百挺の作り方
「では聞こう」
信長様はそう言って、俺の方へ少し身体を向けた。
「鉄砲一挺を作るのに、何日かかる」
最初の質問は、思っていたより普通だった。
鉄砲の作り方ではなく百挺の作り方を聞きたいと言っていたので、もっと変わったことを聞かれるのかと思っていたが、これなら簡単に答えられる。
簡単に。
「……分かりません」
「分からぬ?」
「はい」
全然簡単じゃなかった。
信長様が怪訝そうな顔をする。
「お前のところで作っておるのであろう」
「作ってます。ただ、一挺を一人で最初から最後まで作ってるわけやないんです」
「どういうことだ」
「例えば銃身を作ってる間に、別の人が地板を作ります。ネジはまた別のところで作ってますし、台木も別です。それを最後に集めて、一挺にします」
「それは一益から聞いた」
「はい。なので……」
俺は少し考えた。
榊屋で普段使っている感覚を、そのまま言葉にすればいい。
「一挺を作るのに何日かかるかより、一月で何挺揃えられるかを見てます」
信長様が黙った。
俺は余計なことを言わずに待つ。
「一挺を早く作るのではなく、百挺を同時に作っておるのか」
「……そう言われると、近いです」
「一人が一挺作り、それを百人集めておるのでもない」
「違います」
「銃身を作る者は銃身を作り、その間に別の者が別の部品を作る。それらを集めれば、一月に百挺になる」
「はい。ただ、ずっと同じ仕事だけさせてるわけでもないです。全部作れる人も残してますし、仕事を入れ替えることもあります」
「何故だ」
もう来た。
「その仕事しか出来ん人ばっかりになると、誰か一人おらんだけで困るからです。それに、うちで作らず外から買ってる部品でも、どう作るか分からんようになるのは困ります」
「作らぬのに、作れるようにはしておくのか」
「はい」
「無駄ではないか」
「俺も最近、親父とそれで喧嘩しました」
一益様がこちらを見る。
善次郎も見る。
信長様は笑った。
「どちらが勝った」
「どっちも勝ってないです。親父の言ってることも正しかったんで」
「何と言われた」
「買わな作れんのと、作れるけど買うんは違うぞ、と」
信長様は少し考えた。
「なるほど」
「なので、全部を榊屋で作る必要はないと思ってます。でも、榊屋が鉄砲を分からんようになったら駄目です。外から来た部品が使えるか判断するのもうちですし、壊れた時に何が悪いか分からんのも困るんで」
「それで百挺になるのか」
「それだけではなりません」
「では、何が要る」
「いっぱいあります」
「例えば」
「人、材料、道具、場所、外から来る部品、検査する人、教える人……あと、金も要ります」
「金もか」
「要りますよ。百挺分の材料を買う前に、百挺分の代金が全部入ってくるわけやないですから」
そこまで言って、俺は隣を見た。
金の話なら、俺より善次郎の方が詳しい。
ところが当の善次郎は、完全に「俺は付き添いです」という顔で座っていた。
ずるい。
「では、人を倍にすれば二百挺になるか」
「なりません」
信長様が笑った。
「早いな」
「そこは分かるんで」
「何故ならぬ」
「人だけ増やしても、その人に教える人が要ります。道具も増やさなあかんし、作業する場所も要ります。材料も増えるし、部品を外から買うなら外の人にも増やしてもらわなあかん。作ったものを検査する人も増やさなあかんし、完成した二百挺を置く場所も要ります」
「では何が足りぬ」
「今のまま二百挺にするなら、だいたい全部です」
一益様が吹き出した。
「以前も同じようなことを言っておったな」
「だって増やしたら、だいたい全部増えるんですよ」
「では、その全部を揃えれば二百挺作れるのか」
信長様が聞く。
「……たぶん」
「たぶん?」
「揃えてみないと、次にどこが足りなくなるか分かりません」
「何故だ」
「五十挺作ってた時には問題にならなかったところが、百挺にしたら問題になったからです」
俺は、ここまで榊屋で起きたことを思い返した。
職人が足りないと思って人を増やしたら、今度は教える側の時間が取られる。部品をたくさん作れるようになったら、検査が追いつかなくなる。外へ仕事を出したら、榊屋にあると思っていた材料が実は外にあって、必要な時に使えないこともあった。
部品を余分に作れば安心だと思ったら、今度は何がどれだけあるのか分からなくなった。
百挺を作るというのは、単純に一挺を百回繰り返すことではなかった。一か所を速くすれば全体が速くなるとも限らない。どこか一つだけが遅ければ、他でどれだけ頑張っても最後に揃う数はそこで決まってしまう。
「一個直すと、別のところが詰まることがあるんです」
「詰まる?」
「そこから先へ進まなくなるってことです。例えば銃身を百本作れても、地板が五十枚しかなかったら鉄砲は五十挺しか出来ません」
「うむ」
「それで地板を百枚作れるようにしたら、今度はばねが八十個しかないとか。ばねを増やしたら、今度は検査する人が足りないとか」
信長様は少し考えてから言った。
「敵を一つ倒せば、その後ろに別の敵がおるようなものか」
「あ、それ近いです」
「なら分かる」
戦にされた。
でも、ものすごく早く伝わった。
「ならば、百挺作れるようになった今も、何かが詰まっておるのか」
「常に何かあります」
「常にか」
「はい。今は百二十とか百三十になってるんで、百挺の時とはまた違います。荷物を置く場所とか、外から入ってくるものをどう管理するかとか」
善次郎が口を挟んだ。
「作っても運べんかったら困りますしな」
「そう、それ。尾張来る船で教えられました」
「今まで知らんかっただけやろ」
「だから教えられた言うとるやん」
「待て」
信長様が善次郎を見る。
善次郎が止まった。
「お前は、善次郎といったか」
「ふぇ?」
変な声が出た。
俺は下を向いた。
笑ったらまずい。
「……は、はい。高瀬善右衛門が倅、善次郎にございます」
さっきまで俺に偉そうに突っ込んでいた男が、突然背筋を伸ばした。
信長様は気にした様子もない。
「これは商人の考えにも通じるものがあるのではないか? のう、善次郎」
「……と、申しますと」
「百挺作れても、百挺売れねば意味がないのであろう」
「はい。それは、その通りにございます」
「作れる数だけ増やせばよいわけではない」
「はい。買う相手がおるか、運べるか、代金をいただけるか。その辺りまで見ませんと、作った鉄砲がそのまま銭になるわけではございません」
さすがだ。
最初の「ふぇ?」から立て直した。
「二百挺作れるようになったとしても、百挺しか売れなければ?」
「残り百挺は在庫になります。鉄や木や人の手間には先に銭が掛かっておりますので、そのまま置いておけば、作った分だけこちらの銭が寝ることになります」
「銭が寝るか」
「はい。それに、置いておく場所も要ります。いつ売れるか分からぬものに銭と場所を使えば、次に売れるものを作る銭まで足りなくなることがございます。ですので、作れることと売れることは、別に考えねばなりません」
「面白い」
信長様が俺を見る。
「お前は作る方を見て、こやつは売る方を見る」
「はい。俺、その辺かなり善次郎に投げてたみたいです」
「みたいではない。投げとった」
「最近反省したやん」
「最近な」
信長様がまた笑った。
「一人で百挺作っておらぬというのは、そういう意味でもあるのだな」
俺は少し考えてから頷いた。
「そうですね。作る人だけ集めても百挺は続かんと思います。材料を持ってくる人も、外で部品を作る人も、売る人も、運ぶ人も要りますから」
「百挺とは、工房の中だけの数ではないか」
「……そういうことになりますね」
信長様は何かを考えるように頷いた。
◇
「一益から、型のようなものを使うとも聞いた」
「治具ですか?」
「それだ」
信長様は次の話へ移った。
「何をするものだ」
「色々ありますけど……例えば穴を開ける場所を毎回測らんでも、同じ場所に開けられるようにしたりします」
「見せられるか」
「今ここにはないんで、書けば分かりやすいんですけど……まあ、口でも説明出来ます」
俺は手で簡単な形を作りながら説明する。
「例えば板に穴を二つ開けるとしますよね」
「うむ」
「毎回ここから何寸、こっちから何寸って測って印を付けて、それから穴を開けてもいいんです。でも百枚やるなら、毎回測るの面倒やないですか」
「面倒だな」
「測り間違えることもあります」
「あるだろうな」
「だから、最初に穴の場所が決まるものを作っといて、そこへ板を合わせたら同じ場所に穴を開けられるようにするんです」
「腕の悪い者でも、良い物が作れるのか」
「そこまでは無理です」
「無理か」
「治具使っただけで名人になれたら、親父らが泣きますよ」
一益様が笑う。
「では何が変わる」
「間違える場所を減らせます」
信長様が黙る。
「上手い人にしか出来ん仕事はあります。でも、腕が要らんところまで腕に頼る必要はないと思ってます。誰がやっても同じように出来るところは、道具の方で同じように出来るようにしとけばいいんです」
「誰がやっても」
「完全に同じにはならんですよ。今でも最後は合わせますし、検査もします。でも昔よりは揃います。上手い人にしか出来ないところへ、上手い人の時間を使えるようにもなります」
「それが寸法を決めたという話か」
「繋がってます」
俺は榊家寸の話をした。
昔の榊屋では、鉄砲一挺を作るなら、その一挺に合わせて部品を作ればよかった。銃身が少し違えば、その銃身に合うように地板を作る。穴位置が少し違えば、その場所に合わせて穴を開ける。それで一挺の鉄砲は出来るし、一人の職人が最初から最後まで面倒を見るなら、そのやり方で困らないことも多い。
むしろ、一挺だけならその方が早い場合もある。
「なら何故変えた」
「百挺作りたかったからです」
信長様が俺を見る。
「一挺なら、親父みたいな腕のいい職人が最初から最後まで見て、現物に合わせて作った方が早いこともあります。でも百挺作るなら、それやと困るんです」
「何故だ」
「全部その人がおらんと作れんからです。それに、一挺ごとに違ったら、別の人が作った部品を持ってきても合いません」
「だから寸法を決めた」
「はい。ここはこの長さ、穴はここ、幅はこれくらいって先に決めます。全部を完全に同じに出来てるわけやないですけど、少なくとも作る人ごとに好き勝手な寸法にはならんようにしてます」
「最初からそうすればよかったのではないか」
「俺も昔はそう思ってました」
「違ったか」
「一挺しか作らんのなら、わざわざ治具作ったり、寸法決めたり、それを皆に教えたりする方が面倒なこともあります」
これは俺自身、榊屋で何度もぶつかったところだった。
前の世界の常識を持ち込めば何でも良くなるわけではない。治具を作るにも時間が掛かる。寸法を決めるにも試さなければならない。帳面を作れば書く仕事が増えるし、検査を増やせば検査する人間が必要になる。
その手間を掛けてでも、後で得をするだけの数があるのか。
そこを考えなければ、改善のつもりで仕事を増やしているだけになる。
「百挺作るから、その手間を掛ける意味があるんです。同じものをたくさん作る理由がなかったら、わざわざここまでせんと思います」
「なるほど」
信長様はしばらく黙っていた。
「では、同じ鉄砲を百挺作れば、それが一番良い鉄砲になるのか」
「なりません」
「また早いな」
「違うもんは違いますから」
信長様が笑った。
さっきまでなら、こんな返し方はしなかったと思う。
少し慣れてきた。
たぶん一益様が心配していたのは、これだ。
「今日、ここへ来る途中で他所の鉄砲も見せてもらいました。うちより仕上げの綺麗なものもありましたし、腕のええ人は国友の鉄砲を好むって話も聞きました」
「国友か」
「はい。ただ、俺も今日初めてちゃんと見たくらいなんで、本当に何がどう違うかまでは分かりません。精度がええって話も聞きましたけど、俺は撃ってないですし」
「なら榊屋の鉄砲は劣るのか」
「何を見るかによります」
「ほう」
「一番ええ一挺を作ることと、百挺全部をちゃんと使えるものにすることは、ちょっと違うんです」
信長様の表情が少し変わった。
「続けろ」
「うちの鉄砲は、使ってる人から『安心して使える』とか、『新しく入った兵にまず持たせるなら榊屋がええ』って言われました。交換する部品も用意してますし、百挺まとめて持っていっても、極端に変なのが混じらんように検査してます」
「だが、一番良いとは限らぬ」
「はい。上手い人が使えば、もっと精度のええ鉄砲の方がいいかもしれません。そこは俺もまだ知らんです」
「知らぬことを、知らぬと言うのだな」
「一益様にも言われました」
「俺が言った」
一益様が横から入る。
「役に立っております」
「そうか」
信長様は少し笑った。
◇
「では」
信長様が言った。
「それは鉄砲でなくても出来るのか」
「はい?」
「その治具とやらも、寸法を揃えるのもだ。鉄砲でなくても使えるのか」
「……使えます」
「刀は?」
「物によりますけど、出来ると思います」
「農具は?」
「出来ますね」
「荷車は?」
「出来ます」
「家は?」
「……やり方次第では」
「船は?」
「それも、同じものを何艘も作るなら」
質問が急に広がった。
俺は少し驚いた。
今まで話していたのは鉄砲のことだ。
でも信長様は、もう鉄砲を見ていない。
「なら、何故皆やらぬ」
「必要がないからやと思います」
「必要がない?」
「さっきと同じです。一個しか作らんなら、腕のいい人がその場で合わせた方が早いことがあります。治具作って、寸法決めて、皆に教えてって、その準備だけで手間掛かりますから」
「数を作るから、その手間に意味が出る」
「はい」
「なら、鉄砲が特別なのではないのだな」
「……そうですね」
俺はそこで改めて気付いた。
榊屋でやっていることを、俺自身ずっと鉄砲の話として説明していた。でも、元々俺が前の世界で知っていたやり方だ。鉄砲のために生まれた考え方ではない。
「鉄砲は、今いっぱい要るからやっただけです」
「いっぱい要るから」
「戦があるから百挺欲しいって言われました。だから百挺作る方法を考えました。でも、同じものをたくさん作りたいなら、別に鉄砲じゃなくても使えます」
信長様は黙った。
今までより少し長かった。
「……面白い」
小さくそう言った。
◇
「ちょっと書いた方が早いですね」
俺は話を続けるため、懐から帳面を出した。
治具と寸法の関係を口だけで説明するより、簡単な図にした方が分かりやすい。帳面を開き、いつものように鉛筆を取り出して線を引こうとした。
「待て」
「はい?」
「それは何だ」
「これですか?」
俺は手を見る。
「鉛筆です」
「えんぴつ?」
「はい」
「見せろ」
渡す。
信長様は鉛筆を指で転がし、先端を見る。
「筆ではないな」
「中に黒鉛が入ってます」
「黒鉛?」
「黒い石みたいなもんです。これで書けます」
「書いてみろ」
「はい」
帳面に線を引く。
続けて簡単な図と文字を書くと、信長様が身を乗り出した。
「墨は?」
「要りません」
「硯も?」
「要りません」
「水も?」
「要りません」
「……貸せ」
また渡す。
信長様が帳面の端へ線を引き、その横へ何かを書いた。
「書けるな」
「書けます」
「すぐに」
「すぐに」
「持ち歩ける」
「はい」
まずい。
ものすごく食いついている。
「これを作れ」
「え」
「欲しい」
「……鉄砲の話してましたよね?」
「今はこれの話をしておる」
「切り替え早いな」
一益様が咳払いした。
「あ、すみません」
慣れるのが早すぎた。
信長様は気にしていない。
「これはお前が作ったのか」
「最初は色々試しましたけど、今は俺が一本ずつ作ってるわけやないです。木を削って、中に黒鉛を入れてます」
「これも分けて作れるのか」
「作れます。鉄砲ほど大げさなもんでもないですけど」
「数は」
「作ろうと思えば」
「なら買う」
「え」
俺は善次郎を見る。
善次郎が嫌な顔をした。
目が合った。
「善次郎」
「何や」
「黒鉛」
「何が」
「仕入れ」
「何で俺やねん」
「商人やろ」
「今決めるな!」
信長様が善次郎を見る。
善次郎の顔が固まった。
「……善次郎」
「は、はい!」
「出来ぬのか?」
「いえ! 出来ます!」
言った。
俺は黙っておいた。
「黒鉛そのものは扱う商人を探せば手配出来るかと思います。品質や量については確認が必要になりますが……」
「なら頼む」
「承知いたしました」
善次郎が一度頭を下げる。
「……後日にはなりますが、献上させていただきます」
「何を言う!」
「はい!?」
善次郎が跳ねた。
信長様が鉛筆を持ったまま言う。
「ちゃんと買うぞ!」
「……は」
「欲しいから買うのだ。何故お前が銭を出す」
「いえ、その、殿への献上となれば……」
「俺が欲しいと言ったのであろう」
「……左様でございます」
「なら値を決めて持ってこい」
「承知いたしました」
善次郎がもう一度頭を下げる。
今度はさっきより少しだけ商人の顔になっていた。
「虎松」
「何や」
「後で覚えとけよ」
「何でや。新しい客出来たやん」
「相手見て言え!」
「聞こえておるぞ」
「申し訳ございません!」
信長様が笑った。
一益様まで笑っている。
俺は悪くないと思う。
たぶん。
「しかし」
信長様は鉛筆を眺めた。
「これも同じか」
「同じ?」
「筆は良い道具だ」
「はい」
「だが、これでなければ便利なこともある」
俺は少し考えた。
「そうですね。ちゃんとした書状を書くなら筆の方がいいです。でも、その場でちょっと書くとか、寸法を控えるとか、図を書くなら鉛筆の方が楽です。墨を磨るところから始めんでいいですし」
「一番良い道具が、一つあるわけではない」
「……はい」
「使い方で変わる」
「そうです」
信長様はさっき自分が引いた線を見る。
俺は妙な気分になった。
鉄砲の話をしていたはずなのに、いつの間にか鉛筆が教材になっている。それも俺が例として持ち出したわけではない。信長様が勝手に見つけて、さっきまで話していた内容と繋げてしまった。
この人、やっぱり理解するのが速い。
というより、俺が説明したものをそのまま覚えているだけではない。何か一つ理解すると、それが別の物にも当てはまるのではないかと、すぐ次を探し始める。
「虎松」
「はい」
信長様が俺を見る。
「お前は、良い物を作りたいのか」
「……はい?」
「それとも、良い物を皆が作れるようにしたいのか」
俺はすぐには答えなかった。
良い鉄砲を作りたい。
それは当然だ。
でも、この十年で俺がやってきたことを考える。
親父より上手く銃身を鍛えようとしたわけではない。弥吉より上手くばねを作ろうとしたわけでもない。甚助さんより上手く台木を削ろうとしたわけでもない。
治具を作った。寸法を決めた。測り方を揃えた。作業を分けた。良いものと悪いものを見比べられるようにした。誰が何を出来るのかを記録した。外の職人にも作ってもらえるようにした。
俺一人が上手くなるためではなかった。
「……後の方です」
信長様が少し目を細める。
「良い物を、俺だけが作れるようになっても、あんまり意味ないと思ってます」
「何故だ」
「俺一人で作れる数なんて、たかが知れてますから」
「だから百挺にした」
「はい」
「百挺になったから、外へも作らせた」
「はい」
「外へ作らせるから、寸法を決めた」
「それだけが理由やないですけど……そういうところもあります」
「そして、腕が要らぬところでは腕に頼らぬようにした」
「はい」
信長様は黙った。
また何か考えている。
俺はその顔を見ながら、さっきから少し妙な感じがしていた。
俺は十年掛けてここまで来た。失敗して、作り直して、親父と喧嘩して、部品が足りなくなって、在庫を数え間違えて、外へ仕事を出しては問題を起こし、検査で止まり、またやり方を変えた。
そういうものを一個ずつ踏んで、今の榊屋になった。
信長様は、その十年を経験していない。
当然だ。
それなのに、俺が話した一つ一つを聞きながら、どうしてそうしたのか、その先に何があるのかを次々に聞いてくる。俺が十年掛けて歩いてきた道を同じように歩いているわけではなく、質問を投げながら、道そのものがどこへ繋がっているのかを見ようとしている。
「そうか」
信長様が言った。
それから、俺の鉛筆をもう一度手に取った。
「なら、まだ聞きたいことがある」
「はい」
「その前に」
「はい?」
「これは持っていくぞ」
「……それ、俺の一本しかないんですけど」
「また作れ」
「ですよね」
善次郎が横から俺の脇腹を小さく突いた。
「お前のせいやからな」
「何が」
「黒鉛」
「仕事増えて良かったやん」
「帰ったら親父に全部言うからな」
「何て?」
「虎松が勝手に織田様を客にしたって」
「ええことやん」
「規模が違うわ!」
「聞こえておるぞ」
「申し訳ございません!」
今日二回目だった。
信長様は楽しそうに笑っていた。
最初にこの部屋へ入った時には、俺も何を聞かれるのかと身構えていた。それが今では、俺の鉛筆を信長様が持ち、善次郎は黒鉛の仕入れを頼まれ、一益様は横で笑っている。
ただ、話そのものはまだ終わっていない。
信長様が本当に知りたいのは、百挺をどう作るかだけではないらしい。
その先に何を見ているのか。
それは、これから聞くことになりそうだった。




