↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
帰り火の洞窟 ~役立たずと追放された少女、拾った洞窟を仲間たちの帰る場所にします~  作者: Rastarock
勇者の帰る場所

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
84/85

狩人は三歩目の先を歩きます

 第一層入口近くの石室から第五層へ渡ると、エイルは弓を背負ったまま防護頭巾の透明板を押さえ、首元の留め具が浮いていないことを確かめた。背中の送風部から空気が入り続けており、頭巾の内側では自分の呼吸に細い風音が重なっている。


 石室の奥にある扉は、一年前と変わらない姿で立っていた。


 隣ではリュネが薬瓶を腰袋へ入れ直し、ティルダは戦槌を振り上げて肩当ての動きを確かめている。フレイはその背後へ回り、槌の柄が送風管へ当たりそうな場所を見つけると、留め具を外して管の位置を直し始めた。


「姉ちゃん、そこまで槌をぶん回したいなら右の管をもう少し内側へ寄せるよ。工房では大丈夫だったけど、今日は本気で振るつもりなんでしょ」


「そりゃそうだよ。せっかく新しい装備で来たのに、槌を振るたび背中を気にしてたら面白くないからね。首が回るなら調整してよ」


「首だけじゃなく肩も回してみて。昨日は右腕を上げた時に透明板へ柄が当たってたから、そこも見たいんだよ」


 ティルダは言われた通りに腕を動かしながらも、早く扉を開けろと言いたげにエイルを見た。自分の装備を確かめ終えたリュネは、その様子を眺めてから兄へ近づいてきた。


「兄さん、先頭はお願いね。私は精霊の反応が気になるところで声を掛けるから」


「ああ。危ない場所は俺が選り分ける。二人とも、何かあればすぐ呼んでくれ」


 リュネが頷くのを確かめ、エイルは石扉へ向き直った。


 前にここを開けた時、隣にはレオンがいた。踏み込んですぐに指先が痺れ、薬酒を飲んで逃げ帰った。その夜は風呂で互いの指を見せ合い、次こそ奥へ行こうと笑ったものだ。


 ところが再挑戦の朝になって、レオンは勇者を捜しに東へ向かった。仕方のない事情だと分かっていても、あいつと一緒に来られなかったことには、まだ腹が立っている。


「行くぞ。最初に俺が入るから、三人は防護具の内側の針を確かめてからついてきてくれ」


 エイルが石扉を押した途端、防護頭巾の耳元から鋭い警告音が突き刺さった。


 ピピピピピッ、ピピピピピッ!


 黄色い粉が扉の隙間から噴き出し、透明板へ一斉に貼りつく。エイルが腕の検知器へ目をやると、外気の毒性を示す針は警戒域を通り越し、赤い目盛りの中央で激しく震えていた。石室の中に立ったまま、扉を少し開けただけでこの数値だ。


「おい、フレイ! これ、ちゃんと動いてるんだよな? まだ外へ出てないぞ!」


「動いてるよ! 外の針だけ上がってるんだから故障じゃない。そんなの工房じゃ一度も出なかったけど……ちょっと待って、また上がった!」


 警報が途切れなく鳴り続け、針が赤い領域の端へ跳ねた。フレイが送風部の調整環を回すと、耳元の音だけが短い間隔に切り替わる。針は下がらず、透明板の向こうでは黄色い粉が絶えず舞っていた。


「兄さん、あの花のそばには行かないで! 精霊たちが、花粉だけじゃなく根の周りにも危ないものが溜まってるって言ってる。そこを踏んだら靴まで汚れるよ!」


 リュネは普段より大きな声で叫び、先に進もうとしたティルダの肩を引いた。エイルが足元を探ると、粉を落とす花の根元では、土そのものが黄色く固まっている。


 それでも、防護頭巾の内側の針は正常域に留まり、送風部から流れ込む空気にも異常はなかった。一年前に鼻と喉へまとわりついた甘ったるい匂いすら感じない。王立工房の技師たちが何度も作り直した装備は、目の前の毒を確かに遮っていた。


「外は計器の限界に近い。それでも中へ入ってこないんだな。よし、進むぞ。ただし、内側の警報が一度でも鳴ったら全員で引き返す。そこは絶対に譲らん」


 エイルは弓を構え、花の根元を避けて第五層へ踏み込んだ。背後から三人が続き、頭巾の外では警報が互いに重なって鳴ったが、フレイが全員の外気警報を注意灯だけに切り替えると、ようやく足音と送風音が聞き取れるようになった。外の針は赤いまま、内側の針だけが正常域で揃っている。


 エイルは黄色い花を避けて足を進め、かつて指が動かなくなった辺りで弓の弦を引いた。肩にも指にも力が入り、脚が痺れる気配もない。さらに青い葉の茂みを通り過ぎると、胸の奥に溜まっていた悔しさが一気に吹き飛んだ。


「越えたぞ! ははっ、何ともない! レオンがいたら絶対に先を争ってたな!」


 振り返ると、ティルダはもう戦槌を両手で振り回しており、フレイはその背中側へ手を伸ばしたまま管の動きを追っていた。


「おお、これなら戦えるじゃん! 腕も肩も問題ないし、槌を頭の上まで上げても頭巾に引っ掛からないよ!」


「姉ちゃん、そこで意味なしで大振りするから私が困るんでしょ! でも管は潰れてないし、空気もちゃんと来てる。これなら直した甲斐があるよ」


 リュネは二人の騒ぎを横目に薬瓶の栓をつまみ、何度か抜き差ししてからエイルへ向き直った。


「兄さん、私も手は動くよ。薬瓶も開けられるし、今のところ変な匂いも入ってこない。ただ、薬を飲まずに進めるのは嬉しいけど、装備があるからって何でも触っていいわけじゃないからね」


「分かってるさ。前にやられた俺が一番よく知ってる。帰ったらこの装備を作った連中には酒の一杯くらい奢ってやりたいな」


「自分たちも作った連中に入ってるんだけど、それなら私たちにも一杯ずつ出るってこと?」


 フレイがすかさず聞いてきたため、エイルは弓を背負い直しながら笑った。


「もちろんだ。だがその前に、ミラへ装備が働いてるって報告しておこう」


 《炉縁者通信》へ意識を向けると、地下深くからでもすぐミラにつながった。


「エイルさん、聞こえています。皆さん、もう五層へ入ったんですか?」


「ああ、全員無事だ。防護具も問題なく働いてる。これなら予定どおり探索を続けられる」


「よかったです! レオンさんにもお昼の連絡で伝えておきますね」


「無事だってことだけでいいぞ。あいつには帰ってきてからたっぷり話してやる」


「分かりました。皆さん、面白いものを見つけても、ちゃんと帰ってきてくださいね」


 エイルは返事をして通信を切った。防護具が役に立つと確かめられたのは大きい。だが、今日の探索はまだ始まったばかりだ。エイルが曲がり角の先へ弓を向けると、待ちきれなくなっていたティルダが大股でついてきた。


     ◇


 地形は右へ緩く曲がり、地面の大半を植物が覆っていた。


 黄色い粉を散らす花、太い棘を持つ蔓、表面に油のような艶を帯びた葉が隙間なく重なっている。最初はどれも危険に見えたが、エイルは葉の動きと粉の流れを追ううちに、植物ごとに反応する条件が違うことへ気づいた。


 黄色い花は風が吹くたび粉を飛ばす。一方、床を這う太い蔓は離れたところから見ている限り動かず、石の割れ目へ根を張った植物型魔物も、そこから離れて追ってくる気配がない。


 森で獣の縄張りを読む時と変わらない。どれも倒して進む必要はなく、嫌がる距離へ踏み込まなければ、通り抜けられる場所はある。


「右の花へ近づかないよう、俺の足跡を追ってくれ。蔓の届く場所と粉が流れる場所が重ならないところなら、わざわざ戦うこともなさそうだ」


「それ、最初に教えてくれればよかったのに。こっちは槌を振る気で来たのに、逃げ道ばかり探してたら出番がなくなっちゃうじゃないか」


「ティルダが全部叩いて進んだら、採りたい植物まで潰れるぞ。戦う必要がある時には頼むから、それまでは俺に任せてくれ」


「なら、丈夫そうな素材を見つけた時は見せてよ。叩くのは我慢するけど、持って帰れるものまで見逃すのは嫌だからね」


 ティルダの注文には、エイルも頷いた。


 その直後、腰ほどの高さまで絡み合った蔓が動いた。


 ティルダが通路の中央へ寄った途端、太い棘をつけた先端が何本も持ち上がり、葉の裏から濁った雫が垂れた。腕の検知器が再び激しく明滅し、注意灯を切ったはずの警報が短く三度鳴る。


「さっきより強いぞ。こいつの近くで毒を撒いてるのか?」


「違う、兄さん! 精霊たちが、棘から垂れる液は触れた場所を痺れさせるって。頭巾だけ無事でも、服の継ぎ目へ入ったら危ないよ!」


 エイルが二歩下がるよう手を振ると、蔓は追ってこなかった。ただし、その向こうには赤く透き通った実が房になっており、リュネは蔓よりもそちらへ釘づけになった。


「……待って。あの実、薬師の本で読んだ朱露実にそっくり。重い麻痺を治す特級薬の原料だよ。王都でも滅多に手に入らないって書いてあった!」


「本物なら、とんでもない拾い物だな。だが、棘を突破しなければ採れないぞ」


「だったら私の重弩を使おうよ! 火は周りの草に燃え移りそうだから、氷の石を試す。蔓を凍らせればリュネも近づけるでしょ」


 フレイは側面の大きく作り直した爪を押して魔石座を外し、青白い氷属性魔石を収めた交換枠を取り出した。以前は火属性ルビーに頼っていた重弩も、この半年の改良で魔石を交換できるようになっている。


 エイルは蔓の反応する距離と射線を測り、凍らせるべき根元を指した。


「フレイ、あそこを射抜け。棘が持ち上がってからではなく、動き出す前の根元だ。お前なら当てられる」


「任せてよ! そのために冬じゅう練習したんだから!」


 ティルダが戦槌を構えて一歩踏み出すと、蔓は獲物へ飛びかかるように跳ね上がった。その瞬間、フレイの重弩が唸り、白魔鋼の導路を通った魔力が太矢を青白い冷気で包み込んだ。


 矢は狙った根元へ深々と突き刺さった。霜が幾筋も走り、棘を振り上げた蔓が途中で固まると、垂れかけていた液まで透明な氷になって動きを止めた。


「やった! ちゃんと根元へ入ったよ! 姉ちゃん、魔石座も外れてない!」


「やるじゃないか、フレイ! これならあたしが槌を振るよりずっときれいに道を作れるね!」


 ティルダが戦槌で凍った蔓の脇を押さえる間に、リュネは丈夫な採取鋏と蓋付きの小瓶を取り出した。精霊に実のついた茎の場所を尋ね、棘へ触れずに届く位置から赤い実を二つだけ切り取る。実は潰さずに瓶へ落とし、油布を挟んで蓋を締めた。


「採れた! これ、図鑑にあった朱露実の形と同じだよ。明日、王都の薬師さんにも確かめてもらうけど、少なくとも特級薬の原料になる実を二つ持ち帰れた!」


 リュネの声にエイルも思わず笑ったが、凍った蔓の表面から小さな破裂音がしたため、すぐ弓を構え直した。茎の氷に細い亀裂が走り、凍結が解けるより前に棘の一本だけが震え始める。


「もう動くのか! リュネ、下がれ。フレイの矢で止められるのは長くないぞ!」


「分かった! 実はちゃんと封じたから、もう離れていいよ!」


 四人が安全な場所まで退くと、蔓の先端が氷を砕いて持ち上がった。フレイは弩の引き金を指で確かめながら、その動きを最後まで追い、ティルダは赤い実の消えた枝を悔しそうに振り返る。


「あと一房くらい採りたかったね。でも、あれだけ危ないなら、次は実だけじゃなく蔓の方も使える道具を考えてくるよ」


「今日は二つで十分だ。お前たちの新しい武器がなければ、一つだって採れなかったんだからな」


 エイルはフレイの肩を叩き、全員の内側の検知器が正常域にあるのを確かめてから先へ進んだ。


 ティルダはその途中でも蔓を振り返っていたが、エイルに何か言われる前に顔を戻した。


「新しく覚えた魔法も試してみたかったけど、今日は使えそうな相手がいないね。無理に使って別の草を飛び散らせるのも嫌だし、帰ったら工房で続きを考えるよ」


「私だって姉ちゃんの新しい魔法は、ちゃんと役に立つ場面で見たいからね」


 双子のやり取りを聞き流しながら、エイルはさらに奥へ足を進めた。


 細い胞子が床の近くを流れる場所では風上を選び、蔓の届かない隙間では肩を狭めて通る。必要な時だけ脚へ身体強化を寄せて根を越え、葉を擦らずに着地してから後ろの三人へ手を振った。


 防護服をこれだけ着込んでいるのに、今日は妙に身体が軽かった。一年前には、ここまで進むより先に手足がおかしくなっていた。今回は毒や粉を防げているのだから、その違いだろうと思い、エイルは足元の植物へ注意を戻した。


 レオンがいなくても、ここなら自分の仕事ができる。そう思えたことが、エイルには嬉しかった。


     ◇


 白い斑点のある丸葉を見つけたところで、リュネが兄の腕を強く引いた。


「兄さん、ここだけは少し待って! この銀色の筋、薬師の本で習った銀脈草と同じだよ。もし本物なら、最上級の解毒薬に使う特級品なの!」


 膝より低い株の葉には細い銀色の筋が走り、中央から紫色の茎が伸びている。すぐ隣にもよく似た株があったが、そちらは銀色の筋が茎まで続いておらず、葉の裏には白い斑点が密集していた。


 リュネが木鉤を差し入れようとすると、周囲を飛んでいた精霊たちが一斉に葉の上から離れた。


「駄目、今は触れないでって。葉の裏に毒の粉が溜まってるみたい。銀脈草そのものとは別のものがくっついてるんだよ!」


 エイルは腕の検知器へ目を落とした。外側の針は相変わらず赤い位置で震えていたが、リュネが木鉤を近づけた瞬間に警告音が鋭く跳ね上がる。


「葉を一枚採るだけでも、こいつが鳴くのか。さっきの蔓より厄介だな」


「でも、精霊たちが風をそっちへ流してくれるって言ってる。粉が落ちるのを待てば採れるよ。兄さん、私が合図するまでその場所にいて!」


 リュネは二つの株の間へ伸びる小枝を木鉤でそっと押し、葉の裏へ触れないよう茎を固定した。精霊が起こした細い風に白い粉が乗って流れ、検知器の警報が途切れたところで採取鋏を差し込む。根元を残して葉を切り、用意した別々の袋へ入れた。


「採れたよ! 少なくとも銀脈草に間違いないと思う。もう一つの株は似ているけど違う草かもしれないから、混ぜずに持って帰るね」


「よくやったな。今日はこの株を残しておこう。場所さえ記録しておけば、次は採取道具を揃えて来られる」


 リュネは紫と白の糸を袋へ巻いて位置を書きつけ、銀脈草の袋を胸の前で押さえた。さっきの朱露実に続いて、特級薬の原料をもう一種類確保できたのだ。エイルも妹の弾んだ声につられ、レオンへの土産話がまた増えたと笑った。


 採取した場所と袋の扱いをリュネが《炉縁者通信》でミラへ伝えると、明日の朝には王都から植物に詳しい薬師を呼べるかもしれないと返事があった。


 銀色の縁を持つ葉のほかにも、苦い匂いのする根、精霊が寄ってくる赤い実、表面の硬い茎や、植物型魔物の根元にできた石のような殻がある。


 リュネは珍しい植物の生育場所を記録し、フレイは曲げても戻る茎を見つけては細工に使えないか考え、ティルダは殻を見つけるたびに硬さを確かめたがった。


 とうとう、ティルダがひとつの殻へ戦槌の柄を当てたところで、エイルが声を掛けた。


「その株はまだ動いてるぞ。近くへ入りすぎれば、さっきの蔓と同じように反応するかもしれない」


「分かってるけど、これが使えるならかなり丈夫な板になると思うんだよ。見たところ薄いのに、槌の柄を当てても全然動かないんだからさ」


「持って帰りたい気持ちは分かる。だが、今日の荷に入るかどうかも見てからにしてくれ」


 その言葉で、三人とも自分たちの袋を確かめた。


 問題は重さではなかった。特級薬の原料を毒液や胞子の付いた植物と一緒にするわけにはいかず、密閉できる小瓶は残り二本になっている。新しいものを見つけるたび別の容器が必要になり、採れるものより入れられるものの方が先に尽きそうだった。


「これは参ったな。五層へ来る前は持ち帰る物があるかも分からなかったのに、今度は欲しい物を選んで置いていかなきゃならないのか」


 エイルが袋の口を閉めると、ティルダは殻から目を離さないまま唇を尖らせた。


「それじゃ、せっかく使えそうな物があっても持ち帰れないじゃん。あたしは次もここへ来るから、ちゃんと場所を覚えておいてよ」


「私は長い茎用の袋も欲しいな。今の袋じゃ折らずに入れるのは難しいし、素材の形を変えて持ち帰ったら試す時に困るもの」


 フレイは持ち帰った茎を傷めないよう持ち直し、リュネは薬草と毒液の袋が触れない位置へ荷を掛け替えた。


「採る方ばかり考えてたけど、帰ってから開ける場所も足りないよ。毒が付いてるかもしれないものは、普通の荷物と分けなきゃいけないんだから」


 その話を聞いて、ティルダが急に顔を上げた。


「だったら洗い場を広げようよ。朝、ミラが洞窟を広げられるって言ってたんだろ。毒液と薬草を同じ台へ出すのは嫌だけど、別々に置ける場所を作ればいいじゃん」


「台だけ作れば済むって話じゃないよ、姉ちゃん。洗う物と開ける物も分けないと、置く場所だけ増やしても意味がないんだからね」


「そこは二人で考えればいいだろ。あたしは広さが欲しいんだよ。ここから毎回こんなに持って帰るなら、狭い台へ無理やり並べるのはもう嫌だからさ」


 二人の話はいつの間にか、持ち帰るための袋から、帰ってから使う作業場の話に変わっていた。


 エイルはそれを聞きながら、去年までの探索を思い出していた。


 初めの頃は何か拾えば売れるかどうかをレオンへ聞き、使えそうなら洞窟へ持ち帰ってから考えていた。それが今は、地下にいるうちから用途に応じて持ち帰り方を変え、まだ採っていないものの置き場所まで相談している。


「ミラへ先に伝えておこう。こっちで持ち帰りたいものを山ほど見つけたって言えば、あいつも何か考えてくれるだろ」


 フレイがさっそく通信をつなぎ、容器が足りないことと、洗い場の近くに危険なものを分けて開けられる場所が欲しいことを伝えた。ティルダも隣から必要な広さを口にしかけたが、フレイに手で制される。


「姉ちゃん、まだ何を置くか決めてないのに広さだけ言っても困るでしょ。帰ったら図を描くから、今は空間を増やせそうかだけ見てもらえばいいんだよ」


「分かったよ。じゃあ図は帰ってから描こう。あたしは持って帰った殻をどこで割るか決めたいから、作業台は丈夫な方がいいね」


 通信を終えたフレイは、ミラが洗い場の周りを帰り火に確かめてもらうと伝えてから重弩を背負い直した。


 エイルは残っている瓶を数え、持ち帰れずに位置を記録した植物の数を見直した。


 第五層には特級薬の原料があり、工房で試したくなる素材まで転がっていた。それでも、危険な植物を無造作に採れば仲間を傷つけ、容器がなければせっかくの収穫も台無しになる。


 そこでティルダが、もう一つ欲しいものを思いついた。


「レオンが東へ持っていった《空間収納宝珠》、あれがもう一つあれば楽なんだけどね。今まで一個で足りたのに、二手に分かれたら急に困るようになっちゃったよ」


「中で毒液や胞子がほかの物へ付くかも分からないから、宝珠だけ増やして全部一緒に入れるわけにはいかないよ」


 リュネの言葉に、エイルも頷いた。


「そうだな。まずは密閉できる容器を増やす。その上で宝珠が買えるなら、洞窟側にも一つ欲しい。今すぐ必要ってほどじゃないが、値段だけでも調べてもらおう」


 今度はエイルがミラへ通信し、追加の《空間収納宝珠》を買えるかどうか、エルネに調べてもらうよう頼んだ。


 ミラは近くにいたエルネへその場で話を回してくれた。用途を伝えると、エルネは危険物を密閉容器ごと運ぶためのものとして、王都の取引先へ値段と入手先を当たるという。


 通信を切ってからも、エイルはしばらくその話を考えていた。


 以前なら、採りたいものを見つけても、持って帰ってからレオンやエルネに相談するしかなかった。それが今では、自分たちが第五層を歩いている間に王都の商人まで動き始める。


 レオンが東へ行っていても、洞窟の仕事は止まらない。


 そのことにも、エイルは満足していた。


     ◇


 さらに進むと、通路が広い地下空間へ開けた。


 天井には薄く光る苔が広がり、その下では背丈の違う植物が何層にも重なっている。危険な蔓の間には細い茸が群れ、黄色い粉を散らす花の周囲には、ほかの草が少ない場所もあった。


 エイルは弓を構えたまま、どこへ次の足場を置けるか確かめた。


 行こうと思えばまだ進める。


 外側の毒性表示はなお赤く、ところどころで警報が跳ね上がっていたが、防護具の内側は四人とも正常域を維持し、毒や痺れの症状も出ていない。目の前には新しい植物があり、その向こうにも道が続いていた。


 けれどエイルは、そこで引き返すことに決めた。


「今日はここまでにしよう。特級の原料を二種類も手に入れたんだ。容器が足りないまま奥へ踏み込んで、今の収穫まで汚すわけにはいかん」


 ティルダはすぐには頷かなかった。


「まだ先へ行けるのに帰るのかい。あたしはあの硬い殻だって持って帰れてないし、せっかく防護具が効いてるのに勿体ないじゃん」


「俺だって奥へ行きたいさ。だが、外側の警報は一度も安全域へ戻らなかった。今の装備を信じているからこそ、容器も採取道具も揃えてもう一度来よう」


「私も明日また来たい。朱露実も銀脈草も、株を傷めず採れる道具を揃えればもっと持ち帰れるもの」


 リュネは採取袋の口を確かめ、兄の判断に頷いた。


 フレイも腰袋の交換枠へ手を当てた。


「私は戻って重弩を開けたいな。氷の石を使った時、引き金がいつもより重かった気がするから、次に撃つ前に見ておかないと気になるんだよ」


「みんな帰ってからやりたいことがあるんだね。じゃああたしも帰るよ。その代わり、明日はあの殻を持ち帰るための道具も持ってくるからね」


 ティルダが戦槌を背負い直すと、エイルは先頭を帰り道へ向けた。


 一年前、レオンと二人でここから逃げ帰った時には、薬酒を飲んでも指が思うように動かず、帰れる場所まで辿り着くことだけを考えていた。


 今日は違う。


 自分で進む場所を決め、仲間の仕事を見て、まだ進めるところで引き返すと決めた。三人はそれぞれ次にやりたいことを抱え、怪我もせずついてきている。


 帰り道も四人の足取りは軽かった。あいつに何から話そうかと考えると、エイルはまた笑いたくなった。


     ◇


 第一層入口近くの石室へ戻り、生活域へ入る前の洗い場まで来ると、朝にはなかった蓋付きの陶器が六つ並んでいた。


 陶器の横には油布と紐が揃えられ、《薬候補》《毒液》《胞子》《未判定》と書かれた木札まで置かれている。


「これ、もう用意してくれたの!? 私たちが戻ってから作るつもりだったのに、空き容器だけならこんなに早く揃うんだね」


 フレイは頭巾を外すより先に陶器の蓋を見て、留め具の形を確かめようとした。エイルが手で止めると、今度は自分の手袋についた黄色い粉へ目を向け、素直に水桶へ手を戻した。


 排水溝の向こうからミラとエルネが出てきたが、二人とも汚れた装備のある側へは入ってこない。


「お帰りなさい。王都から来ていた薬師さんが空の陶器を持っていたので、置いていってくれました。足りない分は王立工房にもお願いしてあります」


「収納宝珠の方も当たらせてるべ。王都の取引先へ二か所ほど聞かせたが、すぐ買えるかどうかはまだ分からん。値段が出たらレオンにも相談した方がいいな」


 エルネが掲げた木札には、《密閉容器ごと危険素材を運搬》と用途が書かれ、その下に問い合わせ先の商会名が二つ並んでいる。価格欄はまだ空白だった。


「そこまでやってくれたなら十分だ。今日は持って帰れなかった物まであるから、値段が分かれば次の相談もしやすい」


 エイルが礼を言っている間に、リュネは油布で包んだ朱露実の小瓶と、紫と白の糸を巻いた採取袋を別々の石台へ並べた。


「ミラ、持ち帰れたよ! 朱露実が二つと、銀脈草の葉が一枚。どちらも特級薬の原料になるはずだから、王都の薬師さんに本物かどうか確かめてもらいたいの」


「もうお願いしてあります。今日いらしていた薬師さんがまだ戻る前ですから、こちらへお呼びしますね!」


 ミラが呼んできた薬師は、汚染区域の外に用意された清潔な石台から、密閉容器越しに実と葉の形を慎重に調べた。銀色の葉脈を認めると身を乗り出し、続いて赤い実の房の切り口を確かめたところで、抑えていた声を上げた。


「銀脈草に朱露実……どちらも本物でしょう! 特級の解毒薬と麻痺回復薬に使う素材です。薬効の確認はこれからですが、これほど傷みのない状態で二種類そろうとは。王都でも滅多に手に入らない品ですよ!」


「やっぱり! 本にあった通りだったんだ!」


 リュネは跳び上がりかけ、まだ汚れた手袋をはめているのを思い出して、両手を身体の前で止めた。エイルは声を上げて笑い、フレイとティルダも石台の向こうから身を乗り出す。


「だったら今日は大当たりじゃないか! 毒だらけの場所へ行った甲斐があったね。次はあたしも、もっと大きな素材を持って帰りたいよ!」


「それには容器も採取道具も増やさないとね。あの棘蔓が動き出すまで、思ったよりずっと短かったんだから!」


 薬師は容器の封を開けずに二つの素材へそれぞれ印を付け、洗浄と隔離を終えてから専用の作業台へ運ぶよう頼んだ。リュネも頷き、採取場所の図を後で描くと約束してから、水口へ向かった。


「ミラ、こっちの壁の向こうはどうだった? 毒液を開ける場所と薬草を広げる場所を分けたいんだけど、広げられるなら私とフレイで図を描きたいんだよ」


「帰り火に見せてもらったら、この壁の向こう側まで今の管理範囲に入っていました。新しく空間を取る余地はありそうですので、皆さんが洗い終わってから排水の位置も含めて相談しましょう」


「よし、それなら今日はもう一仕事できるね。フレイ、重弩を開ける前に少しだけ付き合ってよ。台の位置だけでも決めておきたいからさ」


「姉ちゃん、私は先に引き金を見たいんだけど。でも台の幅だけなら、洗い終わってから一緒に測ってあげるよ」


 ティルダは妹の返事を聞いて満足そうに頷き、ようやく自分の戦槌を洗う方へ向き直った。


 四人が持ち帰ったものを分けて洗い始めると、黄色い粉と緑の汁が水路へ流れ、石床には新しい容器と木札が次々に並んだ。


 エイルは最後に自分の弓を洗い、防護頭巾を外してから、冷たい洞窟の空気を吸い込んだ。手足に痺れはなく、喉にも痛みはない。薬酒も一本も減らさず、四人とも戻ってきた。


 その上、特級薬の原料が二種類も手に入り、明日には王都から植物に詳しい薬師が来る。追加の収納宝珠を探す話まで、王都の商人へ届いている。


 エイルは洗った弓を立て掛け、ミラに声を掛けた。


「そうだ、ミラ。レオンにはみんな無事に帰ったとだけ伝えてくれ。今日の話は俺からしたい」


「分かりました。レオンさんもきっと喜びますね」


 エイルは笑いながら弓の弦を拭いた。


「あいつが帰ってきたら、まず風呂へ引っ張っていってやるさ」


 ティルダはその言葉を聞くと、持ち帰った殻の欠片を洗いながら横から口を挟んだ。


「だったら今夜は長い風呂になりそうだね。あたしだってレオンに話したいことがあるし、フレイの弩が凍らせた蔓も見せたかったんだからさ」


「姉ちゃん、それは私が話すよ。せっかく自分で撃ったんだから、そこまで取らないでよ!」


 フレイが言い返すと、ティルダは肩を揺らして笑った。


 エイルは二人のやり取りを聞きながら、最後の小瓶を《未判定》の陶器へ収めた。あの警告音を聞いた後でも、また第五層へ行きたいと思っている自分がおかしくて、口元が緩んだ。


 水口から流れる水が透明へ戻るまで、四人はそれぞれ持ち帰ったものと道具を洗い続けた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。