あ」


「元になるやつは、ちゃんと作れる奴が作らなあかん」


 俺は黙った。弥吉は楽しそうに笑っている。


「惜しかったな」


「考え方は合ってたやろ」


「まあな」


 それだけで少し嬉しかった。前世の俺が知っているものと、この時代の職人が考えていることは、完全に別物というわけではない。必要があれば、使える道具や材料が違っても似たようなところへ辿り着く。


 だったら、ここにあるものをもっと見た方がいい。そう思った。


 今考えれば、それも良くなかった。


     ◇


 それから俺は、ますます工房を見るようになった。


「それ、なんで先に穴開けるん?」


「後やとやりにくいからや」


「なんで?」


「曲げたあとやと鏨入らん」


「なるほど」


 別の職人にも聞く。


「その鉄、なんでこっち使うん?」


「こっちの方が粘る」


「どうやって分かるん?」


「叩いたら分かる」


「どう違うん?」


「音が違う」


「どんな?」


「違う音や」


「いや、だからどんな」


「聞いたら分かる」


「分からんから聞いとるんや!」


 嫌な顔をされた。それでも懲りずに聞いた。


「なんでここ削るん?」


「当たるから」


「どこに?」


「台木」


「なら最初からその分小さく作ったら?」


「削って合わせる方が早い」


「なんで?」


「なんででもや!」


 とうとう怒られた。


 親父にも聞いた。


「親父」


「なんや」


「その銃身、さっきのより厚ない?」


「厚い」


「なんで?」


「鉄が違う」


「どこが?」


「鉄がや」


「見た目そんな変わらんやん」


「お前にはな」


「どうやって分かるん?」


「火入れたら分かる」


「何が違う?」


「違うもんは違う」


「説明になってへん」


 親父の眉がぴくりと動いたので、俺は黙った。


     ◇


 それでも観察を続けていると、面白いことが分かってきた。同じ鉄砲を作っているのに、職人によってやり方が少しずつ違うのだ。


 弥吉は鑢をよく使うが、別の職人は鏨を多く使う。源兵衛は途中まで驚くほど大雑把なのに、最後の仕上げだけは異様に細かい。作業の順番まで違うことがある。


 最初はそれを揃えたくなったが、以前の失敗を思い出して踏みとどまった。同じにすること自体には意味がない。見るべきなのは、やり方が違うことで何が起きているかだ。


 そう考えて観察しているうちに、一つ気になるものを見つけた。


「弥吉」


「今度はなんや」


「佐吉に教えたん、お前?」


「何を」


「この金具」


「ああ」


「佐吉、先に外削ってから穴開けてるで」


「せやな」


「弥吉は穴開けてから外削っとるやん」


「せやな」


「なんで?」


「好きにやったらええ言うた」


「ええの?」


「出来たらええやろ」


 その答えにも、以前ほど違和感はなかった。完成した物が良ければ、途中のやり方まで同じである必要はない。


「でも佐吉、さっき穴ずらしてたで」


「……またか」


「先に穴やった方がええんちゃう?」


「なんで」


「外形削ってから穴位置取ろうとするから、見本と形変わって位置分からんようになってるんちゃう?」


 弥吉が佐吉の作業へ目を向けた。


「佐吉」


「はい」


「お前、穴開ける時どうしとる」


「見本見て……」


「外削る前は?」


「そのままです」


「ほな若旦那の言う通り、一回先に穴やってみ」


「はい」


 あっさり採用されて、俺の方が少し驚いた。


「ええの?」


「やってみたらええやろ」


 佐吉が作業を始める。結果、その一個はうまくいった。


「ほら!」


「一個やぞ」


「でも合ったやん」


「一個や」


「認めろや」


「十個やって全部合うたらな」


 十個。前世なら少なすぎるくらいだが、今はその言葉が妙に嬉しかった。試して、比べて、良ければ残す。それを繰り返していけば、善右衛門の言った「いつ買うても同じくらいええ物」にも近づける。


 俺は間違っていない。少なくとも、その時はそう思った。


     ◇


 問題は、そのあたりからだった。


「佐吉、それ先に穴」


「はい」


「その金具も」


「これもです?」


「たぶん」


「たぶん?」


「一回やってみ」


「若旦那」


 弥吉が呼ぶ。


「なんや」


「それは先に外や」


「なんで?」


「あとで曲げるから」


「あ」


「お前、何でも同じにすんな言うたん誰やった?」


「……俺です」


「覚えとけ」


「はい」


 次の日には、炭を置く場所が気になった。


「その炭、こっち置いた方が近ない?」


「邪魔や」


「でも毎回取りに行っとるやん」


「火の粉飛ぶやろ」


「ああ」


 さらに次の日には、材料の切り方が気になった。


「その鉄、長さ揃えて切っといたら?」


「余る」


「何が?」


「鉄が」


「ああ……」


 また別の日には、まとめて加工した方が早そうな仕事を見つけた。


「これ、先に十個まとめて削ったら早ない?」


「全部違う」


「何が?」


「合わせる相手が」


「……はい」


 俺の提案は三回に一回くらい当たり、残りは外れた。問題は、当たった三回が俺を元気にしたことである。


「親父」


「なんや」


「その火床、もうちょいこっち寄せた方が」


「虎松」


「はい」


「炭運んでこい」


「まだ話の途中」


「炭」


「はい」


 さすがの俺も、工房の空気が少しずつ変わっていることには気づいていた。俺が近づくと佐吉がちらりとこちらを見て、弥吉は面白そうに笑う。ほかの職人たちは、俺が口を開く前に仕事へ視線を戻すようになった。


 別に嫌われているわけではない。たぶん。


「若旦那」


 佐吉が小声で言った。


「なんや」


「今日は、あんまり親方に言わん方がええと思います」


「なんで?」


「朝から機嫌悪いです」


 源兵衛を見ると、いつもと変わらない顔で銃身を削っている。


「分かるん?」


「分かります」


「どこで?」


「なんとなく」


 また感覚か。この工房、何でも感覚で判断しすぎではないだろうか。


     ◇


 昼過ぎ、俺は源兵衛の横で一本の銃身を見ていた。


 源兵衛は鑢を走らせては何度か手で撫で、また削る。俺にはもう十分真っ直ぐに見えるのに、親父の手は止まらない。


「親父」


「なんや」


「そこ、何見てんの?」


「歪み」


「どこ?」


「ここ」


 指を置かれた場所を見ても分からない。触ってみても、やはり分からなかった。


「分からん」


「せやろな」


「どうやったら分かる?」


「作ってたら分かる」


 またそれだ。


「でも、それやと親父しか分からんやん」


 源兵衛の手が止まった。


「弥吉は分かる」


「弥吉くらいやろ?」


「ほかにも分かる奴はおる」


「でも佐吉は分からん」


「まだ若いからな」


「なら、佐吉でも分かるようにした方がええんちゃう?」


 源兵衛が俺を見る。少し離れたところでは、弥吉もこちらを見ていた。


「当て金みたいなん作るとか、真っ直ぐか見る方法決めるとか。親父が触らんでも分かるようになったら、みんな」


「虎松」


 低い声だった。


「なんや」


「お前、これ作れるんか」


 源兵衛が手にしていた銃身を持ち上げた。


「今は無理やけど」


「火ぃ入れられるか」


「まだ」


「巻けるか」


「……無理」


「継ぎ目合わせられるか」


「それもまだ」


「穴さらえるか」


「できへん」


「台木に合わせられるか」


「……できへん」


 源兵衛は銃身を作業台へ戻した。


「ほな、なんでお前が、できる奴の仕事に口出しとるんや」


 工房が静かになった。これはまずいと、さすがの俺にも分かった。


「いや、別に親父のやり方が悪いって言うてるんちゃうで」


「ほな何や」


「もっと誰でも分かるようにできたらって」


「誰でも?」


「佐吉とか」


「佐吉にこれ作らせるんか」


「今すぐちゃうよ」


「なら、今何の話しとる」


 言葉に詰まった。


 俺は間違ったことを言っているつもりはない。いつかは必要になるはずだ。技術を人の頭や指先だけに置いておけば、その人がいなくなったときに困るし、教えるのにも時間がかかる。分かるところだけでも外へ出せば、もっと早く覚えられる。


 ただ、今、目の前にあるこの銃身について、俺は何一つできない。


「……でも、考えるくらいええやろ」


 口から出た瞬間、弥吉が目を閉じ、佐吉が下を向いた。どうやら言ってはいけないやつだったらしい。


 源兵衛の眉がゆっくりと上がる。


「考えるんは勝手や」


「ほな」


「せやけどな」


 源兵衛が立ち上がった。十歳の俺からすると、普通にでかい。


「朝から横で、あれが悪い、これ変えろ、こっちの方がええ。よう言うてくれたな」


「悪いとは言うてへん!」


「似たようなもんや!」


「ちゃうわ!」


「何がちゃう!」


「良うなる方法考えとるだけや!」


「作れもせん奴がか!」


 腹が立った。図星だったから、余計に腹が立った。


「作れたらええんやな!」


 言ってから弥吉の顔を見ると、ものすごく分かりやすく「やめとけ」と書いてあった。


 遅かった。


「なんやて?」


「俺が鉄砲作れるようになったら、ちゃんと話聞くんやな!」


「虎松」


「一本最初から最後まで作れたら文句ないやろ!」


 源兵衛が黙った。


 怒鳴られると思った。だが、親父は笑った。


 嫌な笑い方だった。


「言ったな?」


 背中に冷たいものが走った。


「……言った」


「弥吉」


「はい」


「聞いたな」


「聞きました」


「佐吉」


「はい」


「聞いたな」


「……聞きました」


「なんで証人増やすん」


 源兵衛は答えなかった。


「明日から工房入れ」


「入っとるやん」


「見学やない」


「え」


「職人としてや」


「いや、俺まだ十歳」


「鉄砲一本作るんやろ?」


「それは」


「言ったな?」


「……言いました」


「ほな決まりや」


 源兵衛は何事もなかったように仕事へ戻った。どうやら親父の中では、もう話は終わったらしい。


 終わっていないのは俺だけだった。


「弥吉」


「なんや」


「鉄砲一本作れるようになるん、どんくらいかかる?」


「人による」


「俺なら?」


「知らん」


「だいたいでええから」


 弥吉は少し考えた。


「まあ、六年か七年ちゃう?」


「……は?」


「早かったらな」


「待って」


「頑張れ、若旦那」


「待って待って待って」


 佐吉が俺の肩を叩いた。


「俺も頑張ります」


「お前は何を他人事みたいに」


「他人事ですし」


「こいつ!」


 工房に笑い声が戻った。親父だけは笑っていなかったが、よく見ると口元がほんの少しだけ上がっている。


 嵌められた。


 そう気づいたときには、もう遅かった。俺の戦国時代における職人修業は、翌朝から始まることになった。


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