↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
虎松〜元エンジニアの戦国ものづくり革新録〜  作者: 真部 朝樹
尾張・国友編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
146/151

堺にいる理由


 国友を発ってから、数日。


 俺たちは清洲へ戻った。


 城へ着いてからそれほど待たされることもなく、一益様に連れられて信長様の前へ通された。


「で、どうだった」


 挨拶もそこそこに、最初の言葉がそれだった。


「どっちも良かったです」


「そうか」


 あまりにも普通に返されたので、こっちが少し拍子抜けした。


「……驚かんのです?」


「何にだ」


「いや、俺、榊屋の方がええ言うて帰ってくると思われてたんかなと」


「思っておらぬ」


「そうなんです?」


「それなら国友へ行かせた意味がない」


 横にいた一益様が笑った。


「こいつは、その答えを出すのに随分掛かりましたぞ」


「言わんでええですって」


「毎日悩んでおったな」


「一益様まで何でそっち側なんです?」


 信長様は俺たちのやり取りを気にも留めず、続きを促した。


「話せ」


「はい」


 何から説明するか少し迷った。


 国友で見たものを全部話そうとすれば、それだけで日が暮れる。


 鍛冶屋が何人いるとか、誰がどう作っているとか、そんな話から始めても仕方がない。


 だから、結論から話すことにした。


「一挺を出来るだけええもんに仕上げるなら、国友は強いです。腕のええ鍛冶がおって、台師や金具作る人もおって、それぞれ長いこと一緒に仕事しとる。最後は現物見ながら合わせるんで、上手い人らが揃った時の一挺は、かなりええもんになります」


「榊屋は?」


「数です」


「百挺か」


「はい。それと、揃えることです」


 俺は榊屋のやり方を簡単に説明した。


 寸法をなるべく揃えること。


 治具を使うこと。


 仕事を分けること。


 途中で見る場所を決めること。


 誰が何を出来るかを把握し、一か所が詰まれば前後まで見て仕事を動かすこと。


「国友は人と人の間に仕事が溜まっとる感じでした。誰がどの鍛冶の癖知っとるとか、この台師ならこの人の銃身合わせやすいとか。榊屋は、そういうんをなるべく寸法とか治具とか記録に出してます」


「人にあるか、物にあるか」


「そんな感じです。ただ、国友も見本使いますし、榊屋も人にしか出来ん仕事はあります。きれいに分かれるわけちゃいます」


「なら」


 信長様は少しも迷わなかった。


「良いところを両方使えばよい」


 俺は黙った。


「何だ」


「……いや」


「何だ」


「俺、それ考えるんに何日掛かったと思います?」


「知らぬ」


 一益様が横で吹き出した。


 俺が国友中を歩き回り、鍛冶に質問し、木片を眺め、善次郎に説教され、上物を触り、ようやく辿り着いた答えを、この男は三息で片付けた。


「簡単に混ぜたら、両方のええとこ潰すかもしれませんよ」


「なら潰れぬところだけ使え」


 今度は一息だった。


「……そうなんですけど」


「何だ」


「腹立つなあ」


「何がだ」


「何でもないです」


 善次郎が俯いて笑っている。


 ほんまに腹立つ。


     ◇


「それで」


 信長様が言った。


「俺は何を買えばよい」


「はい?」


「国友にも良い鉄砲があり、榊屋にも良いところがあるのだろう。なら、俺は何を見て選べばよい」


 今度は俺が少し黙った。


 その話なら、国友で出た。


「それ、今から作ろうと思ってます」


「何をだ」


「選び方です」


「選び方?」


「はい」


 俺は昨日まで考えていた試し方を説明した。


「例えば、同じぐらいの距離に的置いて、同じ人が撃つ。火薬とか弾も、出来るだけ揃える。何発か撃って、どれぐらい入ったか見る」


「命中か」


「それだけやないです。決めた数撃って、どこか壊れんかったか見る。火挟みとか、銃身とか、台木とか。途中で具合悪なるなら、それも残す」


「何発撃てば分かる」


「まだ分かりません」


「何だ」


「そこから試すんです」


 信長様が少し嫌そうな顔をした。


「またそれか」


「最初から全部分かったら苦労せんですって」


 火薬も弾もばらつく。


 撃つ人間の腕もある。


 天気や風まで入ってくるかもしれない。


 前世の試験みたいに、条件を全部揃えることは出来ない。


「でも、試し方を揃えることは出来ます。同じやり方で試したら、少なくとも前より比べやすいです」


「それで何が分かる」


「この鉄砲は遠く狙うのに向いとるとか、これは何発撃っても具合悪くなりにくいとか。そういうのを、今より見えるようにしたいです」


「買う前にか」


「はい」


 信長様の目つきが少し変わった。


 作る側ではなく、買う側の顔になった気がした。


「やれ」


「軽いなあ」


「必要なのだろう」


「必要やと思いますけど」


「ならやれ」


「人使うんですよ」


「使えばよい」


「銭も掛かります」


「掛ければよい」


「信長様の銭で?」


「何で俺が全部出す」


「そこは急に普通なんですね」


 一益様がまた笑っている。


 それでも、信長様が食いついたのは大きかった。


 俺が勝手に「こんなんあったら便利やろ」と思っているだけではない。


 実際に鉄砲を大量に買う側が欲しがっている。


「試し方決める時、実際使っとる人の話も聞かせてもらえません?」


「兵のか」


「はい。俺らがええと思って作ってても、使う側からしたら違うかもしれんので」


「何を聞く」


「持ちにくいとか、火挟み使いにくいとか、掃除しにくいとか、壊れたとことか。何でもです」


「よい」


「ほんまに?」


「必要なのだろう」


「そうですけど」


 さっきから全部この調子である。


 俺が国友で一つずつ考えてきたものを、信長様は必要か必要でないかだけで切っていく。


 たぶん、この人は自分で鉄砲を作る気がない。


 作れる人間にやらせればいいと思っている。


 それはそれで、国友で俺が辿り着いた答えに少し似ていた。


 全部を自分でやる必要はない。


 人に任せるところを決めればいい。


 そう思った直後、


「試し方が出来たら俺に持ってこい」


と言われた。


 やっぱり腹が立つ。


 結局俺に投げてるだけやないか。


     ◇


「さて」


 信長様が姿勢を少し変えた。


 何となく、ここからが本題だと分かった。


「見たな」


「はい」


「お前は前に言った」


 嫌な予感がする。


「堺しか知らぬから、俺のところへ来ても何が出来るか分からぬと」


「……言いましたね」


「国友も見た」


「はい」


「なら、今度は答えられるな」


 部屋の空気が少し変わった。


 一益様も何も言わない。


 善次郎も黙っている。


 信長様は俺を見た。


「尾張へ来い」


 やっぱり来た。


 前に聞かれた時から、考えてはいた。


 国友へ行けば何か答えが出ると思っていたわけではない。


 むしろ、行ったせいで断る理由が増えた気もする。


 俺は一度頭を下げた。


「申し訳ありません」


 それから顔を上げる。


「今は、行けません」


 信長様の顔は変わらなかった。


「なぜだ」


 怒ってはいない。


 ただ理由を待っている。


 それが余計に怖い。


「信長様が欲しいん、俺やないでしょう」


「何?」


「俺一人、尾張へ連れてきても、百挺は付いてきません」


 信長様が黙った。


「最初に俺呼んだんも、そこやったでしょう。何で榊屋は月に百挺以上、似たような出来で作れるんやって」


「ああ」


「それ、俺一人でやっとるんちゃいます」


 親父がいる。


 宗次郎がいる。


 工房の職人がいる。


 善右衛門さんがいて、善次郎がいる。


 堺には材料を扱う商人がいて、外へ仕事を頼める職人がいる。榊屋だけでは出来ない加工も、外へ出せば何とかなる。


 客もいる。


 色々な注文が来る。


 無茶な要求も来る。


 それを何とかしようとして、榊屋は今の形になってきた。


「俺一人抜いたら、虎松一人が来るだけです」


「なら榊屋ごと来ればよい」


 やっぱり言った。


 ここまでは予想通りだった。


「それやったら、たぶん榊屋が弱くなります」


「なぜだ」


「国友行って分かりました」


 信長様の眉が僅かに動いた。


「工房いうんは、建物と中におる職人だけちゃいます」


「続けろ」


「材料持ってくる人もです。仕事持ってくる人もです。外で加工してくれる人も、出来たもん買ってくれる人もです」


 昨日まで見ていた国友を思い出す。


 鍛冶場がある。


 台師がいる。


 金具師がいる。


 材料が入ってくる。


 注文が流れる。


 銭が動く。


 誰か一人が全部を動かしているわけではないのに、それらが重なって国友という鉄砲産地を作っていた。


 榊屋も同じだった。


 俺たちは一つの工房だから、国友とは違うと思っていた。


 でも、その外まで見ればそうでもない。


「榊屋が百挺作れるんは、堺におるからってのもあります」


「堺だから」


「はい。材料も入る。商人もおる。人も来る。外へ頼める相手もおる。作ったもん売る先もある。榊屋の工房だけ尾張へ持ってきても、その周りまでは一緒に持ってこれません」


「尾張で作ればよい」


「作れると思います」


 そこは否定しなかった。


「でも時間掛かります。堺で何年も掛けて出来た繋がりを、尾張で最初から作り直すことになります」


「それが嫌か」


「嫌いうより、もったいないです」


「何が」


「信長様が欲しがった榊屋を、信長様のところへ持ってきたせいで弱くしたら意味ないでしょう」


 少しだけ沈黙があった。


 善次郎が横で動いた気配がした。


 たぶん、こいつ今、よく言ったと思っている。


 後で聞いてみよう。


     ◇


「それだけか」


 信長様が聞いた。


「もう一個あります」


「言え」


「今、俺が信長様の家臣になったら、榊屋は織田の鍛冶屋になります」


「それが何だ」


「買わん人出ると思います」


 信長様の目が細くなった。


「俺を嫌う者か」


「嫌ういうか、警戒する人です」


 今の榊屋は色々な相手と商売をしている。


 誰がどこの味方かなんて、全部知っているわけではない。


 商人を挟むこともある。


 遠くへ売られて、その先で誰が使うか分からないこともある。


「俺が織田の家臣やったら、榊屋から買ういうこと自体が、今までと意味変わるでしょう」


「それで?」


「客が減るかもしれません」


「減ったら俺が買う」


「それやと困るんです」


「なぜだ」


 これも国友へ行く前なら、上手く説明出来なかったかもしれない。


「色んな客がおるから、色んなこと言われるんです」


「例えば」


「もっと遠く狙いたい。安くして欲しい。数揃えて欲しい。軽くして欲しい。壊れにくくして欲しい。早く作って欲しい」


「我が儘だな」


「客なんてそんなもんです」


 善次郎が咳払いした。


 俺は無視した。


「でも、そういうの来るから考えるんです。出来るか。出来んか。どうしたら出来るか」


 客が一人しかいなければ、その一人が欲しいものだけ作ればいい。


 それは効率がいいかもしれない。


 でも、別の要求には出会えなくなる。


「織田の中だけで使う鉄砲作る工房になったら、織田に必要な鉄砲は強くなると思います。でも、それ以外が弱くなるかもしれません」


「それが俺に何の損だ」


「信長様、俺らの変なやり方が面白いと思ったんでしょう」


「ああ」


「その変なやり方、色んなところから色んな仕事来た結果でもあるんです」


 俺は少し息を吐いた。


「信長様が面白がった榊屋を、信長様んとこへ持ってきたせいで小さくしたら、やっぱり意味ないと思います」


 今度の沈黙は少し長かった。


 信長様は俺ではなく、横にいる一益様を見た。


「一益」


「は」


「どう思う」


 一益様が少し考えた。


「筋は通っております」


「そうか」


「少なくとも、虎松一人を連れてくることと、榊屋の仕組みを手に入れることは別かと」


 信長様がまた俺を見る。


「つまり、お前は堺にいた方が俺の役に立つと言うのか」


「今は、そう思います」


「今は、か」


 そこを拾われた。


「はい」


 俺も逃げなかった。


     ◇


「なら」


 信長様が言った。


「いつなら来る」


 ここも考えていた。


 俺は別に、信長様が嫌だから断っているわけではない。


 むしろ、この人と一緒に何か出来たら面白いだろうとは思っている。


 ただ、今ではない。


「俺が信長様に仕えてても、榊屋が今と同じように堺で商売出来るようになった時です」


「どういう意味だ」


「織田の人間やからって客が逃げん。材料も今まで通り入る。商人も動く。外の職人にも普通に頼める。堺で今までみたいに仕事出来るなら、俺が断る理由はだいぶ減ります」


 信長様が少し笑った。


 嫌な笑い方だった。


「つまり」


「はい」


「堺が俺の手の内に入ればよいのだな」


「……そこまで言うてません」


「同じことだ」


「だいぶ違いますって」


「何が違う」


「俺、堺取ってくださいとは一言も言うてませんからね」


「取れば条件は満たすのだろう」


「まあ……」


「なら同じだ」


「怖いなあ」


 一益様が顔を伏せた。


 肩が震えている。


 笑ってるやろこの人。


 善次郎なんて完全に俺から目を逸らしている。


 助けろや。


「よい」


 信長様が言った。


「へ?」


「今は堺にいろ」


 あまりにもあっさりしていて、一瞬聞き間違えたかと思った。


「ええんです?」


「お前が言ったのだろう。そこにいる方が役に立つと」


「はい」


「なら役に立て」


「……はい」


「百挺を二百挺にしろ」


「勝手に増やさんでください」


「出来ぬのか」


「そういう話ちゃいますって!」


「なら試せ」


「また仕事増えた!」


 善次郎が横で吹き出した。


 この男、最初からこれを狙っていたんじゃないだろうな。


「それから」


「まだあるんです?」


「先ほどの試し方を作れ」


「はい」


「出来たら俺にも見せろ」


「はい」


「国友の良いところを使え」


「使えるとこだけですよ」


「それでよい」


 信長様は少し考えてから、一益様を見た。


「今後、こいつとの話はお前が繋げ」


「承知しました」


 俺は一益様を見た。


 一益様もこっちを見る。


「よろしくお願いします」


「面倒なのを押し付けられたな」


「俺が悪いみたいに言わんでください」


「違うのか?」


「最近そればっかりやな」


 家臣にはならない。


 でも、関係が切れたわけでもない。


 むしろ前より面倒なことになった気がする。


 信長様は俺を尾張へ縛らない代わりに、堺にいる俺を使うつもりらしい。


 俺も信長様から実際に鉄砲を使う人間の話を聞けるし、大きな注文を受けることも出来る。


 たぶん、今はこれでいい。


「一つだけ」


 俺が言った。


「何だ」


「試し方作るなら、信長様の兵の人にも協力してもろてええです?」


「先ほどよいと言っただろう」


「出来れば壊れた鉄砲とかも見たいです」


「よい」


「使ってて困った話も」


「聞け」


「失敗したやつも」


「好きにしろ」


「ええんです?」


「何度言わせる」


 怒られた。


 でも、ありがたい。


 榊屋の中だけで考えるより、実際に使う側から情報を集められる方がいい。


 作って終わりではなく、使われたあとまで見る。


 それも国友から持ち帰ったものの先にある気がした。


     ◇


 話は終わった。


 少なくとも俺はそう思った。


「では帰れ」


「はい」


 頭を下げ、立ち上がろうとした時だった。


 信長様の手元にあるものが目に入った。


 細い木の軸。


 その先で、何やら紙へ書いている。


 俺は止まった。


「ところで」


「何だ」


「それ、そろそろ返してもらえません?」


 信長様が手元を見た。


「これか」


「それです」


「買った」


「……そうでした」


 忘れていた。


 いや、忘れようとしていた。


「じゃあ一回貸してください」


「なぜだ」


「作るんです」


「何を」


「鉛筆を」


「作れと言っただろう」


「だから作ります。でも元の形見たいんです」


 信長様は鉛筆を持ち上げた。


「見えておるだろう」


「そういう意味ちゃいます。中どうなってるかとか、木どう割ってるかとか」


「なら考えろ」


「現物あるんやから見せてくれてもええでしょう!」


「俺の物だ」


「元々俺のや!」


「売ったのはお前だ」


「買ったんそっちやろ!」


「同じことだ」


「全然ちゃう!」


 一益様がついに耐えきれず笑い出した。


 善次郎も腹を抱えている。


 信長様だけは平然としていた。


「作って持ってこい」


「元ないと作りにくい言うてるでしょう!」


「国友で何を学んだ」


「急に何です?」


「見本がなくても考えろ」


「そんな教訓ちゃうわ!」


 部屋に笑い声が響いた。


 結局、鉛筆は返してもらえなかった。


 国友では、人に頼るところを選べと学んだ。


 物に残せる情報もあると知った。


 持ち帰れないものがあることも分かった。


 そして清洲へ戻って早々、どうやらもう一つ学ぶことになったらしい。


 信長様に渡した物は、二度と戻ってこない。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。