余った部品
「置くところがありません」
お澪にそう言われて、俺は棚を見た。
地板、鋲、軸、ネジ。完成しているものもあれば、途中まで作ったものもある。少し前まで空いていた場所にも小箱が並び、その一つ一つに、お澪が書いた札が付いていた。
補修用の部品を置こうと言い出したのは俺だ。
売った鉄砲が壊れた時、部品がないから直せませんでは困る。注文が来てから慌てて作るのではなく、よく使うものくらいは先に作っておく。そのために、お蓮や嘉兵衛にまで話をして、百挺とは別に部品を作れるようにしようとしている。
だから、部品が増えたこと自体は正しい。
正しいはずなのだが。
「……棚増やそか」
「そういう話ではありません」
「違うん?」
「棚を増やしたら、また作るでしょう」
「…………」
「違います?」
「否定しづらいな」
お澪は小さく息を吐いた。
「まず、何がどれだけあるのか確認しませんか?」
「それは帳面に書いとるやろ」
「帳面に書いてある数と、本当にここにある数が同じか確認するんです」
「合っとるやろ」
「でしたら、すぐ終わりますね」
「…………」
何だろう。
最近、お澪の扱いが宗次郎に似てきた気がする。
「兄上」
「うわっ」
振り返ると、その宗次郎がいた。
「何ですか、その反応」
「いや、今ちょうどお前のこと考えとった」
「嫌な予感しかしませんが」
「気にすんな。それより、在庫数えるらしい」
「いいんじゃないですか」
「お前まで」
「帳面と実物が合っているか確認するんでしょう?」
「そうです」
「なら、やりましょう」
二対一になった。
仕方なく、棚にあるものを一度全部見ることになった。
◇
数えるだけなら、すぐ終わると思っていた。
甘かった。
「地板、二十三枚」
「待ってください」
「何や」
「そのうち完成しているのは何枚です?」
「……十八」
「残りは?」
「穴がまだのが三枚と、仕上げ前が二枚」
「では分けます」
「全部地板やん」
「同じものとして数えたら、今すぐ二十三枚使えるように見えるでしょう」
「……なるほど」
言われてみれば、その通りだった。
地板が二十三枚ある。
それだけ聞けば、鉄砲二十三挺分の地板がすぐ使えるように思える。だが実際には、五枚はまだその状態ではない。数だけ合っていても、中身を間違えれば意味がない。
お澪が帳面へ書き込む。
横では宗次郎が箱を一つずつ確認していた。
「こちらの鋲は?」
「嘉兵衛んとこから来たやつやな」
「確認済みですか?」
「……新八に見せたっけ?」
「私に聞かれても」
「新八!」
少し離れたところから新八が顔を上げた。
「何です?」
「この鋲、見た?」
「どれです?」
「この箱」
新八は手を止めてこちらへ来ると、箱の中から一本取り出した。
「……ああ、それならまだです」
「ほな確認前やな」
「分けましょう」
お澪がまた書く。
完成品。
仕上げ前。
確認前。
補修用。
次の百挺に使う予定のもの。
最初は全部まとめて「部品」だったものが、見ていくうちにどんどん違うものになっていった。
同じ形をしていても、使える状態が違う。
同じ棚にあっても、使う目的が違う。
同じ一個でも、今すぐ使える一個と、あと一手間必要な一個では意味が違う。
そして棚の奥から、妙な箱が出てきた。
「……これ何?」
箱の中には地板が六枚入っていた。
見覚えはある。
だが、今使っているものとは穴の位置が少し違う。
「佐吉!」
「何や!」
「これ何!」
佐吉がやって来て、中を覗いた。
「ああ。前からあるやつや」
「何用?」
「昔のやつちゃうか」
「昔の何?」
「鉄砲」
「それは分かるわ!」
声を聞きつけた藤吉まで寄ってきた。
「ああ、それまだあったんか」
「知っとる?」
「だいぶ前の地板やろ」
「何で置いとんねん」
「使えるかもしれんから」
「いつ?」
「いつか」
「一番あかんやつや!」
俺は地板を一枚持ち上げた。
今のものとは違う。
だからといって、鉄屑というわけでもない。穴の位置も形も、何かしらの理由があってこうなっているはずだ。
「新八、これ分かる?」
呼ばれた新八が地板を受け取り、今使っているものと並べた。穴の位置を見て、縁を合わせ、しばらく眺める。
「古いですね」
「それは分かった。使える?」
「今のものには、そのままでは使えません」
「やっぱり捨てる?」
「待ってください」
新八が地板を裏返した。
「これを使っていた頃の鉄砲なら、こちらの方が合うかもしれません」
「あ」
そうだった。
今の榊屋の鉄砲だけを見れば、古い部品だ。
だが、榊屋がこれまで売った鉄砲が消えたわけではない。今より寸法を揃えることが出来なかった頃の鉄砲も、半規格にし始めた頃の鉄砲も、まだどこかで使われている。
その鉄砲が壊れて榊屋へ戻ってきた時、今の地板を無理に合わせるより、この古い地板の方が使いやすい可能性がある。
「……古いから要らん、とはならんのか」
「はい。ただ、今から同じものをたくさん作る必要もないと思います」
「せやな」
六枚。
これを新しい百挺へ使うことはない。
だが、昔売った鉄砲が壊れて戻ってきた時には、むしろ今の地板より役に立つかもしれない。
「ほな、古いやつって分かるようにしとこ」
「古い、だけでは足りないと思います」
お澪が言った。
「何で?」
「もっと古いものが出てきたらどうするんです?」
「……古い。もっと古い」
「やめてください」
怒られた。
◇
さらに探すと、似たようなものが次々に出てきた。
少し前まで使っていた軸。
今より頭の小さい鋲。
試しに作ったまま残っていた金具。
途中まで削ったもの。
誰かが直すつもりで置いて、そのままになったもの。
「これ何?」
「分からん」
「これは?」
「何やろな」
「これは?」
「見たことある気がする」
「誰が作った?」
「知らん」
「何に使う?」
「さあ」
頭が痛くなってきた。
今までなら、それでも困らなかったのだろう。
工房の隅に置いておいて、必要になった時に誰かが「ああ、あれ使えるんちゃうか」と拾ってくる。数が少なく、作った職人が覚えているうちなら、それで済む。
親父や五平に聞けば分かる。
佐吉が覚えているかもしれない。
誰も覚えていなくても、現物を見れば何となく分かる。
そういうやり方でも、昔の榊屋なら回った。
だが、百挺作るようになって、外から部品が入り、補修用まで持ち始めると、それでは済まない。
あるのか。
ないのか。
使えるのか。
使えないのか。
何に使えるのか。
どの鉄砲に使えるのか。
それが分からなければ、棚に置いてあるだけだ。
物はあるのに、使えるかどうか分からない。
それなら、無いのと大して変わらない。
「……何か分からんやつ、別にしよ」
「捨てるんですか?」
「いや。いきなり捨てん。五平とか親父にも見せる。でも、分かっとる部品と一緒には置かん」
「それがいいと思います」
お澪が頷いた。
そこへ宗次郎が、別の箱を持ってきた。
「兄上、こちらはどうします?」
「何?」
「今の地板です。確認も終わっています」
「補修用やろ?」
「三十二枚あります」
「……三十二?」
「はい」
「三十ちゃうかった?」
「試しに作った分と、お蓮さんのところから余分に戻った分があります」
「二枚くらいええやん」
「来月も二枚増えたら?」
「…………」
「その次も二枚増えたら?」
「分かった。言いたいこと分かった」
作れるようになると、作ってしまう。
少し余ったものを、もったいないから置いておく。
次も少し余る。
それも置く。
一枚二枚なら気にならない。それが十種類の部品で起きれば十枚二十枚になり、毎月続けば、いつの間にか棚一つでは収まらなくなる。
しかも、余った分だけ材料と手間はすでに使っている。
置いてある間、それは鉄に戻るわけでも、銭に戻るわけでもない。
「次の百挺に使えばええんちゃう?」
「補修用として三十枚残すなら、二枚は使えますね」
「ほなそうしよ」
「ですが、こちらは?」
宗次郎が別の地板を出した。
「……古いやつ」
「使いませんよね」
「今の百挺にはな」
「では、これは残る」
「うん」
「こちらの仕上げ前も残す」
「うん」
「確認前も残ります」
「……うん」
「棚、空きませんね」
「うるさいな!」
◇
その日の夕方、俺は善右衛門のところへ行った。
笑われる気はしていた。
案の定、笑われた。
「せやから言うたやろ」
「言われました」
「銭、棚に並んどったか?」
「思ったより並んどった」
「綺麗やったか?」
「埃かぶっとるのもあった」
「最悪やな」
「笑うな!」
善右衛門はしばらく笑ってから、湯呑みを置いた。
「で、何が余っとった」
「色々や。今使っとる部品もあるし、古いのもある。途中まで作ったのもある。何か分からんのもあった」
「最後のは在庫ちゃう」
「じゃあ何や」
「片付け忘れや」
「ひどいな」
「何かも分からんもんを、何の勘定に入れるんや」
言われてみれば、その通りだった。
「でも、使えるかもしれん」
「ほな、何に使えるか調べろ」
「調べても滅多に使わんやつは?」
「置いとく意味があるなら置いとけ」
「意味?」
「お前、何のために余分に作り始めたんや」
「壊れた時にすぐ直せるように」
「ほな、それに使えるなら意味あるやろ」
「でも、いつ出るか分からん」
「そんなもんや」
善右衛門はあっさり言った。
「いつ売れるか全部分かっとったら、商売なんぞ誰でも出来る」
「前にも聞いたな、それ」
「お前が同じこと何回も聞きに来るからや」
「すんません」
「ただな、よう出るもんと、十年に一回出るか分からんもんを同じ数置いとく必要はない」
「そらそうやな」
「すぐ要るもんは置いとけ。滅多に出んもんは少なくてええ。途中まで作っとけば間に合うなら、途中で止めとけ。注文来てからでも間に合うなら作るな」
単純な話だった。
全部を同じように持とうとするから、おかしくなる。
よく出る鋲と、滅多に壊れない部品。
今の鉄砲に使う地板と、昔の鉄砲にしか合わない地板。
同じ一個でも、持っておく意味は違う。
「なるほど」
「それとな」
「何?」
「売れるか分からんもんを持つんは商売や」
善右衛門が俺を見る。
「何か分からんもんを持つんは、ただの片付け忘れや」
「……それ、さっきも言うたやん」
「大事やから二回言うた」
「腹立つな」
善右衛門は笑った。
「在庫っちゅうんはな、多けりゃ安心するもんでも、少なけりゃ偉いもんでもない。要る時に、要るもんがある。それが一番や」
「要る時に、要るもんがある……」
「そのために余分に持つんやろ?」
「うん」
「ほな、棚いっぱいにすることを仕事にすんな」
「してへんわ」
「なりかけとるから来たんやろが」
何も言い返せなかった。
◇
翌日、もう一度棚の中身を整理した。
すぐ出せる完成品。
途中まで作って置いておくもの。
注文が来てから作るもの。
そこまでは前に決めた。
今回は、それにもう一つ考えることが増えた。
これからも作り続けるもの。
今ある分を使い切ったら、しばらく作らないもの。
昔の鉄砲を直すために、少しだけ残しておくもの。
そして、何に使うか分からないもの。
「最後のは?」
「調べる」
「分からなかったら?」
「……考える」
「捨てないんですね」
「いきなり捨てるの怖いやん」
お澪が笑った。
「何や」
「いえ。虎松さんでも、もったいないと思うんですね」
「思うわ。誰かが時間かけて作ったもんやぞ」
材料も使っている。
火も使った。
職人の手も使った。
それを、分からないからと簡単に捨てる気にはなれない。
だからこそ、分からないまま置いておくのも違う。
五平や親父、佐吉にも見てもらい、それでも分からないものは別にした。使い道が分かったものには札を付ける。
いつ頃作ったものか。
何に使うものか。
完成しているのか、途中なのか。
確認が終わっているのか。
最初は、棚に何個あるか分かれば十分だと思っていた。
違った。
数だけ分かっても、何に使えるか分からなければ役に立たない。
何に使えるか分かっても、完成しているか分からなければすぐには出せない。
完成していても、確認が終わっていなければ、そのまま鉄砲へ組み込むわけにはいかない。
一つ分かると、次に知りたいことが増える。
「これ、作った時期も書いといた方がええな」
「必要ですか?」
宗次郎が聞いた。
「古い鉄砲と今の鉄砲で違うやろ。あとで見た時、どっち用か分からんようになる」
「でしたら、何年の頃のものか分かるだけでも違いますね」
「うん」
「完成か途中かも分けます」
お澪が言う。
「確認済みかどうかも欲しいです」
新八も加わる。
「待て待て。札でかならん?」
「箱を分ければいいでしょう」
「棚が足らん言うたのお前やん」
「だから、余計なものを増やさないようにするんです」
「難しいな、在庫!」
思わず声が出た。
作る方がよほど簡単に思えてきた。
寸法を決めて、材料を決めて、工程を決める。作り方を決めてしまえば、あとは同じものを作れるようにしていけばいい。
在庫は違う。
作った後も考えなければならない。
いつ作った。
何に使える。
何個ある。
どこにある。
どこまで出来ている。
誰が確認した。
次にいつ作る。
そもそも、まだ作る必要があるのか。
棚に置いた瞬間から、新しい仕事が始まる。
俺は今まで、物を作ることばかり考えていた。
だが百挺を作り、その百挺が榊屋の外へ出ていくようになれば、作った後のことまで考えなければならない。
鉄砲も。
部品も。
どうやら、作れば終わりではないらしい。
◇
夕方には、棚の見た目が少し変わった。
箱の数は、思ったほど減っていない。
だが、どこに何があるのかは分かる。
今の鉄砲に使うもの。
古い鉄砲の補修に残すもの。
途中まで作ったもの。
確認待ち。
何に使うのか調べているもの。
「……棚、増やさんで済んだな」
「最初から増やす必要ありませんでした」
「でも部品は大して減ってへんぞ」
「分からない部品が減りました」
「…………」
「そっちの方が大事でしょう?」
俺は棚を見た。
昨日までと同じように箱が並んでいる。
だが、昨日とは違う。
欲しいものを探せる。
あると思っていたら無かった、ということも減る。
古い部品を間違えて今の鉄砲に使うこともない。
そして、足りなくなりそうなものも分かる。
「せやな」
お澪が少し笑った。
補修用の部品を作れば終わりだと思っていた。
違った。
作った部品を、必要な時に使える状態で持っておく。
そこまでやって、ようやく補修のための在庫になる。
棚に並んでいるのは、ただの鉄ではない。
昔売った鉄砲を、これからも使い続けてもらうための部品だ。
そう考えると、善右衛門の言った「銭を棚に並べる」という言葉も、少しだけ違って聞こえた。
確かに銭は寝ている。
だが、寝かせる意味のある銭もある。
問題は、その意味を俺たち自身が分かっているかどうかなのだろう。
そこへ庄吉がやって来た。
「虎松さん」
「ん?」
「明日、お蓮さんのところに持っていく見本、用意しときました」
「おう。ありがとな」
「地板の寸法見るやつも一緒にしときますね」
「ああ。全部持っていかんでええぞ。地板に要るところだけ分かればええから」
「はい!」
庄吉は元気よく返事をして戻っていった。
お蓮が見つけてきた三軒にも、これから少しずつ仕事を出す。
榊屋の外で同じ部品を作ってもらうなら、寸法を伝える道具も必要になる。だからといって、榊屋で使っている寸法を何もかも外へ持ち出す必要はない。
必要な寸法だけ渡す。
見本も付ける。
最初に出来たものは、お蓮が見る。
そこを通ったものを、新八が確認する。
誰に、何を、どこまで渡すか。
在庫と同じだ。
何となく全部置いておくのではなく、必要なものを必要なだけ。
そこまで決めてある。
今度こそ大丈夫だろう。
◇
翌朝。
「……虎松さん」
振り返ると、庄吉が立っていた。
顔が固い。
「何や」
「ちょっと、お話が」
「その言い方やめろ」
「はい」
「で、何や」
「昨日、用意してた物差しなんですけど」
「うん」
「一本、見当たらなくて」
「…………」
嫌な予感がした。
「どの物差し?」
「榊家寸のやつです」
「…………」
「…………」
「お前、ちょっとそこ座れ」
「はい……」




