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虎松〜元エンジニアの戦国ものづくり革新録〜  作者: 真部 朝樹
百挺のその先へ編

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余分に作れ


 補修用の部品を、注文される前から作っておく。


 昨日そこまで考えたところで、俺は一つ大事なことに気付いた。


「で、何個作る?」


 誰も答えなかった。


 宗次郎は俺を見ている。お澪も俺を見ている。少し離れたところで部品を確認していた新八まで手を止め、こちらを見ていた。


「……何でみんな俺見るん?」


「兄上が作ると言ったからでは?」


「言うたけど」


「でしたら、兄上が決めるのかと」


「まあ、そうなんやけどな」


 作ること自体は決めた。


 前回のように、注文が来てから地板二十枚、鋲五十本、軸三十本を十日で揃えようとすれば、榊屋の中だけではなく、お蓮や嘉兵衛の予定まで動かすことになる。


 だったら、普段から補修用の部品を余分に作っておけばいい。


 そこまでは簡単だった。


 問題は、その余分がいくつなのかである。


「地板二十。軸三十。鋲は……百くらい?」


 宗次郎の眉が動いた。


「何を基に決めたんです?」


「…………」


「兄上?」


「勘」


「五平さんと同じこと言ってますよ」


「それは言うな!」


 あれだけ五平の「見たら分かる」に苦しめられてきた俺が、まさか自分で同じようなことを言うとは思わなかった。


 いや、違う。


 五平には長年の経験がある。何百挺と鉄砲を作り、鉄を叩き、部品を合わせてきた経験があって、その積み重ねの先に「見たら分かる」がある。


 俺のは本当にただの勘だ。


 もっと悪かった。


「とりあえず置いといて、足りんかったら増やしたらええやん」


「多すぎたら?」


「減らす」


「その間、余った部品は?」


「置いとく」


「置いている間に使った鉄や、作った人の手間は?」


「…………」


「兄上?」


「お前、善右衛門みたいになってきたな」


「答えてください」


 逃げられなかった。


「銭が寝る」


「少なすぎたら?」


「注文来てから作ることになる」


「では、多すぎず少なすぎず作ればいいんですね」


「そう」


「何個です?」


「それが分からん言うとるやろ!」


 宗次郎が少し笑った。


 絶対分かって聞いている。


 こいつ、昔はもう少し素直な弟だった気がする。


「今まで、どれくらい壊れとる?」


 俺が聞くと、お澪が手元の帳面を開いた。


「昨日から少し調べています」


「もう?」


「虎松さんが調べると言っていましたから」


「俺、まだ何も頼んでへんけど」


「頼まれてから探すより、先に見ておいた方が早いので」


「……助かります」


 最近、この人が榊屋にいることに慣れすぎている気がする。


 お澪が持ってきたのは、昔から榊屋で使っていた帳面だった。今のように細かく何でも残していたわけではないが、誰に何挺売ったか、何を追加で渡したか、修理で何を受け取ったかといった記録は、ところどころ残っている。


「全部は分かりません」


「うん」


「何も書かずに直したものもあると思いますし、向こうの鍛冶屋さんで直したものは当然分かりません。それに、壊れたのか失くしたのか分からないものもあります」


「それでもええよ」


 何挺売って、そのうち何挺が壊れたのか。そんな綺麗な数字は残っていない。


 それでも、何を求められたのかは残っている。


 今はそれで十分だった。


「鋲は多いです」


「やっぱり?」


「ただ、壊れたとは書いていません。『鋲を十本追加』『二十本渡す』という書き方が多いです」


「失くしたんかな」


「それもあると思います」


 小さな部品である。


 外して置いたらどこかへ行った、なんてこともあるだろうし、使っているうちに傷むこともある。理由は分からなくても、追加で求められているという事実は使える。


「軸は?」


「鋲ほどではありません。ただ、何度かあります」


「地板は?」


「少ないです」


「ほな、あんまり置かんでええか」


「でも」


 お澪が別の帳面を開いた。


「一度に頼まれる数が多いです」


「……ああ」


 今回もそうだった。


 鋲なら十本、二十本と細かく出ているのに、地板は一度頼まれると五枚、十枚とまとまっている。


「何でやろ」


「使っている鉄砲をまとめて直しているのかもしれません」


「それはありそうやな」


 理由は分からない。


 だが、理由が分からなくても、注文のされ方に違いがあることは分かる。


 俺は紙を一枚持ってきて、部品の名前を書き始めた。


「鋲は、よう出る」


「はい」


「軸は、そこそこ」


「はい」


「地板は、あんまり出んけど、出る時はまとまる」


「そう見えます」


「ほかは?」


 お澪が帳面をめくる。


 火ばさみ。


 ばね。


 細かな金具。


 台木の修理。


 銃身そのものについての相談。


 探してみると、思っていたよりいろいろある。


 ただ、何でも部品にして棚へ置けばいいわけではない。昨日確かめたように、そのまま交換しやすいものもあれば、鉄砲そのものを見なければ怖いものもある。


「全部作っとく必要はないな」


「そうですね」


 新八が頷いた。


「鉄砲を見ないと出せないものなら、置いておいても仕方ありません」


「うん。まずは、部品だけでも出しやすいやつからやな」


 鋲。


 軸。


 地板。


 その辺りから始める。


 問題は、まだ何個作るか決まっていないことだった。


「よう出るやつを多めにして、出んやつは少なめでええんちゃう?」


「それなら、さっきよりは理由がありますね」


「やろ?」


 宗次郎に褒められた。


 いや、たぶん褒められてはいない。


「ほな鋲を多め、軸はその次、地板は少なめ」


 そこまで言って、俺は止まった。


 何か足りない。


「……待て」


「何です?」


「出る数だけ見たらあかん」


 俺は昨日届いたばかりの地板を思い出した。


 鋲は嘉兵衛が「いける」と即答した。弟子たちにも作らせることができ、最後に嘉兵衛が確認すればいい。


 地板は違った。


 お蓮へ頼み、無理だと言われ、榊屋で板を粗く切り、もう一度持っていって、加工してもらい、戻ってきたものを新八が検査した。


「次が出来るまでの時間も違うやん」


 宗次郎が少し考えた。


「無くなった後、作るのに時間がかかるものは、ある程度多く置くということですか?」


「そう。鋲は無くなっても比較的早く作れる。せやけど地板が無くなってから二十枚くれ言われたら、またこの前と同じことになる」


「では、頼まれる回数が少なくても、地板はある程度置いておいた方がいい」


「そういうこと」


 少し見えてきた。


 どれくらい出るのか。


 一度にどれくらい出るのか。


 無くなってから次を作るまで、どれくらいかかるのか。


 その三つを見れば、少なくとも俺の勘だけで決めるよりはましになる。


「……面倒やな」


「兄上が始めたんですよ」


「分かっとる」


     ◇


「お前、銭を棚に並べる気か」


 善右衛門に話したところ、最初に返ってきた言葉がそれだった。


「部品や」


「売れるまで銭には戻らんやろ」


「……部品や」


「言い直しても変わらん」


 善右衛門の横では、新三郎が真剣な顔で話を聞いていた。


 こいつを預けてからまだそれほど経っていないが、以前より少しだけ商人らしい顔をするようになった気がする。


 気がするだけかもしれない。


「でも、注文来てから作っとったら遅いやろ」


「せやから置くなとは言うとらん」


「ほなええやん」


「置きすぎるな言うとる」


「それを今考えとるんや」


「分からんのやろ?」


「何で知っとる」


「お前が分かっとったら、わざわざ俺んとこ来んやろ」


 腹立つな。


 正しいけど。


 善右衛門は俺が持ってきた紙へ目を落とした。


「鋲はまだええ。小さいし、使う鉄も知れとる。ほかの仕事にも回せることがある」


「うん」


「地板は?」


「少しは置きたい」


「何枚や」


「それを」


「決めてから来い」


「相談しに来たんや!」


 新三郎が横から手を挙げた。


「善右衛門さん」


「何や」


「作って置いておいたものが売れなかったら、ずっと置いておくんですか?」


「置いときゃええならな」


「駄目なんですか?」


「場所も食う。鉄も使う。作る奴にも銭払う。百枚作って十枚しか売れなんだら、残り九十枚分の銭は帰ってこん」


「なるほど!」


 新三郎が大きく頷いた。


「では、絶対に売れる分だけ作ればいいんですね!」


「それが分かったら商売は苦労せん」


「なるほど!」


「お前、何でも納得するな」


「はい!」


「返事だけはええな」


 善右衛門がため息をついた。


 だが、新三郎の質問のおかげで、俺にも改めて分かった。


 在庫は多ければ安心できる。


 ただし、その安心を買うために銭がいる。


 棚に並んでいるのは地板でも鋲でも、そこにはすでに鉄を買った銭と、人を動かした手間が入っている。それが客のところへ出ていくまで、使った銭は帰ってこない。


「最初から正しい数を決めるんは無理やな」


 俺が言うと、善右衛門がこちらを見る。


「当たり前や」


「ほな、最初は少なく始める」


「ほう」


「足りんかったら増やす。余り続けたら減らす」


「それならまだ分かる」


「最初からそう言えや」


「自分で考えん奴は、また同じことで聞きに来るやろ」


「新三郎」


「はい!」


「このおっさん、こういう教え方するから気ぃつけろ」


「誰がおっさんや」


 善右衛門の声が低くなった。


 俺は聞かなかったことにした。


     ◇


 榊屋へ戻ってから、もう一度宗次郎たちと数を考えた。


 正解は分からない。


 なら、最初から正解を出そうとするのをやめる。


「鋲は多めに置く。よう出るし、無くなっても比較的早く作れる。軸はそれより少なめ」


「地板は?」


「完成したやつは少しでええと思う」


「少し?」


「その代わり、途中まで作ったやつを置いとく」


 宗次郎が顔を上げた。


「途中まで?」


「この前、お蓮に渡したやつあったやろ。シャーで粗く切った板」


「あれを置いておくんですか?」


「うん。全部地板にして置いとくより、必要になってから穴と仕上げやった方がええんちゃうか」


 完成した地板を何十枚も置けば、注文が来た時には早い。


 だが、どれだけ出るか分からないものへ、最初から最後まで人の手を掛ける必要はない。板を大まかな形まで切っておけば、一から作るよりは早いし、注文が来なければ最後の加工に使う手間もまだ掛からない。


「それなら、古い鉄砲に合わせる時も使いやすいかもしれません」


 新八が言った。


「あ」


「穴まで開けてしまうと、昔のものには合わないことがあります。途中なら、現物に合わせて仕上げられます」


「それや!」


 思わぬところでも都合がよかった。


 今の榊家寸に合わせ、すぐに出せる状態まで仕上げておくもの。


 途中まで作り、必要になってから仕上げるもの。


 そして、注文が来てから作るもの。


 全部を同じように考える必要はない。


「地板は完成したやつと、途中のやつ両方やな」


「数は?」


 宗次郎が聞いた。


「……まず少し」


「だから、いくつです?」


「お前そこ厳しいな!」


「数を決めないと作れません」


「分かっとる!」


 結局、お澪が拾ってくれた過去の記録を見ながら、最初に置いておく数を決めた。


 それが正しいかは分からない。


 たぶん、正しくない。


 そもそも、今ある記録だけでは足りないのだ。ならば、最初から完璧な数を当てようとして動けなくなるより、少ない数から始めて、間違っていたら直す方がいい。


「これで決まりですか?」


 宗次郎が聞いた。


「いや」


「違うんですか?」


「今だけや」


「今だけ?」


「売れたら減るやろ。減ったら足す。足りんかったら次は増やす。ずっと余っとったら減らす」


 宗次郎が帳面に書いた数を見る。


「つまり?」


「やりながら決める」


「決めてないじゃないですか」


「最初の数は決めたやろ!」


「後で変えるんでしょう?」


「変えてええんや!」


 宗次郎は納得したような、していないような顔をした。


 その隣で、お澪が新しい帳面を開いた。


「では、出した数も残しますね」


「頼む」


「残った数も?」


「それも」


「いつ作ったものかも?」


「……それも頼む」


「途中まで作ったものも、別にした方がいいですね」


「せやな」


「修理で戻ってきたものは?」


「それも……」


 言いながら、俺は嫌な予感がしてきた。


 お澪の筆は止まらない。


「どこへ出したかも残します」


「うん」


「同じところから、同じ部品をまた頼まれたら、それも分かるようにしておきますね」


「うん」


「増えましたね」


「帳面がな」


 宗次郎が顔を上げた。


「仕事もです」


「言うと思ったわ!」


 お澪が笑った。


 俺も笑った。


 ただ、今度の仕事は少し違う。


 鉄砲を百挺作るための仕事ではない。


 すでに売った鉄砲を、これからも使ってもらうための仕事だ。


 何が壊れるのか。何がどれだけ必要になるのか。どれくらい置いておけば足りるのか。


 今の俺たちには、まだ分からない。


 だから、残す。


 作った数を残す。出した数を残す。戻ってきたものを残す。


 分からないなら、次に分かるようにしておけばいい。


 そうして最初の補修用部品を作る数が決まったところで、俺はようやく一息ついた。


「ほな、これで作れるな」


 宗次郎は答えなかった。


「……何や」


「誰が作るんです?」


「…………」


 百挺の外に、置いておく部品の数は決まった。


 それを作る余裕があるかどうかは、まだ誰も決めていなかった。


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