二十挺
二十七日目の朝、十四番と十五番が並んで最終合わせを待っていた。
少し前なら、二挺並んでいるだけで嫌な気分になったと思う。今は佐吉が十四番の事前確認を済ませ、十五番にも取り掛かっている。弥吉は十四番を受け取るとすぐに合わせへ入り、源兵衛は別の仕事をしながら、必要な時だけ呼ばれる位置にいた。
十六番と十七番も後ろから近づいている。十八から二十はまだ前半だが、札は止まっていない。
「十四、昼までにいける?」
俺が聞くと、弥吉は手を動かしたまま答えた。
「いけるんちゃう」
「十五は?」
「十四終わってから聞け」
「十六は今日来るで」
「知っとる」
「十七も」
「虎松」
「何?」
「うるさい」
「音頭取っとるんや!」
「最近、音頭いうより急かし屋やで」
否定できなかった。
残り四日ほど。完成十三挺。残り七挺。
間に合うと言った以上、もう「たぶん」へ戻るつもりはなかった。
◇
十四番は昼過ぎに試し撃ちを通った。
十五番も夕方には最終合わせを終え、翌朝の試射へ回せるところまで来た。完成した十四番の札を右端へ移すと、そこには十四枚が並んだ。
「だいぶ増えましたね」
宗次郎が横で言う。
「最初、一枚置いた時は嬉しかったんやけどな」
「今は?」
「一枚増えても足りんと思う」
「欲張りですね」
「納期や」
「あと六挺」
「分かっとる」
「三日くらい」
「それも分かっとる」
「一日二挺ですね」
「割るな」
「ちょうどですよ」
「割るな言うとるやろ!」
ただ、宗次郎の計算ほど無茶ではない。
十五番はほぼ完成している。十六、十七も後半へ入りつつあり、十八から二十も前を流れている。今から一日二挺を最初から作るわけではない。
最初の二週間、完成品が一挺も出なかったのとは逆だった。
工程の中にある仕事が、これから出口へ届く。
◇
二十八日目。
十五番が朝の試し撃ちを通った。
完成十五挺。
午前中に十六番が最終合わせへ入り、昼過ぎには十七番も佐吉のところへ来た。十八番も中ほどを越え、十九、二十がその後ろを追っている。
「佐吉、十七どう?」
「今見てます」
「今日弥吉まで渡せる?」
「たぶん」
「たぶん?」
「兄上がそれ言います?」
「言うな」
佐吉が笑う。
その手元を見ると、もう俺が横に付いて一つずつ指示する必要はなかった。動きを確認し、外して見て、自分で触っていいところと止めるところを分けている。迷ったところには手を出さず、弥吉へ渡すための準備だけを進めていた。
「ここ、触らん方がええですよね」
「俺に聞く?」
「一応」
「どう思う?」
「弥吉さんに見せます」
「ほなそうして」
「はい」
少し前なら、俺が答えていたかもしれない。
今は佐吉自身が止まれる。
できることが増えるだけが成長ではない。触ってはいけないところを知るのも、立派な腕だった。
◇
十六番は夕方に試し撃ちを通った。
完成十六挺。
十七番も最終合わせへ入り、その日のうちに弥吉の手を離れた。
「明日撃てる?」
「撃てる」
「問題は?」
「ないと思う」
「思う?」
「撃ってみな分からんやろ」
「そらそうやけど」
「お前、最近細かいな」
「最初からや!」
「六年前はもっと面倒やったな」
「ほな改善しとるやん」
「せやな」
弥吉が笑った。
工房を見回す。
五平は十八番を進めている。十九番も次の仕事へ渡り、二十番はまだ少し後ろにいるが、止まってはいない。
完成十六。
残り四。
ここまで来ると、二十という数が初めて小さく見えた。
◇
二十九日目。
朝一番の試射で十七番が通った。
十八番は昼前に最終合わせへ入り、十九番もその後ろまで来た。二十番だけが少し離れている。
「二十、どこ?」
俺が聞くと、五平が指した。
「そこ」
「今日どこまで行く?」
「ここまでは」
「明日の朝、佐吉に渡せる?」
「急げばな」
「急がんでええ」
五平が俺を見る。
「納期明日ちゃうん?」
「せやけど、急いで失敗したら余計遅なる」
「ほな普通にやるで」
「普通にやって」
「最初からそう言えや」
五平は何事もなかったように仕事へ戻った。
俺も少し驚いた。
十日前の俺なら、「明日までに」と言っていたかもしれない。
今は、それを言ったところで鉄が早く削れるわけではないと分かっている。急げと言われて速くなる仕事なら、最初から誰も苦労しない。
必要なのは、止めないことだった。
◇
十八番が通った。
完成十八挺。
十九番は夕方までに最終合わせを終えた。残る二十番も五平の手を離れ、予定通り翌朝には佐吉へ渡せるところまで進んだ。
その日の仕事が終わっても、俺は壁の前に立っていた。
右端に十八枚。
十九番はほとんど完成。
二十番だけが、少し左にいる。
「兄上」
「何?」
「帰らないんです?」
「帰る」
「さっきも言ってましたよ」
「今帰ろうと思っとった」
「母上に言いますよ」
「帰ります」
宗次郎が壁を見る。
「明日ですね」
「うん」
「間に合いそうですね」
「間に合う」
「十九で失敗したら?」
「縁起悪いこと言うな」
「二十で失敗したら?」
「お前ほんま弟やなかったら殴っとるぞ」
「弟でも殴ったら母上に怒られますよ」
「……帰ろか」
「はい」
最後にもう一度、十八枚の札を見た。
明日で一か月だった。
◇
三十日目。
十九番は朝の試し撃ちを通った。
完成十九挺。
誰も大騒ぎはしなかった。弥吉は十九番を確認すると工房へ戻り、五平も自分の仕事へ戻る。佐吉はすでに二十番の準備を始めていた。
残り一挺。
だからこそ、俺も騒がなかった。
二十番だけ特別扱いして失敗したら笑えない。
「虎松」
源兵衛が呼んだ。
「何?」
「顔怖いぞ」
「普通や」
「そうか」
「うん」
「ほな仕事せえ」
「してるわ」
親父はそれ以上何も言わなかった。
◇
二十番が弥吉へ渡ったのは昼前だった。
佐吉が事前の確認を済ませ、迷ったところを一つだけ残している。弥吉がそこを見て、何度か動かし、仕掛けを外した。
俺は少し離れて見ていた。
口を出したい。
ものすごく出したい。
だが、今ここで俺が横から何か言っても速くならない。
「虎松」
弥吉が顔を上げた。
「何?」
「近い」
「何が?」
「お前が」
「見とるだけや」
「息掛かる」
「そんな近ないわ!」
「向こう行っとけ」
「なんでや!」
「邪魔」
五平が笑った。
「音頭取り、最後に追い出されたな」
「誰のおかげでここまで来たと思っとんねん!」
「みんな」
「正しいこと言うな!」
工房に笑いが起きた。
俺は仕方なく少し離れた。
その方がいい。
二十挺は、俺一人で作ったわけではない。
◇
昼を過ぎてしばらくした頃、弥吉が二十番を源兵衛へ渡した。
親父は受け取り、いつものように確かめた。特別なことはしない。仕掛けを動かし、銃身を見て、台木への収まりを確認する。
「撃つぞ」
俺は返事をしなかった。
代わりに大きく息を吐いた。
「まだやで」
弥吉が言う。
「分かっとる」
「通ってからや」
「分かっとるって」
試し撃ちの準備をする。
一挺目の時と同じだった。
火薬を込め、弾を入れ、必要な確認を済ませる。二十挺目だからといって、手順が変わるわけではない。
源兵衛が構える。
火が落ちた。
轟音が響き、煙が広がった。
俺は煙の向こうを見ていた。
源兵衛が銃を確認する。
誰も喋らない。
長く感じた。
実際には、それほど長くなかったのだと思う。
「ええ」
源兵衛が言った。
「……通った?」
「ああ」
「売れる?」
「売れる」
その言葉を聞いた瞬間、肩から力が抜けた。
「終わった……」
「終わってへんで」
弥吉が言う。
「なんでや!」
「札」
「お前そういうとこだけ覚えんな!」
◇
工房へ戻り、二十番の札を持つ。
右端には十九枚。
俺はその隣へ、最後の一枚を置いた。
二十枚。
最初はただの木札だった。
一挺がどこにあるのか分からないから作った。誰が何をしているのか、どこで止まっているのか、頭の中だけでは追えないから壁へ並べた。
その札が今、全部同じ場所にある。
「……できたな」
俺が言うと、宗次郎が横で頷いた。
「二十挺ですね」
「うん」
「一か月」
「うん」
「間に合いましたね」
「うん」
「兄上」
「何?」
「さっきから、うんしか言ってませんよ」
「今ちょっと余韻に浸っとんねん」
「そうですか」
「もうちょい浸らせろ」
宗次郎が笑った。
工房の連中も仕事をしながら、時々壁を見ている。
弥吉が近づいてきた。
「二十挺作れたな」
「作れたな」
「俺、忙しかったわ」
「お前は最初から最後まで忙しかったな」
「次はもうちょい楽にして」
「次?」
「あるんちゃう?」
「嫌なこと言うな」
五平も横から入ってきた。
「俺も最初より仕事増えたで」
「その代わり探す時間減ったやろ」
「まあな」
「札も自分で動かすようになったやん」
「動かさんかったらお前うるさいし」
「なんで全部俺が嫌われた結果みたいになっとんねん」
佐吉が笑っている。
俺も笑った。
◇
夕方、善右衛門が来た。
早すぎる。
「なんでおるん?」
「なんでって何や」
「まだ連絡してへんぞ」
「今日やろ、約束」
「そうやけど」
「できた?」
俺は壁を指した。
善右衛門が二十枚の札を見る。
「ほう」
「二十挺」
「全部?」
「全部」
「撃った?」
「全部」
「問題は?」
「なし」
善右衛門は完成した鉄砲を何挺か手に取った。
一挺ずつ見る。
同じ形に見える。
だが、俺には違いが分かる。
銃身も台木も金具も、細かなところは少しずつ違う。完全に同じではないし、部品を適当に入れ替えて全部使えるわけでもない。
六年前、俺が思い描いていたような鉄砲ではなかった。
「前より揃うとるな」
善右衛門が言った。
「うん」
「ええやん」
「せやけど、同じちゃう」
「そら違うやろ」
「……あかん?」
善右衛門が俺を見る。
「何がや」
「同じちゃうやん」
「俺、同じにせえ言うたか?」
「言うてへん」
「ほなええやろ」
善右衛門はもう一挺手に取った。
「前より売りやすい」
その一言で、少し肩の力が抜けた。
完全に同じでなくてもいい。
いつ買っても同じくらい良い。誰が作っても、ある程度同じところへ収まる。壊れた時に直しやすく、作る時にも迷いが少ない。
六年前に考えていた「同じ」とは少し違う。
だが、今の榊屋にはこれでいい。
たぶん、ここからでいい。
◇
善右衛門が帰ったあと、工房ではいつもの片付けが始まった。
二十挺作ったからといって、明日から仕事がなくなるわけではない。途中で止めずに進めてきた他の仕事もあるし、次に納める物もある。
俺も道具を片付けていると、源兵衛に呼ばれた。
「虎松」
「何?」
親父は壁の前に立っていた。
二十枚の札を見る。
「これ、外すんか?」
「納めたらな」
「そうか」
「記念に置いとく?」
「邪魔や」
「せやな」
親父らしい。
俺も壁の横へ立った。
しばらく二人で札を見る。
「親父」
「何や」
「なんとかできたな」
「ああ」
「途中、無理やと思った?」
「思ってへん」
「ほんま?」
「お前が無理言うまで待っとった」
「嫌な親やな!」
「言わんかったやろ」
「言えるか!」
源兵衛が少し笑った。
「最初、お前に音頭取らせた時な」
「うん」
「もっと口出す思うとった」
「出したやろ」
「足らんくらいや」
「どっちやねん」
「前のお前なら、全部自分で決めようとしたやろ」
返事が止まった。
たぶん、その通りだった。
「職人に聞いて、違う言われたら変えて、詰まったら止めて、分からんかったら見とった」
「……うん」
「自分で作った決まりも、あかんかったら変えた」
「うん」
「最後まで、物も悪うせんかった」
源兵衛が完成した鉄砲の一本を手に取った。
「二十挺作ったんは、お前ちゃう」
「分かっとる」
「弥吉も、五平も、佐吉も、みんなで作った」
「うん」
「せやけど」
親父が俺を見る。
「二十挺作れるようにしたんは、お前や」
言葉が出なかった。
六年前。
俺はこの人に、できる奴の仕事へ口を出すなと言われた。
それが悔しくて、鉄砲を一挺作れるようになるまで六年掛かった。
あの時、親父からもらった言葉は「売ってもええ」だった。
今日は違った。
「ようやった」
それだけだった。
俺は少し俯いた。
「……うん」
「なんや」
「いや」
「泣いとるんか?」
「泣いてへんわ!」
「ほな顔上げろ」
「うるさい!」
顔を上げると、親父が笑っていた。
「明日も仕事やぞ」
「分かっとる!」
「遅れるなよ」
「誰の息子やと思っとんねん」
「俺の息子や」
「……せやな」
親父は先に工房を出ていった。
俺は一人、もう一度壁を見る。
二十枚の札が並んでいる。
一挺を作る方法は、六年掛けて覚えた。
二十挺を作る方法は、この一か月で少しだけ分かった。
人を速く動かせばいいわけではない。上手い奴に全部任せればいいわけでもない。同じ物を作れと言えば、同じになるわけでもない。
仕事を見て、止まる場所を探す。できるところまで人に渡し、できないところは腕のある人間へ残す。材料が遅れれば順番を変え、予定が外れれば組み直す。
そして何より、一人で全部やろうとしない。
俺は最後の札を指で軽く叩いた。
「……二十挺か」
最初に聞いた時は、大きな数だった。
今は、少し違って見える。
次に同じ二十挺を頼まれたら、もっと上手くやれる。
そう思ったところで、善右衛門が帰り際に「次はもうちょい数出せるかもしれんな」と言っていたことを思い出した。
「……いや、待て」
嫌な予感がした。
順調やと思った時に限って、だいたい何か起きる。
俺は壁の二十枚を見た。
「次、何挺やねん……」
二十挺の仕事は終わった。
榊屋の仕事は、たぶんここから変わっていく。




