百挺の外で
交換できることと、そのまま送っていいことは違う。
昨日、新八たちと実際に鉄砲を並べて確かめた結果、俺たちはひとまずそういう結論を出した。
今の榊屋で作っている鉄砲なら、多くの部品は別の鉄砲にも付く。多少の渋さや遊びは出るものの、何年もかけて寸法を揃えてきた成果はちゃんと出ていた。ただし、榊家寸を決める前に作った古い鉄砲となると話は別で、今の部品がそのまま付くとは限らない。
それに、付くからといって、それで終わりでもない。
「地板は、向こうの鍛冶屋に合わせてもらう前提で出す」
「合わせる?」
「そのまま付くこともある。せやけど、少し削らなあかん場合もある。それを先に言っといてくれ」
「ほな、榊屋の部品やのにそのまま付かんのか、言われへん?」
「言われるかもしれん」
「売りにくいなあ」
「嘘ついて売るよりええやろ」
「そらそうやけど」
善次郎は露骨に嫌そうな顔をした。商人からすれば、「榊屋の鉄砲なら榊屋の部品を買えばそのまま使えます」と言えた方が売りやすいのだろうし、俺だってそう言えるものなら言いたい。
だが、言えないものは仕方がない。
「鋲は今の寸法で出してええ。軸も向こうで確認してもらう。火ばさみそのものは、今回は出さん」
「何でや?」
「物によっては動き悪かったら困る。そこまでいくなら鉄砲ごと見たい」
「……部品売るだけでも面倒やな」
「昨日、俺も思った」
注文されたものを作ればいいと思っていた。ところが実際には、何をそのまま売ってよくて、何を調整して使ってもらい、何なら現物を見なければならないのかまで決める必要がある。
それでも、売り方については一応の答えが出た。
残っている問題は、もっと単純だった。
「で、作れるん?」
「それを今から考える」
「まだそこなん!?」
◇
宗次郎の前には、次の百挺を作るための予定が広げられていた。
俺も何度も見ているものだが、以前よりずっと細かくなっている。誰が何を作るかだけではなく、外へ出している仕事がいつ戻るか、材料がいつ入るか、検査をいつ通すかまで書き込まれている。その横では、お澪が別の帳面を開き、榊屋の中と外にある部品の数を確かめていた。
「それで兄上。追加分は、今ある部品から出さないということでいいんですね」
「うん。百挺分は触らん」
「でしたら、別に作るしかありません」
「せやな」
「どこで作ります?」
「…………」
俺は予定を見た。
宗次郎も俺を見た。
「兄上?」
「今考えとる」
「昨日から考えていたのでは?」
「昨日は交換できるか考えとったんや!」
「では、今日は作る方ですね」
「そういうこと」
簡単に言ってくれる。
まず頭に浮かんだのは、佐吉と藤吉だった。二人なら地板でも金具でも、今さら一から教える必要はない。
「佐吉らに追加で頼んだら?」
「その間、二人がやる予定の仕事は誰がやるんです?」
「……せやな」
次。
「水車の方でもう少し増やせん?」
「粗く切るところまでは増やせると思います」
「ほな」
「その後は?」
「……誰かが仕上げる」
「誰がです?」
「お前、今日厳しいな」
「予定を聞いているだけです」
宗次郎は悪くない。
百挺を作るための仕事は、すでに百挺分入っている。昔なら「空いている奴に頼む」で済んだかもしれないが、今は空いているように見える人間にも次の仕事がある。
なら、夜までやればいい。
一瞬そう考えて、すぐにやめた。
「夜やるんは無しやな」
「珍しいですね」
「お前、俺を何やと思っとる」
「兄上です」
「そういう話ちゃう」
今回だけなら、それでもいい。十日だけ頑張ればいいという話なら、俺も一緒に夜までやれば何とかなるかもしれない。
だが、補修部品は今回だけではない。
これから榊屋の鉄砲が増えれば、同じ注文はまた来る。来るたびに誰かが夜まで働くようなものを、仕組みとは呼びたくなかった。
「お澪。今ある分、もう一回教えて」
「はい。地板は榊屋に二十三枚。お蓮さんのところに二十枚あります。ただし、どちらも次の鉄砲に使う分です。鋲は予備を除けば、余分はほとんどありません。軸も同じです」
「やっぱ余っとらんな」
「余らせないようにしてきましたから」
お澪の一言に、俺は思わず顔を上げた。
「……それや」
「何がです?」
「今まで、余らんようにしてきたんや」
材料を余らせない。部品を余らせない。必要な時に必要な数を揃える。余分に作れば、その分だけ鉄も人の手も使うし、売れなければ銭にならない。だから宗次郎も、必要な数を見ながら予定を組んできた。
それは間違っていない。
百挺を作るためなら。
「百挺の中には、補修部品入っとらんもんな」
「入っていません」
「ほな、百挺の外で作るしかない」
「ですから、その場所を聞いているんです」
「分かっとるわ!」
宗次郎が少し笑った。
こいつ、最近俺の扱いに慣れてきたな。
◇
「無理や」
お蓮は即答した。
「まだ何も言うとらんぞ」
「地板増やしてくれ、やろ」
「何で分かった」
「その顔で来る時、大体仕事増やす話や」
何だろう。
宗次郎だけでなく、こいつにまで俺の顔を読まれるようになっている。
「二十枚」
「無理」
「十日」
「無理」
「話くらい聞けや!」
「聞いたやろ。二十枚、十日。無理や」
お蓮は作業台の上に置いていた地板をひっくり返し、穴の周りを確認してから脇へ置いた。その向こうでは何人かの職人が手を動かしており、榊屋の仕事をしている者もいれば、見覚えのない品物を扱っている者もいる。
「今、榊屋の分あるやろ。ほかの仕事もある。そこへ二十枚入れたら、どっか遅れるで」
「やっぱそうなるか」
「ほか止めてええなら作ったる」
「それはあかん」
「ほな無理や」
当然だった。
お蓮のところは榊屋のためだけに仕事をしているわけではない。榊屋の注文が増えたからといって、ほかの客の仕事を勝手に後ろへ押しやるわけにはいかない。
「何枚ならいける?」
お蓮は少し考えた。
「七」
「七か」
「頑張って八。十言うたら嫌や」
「ほな七で」
「珍しく聞き分けええな」
「俺かて成長するんや」
「何か企んどる?」
「何でや!」
信用がない。
ただ、七枚は確保できた。
残り十三枚。
俺はお蓮が作業している地板を眺めた。
「ちなみに、どこが一番時間食う?」
「何や急に」
「全部一から作るから二十枚無理なんやろ?」
「そらそうや」
「ほな、途中までこっちでやったら?」
お蓮の手が止まった。
「どこまで?」
「板を切るところ。大まかな形までこっちで出す。そっからやったら?」
「……物による」
「シャーで粗く切って、形もある程度揃えて持ってくる」
「穴は?」
「そっち」
「端の仕上げも?」
「そっち」
「材料は?」
「こっちで出す」
お蓮はしばらく考え、それから俺を見た。
「それなら、もう少しいけるかもな」
「十三いける?」
「いきなり全部押し付けんな」
「あと十三なんや!」
「知らんわ!」
結局、追加で何枚まで出来るかは、実際に粗取りしたものを見てから決めることになった。
ただ、可能性はある。
完成した地板を二十枚作ってくれと言えば無理でも、仕事の一部をこちらへ戻せば、お蓮のところで使う時間は減る。
「最初から切って持って来たらええのに」
「普段からそれやったら榊屋の仕事増えるやろ」
「今増やしとるやろ」
「…………」
「何や」
「正論で殴るな」
「殴っとらんわ」
◇
次に向かったのは嘉兵衛のところだった。
「鋲五十と軸三十?」
「うん。十日」
「鋲はいける」
「ほんま?」
「そっちはな」
「軸は?」
「全部は無理や」
嘉兵衛はそう言って、奥で仕事をしている若い職人たちを見た。以前は嘉兵衛一人でやっていた仕事も、今では弟子や手伝いが少しずつ覚えている。単純なものなら、任せられる仕事も増えていた。
「鋲ならあいつらにもやらせられる。最後に俺が見ればええ。軸はまだ全部任せるんは怖い」
「何本なら?」
「十五」
「半分か」
「嫌ならゼロでもええぞ」
「十五でお願いします」
「素直やな」
「今日二回目や、それ言われるん」
これで軸は残り十五。鋲は何とかなりそうだ。
全部を一人に頼もうとするから無理になる。
お蓮は地板なら作れるが、時間が足りない。嘉兵衛は鋲なら余力があるが、軸は全部作れない。榊屋の中も、完成まで全部やる余裕はないが、シャーで板を粗く切るくらいなら設備の空きを使える。
なら、全部を一か所で作る必要はない。
帰り道で、俺は頭の中に地板が出来上がるまでの仕事を並べてみた。
板を切る。
穴を開ける。
削る。
仕上げる。
検査する。
俺たちは今まで、「地板」という一つの部品としてお蓮のところへ仕事を出していた。だが、地板を作る仕事そのものが一つなわけではない。
「……分ければええんか」
地板二十枚を増やせないなら、地板を作る仕事を分ける。軸三十本を一人で作れないなら、作れる分だけ別々のところで作る。
もちろん、誰にでも何でも渡せるわけではない。作り方を知らない人間へいきなり仕事を出せば、検査で全部落ちるだけだし、分ければ分けるほど運ぶ手間も増える。
それでも、考え方としては使える。
完成品を誰が作るかではなく、どの仕事を誰が出来るか。
百挺を作る時にも、俺たちは似たことをやってきた。
ただ今度は、それを百挺の外へ広げることになる。
◇
翌日から、追加分が動き始めた。
徳松が水車の調子を見ながら、地板に使う板をシャーもどきへ通していく。もちろん一度で完成形になるわけではない。大まかに余分な部分を落とし、その後の仕事を減らすだけだ。
「詰めすぎんなよ」
「分かってます!」
「昨日も聞いた!」
「昨日より分かってます!」
「その言い方怖いな!」
横で市兵衛が笑った。
「虎松、そいつ見とらんとすぐ欲張るぞ」
「誰に似たんや」
「お前やろ」
「何でや!」
粗く切った板は一度寸法を確認し、お蓮のところへ送る。最初から板を切り出すよりは明らかに早いらしく、七枚と言っていた追加分を、もう少し増やせそうだという返事が来た。
軸の残り十五本については、佐吉と相談した。
「十五なら何とかする」
「百挺の方、大丈夫?」
「その代わり、こっちの金具を外へ回せ」
佐吉が指したのは、別の外注先でも作れる簡単な金具だった。
「それなら空く」
「なるほど」
「ただし今回だけやぞ」
「分かっとる」
「ほんまか?」
「今日それ三回目や!」
佐吉の仕事を増やすのではなく、佐吉でなければ難しい仕事を残し、ほかでも出来る仕事を外へ動かす。
宗次郎が予定を書き直し、お澪がどこへ何を何個渡したかを記録する。戻ってきた部品は新八が百挺分と混ざらないよう別に置いて検査し、俺はその間を行ったり来たりした。
「これ、余計面倒になってへん?」
善次郎が言った。
「言うな」
「一つの注文やろ?」
「言うな」
「何人動いとんねん」
「数えんな!」
俺だって分かっている。
地板二十枚、鋲五十本、軸三十本。
百挺の鉄砲と比べれば小さな注文なのに、それを捌くために、お蓮、嘉兵衛、佐吉、市兵衛、徳松、宗次郎、お澪、新八、そして俺まで動いている。
百挺の鉄砲を作れる工房が、部品だけの注文に振り回されていた。
◇
九日目。
最後の地板が戻ってきた。
新八が検査を終え、合格した地板をほかの部品と一緒に並べる。軸も揃い、鋲は先に出来ていた。
「揃ったな」
俺が言うと、善次郎が部品の入った箱を覗き込んだ。
「揃ったやん」
「揃ったな」
「十日言われて九日やろ? 上出来ちゃうか」
「うん」
「ほな、これでええやろ」
「いや」
俺は即答した。
善次郎が嫌そうな顔をする。
「何やねん」
「これ、もう一回来たらどうする?」
「また作ったらええやろ」
「同じことするん?」
「同じことしたら作れたやん」
横で帳面を書いていた宗次郎が顔を上げた。
「では、毎月これをやるんですか?」
善次郎が黙った。
俺も黙った。
今回、注文には間に合った。
だが、そのためにお蓮へ急な追加を頼み、嘉兵衛にも予定を見てもらい、榊屋の中でも仕事を動かした。宗次郎は予定を書き直し、お澪は動いた部品を追い、新八は百挺分と混ざらないよう別に検査した。
出来た。
でも、仕組みにはなっていない。
「毎回来てから作るんは、あかんな」
「では、どうします?」
宗次郎が聞いた。
俺は箱の中に並んだ地板を見た。
注文が来てから慌てて作るから、こうなる。
なら。
「……余分に作るしかないな」
「何をです?」
「補修用の部品。百挺分とは別に、最初から少し余分に作っとく。注文来たら、そこから出す」
宗次郎はすぐには答えなかった。善次郎も腕を組み、何かを考えている。
その時、隣で帳面を覗き込んでいた新三郎が顔を上げた。
「兄上」
「ん?」
「それ、この前善次郎さんが言っていたやつでは?」
「何が?」
「作って置いておいても、売れなかったら銭が帰ってこないって」
「…………」
善次郎が新三郎を見た。
「覚えとったんか」
「はい!」
「そこだけ忘れとけ!」
「何でですか!?」
新三郎が本気で困った顔をした。
俺は頭を抱えた。
必要になる部品を、注文される前に作っておく。言葉にすれば簡単だ。
では、何を。
何個。
どれくらい置いておけばいい。
地板を二十枚か。五十枚か。鋲なら百本か。軸はどうする。売れなかったら。逆に足りなかったら。
そして、その余分な部品を作る場所は、結局どこに作る。
「……宗次郎」
「はい」
「仕事、増えたな」
「兄上が増やしました」
「まだ何も作っとらんやろ!」
「作ろうとしているでしょう」
「そうやけど!」
宗次郎はため息をつき、お澪は隣で小さく笑っていた。
百挺を作る仕組みは、ようやく出来た。
けれど、榊屋の仕事はもう、百挺の中だけでは収まらなくなり始めている。
作った鉄砲が増えれば、壊れる鉄砲も増える。壊れた鉄砲を直すなら部品がいる。部品をすぐに出したいなら、注文される前から作っておかなければならない。
そして、先に作るということは、売れるかどうか分からないものに、鉄と銭と人の手を使うということだ。
俺は九日かけてようやく揃えた部品の箱を見下ろした。
注文は片付いた。
問題は、何一つ片付いていなかった。




