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帰り火の洞窟 ~役立たずと追放された少女、拾った洞窟を仲間たちの帰る場所にします~  作者: Rastarock
勇者の帰る場所

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炉還りは勇者捜索を引き受けます

 石扉まで残り十歩もなかったところで呼び止められ、レオンは防護頭巾を肩へ掛けたまま振り返った。隣ではエイルも足を止め、その後ろからティルダとフレイ、ベラ、ロアン、リュネ、キュウまで続けて向きを変える。さっきまで主洞に響いていたロアンの勇壮な曲も途切れ、五層へ向かっていた一団の勢いがそこで丸ごと止まった。


「陛下、あと十歩でしたよ。一年待って、ようやく今日ここまで来たところなんです。頼み事なら、せめて昨日のうちに言えなかったんですか」


 レオンが石扉を親指で示すと、ティルダも戦槌を背負ったまま大きく頷いた。


「あたしだって今日は五層へ行く気で朝から騒いでたんだよ。王様の頼みだからって、何でも今すぐ聞くとは言わないからね!」


「私も一番乗りするところだったんです。止めるなら、それだけの理由はちゃんと聞かせてください」


 フレイまで重弩を抱えたまま食い下がり、ルシアンは三人の顔を順に見てから、長卓に並んだ防護具へ目を向けた。


「腹を立てられるのは覚悟していたよ。昨日の時点で話せるだけの情報が揃っていれば、私も朝一番で君たちを止めるような真似はしなかった。昨日になって、放っておけないところまで確認が取れたんだ」


 その言い方で、レオンの腹立ちは消えなかったが、聞かずに石扉を開ける気もなくなった。ルシアンが洞窟まで来て、五層の支度が終わるのを待ち、それでも出発直前に声を掛けたのなら、少なくとも暇つぶしの相談ではない。


「そこまで言うなら聞きます。ただし、話を聞いた結果まで陛下の希望どおりになるとは約束しません。五層を一年近く待ってたのは、俺だけじゃないですから」


「それで構わない。まず聞いて、それから君たちが決めてくれ」


 ルシアンは王都から来た技師と薬師へ作業を続けるよう告げ、近衛二人も主洞の入口まで下がらせた。五層の支度を手伝っていた三人が工房側へ離れると、さっきまで出発の声で騒がしかった長卓の周りには、帰り火の仲間と国王だけが残った。


「今から話す内容は、王都でも知っている者がごく限られている。依頼を受けるかどうかに関係なく、この場から外へは出さないでほしい」


 ルシアンが近衛の一人を呼び戻すと、男は背負っていた革筒から巻いた地図を取り出し、五層用の防護具を避けながら長卓の空いた側へ広げた。四隅を留め具で押さえて再び入口へ下がると、長卓の上では五層の頭巾と東方の地図が並ぶことになった。


 地図には王都より東の地域が描かれていた。街道は王都から東へ伸び、北東の国境近くにある深い森林地帯の外縁を通ってさらに先へ続き、やがて南東へ折れて山脈へ入っている。


 ルシアンの指が、山脈の西側に記された町で止まった。


「勇者アルバを捜してほしい。王国では今も東方の任務を続けていることになっているが、出立から一年以上が経った今、本人との連絡が途絶えている」


 その名前にはレオンも覚えがあった。旅商人だった頃、街道沿いの宿や酒場で何度も聞いた勇者であり、東方へ向かったという噂も耳にしている。


「勇者が一年も行方不明なら、今まで王国は何をしてたんです。昨日になって確認できたっていうのは、どこまでの話ですか」


「消息が途絶えたこと自体は前から追っていた。東方の関所記録、宿の記録、現地で集めた目撃情報を照合し、本人だと確認できる最後の足取りが昨日ようやく絞れた」


 ルシアンの指が町からさらに東へ進み、《ドレヴァ山域》と記された山脈の中ほどへ移った。周囲には集落の印も少なく、街道から外れれば人の暮らす場所そのものが途切れている。


「アルバはこの山域へ入る西街道で最後に確認されている。それだけなら、山で何かあった可能性を追えばいい。問題は、ドレヴァ山域の一部に吸血鬼が根城を持つという報告が、別々の経路から上がっていることだ」


「勇者が吸血鬼にやられたって決まったわけじゃないんだろ。そこを最初から敵扱いするなら、俺は乗らないぞ」


 エイルがすぐ口を挟むと、ルシアンは否定せず地図から手を離した。


「吸血鬼は脅威ではあるが、私も勇者がやられたと決めるつもりはない。吸血鬼を討伐してほしいという依頼でもない。現地へ入り、アルバの消息を確かめ、生きていて連れ帰れる状態なら保護してほしい。王国が送り出した勇者が、吸血鬼の根城とされる地域で消えた以上、本人がどうなったのかも、現地で何が動いているのかも分からないままにはできない」


 さっきまで石扉へ向いていたレオンの意識が、そこで完全に地図へ移った。


 五層へ行きたい気持ちは変わらない。それでも、勇者が一年以上消息を絶ち、最後の足取りの先に吸血鬼の土地があると分かった以上、国王が今朝まで黙って五層へ送り出せなかった理由は理解できた。


「軍を出して探さないのは、吸血鬼がいるかもしれない場所へ大人数で踏み込めば、それだけで喧嘩を売りに行くように見えるからですか」


「それも大きい。それに、アルバの失踪を知っているのは王都でも私とごく一部の側近だけだ。今ここで大軍を東へ動かせば、勇者が消えたことまで王都中へ知らせることになる。必要なのは、少人数で先へ入り、戦う必要がなければ戦わず、危険なら情報を持って戻れる者だ」


「それで俺たちか。毎晩帰れるなら、普通の遠征よりずっと逃げやすいし、必要なら翌朝は別の人間を連れて同じ場所から続けられる」


「君の《仮帰還点》なら、それができる。だから頼んでいる」


 そこまで聞いたところで、ルシアンは長卓ではなくレオンへ顔を向けた。


「この先は君にだけ伝えておきたい。全員が知る必要のない話だ」


 レオンはルシアンと一緒に帰り火の脇まで移った。長卓ではエイルたちが地図を囲んだまま待っており、声を落とせば内容までは届かない。


 そこでルシアンから告げられたことは、レオンが予想していたより重かった。


「それを知ってるのは、どこまでです」


「王家と、ごく一部の者だけだ。アルバ本人を見つけるまでは、君も胸の内に留めておいてほしい」


「分かりました。だったら、なおさら生死だけ確認して終わりにはできない。本人を見つけて、何があったのか直接聞く必要がありますね」


「私もそれを頼みたい。今伝えたことも含めて、アルバが何を考えて東へ進んだのか知りたいんだ」


 二人が長卓へ戻った時には、レオンの中で依頼を断る理由より、どう動けば五層を捨てずに済むかの方が大きくなっていた。


 レオンは王都からドレヴァ山域までの街道を指で追い、頭の中で旅程を組み始めた。


「陛下の私室の暖炉で《仮帰還点》を一つ使ってる。東へ進んだ日の終点へ二つ目を置いて、翌朝そこへ戻れば旅程は巻き戻らない。次の日はさらに先へ進んで登録し直せばいい。食料も野営道具も、普通の長旅ほどは持たなくて済む」


「怪我した人を何日も馬車で運ぶ必要もないね。帰って治療して、翌朝は元気な人と入れ替えればいいんでしょう」


 フレイが王都から東へ指を滑らせた時、エイルは地図ではなく、長卓の反対側に積まれた五層用の防護具を見た。


「レオン、だったら五層まで止める必要はないだろ。東へ行く連中と五層へ入る連中を分ければ、今日から両方できる」


 レオンは地図から顔を上げ、その発想が出た途端、さっきまで二者択一に見えていたものが急に馬鹿らしくなった。洞窟へ来たばかりの頃なら、全員で一つの仕事へ出るしかなかった。今は人がいる。役割がある。《仮帰還点》があり、毎晩帰ってこられ、帰れば翌日の顔ぶれまで変えられる。


「そうか。どっちか選ぶ必要なんてないじゃないか。五層と東方、二つに分けて今日から両方動かせばいい」


「それなら早く決めようよ! 私は五層へ行くからね。王様の話を聞いたからって、さっきの一番乗りまで諦める気はないよ!」


 フレイは待っていたように重弩を持ち上げ、五層用の防護具側へ移った。


「私も五層だよ。送風部も留め具も自分たちで作ったんだから、実際に動くのを見て直すのは私の役だよ。それに、姉ちゃんだけ東へ行ったら素材を見つけても持ち帰る人がいなくなるでしょう」


「勝手にあたしまで五層組に入れるんじゃないよ。……まあ行くけどさ。未知の金属や魔物が出るかもしれないのに、鍛冶師が最初から抜けちゃ話にならないだろ」


 ティルダは笑いながら戦槌を防護服の横へ置き直した。


「俺も五層へ残る。前にどこまで入って、どこから症状が出たか知っているのはレオンと俺だけだ。レオンが東へ行くなら、最初の偵察は俺が引き受ける」


 エイルが弓を防護具側へ置くと、リュネは迷う様子もなく兄の隣へ薬袋を移した。


「私は五層の植物を自分で見たいよ。毒草や粉を持ち帰るなら採るところから分かった方が薬にしやすいし、一年前は兄さんたちの話を聞くだけだったんだから、今度は私も三歩目の先を見に行く」


 五層側には弓、重弩、戦槌、薬袋、防護頭巾が集まり、その反対側では東方の地図が長卓の広い場所を占めている。


 レオンが地図側へ自分の剣を置くと、ロアンがそれを見て精霊リュートを背負い直した。


「僕は東へ行こう。勇者が通った町を順に回るなら、最初に必要なのは剣より人の口だろう? 宿屋と酒場なら、レオン一人で聞くより僕が混ざった方が話は弾むよ。吸血鬼の噂だって、役人の記録より酔っぱらいの方が妙に詳しいことがあるからね」


「そこは俺も当てにしてた。いきなり山へ突っ込む気はないし、アルバが何をして、誰と話して、どこへ向かったかを拾うところからだ」


 ベラは五層用に腰へ差していた短杖を抜き、地図側のレオンの剣の横へ置いた。


「あたしも東へ行くよ。毎晩帰れるからって、昼飯だって食いたいだろ。知らない土地で食える物が分からないなら、火を起こして飯を作れる人間はいた方がいいし、ロアンは話を聞き始めたら帰ってこないからね」


「僕だけの問題みたいに言われているけど、レオンだって商売の話を始めたら昼飯を忘れるよ」


「二人まとめて食わせるって言ってるんだよ。私が行けば解決するんだから、そこで張り合うんじゃないよ!」


 ベラが言い切ると、ルシアンまで声を出して笑った。


 窪地の入口で身体を伏せていたキュウは、五層側と東方側へ人が分かれるたび首を動かし、自分だけ呼ばれないのが気に入らないように低く鳴いている。


「キュウは俺と東へ来い。森の中を勝手に飛ばせないが、開けた場所なら上から街道や周囲を見られる。人を見つけたら降りてこいっていうくらいは、もう分かるだろ」


 キュウは自分の名が出た途端に立ち上がり、翼を大きく広げて主洞へ風を巻き起こした。地図の中央が浮き上がり、フレイとロアンが両側から慌てて押さえる。


 五層側と東方側へ荷が分かれ始めると、長卓の景色まで変わった。片側には防護頭巾、薬瓶、弓、重弩、戦槌が積まれ、反対側には東方の地図、旅用の袋、レオンの剣、ロアンのリュート、ベラの短杖が並ぶ。


 さっきまで一つだった出発準備が、目の前で二つに割れた。エイルが東方の地図をじっと見ている。ドレヴァ山域よりかなり手前、王国の国境に近い大きな森だった。


「この街道なら、俺とリュネの里の近くを通る。人の街道から森へ入った先だから、道や周辺のことなら里の者が知ってるはずだ」


「近くまで進んだ日に必要なら、エイルかリュネを東方側へ替えよう。逆に五層で人手が欲しければ俺たちから戻す。毎晩ここへ帰れるんだから、今日決めた顔ぶれを最後まで固定する必要もない」


「だったら東で出番があったら私を呼んでよ。五層を片づけてから東へ行けば、向こうでも新しい仕掛けが見つけられるかも」


「重いものを壊す必要が出たら、あたしも呼びな。王様の依頼だからって、旅の間ずっと妹に面白いところを独占させる気はないよ」


「姉ちゃん、壊す仕事がある前提で参加しようとしないでよ。勇者を探すんだからね!」


 双子がもう次の入れ替えまで話し始め、レオンも頭の中で何通りかの編成を浮かべた。勇者を探すために五層を諦める必要も、五層へ行くために勇者を後回しにする必要もなかった。二つともやればいいという結論が、レオンにはひどく気に入った。


「陛下、ここまでやるなら、この仕事は王国からの正式な依頼でいいんですよね。吸血鬼がいるかもしれない山域まで行って勇者を探すのに、善意だけで働くつもりはありません」


「当然だ。遠征に必要な消耗品と現地での費用は王家が持つ。アルバの消息を突き止め、救出までできたなら、それに見合う十分な褒美も約束する」


「その『十分』は、あとで金額を聞いた時に王様と旅商人で意味が違ったなんて言わないでくださいよ。危険な場所へ行く仕事は、危険な分だけ高く取りますからね」


「そこまで先に釘を刺されたら、私も安い褒美では済ませられないな。王の言葉として約束しておくよ」


 レオンは満足して地図から手を離した。報酬の細かい額は成果を持ち帰ってから詰めればよく、今はアルバを見つける方が先だった。


 五層用の装備に紛れていた小さな革箱も長卓の中央へ寄せた。この半年、外で買い集めた宝珠を収めた箱で、留め金の内側には色だけ異なる同じ大きさの宝珠が数個並んでいる。レオンは中身を見直して蓋を閉じ、二組の荷を分ける場所へ箱ごと移した。


 そこで帰り火の前にいたミラが、東方地図と五層用の装備を交互に見ながらレオンへ声を掛けた。


「レオンさん、東方へ遠くまで行っても、今までみたいに私とお話ししていいですか? せっかく知らない土地へ行くなら、途中の町や食べ物の話も聞きたいです」


「もちろん話すけど、今度は旅の話だけじゃ済まないぞ。東方で何かあれば、五層へ行ったエイルたちにも伝えてもらうことになる」


 レオンが答えながらルシアンへ目を向けると、国王もすぐ意味を理解した。


「王都へ戻った私とも話せるな。東方、五層、王都の三か所が離れていても、ミラを通せば同じ日に情報を回せる」


「それなら便利ですね。今までレオンさんの伝言をしていたのが、エイルさんと王様の分まで増えるだけですよね?」


 ミラは難しい話を聞いた顔ではなく、厨房から頼まれる買い物が一つ増えた時のように返した。


 レオンは長卓を見渡した。片側には五層へ入る四人の武器と防護具が積まれ、反対側には自分たちが東へ持ち出す地図と荷が広がっている。午後になればルシアンは王都へ戻る。三か所に別れれば互いの声は届かないのに、帰り火の前にいるミラだけは全部と話せる。


 それを本人は、伝言が増えるだけだと言っている。


「ミラ、東方で急ぎの話が出たらお前へ送る。五層の連中か陛下へ回してくれ。長い話なら帳面へ書いて、そのまま読んでくれればいい。全部覚える必要はないからな」


「分かりました。では、お昼と夕方にはこちらから一度ずつ聞きますね。何もなければ何もないと分かりますし、その時に皆さんがご飯を食べたかも確認できます」


「私まで昼食の確認を受けることになるのか。王城で会議をしていても呼ばれると思うと、なかなか逃げにくいな」


「王様なんだから、ちゃんと食べてください。東方の皆さんも五層の皆さんも、忙しいと忘れそうなので同じです」


 ベラはその場で大きく頷き、通信の使い方ではなく食事の方へ迷わず食いついた。


「それでいいよ、ミラ。東へ行った連中が食べたって言うまで切らなくていいからね。五層の方も昼を抜いたら、帰ってから私に教えな」


「ベラ、それは通信じゃなくて監視になってないか」


「飯を忘れるやつが悪いんだよ。文句があるなら時間になったら食べな!」


 ロアンが笑い、フレイまで防護頭巾を抱えたまま笑い始めた。さっき王に呼び止められた時には五層を奪われたような顔をしていた連中が、今では五層と東方の両方へ行く話で騒いでいる。


 ミラは帰り火の脇から帳面を持ってきて、開いた頁へ《東方》《五層》《王都》と三つの見出しを書き、その下へ昼と夕方の欄を作って、さらに端へ《食事》と書き足した。


「これなら忘れません。レオンさんたちは東方のお話、エイルさんたちは五層のお話、王様は王都で何か変わったことがあれば教えてください。私はここに書いて、必要な人へ伝えますね」


 長卓には東方の地図と五層の防護頭巾が並び、その間でミラがいつもの帳面へ書き込んでいる。レオンから見れば、《東方》《五層》《王都》の三つを一冊へ並べた時点で、ミラは二つの探索と王都をつなぐ役を丸ごと引き受けたことになる。


 ところが本人が最後まで気にしているのは、その三つの欄ではなく端へ書き足した《食事》だった。


「では、お昼になったら最初に聞きますね。みなさん、忘れずにちゃんと食べてください」


 ミラは帳面を帰り火の脇へ戻すと、五層組が出るまでに朝の片付けを終わらせるつもりらしく、そのまま洗い場へ向かった。

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