鍛冶屋だらけ
「あれぐらいなら、他にもおる」
国友へ着いて最初に案内された鍛冶場で、親方は何でもないことのようにそう言った。
俺はもう一度、奥で銃身を叩いている男を見る。二十年はやっているというだけあって、火から出すところから槌を振るうところまで、動きに迷いがない。速さを見せつけるような仕事ではないが、一つ一つが安定している。榊屋に連れて帰れるものなら連れて帰りたいくらいの職人だった。
「他にもって、何人ぐらいです?」
「さあ」
「さあ?」
「数えたことないわ」
「こんな人、何人もおるんです?」
「おるぞ」
「何人ぐらい?」
「やから知らんて」
親方は面倒そうに答えると、俺が納得していないことに気付いたらしい。少し考えてから、鍛冶場の外を指した。
「見たいんやったら、見ていくか」
「いいんですか?」
「そのために来たんやろ」
「行きます」
即答した。
一益様が横で嫌そうな顔をしている。
「虎松」
「何です?」
「何軒見るつもりだ」
「見せてもらえるだけ」
「先に言っておくが、俺は日が暮れるまで鍛冶場を回るつもりはないぞ」
「分かってますって」
「その返事が一番信用ならん」
失礼な。
俺はまだ国友へ着いてから一度も寄り道をしていない。
◇
二軒目の鍛冶場は、最初のところより小さかった。
中にいる人数も少ない。親方らしい男と、若い職人が二人。それでも火床には火が入り、鉄を叩く音が途切れず続いている。
俺はまた邪魔にならない場所に立って仕事を見せてもらった。
今度の男は、さっきの職人とは少し違った。動きが速い。ただ、雑なわけではなく、火から鉄を出して何度か槌を振るい、向きを変えてまた叩く。その途中で、男が急に手を止めた。
鉄を見る。
そのまま火へ戻した。
「今、何見たんです?」
「ん?」
男が俺を見る。
「もう一回火に入れたでしょう。何で今やったんです?」
「何でって……そろそろやったからや」
「何が?」
「鉄が」
「鉄の何が?」
男が困った顔をした。
「見たら分かるやろ」
俺は黙った。
何か聞いたことのある答えだった。
「色です?」
「色もあるな」
「じゃあ形?」
「それもある」
「槌で叩いた感じとか?」
「まあ、それもある」
「どれが一番なんです?」
「そら、見たら分かる」
「だから何を見てるんです!?」
「虎松、落ち着け」
一益様に止められたので、俺は口を閉じた。
男は不思議そうな顔をしたまま、また仕事へ戻っていく。火から鉄を出し、叩き、少し眺め、また叩く。その動きにはやはり迷いがなく、本人の中では何かしらの判断が働いているのだろうが、それを言葉にして他人へ説明しようとすると、途端に「見たら分かる」になってしまうらしい。
俺の頭の中に、堺にいる一人の男が浮かんだ。
弥吉。
あいつもそうだ。こっちが何を見て判断したのか聞いても、「見たら分かる」「叩いたら分かる」「何となくや」で終わる。本人の中には、鉄の色や音、槌から手へ返ってくる感触、その日の火の具合まで含めた何かがあるのだろう。でも、それらが長年の経験の中で一つに混ざってしまっているから、どれか一つを取り出して説明しろと言っても出来ない。
俺は目の前の男を見た。
それから親方を見る。
もう一度、男を見る。
いる。
弥吉みたいなのがいる。
「……何や」
「いえ」
口に出すのはやめた。
まだ二軒目である。
◇
三軒目は、また違った。
今度の親方は、これまで見た二人ほど自分で槌を振るっていなかった。代わりに若い者が何人か動いていて、親方はその間を回っている。
一人の手元を見る。少し話す。別の一人を見る。何か指示する。時々、自分で槌を持つこともあるが、ほとんどは若い者へやらせていた。
最初は仕事をしていないようにも見えたが、しばらく見ていると違うことが分かった。
若い職人の一人が鉄を火から出し、槌を振るう。
二度、三度。
「待て」
親方が声を掛けた。
若い職人が止まる。
「そこ、もう一回見ろ」
言われた若者が鉄を見る。
少し首を傾げた。
「分からんか」
「……はい」
「ここや」
親方が指を差した。若者が覗き込む。
「もう一回入れろ。今叩いたら崩すぞ」
「はい」
若者は素直に火へ戻した。親方はそれ以上何も言わず、もう次の職人のところへ向かっている。
俺は少し面白くなって、その親方を追って見た。
全部自分でやった方が、おそらく早い。
少なくとも今はそうだ。
若い職人にやらせれば手が止まるし、間違える。親方が確認する手間も増える。自分でやれば一度で済む仕事を、わざわざ人にやらせ、横から見て、危ないところで止めている。
それでも親方は、仕事を取り上げようとはしなかった。
「あの子、どれぐらいやってるんです?」
「五年ぐらいやったか」
「もうあそこまでやらせるんです?」
案内してくれている親方が、俺を変な顔で見た。
「やらせんと覚えんやろ」
「……ですよね」
正論だった。
榊屋でも同じだ。
人を育てるなら、やらせなければならない。簡単な仕事だけを延々とやらせていても、一挺を作れる職人にはならない。どこかで難しい仕事へ進ませる必要があるし、失敗しそうなところを経験させる必要もある。
だから俺たちも、仕事を分けながら、それとは別に一挺を通して作れる人間を残そうとしている。出来る人間だけに難しい仕事を集めれば、その日の仕事は早く終わるかもしれない。でも、それを続ければ十年後にも出来る人間は同じままだ。
目の前の親方は、それをずっとやってきたのだろう。
自分ならもっと早く出来る仕事を弟子へ渡す。間違えそうなら止める。理由を教える。またやらせる。それを何度も繰り返しながら、少しずつ自分が手を出すところを減らしていく。
治具もない。
技能表もない。
誰がどの仕事まで出来るかを帳面にまとめている様子もない。
それでも、人は育つ。
考えてみれば当たり前だった。俺が来るよりずっと前から、職人はそうやって人を育ててきたのだから。
榊屋では、注文が増えてから人を増やす必要に迫られた。だから俺は、どうすれば早く仕事を覚えられるか、どうすれば失敗を減らせるか、どこまでなら経験の浅い人間へ任せられるかを考えた。人が足りないという問題が先にあって、それをどうにかするために仕組みを作った。
ここは少し違う。
親方がいて、弟子がいる。弟子が育ち、やがて育った弟子が次の人間を育てる。それが何年も、何十年も続いている。
「……なるほどなあ」
「何がや」
「いや、ちょっと分かってきた気がして」
「まだ三軒目やぞ」
「ですよね」
そうだった。
まだ三軒目だった。
◇
四軒目へ行ったところで、俺は少し嫌になってきた。
もちろん、悪い意味ではない。
むしろ逆だった。
また上手い。
今度は三十くらいの男だった。最初に見た職人より若い。それでも仕事はしっかりしていて、案内してくれている親方に聞けば、一挺を最初から最後まで作ることも出来るという。
「この人、一挺全部作れるんです?」
「作れるぞ」
「銃身だけじゃなくて?」
「そら作れる」
「さっきの人は?」
「誰や」
「三軒目の親方」
「作れる」
「二軒目の人」
「作れる」
「最初の人も?」
「作れる言うとるやろ」
「……多ない?」
「何が」
「鉄砲作れる人」
「鉄砲鍛冶の村やぞ」
「いや、そうなんですけど」
俺は辺りを見る。
ここまで四軒。もちろん、見た職人全員が同じ腕ではない。弟子もいるし、若い者もいる。俺が見てもまだ危なっかしい仕事をしている人間もいたし、さっきの親方のように自分で作ることより弟子を見る時間を増やしている者もいる。
それでも、層が厚い。
榊屋にも、一挺を通して作れる人間はいる。
親父がいる。
五平さんがいる。
弥吉がいる。
佐吉や藤吉も経験を積んできたし、若い連中も育っている。
でも、そこまで来るのに何年かかったと思っている。
俺が十歳の頃から、注文が増えるたびに人が足りないと言い続けてきた。誰か一人に仕事が集まりすぎれば、そこが詰まる。熟練者しか出来ない仕事があれば、その人が休んだだけで止まる。新人を入れても、すぐ一人前にはならない。
だから治具を作った。
寸法を揃えた。
仕事を分けた。
経験の浅い人間でも出来るところを増やし、その一方で、一挺を通して作れる技能まで失わないようにしてきた。最近では誰が何を出来るのかまで見直して、外へ出している仕事も中で分からなくならないようにしている。
それでも、人を一人育てるには時間がかかる。
なのに国友では、隣の鍛冶場へ行く。
いる。
さらに隣へ行く。
またいる。
俺はしばらく黙っていたが、我慢出来なくなった。
「……ずるない?」
「何がや」
案内役の親方が怪訝な顔をした。
「いや、ずるいでしょうこれ」
「何の話や」
「鉄砲作れる人、そこら中におるやないですか!」
「鉄砲鍛冶の村やぞ」
「それがずるい言うてるんです!」
「何に怒っておるのだ、お前は」
一益様に呆れられた。
「だって一益様、こっちは一人増やすのに何年かかる思ってるんです! 新人入れて、仕事教えて、失敗させて、簡単な仕事からやらせて、ちょっとずつ難しい仕事任せて、それでも全部作れるようになるまで何年もかかるんですよ!」
「それはそうだろう」
「だから治具作ったり、仕事分けたり、誰が何出来るか調べたりしてるのに! ここ、隣行ったらもうおるやないですか!」
案内役の親方が顔をしかめた。
「知らんがな」
「そうですけど!」
「別に最初からおったわけやないぞ」
俺は口を閉じた。
親方は、近くで仕事をしている若い職人を顎で示した。
「あいつも最初は何も出来んかった。親方がおって、弟子がおって、仕事教えて、育った奴がまた次を教える。そんなん繰り返しとるだけや」
「……ずっと?」
「そらそうやろ」
言われてみれば、当然のことだった。
国友に来た瞬間から、腕のいい職人が地面から生えてくるわけではない。ここにいる職人たちにも親方がいた。その親方にも親方がいて、仕事を教えられ、失敗し、叱られ、覚えて、やがて自分が教える側になる。
それを繰り返した結果として、今ここにこれだけの人間がいる。
榊屋が十年かけて人を増やしてきたように、国友はもっと長い時間をかけて、村として人を積み重ねてきたのだ。
「……貯めてきたんか」
「何をや」
「人です」
親方はますます分からないという顔をした。
俺の言い方が悪かった。
人そのものを貯めているわけではない。
人が育つ場所があり、仕事があり、教える人間がいる。そこで育った者が次の人間を教える。その流れが途切れずに続いてきた結果として、腕のいい人間が一人だけではなく、何人も同じ場所にいる。
俺たちは注文が増えてから慌てて人を増やした。
国友では、鉄を扱う仕事があり、親方がいて、弟子がいて、その中からまた職人が生まれてきた。
人を育てる方法が特別なのではない。
それを続けてきた時間と、続けられるだけの仕事があること自体が強いのだ。
「……でもずるい」
「まだ言うか」
親方が笑った。
◇
「そら、人がおるところには仕事も集まるやろ」
それまで黙っていた善次郎が言った。
「仕事が集まったら、食える。食えるなら弟子も取れる。弟子が育って職人が増えたら、もっと仕事受けられるようになる」
「……あ」
「何や」
「いや」
言われてみれば、それもそうだった。
人がいるから仕事が来る。
仕事があるから人が育つ。
人が育つから、さらに仕事を受けられる。
どこから始まったのかは分からない。腕のいい鍛冶がいたから仕事が集まったのか、仕事があったから鍛冶が増えたのか。そのどちらか一つではなく、長い間に何度も繰り返されてきたのだろう。
榊屋では注文が増えるたびに、人が足りない、設備が足りない、場所が足りないと一つずつ増やしてきた。今では外の職人にも仕事を頼んでいるが、それだって俺たちが一軒ずつ関係を作ってきた結果だ。仕事を頼める相手を見つけ、出来を確かめ、問題があれば話をして、ようやく一つの流れになる。
ここでは、その循環が榊屋一軒ではなく、村の中で起きている。
俺は改めて国友を見た。
昨日までなら、腕のいい職人が何人いるかばかりを気にしただろう。でも今は、その職人たちを生み続けているものの方が気になった。
人が仕事を呼び、仕事が人を育てる。
そして育った人が、また仕事を呼ぶ。
「……そら強いわ」
俺が呟くと、善次郎が頷いた。
「商売として見てもな」
「榊屋じゃ真似出来んな」
「村ごと持って帰るなら別やけどな」
「どうやって持って帰るんや」
「知らん」
一益様がこちらを見た。
「持って帰るな」
「持って帰りませんよ」
「お前なら考えかねん」
さすがに村は持って帰れない。
職人何人かなら欲しいけど。
◇
その後も、いくつか仕事を見せてもらった。
銃身を叩いている者がいる。鉄を整えている者がいる。若い弟子へ仕事を教えている親方がいる。同じ鉄砲鍛冶でも、仕事の仕方や人の使い方は少しずつ違っていて、見れば見るほど国友にいる人間の厚さが分かってくる。
ただ、そのうち俺は別のことが気になり始めた。
最初は、鉄砲を作れる鍛冶がたくさんいることばかり見ていた。
でも、何軒か回っていると妙なことに気付く。
銃身を作っているところを何度も見た。鉄を叩くところも見た。それなのに、台木を作っているところをほとんど見ていない。
国友へ入った時、木を削っている人間を見かけた記憶はある。でも今案内されている鍛冶場では、銃身の仕事ばかりが目につく。
「……あれ?」
「今度は何だ」
一益様が言った。
「いや、さっきから思ってたんですけど」
俺は近くで銃身を触っている職人を見た。
「あの人ら、銃身ばっかり作ってません?」
「そら鍛冶やからな」
案内役の親方が答えた。
「いや、それはそうなんですけど。台木は?」
「台師」
「……え?」
「台師が作る」
俺は親方を見る。
「別の人が?」
「そらそうや」
「じゃあ金具は?」
「金具師がおる」
俺は少し黙った。
頭の中で、ここまで見てきたものが並び始める。
銃身を作る鍛冶。
村へ入った時に見た、木を削っていた男。
細かな金物を扱っていた者。
家から家へ小さな荷を運んでいた人間。
それぞれ別の景色だと思っていたものが、一挺の鉄砲を中心にすると、急に一本の線でつながり始めた。
「……ちょっと待ってください」
「何や」
「ここ、鉄砲作れる人が多いだけやないんです?」
親方が首を傾げた。
「何を今さら言うとる」
「台木作る人がおって、金具作る人も別におって、鍛冶は銃身作って……」
「そうや」
「それを合わせて鉄砲にする?」
「そうやけど」
俺は黙った。
榊屋で仕事を分け始めた時のことを思い出す。
一人の職人が一挺を最初から最後まで抱えるのではなく、仕事を分ける。得意な者へ寄せる。経験の浅い人間にも任せられる工程を作る。そうやって一挺ずつ作っていた頃より多くの鉄砲を揃えられるようになった。
もちろん、同じだと決めるのはまだ早い。
俺は国友へ来たばかりだ。
鍛冶と台師と金具師が、どんな関係で仕事をしているのかも知らない。誰が注文を受け、誰が仕事を振り、誰が最後に一挺へまとめるのかも分からない。それぞれの職人が自分の仕事しか出来ないのか、それとも一挺を通して作れる人間が専門の仕事をしているだけなのかも分からない。
榊屋の分業は、俺たちが数を揃えるために仕事を工程へ分けていった結果だ。
国友のこれは、本当に同じものなのだろうか。
分からない。
ただ、一つだけはっきりした。
俺はさっきまで、国友の強さは腕のいい鉄砲鍛冶が何人もいることだと思っていた。長い時間をかけて人を育て、その人が次の人を育てる。だから榊屋よりはるかに厚い職人の層がある。それだけでも十分ずるいと思っていた。
ところが、どうやらそれだけではないらしい。
村へ入った時に見た、あちこちの家の間を動く人と荷。銃身を叩く鍛冶。木を削る者。細かな金具を扱う者。それらは単に鍛冶屋が多い村の景色ではなく、一挺の鉄砲を作るために別々の仕事を担っている人間たちだった。
国友は、腕のいい職人を大量に抱えているだけではない。
その職人たちが、最初から同じ仕事をしているわけでもなかった。
どうやら俺が「ずるい」と言うには、まだ少し早かったらしい。




