上物
なんか外行きで研修モードの虎松さんに標準語喋らせてたんですが、なんかやっぱおかしいのでやめました。
よく考えたら信長さまにすら関西弁やった…。
過去話については気が向いたら順次改訂します。
翌朝、俺は案内役の男に一つ頼み事をした。
「国友で、特に出来のええ鉄砲を見せてもらえませんか」
「昨日から散々見とるやろ」
「いや、そうやなくて」
予想していた返事だったので、俺はどう説明したものかと少し考えた。
「腕のええ人が、時間掛けてちゃんと仕上げたやつです。数を作るためのもんやなくて、一挺をええもんにしようとして作ったやつ」
「上物か?」
「たぶん、それです」
「たぶんて何や」
俺自身、国友で何を上物と呼ぶのか正確に知っているわけではない。ただ、尾張で兵たちから国友の鉄砲について話を聞いた時、出来のいいものは明らかに違うという話が出ていた。
国友へ来てから、俺はすでに何挺もの鉄砲を見ている。銃身だけなら、それ以上の数を見た。どれも決して悪いものではなく、むしろ鍛冶の腕だけなら榊屋より上ではないかと思うことさえある。
それでも、まだ見ていないものがあった。
昨日まで俺が見てきたのは、国友が普段どうやって鉄砲を作っているのかという仕組みだった。鍛冶がいて、台師がいて、金具師がいる。それぞれが別々の家、別々の商売として仕事をしながら、長く付き合ってきた相手の癖まで覚え、最後には一挺の鉄砲へまとめている。
ならば、その仕組みの中で腕のいい職人たちが手間を惜しまず一挺を仕上げた時、どこまでいいものが出来るのか。
それを見てみたかった。
「あるにはあるが」
案内役の男は少し考えてから、俺たちを連れて歩き始めた。
「売る前のが一挺あったはずや」
「見せてもらえるんです?」
「聞いてみんと分からん」
「お願いします」
「お前、鉄砲見る時だけ妙に素直やな」
「いつも素直ですよ」
「それはない」
横から善次郎が即座に否定した。
「お前は黙っとけ」
「何でや」
一益様が後ろで笑っている。
連れて行かれた先は、少し意外な場所だった。
もっと大きな鍛冶場を想像していた。腕のいい職人が集まり、いかにも特別な鉄砲を作っているような場所があるのではないかと勝手に考えていたのだが、着いたところは昨日まで見てきた仕事場と大して変わらない。
火床があり、使い込まれた道具が並び、壁際には作業途中らしい品が置かれている。広くもなければ、特別立派でもない。出てきた職人も、いかにも名人という顔をしているわけではなく、歳は親父より少し上だろうか。案内役と二言三言話したあと、俺たちを一度眺め、それから奥へ引っ込んだ。
戻ってきた男の手には、一挺の鉄砲があった。
「これや」
差し出された鉄砲を、俺は両手で受け取った。
最初に思ったのは、意外なほど普通だということだった。豪華な飾りがあるわけでも、見たことのない仕掛けが付いているわけでもない。銃身の形も、これまで国友で見てきたものから大きく外れてはいなかった。
ただ、持った時に何かが違った。
「……ん?」
「何や」
善次郎が横から覗き込んでくる。
「いや、何やろ」
自分でも分からないまま、もう一度持ち直した。台木へ頬を寄せて構え、前を見てから一度下ろし、もう一度同じように構えてみる。
「何しとるんや」
「ちょっと待って」
重さが特別軽いわけではない。それなのに、構えた時の収まりがいい。手を添える場所から頬を寄せる位置まで、どこか一か所が特別優れているというより、妙に引っ掛かるところがなかった。
今度は細かいところを見る。銃身と台木の収まりを確かめ、金具を見て、火蓋を動かし、火挟みの動きを確かめる。引き金にも指を掛けてみた。
当然、全部動く。
鉄砲なのだから当たり前なのだが、その当たり前が妙に気持ちいい。どこかが渋いわけでも、逆に頼りないわけでもなく、一つ一つの動きが一挺の中へきれいに収まっている。
「……ええな、これ」
思わず口から出た。
「分かるんか?」
職人が聞いた。
「全部は分からんですけど、何かええです」
「何やそれ」
「俺も知りたいんです」
笑われたが、本当にそうだった。
榊屋でも完成した鉄砲は必ず見る。俺自身、これまで何挺触ったか分からない。それでも、この一挺は手にした時の感じが違った。
「撃ってみるか」
「ええんです?」
「撃たんと分からんやろ」
その言葉に、俺はすぐ頷いた。
◇
場所を移し、実際に撃たせてもらうことになった。
上物だからといって、火縄銃であることに変わりはない。火薬を入れ、弾を込め、火皿を整え、火縄を用意する。いつも通りの手間が掛かるし、この鉄砲だけ急に装填が早くなるわけでもない。
俺も射撃そのものなら何度もやっているが、別に名人ではない。本当に鉄砲の出来を比べるなら、同じ射手が同じ条件で何度も撃った方がいいだろうし、火薬や弾の違いも考えなければならない。
だから数発撃ったくらいで、この鉄砲は他よりよく当たるなどと言うつもりはなかった。
それでも、構えた時の違いは分かる。
狙いを付け、引き金へ指を掛ける。火挟みが落ちて火皿の火薬へ火が移り、一瞬遅れて銃身の中の火薬が弾けた。肩へ衝撃を受けてから的を見ると、弾はきちんと入っている。
「当たっとるな」
「そら鉄砲ですから」
「外したら鉄砲のせいにするつもりやったやろ」
「するわけないでしょう」
「今ちょっと間があったぞ」
善次郎が余計なことを言う。
もう一度撃った。
今度は弾がどこへ飛ぶかだけでなく、撃つまでの一つ一つの動きにも意識を向ける。火蓋を開けた時の感触、火挟みの動き、構え直した時の台木の位置、引き金へ指を掛けてから発火するまでの動き。撃ち終わってから下ろした時まで含めて確かめてみる。
やっぱりいい。
何発か撃たせてもらったが、俺の腕で命中の良し悪しまで断言する気にはなれなかった。弾にも火薬にもばらつきがあり、撃っている俺自身にもばらつきがある。それでも、この鉄砲が扱いやすく、一つ一つの動作に余計な引っ掛かりが少ないことは分かった。
「……やっぱりええな」
俺が言うと、善次郎が笑った。
「嬉しそうやな」
「そら、ええ鉄砲見たら嬉しいやろ」
「お前、榊屋の人間やろ」
「榊屋の人間が他所のええ鉄砲喜んだらあかんのか」
「いや、ええけど」
むしろ、嬉しかった。
俺はいつの間にか、鉄砲そのものが好きになっていたらしい。前世では銃なんてまともに触ったこともなかったのに、この世界で何年も作り、壊し、直し、また作っているうちに、出来のいいものを見るだけで面白くなってしまった。
ただ、喜んでいるだけでは何も分からない。
俺は鉄砲を持ったまま、さっきの職人へ向き直った。
「これ、何が違うんです?」
「何がて?」
「他の鉄砲とです」
「別に変わったことはしとらん」
「いや、何かしとるでしょう」
「しとらん」
「絶対しとる」
「何やお前」
一益様が吹き出した。
「虎松。作った本人がしておらぬと言っておるぞ」
「でも違うんです」
「なら、お前が見つければよかろう」
「そうします」
「本当に面倒な奴だな」
それから俺は、また鉄砲を見た。
銃身はよく出来ている。ただ、昨日までにも腕のいい鍛冶が作った銃身は何本も見ている。台木も丁寧に仕上げられているし、金具もいい。それでも、どこか一つを指して、これがこの鉄砲を上物にしているのだと言えるような場所は見つからなかった。
「これ、全部あなたが作ったんです?」
「まさか」
職人はあっさり言った。
「銃身はわしや。台は別やし、金具も別や」
「誰が?」
名前を聞いた。
俺には知らない名前だったが、案内役は知っているらしい。
「そっちも腕のええ奴や」
「金具も?」
「そうや」
俺はもう一度、手の中の鉄砲を見た。
銃身だけがいいのではない。台木だけでも、金具だけでもない。それぞれ腕のいい職人が仕上げたものが、一挺の中へ集まっている。
「これ、最後は誰が合わせたんです?」
「わしも見るし、台師も見る。合わんところがあったら直す」
「何回ぐらい?」
「何がや」
「合わせるの」
「そんなん数えとらん」
ですよね。
「台師とは長いんです?」
「長いな」
「金具師も?」
「仕事はよう頼む」
昨日聞いた話と同じだった。
誰がどう作るか知っている。どこが残りやすいか、どこを合わせればいいか知っている。図面に書いて渡すわけでも、全員が同じ寸法を共有しているわけでもないのに、長く一緒に仕事をしてきたことで、その情報が職人同士の間に溜まっている。
そして、それが一挺の鉄砲になった時、こうなる。
「……これ、一人の腕やないんやな」
俺が呟くと、職人が不思議そうな顔をした。
「そらそうやろ」
「そうなんですけど」
「何を今さら言うとるんや」
本当に今さらだった。
俺は国友へ来てから、何度も鍛冶師、台師、金具師という分業を見てきた。それぞれが別々の仕事をしながら一挺を作っていることも知っている。ただ、今まではそれを仕組みとして見ていた。
これは、その仕組みが生み出した結果だった。
腕のいい鍛冶師が仕上げた銃身を、腕のいい台師が受け取り、その仕事を知ったうえで台木を合わせる。金具師も自分の仕事を仕上げ、最後には誰か一人が決めた寸法へ無理に押し込むのではなく、それぞれが出来上がったものを見ながら一挺へ収めていく。
昨日まで俺が見てきた「人の中に残っているもの」が、目の前の鉄砲に形となって現れていた。
◇
「これ、榊屋へ持って帰ってええです?」
「駄目に決まっとるやろ」
「ですよね」
「何で聞いた」
「一応」
善次郎が呆れた顔をした。
「お前、信長様に鉛筆取られた腹いせに国友の鉄砲持って帰ろうとすんな」
「全然関係ないやろ」
「根に持っとるやん」
「持ってへん」
「昨日も言うてたぞ」
「うるさい」
冗談はともかく、持って帰りたいと思ったのは本当だった。
榊屋で徹底的に見てみたい。各部を測り、普段作っているものと比べ、形を写して違いを調べる。必要なら見本を作り、榊屋の職人たちにも触らせてみたい。
そうすれば、この鉄砲に近いものを作れるだろうか。
俺は手元の一挺を眺めながら、頭の中で一つずつ考えてみた。銃身の長さも太さも測れる。台木の形も写せる。金具の位置も、火挟みの形も、引き金の位置も調べられる。昨日の木片と同じように、出来上がった形を持ち帰る方法はいくらでもある。
それでも、考えれば考えるほど答えは決まっていった。
「……無理やな」
「今度は何や」
善次郎が聞いた。
「これ、全部測って持って帰っても、同じもん作るの無理やと思う」
「何でや?」
「出来上がった形は分かる。でも、何でこの形になったかまでは分からん」
昨日、若い鍛冶と話したことを思い出す。
親方の銃身へ木片を当てれば、その場所の形は残せる。寸法を測れば、もっと細かく比べることも出来る。だが、なぜ親方がそこをそう仕上げたのかまでは、出来上がった銃身だけを見ても分からない。
火の中で何を見たのか。槌を振るう時に何を感じたのか。途中でどれだけ曲がり、それをどう直したのか。同じ形へ辿り着いたとしても、その途中で行われた判断まで形の中から全部取り出せるわけではない。
まして、この一挺は銃身だけではなかった。
台師がどこを見て削ったのか。金具師が何を考えて仕上げたのか。最後に合わせた時、どこを残し、どこを削ったのか。その一つ一つは寸法として完成品に残っていても、なぜそうしたのかという判断まで一緒に残っているわけではない。
出来上がった形は、そうした判断が積み重なった結果なのだ。
「これと同じ寸法のもんは、作れるかもしれん。でも、これと同じ鉄砲になるとは限らん」
俺が言うと、職人がこちらを見た。
「当たり前やろ」
「はい」
「お前、変なこと考えとるな」
「よく言われます」
国友へ来てから、特によく言われている気がする。
◇
俺はもう一度、その鉄砲を構えた。
榊屋の鉄砲が悪いとは思わない。俺たちは俺たちで、何年も掛けて鉄砲を良くしてきた。榊家寸を作り、治具を増やし、検査する場所を決め、失敗したものは記録して次へ繋げてきた。昔に比べれば品質はずっと安定しているし、月に百挺を超える数を作っても、大きく外れたものはかなり減った。
それでも、この一挺を榊屋の普段の鉄砲と並べたら、負けるところはある。
そう思った。
不思議なことに、それを認めても思ったほど悔しくなかった。むしろ、どうすればこうなるのか考える方が面白い。
「これ、作るの時間掛かります?」
「そら掛かる」
「普通のより?」
「掛かるな」
「どれぐらい?」
「物による」
「やっぱりそうなるか」
「何や」
「いや、何でもないです」
そこで善次郎が口を挟んだ。
「これ、値も違うんやろ?」
「そらな」
「どれぐらいや」
さすが商人である。
俺が作り方を聞いている横で、こいつは値段を聞く。
「お前、すぐ銭の話するな」
「売るもん見て銭の話せん商人がおるか」
「正論やけど」
善次郎と職人が値の話を始めた横で、俺は別のことを考えていた。
この鉄砲には手間が掛かる。腕のいい職人が必要で、しかも一人ではない。互いの仕事を知っている鍛冶師、台師、金具師がそれぞれ仕事をし、最後の調整にも時間を使う。
そこで、ふと気になった。
「なあ」
俺は職人へ声を掛けた。
「これぐらいのやつ、毎月百挺作れます?」
職人が止まった。
「百?」
「はい」
「毎月?」
「はい」
「無茶言うな」
「ですよね」
「何でそんな話になるんや」
「いや、ちょっと確認したかっただけです」
「何を確認しとるんや」
善次郎が笑っている。
でも、聞いてみて良かった。
榊屋がずっと考えてきたのは、一挺をどこまで良く出来るかだけではなく、それを十挺、五十挺、百挺と作る時にどうするかだった。
一挺だけなら、親父や弥吉が時間を掛けて仕上げれば、かなりいいものを作れる。ところが、それと同じやり方で百挺を作ろうとすれば、必要な時間も人も一気に増える。腕のいい職人が百人いるわけではないし、同じ一人が百挺すべてへ同じだけ手間を掛けることも出来ない。
だから俺たちは、寸法を揃え、治具を作り、工程を分け、途中で検査した。誰がどの仕事を出来るかも把握し、一人の職人が全部を見るのではなく、仕事そのものを分けてきた。
飛び抜けていい一挺を作ることより、百挺の中に悪いものをなるべく混ぜないことへ、多くの手間を使ってきたのだ。
国友で今持っているこの鉄砲は、その反対側にある。
もちろん、国友だって普段からこんな上物ばかり作っているわけではない。普通に売る鉄砲も作るし、数の注文を受けることもあるだろう。榊屋だって、腕のいい職人へ十分な時間を渡せば、普段より上のものは作れる。
だから、きれいに二つへ分けられる話ではない。
それでも、得意な方向は違う。
榊屋は、たくさん作った時にも出来の悪い一挺をなるべく出さないため、仕組みを積み上げてきた。
国友には、人の腕と人同士の関係を積み重ねることで、一挺をさらに上へ持っていく力がある。
どちらも、鉄砲を良くする方法だった。
◇
「何やっとるんや」
声がして振り返ると、昨日の若い鍛冶がいた。
「またお前か」
「何やその言い方」
「いや、よう会うなと思って」
「お前がうろうろしとるんやろ」
それは否定出来ない。
若い鍛冶は俺の持っている鉄砲を見ると、すぐに表情を変えた。
「それ、見せてもろたんか」
「知ってるんです?」
「そら知っとる」
「撃たせてもらいました」
「ええな」
「ええでしょう」
「何でお前が自慢するんや」
俺にも分からない。
若い鍛冶も鉄砲を手に取り、慣れた様子で各部を見た。昨日、親方の銃身と自分の銃身を並べていた時とは顔が違う。自分より上の仕事だと分かっているものを見る時の顔だった。
「これ、作れます?」
俺が聞くと、若い鍛冶はこちらを見た。
「誰が?」
「あなたが」
「今は無理や」
思ったよりあっさり認めた。
「どれぐらい掛かりそうです?」
「知らん」
「親方に聞いたら分かります?」
「知らん言うやろ」
「ですよね」
若い鍛冶は銃身を眺めたまま、少し笑った。
「昨日の木の板一枚で、これ作れるようになったら苦労せんわ」
「俺もそう思います」
「お前が始めたんやろ」
「だから分かったんですよ」
差が見えることと、その差を埋められることは別だ。
親方と自分の銃身を比べ、どこが違うか分かったとしても、それだけで同じ仕事が出来るわけではない。ただ、違いが分かれば、次に親方の仕事を見る時、見る場所が一つ増える。
昨日話した通り、それでいいのだと思う。
「でも、これ目指すんでしょう?」
俺が聞くと、若い鍛冶は少しだけ考えたあと、鉄砲へ目を戻した。
「そらな」
「ほな、昨日のやつも無駄ではないでしょう」
「まだ言うか」
「大事なところなんで」
「顔がうるさい」
「またそれ言う」
若い鍛冶は笑いながら、鉄砲を職人へ返した。
俺もその横で、もう一度だけ上物を見た。
昨日まで、人の中に残る情報というものを、俺はどこか曖昧なものとして考えていた。数字に出来ない。紙にも書ききれない。本人がいなくなれば失われるかもしれない。それは確かに弱点で、だから俺は出来るだけ人の外へ出そうとしてきた。
だが、数字に出来ないから価値がないわけではない。
何年も鉄を叩き続けた人間が覚えたこと。何度も同じ相手と仕事をして、その癖まで知った人間が覚えたこと。失敗して、直して、また作って、そのたびに少しずつ積み上げてきたこと。それらは簡単には写せない代わりに、簡単には書き切れないほど多くのものを抱えている。
それを一挺へ集めれば、俺が今触ったような鉄砲になる。
人の中に残すという方法には、人の中にしか残せないものまで積み上げられる強さがある。
榊屋では、そこから出来るだけ多くのものを外へ出そうとしてきた。寸法にし、治具にし、見本にし、記録することで、一人しか知らないものを減らそうとしてきた。
それは間違っていない。
ただ、全部を外へ出せると思うのは違う。
外へ出した方がいいものと、人の中へ残した方がいいものがある。そして、その境目をどこへ置くのかを、俺はまだちゃんと知らない。
◇
鉄砲を返したところで、若い鍛冶が俺を見た。
「そういやお前、さっきから百挺百挺言うとるな」
「言いましたっけ」
「言うとる」
「言うてるな」
善次郎まで頷いた。
「お前んとこ、ほんまに月に百挺も作っとるんか?」
「今は百より多い月もありますよ」
「……ほんまか?」
「何で嘘つくんです」
若い鍛冶だけではなかった。近くにいた職人までこちらを見ている。
「百挺いうたら、毎月か?」
「だいたい」
「毎月?」
「はい」
何だか空気が変わった。
国友へ来てから、俺はずっと質問する側だった。どうやって作るのか。誰が作るのか。どうやって合わせるのか。何を残すのか。なぜそれで出来るのか。俺にとって国友は知らないことだらけだったから、聞くことばかり考えていた。
だが、考えてみれば向こうも榊屋のことなどほとんど知らない。
「百挺も、誰が作るんや」
「みんなで」
「そらそうやろ。何人で?」
「それ説明すると長いですよ」
「何でや」
「うちも色々あるんです」
若い鍛冶が眉を寄せた。
「お前、昨日からこっちのことばっかり聞いといて、自分とこのこと全然言わんな」
「聞かれませんでしたから」
「今聞いとる」
「じゃあ話しますけど」
俺は少し考えた。
国友の人間に、榊屋の作り方を説明する。
今まで、そんなことは考えていなかった。
榊家寸があり、治具がある。仕事を細かく分け、途中で品物を見て、外へ頼める仕事は外へ出す。誰が何を出来るかを把握し、一人前の職人だけに仕事を任せるのではなく、まだ経験の浅い者にも任せられる仕事を作る。
俺たちが何年も掛けて積み上げてきたものを、国友の職人たちはどう見るのだろう。
「ほな、どこから話しましょうか」
俺が言うと、若い鍛冶は笑った。
「百挺出来る理由からや」
国友へ来てから、俺はずっと教えてもらう側だった。
今度は、俺たちの番らしい。




