村一つの工房
翌朝。
いつものように鍛冶場の並ぶ方へ歩こうとしたところで、善次郎に肩を掴まれた。
「そっちちゃう」
「何が?」
「今日はそっち見んでええ」
「何でや。まだ見たいとこあるんやけど」
「昨日も一昨日も見たやろ」
「見るとこ変わるんやって。昨日まで見えんかったもんが、次の日になったら見えることあるんや」
「それは分かったから、今日は俺の番や」
妙に強い。
振り返ると、一益様が少し面白そうにこちらを見ていた。
「商人殿が案内するのか」
「案内いうほど知ってるわけやないですけど」
「ならば何を見る」
「鉄砲の周りです」
「周り?」
俺が聞くと、善次郎は呆れたようにこっちを見た。
「昨日言うたやろ。材料どっから来とる、誰が仕事持ってくる、出来たもん誰が売るって」
「ああ」
「忘れとったんか」
「忘れてへん。ただ鍛冶場先に見ようと思っただけや」
「それを今日はやめろ言うとるんや」
「何か俺が怒られてるみたいやな」
「実際怒っとる」
「何でやねん」
一益様が笑った。
「今日は虎松が連れられる側らしいな」
「いつも俺が勝手に歩いとるみたいに言わんでください」
「違うのか?」
「……まあ、だいたいそうですけど」
善次郎は俺の返事を待たず、昨日とは違う道へ歩き始めた。
仕方なく、その後を追った。
◇
最初に善次郎が足を止めたのは、鉄砲とはあまり関係なさそうに見える場所だった。
荷が積まれている。
鉄もある。炭らしいものもある。木材もある。
全部が鉄砲に使われるものかは分からないし、国友へ入ってくる荷が全部鉄砲作りのためとは限らない。それでも、鍛冶場へ向かって運ばれていくものがあるのは、ここへ来た初日から見ていた。
「これ、どっから来たんです?」
善次郎が荷を扱っていた男に聞いた。
男は少し怪訝そうな顔をしたが、案内役が何か説明すると答えてくれた。
「これは向こうからやな」
「いつもそこから?」
「いつもいうわけちゃう」
「他からも来る?」
「来る時は来る」
「誰が頼むんです?」
「そら欲しい奴が頼む」
「鍛冶屋が?」
「鍛冶屋の時もあるし、間に入る奴もおる」
善次郎が頷いた。
俺は横で聞いていたが、最初は何がそんなに大事なのかよく分からなかった。
「何見とるん?」
「まだ何も」
「何もないんかい」
「今聞いとるやろ」
善次郎はまた別の荷について聞く。
どこから来た。
誰が持ってきた。
誰が買う。
同じ相手か。
値はいつも同じか。
俺が鍛冶場で職人へしていた質問と似ているが、聞いているものがまったく違う。
「なあ」
「何や」
「結局何が知りたいん?」
「材料なくても鉄砲作れるんか?」
「作れん」
「ほな大事やろ」
「そらそうやけど」
善次郎は積まれた鉄を指した。
「お前、鍛冶屋がどう叩くかはずっと見とったやろ」
「うん」
「でも、その鍛冶屋が叩く鉄、どっから来るか気にしたか?」
「……あんまり」
「やろ」
言われてみればそうだった。
鍛冶師が銃身を作る。
それを台師が受ける。
金具師が金具を作る。
そこまでは何度も見た。
けれど、そのさらに前は見ていない。
鉄がないと、何も始まらない。
炭がなければ火も起こせない。
木がなければ台木も作れない。
当たり前すぎて、逆に見ていなかった。
「鍛冶屋百人集めても、鉄なかったら全員暇やな」
「みんなで鉄なくて困るだけや」
「地獄やな」
「地獄や」
善次郎は笑った。
「ほな、その鉄を持ってくる奴も、鉄砲作っとるようなもんやろ」
「いや、鉄砲は作ってへんやろ」
「そういう意味ちゃう」
「分かっとる」
でも、言いたいことは分かった。
鉄砲そのものへ触れなくても、鉄砲が作られるために必要な仕事がある。
榊屋でも同じだ。
材料を買う人間がいる。
外注先へ品物を運ぶ人間がいる。
出来上がったものを持ち帰る人間がいる。
俺はそれを全部、工房の外の仕事として考えていた。
善次郎は最初から、そこも含めて見ていたらしい。
◇
次に善次郎が気にしたのは、注文だった。
「鉄砲作ってくれ言う話、誰んとこ来るんです?」
今度は別の職人へ聞く。
「誰て?」
「客です。武家でも商人でも」
「色々やな」
「直接来る?」
「来る時もある」
「間に入る人もおる?」
「そらおる」
「大きい注文来たら、一人で受けるん?」
「出来るならな」
「出来んかったら?」
「誰かに頼む」
善次郎の顔が少し変わった。
「誰に?」
「知っとる奴」
「決まってる?」
「だいたいは」
「誰が決めるんです?」
「何を?」
「この仕事はこの人、こっちはあの人って」
職人が少し不思議そうな顔をした。
「受けた奴が頼むんやろ」
「村全体で決めるわけやない?」
「何でそんなことするんや」
俺は横で聞きながら、どこか覚えのあるやり取りだと思った。
「また宗次郎探しとるやん」
善次郎がこっちを見た。
「俺ちゃうやろ今の」
「顔が探しとった」
「顔で分かるんかい」
「分かる」
案内役も笑った。
「お前、ほんまに全部見る奴欲しがるな」
「榊屋にはおるんです」
「それはもう知っとる」
宗次郎、知らんところでだいぶ有名になったな。
それはともかく、話を聞けば聞くほど、国友では誰か一人が仕事を振り分けているわけではなかった。
注文を受けた者が、自分で出来るならやる。
出来なければ、知っている相手へ頼む。
銃身はこの鍛冶へ。
台木はあの台師へ。
金具はいつもの相手へ。
量が多ければ、さらに別の者へ流れる。
誰かが上から命令しているわけではない。
必要になった時、必要なところへ仕事が動いていく。
「それ、勝手にしてええんです?」
思わず聞いた。
「何が?」
「いや、誰がどれやるか」
「出来る奴がやったらええやろ」
またこれである。
何回目だろう。
国友へ来てから、俺は何度も同じようなところで引っ掛かっている。
俺はつい、誰かが決めると思ってしまう。
誰がやる。
何本やる。
いつまでにやる。
足りなければ、どこから持ってくる。
榊屋では、そういうことを誰かが見る。
国友では、仕事そのものが勝手に流れていくように見えた。
「勝手いうても、何でもええわけちゃうやろ」
善次郎が言った。
「頼めん奴には頼まんやろし、下手な奴に回したら自分も困る」
「まあ、そうやな」
「銭も払わなあかんし、納める相手にも話せなあかん。ちゃんとやらん奴は、そのうち頼まれんようになる」
なるほど。
誰も管理していないわけではない。
管理する人間が一人に決まっていないのだ。
仕事を頼む側が相手を選ぶ。
頼まれる側も受けるか決める。
仕事が悪ければ次は来ない。
良ければまた来る。
その積み重ねで、誰へ何を頼むかが少しずつ決まっていく。
紙には書かれていなくても、人の関係そのものが仕事の道になっている。
◇
昼前、ちょうど一つ面白いものを見た。
ある鍛冶のところへ話が入った。
俺たちには詳しい内容までは分からなかったが、数が少し多いらしい。
鍛冶は少し考えたあと、別の男の名前を出した。
「半分そっち回すわ」
「ええんか?」
「今のままやと間に合わん」
「向こう空いとるかな」
「聞いてみる」
それだけだった。
榊屋ならどうするだろう。
まず今抱えている仕事を見る。
納期を見る。
空いている人間を見る。
誰へ何本持たせるか考える。
必要なら別の仕事を後ろへ動かす。
国友では、今目の前で起きたことがそれに近い。
ただし、やり方が違う。
「これ、仕事分けたんです?」
俺が聞くと、善次郎が頷いた。
「そうやな」
「誰も指示してへん」
「そら自分の仕事やからな」
「でも村全体では、勝手に仕事が散ってくな」
「勝手ちゃう。本人らが動かしとる」
言われてみればそうだ。
上から命令されて分散しているわけではない。
抱えきれないから外へ出す。
得意な相手がいるから頼む。
付き合いがあるから声を掛ける。
その一つ一つは全部、自分の商売のためにしている。
結果として、仕事は村の中へ広がっていく。
「榊屋やったら、中で分けるな」
善次郎が言った。
「うん」
「ここは外で分けるんや」
「外?」
「店と店の間でや」
その言葉で、少し分かった気がした。
榊屋では、一つの工房の中へ人が集まり、一つの注文を工程へ分ける。
国友では、別々の家、別々の仕事場の間を注文そのものが動いていく。
榊屋は人を繋いで仕事を流す。
国友は商売同士を繋いで仕事を流す。
似ているようで、だいぶ違う。
「誰も全部見る必要ないんか」
俺が呟くと、善次郎がこっちを見た。
「何で?」
「いや、全部見んかったらどっか詰まるやろ」
「詰まった奴が動くやろ」
「そんなもんか?」
「そんなもんや」
善次郎はあっさり言う。
「鍛冶屋は自分の仕事見る。台師も自分の仕事見る。材料売る奴は材料見る。注文取ってきた奴は、品物揃うか見る。それで困ったら誰かに頼む。それぞれ自分の都合で動いとるんやろ」
「それで全体が回る?」
「今、回っとるやん」
確かに。
俺は、全体を回すには誰かが全体を見なければならないと思っていた。
榊屋がそうだからだ。
でも国友は、少なくとも俺の見ている範囲では、そうではない。
誰も村全体の銃身本数を数えていない。
誰も台木が何本あるか全部把握していない。
誰も今月どれだけ出来るかを一つの帳面へまとめていない。
それでも、仕事は続いている。
「榊屋は中で全部繋げてる」
善次郎が言った。
「ここは外で繋がっとる」
「店と店で」
「そう」
善次郎は何でもないことのように言ったが、俺にはかなり大きな違いに思えた。
◇
「でも、それやと急にいっぱい欲しい言われた時困らん?」
俺が聞いた。
「困るんちゃう?」
「何でお前が答えるんや」
「俺も知らんからや」
善次郎は笑った。
ちょうどいいので、近くにいた職人へ聞いてみた。
「急に百挺欲しい言われたらどうします?」
「百?」
「はい」
「急に?」
「はい」
「無理やろ」
「無理なんや」
「誰か探すわ」
「それでも足りんかったら?」
「待ってもらう」
「待てん言われたら?」
「断るしかないやろ」
あまりにも普通の答えだった。
「そこは普通なんやな」
「何やと思ってたんや」
「国友なら何かすごい方法あるんかなと」
「あるかそんなもん」
善次郎が横で笑っている。
「材料足りんかったら?」
「探す」
「誰も持っとらんかったら?」
「入るまで待つ」
「他の客の仕事先に入っとったら?」
「そらそっち先やろ」
「金多く出したら?」
「そら話は変わるかもしれんな」
善次郎が急に真剣な顔をした。
「そこ食いつくんや」
「商売やぞ」
でも、この辺りは榊屋との違いがはっきりしている。
榊屋なら、大きな注文が来れば工房全体の順番を変えられる。
この仕事を先へ。
こっちは後へ。
この人をこっちへ。
外注先にも急いでもらう。
もちろん限界はあるが、一つの判断で人や仕事を動かしやすい。
国友ではそうはいかない。
それぞれ別の家だ。
別の客もいる。
別の約束もある。
一人が「今日からこれを最優先にしろ」と言って、村全体を一方向へ向けることは出来ない。
「榊屋の方が、急な大仕事には強いんかな」
「場合によるんちゃう?」
善次郎が言った。
「何で?」
「お前んとこ一個止まったら、全部止まることあるやろ」
「……あるな」
「ここやったら一軒止まっても、他は動くやん」
「ああ」
それもそうだ。
榊屋では仕事が一つの流れとして繋がっている。
だから速い。
ただ、繋がっているからこそ、途中が止まれば後ろまで止まる。
国友は繋がり方が緩い。
一つの鍛冶場が止まっても、別の鍛冶場は別の仕事を続けられる。
一人の商人が来なくなっても、それだけで村中から材料が消えるわけではない。
もちろん、誰でも代わりが利くわけではない。昨日見た上物のように、特定の職人でなければ出来ない仕事もある。
それでも、全体として見ればしぶとい。
「こっちは、壊れにくいんかな」
「何が?」
「仕組みが」
善次郎は少し考えた。
「壊れにくいいうか、一緒に壊れにくいんちゃう?」
なるほど。
一つ一つは別々に困る。
でも、全部が同時に止まるわけではない。
榊屋は一つの大きな仕組みだ。
国友は小さな仕組みがいくつも繋がっている。
どちらが強いかは、何に対して強いかで変わる。
◇
「昨日、榊屋は軍みたいだと言ったな」
一益様が口を開いた。
「言いましたね」
「なら、こちらは市に近いか」
「市?」
俺が聞いた。
一益様は道の向こうを見た。
「誰か一人が、あれを売れ、これを買えと命じているわけではない。それぞれが自分の都合で売り買いし、必要な物を求めて動いておる。それでも物は集まる」
善次郎が頷いた。
「そんな感じです」
「榊屋は軍で、国友は市か」
「例えですけどね」
一益様が笑った。
でも、その例えは分かりやすかった。
榊屋では、誰が何をするかを決める。
全部ではないにしても、全体の都合を見ながら人を動かす。
国友では、それぞれが自分の都合で動く。
売りたい者が売る。
買いたい者が買う。
頼みたい者が頼む。
受けたい者が受ける。
その結果として、一挺の鉄砲が出来上がる。
「どっちも人いっぱいおるのにな」
俺が言った。
「全然違うやろ」
善次郎が答えた。
「違うな」
やっと、それが少し分かってきた。
◇
昼を過ぎても、善次郎は鉄砲そのものをほとんど見なかった。
誰が荷を運ぶのか。
誰が材料を買うのか。
誰が注文を持ってくるのか。
誰が出来た品を受け取るのか。
俺なら素通りするようなところで、いちいち止まって話を聞く。
「これお前、毎日こんなん考えとるん?」
「商人やからな」
「大変やな」
「今さら?」
善次郎が呆れた。
「お前が『これ作りたい』言うてから、材料探すん誰やと思ってんねん」
「……善右衛門さん」
「親父だけちゃうわ」
「知ってるって」
「ほんまか?」
耳が痛い。
俺が新しいものを作ろうとすると、つい作り方から考える。
どんな形にする。
何で加工する。
どこまで精度を出す。
誰に作らせる。
でも実際には、その前に材料を用意しなければならない。作ったあとには売らなければならない。
俺が工房の中で考えている間に、善次郎たちはその前後を繋いでいる。
「お前らがおらんかったら、榊屋も止まるな」
「やっと分かったか」
「前から分かってる」
「今の顔は今初めて分かった顔や」
「うるさいな」
善次郎が笑った。
◇
その日の途中、昨日の若い鍛冶とまた会った。
「今日は鉄砲見んのか?」
「今日は鉄砲の周り見てます」
「何やそれ」
「俺もよう分からん」
「分かってから言え」
善次郎に言われた。
「でも大事らしいです」
「誰に聞いたんや」
「こいつに」
「大丈夫なんか?」
「何で俺の信用そんな低いねん」
善次郎が怒っている。
若い鍛冶は少し笑ったあと、俺たちが見ていた荷の方を見た。
「鉄とかか?」
「そう。あと注文とか、出来たもんどこ持ってくかとか」
「そんなもん見てどうすんねん」
「昨日までの俺もそう思ってた」
「ほなやっぱり分かってへんやん」
「今分かろうとしてんねん」
「面倒臭い奴やな」
「国友来てからそればっかり言われる」
若い鍛冶は仕事があると言って、そのまま行ってしまった。
俺は少しだけ後ろ姿を見た。
あいつも、自分の仕事だけで生きているわけではない。
鉄を買う。
炭を使う。
台師へ頼む。
誰かから注文を受ける。
出来たものを売る。
本人が意識しているかどうかは別として、いくつもの人間と繋がった中で仕事をしている。
昨日までなら、その繋がりを「職人同士の関係」としか見なかった。
今日は、そこへ銭と物の流れまで見える。
◇
「なあ」
夕方近くになってから、善次郎が言った。
「何や」
「榊屋って、宗次郎おらんくなったら結構困らん?」
「縁起でもないこと言うな」
「でもそうやろ」
「まあ……困るな」
「お前おらんくなっても困るやろ」
「そらな」
「源兵衛さんでも困る」
「当たり前や」
「結構真ん中に寄せとるよな」
何を言いたいのか分かった。
榊屋では、誰が何を知っているかをなるべく外へ出してきたつもりだった。
記録する。
決まりにする。
治具にする。
人一人しか分からない仕事を減らす。
それでも、工房全体を見る仕事は特定の人間へ集まりやすい。
俺もそうだ。
宗次郎もそうだ。
親父だってそうだ。
「国友は違うな」
善次郎が言った。
「一人おらんくなっても、全部は止まらん」
「でも、その人にしか出来ん仕事は止まるやろ」
「そらそうや」
「ほな同じちゃう?」
「全部止まるんと、そこだけ止まるんは違うやろ」
「……まあな」
その違いは大きい。
榊屋は、全体を見るからこそ全体を動かしやすい。
その代わり、その中心へ負担も情報も集まる。
国友は、誰も全部を見ない。
だから一方向へ動かしにくい。
その代わり、誰か一人が倒れても、他の仕事まで全部止まりにくい。
「宗次郎に仕事寄せすぎとるかな」
「帰ったらまた仕事増やす気やろ」
「何でそうなるん」
「お前いつも『負担減らすために仕組み作る』言うて、新しい仕事増やすやん」
「……そんなことないやろ」
善次郎は無言でこっちを見た。
「何か言えや」
「自分で考えろ」
腹が立つ。
でも、否定しきれなかった。
◇
一日歩いて、俺たちは村の外れ近くまで来ていた。
振り返れば、あちこちから煙が上がっている。
初めて国友へ来た日にも、同じような景色を見た。
あの時、俺は思った。
村が工房だ、と。
鍛冶場が一つあるのではない。
いくつもの仕事場があり、銃身を作る者、台木を作る者、金具を作る者がいる。だから村全体が一つの巨大な工房のように見えた。
でも、今なら少し違って見える。
鍛冶場だけではない。
鉄を持ってくる人間がいる。
炭を運ぶ人間がいる。
木を売る人間がいる。
注文を持ってくる人間がいる。
仕事を別の職人へ回す人間がいる。
出来上がった鉄砲を運び出す人間がいる。
銭を払う人間がいて、銭を受け取る人間がいる。
その全部が別々に動きながら、どこかで繋がっている。
「村が工房やと思ってたけど」
俺が言うと、善次郎が横を見た。
「違ったんか?」
「いや」
少し考えた。
「工房だけ見たらあかんかったんやな」
「最初からそう言うとるやろ」
「昨日からやろ」
「十分や」
材料が入り、仕事が生まれ、銭が動き、出来たものが外へ出ていく。
作ることだけを見れば、国友は大きな工房に見える。
でも、その工房を動かしているものまで含めて見れば、もっと大きい。
工房というより、一つの産業が村の中に広がっている。
誰か一人が設計したわけではない。
長い時間を掛けて、必要な仕事と必要な人間が少しずつ繋がり、今の形になったのだろう。
榊屋とは、根っこから違う。
榊屋は、一つの工房を大きくしてきた。
国友は、別々の仕事が集まり続けた結果、村全体が一つの産業になった。
どちらも、多くの人間で鉄砲を作る仕組みだった。
◇
「で、虎松」
一益様が声を掛けてきた。
「はい」
「結局、お前の榊屋とこの国友、どちらが優れておる?」
俺は口を開きかけて、止まった。
数日前なら、榊屋だと言ったかもしれない。
寸法を揃える。
治具を使う。
記録する。
検査する。
それで百挺を超える数を作れる。
俺たちが何年も掛けて積み上げたものだから、当然自信もあった。
昨日なら、国友の上物を思い出したかもしれない。
職人の腕を長い時間積み重ね、人と人との関係まで使って仕上げた一挺は、榊屋の普段の鉄砲では簡単に届かないところまで行っていた。
そして今日は、作り方だけではないものまで見た。
榊屋は、一つの目的へ人と仕事を集めやすい。
国友は、一人が全部を見なくても、それぞれの仕事が繋がって動き続ける。
どちらにも強いところがある。
どちらにも弱いところがある。
同じ鉄砲を作っているのに、解いている問題が違う。
「……ちょっと考えさせてください」
一益様が眉を上げた。
「またか」
「今度はほんまに考えたいんです」
「まだ見るものがあるのか」
「いや」
俺は国友の村を見回した。
鍛冶場。
人。
道。
荷。
煙。
ここへ来た時には別々に見えていたものが、今は少しずつ繋がって見える。
「たぶん、見る方はもうええです」
「では何を考える」
「何でどっちも出来てるんかを」
「どちらが上かを聞いたのだが」
「それも含めてです」
一益様は少しだけ笑った。
「では明日聞こう」
「はい」
答えが出るかは分からない。
でも、最初に国友へ来た時よりは、何を考えればいいか分かっている。
今度は、自分の中を整理する番だった。




