↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
虎松〜元エンジニアの戦国ものづくり革新録〜  作者: 真部 朝樹
百挺のその先へ編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
107/151

三十枚は無理や


 昨日、宗次郎に「誰が作るんです?」と聞かれた時、俺は答えられなかった。


 補修用として、どの部品をどれだけ置いておくのか。それについては、お澪が拾ってくれた過去の記録を見ながら、とりあえず最初の数を決めた。完成した状態で置いておくもの、途中まで作って置いておくもの、注文が来てから作るもの。売れた数を残し、足りなければ増やし、余り続けるようなら減らす。最初から正しい数なんて分からないのだから、記録を取りながら直していけばいい。


 そこまでは決まった。


 だが、決めたところで人の手が増えるわけではない。


「地板は、完成したやつと途中までのやつ合わせて、最初は三十枚くらい欲しい」


「はい」


「鋲は嘉兵衛に相談する。軸もあっちと榊屋で分けたら何とかなるやろ」


「はい」


「地板は……」


 俺は宗次郎が広げた予定を見た。


 今月の百挺。来月の百挺。お蓮のところに出す予定。榊屋で粗く切る予定。戻ってきたものを検査する予定。


 そこへ、補修用の三十枚を足す。


「兄上」


「何や」


「百枚に三十枚足すと、百三十枚です」


「……そうやな」


「三割増えます」


「…………」


「少し、ですか?」


「数字にすると急に多いな」


「数字にしなくても多いと思います」


 正論だった。


 俺の頭の中では「補修用に三十枚」だったのだが、作る側から見れば「地板だけ三割増産」である。


 百挺作れるようになったからといって、何でも百個作れるようになったわけではない。銃身には銃身の仕事があり、台木には台木の仕事があり、地板には地板の仕事がある。その一つだけ三割増やせと言われても、作る側には知ったことではない。


「……お蓮んとこ行ってくる」


「たぶん断られると思いますよ」


「行く前から言うな」


「この前も断られていましたから」


「今回はちゃんと相談する」


「前回も相談だったのでは?」


「お前、最近ほんまに容赦ないな」


     ◇


「無理や」


「まだ何も言うとらんぞ!」


 お蓮は俺の顔を見るなり答えた。


「増やす話やろ」


「何で分かるんや」


「お前がここ来る時、大体そうや」


「たまには世間話しに来るかもしれんやろ」


「したことあるか?」


「……ないな」


「ほな何枚や」


「三十」


「無理や」


「せめて考えろ!」


「考えたわ!」


 早い。


 お蓮は手元の仕事を続けながら、俺の方を見もしない。


「今でも榊屋の分、毎月かなり入っとるんやぞ。そこに三十増やせ言うんか」


「補修用なんや」


「何用でも地板は地板や」


「全部完成までやらんでもええ。途中までのやつも混ぜる」


「それでも増えるやろ」


「粗く切るところは榊屋でやる」


「穴は?」


「こっちで……」


「仕上げは?」


「こっちで……」


「見るんは?」


「……こっちで」


「ほな無理や」


 ぐうの音も出ない。


 前回は、榊屋で板を粗く切って持ってくることで、お蓮のところの仕事を減らした。それで追加分を何とか十日以内に揃えることができた。


 だから今回も同じようにすれば増やせると思っていた。


 だが、切る仕事を減らしても、穴を開ける仕事は残る。形を整える仕事も残る。最後に確認する仕事も残る。


「粗切り減らした分、前より楽になったんちゃうん?」


「なったで」


「ほな」


「その分、穴と仕上げが増えた」


「…………」


「何や」


「仕事って、一個詰まり取ったら別んとこ詰まるんやな」


「知らんわ」


 知っていたはずなのに。


 榊屋でも何度も同じことが起きている。銃身が早く出来るようになったら台木が足りなくなり、部品が増えたら検査が詰まり、外へ仕事を出したら今度はどこに何個あるのか分からなくなった。


 一つ早くしたからといって、全部が同じだけ早くなるわけではない。


「何枚なら増やせる?」


「今のままなら?」


「うん」


「十くらい」


「十か」


「それ以上欲しかったら、ほかの仕事減らせ」


「それは出来ん」


「ほな十や」


 三十欲しい。


 増やせるのは十。


 残り二十。


 前回とほとんど同じだった。


「人増やせん?」


「誰を?」


「地板作れる奴」


「おったらもう増やしとるわ」


「弟子は?」


「教えとる。せやけど、明日からいきなり一人前になるわけちゃうぞ」


「そらそうやな」


「三十枚増やしたいんやったら、三十枚分の手ぇも増やしてくれ」


 お蓮が言った。


 俺はその言葉を聞きながら、工房の中を見た。


 何人かが仕事をしている。昔より人は増えたし、お蓮一人が地板を作っていた頃とは違う。簡単なところを任せられる者もいるし、ある程度までなら一人で作れる者もいる。


 それでも、お蓮のところで作れる量には限界がある。


 当たり前だ。


 お蓮の腕が良くても、手が増えるわけではない。


「……なあ」


「何や」


「何で全部ここで作らなあかんの?」


 お蓮の手が止まった。


「は?」


「いや、地板」


「お前が頼んどるからやろ」


「せやけど、お前んとこで全部作らなあかん決まりはないやろ?」


「何言い出したんや」


 俺にもまだ、はっきりした形が見えているわけではなかった。


 ただ、榊屋が百挺作れるようになった理由は分かっている。


 全部を榊屋の中で作るのをやめたからだ。


 銃身を作る奴。台木を作る奴。金具を作る奴。外で作る奴。運ぶ奴。検査する奴。


 仕事を分け、それぞれが出来ることを増やしたから百挺まで来られた。


 なら、地板も同じことをすればいい。


「ほかの鍛冶屋に出したらええんちゃう?」


「出したらええやん」


「うん」


「お前が」


「いや、お前が」


「何でや!」


 即座に怒鳴られた。


「待て待て。最後まで聞け」


「何でうちが、よその鍛冶屋に仕事出さなあかんねん」


「お前が一番、地板のこと分かっとるからや」


「榊屋の仕事やろ」


「せやから、お前に頼みたいんや」


「意味分からんわ」


 まあ、そうなる。


 俺は一度言葉を切った。


 単に三十枚増やしてくれという話ではない。


 これから百挺、二百挺と榊屋の鉄砲が世に出れば、補修する部品も増えていく。地板だけで終わるとも思えない。そのたびに俺が一軒ずつ鍛冶屋を探し、作り方を説明し、出来たものを確認していたら、今度は俺が詰まる。


 だから必要なのは、お蓮の手ではない。


 お蓮の目と、経験と、信用だった。


「お蓮」


「何や」


「頼む。俺ともっと深い仲になってくれ」


「…………は?」


 お蓮の手が止まった。


 完全に止まった。


 さっきまで聞こえていた金槌の音まで、なぜか近くの二つほどが止まった気がする。


「今までみたいに、俺が『地板二十枚頼む』言うて、お前が作って、それを榊屋に返すだけやなくてやな」


「……うん」


「もっと深いところまで入ってほしいんや」


「…………」


「俺は、お前のこと信頼してるから言っとる」


「…………お前な」


「地板の作り方も分かっとる。どこまでなら人に任せられるかも分かっとる。出来たもん見て、ええかあかんかも分かる。せやから、ほかの鍛冶屋に仕事を出すところから、お前に任せたい」


「…………」


 どこかで、ぶふっ、と音がした。


 何だと思って振り向くと、少し離れたところで仕事をしていた男が、顔を伏せて肩を震わせていた。その隣にいる奴も口元を手で押さえている。


「何や?」


「何でもないです」


「ほな仕事せえよ」


「はい」


 妙な奴らだ。


 俺はお蓮へ向き直った。


「粗い仕事は別の鍛冶屋に出す。出来るところなら穴までやってもらってええ。難しい仕上げはお前んとこでやる。出来上がったもんをお前が見て、あかんかったら戻す」


「……うん」


「榊屋が一軒一軒に頼むんやなくて、お前がまとめるんや。最初は地板だけでもええ。慣れてきたら、ほかの金具までまとめられるかもしれん」


「…………」


「最終的には、部品を作る連中の元締めにだってなれるかもしれん」


 お蓮の顔が変わった。


 ようやく俺の言いたいことが伝わったらしい。


「もちろん、ただでやれとは言わん。人に教えるのも、出来たもんを見るのも仕事や。その分は榊屋からちゃんと払う」


「……それを」


「ん?」


「それを最初から言えや!」


「言うたやん」


「言い方の話や!」


 お蓮が立ち上がった。


「頼む、もっと深い仲になってくれ、やないわ!」


「いや、今より深く仕事に」


「紛らわしい言い方すんな!!」


「何が!?」


 その瞬間、さっきまで堪えていたらしい男衆から、一斉に啜り笑う声が漏れた。


「お前ら何笑っとんねん!」


「いや、別に」


「仕事の話やぞ!」


「分かってますって」


「ほな笑うな!」


 何がおかしいのか、さっぱり分からなかった。


 お蓮だけが額を押さえている。


「……ほんま、こいつは」


「何やねん」


「何でもないわ!」


 理不尽だった。


     ◇


「で、うちに何の得があるんや」


 しばらくして、お蓮が聞いた。


 さっきまで妙に機嫌が悪かったのだが、仕事の話になった途端、いつもの顔に戻った。


「銭」


「詳しく」


「食いつくん早いな」


「商売やぞ」


 頼もしい。


「今までみたいに、お前が作った枚数だけ払うんやったら意味ないやろ」


「当たり前や」


「ほかの鍛冶屋に仕事出して、お前が教えて、出来たもん見て、あかんかったら直させる。それも仕事として払う」


「誰が?」


「榊屋が」


「よその鍛冶屋に払う分は?」


「そこも考える。お前がまとめて払う形でもええし、最初は榊屋から払ってもええ」


「面倒やな」


「最初はな」


「ずっとやろ」


「慣れたら減る!」


「ほんまか?」


「たぶん」


「おい」


 俺は咳払いした。


「でも、お前が一枚ずつ全部作らんでも、銭になるようには出来る」


 お蓮の目が変わった。


「……今、何て言うた?」


「一枚ずつ全部作らんでも」


「その後や」


「銭になる」


「詳しく聞こか」


「そこなん!?」


 そこらしい。


 だが、俺としてもその方がいい。


 お蓮に善意で面倒を見てもらおうとは思っていない。人に教えるのも、出来上がったものを見るのも、駄目なところを指摘するのも仕事だ。自分で地板を一枚作る時間を使って誰かを教えるなら、その時間にも銭が出なければ続かない。


「でもな」


 お蓮が言った。


「何や」


「うちが教えた奴が、うちより安う作れるようになったらどうすんねん」


「ああ」


「そのうち榊屋が直接そっちに頼むようになったら、うちは損するだけやろ」


 もっともだった。


 お蓮に作り方を教えさせて、育ったところで榊屋が直接仕事を持っていく。そんなことを一度でもやれば、二度と誰も協力してくれない。


「それはせん」


「口だけなら何とでも言えるで」


「ほな、最初からお前を通す形にする」


「どういうことや」


「地板の仕事は、お前に頼む」


「今もそうやろ」


「違う。百枚なら百枚、お前に頼む。その中で、お前が何枚作って、何枚ほかへ出すかはお前が決める」


 お蓮が黙った。


「榊屋は必要な数と、寸法と、いつまでに欲しいかを言う。出来たもんが榊屋の決めたところまで出来とるかは見る。せやけど、途中を誰にやらせるかまで俺が全部決めんでもええ」


「うちがまとめろってことか」


「そう」


「失敗したら?」


「まずお前んとこで見てくれ。そこで止められるもんは止める。難しい判断は新八か五平に持ってきてもええ」


「うちの責任増えとるやん」


「銭も増やす」


「そこは大事やな」


「そこだけ反応早いな!」


 お蓮は腕を組んだ。


 すぐには返事をしなかった。


 俺も急かさなかった。


 これは地板を三十枚追加してくれという話とは違う。


 お蓮の仕事そのものを変える話だ。


「……誰に出すんや」


 しばらくして、お蓮が言った。


「そこから一緒に探す」


「地板作ったことない奴でもええんか?」


「いきなり全部はあかん。最初は簡単なところだけやな」


「見本は?」


「作る」


「道具は?」


「必要なら榊屋で作れるもんは作る」


「寸法は?」


「榊家寸を使う。ただし、全部渡す必要はない。地板に要るところだけでええ」


「最初は何枚やらせる?」


「五枚とか」


「少な」


「最初から三十枚渡して全部あかんかったら泣くぞ」


「お前が?」


「俺が」


「ほな見てみたいな」


「やめろ」


 お蓮が笑った。


「……まあ、考えたる」


「ほんま?」


「三十枚作れ言われるよりはましや」


「よっしゃ!」


「まだやる言うてへん」


「考える言うたやん」


「考えるだけや」


「ほぼやるやろ」


「調子乗んな」


 それでも、さっきまでの「無理」とは違った。


     ◇


 榊屋へ戻ると、五平が千吉の作った金具を見ていた。


 寸法を測り、角度を確かめ、最後に指で何度か触ってから千吉へ返す。


「ここ、もう一回や」


「寸法は入ってます」


「入っとる」


「では、どこが」


「削り方が片寄っとる。このまま続けたら次で外すぞ」


 千吉は金具を受け取り、しばらく見てから頷いた。


 相変わらず俺には、五平が何を見ているのか全部は分からない。


 だが、千吉は少しずつ分かるようになっている。


「五平」


「何や」


「自分で十個作るんと、人に十個作らせるん、どっちが難しい?」


「人に決まっとるやろ」


「即答やな」


「自分でやった方が早いもん」


「……それでも教えるん?」


 五平が俺を見た。


「教えんかったら、いつまで経っても俺が作るんやろ」


「なるほどな」


「何や急に」


「いや、お蓮にも同じことやってもらおうかな思って」


「嫌がるやろ」


「嫌がった」


「そらそうや」


「でも考える言うてくれた」


「ほな、銭の話したんやな」


「何で分かった」


「お蓮やぞ」


「みんなお蓮のこと分かりすぎやろ」


 五平は笑った。


 だが、言っていることは単純だった。


 自分で作った方が早い。


 それでも、人に教えなければ自分が作り続けるしかない。


 榊屋が百挺まで増やせたのも、結局はそれを繰り返したからだった。


     ◇


 二日後、お蓮が榊屋へ来た。


「三軒、心当たりある」


「もう探したん!?」


「考える言うたやろ」


「行動早いな」


「一軒は金具やっとる。地板は作ったことないけど、穴開けと削りは出来る。もう一軒は鍛冶屋やけど、今あんまり仕事入っとらん。最後の一軒は知り合いのとこで若いのが仕事欲しがっとる」


「ほな、最初の一軒から見よか」


「三軒全部見ろ」


「何で?」


「一軒に全部出したら、うちと同じことになるやろ」


「…………」


「何や」


「お前、もう俺より分かっとらん?」


「誰のせいやと思っとんねん」


 返す言葉がなかった。


 結局、最初から三十枚を全部外へ出すことはしなかった。


 まずは少ない数を、それぞれ違う仕事に分けて試す。一軒には粗く切った板の穴加工まで、一軒には形を整えるところまで、もう一軒にはさらに簡単な金具から始めてもらう。


 見本はお蓮と榊屋で用意する。


 最初に出来たものは、お蓮が見る。


 そこを通ったものを新八が確認する。


 手間は増える。


 たぶん、最初のうちはお蓮が自分で作った方が早い。


 それでも、そのままではお蓮が作れる数が、そのまま榊屋が使える地板の数になる。


 それでは百挺の先へ行けない。


「なあ、お蓮」


「何や」


「そのうち地板、お前が一枚も作らんでも百枚出来るようになったりしてな」


「ほな楽でええわ」


「寂しくない?」


「その百枚の銭がうちにも入るなら全然」


「強いな、お前」


「商売やぞ」


 お蓮は当たり前のように言った。


 作れる職人を増やす。


 百挺を作るまでにも、俺たちはそれを何度もやってきた。


 ただ、今度は榊屋の中ではない。


 榊屋の外にいる職人へ仕事を渡し、作り方を教え、出来たものを見て、また次の仕事を渡す。その真ん中に、お蓮がいる。


 俺が一軒一軒を見なくても、仕事が流れるようになる。


 まだ三軒。


 それも、最初は数枚ずつだ。


 上手くいくかどうかも分からない。


 それでも、榊屋の外側に、今までとは少し違うものが出来始めていた。


 工房でもない。


 一人の職人でもない。


 いくつもの工房を繋いで、同じ部品を作る流れ。


 そんなものを、この時代に何と呼べばいいのか、俺には分からなかった。


 ただ一つ分かるのは、これが上手くいけば、お蓮に「三十枚増やしてくれ」と頭を下げる必要はなくなるということだった。


「よし」


「何や」


「これで地板はいける」


「まだ一枚も増えとらんぞ」


「…………」


「何や」


「そういうとこ宗次郎に似てきたな」


「誰がや!」


 どうやら安心するには、まだ少し早いらしい。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。