次の二十挺
二度目の二十挺は、約束した日より少し早く揃った。
最後の五挺が仕上がった朝、俺は一本ずつ並べられた鉄砲を端から確認した。途中で当て金の摩耗が見つかり、四つの金具を作り直すことにはなったものの、それ以外に大きな手戻りはない。何より、最初の二十挺のときのように、最後の数日を俺や弥吉が走り回って無理やり押し込む必要がなかった。
「二十あるな」
「あります」
宗次郎が帳面と照らし合わせる。俺も数えたので間違いないはずだが、最近は自分の目より弟の帳面を信用する場面が増えてきた。
「材料の残りは?」
「使える大きさの物は分けています。作り直した四つの分だけ予定より減りましたけど、善右衛門さんから預かった分との数も合っています」
「ほな、ええか」
「はい」
工房を見れば、佐吉はもう別の仕事へ移り、五平も普段の作業へ戻っている。弥吉だけが最後の一挺をもう一度確かめていたが、それも仕事が詰まっているからではなく、本人が気になったから見ているだけだった。
前回とは違う。
二十挺できたという結果は同じでも、そこへ至るまでの騒がしさがまるで違った。
「父ちゃん」
「なんや」
「できた」
「見たら分かる」
「もうちょい何かないん?」
「前も作ったやろ」
「二回目になると急に扱い雑やな!」
父は笑いながら一本を手に取り、火縄周りと銃床との合わせを確認した。それから残りを眺め、特に問題がないと判断したらしい。
「善右衛門呼んどけ」
「それだけ?」
「早よ納めて銭もらえ」
正しい。
非常に正しい。
*
昼過ぎに来た善右衛門は、二十挺を見るより先に俺を見た。
「できたんか」
「できた」
「ほんまに?」
「そこにあるやろ」
「前より早ない?」
「ちょっとだけな」
善右衛門はようやく鉄砲へ目を向けた。
一本ずつ細かく検査するようなことはしない。彼は鉄砲鍛冶ではないし、そこは榊屋を信用している。ただ、並べられた二十挺を見比べ、何本かを手に取って眺めたあと、満足そうに頷いた。
「前より揃っとるな」
「どこが?」
「見た感じや」
「雑やな」
「買う方はまず見た目見るんや。前の二十挺も評判よかった言うたやろ。今回もこれなら文句ない」
前回から進めてきた寸法の統一は、鉄砲そのものを完全に同じ物へ変えたわけではない。鉄の状態も違えば、最後の合わせも一本ずつ必要だ。それでも、揃えて問題のないところは揃えた。その積み重ねが、善右衛門の言う「見た感じ」にも出始めているのかもしれない。
「尾張?」
「今回もな」
「誰が使うかは?」
「知らん」
「まだ分からんの?」
「俺かて尾張まで鉄砲担いで届けに行くわけちゃうぞ。商人から商人へ渡るんやから、その先までは分からんこともある」
そういうものらしい。
ただ、同じ方面から三度続けて二十挺という数が求められているのは気になった。
「で」
善右衛門が俺を見る。
「次の二十挺」
「もう言うん?」
「約束したやろ」
「黒い石で買収されたやつか」
「人聞き悪いな。安う譲っただけや」
「ほとんどそっち持ちやったやん」
「せやから作ってもらわな困る」
横で父が笑っている。
「源兵衛もええな?」
「虎松ができる言うたんや。やらせたらええ」
「俺だけ!?」
「お前が受けたんやろ」
黒鉛の値段を思い出した。
確かに受けた。
「……分かった。今の仕事整理してから始める」
「いつからできる?」
「宗次郎」
「僕に振らないでください」
「材料と今入っとる仕事見んと分からんやろ」
「それはそうですけど」
宗次郎が帳面を開いた。
二十挺を受けると聞いても、もう誰も大騒ぎしない。
そのことに気づいて、俺は少しだけ笑った。
*
納品の話が済んだあと、善右衛門は帰らなかった。
「まだ何かあるん?」
「水車」
「そっちもやるんか」
「こないだの話、少し考えてきた」
嫌な予感がする。
善右衛門が考えてくる話は、大抵こちらの仕事が増える。
「研ぎもん集める話や」
「あれ本気やったん?」
「なんで冗談で荷の話まで考えなあかんねん」
善右衛門が持ってきた案は、思っていたより小さかった。
いきなり水車のそばへ新しい工房を建てるわけではない。人を何人も雇うわけでもない。善右衛門と取引のある鍛冶屋や職人から、研ぎ直したい鏨や刃物を少しずつ預かり、彼の荷と一緒に粉挽き場の近くまで運ぶ。そこでまとめて研ぎ、帰りの荷で戻す。
「誰が研ぐん?」
「そこや」
「決まってへんのかい」
「最初から全部決まっとったら、お前らに相談せんわ」
候補はいるらしい。善右衛門の知り合いに、鍛冶仕事の手伝いをしている男がいる。腕の立つ鍛冶ではないが、刃物の研ぎや簡単な荒仕事なら経験があるという。
「いきなり一人でやらせるんは怖いな」
「ほな最初だけ教えたれ」
「俺が?」
「源兵衛でもええで」
「嫌や」
父が即答した。
「なんでや」
「虎松が作ったんやろ」
「父ちゃん昨日めっちゃ使っとったやん!」
「使うんと教えるんは別や」
また正論っぽいことを言って逃げた。
ただ、研ぎものだけなら悪い話ではない。鉄砲の部品と違い、一つ失敗しただけで銃一挺の工程が止まるわけでもないし、榊屋の仕事を直接外へ出す必要もない。何より、俺たちが毎回工具を持って水車まで往復するより、善右衛門の荷へ混ぜた方がずっと楽だった。
「宗次郎、どう思う?」
「僕ですか」
「数の話」
宗次郎は少し考えた。
「誰から何本預かったか分かるようにするなら、できると思います。ただ、混ぜたら分からなくなります」
「印付ける?」
「持ち主ごとに札を付ける方がいいです。預かったときに本数を書いて、戻ってきたときに同じ数あるか確認します」
善右衛門が頷いた。
「それでええ」
「あと、壊したときどうするか先に決めてください」
「細かいな」
「揉めてから決める方が面倒です」
「お前ほんまに商人向いとるぞ」
「なりません」
二度目も即答だった。
*
話がまとまると、善右衛門はそのまま父と値段の相談を始めた。
俺は少し離れて聞いていたが、途中から口を挟むのをやめた。砥石を使う場所の代金、水車を借りる分、研ぐ人間へ払う銭、運ぶ手間、善右衛門の取り分。単純に「鑢より速く削れるから安くなる」という話ではない。
ただ、善右衛門はその全部を足しても商売になると考えているらしい。
「高い研ぎ賃取ったら誰も出さんぞ」
父が言う。
「分かっとる。せやからまとめるんや。一本のために人走らせたら銭にならん。十本、二十本集めて荷のついでに運ぶ」
「急ぎは?」
「受けん」
「刃欠けひどいやつは?」
「別やな」
「研いでも使えんもん持ってこられたら?」
「最初に断る」
父が次々と聞き、善右衛門が答えていく。
俺は二人を眺めながら、少しおかしくなった。
「父ちゃん」
「なんや」
「興味ないんちゃうかった?」
「何が」
「水車」
「今は銭の話や」
「もっと興味あるやつやん」
「うるさい」
善右衛門が笑った。
*
研ぎものの仕事は、驚くほど小さく始まった。
最初に集まったのは鏨が七本、刃物が五本。それに榊屋の工具を数本混ぜただけだった。善右衛門の荷で運び、俺と喜兵衛が一度だけ現地へ行って、研ぎ方と砥石の扱いを候補の男へ見せた。
砥石へ強く押し付けないこと。
一か所だけ使い続けないこと。
異様に振れ始めたら止めること。
軸が熱を持ちすぎたら休ませること。
石に割れや欠けが見えたら回さないこと。
それだけは何度も言った。
「怖がらせすぎちゃう?」
喜兵衛が帰り道で言った。
「回る石は怖いくらいでええ」
「作った本人が言う?」
「作ったから言うねん」
最初に暴れた砥石を見ている。
あれを顔の前で受ける気にはなれない。
*
数日後、最初の研ぎものが戻ってきた。
宗次郎が札と本数を確認し、俺は榊屋の鏨を一本手に取った。刃先はきちんと整っている。父にも渡すと、親指で刃先を確かめてから、適当な鉄片へ当てて金槌を振った。
「どう?」
「使える」
父はそれだけ言って鏨を戻した。
十分だった。
善右衛門も、その日の夕方に顔を出した。
「向こうも悪ない言うとる」
「研いだ人?」
「そっちもやけど、出した鍛冶屋らや。自分とこで人止めて研ぐより楽や言うやつがおる」
「値段は?」
「今んとこ文句ない」
「儲かる?」
「ちょっとな」
「ちょっとか」
「最初から大儲けできる商売なんか怖いわ」
善右衛門らしい。
「増やすん?」
「少しずつな。研ぐ方が追いつかんようになったら意味ない。水車も粉挽きが本業やし」
俺は頷いた。
そこを忘れてはいけない。
俺たちのために水車があるわけではないのだ。
*
それから数日で、工房はまたいつもの音へ戻った。
次の二十挺に使う材料が入り始め、宗次郎が数を確認している。佐吉は新しい当て金を基準へ合わせ、五平は最初の材料を分けていた。弥吉は別の仕事を片づけながら、いつから鉄砲へ入るか俺に聞いてくる。
壁には札が並んでいる。
尺は揃っている。
当て金は使う前に確かめるようになった。
俺が言わなくても、佐吉が藤吉へやり方を教えている。
最初の二十挺を受けたときとは、同じ工房には見えなかった。
「兄上」
宗次郎が帳面を持ってきた。
「次の二十挺、始められます」
「材料足りる?」
「最初の十挺分は揃っています。残りも善右衛門さんから入る予定です」
「他の仕事は?」
「重なるところだけ先に五平さんと話しました。今のところ大丈夫です」
俺がやろうと思っていたことを、もう半分やっている。
「……俺、何したらええ?」
「全体見てください」
「雑やな」
「兄上の仕事でしょう?」
その通りだった。
少し前まで、俺がいなければ二十挺は回らないと思っていた。
今は違う。
俺がいなくてもいいわけではない。ただ、俺一人が全部を決め、全部を見て、全部の問題を解かなければ止まる工房ではなくなり始めている。
その違いは大きかった。
*
夕方、善右衛門が次の材料を持ってきた。
荷を下ろしたあと、ついでのように小さな束を宗次郎へ渡す。
「何これ」
俺が聞く。
「研ぎもん」
「増えた?」
「ちょっとな。別の鍛冶屋からも来た」
宗次郎が札を見る。
「三軒分ですね」
「もう三軒おるん?」
「お前が知らんだけや」
「俺が始めたんちゃうん?」
「始めたんは砥石やろ。商売始めたんは俺や」
確かにそうだった。
善右衛門は荷を下ろし終えると、父のところへ行って次の二十挺の話を始めた。宗次郎は研ぎものを持ち主ごとに分け、帳面へ本数を書いている。
俺はその様子を見ながら、ふと思った。
今は工具だけだ。
鏨や刃物を預かり、別の場所へ運び、別の人間が仕事をして、また戻ってくる。それでも、数を間違えず、求めた状態で返ってくるなら仕事として成立する。
いつか榊屋だけでは作りきれないほどの注文が来たとき、同じことを鉄砲の部品でやる日が来るかもしれない。
誰かに作ってもらう。
寸法を伝える。
見本を渡す。
できた物を受け入れる。
悪ければ戻す。
そのためには、今よりずっと多くのことを決めなければならないだろう。
だが、それは今考えることではない。
「虎松」
父に呼ばれた。
「なんや」
「次の二十挺、いつからや」
「明日」
「ほな準備しとけ」
「分かっとる」
俺は水車のことを考えるのをやめ、工房へ戻った。
最初に二十挺と言われたときは、どうやって作るのか分からなかった。
二度目は、同じやり方を繰り返せるのかを考えた。
三度目の今は、もう別の問いが見え始めている。
この工房で、どこまで作れるのか。
そして、その先が必要になったとき、誰と作るのか。
答えはまだない。
ただ、榊屋の外では今日も水車が回り、榊屋では次の二十挺が始まろうとしていた。




