↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
帰り火の洞窟 ~役立たずと追放された少女、拾った洞窟を仲間たちの帰る場所にします~  作者: Rastarock
王冠と三つ火

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
79/86

炉還りは王の本音を聞きます

 仲間たちへ何から話すかを考えていたレオンに、丸卓の向こうからルシアンの声が飛んできた。


「ずいぶん楽しそうな顔をしているな。金貨と領地と王城の窓口なら、最初にどれを話すつもりだ?」


「たぶん領地の話です。金貨はエルネに渡せば済みますけど、誰が領主をやるかは俺だけじゃ決められませんから」


 腰へ結んだ革袋を指で押さえながら答えると、ルシアンは椅子の背へ少し身体を預けた。卓上から地図も書類も片づき、さっきまで褒賞を決めていた場所には、飲みかけの水差しと空いた杯が残っている。壁の暖炉では細い薪が一本崩れ、石床へ届かない程度の弱い熱を部屋へ流していた。


「男爵位を断ったことは、その次でいいのか。あれだけ迷わず断られると、勧めた側としては少しくらい理由を聞きたくなる」


「理由ならさっき話しましたよ。俺は土地に残って毎日書類を見るより、外へ出て必要な物を探す方が向いてます」


「そこまで自分に向く役を迷わず選べるのは、少し羨ましいな。私は子供の頃、自分の職が分かった時にずいぶん困った」


 レオンが杯へ伸ばしていた手を止めると、セドリックも隣からルシアンへ視線を向けた。二人にとっては古い話らしく、驚いた様子はなかった。


「陛下の職は、確か《仲裁人》でしたよね。前に職業札の記録で見た覚えがあります」


「そうだ。《仲裁人》だと分かった時、周りは勝手に二つへ割れた。人の争いをまとめられるなら王に向くと言う者と、王は最後に断じる側なのだから仲裁など生ぬるいと言う者だ」


 ルシアンは卓の縁へ指先を置き、古い記憶を辿るようにゆっくり動かした。


「次の王なのだから、統治や戦の指揮に向く職を期待していた者も多かった。まだ何をしたいかも決めていない子供に、職名を見ただけで将来の王の形を決めようとする大人が大勢いたわけだ」


「今の守旧派と、言っていることがあまり変わっていないな」


 セドリックが水差しを取り、自分の杯へ残りを注ぎながら口を挟んだ。


「そういうことだ。王が強く決め、下が従う方が国はまとまるという考えは、私が王になる前からあった。今の争いも、急に始まったものではない」


「それで陛下は、《仲裁人》が嫌だったんですか?」


「最初は戸惑ったが、今はかなり気に入っている。誰かと誰かが争っている時、片方を黙らせれば話が終わるとは思えないことが多かったからな」


 そこでルシアンは、隣にいるセドリックを見て口元を緩めた。


「こいつと友人になったのも、《仲裁人》のおかげと言えなくもない。学院にいた頃、三か月ほど口を利かなかったことがあってな」


「先に言っておくが、《仲裁人》らしい立派な喧嘩ではないぞ。原因まで話すなら、そこも正確に頼む」


 セドリックが念を押したので、レオンはかえって続きを聞きたくなった。ルシアンも隠すほどのことではないらしく、少し笑って杯へ指を掛けた。


「剣と魔法なら、どちらが強いかという話をしていた。私は、魔術師が術を使う前に間合いへ入れば剣士が勝つと言った」


「私は、最初から剣の届く場所で始めなければいいと言った。十歩も離れれば、剣士など魔法の的だとな」


「そこで終わればよかったんだが、こいつが火球を剣で防げるのかと言い出して、私も魔力が尽きた後ならどうするつもりだと返した。そのうち周りまで加わって、一対一ならどうだ、森ならどうだ、鎧を着ていたらどうだと条件が増えていった」


「最後には訓練場で実際に試した。開始と同時に殿下が突っ込んできたので、私は足元を崩して転ばせたんだ」


「正面から勝負すると言っていたのに、いきなり地面を崩したんだぞ。あれを見て腹を立てない剣士がいるものか」


「魔法使い相手に、自分が剣を振りやすい距離で正面から戦えと言う方がおかしい。しかも、そのあと木剣を持ったまま追いかけてきただろう」


 そこまで聞いて、レオンは当時の二人が訓練場を走り回る姿を容易に想像できた。今は国王と政務補佐官として同じ卓に座っている二人だが、どこか少年のような面影を残しているようで妙に納得できる。


「それで三か月も話さなかったんですか。喧嘩の原因より、そっちの方がすごい気がします」


「同じ授業にも食堂にもいたんだがな。必要な話は友人を挟み、食事では互いに別の席へ座った。今から考えれば、ずいぶん面倒なことをしていた」


「二か月目くらいには、周りの方がうんざりしていたぞ。それでもこいつは、先に話しかけた方が負けだと思っていたらしい」


「それはお前も同じだっただろう。結局、三か月目の合同訓練で同じ組にされたのが終わりだった」


 剣を持つルシアンが前へ出て相手を押さえ、その後ろからセドリックが魔法を使うと、三か月も争っていた割には驚くほど噛み合ったという。ルシアンが相手の進路を変えればセドリックが空いた場所へ魔法を撃ち、セドリックが足を止めればルシアンが間合いを詰めた。


「訓練が終わってから、ようやく気づいた。私は剣士が間合いへ入った後の話をしていて、こいつは魔術師が距離を選べるところから話していた。そもそも、同じ条件で比べていなかったんだ」


「それを三か月かけて発見した男が、最後だけ《仲裁人》の顔をしてまとめたことになっている。私は今でも、その部分には異議がある」


「最後に話をまとめたのは私だろう。結果として仲直りしたのだから、少しくらい功績に入れてもいい」


「三か月黙っていた期間を差し引けば、収支はかなり怪しいと思うがな」


 二人とも本気で争い直す気はないらしく、ルシアンは笑いながら空になった杯を卓へ戻した。


「まあ、あれで覚えたことはある。同じことについて争っているつもりでも、相手が違う前提から話していれば、どちらかを黙らせても答えにはならない。先に前提を比べ、何を条件にしているのかを聞かなければならないんだ」


「俺のことも、レイヴァン伯爵の意見だけで決めなかったのは、そのせいですか」


「それだけではないが、関係はあるだろうな。レイヴァンの意見書を読めば君を疑う理由は作れたし、ベルクの記録だけ見れば信用する理由も作れた。どちらかの書類一枚で君を決めたくなかった」


「本人と話してみた結果は、どうだったんですか?」


「国王の前でも隠すところは隠し、分からないことは分からないと言い、逃げられる技能を持っているのに残った。少なくとも、嘘を重ねてこちらへ取り入ろうとする男ではなかったな」


 その評価を真正面から言われ、レオンは杯へ手を伸ばした。依頼を達成して組合で腕を褒められることなら経験はあるが、国王から人柄そのものを評されるのは勝手が違う。


「昨日は王都まで救ってもらった。大広間を壊した分まで差し引くつもりはないから、そこは安心していい」


「壊したのは俺じゃなくて、あの魔物が先ですよ。俺は倒すために残ってた柱を使っただけです」


「そこを気にするのが先か。英雄扱いされるより、修繕費を請求される方を警戒しているように聞こえるぞ」


「王城の石柱がいくらするのか知りませんからね。金貨二十枚をもらった直後に、それ以上の請求書を出されたらたまりません」


 セドリックが声を上げて笑い、ルシアンも続いた。卓上から公務の紙がなくなったせいか、笑いが止んだあとも次の用件を急ぐ空気には戻らなかった。


「そういうところも含めて、私は君ともう少し普通に付き合いたいと思っている。王都を救った恩人だから歓待したい、という話だけではない」


 ルシアンは先ほどまでより少しゆっくり言葉を選び、椅子の肘掛けへ片腕を置いた。


「剣の話をしても面白いし、商売の話なら私が知らないところまで平気で踏み込んでくる。こちらの顔色を見て答えを変えないし、権力を欲しがって近づいてきたわけでもない。友人として付き合うには、かなり気楽な相手だと思っている」


「国王から友人として楽だと言われても、どう返すのが正しいのか分からないんですが」


「ほら、それだ。正しい返しを探さず、剣を見せた時みたいに普通に返せばいい。私だって毎回国王として話したいわけではない」


「誰かさんがそれを求めるたび、予定表と護衛と手続きが増える側の人間もいることは忘れないでくれ」


 セドリックが釘を刺すと、ルシアンは不満そうに横を向いたものの、反論はしなかった。その様子まで見れば、止められることにも慣れているらしい。


「剣の話なら、俺も普通にできますよ。王家の武器庫を見せてもらう約束も、まだ忘れてません」


「私も忘れていない。あの《飛刃剣》を訓練場で振るところまで含めて約束だ。双子が何を言うかも聞いてみたい」


「その前に、勝手に王の剣を作ることになったみたいに話さないでください。あいつらは珍しい物を見れば勝手に考え始めますけど、作るかどうかは本人たち次第です」


「分かっている。洞窟へ行って、その辺りは少し学んだつもりだ」


 ルシアンはそう答えると、すぐには次を続けなかった。窓から差していた午後の光はさらに低くなり、丸卓の脚から伸びた影が本棚の手前まで届いている。


「最初に洞窟へ行った時、私は帰り火や未登録職の方を見に行ったつもりだった。実際、最初はそこばかり聞いていた」


「昼前までは質問が多かったですね。ミラたちも、何をどこまで話せばいいか考えながら答えてました」


「それが午後には、別の方が気になっていた。工房でドワーフとエルフが同じ部品を囲み、片方が金属を見て、もう片方が精霊との相性を見ていただろう」


 レオンにも、その時の工房の光景はすぐに浮かんだ。ティルダとフレイの作業台へリュネが部品を持ち込み、三人で向きを変えながら仕上がりを確かめていた。


「食事では、王も近衛も洞窟の連中も同じ長卓へ座らされた。ベラは私の皿だけ大きくするでもなく、足りなければもう一度出すと言った」


「王だけ別の飯を出すような材料もありませんからね。ベラなら、残す方を嫌がると思います」


「それでいい。あの夜は、王として特別に扱われなかったことの方が新鮮だった。最後に聞いた森の歌も覚えている。家族が幸せに暮らせることを森へ感謝する曲だったな。当たり前だが、私の父も王だったからな…あの歌の世界には憧れるよ」


「エイルとリュネの笛ですね。あの二人の故郷で昔から歌われてるものだと聞いてます」


「人間の王が来ている前で、エルフの兄妹が自分たちの森の歌を吹き、ドワーフが同じ卓で聞いていた。誰も、わざとらしい融和の儀式だとは考えていなかった」


 ルシアンはそこで一度だけ言葉を切り、窓の外へ視線を向けた。王城の外では復旧の槌音がまだ続いており、遠くで荷車の車輪が石畳を擦る音も混じっている。


「私が作りたい国も、ああいうものに少し近い。人間とドワーフとエルフが仲良くしろと王が毎回命じる国ではなく、同じ場所で働いたり飯を食ったりすることが、いちいち珍しくない国だ」


「洞窟みたいな人数なら、嫌なら別の仕事をすれば済みますけど、国全部だとそう簡単じゃないでしょう」


「もちろん同じにはできない。土地も多いし、昔からの争いも利害もある。ただ、違う者同士が暮らすたび、最後に王が正解を決めなければ成り立たない国にはしたくないんだ」


 ルシアンは自分の胸元へ一度だけ指を置いた。


「これも《仲裁人》らしい考えなのかもしれないな。私は、王のところへ集めるより、当事者同士で決められることを増やしたい。地方で分かることは地方へ返し、議会で決められることは議会へ渡す。それでも王にしかできない仕事は残るだろうが、それで十分だと思っている」


「守旧派は、それを弱くなると言ってるんでしたよね」


「平和だからこそ権力を分けられる、と私は考えている。向こうは、平和なのは強い王権があったからで、それを崩せば次の危機に耐えられないと考える。今回の襲撃を見て、ますますそう言う者は増えるだろう」


「だからといって、今回の襲撃を理由に全部王へ戻す気はない、と」


「ない。昨日、王都を守ったのは私一人ではない。騎士も兵士も冒険者も、市民を運んだ者も火を消した者も、それぞれ自分の場所で動いた。あれを見た翌日に、王だけが強ければ国は守れるとは考えにくい」


 レオンは中央広場で槍列を組んでいた騎士たちを思い出した。自分が加わる前からオーガを広場へ押し留め、倒したあとには別の地区へ向かって散っていった者たちだ。


「それなら、俺が男爵を断ったのも陛下の考えには合ってるんじゃないですか。向いてない人間を椅子へ座らせるより、別の誰かに任せた方がいい」


「まったくその通りだから困る。国王としては一度くらい爵位を受け取ってもらいたいが、《仲裁人》としては反対する理由がほとんどない」


「そこを職のせいにするな。最初から断られると思って、私に代案を考えさせていただろう」


「だからこそ、きちんと勧めた上で断らせたんだ。国王にも形式というものがある」


「その形式を面倒がって予定表から逃げる人間が言っても、説得力はあまりないな」


 セドリックの返しに、ルシアンは杯を持ったまましばらく黙り、やがて諦めたように笑った。


「そこは否定しない。王であること自体を嫌っているわけではないし、国を誰かへ放り投げたいわけでもない。ただ、何を言っても王の発言になり、どこへ行っても日程になり、剣を一本見たいだけでも管理官への話が増える生活は、たまに面倒になる」


「武器庫の管理官へ話を増やしたのは、陛下が勝手に古剣を見せる約束をしたからです。そこまで王位のせいにしないでください」


「分かっている。だから、洞窟が少し羨ましいんだろうな」


 そこでルシアンは、向かいに座っているレオンへ改めて視線を向けた。


「君は外へ出て、知らない物を見つけ、商売をして、必要なら剣を抜いて、それでも最後には自分で帰る場所を選べる。洞窟へ戻れば、王都で何が起きていようと林檎の籠が足りない話が続いている」


「今日ちょうど、その話をミラから聞きました。今ごろ明日の収穫用に籠を空けてると思います」


「そういうところだ。私があそこへ行った日も、昼飯を食べれば午後の仕事が始まり、夜には酒と歌があった。王が横にいても、翌朝になれば皆は自分の仕事へ戻る」


 セドリックは口を挟まず、空になった水差しを手元へ寄せて蓋を閉めた。ルシアンも急いで結論を出す様子はなく、少しの間だけ窓の外から入る槌音を聞いていた。


「王権を少しずつ移したところで、明日から私が暇になるわけではない。たぶん死ぬまで、王でない時間の方が少ないだろう。それでも、たまには予定も肩書も持たずに、あの長卓へ座れたらと思う」


「陛下、王城を空ける予定を今ここで増やすのはやめてください。賛成する話と、好き勝手に出歩く話は別です」


「まだ予定を入れるとは言っていない。願望くらいは自由に持たせろ」


 ルシアンはそう言って笑い、空の杯を指先で半回転させた。


「立場がなければ、いっそ洞窟に住めたらいいんだがな。毎日は無理でも、あそこなら王ではない時間を少しくらい持てそうだ」


 その言葉を口にした直後、ルシアンの指が空の杯からゆっくり離れた。


 さっきまでレオンへ向いていた目が、誰もいない卓の上の空間へ止まっている。セドリックも異変に気づき、椅子から身体を起こした。


「どうした、ルシアン。急に黙るな。近衛を呼ぶか?」


「文字が出た。レオン、君が以前話していた帰り火の表示は、こういう見え方をするのか?」


「俺には何も見えてません。何て出てるんですか?」


 ルシアンは視線を動かさないまま、目の前にあるらしい文字をそのまま読み上げた。


「《この場所への帰属を申請しますか?》と出ている。その下に《はい》と《いいえ》があるな」


 レオンは一瞬だけ返す言葉を失い、以前、自分が洞窟を出る直前に見た表示を思い出したが、ルシアンが読み上げた文言まで同じだった。


「それ、俺が炉縁者になった時に出た表示です。選ぶのは陛下自身なので、俺からはどっちを押せとは言いません」


「なるほど。住めたらいいと言っただけで、随分まじめに受け取られたらしい」


 ルシアンは少し笑ったものの、すぐには手を伸ばさなかった。セドリックへ一度顔を向け、次に窓の外の王都を見てから、また見えない表示へ視線を戻す。


「王を辞めるつもりはないし、洞窟へ移り住むこともできない。それでも、あそこを帰る場所の一つだと思っていいのなら、私はそうしたい」


 ルシアンが宙へ指先を伸ばし、何もない場所へ触れるように動かした。


「《はい》を選んだ。今度は《帰属申請を承認しました》《第十三炉縁者――ルシアン》と出ている」


「本当に炉縁者になったんですか。陛下は、洞窟に住めないのに?」


「私に聞かれても困る。選べと出たから、自分で選んだところだ」


 セドリックが何か言いかけた時、レオンの意識へ《炉縁者通信》の接続が触れた。


「レオンさん、今すぐお話しできますか。帰り火の方で、ちょっと変わったことが起きています」


「こっちでも同じ話をしてる。今、目の前でルシアン陛下が炉縁者になった」


「やっぱり王様だったんですね。こちらにも帰属の表示が出て、承認されたところまで見えました」


 ミラの声は驚いているものの、慌てているというほどではなかった。帰り火が新しいことを始めた時に、まず何が起きたのかを確かめる声だった。


「陛下は王都に住んだままなんだ。洞窟へ移るわけじゃない。それでも炉縁者として登録されたらしい」


「そうですよね。王様のお仕事がありますから、洞窟へずっと住むことはできませんよね」


 レオンは丸卓の向こうにいるルシアンを見た。炉縁者になったところで、明日から王城を捨てて洞窟へ移れるわけではない。今の《帰還》で連れて行くことはできても、一度使えば次は七日待つことになるし、復路は十日以上かかる。


「それじゃ、炉縁者になった意味があまりないだろう。帰る場所に洞窟が増えても、陛下は王都にも戻らなきゃならない」


「では、帰り火にそのまま聞いてみます。レオンさんから苦情が出ています、と伝えてみますね」


「言い方は任せるけど、間違ってはいない。住めない人間まで受け入れたなら、その後のことも考えてほしい」


 向こうでミラが帰り火の方へ身体を向けたらしく、声の調子が少し変わった。やがて通信越しにも聞き取れる調子で、帰り火へ話しかける。


「帰り火さん、レオンさんから苦情が出ています。王様が洞窟に住めないなら、炉縁者になったあとどうすればいいんでしょうか」


 セドリックには通信の向こう側が聞こえないため、レオンは片手を上げて待つよう示した。


「ミラが、帰り火に苦情を伝えてます。陛下を炉縁者にしたのに、洞窟に住めないならどうするんだ、と」


「国王の私にではなく、正体の分からない古い火へ苦情を入れるのか。君たちの共同体は、変わった相談役を持っているようだ」


「ミラはこういうやつっていうのもありますが……帰り火が勝手にやったことなら、帰り火へ聞くしかないですからね」


 レオンが答えたところで、視界の中央へ白い文字が浮かんだ。


《炉縁者の生活圏拡張を確認しました》

《新規技能《帰還点登録》を取得しますか?》

《はい》

《いいえ》


 レオンは文字を読み終え、思わず椅子へ座り直した。


「今度は俺に出ました。《帰還点登録》という新しい技能を取るか聞かれてます」


「こちらにも同じ通知が出ています。新しい技能を作った時の表示です」


「取る。今の話への答えなら、たぶん役に立つ」


 レオンが《はい》を選ぶと、表示が一度だけ切り替わった。


《新規技能《帰還点登録》を取得しました》


「取得しました。ミラ、帰り火に何ができる技能なのか聞いてくれ」


「分かりました。帰り火さん、《帰還点登録》はどんな技能なんですか?」


 少し間を置いてから、ミラが返ってきた内容を読み上げた。


「レオンさん本人が到達した場所を、《仮帰還点》として最大三か所まで登録できるそうです。登録する場所はあとから変更できて、《最初の火》はその三か所には含まれません」


「登録した場所は、《帰還》の行き先にできるのかも聞いてくれ」


「今、聞きます。……はい、《帰還》を使う時に、《最初の火》か登録済みの《仮帰還点》を選べるそうです」


「待ってくれ。それなら、王都だけの話ではないな」


 セドリックが身を乗り出し、レオンの方へ掌を向けた。


「ベルクでも、その先の土地でも、レオンが一度行けば帰還先にできるわけか。移動の意味がかなり変わるぞ」


「三か所までですけどね。行ったことのある場所なら、王都だけに限らないはずです」


「《仮》というからには、帰り火そのものが増えるわけではないんだろうな。そこも確かめた方がいい」


「ミラ、仮帰還点に帰り火みたいな機能が付くのか聞けるか。部屋を作ったり、炉縁者を増やしたりする方だ」


「聞いてみます。………《仮帰還点》は《帰還》の行き先になるだけで、帰り火の機能は持たないそうです」


「なら、本当に移動用の地点だけか。場所を三つ選び直せるなら、使い道はかなり多いな」


 セドリックは驚きながらも、説明を聞くほど顔つきがいつもの実務寄りへ戻っていった。王城、ベルク、さらに遠い土地へレオンが行けば、その場所まで一瞬で戻れる可能性がある。


 ルシアンも同じところへ気づいたらしく、丸卓から暖炉の方へ一度だけ目を向けた。まだ何も登録していない暖炉では、午後の火が小さく燃えている。


「つまり、ここを《仮帰還点》に登録すれば、洞窟へ行ったあとでも、この私室へ戻ってこられる。逆にここから《最初の火》へ帰れば、往復できるってことだな」


「説明どおりなら、そうなります。ただ、今の《帰還》には使ったあと七日くらい使えない制限があります」


「そこは変わっていないのか。なら、好きな時に往復するところまではいかないな」


 ルシアンがそう言った直後、今度はレオンだけの視界へ新しい表示が重なった。


《炉縁者数――十三》

《炉縁者の生活域拡大を確認しました》

《《炉還り》の継続役割を照合します》

《複数帰還点を結ぶ帰還需要を確認しました》

《《帰還》 Lv1からLv2へ上昇しました》


 レオンは二度読み、通信の向こうにいるミラへ先に伝えた。


「ミラ、今度は《帰還》がLv2に上がった。こっちは俺にしか表示されてないみたいだ」


「私の方には何も出ていません。帰り火さん、レオンさんの《帰還》はLv2になって、何が変わったんですか?」


 ミラが問いかけたあと、返事を読むまでに少しだけ間が空いた。


「分かりました。レオンさん、《帰還》を使ったあとの再使用待機が解除されたそうです。七日待たなくても、続けて使えるようになっています」


「七日がなくなったのか。ほかに変わったところはあるか?」


「今の返答では、変更されたのは再使用待機の解除だけだそうです。《帰還点登録》とは別の変更だと出ています」


 レオンがその内容をそのまま伝えると、セドリックは数呼吸ほど黙り、やがて片手で額を押さえた。


「陛下、先に言っておきますが、これで好きな時に洞窟へ遊びに行けると考えないでください。往復が簡単になったことと、国王の予定が消えることは別です」


「まだ何も言っていないだろう。私が今確認したいのは、もっと単純なことだ」


 ルシアンはセドリックからレオンへ視線を戻し、さっきまでより明らかに楽しそうな顔で口を開いた。


「つまり、簡単に往復できるってことだな」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。