若旦那、口を出す
善右衛門と話した翌日から、俺は工房を見る時間を増やした。
別に、調子に乗ったわけではない。そこは強く言っておきたい。
前に学んだことも忘れていない。未来のやり方が正しいからといって、この時代でそのまま役に立つとは限らない。まず困っていることがあり、その解決に使えそうなら、俺の知っているやり方を借りればいい。
だから俺は、工房で何に困っているのかを探すことにした。
これが良くなかった。
◇
「弥吉」
「なんや」
「それ、さっきから何探してんの?」
「小さい鑢」
「どれ?」
「細いやつ」
「朝も探してへんかった?」
「探した」
「昨日も」
「探したな」
「置く場所決めたら?」
弥吉の手が止まった。
「……どこに?」
「知らんけど」
「知らんのかい」
「俺が決めたら意味ないやろ。使うん弥吉やし」
「ほな、ここ」
弥吉が作業台の端を指した。
「そこ置いたら?」
「邪魔や」
「なんで言うたん」
「聞かれたから」
面倒くさい。
結局、小さい鑢は別の作業台の下から出てきた。昨日、別の職人が借りて、そのまま置いていたらしい。
「ほら」
「何がほらや」
「置く場所決めた方がええやろ」
「分かった分かった」
弥吉は鑢を持って仕事へ戻った。
「で、どこにする?」
「まだやんの?」
「決めへんかったら明日また探すやろ」
「若旦那」
「なんや」
「暇なん?」
「暇ちゃうわ」
十歳の若旦那に工房でできる仕事など大してない。悔しいので黙っておいた。
◇
別の日には、佐吉が二つの金具を前に唸っていた。
「どうしたん」
「穴の位置がずれました」
「どれ」
「こっちです」
見ると、確かに少し違う。俺が見ても分かるくらいだから、それなりにずれている。
「どうやって位置決めたん?」
「見本を置いて、ここらへんやなって」
「ここらへん?」
「はい」
「印つけへんの?」
「つけてます」
「何で?」
「鏨で」
「その前」
「その前?」
どうにも話が噛み合わないので、作業を最初から見せてもらった。佐吉は見本の金具を隣に置き、おおよその位置を見比べてから鏨で印を打っているらしい。
「……それ毎回やってんの?」
「はい」
「見本重ねたらあかんの?」
「重ねる?」
「こうして」
二つを重ねてみる。見本の穴へ細い棒でも通せば、少なくとも中心の位置は拾えるはずだ。
ところが、佐吉は首を傾げた。
「でも、これ少し形違いますよ」
「ほんまや」
駄目だった。俺は黙って金具を返す。
「終わり?」
後ろで見ていた弥吉が笑っている。
「今考えとる」
「無理せんでええで」
「うるさい」
欲しいのは穴の位置だけだ。毎回測る必要はなく、位置さえ写せればいい。
「板に穴開けて、それ当てたら?」
「板?」
「薄い鉄でも木でもええから、この金具に合わせて……」
そこまで言ったところで、弥吉が俺の頭を軽く叩いた。
「痛っ」
「それ、もうある」
「え?」
弥吉は棚の奥から一枚の薄い鉄板を持ってきた。見ると、いくつか穴が開いている。
「何これ」
「穴写すやつ」
「あるんかい!」
「昔からある」
「ほな佐吉に使わせろや!」
「これは別の金具用や」
「作ったらええやん!」
「誰が?」
「……佐吉?」
「こいつに作らせたら、その板の穴からずれるやろ」
「あ」
「元になるやつは、ちゃんと作れる奴が作らなあかん」
俺は黙った。弥吉は楽しそうに笑っている。
「惜しかったな」
「考え方は合ってたやろ」
「まあな」
それだけで少し嬉しかった。前世の俺が知っているものと、この時代の職人が考えていることは、完全に別物というわけではない。必要があれば、使える道具や材料が違っても似たようなところへ辿り着く。
だったら、ここにあるものをもっと見た方がいい。そう思った。
今考えれば、それも良くなかった。
◇
それから俺は、ますます工房を見るようになった。
「それ、なんで先に穴開けるん?」
「後やとやりにくいからや」
「なんで?」
「曲げたあとやと鏨入らん」
「なるほど」
別の職人にも聞く。
「その鉄、なんでこっち使うん?」
「こっちの方が粘る」
「どうやって分かるん?」
「叩いたら分かる」
「どう違うん?」
「音が違う」
「どんな?」
「違う音や」
「いや、だからどんな」
「聞いたら分かる」
「分からんから聞いとるんや!」
嫌な顔をされた。それでも懲りずに聞いた。
「なんでここ削るん?」
「当たるから」
「どこに?」
「台木」
「なら最初からその分小さく作ったら?」
「削って合わせる方が早い」
「なんで?」
「なんででもや!」
とうとう怒られた。
親父にも聞いた。
「親父」
「なんや」
「その銃身、さっきのより厚ない?」
「厚い」
「なんで?」
「鉄が違う」
「どこが?」
「鉄がや」
「見た目そんな変わらんやん」
「お前にはな」
「どうやって分かるん?」
「火入れたら分かる」
「何が違う?」
「違うもんは違う」
「説明になってへん」
親父の眉がぴくりと動いたので、俺は黙った。
◇
それでも観察を続けていると、面白いことが分かってきた。同じ鉄砲を作っているのに、職人によってやり方が少しずつ違うのだ。
弥吉は鑢をよく使うが、別の職人は鏨を多く使う。源兵衛は途中まで驚くほど大雑把なのに、最後の仕上げだけは異様に細かい。作業の順番まで違うことがある。
最初はそれを揃えたくなったが、以前の失敗を思い出して踏みとどまった。同じにすること自体には意味がない。見るべきなのは、やり方が違うことで何が起きているかだ。
そう考えて観察しているうちに、一つ気になるものを見つけた。
「弥吉」
「今度はなんや」
「佐吉に教えたん、お前?」
「何を」
「この金具」
「ああ」
「佐吉、先に外削ってから穴開けてるで」
「せやな」
「弥吉は穴開けてから外削っとるやん」
「せやな」
「なんで?」
「好きにやったらええ言うた」
「ええの?」
「出来たらええやろ」
その答えにも、以前ほど違和感はなかった。完成した物が良ければ、途中のやり方まで同じである必要はない。
「でも佐吉、さっき穴ずらしてたで」
「……またか」
「先に穴やった方がええんちゃう?」
「なんで」
「外形削ってから穴位置取ろうとするから、見本と形変わって位置分からんようになってるんちゃう?」
弥吉が佐吉の作業へ目を向けた。
「佐吉」
「はい」
「お前、穴開ける時どうしとる」
「見本見て……」
「外削る前は?」
「そのままです」
「ほな若旦那の言う通り、一回先に穴やってみ」
「はい」
あっさり採用されて、俺の方が少し驚いた。
「ええの?」
「やってみたらええやろ」
佐吉が作業を始める。結果、その一個はうまくいった。
「ほら!」
「一個やぞ」
「でも合ったやん」
「一個や」
「認めろや」
「十個やって全部合うたらな」
十個。前世なら少なすぎるくらいだが、今はその言葉が妙に嬉しかった。試して、比べて、良ければ残す。それを繰り返していけば、善右衛門の言った「いつ買うても同じくらいええ物」にも近づける。
俺は間違っていない。少なくとも、その時はそう思った。
◇
問題は、そのあたりからだった。
「佐吉、それ先に穴」
「はい」
「その金具も」
「これもです?」
「たぶん」
「たぶん?」
「一回やってみ」
「若旦那」
弥吉が呼ぶ。
「なんや」
「それは先に外や」
「なんで?」
「あとで曲げるから」
「あ」
「お前、何でも同じにすんな言うたん誰やった?」
「……俺です」
「覚えとけ」
「はい」
次の日には、炭を置く場所が気になった。
「その炭、こっち置いた方が近ない?」
「邪魔や」
「でも毎回取りに行っとるやん」
「火の粉飛ぶやろ」
「ああ」
さらに次の日には、材料の切り方が気になった。
「その鉄、長さ揃えて切っといたら?」
「余る」
「何が?」
「鉄が」
「ああ……」
また別の日には、まとめて加工した方が早そうな仕事を見つけた。
「これ、先に十個まとめて削ったら早ない?」
「全部違う」
「何が?」
「合わせる相手が」
「……はい」
俺の提案は三回に一回くらい当たり、残りは外れた。問題は、当たった三回が俺を元気にしたことである。
「親父」
「なんや」
「その火床、もうちょいこっち寄せた方が」
「虎松」
「はい」
「炭運んでこい」
「まだ話の途中」
「炭」
「はい」
さすがの俺も、工房の空気が少しずつ変わっていることには気づいていた。俺が近づくと佐吉がちらりとこちらを見て、弥吉は面白そうに笑う。ほかの職人たちは、俺が口を開く前に仕事へ視線を戻すようになった。
別に嫌われているわけではない。たぶん。
「若旦那」
佐吉が小声で言った。
「なんや」
「今日は、あんまり親方に言わん方がええと思います」
「なんで?」
「朝から機嫌悪いです」
源兵衛を見ると、いつもと変わらない顔で銃身を削っている。
「分かるん?」
「分かります」
「どこで?」
「なんとなく」
また感覚か。この工房、何でも感覚で判断しすぎではないだろうか。
◇
昼過ぎ、俺は源兵衛の横で一本の銃身を見ていた。
源兵衛は鑢を走らせては何度か手で撫で、また削る。俺にはもう十分真っ直ぐに見えるのに、親父の手は止まらない。
「親父」
「なんや」
「そこ、何見てんの?」
「歪み」
「どこ?」
「ここ」
指を置かれた場所を見ても分からない。触ってみても、やはり分からなかった。
「分からん」
「せやろな」
「どうやったら分かる?」
「作ってたら分かる」
またそれだ。
「でも、それやと親父しか分からんやん」
源兵衛の手が止まった。
「弥吉は分かる」
「弥吉くらいやろ?」
「ほかにも分かる奴はおる」
「でも佐吉は分からん」
「まだ若いからな」
「なら、佐吉でも分かるようにした方がええんちゃう?」
源兵衛が俺を見る。少し離れたところでは、弥吉もこちらを見ていた。
「当て金みたいなん作るとか、真っ直ぐか見る方法決めるとか。親父が触らんでも分かるようになったら、みんな」
「虎松」
低い声だった。
「なんや」
「お前、これ作れるんか」
源兵衛が手にしていた銃身を持ち上げた。
「今は無理やけど」
「火ぃ入れられるか」
「まだ」
「巻けるか」
「……無理」
「継ぎ目合わせられるか」
「それもまだ」
「穴さらえるか」
「できへん」
「台木に合わせられるか」
「……できへん」
源兵衛は銃身を作業台へ戻した。
「ほな、なんでお前が、できる奴の仕事に口出しとるんや」
工房が静かになった。これはまずいと、さすがの俺にも分かった。
「いや、別に親父のやり方が悪いって言うてるんちゃうで」
「ほな何や」
「もっと誰でも分かるようにできたらって」
「誰でも?」
「佐吉とか」
「佐吉にこれ作らせるんか」
「今すぐちゃうよ」
「なら、今何の話しとる」
言葉に詰まった。
俺は間違ったことを言っているつもりはない。いつかは必要になるはずだ。技術を人の頭や指先だけに置いておけば、その人がいなくなったときに困るし、教えるのにも時間がかかる。分かるところだけでも外へ出せば、もっと早く覚えられる。
ただ、今、目の前にあるこの銃身について、俺は何一つできない。
「……でも、考えるくらいええやろ」
口から出た瞬間、弥吉が目を閉じ、佐吉が下を向いた。どうやら言ってはいけないやつだったらしい。
源兵衛の眉がゆっくりと上がる。
「考えるんは勝手や」
「ほな」
「せやけどな」
源兵衛が立ち上がった。十歳の俺からすると、普通にでかい。
「朝から横で、あれが悪い、これ変えろ、こっちの方がええ。よう言うてくれたな」
「悪いとは言うてへん!」
「似たようなもんや!」
「ちゃうわ!」
「何がちゃう!」
「良うなる方法考えとるだけや!」
「作れもせん奴がか!」
腹が立った。図星だったから、余計に腹が立った。
「作れたらええんやな!」
言ってから弥吉の顔を見ると、ものすごく分かりやすく「やめとけ」と書いてあった。
遅かった。
「なんやて?」
「俺が鉄砲作れるようになったら、ちゃんと話聞くんやな!」
「虎松」
「一本最初から最後まで作れたら文句ないやろ!」
源兵衛が黙った。
怒鳴られると思った。だが、親父は笑った。
嫌な笑い方だった。
「言ったな?」
背中に冷たいものが走った。
「……言った」
「弥吉」
「はい」
「聞いたな」
「聞きました」
「佐吉」
「はい」
「聞いたな」
「……聞きました」
「なんで証人増やすん」
源兵衛は答えなかった。
「明日から工房入れ」
「入っとるやん」
「見学やない」
「え」
「職人としてや」
「いや、俺まだ十歳」
「鉄砲一本作るんやろ?」
「それは」
「言ったな?」
「……言いました」
「ほな決まりや」
源兵衛は何事もなかったように仕事へ戻った。どうやら親父の中では、もう話は終わったらしい。
終わっていないのは俺だけだった。
「弥吉」
「なんや」
「鉄砲一本作れるようになるん、どんくらいかかる?」
「人による」
「俺なら?」
「知らん」
「だいたいでええから」
弥吉は少し考えた。
「まあ、六年か七年ちゃう?」
「……は?」
「早かったらな」
「待って」
「頑張れ、若旦那」
「待って待って待って」
佐吉が俺の肩を叩いた。
「俺も頑張ります」
「お前は何を他人事みたいに」
「他人事ですし」
「こいつ!」
工房に笑い声が戻った。親父だけは笑っていなかったが、よく見ると口元がほんの少しだけ上がっている。
嵌められた。
そう気づいたときには、もう遅かった。俺の戦国時代における職人修業は、翌朝から始まることになった。




