帰ってきた
堺の港が見えてきた時、ようやく帰ってきたという実感が湧いた。
本当なら、一週間ほどで戻る予定だった。
清洲へ行き、信長様と話をして、そのまま堺へ帰る。それだけのはずだったのに、途中で国友へ行くことになり、気付けば二週間を過ぎている。
俺たちからすれば、国友では毎日見るものがあり、考えることも山ほどあった。あっという間だったと言ってもいい。
でも、待っている方は違う。
いつ戻るかも分からないまま、最初に聞いていた予定だけが過ぎていったのだ。
「さすがに怒られるかな」
船の上から港を眺めながら言うと、隣にいた善次郎が嫌そうな顔をした。
「誰にや」
「みんなに」
「そら怒られるやろ」
「お前も一緒やん」
「俺は親父に怒られる」
「そっちの方が嫌やん」
「めちゃくちゃ嫌や」
善次郎が真顔で言った。
船が岸へ着き、荷が下ろされ始める。人の声が近くなり、見慣れた堺の港が目の前へ戻ってきた。
荷を担ぐ男がいる。商人が声を張り、船から箱や俵が次々に運び出され、それを受け取る者がいる。
以前なら、ただ賑やかな港だと思っただろう。
今は少し違って見えた。
材料を運ぶ者がいる。
受け取る者がいる。
売る者がいる。
そこからまた別の場所へ繋ぐ者がいる。
国友で人と物の流れを見続けたせいか、港を行き交う一人一人が、どこかの仕事へ繋がっているように見える。
「帰ってきたなあ」
思わず言った。
「何年ぶりみたいに言うな」
「二週間やぞ。結構長かったやろ」
「予定の倍やからな」
「それ言われると怖いな」
「俺はもう怖い」
「何が」
善次郎が前を見た。
俺もそちらを見る。
「……あ」
いた。
善右衛門だった。
荷の前に立って、何やら積み込みの確認をしている。
善次郎の顔が露骨に嫌そうになった。
「なんや親父、おったんか!」
善右衛門が振り返った。
一瞬、こちらを見る。
それから、すぐに怒鳴った。
「ようやく帰ってきたか、このボンクラ息子が!」
「帰って早々それ?」
「お前がおらんせいで、俺が荷積み確認せなあかんやんけ!」
「親父の店やろ!」
「普段お前がやっとる仕事や!」
「俺、遊びに行っとったんちゃうぞ!」
「一週間で帰る言うてたやろ!」
「俺もそのつもりやったわ!」
堺へ着いて一刻も経っていないのに、もういつもの親子喧嘩が始まった。
俺は少し距離を取った。
巻き込まれたくない。
善右衛門が、そこで俺に気付いた。
「おお、虎松!」
「はい」
「無事やったか!」
「無事です」
「怪我は?」
「ないです」
「そうか。ならええ」
善次郎が横から口を挟んだ。
「何で虎松には優しいん」
「お前と虎松が同じ扱いなわけあるか!」
「実の息子やぞ!」
「だからや!」
よく分からない理屈だった。
善右衛門は俺たちを見回す。
「しかし、お前ら予定よりずいぶん遅かったな。どこほっつき歩いとったんや」
「国友にも行くことになったんや」
善次郎が答えた。
「国友?」
「信長様に行ってこい言われて」
善右衛門の顔が少し変わった。
「鉄砲の国友か」
「そう」
「そんなとこまで行っとったんか」
「急に決まったから」
「急にも何も、知らせくらい寄越せや」
「簡単に言うなや」
「待っとる方は何も分からんやろ」
そこは、善右衛門の言う通りだった。
「すみません」
俺が言うと、善右衛門はこっちを見た。
「お前が謝ることちゃう」
「でも、榊屋の方も心配してました?」
「そらするわ。尾張行った思たら桶狭間のすぐ後やろ。そこから予定過ぎても帰ってこん。国友行っとるなんて、こっちは知らん」
「……ですよね」
「源兵衛も表には出さんかったけど、気にはしとったぞ。お志乃さんなんか、善次郎から何か届いてへんか何度も聞きに来たわ」
少し胸が痛んだ。
「お澪もずっと気にしとったしな」
「お澪も?」
「何やその顔」
「いや」
善右衛門が呆れた。
「お前なあ」
「何です」
「いや、ええわ」
そこで善右衛門が何か思い出したように手を叩いた。
「そうや虎松。ちょうど仕事が一つあってな」
「今それ言います?」
「帰ってきたんやろ」
「せめて榊屋着いてからにしてくださいよ」
「何や。ええ話やぞ」
「善右衛門のええ話、だいたいこっちの仕事増えるんですよ」
「黒鉛の時は喜んどったやないか」
「あれは珍しく当たりやったんです」
「珍しく言うな!」
善次郎が横で腹を抱えて笑っている。
「やっぱ帰ってきたなあ」
「お前は笑っとらんと店戻れ!」
善右衛門が善次郎へ怒鳴った。
「何で?」
「お前がおらん間の仕事溜まっとるからや!」
「俺も今帰ってきたんやけど!」
「知るか!」
「虎松は?」
「榊屋帰るんやろ」
「ずるない?」
「何がや」
善次郎の顔から笑顔が消えた。
「ほな虎松」
「おう」
「また明日」
「逃げんなよ」
「逃げへんわ」
「逃げたら新三郎に全部やらせるぞ!」
善右衛門が言う。
「それだけはやめたって。あいつまだ十三ぐらいやろ」
「お前より元気に働いとるわ!」
「嘘つけ!」
まだ言い合っている。
俺は二人を置いて、榊屋へ向かった。
◇
堺の町を歩く。
見慣れた道だ。
店。
工房。
荷車。
槌の音。
木を削る音。
二週間しか離れていないのに、妙に懐かしい。
国友で見たものが頭に残っているせいか、以前とは少し違って見えた。
榊屋だけで鉄砲を作っているわけではない。
材料を扱う人間がいる。
外へ頼む仕事がある。
出来上がった品を持っていく者がいる。
客との間に商人がいる。
ここで暮らしている時は、それが当たり前すぎて見えていなかった。
国友から何を持って帰ったのか、まだ上手く言葉には出来ない。
ただ、同じ堺なのに、以前より少し広く見える。
「ただいま」
誰にも聞かれていないのに、小さく口にした。
◇
榊屋の前まで来たところで、中から人が出てきた。
帳面を抱えている。
お澪だった。
向こうも俺に気付いた。
足が止まる。
「お澪」
手を上げた。
「ただいま」
お澪はしばらく何も言わなかった。
次の瞬間、持っていた帳面を胸元へ抱えるようにして、それから慌てて脇へ置いた。
こっちへ駆けてくる。
「虎松さん!」
「え?」
そのまま抱きつかれた。
何が起きたのか分からない。
「無事だった……!」
耳元で声がした。
俺は完全に固まった。
お澪が俺に抱きついている。
何で。
いや、理由は今言った。
無事だった。
そこは分かる。
問題は俺がどうすればいいのかだ。
「えっと」
両手が宙に浮いたまま止まる。
「……うん」
違う。
たぶん違う。
「無事やで」
もっと違う気がする。
お澪はしばらく離れなかった。
少し震えているようにも感じた。
二週間。
こっちは国友で見るものが多すぎて、予定より遅れていることを深く考えていなかった。
待っている側には、その二週間がそのままあったのだ。
「ごめんな」
ようやく、それが出た。
「予定より遅なって」
お澪が小さく首を振った。
「いつ帰ってくるかも分からへんし……何かあったんちゃうかって」
「国友行くことになって」
「知りませんでした」
「そら急に決まったから」
「そういう話やないです」
「そうなん?」
「そうです」
怒られた。
何で怒られているのか、完全には分からない。
でも、悪いことをしたのは何となく分かる。
「ほんまごめん」
もう一度言う。
その瞬間、お澪が急に体を離した。
ようやく自分が何をしていたのか気付いたらしい。
「……す、すみません」
顔が真っ赤だった。
「いや」
俺も何となく目を逸らす。
「そんな心配掛けてたんやな」
「……当たり前です」
さっきより小さな声だった。
それでも、二週間分張り詰めていたものが少し抜けたように見えた。
◇
「何騒いでんだ」
工房の奥から声がした。
親父だった。
「親父」
「おう」
「ただいま」
「ああ」
親父は俺を一度、上から下まで見た。
「怪我はねえな」
「ない」
「ならええ」
それだけだった。
でも、それからすぐ顎を家の方へ向けた。
「先に家行け」
「え?」
「お志乃が心配しとった。顔見せてこい」
「ああ」
「工房は逃げねえ」
「そらそうやな」
「話はその後だ」
親父に言われて、俺は工房の隣にある家へ向かった。
◇
「ただいま」
戸を開けた。
一瞬、家の中が静かになった。
最初に顔を出したのはお千代だった。
「兄ちゃん!」
「おう」
「ほんまに帰ってきた!」
「何やそれ」
「だって全然帰ってこんし!」
その声で、奥からお小夜も飛び出してきた。
「兄ちゃん!」
「お、小夜」
「尾張怖かった?」
「いきなりそれ?」
「戦あったんやろ?」
「俺が行った時には終わってた」
「ほんま?」
「ほんま」
さらにその後ろから、小さいのが突っ込んできた。
「にいちゃん!」
「おおっ」
吉松だった。
勢いそのままに足へ抱きつかれる。
「お前も抱きつくんか」
「?」
「いや、ええ」
今日二人目である。
「虎松」
声がした。
母ちゃんだった。
お志乃は俺の顔を見たまま、少し立ち止まっていた。
「ただいま」
「……遅いわ」
「ごめん」
近付いてきて、顔を見る。
肩を見る。
腕を見る。
怪我がないか確かめるように、何度も見た。
「ほんまに何もない?」
「ない」
「怪我隠してへん?」
「隠してへんて」
「熱は?」
「ない」
「ちゃんと食べてた?」
「食べてた」
「寝てた?」
「それは……」
「寝てへんの?」
「寝てる寝てる」
危なかった。
「ほんまにもう」
母ちゃんはため息を吐いた。
「一週間いう話やったやろ」
「国友行くことになって」
「それもさっき聞いた」
「誰から?」
「善右衛門さん」
早い。
「何で先に知ってんの」
「お前が帰ってきたいう話も、もう来とる」
堺の情報は怖い。
「新三郎は?」
「まだ善右衛門さんとこ。あとで聞くやろ」
「そっか」
「兄ちゃん、国友行ったん?」
千代が聞いた。
「行った」
「何しに?」
「鉄砲見に」
「また鉄砲?」
「また言うな」
「兄ちゃんずっと鉄砲やん」
否定出来ない。
「お土産は?」
小夜が聞く。
「鉄砲」
「いらん」
「即答すんな」
「食べるもんないん?」
「ない」
「何しに行ったん」
「仕事や!」
家族からの評価が厳しい。
でも、このやり取りが妙に嬉しかった。
◇
家で一通り生存確認を終えてから、工房へ戻った。
そこでようやく宗次郎と顔を合わせた。
「兄上」
「おう」
「お帰りなさい」
「ただいま。留守ありがとうな」
「無事で何よりです」
宗次郎は少し笑った。
ただ、よく見ると少し疲れている。
「大変やった?」
「まあ、それなりには」
「何か止まった?」
「止めてませんよ」
「さすがやな」
「止めたら兄上が帰ってきた時、もっと面倒でしょう」
「俺が悪いみたいやん」
「半分くらいは」
「半分あるんか」
「あります」
宗次郎が笑う。
これくらいがいつもの宗次郎だ。
「予定より遅れて、すまんな」
「俺はまあ」
宗次郎は少し肩を竦めた。
「お澪さん見たら、分かったでしょう」
「何が?」
「……いえ」
「何や」
「何でもないです」
宗次郎はそれ以上言わなかった。
ただ、一度だけお澪の方を見る。
お澪は、さっきより明らかに顔色がいい。
宗次郎の視線はすぐに戻った。
「それより兄上」
「ん?」
「見てもらいたいもの、溜まってます」
「帰ってきたばっかりなんやけど」
「知ってます」
「明日じゃ駄目?」
「それは無理です」
「何でそこだけ早いん」
帳面が出てきた。
一冊ではない。
「……多ない?」
「兄上がおらん間に、兄上しか判断出来んかった分です」
「宗次郎が決めてええやつなかった?」
「決めていいものは決めました」
「じゃあこれ何」
「兄上が始めた仕事です」
「言い方」
「事実でしょう」
何も言えなかった。
◇
ただ、工房自体は驚くほど普通に動いていた。
銃身は出来ている。
台木も進んでいる。
金具も揃っている。
水車設備の方からも規則的な音が聞こえていた。市兵衛がいつものように設備を動かし、その横では徳松が確認を繰り返しながら作業している。
新八は作業台で何かを書きながら佐吉と話し、庄吉は部品を並べて数えている。その少し向こうでは千吉が黙々と手を動かしていた。
甚助のところでは、松之助が木を削っている。
「普通に回ってるな」
俺が言うと、宗次郎がこっちを見た。
「そら回しますよ」
「いや、そうやけど」
「兄上がおられへんから全部止まりました、では困るでしょう」
「まあな」
「むしろ静かやったくらいです」
「何が」
「急に仕事増えませんから」
「そこ?」
宗次郎が少し笑った。
言われてみれば、俺がいない間は、新しいことを思いついて勝手に始める人間もいない。今ある仕事を回すだけなら、もう俺一人がいなくても動く。
それが嬉しかった。
「ありがとうな」
言うと、宗次郎が少し止まった。
「……何です、急に」
「普通に礼言うただけやろ」
「兄上が言うと、また何か始める前振りみたいで」
「ひどない?」
「日頃の行いです」
弟にまで言われた。
◇
帳面を見ると、以前よりかなり整理されていた。
「これ、見やすなってない?」
「お澪さんが整理してくれました」
宗次郎が言った。
「注文と客先との話を先に分けてもらってます。変更入ったもの、返事待ち、納期動いたもの。それを俺の方で工房の仕事に落としてます」
「へえ」
誰の仕事か。
今どこまで進んでいるか。
客から何を言われているか。
どこで返事を待っているか。
以前よりずっと追いやすい。
「お澪」
「はい」
「これ、お澪がやったん?」
「宗次郎さんと相談しながらです」
「ええやん」
素直に言った。
「お澪来てもろて、ほんま良かったな」
お澪が少し固まった。
「……そうですか」
「うん。宗次郎一人やったら、もっと大変やったやろ」
「それは……まあ」
宗次郎が一瞬だけ目を伏せた。
本当に一瞬だった。
「助かってますよ」
すぐにいつもの顔で言う。
「かなり」
お澪も頷いた。
「私も宗次郎さんがおらんかったら、どこまで自分で決めてええか分からんかったと思います」
「ほら」
俺は言った。
「ええ組み合わせやん」
宗次郎が少しだけ困ったように笑った。
「兄上は、そういうことだけ妙に素直ですよね」
「何が?」
「何でもないです」
「またそれ?」
宗次郎は答えなかった。
◇
俺が帰ってきたことは、すぐに工房中へ広がった。
最初に寄ってきたのは弥吉だった。
「虎松」
「おう」
弥吉の視線は、俺ではなく俺が持っていた鉄砲へ向いていた。
「その銃なんや?」
「これ?」
「うん」
「国友の」
弥吉の目が変わった。
「ほんまか」
「ほんま」
「見せて」
「ただいまぐらい言えや」
「おかえり」
「軽いな」
もう手が伸びている。
渡すと、弥吉はすぐ銃身を見始めた。
「国友行ってたん?」
「行くことになった」
「へえ」
それだけ言うと、もう鉄砲の方へ集中している。
相変わらずさばさばしている。
次に五平が来た。
「お前、国友まで行っとったんか」
「うん」
「そら遅なるわ」
「心配してくれてた?」
「工房に面倒持ち帰ってくるんちゃうか心配しとった」
「そっち?」
「他に何がある」
ひどい。
佐吉も寄ってきた。
「虎松、向こうの作り方どうやった?」
「それ、話し出したら長い」
「長くてええ」
「今?」
「あとでもええ」
昔は若手だった佐吉も、今では完全に現場の中堅だ。
その横から新八も覗き込む。
「寸法は揃ってたんです?」
「そこがな」
「違う?」
「めっちゃ話したい」
「ほな後で聞きます」
こいつとは話が長くなりそうだ。
「国友って、やっぱりすごいんですか?」
庄吉が聞いた。
「すごいで」
「榊屋より?」
「その聞き方やめろ」
「何でです?」
「話が長くなるから」
「また長くなるんですか」
「お前まず定規なくすなよ」
「まだ言うんですか!?」
横で千吉が少し笑った。
「千吉、お前も見たい?」
「はい」
短い。
でも目は鉄砲から離れていない。
市兵衛も水車設備の方から顔を出した。
「向こう、何か面白い機械あったか?」
「今回は人の方が面白かった」
「何やそれ」
「それも明日話す」
徳松が市兵衛の後ろから覗いている。
甚助は鉄砲を受け取ると、まず台木を見た。
「ふうん」
「どう?」
「作った奴、ええ仕事しとる」
「やろ」
その後ろから松之助も覗く。
「これ、削り方ちょっと違いますね」
「分かる?」
「大工の時に似た削り方見たことあります」
「へえ」
もう話したいことが増えた。
藤吉まで寄ってきて、気付けば工房の人間がかなり集まっている。
「待って待って。一人ずつ!」
「二週間も帰ってこんかったお前が悪い」
五平が言った。
「それ俺のせいちゃうやん」
「でも話持って帰ってきたんはお前や」
「それはそうやけど」
何だか、やっと帰ってきた気がした。
◇
「うるせえぞ」
親父の声が飛んだ。
一瞬だけ工房が静かになる。
親父は国友の鉄砲を見た。
「それ貸せ」
「また?」
「見せろ」
「はいはい」
渡す。
親父は黙って見る。
銃身。
台木。
金具。
火挟み。
構える。
動かす。
甚助や弥吉も黙って見ていた。
しばらくして、親父が言った。
「ええな」
「やろ」
即答だった。
少し嬉しい。
「上物はもっとええのあったで」
「これよりか」
「うん。注文してきた」
「勝手にか」
「善次郎が値詰めた」
「ならええ」
通った。
弥吉がすぐ聞く。
「いつ来る?」
「分からん」
「早くして」
「俺に言うな」
親父はもう一度鉄砲を見てから、俺へ返した。
「で」
「ん?」
「お前は何見てきた」
少し考えた。
国友の工房。
鍛冶。
弥五郎。
見本。
木片。
上物。
人と人との繋がり。
材料。
注文。
商売。
数。
技能。
そして清洲で信長様と話したこと。
「……いっぱい」
親父が嫌そうな顔をした。
「分からん」
「せやな」
俺もそう思う。
周りを見る。
宗次郎。
お澪。
弥吉。
五平。
佐吉。
藤吉。
新八。
庄吉。
千吉。
市兵衛。
徳松。
甚助。
松之助。
みんな、程度の差はあれ、聞きたそうにしている。
「明日」
俺は言った。
「みんな集めて話そか」
「何時にします?」
宗次郎がすぐに聞いた。
「え?」
「何時です?」
「いや、まだそこまで」
「決めんと集められへんでしょう」
「昼でええんちゃう?」
「善右衛門さんも呼びます?」
「……呼ばなあかん?」
「商売の話もあるんでしょう」
「ある」
「なら呼びます」
「仕事持って来んよう言うといて」
「無理やと思います」
知ってる。
横からお澪が言った。
「帳面用意します」
「そこまで大げさにせんでも」
「必要です」
「宗次郎も?」
「要ると思いますよ」
二人に言われた。
「……はい」
完全に管理されている。
親父が鼻で笑った。
◇
その日の仕事が終わる頃には、工房も少し静かになっていた。
二週間ぶりの榊屋だった。
思っていたほど変わっていない。
でも、よく見ると少しずつ変わっている。
俺がいない間も、工房は動いていた。
宗次郎が全体を見ていた。
お澪が注文や客との話を整理していた。
五平や佐吉たちが現場を支え、新八が考え、市兵衛は水車設備を回している。若手も新人も、それぞれ自分の場所で仕事をしていた。
俺がいなくても回る。
そうなるようにしてきたつもりだった。
実際にそうなっているのを見ると、嬉しい。
ただ、それだけではなかった。
宗次郎は少し疲れていた。
お澪も、俺が帰った時の様子を見る限り、この二週間ずっと平気だったわけではない。
予定より一週間以上遅れた。こっちは国友で夢中になっていたが、待っている方には待っている時間があった。
仕組みが回ることと、人に負担が掛からないことは別だ。
国友で、誰か一人へ頼りすぎない仕組みを見た。
榊屋へ帰って最初に見えたのは、宗次郎とお澪へ、思っていたより多くのものが集まっていることだった。
持ち帰ったものを使う前に、今の榊屋そのものを一度見直した方がいいのかもしれない。
明日は、国友で見たものを話す。
そのあとで、これから榊屋をどうするかも考える。
帰ってきたばかりなのに、やることはもう増えていた。
まあ、それもいつものことだった。




