三人で一挺
「台師と金具師のところも、見せてもらえません?」
俺がそう頼むと、案内役の親方は少しだけ眉を上げた。
「鍛冶場はもうええんか」
「いや、まだ見たいですけど」
「どっちや」
「全部見たいです」
「欲張りやなあ」
親方が呆れたように笑う。
でも、ここまで来て銃身だけ見て帰るわけにはいかない。
さっき聞いた話が、ずっと頭に引っ掛かっていた。
銃身を作る鍛冶がいる。
台木を作る台師がいる。
金具を作る金具師がいる。
そして、それぞれが作ったものが最後には一挺の鉄砲になる。
驚くような話ではない。
榊屋だって、似たことを散々やってきた。
俺が十歳の頃には、一人の職人が一挺を最初から最後まで抱える仕事がまだ多かった。それを少しずつ分けた。銃身を作る者、金具を作る者、台木を扱う者。それだけでは足りなくなって、外の職人にも仕事を頼むようになった。
最近では、銃身と尾栓だけを榊屋で作り、それ以外を外から集めて一挺にするところまで試している。
だから、国友で仕事が分かれていること自体は分かる。
むしろ、それなら話が早いと思った。
国友へ入った時、俺はこの村を見て「村が工房や」と思った。
どうやら本当に、その通りだったらしい。
ただし、一つ気になることがある。
榊屋なら、仕事を分けた後に誰が何をするのかまで決める。外へ頼むなら、どこへ何を何個頼んだのかも見る。出来上がった部品は榊屋へ戻り、最後には一挺の鉄砲として組み上げる。
国友も同じなのだろうか。
村そのものが一つの工房なら、その中で仕事がどう動いているのか。
俺が次に見たくなったのは、職人の腕ではなく、そっちだった。
「案内してもええけど、何が見たいんや」
「台木とか金具もですけど……」
少し考えてから答えた。
「誰が誰に仕事頼んで、それがどうやって一挺になるのか見たいです」
親方は俺を見た。
「変なとこ見る奴やな」
一益様が横から口を挟んだ。
「今さらだ」
「一益様まで何ですか」
「昨日からお前を見ていれば分かる」
善次郎まで頷いている。
何やねん。
俺は鉄砲を見に来た。
ただ、鉄砲そのものより、鉄砲が出来上がるまでの方が気になっているだけだ。
親方はしばらく俺を見ていたが、やがて歩き出した。
「ほんなら、こっちや」
俺たちは鍛冶場を離れた。
槌の音が少し遠ざかる。
代わりに聞こえてきたのは、木を削る音だった。
◇
台師の仕事場へ入った途端、匂いが変わった。
さっきまでの鍛冶場にあった炭と鉄の匂いが薄れ、代わりに木の匂いがする。床には削り屑が落ち、壁際には加工途中らしい木が置かれていた。
俺は少し懐かしくなった。
「甚助さんとこみたいやな」
「誰やそれ」
「うちで木の仕事してる人です」
善次郎が横から口を挟んだ。
「虎松が無茶言うたら、大体何か作ってくれる人や」
「何やその説明」
「合っとるやろ」
「合っとるけど」
甚助さんが聞いたら嫌な顔をしそうだ。
台師の男は、そんな俺たちを気にするでもなく仕事を続けている。俺は近くに置かれている台木を見た。一つではない。加工途中のものもあれば、かなり形になっているものもある。俺が見慣れた榊屋の台木と基本的な形は当然似ているが、細かなところまで同じではない。
「これ、全部ここの人が作ってるんです?」
「そうや」
台師が答えた。
「誰から頼まれたんです?」
「誰って?」
「この台木です」
俺が一つを指す。
「ああ、それは向こうの鍛冶や」
「こっちは?」
「それは別やな」
「別の鍛冶?」
「そうや」
俺は少し考えた。
「一軒の鍛冶の仕事だけしてるわけじゃないんですね」
「何で一軒だけやらなあかん」
「ですよね」
また当然のように返された。
榊屋とは違う。
榊屋にも甚助さんがいるし、木の仕事を外へ頼むこともある。でも仕事の中心には榊屋がある。
注文を受ける。何挺作るか決める。必要な部品を考える。中で作るものと外へ頼むものを分ける。出来たものを榊屋へ集め、組み立てて、最後に検査して出す。
甚助さんも外の職人も、その流れの中で動いている。
ここは違うらしい。
一人の台師が、複数の鍛冶から仕事を受けている。なら、この台師は国友のどこか一軒に属しているわけではない。村の中にいる、台木を作る専門の職人なのだ。
「これ、頼まれたら作るんです?」
「そらそうや」
「向こうの鍛冶から?」
「鍛冶から来ることもある」
「他からも?」
「あるぞ」
「誰から?」
「色々や」
色々。
その言葉が少し気になった。
「注文受けた人が持ってくることもあるんです?」
「あるな」
「商人は?」
「そら、話持ってくる奴もおる」
俺は頷いた。
少しずつ見えてきた。
でも、見えてきたからこそ、別のところが気になった。
◇
次に案内された金具師の仕事場は、また雰囲気が違った。
今度は扱っている物そのものが小さい。火蓋や引金、それにカラクリに使う細かな金物が並び、ばねらしきものもある。
俺は思わず近寄った。
「これ、見てもいいです?」
「触るなら声掛けろよ」
「はい」
一つずつ眺める。
榊屋でも、この辺りには散々苦労した。銃身のように大きく目立つものではないが、鉄砲を使う側からすれば、ここの不具合も立派な故障だ。尾張で戻ってきた鉄砲を見た時も、ばねや細かな部品が交換されていた。
「これ全部ここで?」
「作っとる」
「ばねも?」
「作るぞ」
「これも?」
「そうや」
俺はしばらく金具を見た。
形が少し違う。
もちろん、全部が同じ形である必要はない。頼まれた鉄砲が違えば、形が違うこともある。
「これとこれは、別の鉄砲用です?」
「そうやな」
「頼んだ人も別?」
「別や」
なるほど。
ここでも同じだった。
金具師は金具師として、複数の仕事を受けている。
銃身を作る鍛冶がいる。
台木を作る台師がいる。
金具を作る金具師がいる。
それぞれ別の場所で、自分の仕事をしている。
そして最後には、それらが一挺の鉄砲になる。
「三人で一挺か」
俺が呟くと、金具師が笑った。
「三人じゃ済まんぞ」
「ですよね」
鉄を持ってくる者がいる。炭を運ぶ者がいる。木を用意する者がいて、細かな材料を扱う者もいる。仕事を頼む者がいて、完成した鉄砲を運び、売る者もいる。
単純に鍛冶、台師、金具師の三人だけで鉄砲が出来るわけではない。
それでも、一挺を作る中心の仕事が別々の職人へ分かれているのは間違いない。
榊屋でやってきたことと、よく似ている。
いや。
似ているからこそ、気になった。
「……これ、誰が見てるんです?」
金具師が俺を見た。
「何を?」
「全部です」
「全部?」
「銃身が何本出来て、台木が何本出来て、金具が何組出来て、今どこまで揃ってるか」
「そら、頼んだ奴やろ」
「誰です?」
「誰って、その仕事頼んだ奴や」
「毎回同じ人?」
「そんなわけないやろ」
俺は黙った。
やっぱりそうだ。
◇
「ちょっと待ってください」
仕事場を出たところで、俺は案内役の親方を止めた。
「何や」
「国友って、誰が全部見てるんです?」
「またそれか。何の話や」
「鉄砲作る流れです」
俺は指を折った。
「鍛冶が銃身作るでしょう。台師が台木作る。金具師が金具作る。それを集めて一挺にする」
「そうやな」
「じゃあ、誰かが全部見てないと困りません?」
「何でや」
「何でって……」
今度は俺の方が困った。
榊屋なら、当たり前すぎて説明する必要もない。
例えば百挺作る。
銃身が百本必要になる。
台木も百。
金具も百組。
でも、銃身だけ百本出来ても鉄砲にはならない。台木が八十しかなければ、そこで二十挺止まる。金具が七十なら、さらに十挺分が足りない。どれか一つだけ先に出来ても、必要なものが揃わなければ完成品の数は増えない。
だから、どこまで出来ているかを見る人間がいる。
今の榊屋なら、宗次郎がその中心だ。
注文を見て、材料を見て、誰が何を作るかを見て、外へ出している仕事の戻りも見る。予定より遅れているところがあれば先に気付き、別の仕事の順番を変える。
俺が工房へ行かなくても鉄砲が出来るようになったのは、職人が勝手に好きなものを作っているからではない。
誰かが全体を見ているからだ。
「例えば百挺頼まれたとして」
「百挺?」
「百挺」
「また多いな」
「そこは今どうでもいいです」
一益様が少し笑った。
「銃身百本作りました。でも台木八十しかありません。これじゃ八十挺しか出来ないでしょう?」
「そらそうや」
「じゃあ残り二十、誰が台師に言うんです?」
「足りん奴が言うやろ」
「誰が足りんって気付くんです?」
「必要な奴や」
「だから、その必要な奴は誰なんです?」
親方が面倒そうな顔をした。
「その時によるわ」
「その時による?」
「誰が仕事受けたかにもよるし、誰が何頼んどるかにもよる」
「じゃあ決まってない?」
「何がや」
「全部見る人」
「そんなん決まっとらん」
俺は黙った。
一益様がこちらを見る。
「何かおかしいのか」
「……おかしいというか」
俺には、かなり不思議だった。
でも、目の前で動いている。
それが一番不思議だった。
◇
俺は案内役に頼んで、もう少し話を聞かせてもらった。
分かったことは、榊屋と同じような答えを探しても見つからないということだった。
誰か一人が国友中の仕事を集め、全部の職人へ振っているわけではないらしい。
鍛冶が仕事を受ければ、必要なものを知っている台師や金具師へ頼むことがある。別の者が注文を受け、その仕事を職人へ回すこともある。商人が間に入ることもあれば、昔から付き合いのある相手へ頼むこともある。
仕事によって、人によって、少しずつ違う。
「……宗次郎がおらん」
「だから誰やそれ」
「弟です」
「知らんわ」
そらそうだ。
でも俺の頭の中では、どうしても宗次郎が出てくる。
榊屋なら、あいつがいる。
注文を見る。
材料を見る。
どこまで出来ているかを見る。
外へ出した仕事がいつ戻るかを見る。
足りないものがあれば先に手を打ち、余っているものがあれば次へ回す。
国友は榊屋よりずっと大きい。それなのに、村全体の宗次郎に当たる人間が見えてこない。
「何や虎松、さっきから難しい顔して」
善次郎が横から覗き込んできた。
「この村、誰も全部見てへんねん」
「そらそうやろ」
「……何でお前まで当然みたいに言うねん」
「だって別々の商売やろ?」
善次郎は、何をそんなに悩んでいるのか分からないという顔をしていた。
「兄ちゃんは銃身作る。こっちの人は台木作る。向こうの人は金具作る。仕事受けた奴が必要なもん頼んで、頼まれた奴が作る。それでええやん」
「でも全体分からんやろ」
「全部分からなあかんの?」
「分からんかったら、どこが足りんか分からんやん」
「足らんかったら、足らん奴が分かるやろ」
「遅れたら?」
「遅れて困る奴が急かす」
「材料なくなったら?」
「なくなった奴が買う」
「急に注文増えたら?」
「出来る奴探すんちゃう?」
「それで回る?」
「知らん」
「知らんのかい」
「俺かて今日来たばっかりや!」
それもそうだった。
一益様が呆れた顔で俺たちを見ている。
でも、善次郎の言っていることは分かる。
俺は工房として国友を見ていた。
善次郎は商売として見ている。
榊屋では、全体を見る。
全体を見て、先に不足を見つける。どこかが詰まる前に仕事を動かし、必要なら外へ出し、戻ってくる日まで考えて次を組む。それが俺たちのやり方だ。
国友では、もっと小さな単位で仕事が動いている。
必要になった人間が頼む。
頼まれた人間が作る。
足りなければ別へ回す。
それぞれの職人が、自分の前後にいる人間とつながっている。
一人が全部を見ているわけではない。それでも、そのつながりがいくつも重なることで、村全体では鉄砲が出来上がる。
外から見れば、一つの巨大な工房。
中へ入れば、別々の職人、別々の家、別々の商い。
榊屋みたいで、榊屋ではない。
「……ようこれで回るな」
思わず口から出た。
善次郎が笑う。
「回っとるから、ここまで大きなったんやろ」
返す言葉がなかった。
◇
もう一度、台師のところへ戻った。
どうしても一つ確認したいことがあった。
「すみません、もう一個だけいいです?」
「何や」
台師は作業の手を止めた。
「これ、鍛冶から台木頼まれる時って、寸法どうしてるんです?」
「寸法?」
「はい」
俺は加工途中の台木を指した。
「例えばここ。銃身入れるところの幅とか深さとか。あと金具付ける位置とか」
「ああ」
「鍛冶から、この寸法で作ってくれって来るんです?」
台師が少し考えた。
「物持ってくることもあるぞ」
「物?」
「銃身や」
「……銃身を?」
「それ見て合わせる」
俺は台木を見る。
それから台師を見る。
「寸法を書いたもんとかは?」
「ある時もある」
「じゃあ、決まった寸法がある?」
「何の?」
「国友で作る鉄砲の」
台師が首を傾げた。
嫌な予感がした。
「いや、だって」
俺は加工途中の台木を指す。
「銃身と台木、別のところで作ってるんですよね?」
「そうや」
「金具も別」
「そうやな」
「それ、最後に一挺にするんですよね?」
「当たり前やろ」
「なら、先に寸法合わせとかないと困りません?」
「最後に合わせるぞ」
「……はい?」
「合わんところ削ったらええやろ」
俺はしばらく返事が出来なかった。
台師にとっては、本当に何でもない話らしい。もう質問は終わったと思ったのか、再び木を手に取って仕事へ戻っていく。その手には迷いがなく、俺が頭の中で抱え始めた問題など、最初から存在していないようだった。
俺はその手元を見ながら、国友の仕事をもう一度並べ直した。
別々の職人が、別々の場所で仕事をする。
一人の人間が全体を管理しているわけでもない。
それでも必要な仕事は人から人へ渡り、最後には一挺の鉄砲になる。
そこまでは、何とか分かった。
でも俺は、別々の場所で作ったものを最後に一つへまとめるなら、先に寸法を揃えておくものだと考えていた。
榊屋では、そのために何年もかけて寸法を決めた。治具を作った。測り方も揃えた。別々の人間が作ったものを、出来るだけ最後に苦労せず組めるようにするためだ。
ところが国友は違う。
仕事は分かれている。
作る人間も分かれている。
全体を見る人間すら決まっていない。
それでも最後に合わなければ、人の手で合わせればいいという。
俺は国友へ来てからずっと、この村を榊屋より大きな一つの工房として見ていた。
それ自体は、たぶん間違っていない。
ただ、一つの工房に見えるからといって、一つの工房と同じ仕組みで動いているとは限らない。
国友を理解するには、どうやら榊屋で身につけた物差しを、そのまま当てるわけにはいかないらしかった。




