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虎松〜元エンジニアの戦国ものづくり革新録〜  作者: 真部 朝樹
百挺のその先へ編

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仕事を分ける


 善次郎が箱を三つ持ってきた。


「集めてきたぞ」


「何を?」


「お前が言うたんやろ。同じもん作れる奴おったら見たいって」


「おお!」


 机の上へ置かれた三つの箱を見て、思わず身を乗り出した。


 一つは嘉兵衛のところから持ってきたネジ。残り二つは、堺で小さな金具や細工物を作っている別の鍛冶屋から集めてきたものだった。


 どれも榊家寸に合わせて作ってある。


 少なくとも、作った側はそう言っている。


「値ぇは?」


「これが一番安い」


 善次郎が右端の箱を指した。


「嘉兵衛んとこより?」


「安い」


「どんくらい?」


「十本頼んだら、もう一本か二本買えるくらいやな」


「結構違うな」


「やろ?」


 善次郎が嬉しそうな顔をした。


 だが、値段だけ聞いて決めるなら、わざわざ工房まで持ってくる必要はない。


「新八」


「分かっとる」


 新八が三つの箱を自分の前へ引き寄せた。


 見た目だけなら、それほど大きな違いはない。


 太さも長さも、おおよそ揃っている。頭の形には多少違いがあるが、鉄砲へ組み込めば気にならない程度だ。


 問題は、ネジとして使えるかどうかだった。


     ◇


 一番安かったネジは、十本のうち六本がそのまま使えた。


 二本は少し手を入れれば使える。


 残り二本は、榊屋から客へ出すには厳しい。


「ここやな」


 新八が一本を摘まんだ。


「山が揃ってへん。入るけど、途中から重なる」


「こっちは?」


「頭の下がちょっと悪い。締めた時に座りが良うないな」


「直せる?」


「直せるやつはな」


「二本は?」


「作り直した方が早い」


「なるほど」


 俺は横に置いてある紙へ印を付けた。


 次は嘉兵衛のところだ。


 十本。


 一本ずつ確かめる。


「これはええ」


「次」


「ええ」


「次」


「これもええな」


 結局、十本ともそのまま使えた。


「……嘉兵衛、強いな」


「何やその言い方」


 善次郎が笑った。


「いや、前から知っとったけど」


 最後の工房のものも悪くなかった。十本中八本はそのまま使え、一つは軽い手直し、もう一つは使わない方がいいという判断になった。


 単純に並べれば、一番安いところ、嘉兵衛、もう一つの工房という順に値段が違う。


 だが、机の上に並んだ結果は、その順番にはならなかった。


「ほな、一番安いとこは無しやな」


 善次郎が言った。


「何で?」


「何でって、二本駄目やったんやろ?」


「二本はな」


「ほな駄目やん」


「でも六本はそのまま使えた。二本も直せる」


「……何が言いたいんや」


「どこが悪いか分かったやん」


 善次郎が嫌そうな顔をした。


「また育てる気か?」


「育てる言うな。俺、何屋やねん」


「お前が言うな」


 新八が一本を手に取った。


「寸法の取り方は悪うないで。長さも太さも、だいたい合っとる。ネジ切るとこがまだ安定してへんな」


「そこ直ったら?」


「使えるんちゃうか」


「ほら」


「ほら、ちゃうわ」


 善次郎が呆れた。


 だが、今すぐ百本頼むのは怖くても、十本、二十本と少しずつ頼みながら出来を見ていくことは出来る。どこが悪かったかを伝え、次に直るかを見る。


 お蓮のところでも似たようなことをやった。


 最初から全部を任せたわけではない。


 少ない数から始めて、出来ることを確かめ、それから増やした。


「で、結局どれ買うんや」


「全部」


「は?」


「少しずつな」


「一番安いとこも?」


「次、良うなるかもしれんやろ」


「良うならんかったら?」


「減らす」


「嘉兵衛んとこは?」


「使う」


「こっちも?」


「使う」


 善次郎はしばらく黙った。


「……選ぶために集めたんちゃうんか?」


「選んどるやん」


「一個に絞ってへんやろ」


「一個に絞らなあかん理由ある?」


「…………」


「ないやろ?」


「お前と話しとると、たまに商売が分からんようになる」


     ◇


 値段だけなら、一番安いところから買えばいい。


 だが、それでは足りない。


 一本がいくらか。


 何本がそのまま使えるか。


 手直しにはどれだけ時間が掛かるか。


 頼んだ数を揃えられるか。


 必要な日までに持ってこられるか。


 次に頼んだ時も、同じくらいの出来で来るのか。


 一つずつ見れば別々の話だが、榊屋が百挺の鉄砲を作るためには、その全部が繋がっている。


 一番安いネジを買ったのに、十本のうち二本が使えず、その二本を作り直すために佐吉の手が止まるなら、本当に安かったのか分からない。


 逆に、少し高くても百本頼めば九十八本、九十九本とそのまま使えるものが来るなら、工房の中では余計な仕事がほとんど増えない。


 値段は見える。


 手間は見えにくい。


 だが、見えにくいからといって、なくなるわけではない。


     ◇


「で?」


 翌日、嘉兵衛が来た。


「何が?」


「他のネジも見たんやろ」


「誰から聞いた?」


「善次郎」


「お前か!」


「聞かれたから答えただけや」


 善次郎がしれっと言う。


 嘉兵衛は俺の前へ座った。


「どうやった」


「嘉兵衛んとこが一番揃っとった」


「そらそうやろ」


 胸を張った。


「でも一番安くはない」


「帰るぞ」


「待て待て待て!」


「何や!」


「まだ何も悪いこと言うてへんやろ!」


「今から言う顔しとる!」


「顔で決めんな!」


 嘉兵衛は座り直したが、明らかに機嫌が悪い。


「今んとこ、一番使いやすいんは嘉兵衛んとこや」


「今んとこ言うな」


「でも他も良うなったら分からん」


「ほら言うた!」


「それが嫌なら、ずっと一番ええの作ったらええやん」


「簡単に言うな!」


「簡単とは言うてへん」


 俺は嘉兵衛のネジを一本取った。


「これ、全部お前が作っとるん?」


「全部ちゃう。前にも言うたやろ。材料の太さ揃えたり、長さ切ったり、頭作るんは弟子にもやらせとる」


「ネジ切るんは?」


「まだ俺が多いな。一人はだいぶ出来るようになった」


「ほな、もっと分けたら?」


「何を?」


「仕事」


 嘉兵衛が眉を寄せた。


「お蓮みたいにしてもええんやで?」


「……どういう意味や」


「お蓮、地板全部自分とこで作ってへんやろ。別の鍛冶屋にも仕事振っとる。その代わり、お蓮が見て、あかんかったら戻して、榊屋に出せるもん揃えとる」


「俺も他所に作らせろって?」


「別に全部やない。材料切るだけでもええし、頭作るとこでもええ。ちゃんと出来る奴がおるなら、完成まで任せてもええ」


「それでええんか?」


「何が?」


「俺が作ってへんネジでも」


「嘉兵衛が榊屋に持ってくるんやろ?」


「そうなるな」


「ほな、嘉兵衛が見て持ってきてくれたらええやん」


 嘉兵衛が黙った。


「誰が作ったかは分かるようにしといてほしいけどな。何かあった時に分からんくなるから。でも、俺らが欲しいんは『嘉兵衛が一人で作ったネジ』やない」


「……何が欲しいんや」


「ちゃんと使えるネジ。欲しい数。欲しい時までに」


「身も蓋もないな」


「でも、それ揃えるんも仕事やろ?」


 嘉兵衛は腕を組んだ。


 しばらく黙ってから、机の上のネジを一本取る。


「他所に粗いとこやらせて、最後だけ俺んとこでやるんでもええんか」


「ええよ」


「弟子にもっとやらせても?」


「出来が落ちんかったら」


「他所で完成まで作ったやつを、俺が見て持ってきても?」


「それでも構わん」


「……ふむ」


 また、ふむが出た。


「その代わり、嘉兵衛から来たネジが急に半分使えんようになったら困るで」


「そこは見るわ」


「あと、誰に何やらせたか分からんようにはせんといて」


「分かった」


「数増やせそう?」


「……考える」


 嘉兵衛の顔から、さっきまでの不機嫌さが少し消えた。


「弟子もう一人増やすかな」


「ええやん」


「お前が仕事増やすからやぞ」


「鉄砲増えたらネジも増える言うたやろ」


「ほんまに増やせよ」


「増やす増やす」


「軽いなあ」


 嘉兵衛は呆れたように言ったが、帰る頃には他に頼めそうな仕事をぶつぶつ考えていた。


     ◇


「兄上」


「何?」


 嘉兵衛が帰った後、宗次郎が帳面を持ってきた。


「何本ずつ頼むんです?」


「え?」


「来月です」


「……いる分?」


「何本です?」


「…………」


 宗次郎は黙って俺を見ている。


「今から考えようと思っとった」


「そうですか」


「その顔やめろ」


「どの顔です?」


「兄上はまた何も考えていませんでしたね、の顔」


「何も言ってません」


「顔に書いとる!」


 最近、みんな顔に書きすぎではないだろうか。


 宗次郎が帳面を開く。


「百挺分だけではありません。補修用も要ります。今ある在庫もありますし、来月使う分を全部新しく買う必要もありません」


「うん」


「それに、今見た三つへ同じ数を頼む必要もないでしょう」


「うん」


「嘉兵衛さんのところは、これまでの実績があります」


「あるな」


「もう一つのところは、今回十本中八本がそのまま使えた。でも、十本と五十本で同じ出来かは分かりません」


「分からんな」


「一番安いところは、なおさらです」


「せやな」


 宗次郎が数字を書いていく。


「嘉兵衛さんを主にして、残り二つは少ない数からでいいんじゃないですか?」


「俺もそう思っとった」


「今思ったんでしょう」


「細かいこと気にすんな」


「予定を組む仕事なので」


 強い。


「一つに全部頼むんは?」


「怖いですね」


「やっぱり?」


「そこが遅れたら全部遅れます」


 お蓮の地板で経験したことだった。


 一つの工房に余裕があるからといって、ずっと余裕があるとは限らない。別の客から大きな仕事が入るかもしれないし、職人が倒れることもある。道具が壊れることだってある。


 外へ仕事を出せば、榊屋の中の手は空く。


 だが、その仕事が消えるわけではない。


 別の場所へ移るだけだ。


 そして、別の場所へ移した仕事は、榊屋の都合だけでは動かせない。


「最初から百本頼んで、全部あかんかったら怖いな」


「兄上にも学習能力があったんですね」


「あるわ!」


     ◇


 試しに外から入れる小物を増やしてみると、変化は思っていたより早く出た。


 今まで佐吉や藤吉、それに若手が空いた時間に作っていた鋲や軸の一部が、箱に入って外から届く。


 ネジも嘉兵衛のところから来る。


 届いたものは新八たちが確認する必要があるし、何もせず棚へ入れられるわけではない。それでも、材料から一つずつ作るのに比べれば、工房の中で使う手は減った。


 その分、佐吉は組み立てへ回れる。


 藤吉は若手を見られる。


 千吉には別の工程を覚えさせられる。


 五平や弥吉が、数を揃えるためだけに単純な小物へ手を取られることも減る。


 数日後、宗次郎が予定を書いた板の前で言った。


「少し余裕が出来ています」


「ほんま?」


「全部ではありませんよ。小物を作っていた分です」


「どんくらい?」


「このまま入ってくるなら、二日分くらいは動かせます」


「ほら!」


 俺は善次郎を見た。


「何で俺見るんや」


「言うた通りやろ!」


「俺、反対してへんぞ」


「でも最初『は?』って言うたやん」


「お前が急に『作らんでええ』とか言うからやろ!」


 それでも、嬉しかった。


 俺たちが一から全部作らなくても、鉄砲は作れる。


 いや、その方が多く作れる仕事もある。


 外で同じ寸法の部品を作れる職人が増えれば、榊屋の中では榊屋でしか出来ない仕事へ、もっと手を使える。


 ずっと考えてきたことが、少しずつ形になっていた。


     ◇


 その日の夕方、外から届いた箱を開けていると、親父が近くを通った。


「それ、何や」


「鋲。こっちは軸」


「誰んとこや」


「こっちは前から頼んどるとこ。こっちは善次郎が見つけてきたとこ」


「そうか」


 親父は箱の中を見た。


「使えるんか?」


「新八が見た。こっちは全部ええ。もう一個は二つ手直し」


「そうか」


 それだけ言って、親父は離れた。


 少し先では佐吉が、外から来た鋲を使って組み立てを進めている。その横では千吉が別の仕事を教わっていた。


 親父は一度そちらを見た。


 何も言わなかった。


     ◇


「便利になったな」


 五平が言った。


 夕方、親父と二人で並んで鉄を見ていた時だった。


「……せやな」


「前やったら、あいつらで作っとったもんやろ」


「ああ」


「気に入らんか?」


「そういうんちゃう」


 親父は短く答えた。


「出来は悪ない」


「ほな、ええやろ」


「……せやな」


 五平はそれ以上聞かなかった。


     ◇


 俺はそんな会話があったことを知らなかった。


 知っていたとしても、その時の俺なら深く考えなかったと思う。


 実際、うまくいっていたからだ。


 外から来る部品は、今のところ大きな問題を起こしていない。使えないものは新八が弾く。手直しが必要なら分ける。誰から何個入ったかはお澪が記録し、宗次郎は予定へ組み込む。


 嘉兵衛も、もっと数を増やす方法を考え始めている。


 新しい工房にも、どこが悪かったかを返した。


 次は少し良くなるかもしれない。


 それで榊屋の中の手が空く。


 空いた手で、もっと鉄砲を作れる。


 少なくとも俺には、悪いところが見当たらなかった。


「これなら、ネジも鋲も、もう榊屋で作らんでええかもしれんな」


 何気なく言った。


 宗次郎と善次郎が帳面を見ている横で、今日届いた部品を眺めながら口にしただけだった。


 少し離れたところで、親父の手が止まった。


「虎松」


「ん?」


「……今、何て言うた?」


「ネジとか鋲。外でちゃんと作れるなら、うちで作らんでもええんちゃうかって」


「そうか」


 親父はそれだけ言った。


 俺はまだ気付かなかった。


「そのうち地板も、軸も、外でええとこ増えたら、もっと仕事分けられるで。何でも榊屋の中で一から作らんでも、ちゃんとしたもん入ってくるなら、それ使ったらええ。うちは組んで、合わせて、見て、撃って」


「虎松」


 二度目に名前を呼ばれて、ようやく顔を上げた。


 親父がこちらを見ていた。


 怒鳴ってはいない。


 顔を赤くしているわけでもない。


 だが、その声はさっきまでと違った。


「何?」


 親父は少し黙った。


 工房では、いつものように槌の音がしていた。


 外から届いた鋲を使って、佐吉が鉄砲を組んでいる。


 嘉兵衛から届いたネジが、箱の中に並んでいる。


 お蓮のところから来た地板には、新八が確認した後で榊の印が打たれている。


 どれも問題なく使える。


 仕事は前より早く進んでいる。


 出来上がるのは、いつもと同じ榊屋の鉄砲だ。


 少なくとも、俺にはそう見えていた。


 親父が口を開いた。


「お前、榊屋を何にする気や」


「……え?」


 何を聞かれたのか、その時の俺には本当に分からなかった。


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