榊家の部品
「今回は多いで」
善次郎から渡された紙を、もう一度上から読んだ。
地板十二枚、火蓋留めの鋲が三十本、火ばさみの軸が二十本、ネジが十本、ばねが五つ。そのほかにも、細かい部品がいくつか書かれている。
「……結構あるな」
「せやろ?」
「でも、あるやつ出したらええんちゃう?」
「どの分をです?」
後ろから宗次郎の声がした。
「……どの分?」
「来月の百挺に使う分ですか。修理用に置いてある分ですか。それとも、まだ新八さんが見ていない分ですか?」
「…………」
「兄上」
「分かっとる。今、思い出した」
「忘れていたんですね」
「思い出した言うとるやろ」
棚に部品がある。
少し前までなら、それだけで「ある」と思っていた。今は違う。同じ地板でも、次の百挺に使うために確保してあるものがあり、修理用として余分に持っているものがある。穴を開ける前の半仕上げもあれば、外から入ってきたばかりで、まだ新八が確認していないものまである。
棚に二十枚あるから、二十枚売れるわけではない。
数えるだけなら簡単だったのに、何のために置いてあるのか、どこまで出来ているのかまで分け始めた途端、部品は急に面倒なものになった。
「で、誰がこんなに欲しいん?」
「前にも榊屋の鉄砲買うた商人や。自分でも持っとるし、付き合いある連中にも売っとるらしい」
「何で部品だけ?」
「壊れるたびに堺まで持ってくるんが面倒なんやと。簡単なところなら向こうの鍛冶屋でも直せるから、部品だけ置いときたいらしい」
「なるほど」
昨日直した古い鉄砲を思い出した。
榊屋へ持ってくれば直せる。それは確かに便利だし、俺もそういう工房にしたいと思った。
だが、榊屋から遠いところにいる人間まで、鉄砲が壊れるたびに堺まで来られるとは限らない。運ぶだけでも日数がかかるし、その間は鉄砲を使えない。簡単な部品だけでも向こうに置いておき、近くに直せる人間がいるのなら、その方がいい場合もある。
「それ、ええかもしれんな」
「何が?」
「榊屋まで持ってこんでも直せるやん」
「せやから買いたい言うとるんやろ?」
「お前、たまに俺より先に話進んどるな」
「商人やぞ」
「知っとるわ」
ただし、何でも渡せばいいわけではない。
「新八」
「はい」
「これ、全部売ってええと思う?」
紙を渡すと、新八は書かれた部品を一つずつ見ていった。
「鋲はいいと思います」
「軸は?」
「鉄砲によりますね。今のものなら大きく外れることはないでしょうが、取り付けた後の動きは見てもらった方がいいです」
「ネジは?」
「どこのネジかにもよります」
「地板」
「現物合わせが必要です」
「ばね」
新八が少し考えた。
「私は、鉄砲を見ずに売るのは嫌ですね」
「やっぱり?」
「付けばいい部品ではありませんから」
そうなる。
部品は部品でも、全部が同じではない。
鋲のように比較的単純なものなら、寸法さえ合っていれば交換しやすい。軸やネジは、使う場所によっては取り付けた後の動きを見なければならない。地板は同じ頃に作った鉄砲でも最後に合わせが必要な場合があるし、ばねになるとさらに面倒だ。形が似ているから付けました、では済まない。強すぎても弱すぎても動きが変わる。
「部品売るって、部品渡したら終わりちゃうんやな」
「合わないものを無理に付けられて、榊屋の部品が悪いと言われても困ります」
「それは嫌やな」
榊屋が作った部品なら、榊屋の鉄砲には何でも付く。
そんな話ではない。
むしろ部品だけを売るからこそ、どこまでなら向こうで交換していいのか、どこから先は鉄砲そのものを見なければならないのかを伝える必要がある。
「善次郎」
「何や」
「この地板十二枚、どの鉄砲に使うん?」
「榊屋の鉄砲や」
「いつ頃作ったやつ?」
「知らん」
「何挺持っとる?」
「知らん」
「今、地板壊れとるん?」
「知らん」
「誰が直すん?」
「向こうの鍛冶屋ちゃう?」
「その鍛冶屋、鉄砲直せるん?」
「知らん」
「…………」
「…………」
「お前、何を聞いてきたん?」
「地板十二枚、鋲三十本、軸二十本、ネジ十本、ばね五つ」
「それ注文された数聞いただけやないか!」
「注文されたんやから、それ持って帰ってきたんやろ!」
「服ちゃうねんぞ!」
「服も寸法あるやろ!」
「二人とも話を進めてください」
宗次郎に止められた。
十五歳に止められる十九歳と二十六歳である。
◇
結局、善次郎にはもう一度客のところへ行ってもらうことになった。
「何聞けばええんや」
「まず、いつ頃買った鉄砲か」
「うん」
「何挺持っとるか」
「うん」
「どの部品が今壊れとるのか、予備で欲しいだけなのか」
「うん」
「誰が直すのか。その人が鉄砲触れる人なのか」
「うん」
「出来れば鉄砲そのものも一挺見たい」
「持って来れたらな」
「あと……」
「まだあるんか?」
「部品だけ売るって、思ったより面倒やな」
「それを俺に言うな」
善次郎はぶつぶつ言いながら出ていった。
戻ってきたのは、昼をかなり過ぎてからだった。
「聞いてきたぞ」
「早かったな」
「近くにまだおったからな」
善次郎は腰を下ろすと、今度は紙を読むのではなく、自分から話し始めた。
「榊屋の鉄砲は十五挺くらい持っとる。多いんは三年から四年前に買うたやつや。全部一緒に買うたわけやなくて、何回かに分けて買っとる」
「うん」
「向こうに鉄砲触れる鍛冶屋がおる。火蓋とか鋲とか、簡単なんはそいつが直しとるらしい。地板十二枚いうんは、十二枚壊れとるわけやない。予備で欲しいだけや」
「十二枚も?」
「自分とこだけやなく、何挺か別の連中にも回したいらしい」
「なるほど」
「ばねも今壊れとるわけやない。壊れた時に困るから持っときたいんやと。あと、今度一挺持ってくる言うとった。部品合わせるなら、それ見てくれって」
「お前、ようそこまで聞いてきたな」
「商人やぞ」
さっきも聞いた気がする。
「あと、三年くらい前に買うたやつと、四年くらい前に買うたやつで、地板が同じか聞かれた」
「何て答えた?」
「知らん言うた」
「正解」
「正解なんかい」
「分からんのに大丈夫言われるより百倍ええ」
情報が揃ってくると、最初に書かれていた数を、そのまま完成品で渡すのはあまり良くないように思えてきた。
「地板十二枚、全部完成させん方がええかもな」
「何で?」
善次郎が聞く。
「穴まで全部決めた地板を十二枚持っていって、向こうの鉄砲に合わんかったら困るやろ」
新八も頷いた。
「三、四年前なら今よりは寸法が揃っていますが、それでも現物を見ずに十二枚全部は怖いですね」
「ほな、どうする?」
「何枚かは近い寸法で完成させる。残りは穴を決める前で止めとくとか」
「向こうで合わせるん?」
「鉄砲触れる鍛冶屋がおるなら、その方が使いやすいかもしれん。まず持ってくる一挺を見てから決めたいけど」
「ばねは?」
「今回は売らん方がええ」
新八が言った。
「壊れたものを持ってきてもらうか、鉄砲そのものを見せてもらいましょう」
「売れるのに?」
善次郎が少し残念そうな顔をした。
「売って使えん方が困るやろ」
「まあ、そうやけど」
「榊屋の部品や言うて売るんやぞ」
その言葉を口にして、少しだけ引っ掛かった。
榊屋の部品。
今までも、榊屋で使う部品は山ほど作ってきた。地板も、軸も、鋲も、ネジも、鉄砲を一挺作るために必要だから作ってきた。
だが、それは鉄砲を作る途中のものだった。
今回は違う。
地板そのものを売る。鋲そのものを売り、軸そのものに値段を付ける。
鉄砲の一部だったものが、それだけで客へ渡る商品になる。
◇
「で、源兵衛さん」
「ん?」
「これ、いくらにする?」
夕方、善次郎が源兵衛に聞いた。
親父は紙を受け取り、品目と数を見た。しばらく指を折りながら考え、それから部品をいくつか手に取って確かめる。
榊屋で売る鉄砲の値段は、昔から基本的に親父が決めている。
材料がどれだけ要るか、職人がどれくらい手を掛けるか、難しい仕事なのか簡単な仕事なのか。今なら外から買っている部品の値段もあるし、帳面で細かく確かめることも増えたが、親父は長年作って売ってきただけあって、物を一つ見れば大体どのくらいの銭が掛かっているのか分かる。
「地板は……ほな、このくらいやな。鋲はこれくらい。軸が……」
親父が順番に値を言い、善次郎が頷きながら書いていく。
俺も横で聞いていた。
「……親父」
「何や」
「それ、ちょっと安すぎへん?」
親父が俺を見る。
「そうか?」
「材料と加工だけなら、そのくらいかもしれんけど」
「何か足らんか?」
「足らん」
善次郎が紙から顔を上げた。
「言うて部品やで?」
「その部品で、ここ何日俺らが何しとったと思っとるんや」
「何って」
「数えたやろ。分けたやろ。どれが完成しとって、どれが途中で、どれが検査前か分けた。古いのはいつ頃の鉄砲に使えるか調べた。修理用に何個置くか決めた。誰がどこへ持っていったかまで帳面付け始めた」
「それはそうやけど」
「お蓮から来た地板も、嘉兵衛から来たネジも、受け取って棚に放り込んどるわけちゃうぞ。数見て、出来見て、使えるか確認して、何に使えるか分けて、どこにあるか分かるようにして、必要になった時に出せるように置いとる」
「…………」
「こんだけ分かれた部品を管理するしんどさは、商人のお前が一番よう知っとるはずやろ」
善次郎の顔が止まった。
「……ぐぬぬ」
「何や」
「虎松のくせに」
「それは余計や!」
親父が笑った。
「ほな、お前ならいくらにする?」
「俺?」
「安い言うたんやろ」
「まあ……そうやけど」
改めて部品を見る。
高くすればいい、という話でもない。ネジ一本に鉄砲一挺分の儲けを乗せたら、誰も買わない。
だが、作った時の材料と加工だけを見て値段を付ければ、作った後に続いている仕事は全部ただになる。
「もう少し乗せたい」
「何の分や?」
「すぐ出せるようにしとる分」
親父が少し考えた。
「置いとる分にも銭取るんか?」
「取るというか……それも込みで部品の値段やと思う」
「ほう」
「注文来てから毎回一個ずつ作るなら、親父の値段でもええかもしれん。でも俺ら、壊れた時にすぐ出せるように、売れるか分からんうちから作っとるやろ。その分の鉄も銭も、売れるまでは棚に置いたままや」
少し前、善右衛門に言われた言葉を思い出す。
銭を棚に並べる気か。
あの時は、余分な部品を持ちすぎる怖さの話だった。
だが、必要な時に部品を出せるようにするなら、ある程度の銭は棚に並べなければならない。その代わり、ただ寝かせるのではなく、必要になった時にすぐ渡せるという価値に変える。
「それに、検査して使えるやつだけ置いとる。どの鉄砲に使えるかも少しずつ分け始めとる。そこまでやって初めて、客が欲しい言うた時に『あります』って言えるんやろ」
善次郎が腕を組んだ。
「……それなら、少し高くてもええか」
「お前が言うんかい」
「商人やぞ」
「便利やな、その言葉」
親父が部品を見ながら笑った。
「ほな、虎松の言う分も少し入れて、このくらいでどうや」
最初より少し高い。
それでも、無茶な値段ではない。
善次郎がしばらく考えてから頷いた。
「これなら売れると思う」
「決まりやな」
親父はあっさり言った。
たったそれだけのことだった。
だが、俺には少し不思議な感じがした。
今まで部品は、鉄砲の値段の中に隠れていた。地板だけならいくら掛かる、軸一本ならどのくらい掛かる。そういうことを考える必要はあっても、最後には一挺の鉄砲として売る。
今回は違う。
部品そのものに値段が付いた。
しかも、その値段には鉄と炭と職人の手間だけではなく、作った後に確認し、分け、必要になるまで置いておく仕事まで少しだけ入っている。
昨日まで棚に並んでいたものが、初めて一つの商品として見えた。
◇
数日後、客が鉄砲を一挺持ってきた。
三年ほど前に榊屋から買ったものだという。
新八と一緒に確認すると、今の榊家寸にかなり近い。完全にそのままというわけではないが、六年前に戻ってきた鉄砲ほど違いは大きくなかった。
「これなら、地板は何枚か完成品で出せそうやな」
「そうですね。ただ、全部を同じように使えるとは言わない方がいいです」
「残りは半仕上げ?」
「その方がいいと思います」
結局、最初に受けた注文とは少し内容を変えた。
地板は、すぐ使えるところまで仕上げたものと、穴や縁を現物に合わせられるよう途中で止めたものに分ける。鋲は予定通り。軸は取り付けた後に動きを見るよう伝え、ネジも使う場所が分かるように分けた。
ばねは売らなかった。
壊れた時には現物を持ってきてもらう。それが難しければ、少なくともどの鉄砲の、どのばねなのか分かるようにしてもらう。
「注文より減ったな」
善次郎が言った。
「その代わり、使えるもん渡せるやろ」
「まあな」
「売れるからって、何でも売ってええわけちゃう」
「分かっとる」
「ほんまに?」
「お前、最近俺を何やと思っとるんや」
「商人」
「合っとるわ!」
お澪が横で笑いながら、出す部品を帳面へ書いていく。
「地板、完成が六枚。半仕上げが六枚。鋲三十、軸二十、ネジ十。ばねはなしでいいですね?」
「うん」
「売り先も書いておきます。地板は、現物合わせが必要なものと分かるようにしておいた方がいいですね」
「包み分けよか」
完成したものと、まだ手を入れる前提のものを同じ包みに入れるわけにはいかない。何が入っているのか、何に使うのか、どこまで出来ているのか。簡単に書いた札を付け、鋲や軸にも何の部品なのか分かるようにしていく。
部品を作るだけなら、ここまでは要らなかった。
鉄砲に組み込むなら、工房の中にいる誰かが分かれば済む。分からなければ隣にいる職人へ聞けばいいし、最後には一挺の鉄砲として組み上がる。
だが、部品だけが榊屋を出ていくなら、その先には俺たちがいない。
地板だけが遠くへ行く。
軸だけが別の鍛冶屋の手へ渡る。
なら、その部品が何なのか、どこまで出来ていて、どう使うものなのかを、俺たちの代わりに伝えるものが必要になる。
「これでええかな」
包みを並べてみる。
地板、鋲、軸、ネジ。
今までなら、全部「鉄砲を作る途中のもの」だった。
今日は違う。
これだけで客に渡り、これだけで銭をもらう。
「何か変な感じやな」
「何がです?」
お澪が聞いた。
「部品だけ並べて売るん」
「注文されたんですから、商品でしょう?」
「そうなんやけどな」
商品。
そう言われると、その通りだった。
鉄砲を作るために必要だから作る部品ではない。誰かがその部品そのものを必要として、銭を払って買っていく。
榊屋の部品。
そういう商品が、いつの間にか出来始めていた。
◇
客に部品を渡した後、善次郎が一度帰りかけて、思い出したように振り返った。
「あ、そうや」
「何?」
「これも見てくれ言われとった」
善次郎が小さな包みを出した。
「また注文?」
「ちゃう。向こうが持っとったやつや」
包みを開く。
中から出てきたのは、地板だった。
「地板?」
「榊屋の部品や言うて、どっかで買うたらしい」
「うちの?」
「そう言うとったで」
手に取った。
形は似ている。
穴の位置も、今の榊屋のものに近い。厚みも大きくは違わず、ぱっと見ただけなら、俺たちが使っている地板だと言われても不思議ではなかった。
だが、何かが違う。
縁の仕上げ。
穴の取り方。
表面に残る細かな手の跡。
お蓮のところから来たものとも違う。
榊屋で仕上げたものでもない。
念のため新八にも渡すと、しばらく地板を見ていた新八が、俺を見る。
「これ……」
「うん」
少なくとも、俺が知っている流れを通った地板ではなかった。
「善次郎」
「何や」
「これ、どこで買うたって?」
「そこまでは聞いてへん。何で?」
もう一度、地板を見る。
似ている。
かなり似ている。
だからこそ、気持ちが悪い。
「……これ、うちのやないぞ」




