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虎松〜元エンジニアの戦国ものづくり革新録〜  作者: 真部 朝樹
尾張・国友編

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持ち帰るもの

 

 国友を発つのは、明日の朝になった。


 一益様からそう聞いた時、俺は思ったよりあっさり頷いた。


「分かりました」


「何だ。もう少し惜しむかと思ったぞ」


「見る方はもうええって昨日言いましたから」


「ならよい」


 一益様はそれだけ言って歩いていった。


 俺はその背中を見送ってから、しばらくその場に立っていた。


「……でも、何か持って帰りたいな」


「昨日、考え方持って帰る言うてたやん」


 横で善次郎が呆れた顔をした。


「それはそれやろ」


「何が違うんや」


「せっかくここまで来たんやぞ。何か欲しいやん」


「急に土産物探し始めたな」


「そういう意味ちゃう」


「ほな何や」


「見本とか」


「結局物やん」


 うるさい。


 考え方を持ち帰ると言ったのは本当だ。


 ただ、帰ってから榊屋で何かを試すなら、比べるものがあった方がいい。


 昨日、善次郎との話から、鉄砲を同じ条件で試し、その違いを買う側へ見せるという考えが出た。あれを本当にやるなら、榊屋の鉄砲だけを撃っていても仕方がない。


「普通の国友の鉄砲、一挺買えんかな」


「買うん?」


「出来れば」


「昨日の上物は?」


「欲しい」


「二挺?」


「比べたいから」


 善次郎が嫌そうな顔をした。


「お前、ほんまその言葉好きやな」


「比べんと分からんやろ」


「銭出すん俺らやぞ」


「榊屋で出してもろたらええ」


「簡単に言うな」


 商人はこういう時だけ急に現実的である。


 とはいえ、欲しいものは欲しい。


 俺たちは昨日、上物を見せてくれた職人のところへ向かった。


     ◇


「これ、買えません?」


 昨日の鉄砲を指して聞いた。


「駄目や」


「早いな」


「もう売る先決まっとる」


「ですよね」


「分かっとるなら聞くな」


「一応です」


 善次郎が後ろで笑っている。


「昨日も持って帰ろうとして断られとったやろ」


「持って帰ろうとはしてへん」


「買えるかも聞いてへんかったやん」


「気持ちの話や」


「余計悪いやろ」


 職人まで笑っている。


 俺は少し気を取り直した。


「じゃあ、同じぐらいのを一挺作ってもらうこと出来ます?」


「同じいうても、まったく同じにはならんぞ」


「それでええです」


 むしろ、その方がいい。


 俺が欲しいのは、昨日見た一挺をそのまま写したものではない。この職人たちが、上物として一挺を仕上げるならどんな鉄砲になるのか、それを榊屋へ持ち帰って見てみたい。


「急がんのなら出来んことはない」


「どれぐらい?」


「知らん」


「そこは何かないんです?」


「仕事次第や」


「ですよね」


 国友へ来てから、何度この返事を聞いただろう。


「値は?」


 善次郎が横から聞いた。


 そこから先は任せた。


 俺が口を出すと、たぶん余計なことになる。


 善次郎と職人が値や納め方の話を始めている間、俺は昨日の上物をもう一度見せてもらった。


「測らせてもらってええです?」


「好きにせえ」


 俺は長さを見た。銃身の太さも見る。金具の位置を確認し、台木の形も追ってみる。


 前なら、もっと細かく測ろうとしたと思う。


 全部持って帰る。


 数字にする。


 榊屋で再現する。


 そう考えたはずだ。


 今は少し違う。


 形は持って帰れる。


 長さも残せる。


 金具の位置も写せる。


 けれど、この職人が鉄を火から出した時に何を見ていたのかは測れない。台師がどこを残し、どこを削ったのか、その判断も全部は持って帰れない。


 出来上がった形の中には、その結果だけが残っている。


 どうしてそこへ辿り着いたのかという道筋までは、完成した鉄砲を測っただけでは取り出せない。


「思ったより測らんな」


 職人が言った。


「前なら、もっと測ってたと思います」


「何でやめた」


「測っても持って帰れんもんあるって分かったんで」


「何やそれ」


「俺も最近分かったんです」


「変な奴やな」


「それ、ここ来て何回言われたか分からんです」


 職人は笑った。


 俺も少し笑った。


 測らないわけではない。


 数字にしないわけでもない。


 ただ、数字に出来ないものまで、無理に数字へ押し込もうとしなくなっただけだ。


 それだけでも、国友へ来る前とは少し違う。


     ◇


 普通の国友の鉄砲も一挺、譲ってもらえることになった。


 こちらは、すでに出来上がっているものから選ぶ。


「どれが普通なんです?」


 俺が聞くと、善次郎が嫌そうな顔をした。


「その聞き方やめろ」


「何で?」


「普通いうても色々あるやろ」


「そらそうやけど」


 確かにそうだった。


 昨日まで散々、国友の鉄砲は一挺ずつ違うと見てきたくせに、帰るとなった途端、「普通の国友銃」という一つのものを探そうとしている。


「何挺か見せてもらえます?」


 言い直した。


 何挺か並べてもらい、その中から極端に仕上げが良いものでも悪いものでもなさそうな一挺を選んだ。


 もちろん、俺がそう見えただけだ。


 これ一挺を持ち帰って、


「これが国友の標準です」


などと言うつもりはない。


「これと榊屋の一挺比べたら、どっちが上か分かるん?」


 善次郎が聞いた。


「分からんよ」


「何や」


「一挺ずつ比べただけで、国友と榊屋どっちが上とか言えるわけないやろ」


「昨日まで散々比べとったやん」


「比べるのと、決めつけるのは違う」


「面倒な奴やな」


「それも聞き飽きた」


 欲しいのは結論ではない。


 同じ条件で試した時、何を見るべきか。


 何を残せば、別の鉄砲と比べられるか。


 その試し方を考えるための相手が欲しかった。


 上物が後から届けば、それも加えればいい。


 榊屋の普段の鉄砲。


 榊屋で腕のいい職人が仕上げた一挺。


 国友の普段の一挺。


 国友の上物。


 何挺かずつ試せるなら、もっといい。


 それぞれを同じように撃ち、同じように見れば、「良い鉄砲」という一言の中に隠れていた違いが、少しずつ見えてくるかもしれない。


「帰ったら仕事増えるな」


 善次郎が言った。


「まだ始めてもないやろ」


「始める気満々やん」


「試すだけや」


「その『試すだけ』で何人巻き込むんや」


「……まだ分からん」


「ほら見い」


 先に謝っておいた方がいいかもしれない。


 誰にとは言わない。


     ◇


 昼過ぎ、弥五郎のところへ寄った。


 明日発つと伝えるためでもあったが、それより少し気になっていることがある。


 昨日、弥五郎は銃身の一部を指して、


「ここだけなら揃えてもええ」


と言った。


 どうなったのか、見ておきたかった。


「どうでした?」


 仕事場へ入ってすぐ聞くと、弥五郎が顔を上げた。


「何がや」


「昨日の」


「何でも昨日の言うたら分かると思うな」


「木片使って揃える言うてたとこ」


「ああ」


 弥五郎は奥から何本か銃身を持ってきた。


「試しただけやぞ」


「何本?」


「三本」


「少な」


「うるさい」


 並べて見る。


 昨日指していた場所へ、あの木片を当てながら作ったらしい。


 完全に同じではない。


 そもそも弥五郎自身も、完全に同じにしようとはしていないのだろう。


 ただ、以前より違いは小さく見えた。


「どうでした?」


「まだ分からん」


「ええですね」


「何がや」


「すぐ正解言わんとこ」


「お前がやれ言うたんやろ」


「試せとは言いましたけど、信じろとは言うてへん」


「腹立つなあ」


 弥五郎が睨んだ。


「台師には何か言われました?」


「前より合わせやすいとは言うとった」


「おお」


「でも三本やぞ」


「分かってます」


「このままやるかもまだ決めてへん」


「それでええと思います」


「何や。もっと喜ぶかと思った」


「俺のやり方に変えて欲しいわけちゃいますから」


 これは本心だった。


 前なら、自分の考えた方法が他所でも使われることをもっと喜んだと思う。今も嬉しくないわけではない。


 ただ、それ以上に、


 使えるなら残る。


 使えないなら捨てる。


 それでいいと思える。


 国友の仕事をするのは国友の人間だ。


 俺が帰ったあとまで、俺の考えを守ってもらう必要はない。


「お前、帰ったらほんまに試し撃ちのやり方決めるんか?」


 弥五郎が聞いた。


「たぶん」


「またたぶんか」


「試してみんと分からんでしょう」


「出来たら教えろ」


「何で?」


「使えるなら使う」


 少し意外だった。


「興味あるん?」


「昨日言うてたやろ。買う奴に何が違うか見せるって」


「うん」


「ほんまに分かるなら、あって困らん」


「榊家寸も要ります?」


「いらん」


「即答やな」


「名前が腹立つ」


「そこ俺に言われても。親父が決めた名前やし」


「ほな親父に言うとけ」


「何て?」


「名前が腹立つって」


「絶対嫌や」


 親父にそんなことを言ったら、国友まで怒鳴り込みに来るかもしれない。


 弥五郎は木片を手に取った。


「全部お前んとこみたいにする気はないで」


「せんでええって」


「でも、これ使えるとこは使う」


「うん」


「試し撃ちのやつも、使えるなら使う」


「うん」


「何や、その顔」


「いや」


 少しだけ嬉しかった。


 国友を変えたわけではない。


 そんな大層なことは何もしていない。


 ただ、一人の若い鍛冶が、今までと少し違うことを試している。


 そして、その若い鍛冶は、俺のやり方をそのまま受け入れる気もない。


 使えるところだけ使う。


 自分の仕事に合わなければ捨てる。


 その距離感の方が、今はずっと安心出来た。


     ◇


「そういや」


 話が途切れたところで、俺はふと気付いた。


「何や」


「名前、何ていうん?」


 弥五郎が固まった。


「……は?」


「名前」


「今さらか!?」


「いや、そういや聞いてへんなと思って」


「何日喋っとる思てんねん!」


「鉄砲の話ばっかりしてたから」


「余計悪いわ!」


 善次郎が腹を抱えて笑っている。


「お前ほんま人に興味ないな」


「ちゃうって」


「ちゃうことあるか」


「顔は覚えてる」


「当たり前や!」


 若い鍛冶が本気で呆れている。


「弥五郎や」


「弥五郎」


「今さら覚えんでもええぞ」


「いや覚えるって」


「明日帰るんやろ」


「せやけど」


「ほなもうええやろ」


「何で拗ねんねん」


「拗ねてへんわ!」


 また善次郎が笑う。


 でも、名前を聞いた瞬間、少しだけ変な感じがした。


 昨日までずっと「若い鍛冶」として見ていた男が、急に一人の人間になったような気がする。


 もちろん、最初から一人の人間だった。


 俺が勝手に、国友を知るための相手として見ていただけだ。


「弥五郎」


「何や」


「色々ありがとうな」


 少し間が空いた。


「……急に気持ち悪いな」


「普通に礼言うただけやろ」


「お前が言うと何か裏ある気する」


「ひどない?」


「日頃の行いやな」


 善次郎まで言いやがった。


     ◇


 帰る前に、昨日上物を見せてくれた職人のところへもう一度寄った。


 注文の話は善次郎がまとめてくれている。


「堺から人寄越すかもしれません。そん時はお願いします」


「分かった」


「あと、もし堺来ることあったら榊屋寄ってください」


「何しに」


「百挺作っとるとこ見たい言うてたでしょう」


 職人が少し笑った。


「ほんまに見せるんか」


「見られて困るとこは隠しますけど」


「隠すんかい」


「全部見せるわけないでしょう」


「お前、こっちでは散々見せろ言うたやないか」


「それとこれは別です」


「ひどい奴やな」


 善次郎が横から言った。


「商売人なんで」


「お前鍛冶やろ」


「商売もします」


「何やねん」


 笑いが起きた。


 職人は少し考えてから言った。


「一度見てみたいとは思うな」


「来てください」


「同じ穴ばっかり開ける仕事はせんぞ」


「誰も働け言うてへんです」


「お前なら言いかねん」


「何でみんな俺を何やと思ってるんです?」


 答えは返ってこなかった。


 でも、それでよかった。


 俺は国友を見に来た。


 国友の職人たちも、少しだけ榊屋を見たくなった。


 どちらかがどちらかへ教えに行くわけではない。


 ただ、向こうが何をしているのか気になる。


 そのくらいが、たぶんちょうどいい。


     ◇


 宿へ戻る道で、善次郎が聞いた。


「で、結局何持って帰るん?」


「国友の鉄砲一挺」


「それは物やな」


「上物はあとで届く」


「それも物や」


「試し撃ちのやり方」


「まだ出来てへん」


「帰ってから考える」


「他は?」


 聞かれて、少し考えた。


「全工程出来る人間、ちゃんと残す」


「うん」


「宗次郎に寄せすぎてる仕事も見直す」


「おお」


「見本とか現物の残し方も考える」


「うん」


「職人に任せるところと、決めるところを分ける」


「多いわ」


「聞いたんそっちやろ」


 善次郎がため息を吐いた。


「結局、仕事増えるだけちゃうんか」


「増やすために見に来たんちゃう」


「結果増えとるやん」


「……そうやな」


 否定出来ない。


 でも、少し違う気もした。


「一番でかいんは、持って帰らんもん決めたことかもしれん」


「何やそれ」


「国友そのもの」


 善次郎がこっちを見る。


「最初は、ええやり方あったら榊屋へ持って帰ったらええと思ってた」


「うん」


「でも、国友のやり方って国友やから出来とるんやろ。人がおって、長い付き合いあって、村に仕事集まって、それで出来とる」


「まあな」


「形だけ真似しても、同じにならん」


 上物もそうだった。


 出来上がった寸法を写しただけでは、その鉄砲を作った人間の判断までは持って帰れない。


 村の仕組みも同じだ。


 国友の職人を数人連れて帰ったところで、国友が榊屋の中へ出来るわけではない。


 逆に、榊屋のやり方をここへ丸ごと入れても、国友の良さがそのまま残るとは限らない。


 仕組みは、それだけで立っているわけではない。


 人と場所と、今まで積み上げてきた付き合いの上に立っている。


「持って帰れる考えだけ持って帰る」


「珍しくまともなこと言うやん」


「いつもまともやろ」


「それはない」


 即答された。


 国友へ来る前なら、その言葉にもっと腹が立ったと思う。


 今はまあ、ええかと思った。


     ◇


 翌朝。


 荷をまとめ、俺たちは国友を発つことになった。


 思ったより荷物は増えていない。


 買った鉄砲が一挺。


 簡単な覚え書き。


 あとは後日送ってもらう上物の話くらいだ。


 案内役の男が見送りに来てくれた。


「どうやった」


「何がです?」


「国友や」


「ああ」


 俺は少し考えた。


「思ってたんと全然違いました」


「悪かったか」


「逆です」


「ならええ」


 それ以上は聞かれなかった。


 向こうも、それで十分らしい。


 少し離れたところに弥五郎がいた。


「弥五郎!」


 声を掛ける。


「何や」


「今度は名前覚えたぞ」


「遅いわ」


「試し撃ちのやり方出来たら知らせる」


「使えそうならな」


「そこは最初から信じろや」


「嫌や」


「何でやねん」


「お前も俺に信じろ言うてへんかったやろ」


 言われて、返せなくなった。


「……それもそうやな」


「ほなな」


「また来るわ」


「来んでええぞ」


「何でやねん」


 最後までこの調子だった。


 弥五郎の手には、あの木片があった。


 たぶん、今日も使うのだろう。


 それがこの先も残るのか、もっと良いやり方が見つかって捨てられるのか。それとも弥五郎自身が、別の形へ変えていくのか。


 それは俺には分からない。


 分からなくていい。


 使えるなら使う。


 使えなければやめる。


 今は三本しか試していない。


 そのうち十本、二十本と試して、本当に意味があると分かれば、他の誰かへ話すかもしれない。逆に意味がなければ、木片はそのうち仕事場の端へ転がるだけだろう。


 どちらでもいい。


 それはもう、弥五郎たち国友の仕事だ。


 俺は俺で、榊屋へ帰って試せばいい。


 国友が見えなくなるまで歩いたところで、善次郎が横から俺を見た。


「なあ」


「何や」


「今、帰ったら何やるか考えとったやろ」


「……何で分かんねん」


「顔や」


「またそれか」


「試し撃ちやろ」


「それもある」


「他は?」


「まだ色々」


「ほら見い。結局仕事増えとるやん」


「しゃあないやろ。思いついたんやから」


「宗次郎かわいそうやな」


「何で全部宗次郎にやらせる前提なん?」


「お前やから」


 反論しようとして、やめた。


 たぶん半分くらい当たっている。


 国友へ来た時より、荷物は少ししか増えていない。


 その代わり、帰ったら試したいことは山ほど増えた。


 善次郎の言う通りだった。


 俺はまた、仕事を増やすらしい。


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