流し始める
届いた鉄を前にして、俺たちはまず選別から始めた。
二十挺分すべてが届いたわけではない。善右衛門が最初に持ってきたのは、当面使う分と少しの余裕を見た量だけだった。
源兵衛が一本ずつ手に取り、表面を見て、叩いて音を聞く。弥吉と五平も横から確認し、俺も一緒に見る。
六年前なら、何を見ているのかほとんど分からなかった。今ならある程度は分かる。
それでも、親父が一本を脇へ避けた理由までは分からなかった。
「それあかん?」
「使える」
「ほな何で避けたん」
「こっちから使う」
「なんで?」
「こっちの方が素直や」
出た。
素直。
鉄に性格を付けるなと言いたいところだが、六年やった俺も最近はたまに使う。
「そっちは?」
「ちょい硬い」
「銃身には?」
「できんことない。後でええ」
俺は頷いた。
ここで「硬いとは何か」「どの程度なら先に使うのか」を測り始めるつもりはない。今日の目的は鉄の分類法を作ることではなく、二十挺を作り始めることだ。
「じゃあ最初の五挺は、こっちから取る?」
「ああ」
「弥吉」
「何や」
「五本分、分けといて」
「お前がやれや」
「俺は札動かす」
「もう管理する側の顔しとるぞ」
「昨日親父に無理やりされたんや!」
弥吉が笑いながら鉄を運び始めた。
俺も結局手伝った。
◇
一挺目の札を動かした。
ただ、それだけだった。
壁の一番左に並べていた五枚のうち、一と書いた札を少し右へ移す。鉄が材料置場から火床の近くへ移ったので、それに合わせて札も動かした。
「……なんか嬉しそうですね」
宗次郎が横で言った。
「別に」
「さっきから見てますよ」
「確認や」
「一枚動いただけですよ」
「最初の一枚やぞ」
「二十枚ありますけど」
「分かっとるわ」
こいつは情緒というものがない。
とはいえ宗次郎の言う通り、まだ何もできていない。鉄が一本、作業場所へ移っただけだ。
それでも、昨日まで壁に並んでいるだけだった札が初めて動いた。俺には少し意味があった。
「二も動かすで」
「まだ鉄運んだだけですよ」
「ええやろ」
「仕事始まってからでよくないです?」
「……それもそうやな」
危ない。
札を動かすことが仕事になりかけた。
◇
最初の五挺は、一斉には始めなかった。
源兵衛と弥吉が先に一本ずつ銃身へ取り掛かり、少し遅れて五平が続く。俺も自分の一本へ入り、残る一本は最初の進み具合を見てから流すことにした。
「五挺ずつ言うてたやん」
弥吉が火床の前から言った。
「五挺を一組にする言うただけや」
「四本しかやってへんで」
「五本目もやる」
「いつ?」
「様子見て」
「怖なったん?」
「慎重と言え」
火床の熱で顔を赤くした弥吉が笑った。
腹立つ。
だが、実際少し怖かった。
初日から五本すべてを同じ工程へ突っ込む必要はない。銃身は時間が掛かるのだから、ここで予定より遅ければ、後ろへ流す量も考え直さなければならない。
それに、俺自身も一本を担当している。音頭を取ると言っても、一日中壁の前に立っているわけにはいかないし、手を動かさなければ単純に人手が一人減る。
俺は火床の前へ戻り、鉄を熱して色を見ながら叩き、また火へ戻した。
横では弥吉が俺より速い。
見ないことにした。
◇
昼前には、最初の四枚が同じところへ移っていた。五枚目はまだ左端にあり、既存の仕事の札は別にしてある。
壁を見るだけで、二十挺のうち何挺へ手を付けたかが分かる。
これは思った以上に楽だった。
今までは工房を歩き、現物を見て、人へ聞いていた。それが壁を一度見れば、おおよその状態が分かる。
もちろん、札が正しく動いていれば、だが。
「三、そこちゃうで」
俺が言うと、若い職人が振り返った。
「え?」
「その鉄、もう次行ったやろ」
「ああ」
「札も動かして」
「忘れてた」
「頼むわ」
さっそくである。
札は勝手には動かない。現物と札がずれれば、ただの嘘になる。
若い職人が札を移す。
「ここ?」
「そこ」
「面倒やな」
「そのうち慣れる」
「ほんま?」
「たぶん」
「また言うとる」
宗次郎だった。
「お前いつから監視役になったんや」
「兄上が昨日決めました」
「そうやった」
自分で敵を増やしていた。
◇
初日は思ったほど進まなかったが、遅れたわけでもなかった。
むしろ途中で止まる時間は少ない。佐吉に渡す仕事について、どこまでやればいいのかを先に決めていたのが効いていた。
「これ、ここまででええんですよね」
佐吉が金具を持ってくる。
俺も見る。
「見本と比べてどう?」
「少し厚いです」
「なら?」
「もうちょい落とします」
「弥吉呼ばんでええ?」
「これなら」
佐吉は自分の場所へ戻った。
弥吉は気づいてすらいない。以前なら、一度呼ばれていたところだ。
小さな違いではあるが、こういうものが一日に何度も積み重なる。弥吉が手を止めずに済めば、その時間で銃身が進む。
六年間かけて仕事を覚える中で、こういう小さな差が後から効いてくることを、俺は知っている。
「虎松」
その弥吉から呼ばれた。
「何?」
「これ見て」
「結局俺が呼ばれるんかい」
「嫌ならええで」
「見るわ!」
世の中うまくできている。
◇
二日目。
朝一番に五本目を入れた。最初の四本が想定より素直に進んだからだ。
五枚の札が同じ場所に並び、そこから少しずつばらけ始める。一が先へ進み、二が追う。三は少し遅れ、四は五平が別の仕事へ呼ばれたため一度止まった。五は最後から追いかけている。
同じ日に始めても、同じようには進まない。
材料も違えば作る人も違い、途中で別の仕事も入る。それでも札があれば、どれが遅れているのかは分かる。
「四、止まっとるな」
俺が言うと、五平が答えた。
「昼からやる」
「今の仕事どのくらい?」
「昼前には終わる」
「ならそのままで」
「急がんでええん?」
「一と二が先行っとるから、まだええ」
五平が俺を見る。
「前やったら急げ言うてたんちゃう?」
「俺が?」
「知らんけど」
「知らんのかい」
「若旦那、せっかちやから」
否定しづらい。
以前なら、止まっている仕事を見るだけで動かしたくなっていたかもしれない。
だが今は、一挺だけ早く完成させる競争をしているわけではない。必要なのは、二十挺を期限までに作ることだ。
四が半日止まったからといって、それだけで困るわけではない。問題になるのは、その遅れが後で全体を止める時だ。
今はまだ、その気配はない。
◇
三日目になると、工房の空気が少し変わった。
別に誰かが気合を入れたわけではない。
みんなが札を見るようになったのだ。
「二、もうこっちやろ」
佐吉が言う。
「誰が動かしてへん?」
「弥吉さんです」
「俺?」
弥吉が顔を上げる。
「昨日終わってますやん」
「ほな動かしといて」
「自分でやってください」
「近いやん」
「俺も仕事してます」
「冷たいな」
俺は口を挟まなかった。
佐吉が自分で気づいた。それならいい。
別の職人も壁を見て、自分の次に何が来るのか聞いてくるようになった。
「虎松、三って次こっち来るん?」
「その予定」
「今日?」
「たぶん夕方」
「なら今のうちにこれ終わらすわ」
俺は少し驚いた。
「何?」
「いや、別に」
これまで次の仕事は、現物が来てから分かることが多かった。あるいは弥吉や源兵衛が口で伝えていた。
今は壁を見れば、次に何が来そうなのか少し分かる。
たったそれだけで、待ち方が変わる。
大げさな仕組みではない。木の札を横へ動かしているだけだ。それでも見えなかった仕事が見えるようになると、人は勝手に少し先を見るらしい。
「兄上」
宗次郎が来た。
「何?」
「六番はいつ始めるんです?」
俺は壁を見る。
一から五まで、最初の組は順調に進んでいる。六から十の札はまだ左端だ。
「まだ」
「いつ?」
「もうちょい見てから」
「材料はありますよ」
「知っとる」
「人も空きそうですけど」
「知っとる」
「じゃあ何で?」
「怖いから」
「またですか」
「慎重と言え」
どこかで聞いたやり取りだった。
◇
四日目。
俺は六から十までの札を壁から外した。
弥吉が気づく。
「次やるん?」
「うん」
「五挺とも?」
「最初は三挺」
「また減った」
「最初の五挺が後ろへ流れ始めたからな」
「空いたとこに次入れるんちゃうん?」
「そう。ただ、全部埋めたくない」
「なんで?」
俺は壁を見る。
一から五は、もう横一列ではない。二挺が先へ進み、二挺がその後ろ、一挺が少し遅れている。それぞれ別の場所で仕事が進んでいた。
「今、前より工房の中に仕事増えとるやろ」
「まあな」
「ここで次の五挺全部入れたら、十挺同時に動く」
「二十挺作るんやから、そのうちそうなるやろ」
「なるかもしれん。でも今せんでもええ」
弥吉は分かったような、分からないような顔をした。
「早よ始めた方が早よ終わるんちゃうん?」
「全部が同じ速さで進むならな」
「違うん?」
「知らん」
「またそれか」
「せやから調べとるんや!」
弥吉が笑う。
俺は六、七、八の札だけを左端へ並べた。
三挺追加して、これで八挺が動く。残りの十二挺はまだ始めない。
正しいかどうかは分からない。
ただ、始めるだけなら簡単だ。一度仕事を始めれば、鉄は仕掛品になり、部品には置き場所が必要になる。誰かがそれを持ち、誰かの時間を使うことになる。
なら、始める量そのものも考えた方がいい。
◇
五日目の夕方、俺は壁の前に立っていた。
一から八までの札が、いくつかの場所へ分かれている。
最初の五挺は順調に進み、六から八も動き始めた。既存の仕事にも、今のところ大きな遅れはない。
弥吉を呼ぶ回数は以前より減り、佐吉は自分で判断して進められる仕事が増えた。五平も文句を言いながら、札をちゃんと動かしている。
思ったより回っている。
「兄上」
「何?」
宗次郎が隣へ来た。
「順調ですね」
「せやな」
「もっと大変になると思ってました」
「俺も」
「じゃあ次、九と十も始めます?」
「うーん」
俺は壁を見る。
札は流れているし、止まってはいない。
ただ、少し気になる。
「何です?」
「いや」
一番先へ進んでいる札を見る。その次、さらにその次。
前半の工程ではばらけていた札が、後ろへ行くにつれて少しずつ距離を縮めている。
まだ二枚、三枚。溜まっていると言うほどではないし、たまたまかもしれない。
「明日決める」
「九と十?」
「うん」
「慎重ですね」
「怖いんや」
「知ってます」
「そこは慎重って言えや」
宗次郎が笑った。
俺も壁を見る。
五日間、大きな失敗はない。むしろ想像していたよりうまくいっている。
だから九と十も入れていい。
たぶん。
ただ、壁の右側では二枚の札が同じ場所に並び、その後ろからもう一枚が近づいていた。




