帰ってきた鉄砲
俺は、手に持った鉄砲をもう一度眺めた。
榊印がある。地板の形も、火挟みも、台木の削り方も見慣れたものだ。間違いなく榊屋から送り出した鉄砲なのに、工房で見ていたものとはずいぶん印象が違う。
台木には傷があり、銃身には細かな擦れがある。火皿の周りには火薬の汚れが残り、金具の隙間にも黒いものが入り込んでいた。使えば当然そうなるのだが、榊屋で最後に見る鉄砲は検査を終えたばかりのものばかりだったから、こうして実際に使い込まれた姿をじっくり見るのは妙に新鮮だった。
「一益様」
「何だ」
「ほんまに見ていいんですよね?」
「先ほど許した」
「外しても?」
「勝手に壊さぬならな」
「壊しませんよ!」
横から善次郎が口を挟んだ。
「その言い方やと、壊す可能性はあるんやな」
「ない!」
「なら何でそんな勢いで否定すんねん」
「壊さんからや!」
一益様が面倒そうに手を振った。
「分かった。好きに見ろ。ただし、元に戻せ」
「もちろんです」
許可が出たので、俺は近くにあった台を借りて鉄砲を置いた。道具まで貸してもらい、まずは外から一通り確認していく。
銃身そのものには、目で見て分かるような大きな損傷はない。尾栓の周辺にも異常はなさそうだ。台木の傷も、少なくとも今すぐ使えなくなるようなものではない。
問題は、さっき気になったネジだった。
「やっぱり違うな」
「何がです?」
川尻さんが覗き込んでくる。
「このネジです。うちで付けたやつやないと思います」
「そんなものまで分かるのですか」
「頭の形が違います。少なくとも、最近榊屋から出してるやつとは違いますね」
俺はネジを外して確認した。使えないわけではない。むしろ、ちゃんと締まっている。寸法も完全に同じではなさそうだが、必要なところにはきちんと収まっていた。
「これ、誰が直したんです?」
川尻さんが少し考えてから、近くにいた男を呼んだ。
年は四十前後だろうか。腰にいくつか道具を下げている。話を聞くと、刀鍛冶や鉄砲鍛冶というより、軍勢の中で武具の簡単な修理を引き受けている職人らしい。
「与助。この鉄砲、覚えているか」
「どれです?」
与助と呼ばれた男が鉄砲を見る。
「榊屋のだそうだ」
「ああ。何挺かありましたな」
「これ、ネジ替えました?」
俺が聞くと、与助はネジを見た。
「替えたかもしれん」
「かもしれん?」
「似たようなの何本か直したでな」
「元のネジは?」
「知らん」
「どこから持ってきたネジです?」
「合うやつ」
「いや、その合うやつがどこから来たやつかを」
「知らん」
「…………」
俺は手の中のネジを見る。
「誰が替えたかも?」
「俺かもしれんし、他の奴かもしれん」
「いつ?」
「さあ」
「元のネジは?」
「だから知らんて」
「壊れたやつ、残してないんです?」
「壊れたネジなんぞ何に使うんだ」
「見ます」
「何を」
「何で壊れたか」
与助が不思議そうな顔をした。
「壊れたから替えたんだろ」
「それはそうなんですけど」
「替えて使えるならええだろ」
「……まあ、使う側からしたらそうなんよな」
工房とは考え方が違う。
榊屋では、最近になって修理したものや交換した部品について、少しずつ記録を残すようにしている。何が壊れたのか、どの部品を使ったのか。すべてを完璧に記録出来ているわけではないが、少なくとも変な壊れ方をした時には、後から何があったのか追えるようにしたいと考えていた。
でも、ここでは違う。
壊れた。直した。使える。それで終わりだ。
戦の最中や、その直後なら、その方が正しいことだってある。壊れたネジ一本を袋に入れ、誰がいつ外したか札まで付けて保管しろなんて言われても、そんな暇があるなら次の鉄砲を直せと言われるだろう。
俺たちは次に作る鉄砲のために、壊れた理由を知りたい。与助たちは今ここにある鉄砲を、もう一度使えるようにしたい。同じ鉄砲を見ていても、必要としている情報が違うのだ。
だからといって、何も分からないままでは、作る側としては困る。
「これ、撃って大丈夫なんですよね?」
「大丈夫だから使っとった」
「確認は?」
「した」
「誰が?」
「俺」
「どうやって?」
「お前、細けえな」
「仕事なんで」
「俺も仕事だ」
「ですよね」
ちょっと仲良くなれそうな気がした。
◇
せっかくなので、他の榊屋の鉄砲も見せてもらうことにした。
一挺目は拍子抜けするくらい何もなかった。台木に傷があり、金具には少し錆が浮いている。汚れも残っているが、銃身や尾栓に問題は見当たらず、機関部も動く。手入れをして確認すれば、そのまま使えそうだった。
「これ、何でこっちにあるんです?」
「集められたからだ」
与助が答える。
「壊れてるわけじゃない?」
「壊れたもんだけ集めとるわけじゃない。使えるもんと直すもんを分けるんだ」
「ああ、そっか」
俺はもう一度鉄砲を見る。
壊れていない。
当たり前のようだが、これも情報だ。
不具合ばかり追いかけていると、壊れた場所だけが目に入る。ばねが折れたなら太くしよう、台木が割れたなら厚くしよう、金具が曲がったなら丈夫にしようと考える。
でも、百挺使って一挺だけが壊れたのか、十挺壊れたのか、五十挺壊れたのかで意味はまるで違う。壊れなかったものまで全部重く、太く、高くしてしまえば、それは改善ではなく別の問題を作っているだけかもしれない。
壊れた一挺だけを見れば、そこには確かに不具合がある。しかし、同じ作り方をした残りの九十九挺が何事もなく使われているなら、その事実も一緒に見なければならない。壊れたものだけを集めて眺めていても、本当に直すべきものが何なのかは分からないのだ。
「何発くらい撃ったか分かります?」
「知らん」
「雨には?」
「知らん」
「誰が使ってたかは?」
「知らん」
「……何も分からんな」
「使えることは分かるぞ」
与助が言った。
「それもそうやな」
今のところ、それだけでも十分な情報なのかもしれない。
二挺目には、ばねを替えた跡があった。
「これもこっちで?」
「たぶんな」
「たぶん多いなあ」
「いちいち覚えとらん」
ばねを見せてもらう。榊屋から送った交換用のものかもしれない。形は近い。ただ、見ただけでは断定出来ない。
「榊屋から替えのばね送ってるんですけど、それ使いました?」
「使ったのもある」
「これは?」
「知らん」
「他のばねも使った?」
「合うのがあればな」
「うーん……」
「何が悪い」
「悪いとは言ってないです」
実際、使えている。
俺たちが堺で考えた交換部品だけが正解とは限らない。現地で直せる人間がいて、手元にある部品を少し合わせて使えるなら、それも立派な修理だ。むしろ堺まで送り返さなければ直せない鉄砲より、その場で直して使える鉄砲の方が、使う側にはありがたい場合だってある。
ただ、その修理が安全だったのか、どれくらい持ったのか、何をどう合わせたのか。それが分からない。
現場で修理する人間にとっては、目の前の一挺が使えるようになれば仕事は終わる。俺たち作る側は、その一挺から次の百挺を考える。
見ている範囲が違うのだ。
◇
「これ、いつ作ったやつやろ」
三挺目を持ち上げたところで、別の問題に気付いた。
榊印はある。作りを見る限り、かなり最近のものだと思う。
でも、それ以上が分からない。
「川尻さん、これ、いつ頃こっちに来たものか分かります?」
「どれです?」
「これです」
川尻さんも鉄砲を見る。
「申し訳ありません。そこまでは」
「誰に渡されたかは?」
「今となっては何度か動いている可能性がありますな。最初に渡された者が、そのまま持っていたとは限りません」
「ですよね」
俺は鉄砲をひっくり返して榊印を見る。
印はある。
間違いなく榊屋が出したものだ。
でも、それだけだ。
「いつのや……」
去年か。今年か。今年なら何月か。寸法を変える前か、後か。地板の作り方を少し変えた時期より前なのか、ばねの選別を変えた後なのか。
形を見れば、ある程度は絞れる。それでも確定は出来ない。
榊屋へ戻れば帳面がある。いつ何挺作ったか、どこへ何挺出したか、どの時期に何を変えたか。昔よりずっと記録は増えている。
ところが、その帳面のどこかに書かれている一行と、今俺が手に持っている鉄砲を結び付けるものがない。
「……あかんやん」
「何がだ」
一益様が聞いた。
「帳面に書いてても、物の方が名乗ってくれへんかったら繋がらんやん」
「鉄砲が名乗るのか?」
「そういう意味やないです」
俺は鉄砲を持ち上げた。
「これが、いつ作ったどの鉄砲か分からんのです」
「榊屋のものだとは分かるのであろう」
「それは分かります。でも、榊屋でも作り方を変えてます。ずっと同じもの作ってるわけやないんです」
寸法を揃える。治具を変える。検査方法を変える。外で作ってもらう部品が増える。ばねの選び方を変える。そういう小さな変更を積み重ねて、榊屋の鉄砲は今の形になった。
同じ榊印が入っていても、去年のものと今年のものでは少しずつ違う。
「交換部品も、いつの鉄砲か分かった方が選びやすいんです。今は札付けて送ってますけど……」
俺は近くに置かれている交換部品を見る。
袋や札は残っている。どの頃の鉄砲に合いやすいか、榊屋なりに分けて出したものだ。
でも、鉄砲本体の方が分からない。
「片方だけ名札付けてもあかんかったか」
善次郎が首を傾げた。
「名札?」
「お前が言うたんやろ。物の方が名乗らんて」
「……それや」
「何が?」
「鉄砲にも付ければええ」
「札を?」
「札は取れる」
刻めばいい。
「番号振ろう」
「番号?」
「一挺ずつ番号付けるんや」
善次郎が嫌そうな顔をした。
「百挺全部に?」
「うん」
「誰がやるんや」
「……新八?」
「勝手に仕事増やすな」
「でも番号なら打てるやろ」
「百まで打つんか?」
「百までならいけるやろ」
「来月また百挺作るぞ」
「あ」
「また一から百まで振ったら、どっちの一番か分からんやろ」
「……月もいるな」
「増えたぞ」
「年もいる?」
「もっと増えたぞ」
一挺ずつ違う番号を付ければ見分けられる。それだけなら簡単だが、番号だけ増やしても後から意味が分からなくなれば同じことだ。いつ作ったものなのか、どのまとまりの中の一挺なのか、榊屋の帳面とどう結び付けるのかまで決めなければならない。
やるなら、番号を打つことより、その番号をどう記録して残すかの方が大事になる。
一益様が俺たちのやり取りを聞いている。
「そこまでして何が変わる」
「次に壊れた時、こいつがいつ作った鉄砲か分かります」
「それだけか?」
「それが結構大事なんです」
俺は手に持っている鉄砲を指した。
「例えば、同じところが壊れた鉄砲が十挺あったとします」
「うむ」
「その十挺が全部、同じ頃に作ったものやったら、その時の作り方とか材料とかに何かあったかもしれません」
一益様が少し考える。
「逆に、同じ頃に百挺作って、壊れたのが一挺だけなら?」
「作り方全部を変える必要はないかもしれません。その一挺だけに何かあった可能性もあります」
「なるほど」
一益様は鉄砲を見る。
「壊れた鉄砲を見るためではなく、壊れておらぬ鉄砲と比べるためでもあるのか」
「そうです」
俺は頷いた。
壊れた。直した。終わり。
ではなく、その壊れ方がどれくらい起きているのか。同じ時期のものに偏っているのか。特定の部品に集中しているのか。それとも一挺だけの偶然なのか。
そこまで分かれば、初めて次の百挺に繋げられる。
「榊印では駄目なのか」
「意味が違いますね」
「違う?」
「榊印は、誰が責任持つかです。榊屋が見て、これなら出してええって判断したものに付けてます」
少し前まで、その意味を俺自身もうまく説明出来ていなかった。
今なら分かる。
「番号は、こいつがどいつか分かるようにするためです」
「どいつ」
「一挺一挺を見分けるためってことです」
「なるほどな」
榊印と番号。
似たように鉄へ刻むものでも、役割はまるで違う。
榊印は責任を示す。
番号は個体を示す。
どちらも必要になりそうだが、同じ意味を持たせてはいけない。
◇
「でもな」
与助が口を挟んだ。
「はい?」
「番号あっても、戦の最中に帳面なんぞ見んぞ」
「…………」
「ばね折れた。替えがある。どれが合う。そんな時に堺の帳面見るんか?」
「見れませんね」
「だろ」
「……ですよね」
正しい。
俺は番号を付ければ全部解決するような気になっていたが、番号を見て役に立つのは、その番号と記録を照らし合わせられる時だ。
戦の最中に、この鉄砲は何月の何番だから帳面を確認して対応するばねを探そう、なんてやっている暇はない。そもそも、その帳面は堺にある。
「じゃあ、見ただけで分かる印もいる?」
「何がだ」
「古いやつと新しいやつとか、使う部品が違うところだけでも」
「それなら分かる方がええな」
「ですよね」
俺は急いで頭の中を整理する。
一挺一挺を見分ける番号と、現場で大まかな種類を見分ける印。
同じように鉄砲へ付ける目印でも、用途が違う。前者は後から帳面と結び付け、何があったのか調べるためのもの。後者は帳面がなくても、その場でどの部品が使えそうか判断するためのものだ。
榊屋の中にいる時には、一つにまとめて考えていた。
実際に直す人間のところまで来てみれば、必要な情報そのものが違っていた。
「それや!」
「何がだ」
「今のもう一回言って!」
「嫌だ」
「何で!」
「面倒だからだ」
善次郎が笑い始めた。
「虎松、お前どこ行ってもこんなんやな」
「大事な話やぞ」
「与助さん、気ぃつけや。このままやと堺から手紙来るぞ」
「何で俺に」
「虎松が聞きたいこと思い出すたびに送ってくる」
「やめてくれ」
「送らんわ!」
……たぶん。
◇
その後も何挺か見せてもらった。
致命的な損傷があるものは思ったより少ない。ばね、ネジ、金具、台木の傷、錆、汚れ。どれも工房で新品を作っているだけでは分からないものだったし、直された鉄砲には、作った時とは別の人間の判断が加わっていた。
そして、榊屋以外の鉄砲も当然混じっている。
「これ、作り綺麗やな」
一挺の鉄砲を見ながら呟く。
銃身の仕上げがいい。地板の作りも丁寧だ。榊屋のものとは細かいところが違うが、雑に作られたものではないことくらいは俺にも分かる。
「それなら国友のだぞ」
与助が何気なく言った。
俺は顔を上げた。
「国友!?」
「うおっ」
「これ!?」
「たぶんな」
「たぶん!?」
「俺が持ってきたんじゃない」
「見ていい?」
「さっきから見とるだろ」
「持っていい?」
「持ち主に聞け」
俺は一益様を見る。
「駄目だ」
「まだ何も言ってませんよ」
「顔で分かる」
「持つだけです」
「駄目だ」
「一発だけ撃って」
「もっと駄目だ」
「精度ええって聞いたんですよ」
「知らん」
「俺も知らんから確かめたいんです」
「今確かめるな」
「じゃあ持つだけ」
「先ほどから榊屋のものを散々持っただろう」
「うちのじゃなくて国友のを持ちたいんです!」
「駄目だ」
ひどい。
でも、外から見るだけでも分かることはある。
榊屋とは違う。
だからといって、榊屋より上なのか下なのかは分からない。仕上げが綺麗だからよく当たるとも限らないし、実際に撃ってみなければ精度なんて判断出来ない。
それでも気になる。
国友。
近江。
腕のいい者が好むと言っていた鉄砲。
同じ火縄銃を作っているのに、榊屋とは違うやり方で作っているはずだ。今見えている仕上げの違いが職人個人の腕なのか、国友という土地の作り方なのか、それすらまだ分からない。
「行ってみたいな……」
「何処へだ」
「国友」
「まず清洲へ行け」
「あ」
一益様が俺を見る。
「忘れておったな?」
「忘れてません」
「今、あ、と言ったぞ」
「ちょっと薄くなってただけです」
「忘れとるやないか」
善次郎に突っ込まれた。
◇
そろそろ出ることになった。
俺は最後に、さっき見た榊屋の鉄砲を元の場所へ戻す。
「与助さん」
「何だ」
「次から壊れたやつ、捨てんといてください」
「何でだ」
「見たいから」
「何を」
「壊れた部品」
「堺まで送れと?」
「出来れば」
善次郎が割り込んだ。
「運賃誰が払うねん」
「……榊屋?」
「勝手に決めんな」
「でも絶対役に立つって」
「役に立つんと銭が掛かるんは別の話や」
「じゃあ何個か溜めてからまとめて」
「もう商談始めとるやないか!」
与助が困った顔で川尻さんを見る。
川尻さんは笑っていた。
「考えておきましょう。少なくとも、何が壊れたか分かるようにはしておきます」
「お願いします!」
「お前、どこへ行っても仕事増やすなあ」
「増やしてへん。情報を増やしてるんや」
「その情報を集める仕事が増えとる」
「……確かに」
善次郎はこういうところだけ妙に正しい。
一益様が歩き出した。
「虎松」
「はい」
「そろそろ行くぞ」
「どこへ?」
一益様が止まった。
善次郎も止まった。
川尻さんまで俺を見る。
「……清洲だ」
「あ」
「やっぱり忘れとるやないか!」
「忘れてへんって! 今ずっと鉄砲見てたから切り替わらんかっただけや!」
「殿に会うのを切り替えで処理すんな!」
俺たちは、ようやく武具の置かれた場所を後にした。
尾張へ来てから、まだ大して時間は経っていない。それなのに、頭の中にはもう色々なものが増えていた。
新しい兵に持たせやすいと言われた榊屋の鉄砲。腕のいい者が好むらしい国友の鉄砲。雨に濡れ、泥へ落ち、手入れを後回しにされる使われ方。その場にある部品を合わせて直す現地の職人。作った時期が分からなくなった榊屋の鉄砲。一挺ずつを見分ける番号と、現場で種類を見分けるための印。
堺にいた時にも考えていたことはある。壊れた時に直せるようにしたい。交換部品を用意したい。どの鉄砲に何が合うのか分かるようにしたい。
でも、それを実際に使う人間や、実際に直す人間のところまで来てみると、同じ問題でも見え方が変わる。榊屋では「交換出来る部品をどう作るか」を考えていたのに、ここでは「手元にある部品のどれが使えるか」が問題になる。榊屋では記録を残せば追えると思っていたのに、ここでは鉄砲そのものと記録が繋がっていなかった。
榊屋の中だけで考えていた時には、分かったつもりになっていたことが多かったらしい。
俺は前を歩く一益様を見る。
一益様からは、信長様が榊屋の鉄砲そのものだけではなく、百挺以上を作るやり方に興味を持っているとは聞いている。
治具。
寸法。
仕事の分け方。
外の職人との繋がり。
その辺りについて聞かれるのだろう。
ただ、今の俺には少しだけ別の疑問があった。
百挺を作れるようになった。
でも、その百挺が工房を出た後に何が起きるのか、俺はまだほとんど知らない。
「……信長様、俺に何聞くんやろ」
隣を歩いていた善次郎が俺を見る。
「今さら緊張してきたんか?」
「ちょっと」
「さっきまで忘れとったくせに」
「忘れてへん!」
俺はそう言い返してから、清洲へ向かう一行の中を歩いた。
さっきまで頭を占領していた鉄砲のことをいったん脇へ置いて、そろそろ本気で、これから会う相手のことを考えた方がよさそうだった。




