同じ、ではない
補修用の部品を作る。
口で言うだけなら簡単だった。地板を二十枚、鋲を五十本、火ばさみの軸を三十本。それぞれ普段から榊屋で作っているものなのだから、必要な数だけ余分に作ればいい。少なくとも、最初に注文を聞いた時の俺はそう考えていた。
問題は、その部品を誰が組み付けるのかだった。
「届いたで」
善次郎がそう言って工房へ持ち込んできたのは、三挺の鉄砲だった。どれも以前に榊屋から売ったもので、今回、補修用の部品を欲しいと言ってきた客に頼み、実際に使っているものを何挺か送ってもらったのだ。
「全部壊れとるん?」
「いや。一挺は地板が傷んどる。もう一挺は火ばさみの動きが悪い。残りは普通に使えるそうや」
「ほな何で三挺も送ってきたんや」
「お前が何挺か見たい言うたんやろ!」
「ああ、そうやった」
「お前なあ……」
善次郎が呆れた顔をしたが、三挺頼んだのには理由がある。一挺だけ見て、それに合わせて部品を作っても意味がない。今回やろうとしているのは修理ではなく、榊屋で作った交換用の部品だけを送り、向こうで取り付けてもらうことなのだ。
つまり、本当に交換できるのかを確かめなければならない。
「新八、ちょっとええ?」
「もう見てます」
「早いな」
新八は俺が声を掛ける前から、一挺目の鉄砲を手に取っていた。その横から五平も覗き込み、地板の端を指でなぞる。
「これ、ちょい古いな」
「分かる?」
「分かるわ。ここの削り方が今と違う」
「ああ……ほんまや」
言われてみれば分かる。今の榊屋なら治具に当てて位置を決める部分が、わずかに丸い。寸法そのものが大きく外れているわけではないが、手で削って合わせた跡が残っていた。
「いつ頃のやろ」
新八が銃を返しながら聞いた。
「善次郎、分かる?」
「俺に聞くな」
「売ったのお前やろ」
「何年前にどこへ何挺売ったかまで全部覚えとるか!」
「役に立たんなあ」
「帰るぞ?」
「すみませんでした」
善次郎をなだめてから、俺は三挺を作業台の上へ並べた。一挺は明らかに古い。残り二挺は比較的新しく、少なくとも榊家寸を使って寸法を揃えるようになってから作られたものに見える。
「とりあえず、今の部品を合わせてみよか」
新八が頷き、棚から検査済みの地板を一枚持ってきた。もちろん、来月の鉄砲に使う予定のものだ。勝手に削るわけにはいかないので、今回は合わせて動きを見るだけである。
まず、一番新しそうな一挺から地板を外し、持ってきたものを合わせる。
「入りますね」
「やろ?」
穴の位置も合っている。鋲も通る。俺は少し安心した。
そりゃそうだ。そのために何年もかけて寸法を揃えてきたのだ。同じ場所を測り、同じ寸法で作り、同じ治具を使う。出来上がったものは新八たちがゲージで確認する。完全に同じものを作れているとは思っていないが、職人が一挺ずつ現物に合わせていた頃とは、もう違う。
「次」
二挺目にも同じ地板を合わせる。こちらも問題なく入った。
「ほらな」
「何がです?」
「いや、ちゃんと交換できるやん」
「まだ何もしてませんよ」
「入ったやん」
「入りましたね」
新八が妙な言い方をした。
「……何や」
「動かしてみましょう」
地板を仮に留め、火ばさみを動かす。動く。もう一度動かしても、特に引っ掛かる様子はない。
「問題ないやろ」
「少し固いです」
「え?」
俺も触ってみた。確かに動くし、使えないほどではない。だが、元々付いていたものと比べると、ほんのわずかに感触が違った。
「……ほんまやな」
五平が横から手を出し、何度か火ばさみを動かした。
「使えんことはない」
「やろ?」
「俺ならこのまま客には出さん」
「何で?」
「気持ち悪い」
「それを説明してくれ!」
五平は嫌そうな顔をした。
「触ったら分かるやろ」
「分からんから聞いとるんや!」
何だろう。最近、こういう会話が増えてきた気がする。
五平はもう一度火ばさみを動かすと、元の地板へ戻して同じ動作を繰り返し、それから交換用の地板へ戻した。
「こっちの方が少し詰まっとる」
「どこが?」
「そこを調べるんがお前らの仕事やろ」
「丸投げしよった」
「俺は合わん言うとる。何で合わんかは知らん」
腹は立つが、こういう時の五平の感覚は無視できない。俺と新八で地板そのもの、穴の位置、軸、取り付ける側と順番に測っていったが、どこか一か所が大きく間違っているわけではなかった。
「これも範囲内ですね」
「こっちもやな」
「穴も外れてません」
「ほな、何でや」
測っているうちに、新八が二つの部品を並べた。
「こっちは少し大きいです」
「うん」
「鉄砲の方は?」
「……こっちも少し寄っとるな」
そこで気付いた。
「あ」
新八も同時にこちらを見る。
「重なってますね」
「やっぱりそれか」
部品には、それぞれ許されるわずかな違いがある。鉄を叩き、人の手で削って作っている以上、一から十まで寸分違わず同じものにはならない。だから俺たちは、ここからここまでなら使えるという範囲を決め、その中に収まったものを合格としてきた。
今回持ってきた地板も合格。鉄砲の側も合格。どちらも間違ってはいない。
だが、それぞれのわずかな違いが同じ方向へ重なれば、組み合わせた時には無視できない差になる。
「またこれか……」
思わず頭を掻いた。
「前にもありましたね」
「覚えとるよ」
忘れるものか。部品を一つずつ測れば全部合っているのに、組み合わせるとうまくいかない。あの時は、寸法の違いが重なるという当たり前のことを嫌というほど思い知らされた。
だから検査のやり方を変え、ゲージを増やし、組み合わせた時に問題になりやすいところも見直した。その結果、今では以前とは比べものにならないほど安定して鉄砲を作れるようになっている。
「……でも、今までこれで百挺作れとったやん」
「作れてますよ」
新八はあっさり答え、それから交換した地板を指した。
「では、これは不良ですか?」
「いや」
「鉄砲の方は?」
「それも範囲内や」
「なら、どちらも合格です。今までなら、組み立てる時に分かります」
そこで俺は黙った。
そういうことか。
今まで榊屋で鉄砲を作る時には、最後に必ず組み立てる人間がいた。部品を合わせ、動きを見て、必要なら少し削る。どうしても具合が悪ければ、別の部品と組み合わせることもある。
半規格化したことで、その手間は昔よりずっと少なくなった。それでも、なくなったわけではない。
最後に人間が、一挺の鉄砲として仕上げる。
そこが、ずっと最後の砦になっていた。
「……部品だけ送ったら、それがおらんのか」
「はい。向こうに直せる鍛冶屋がおれば、合わせてもらえると思います。ただ、榊屋でここまで確認することは出来ません」
「なるほどなあ……」
俺は交換した地板を見た。入る。取り付けられる。動く。理屈の上では交換できている。
だが、これを包んで遠くへ送り、「榊屋の鉄砲ならそのまま使えます」と言っていいのか。
それは、また別の話だった。
「三挺目もやってみよ」
今度は少し遊びが大きかった。
「……入るな」
「入りますね」
「動くな」
「動きます」
五平が触った。
「気持ち悪い」
「お前それ便利やな!」
しかし、言っていることは分かる。使える。だが、俺たちが作った鉄砲として、この状態で出荷するかと言われれば少し考える。
「同じ部品なのになあ」
俺が呟くと、五平が鼻を鳴らした。
「同じやないやろ」
「同じ規格や」
「規格は同じでも、物は別や」
「……まあ、そらそうなんやけど」
五平は一番古い鉄砲を持ち上げた。
「こいつなんか、もっと違うぞ」
古い一挺から地板を外し、今の地板を合わせる。
入らない。
「あ」
「ほらな」
「いや、これは……」
俺は古い地板を受け取った。見覚えのある作りだ。今の榊屋が使っている寸法から大きく外れているわけではないが、穴の位置も輪郭も微妙に違う。
「これ、榊家寸を決める前のやつちゃうか」
「たぶんな」
五平が答えた。
昔の榊屋だって、好き勝手に作っていたわけではない。源兵衛や五平たちは、それぞれちゃんと鉄砲として使えるものを作っていたし、寸法にもおおよその決まりはあった。
ただし、その頃に求めていたのは、一挺の鉄砲としてきちんと完成することだった。
この銃身には、この台木。この地板には、この金具。最後に職人が合わせればいい。それで何の問題もなかった。
俺たちが途中から、別のことを求め始めただけだ。
「同じ榊屋でも、いつ作ったかで違うんやな」
「そら途中でお前が変えまくったからな」
「人聞き悪いな!」
「変えたやろ」
「……変えました」
否定できない。寸法を変え、治具を変え、穴位置を揃え、作り方も変えた。良くするために変えてきた結果、今の鉄砲は昔よりずっと揃っている。
だが、昔売った鉄砲が消えてなくなるわけではない。榊屋が変われば変わるほど、世の中には違う時期に作られた榊屋の鉄砲が残っていく。
「新八」
「はい」
「これ、部品ごとに分けなあかんな」
「何をです?」
「そのまま送ってええやつと、向こうで合わせてもらうやつ。それと、鉄砲そのもの見んと出したらあかんやつ」
新八は少し考えてから、作業台に並んだ部品へ目を落とした。
「鋲みたいなものなら、比較的簡単ですね」
「せやな。多少違っても困らんところはええ。地板は……今のやつなら、かなりいけるとは思う」
俺はさっき交換した鉄砲を見る。
「でも、そのまま使えるって言い切るんは怖いな」
「古いものは、もっと難しいです」
「うん」
何でも交換部品として売ればいいわけではない。単純な部品なら、そのまま送れる。多少の違いがあっても、向こうの鍛冶屋が少し合わせれば使えるものもある。
一方で、火が付く仕組みに直接関わるところや、具合が悪ければ危険につながるところまで、現物を見ずに「交換できます」と言うのは怖い。
同じ榊屋の鉄砲。
同じ寸法で作った部品。
それだけでは、足りない。
「もっと揃えなあかんな」
俺がそう言うと、五平が横から口を挟んだ。
「何でも揃えりゃええわけちゃうぞ」
「分かっとるよ」
「ほんまか?」
「何やその顔」
五平は古い鉄砲を持ち上げ、その地板を指で軽く叩いた。
「こいつはこいつに合わせて作った。せやから、ちゃんと撃てる。寸法に合わせることばっかり考えて、最後の合わせを雑にしたら意味ないぞ」
「……せやな」
それは、その通りだった。
俺が欲しいのは、同じ形をした鉄砲ではない。ちゃんと撃てる鉄砲だ。交換できることばかり考えて、一挺の道具としての出来を落としたら本末転倒である。
揃えられるところは揃える。その上で、最後は一挺として仕上げる。
今までやってきたことは間違っていない。ただ、その仕組みを補修部品にまで広げようとした途端、今まで工房の中で職人が吸収していた小さな違いまで、外へ持ち出すことになった。
「それにしても……」
俺は三挺を見比べた。
「これ、いつ作った鉄砲か分からんの、困るな」
「何でです?」
「部品頼まれても、古いやつか今のやつか分からんかったら、何送ればええか分からんやろ」
「ああ」
新八も三挺を見る。
「今回みたいに鉄砲を送ってもらえば分かりますけど」
「毎回送ってもらうんもなあ」
鉄砲一挺を堺まで運ぶのは、部品一つ送るのとは訳が違う。どこで作ったものか、いつ頃作ったものか、どの寸法を使っていた頃のものか。それが分かれば、少なくとも最初から合わない部品を送るようなことは減らせる。
「何か印でも付けとくか……」
「また増やすんですか?」
「何を?」
「印を」
「いや、そういう言い方すんなや。俺が何でも増やしとるみたいやん」
新八は何も言わなかった。
「何か言えや」
「増えてますから」
「お前まで宗次郎みたいなこと言うようになったな!」
そこへ、お澪が帳面を抱えてやって来た。
「虎松さん」
「ん?」
「さっきの鉄砲のことなんですけど、全部ではありませんが分かるものがあります」
「何が?」
「売った時期です」
俺は思わず帳面を覗き込んだ。
「分かるん?」
「売った先と数は残っていますから。今回送っていただいたところへは何度か納めていますけど、この印と、この金具の形なら……たぶん、この時のものだと思います」
お澪が指差した先には、数年前の記録が残っていた。
「すごいな」
「たぶん、ですよ」
「いや、それでも助かるわ」
俺が言うと、お澪は少しだけ笑った。
「でしたら、これからは残しておいた方がいいですね」
「何を?」
「いつ作った鉄砲を、どこへ何挺売ったかです。それと、戻ってきた修理も」
「修理も?」
「はい。何が壊れたのか残しておけば、次に作る部品の数を決める時に使えませんか?」
俺はしばらく、お澪の顔を見た。
「……使える」
「なら、残しましょう」
「うん」
簡単に言う。けれど、それは今の俺が欲しかったものだった。
何を何挺作ったか。どこへ売ったか。何年後に、どこが壊れたか。それが残っていれば、次に何を作るべきかが少しずつ分かってくる。
昨日まで俺は、作るための数字ばかり見ていた。
今日からは、売った後の数字も見ることになるらしい。
「お澪」
「はい」
「ほんま助かるわ」
「それはよかったです」
そう言って、彼女はまた帳面へ視線を落とした。
何というか、俺が見ていないところを、この人はよく見ている。
宗次郎とはまた違う。宗次郎は、この先どう作るかを見る。お澪は、今どこに何があり、何が動き、何が戻ってきたかを見る。同じように帳面を使っているのに、見ているものは少し違う。
それが妙に面白かった。
◇
その日の午後、俺と新八は最近完成した鉄砲を十挺並べていた。
「結局やるんですね」
「気になるやろ」
「気にはなります」
「ほら」
地板を外して別の鉄砲へ付け、動かして、また外す。今度は別の組み合わせを試し、軸を見て、鋲も見る。そうして一つずつ確かめていった。
結果は、悪くなかった。
昔とは比べものにならない。多くの部品は、そのまま別の鉄砲にも付いた。少し渋いものもあれば、わずかに遊びの大きいものもある。それでも、何年もかけてやってきたことが無駄ではなかったことだけは、はっきり分かった。
「ちゃんと揃っとるな」
「揃ってますね」
新八も少し嬉しそうだった。
俺は作業台の上に二枚の地板を並べた。同じ形をしている。同じ榊家寸を使い、どちらも検査に通り、どちらも榊屋の鉄砲に使える。
けれど、完全に同じではない。
考えてみれば、当たり前だった。
百挺を作るために、俺たちはずっと「同じものを作る」ことを考えてきた。だが、どうやら俺が思っていたより、「同じ」という言葉は面倒らしい。
同じ形。
同じ寸法。
同じ働き。
そして、交換しても使える。
それらは全部、少しずつ違う。
「新八」
「はい」
「これ、もうちょい調べよう」
「何挺です?」
俺は工房の奥を見た。そこには、次に送り出される鉄砲が並んでいる。
「……まず十挺」
「よかった」
「何が?」
「百挺と言われるかと思いました」
「俺かて学習するわ!」
新八は何も言わなかった。
「何や、その顔」
「いえ」
「絶対信じてへんやろ」
「そんなことありません」
「目ぇ見て言え!」
結局その日、俺たちは十挺では終わらなかった。




