答え
翌朝、宿を出て間もなく、一益様に呼び止められた。
「で、答えは出たか」
「早ないです?」
「昨日、明日聞こうと言っただろう」
「言いましたけど」
「なら答えろ」
「たぶん」
「たぶんでは困る」
「俺も困ってます」
一益様が露骨に嫌そうな顔をした。
「昨日まで散々見ておいて、まだ決まらぬのか」
「決まったいうか、決まらんことが分かったいうか」
「余計に分からん」
横を歩いていた善次郎が笑った。
「こいつ、昨日からずっとこんなんですよ」
「お前、昨日寝る前まで付き合わせたくせに」
「勝手に喋っとったんやろ」
「途中で寝たやん」
「眠かったからな」
「聞けや」
一益様が片手を上げた。
「もうよい。話が進まぬ」
それから俺の方を見る。
「もう一度聞く。榊屋と国友、どちらが優れておる」
俺は昨日まで見てきたものを思い出した。
何人もの鍛冶。親方と弟子。台師。金具師。職人ごとの癖と、それを知っている周囲の人間。現物合わせ。見本。上物。そして昨日、善次郎と一日歩いて見た材料と注文と銭の流れ。
その向こうには、月に百挺を超える鉄砲を一つの流れとして作っている榊屋がある。
最初に国友へ来た時、俺はその二つを比べようとしていた。
今は、比べ方そのものが違っていた気がする。
「何を作りたいかによります」
一益様が眉を寄せた。
「鉄砲であろう」
「同じ鉄砲でも違うんです」
「どう違う」
俺は少し考えてから答えた。
「例えば、昨日見せてもろた上物みたいなんです。一挺を出来るだけええもんにしたい。腕のええ人に頼んで、細かいところまで見てもろて、最後にきっちり合わせる。そういう仕事なら、今の榊屋より国友の方が強いと思います」
「お前が負けを認めるとは珍しいな」
「負けいうか」
「今、向こうの方が上だと言ったではないか」
「その仕事では、です」
「屁理屈だな」
「大事なとこですって」
でも、これは素直に認められた。
昨日の一挺を榊屋へ持って帰り、形を全部写したところで、同じものが出来るとは思えない。寸法だけではなく、その寸法へ至るまでに職人がした判断があり、鍛冶師だけではなく、台師や金具師まで含めた長い付き合いが一挺の中へ入っている。
ああいう一挺を作れと言われたら、今の国友には確かな強みがある。
「では榊屋は劣るのか」
「それも違います」
「だから話が進まぬと言っておる」
一益様が少し苛立っている。
俺は笑いを堪えながら続けた。
「百挺欲しい言われたら、うちの方がやりやすいと思います」
「なぜだ」
「そのために作り方変えてきたからです」
榊家寸がある。
治具がある。
途中で見る場所を決め、工程を分け、誰が何を出来るかを把握している。外へ頼む仕事もあり、一か所が遅れれば別のところまで含めて順番を動かす。
「一挺だけなら、腕のええ人が最後まで見た方がええこともあります。でも百挺となったら、百挺全部に同じだけ腕のええ人を付けるわけにはいかんでしょう」
「国友にも多くの職人がおる」
「おります。でも、こっちは別々の商売です。昨日見たでしょう。みんな別の客も抱えとるし、別の約束もある。一つの注文へ村中まとめて向けるのは、うちより難しいと思います」
一益様は黙って聞いている。
「それに、遠くへ持ってくなら、うちのやり方にも強みがあります」
「遠く?」
「はい」
俺は近くにいた案内役から一挺借りた。
「例えばこれが壊れたとします」
鉄砲のいくつかの場所を指しながら考える。
「国友のこの人が作った鉄砲なら、この人の癖を知ってる人が直すのが一番やと思います。でも遠い場所やったら、そうはいかんことあるでしょう」
「榊屋なら直せると?」
「必ず部品替えただけでそのまま直る、までは言いません」
そこは重要だった。
榊家寸があるからといって、全部の部品がそのまま完全に入れ替わるわけではない。最後には削ったり、合わせたりすることもある。
「でも、最初から全部作り直すよりは楽です。同じ寸法を狙って作っとる部品なら、合わせ始める場所が近い。どこを見るかも、ある程度決められます」
「なるほど」
「経験浅い人に使わせる時も、似た鉄砲が揃ってた方が教えやすいです。一挺ごとに全部違ったら、教える方も大変でしょう」
兵が何人も並んで撃つ姿を想像した。
百人が百通りの鉄砲を持っているより、操作する場所や扱い方が似ている方が教えやすい。
全部を同じにする必要はない。
けれど、同じであることに意味がある場所は確かにある。
「つまり」
一益様が言った。
「国友は一挺を良くすることに強く、榊屋は数を揃えることに強いと」
「だいたいは」
「また曖昧だな」
「国友でも数作りますし、榊屋でも上物は作れますから。きれいには分けられんです」
「なら、結局どちらにも良いところがあると言って逃げておるだけではないか」
少し痛いところを突かれた。
「……それやと、たぶん逃げです」
「ほう」
「何でも両方ええ言う話ではないです。弱いところもあります」
「例えば」
「国友は急に大きい注文入った時、村全体を一つに向けにくい。誰か一人が全部決められんからです。それに、職人の腕へ頼るところが大きい分、その人がおらんくなった時に失うものも大きい」
「榊屋は?」
「仕事分けすぎたら、一挺丸ごと作れる人間がおらんようになります」
昨日、国友の職人に言われたことだった。
「それから、うちは真ん中に色々集めすぎてるかもしれません。宗次郎がおらんくなったら困る。俺がおらんくなっても困る。親父でも困る。全体を見る人がおるから早く動かせるけど、その人に何かあった時は弱いです」
「それでも、お前は今のやり方を続けるのか」
「続けますよ」
答えはすぐに出た。
「何でだ」
「百挺作りたいからです」
それは国友へ来ても変わらない。
大量に作る。
品質を揃える。
遠くへ売る。
人を早く育てる。
榊屋が今やっていることには、それをする理由がある。
国友を見たからといって、全部捨てる必要はない。
ただ、変えた方がいいところはある。
◇
「ほな、榊屋も国友みたいにしたらええんちゃうんか」
声がして振り返ると、昨日まで何度も顔を合わせた若い鍛冶が立っていた。
「またお前か」
「何やその言い方」
「毎日おるなと思って」
「俺ここ住んどるんやぞ」
「そらそうか」
「お前の方が何で毎日おるんや」
ごもっともである。
若い鍛冶は俺たちの話を途中から聞いていたらしい。
「腕のええ奴がおった方がええんやろ。ほな、お前んとこもそういう奴増やしたらええやん」
「増やしたいですよ」
「増やしたらええ」
「時間掛かるでしょう」
「そら掛かる」
「その間に注文待ってくれます?」
「知らん」
「ですよね」
俺は笑った。
「逆に、国友も寸法揃えたらええんちゃいます?」
「全部か?」
「全部」
若い鍛冶は露骨に嫌そうな顔をした。
「嫌や」
「ほら」
「何がや」
「そうなるでしょう」
若い鍛冶が眉を寄せる。
「でも、そっちのやり方ええんやろ?」
「ええところはあります」
「なら使えばええ」
「全部やったら、今あるええところまで壊すかもしれません」
言いながら、自分でも少しずつ答えが形になってきた。
もし国友の職人全員へ、明日から同じ寸法、同じ作り方、同じ順番で仕事をしろと言ったらどうなるだろう。今まで積み上げてきた、それぞれの職人のやり方を崩し、現物を見ながら細かく合わせる力まで使いにくくなるかもしれない。
逆に榊屋が、全部を一人前の職人が最初から最後まで見る昔の作り方へ戻れば、今の数は出せない。
良いところを全部持ってくれば、何でも最強になるわけではない。
片方の強みを持ち込んだ結果、もう片方の強みを潰すこともある。
「ほな、どうすんねん」
若い鍛冶が聞いた。
「そこなんですよ」
「まだ決まってへんのか」
「今決まりそうなんで黙っててください」
「何やねん」
善次郎が吹き出した。
俺は少し歩きながら考えた。
国友へ来て最初に気になったのは、同じものを作っているのに形が違うことだった。
榊屋なら揃える。
国友では揃えない。
けれど、違うことに意味がある場所と、意味がない場所がある。
「穴の位置とか」
「何や急に」
若い鍛冶が聞く。
「穴の位置が職人ごとにちょっとずつ違うことで、鉄砲が良くなることあります?」
「場所によるやろ」
「そう。場所による」
俺は借りた鉄砲を指した。
「ここは同じ方が後で合わせやすい。違っても別にええことない。そういうとこなら揃えたらええんです」
「ほう」
「でも、鉄の具合見てどう叩くとか、最後にどこ削ったら一番ええ感じで収まるとか、そういうのまで全部決めようとしたら、逆に職人の腕使えんようになるかもしれん」
若い鍛冶は黙って聞いている。
「違っても得せんところは揃える。違いそのものに意味があるところは、無理に揃えん」
「簡単に言うな」
「簡単ちゃいますよ」
「どうやって見分けるんや」
「分かりません」
「何やそれ!」
「やってみんと分からんでしょう」
若い鍛冶が呆れている。
「榊家寸も最初から今の形やったわけちゃいます。決めて、作って、合わんかったら変えた。治具もそうです。便利やと思って作ったら、余計面倒になったこともあります」
「ほな答えになってへんやん」
「答え決めたら終わりちゃうでしょう」
「また面倒なこと言い出したぞ」
「もの作る方が面倒なんやからしゃあないです」
善次郎が横から口を挟んだ。
「そこはお前が言うな」
「何でや」
「お前が一番面倒増やすからや」
それは聞こえなかったことにする。
でも、若い鍛冶の言う通りだった。
何を揃え、何を揃えないか。
それを最初から全部正しく選ぶ方法なんてない。
作るものが変われば変わる。人が増えれば変わる。売る相手が変われば変わる。鉄砲そのものが変わっても変わる。
大事なのは、一度決めたものを正しいと思い込むことではない。
何のために揃えているのかを忘れないことだ。
◇
「つまり」
一益様が言った。
「結局、お前は何を国友から学んだのだ」
俺は少し考えた。
今までなら、こう答えていたかもしれない。
職人の腕へ頼らない。
誰が作っても同じものを作れるようにする。
人が変わっても品質が変わらないようにする。
それは今でも大事だと思う。
でも、それだけではない。
「人に頼らんようにするんやなくて、人に頼るところを選ぶんやと思います」
一益様が黙った。
「腕いらん仕事に、名人の腕使う必要ないでしょう。穴の場所が決まっとるなら、治具で開けたらええ。同じ長さでええなら、同じ長さ狙ったらええ。その分、人にしか出来んところに腕使ってもらう。鉄の具合見るとか、最後の調整するとか、上手い人が見た方が明らかに良くなるところです」
昨日まで見てきた職人たちの顔を思い出す。
全部を人から取り上げる必要はない。
全部を人へ任せる必要もない。
「職人の腕を要らんようにするんやなくて、腕の使いどころを決めるんです」
口に出すと、ようやく自分でも腑に落ちた。
俺がずっとやりたかったのは、職人を必要なくすることではなかった。
出来る人にしか出来ない仕事を減らしたかった。
でも、本当に出来る人がやるから価値が出る仕事まで消したかったわけではない。
その二つを、俺は今まであまり分けて考えていなかった。
◇
「もう一個あると思うけどな」
善次郎が言った。
「何が?」
「売る方や」
「また銭?」
「銭だけちゃうわ」
善次郎は少し考えながら話した。
「お前、昨日の上物ええ言うたやろ」
「うん」
「買う方は、何見てそれ分かるんや?」
俺は止まった。
「……持ったら?」
「買う前に一挺ずつ撃つんか?」
「出来るなら」
「百挺買う奴が百挺全部自分で撃つん?」
「……せんな」
善次郎が笑った。
「ほな、どうやって選ぶ?」
それは考えたことがなかった。
榊屋では、品質を揃えることを考えてきた。
検査もしている。
けれど、その結果を買う側へどう見せるかまでは、あまり考えていない。
「例えばやけど」
善次郎が続けた。
「これは遠くでもよう当たるとか、これは何回撃っても壊れにくいとか、そういうん分かったら買う方も選びやすいやろ」
「何回……」
頭の中で何かが動いた。
前世なら、性能を数字で表す。
どれだけ離れた場所を狙えるのか。
何発撃っても問題が起きなかったのか。
同じ条件で使った時、どれだけ結果が揃うのか。
ただ、この時代にそのまま持ち込める話ではない。火薬にも弾にもばらつきがあり、射手の腕も結果へ入る。測る道具だって前世ほど細かく揃っていない。
それでも、試し方そのものを揃えることは出来るかもしれない。
「同じ距離で撃つ」
「何や?」
善次郎が聞く。
「同じぐらいの距離に的置いて、同じ人が何発か撃つ。何発入ったか見る」
「うん」
「あと、決めた数撃って、火挟みとか銃身とかに変なとこ出んかったか見る」
「それで何が分かる?」
「少なくとも、同じ試し方した鉄砲同士なら比べやすい」
俺は急に考えが止まらなくなった。
昨日の上物と、榊屋の普段の鉄砲。
見た目や持った感触だけではなく、同じ条件で試したら何が違うのか。
一挺ごとの性能を全部保証するのは難しいだろう。火薬も弾も条件も変わる以上、「この距離なら必ず当たる」などと簡単に言うべきではない。
それでも、同じように作った鉄砲を同じ条件で試し、その結果を残すことは出来る。
一定の距離で何発撃ち、どれだけ的へ入ったか。
決めた数を撃ったあと、火挟みや銃身、台木や金具に不具合が出なかったか。
何挺か試して、似た結果が出るなら、その作り方の特徴として見せられるかもしれない。
「……これ、出来るかもしれんな」
「何がや」
「鉄砲に、何が得意か付けるんです」
「付ける?」
「書いとくとか」
そこで懐へ手を伸ばしかけた。
ない。
「……くそ」
「また鉛筆か」
「信長め」
「まだ言うとる」
一益様が笑った。
「何を書くつもりだ」
「例えば、どれぐらい離れた的で試したとか、何発ぐらい撃って問題なかったとかです。今すぐ一挺ごとに全部やるんは無理やと思いますけど、同じように作った鉄砲を何挺か試して、この作り方ならこのぐらいって出せるかもしれません」
「何のために?」
若い鍛冶が聞いた。
「買う人が選びやすくするためです」
「ええ鉄砲ください、でええやろ」
「ええ鉄砲って何です?」
「ええ鉄砲はええ鉄砲や」
「それが分からん言うてるんです」
若い鍛冶がむっとした。
「遠くを狙いたい人と、たくさん揃えたい人と、壊れにくいもん欲しい人。欲しいもん違うでしょう」
言っていて、今朝の一益様との話へ戻ってきた。
何を作りたいかによる。
作る側だけではない。
何を欲しいかによる。
なら、その違いを買う側へ見せた方がいい。
「……なるほどな」
善次郎が少し嬉しそうな顔をした。
「やっと商売の話になってきた」
「最初から鉄砲の話やろ」
「それを売るんやろ」
「そうやけど」
一益様は少し考えていた。
「つまり、良い悪いではなく、何に向くかを示すと」
「そうです」
「それも数字にするのか」
「出来るところは」
また同じところへ戻ってきた。
全部を数字にする必要はない。
数字にした方が比べやすいところだけ数字にする。
職人の仕上げの良さや、構えた時の収まりまで、無理に一つの数字へ押し込める必要はない。
でも、同じ条件で比べられるものなら、比べられるようにした方がいい。
「それ、榊屋だけやなくて国友でも出来るんちゃうん」
善次郎が言った。
「出来ると思う」
「国友の上物がほんまによう当たるなら、それ見せたらええ」
「うちの百挺が揃っとるなら、それも見せられる」
俺は少し笑った。
また、どちらか一方だけの話ではなくなった。
◇
「しかし」
一益様が言った。
「結局、信長様へはどちらが上とも言えぬと答えるのか」
「はい」
「怒られるぞ」
「何でです?」
「あの方は答えを求めて、お前をここへ寄越したのだぞ」
「答え出したやないですか」
「どちらが上だ」
「何作るかによります」
「それを答えになっておらぬと言っている」
「なってますって」
「では上物は?」
「国友」
「百挺は?」
「榊屋」
「急ぎの大口は?」
「榊屋寄り」
「一軒止まった時のしぶとさは?」
「国友」
「遠くへ売るなら?」
「榊屋の方がやりやすい」
「腕のいい者へ合わせた一挺は?」
「国友」
一益様が途中で黙った。
「ほら」
「何がだ」
「答え出てるでしょう」
「細かすぎる」
「世の中細かいんです」
善次郎が笑い出した。
「信長様にそれ言うたら、たぶんお前怒られるで」
「何でみんな俺が怒られる前提なん?」
「日頃の行いやろ」
「関係ないやろ」
少し離れたところで案内役まで笑っていた。
◇
話が一段落したところで、若い鍛冶が懐から何かを出した。
昨日作っていた木片だった。
「それ、まだ持ってるんです?」
「使う言うたやろ」
「使った?」
「ちょっとな」
若い鍛冶は木片を弄びながら言った。
「全部お前んとこみたいにする気はないで」
「せんでええですよ」
「でも、ここだけなら揃えてもええかなと思っとる」
「どこ?」
若い鍛冶が銃身の一部を指した。
「ここ。ここ違っても、あとで台師が削るだけやろ」
「たぶん」
「ほな、最初からあんまり違わんようにした方が楽ちゃうか」
俺は一瞬、何も言えなかった。
「何や」
「いや」
「何やねん」
「もう答え使ってるやん」
「何の?」
「今俺がずっと考えてたやつ」
「知らんがな」
若い鍛冶は嫌そうな顔をした。
「榊家寸とかいうんにはせんぞ」
「別にええです」
「名前も付けん」
「付けんでええですって」
「お前の真似した言われるん嫌やからな」
「そこまで言わんでもええやろ」
善次郎が笑っている。
でも、それでいいのだと思った。
国友が榊屋になる必要はない。
榊屋が国友になる必要もない。
ここだけ揃えた方が楽なら揃える。
そこは職人の腕を使った方がいいなら任せる。
比べた方がいいものは測る。
形を残した方がいいなら見本にする。
買う人へ違いを見せた方がいいなら、試し方を揃えて見せる。
全部を一つのやり方へ押し込む必要はない。
目的に合わせて、使うものを選べばいい。
「で、国友から何を持って帰る」
一益様が聞いた。
俺は少し考えた。
「考え方ですかね」
「形のない土産だな」
「一番荷物にならんので」
「その代わり、お前の場合すぐ仕事増えるけどな」
善次郎が言った。
「……性能の試し方決めたいな」
「ほら始まった」
「まだ何もしてへんやん」
「帰ったら絶対やる顔しとる」
「顔で何でも分かるみたいに言うな」
「分かる」
若い鍛冶まで頷いた。
「何でお前まで分かるん」
笑い声が上がった。
俺はもう一度、国友の方を見た。
ここへ来る前は、国友のやり方を見て、榊屋へ使えるものを持ち帰ればいいと思っていた。
今は少し違う。
持ち帰るのは、やり方そのものではない。
どこを変えるのか。
どこを変えないのか。
何を人へ任せ、何を仕組みへ任せるのか。
そして、出来上がったものの違いを、どうやって使う人へ伝えるのか。
考えることは増えた。
たぶん、正解が一つ減った分だけ。
でも、その方が前よりずっと面白かった。




