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帰り火の洞窟 ~役立たずと追放された少女、拾った洞窟を仲間たちの帰る場所にします~  作者: Rastarock
王冠と三つ火

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72/85

炉還りは王と王都へ戻ります

 ベルクで予定されていた視察が終わった朝、レオンは宿舎の厩でバルトの腹帯を締めていた。


 王が到着した翌日から、城壁、商会の倉庫、役所、街道へ荷を出す集積所を順に回り、ベルクで確認する予定だった場所はすべて見終えている。王都からここまでの村や町については、往路の巡察隊がすでに記録を取っていた。


 帰路には新しい視察予定が入っておらず、宿泊と馬の休息を除けば、そのまま王都まで街道を進めばよかった。


 洞窟から使った二頭立ての馬車は、ベルクへ着いた翌朝にエイルがエッダとネラを連れて持ち帰った。レオンは王都で白魔鋼の評価と第五層へ持ち込む防護具の相談を終わらせる必要があるため、バルトと一緒にベルクへ残っていた。


 鞍の後ろへ水袋を括り直していると、厩の入口からセドリックが入ってきた。


「やはり今日、王都へ戻るのか。陛下から聞いた通りだな」


「そのつもりです。まだ王都で終わってない用事がありますから、ここで洞窟へ戻ると仲間に怒られます」


「なら、一緒に来てくれ。今朝になって、陛下がそう言い出した」


 レオンは革紐を引いていた手を止め、厩の入口に立つセドリックへ顔を向けた。


「王の巡察隊に、俺みたいな旅商人がそのまま混ざって大丈夫なんですか?」


「正確には帰還する一行だ。往路ほど立ち寄りもないし、君はB級冒険者で旅商人でもある。説明が必要なら、陛下が王都まで同行させているとそのまま言えば済む」


「理由になってるようで、なってない気もしますけどね」


「私もそう思うが、本人には十分らしい」


 厩の外では、近衛が王車の車輪と馬具を確かめていた。往路のような歓迎を受ける予定はなく、旗も必要なものだけに減らされている。


 レオンがバルトを引いて外へ出ると、ちょうど宿舎からルシアンが姿を見せた。


「レオン、王都まで一緒に来るそうだな」


「今、セドリックさんから陛下がそう決めたと聞いたところです」


「どちらでも同じだろう。行き先が同じなら、途中で話せる」


 ルシアンは自分の中では話が済んだらしく、それだけ言うと待たせていた王車へ向かった。レオンはその背中を見送ってから、隣に残っていたセドリックへ顔を向けた。


「最初から決まってたみたいに言ってますけど」


「陛下の中では、さっき決めたことも予定に入った瞬間から昔からの予定になる」


 セドリックは地図を入れた革筒を抱え直し、王車の後ろへ歩いていった。


     ◇


 ベルクの城壁が見えなくなる頃には、街道の両側へ春の畑が広がっていた。


 少し前に一人で王都へ向かった時と同じ道だが、今回は前後に近衛や官吏の馬車が続いている。それでも往路ほど隊列は長くなく、街道を塞がない程度の間隔でまとまっていた。


 畑では農具を持った人が作業を続け、遠くの牧草地では牛が数頭、低い柵の内側を歩いている。王の旗に気づいて頭を下げる者はいても、道を止めて歓迎の列を作る者はいなかった。バルトも、朝から余計な荷がないせいか歩幅が軽かった。


 昼前に小川沿いの休憩地へ入ると、隊列は馬へ水を飲ませるために止まった。レオンもバルトの腹帯を緩め、川辺の草へ手綱を伸ばしてやる。


 自分の昼食を収納宝珠から出そうとしたところで、王車の方から近衛の一人が歩いてきた。


「レオン殿、陛下がお呼びです。昼食はこちらで用意するので、そのまま来てほしいとのことです」


「何か急ぎの用でもありましたか。出発前に聞いた方がいいですか?」


「急ぎの話ではありません。昨日見た冷蔵箱について、もう少し聞きたいそうです」


 昨日までベルクで実物を何台も見ていたはずだった。


 レオンはバルトへ目を向けると、王家の馬丁がもう近くまで来ている。


「こいつは強く引かなければ大人しくしています。水を飲み終わったら草のある方へお願いします」


「承知しました。王都まで同じ隊列にいますので、顔も覚えてもらいます」


 馬丁が手綱を受け取ると、バルトは一度だけレオンの肩越しに相手を見たが、引かれても嫌がらなかった。


 王車の脇には折り畳みの卓が出され、ルシアンとセドリックが簡単な昼食を取っていた。


「来たな。座れ。昨日、ベルクの宿で使っていた冷蔵箱をもう一度見て、少し考えた」


「陛下がそう言う時は、だいたい話が大きくなってる気がしますね」


「今回は箱の話だ。そこまで大きくない」


 レオンが空いている椅子へ座ると、セドリックはパンを切りながら顔を上げた。


「私も昨夜、同じことを言われた。今から聞けば分かるが、箱一台の話ではない」


 ルシアンは気にせず、卓の上に置いていた紙を指し示した。


「洞窟では今、二十台が外で使われていて、待ちが十二台だったな。ベルクとラトスで修理も回している」


「はい。簡単な金具や扉の調整なら、もうラトスの鍛冶屋で直せます。箱ごとの寸法も揃えたので、予備部品も同じ物を使えるようになってます」


「なら、箱そのものを洞窟で全部作る必要はないんじゃないか?」


 レオンはパンを置き、卓の上へ広げられた紙へ顔を近づけた。簡単な四角がいくつか描かれ、その間に線が引かれていた。文字には王都、ベルク、そのほか二つほど地方都市の名前がある。


「昨日の夜に、もうここまで考えたんですか」


「考えるだけなら材料はいらない。木箱と金具を地方で作り、冷やす仕組みだけ同じにすれば、洞窟から完成品を何十台も運ぶ必要はなくなるだろう」


「小氷魔石が要ります。今は地下から持ち帰った物を使ってますけど、王国中へ出す数があるかは分かりません」


「そこは調べればいい。氷系の魔石を取れる場所がほかにもあるなら、形を合わせられるかもしれない」


「石が違えば、冷え方も持ちも変わります。今の箱は今の石で試してるので、別の石ならまた試験ですね」


「それなら別の石でも試せばいい。使える物まで最初から外す必要はないだろう」


 検討するより先に試験へ進む返事が来たので、レオンは紙からルシアンへ視線を戻した。レオンはパンを一口食べてから、もう一度紙を見た。


「仮に石が揃っても、売って終わりにはできませんよ。扉が歪めば冷気が逃げるし、石が弱れば交換が要る。今はラトスの親方に軽い修理を任せて、俺たちが部品と石を回してるから使えてます」


「その仕組みごと広げる。王都で一つの工房に作らせて国中へ送るより、各地の木工と鍛冶が直せた方がいい」


 ルシアンは話しながら紙へ新しく二本線を引き、王都とベルクの間へ別の都市名を書き足した。


「ベルクの肉屋で、箱を入れてから捨てる肉が減ったと聞いた。宿では酒を冷やすのにも使っていたな。食料を一日長く持たせられるだけでも、町ごとに使い道は違うだろう」


「まだ十二台待ってる段階で、もう国中の話ですか」


「十二台も待っているからだ。誰も欲しがらないなら、ここまで考えない」


 ルシアンは自分の案を書き終えると、今度は紙を卓の反対側にいるセドリックへ向けた。


「王家で独占する必要はない。構造を使える職人が増える方が早い。王都へ戻ったら、魔道具と流通の担当に似た仕組みがないか調べさせよう」


「調べるところまでは構いません。ただし、職人へ何を開示できるかは、洞窟側とも話してください。双子が作った物を、こちらの都合で勝手に配るわけにはいきません」


「そこはレオンが持ち帰って聞けばいい。駄目なら別のやり方を考える」


 セドリックは紙を受け取り、折らずに革筒の脇へ置いた。話がひと区切りしたところで、レオンは冷めかけていた昼食のパンへもう一度手を伸ばした。


「王都に着いたら白魔鋼の相談を終わらせるつもりでしたけど、仕事が一つ増えそうですね」


「私は使い道を考える。実際に売って回せる形へできるかは、君たちの方が詳しいだろう」


「持ち帰るところまではやりますよ。勝手に注文まで取らないでください。作るのは俺じゃないんですから」


 ルシアンはその返事を面白がるように笑いながら、自分の杯へ水を足して昼食へ戻った。


     ◇


 その日の宿は、街道沿いの小さな町にある王家指定の宿舎だった。


 西方巡察の往路で一度使っているため、宿の者も必要以上には慌てず、王一行が入っても食堂と厩の仕事は普段どおり続いていた。


 夕食のあと、レオンは厩へ行き、バルトの脚と蹄を確かめた。長い距離を歩いているが、熱を持っている場所もなく、蹄の縁にも大きな欠けはない。背中を布で拭いていると、厩の外から足音が近づいた。


「その馬は、本当に君以外が触っても大丈夫なんだな」


 足音の主はルシアンで、昼間より軽い上着へ着替えて厩の入口に立ち、少し後ろには近衛が一人だけ距離を取って付いていた。


「嫌なことをされなければ大丈夫です。知らない相手に急に鞍を載せられるのは嫌がりますけどね」


 バルトは王を一度見たあと、興味を失ったように干し草へ鼻先を戻した。バルトから興味が外れると、ルシアンの視線は厩の柱へ鞘ごと立てかけていたレオンの《飛刃剣》で止まった。


「やはり、それを見せてくれないか。洞窟にいた時から気になっていた」


「洞窟にいた時から気になっていたというのは、この剣のことですか?」


「剣だ。白魔鋼の板より、そちらの方が先に目に入っていた」


 レオンはバルトを拭いていた布を柱へ掛け、隣に置いてあった剣を鞘ごと取り上げた。


「刃は青魔鉄が主体です。白魔鋼は魔力を通すところと、部品の一部に使ってます。振るなら外へ出た方がいいですよ」


 宿の裏手には、荷車を回すための土の空き地があった。近衛が周囲に人がいないことを確かめてから、ルシアンは鞘ごと受け取った剣を腰の高さへ持ち上げた。最初に抜いた時は刃より柄へ目を向け、次に鍔と刃元の接合を確かめる。二度ほど軽く振ると、今度は片手だけで構え直した。


「見た目より先が重くない。君に合わせてあるのか?」


「俺が使う前提で作ってます。壊れた部品も替えられるようにしてあります」


「付与で斬撃を飛ばせると聞いた。それも試せるのか」


「ここで壁を切ったら宿に怒られます。王都へ戻って訓練場が使えるなら、そこでなら」


「それは残念だな。付与まで含めて見ないと、この剣の面白さは半分しか分からない」


 口ではそう言いながら、ルシアンはもう一度剣を振った。実際に剣を持つ姿を見れば、重心を確かめる手つきからして慣れている。見栄えのために剣を佩いている王ではなかった。


「王家にも古い剣が何本かある。青魔鉄を使ったものも、昔の名工が王家へ納めた品も残っている。王都へ着いたら武器庫を見せよう」


「王家の武器庫まで見せてもらえるんですか。そこまで入れるとは思っていませんでした」


「私が見せたい。代わりに、その剣も持ってこい。並べて比べたい」


 レオンはルシアンが握っている自分の剣と、宿の向こうにある王都への街道を順に見た。


「うちの鍛冶師にも武器庫を見せてもらえるなら、王のための剣を作るかもしれませんよ」


 予想していなかった返事だったらしく、剣を返しかけていたルシアンの手が途中で止まった。


「あの双子が、今度は私のために剣を作るかもしれないと言うのか?」


「約束はできません。あの双子は、珍しい物を見せると自分で作れるか考え始めるんです。王家の古い剣を何本も見せたら、そのうち一本くらいは自分たちで続きを作りたくなるかもしれない」


「それは武器庫を見せるための交渉材料として、私の剣を持ち出しているのか?」


「俺は旅商人なので、使える話なら使います。双子が本当に作るかは別ですけどね」


 ルシアンは交渉を持ち出されたことまで楽しそうに笑いながら、借りていた剣をゆっくり鞘へ戻した。


「王都へ戻ったら、訓練場も空けさせよう。飛ぶ斬撃も見たい」


「そっちは剣を作った双子より、付与したリュネも呼んだ方が面白いですよ」


「武器庫へ連れていく人数が、話すたびにずいぶん増えていくな」


「うちでは仲間が集まって物を作りますから」


「洞窟で皆の作業を見たあとなら、一つの品に人数が集まるのも納得できる」


 レオンは返された剣を受け取り、刃がきちんと収まったことを確かめてから柱の脇へ戻した。


 その後はルシアンも夕食後の休息へ戻り、レオンは残っていたバルトの手入れを終えてから宿へ入った。


     ◇


 翌日からも帰路は穏やかなままで、王の一行が足を止めるほどの出来事は起きなかった。雨に降られる日もなく、街道がぬかるんで隊列が止まることもない。往路で確認済みの村では宿泊と馬の水だけを取り、日が高いうちは畑と林の間を進み続けた。


 三日目の午後、王車が緩い坂を上っている間だけ、レオンはバルトを歩かせながら横へ並んだ。王車の窓幕が上がると、中ではルシアンが外の牧草地を眺めながら一人で座っていた。


「レオン、あの洞窟のことで一つ聞きたい。さっきから少し考えていたことがある」


 冷蔵箱の時とは違い、ルシアンはすぐには続きを口にしなかった。


 街道の左には低い牧草地が広がり、遠くで羊がまとまって動いている。王車の車輪が石を踏むたび、一定の間隔で小さな音がした。


「ドワーフとエルフが同じ場所で暮らしていることは、あそこではもう珍しくないのか。工房でも食堂でも、誰も種族ごとに固まっていなかった」


「珍しくはないですね。ティルダとフレイが工房にいて、エイルとリュネが別の仕事をしてるだけです。必要なら一緒にやりますし、飯は同じところで食います」


「最初から、種族を気にせず同じように暮らしていたわけではないんだろう?」


「最初から全員いたわけじゃありません。双子が来た頃は、エイルもリュネもまだいませんでした」


「では、あとから来たエルフを、君が工房の仕事へ加えたのか?」


「俺が決めたわけじゃありません。リュネは精霊との相性を見られるし、双子は金属や木を加工できる。作った物を祭壇へ持っていくようになってからは、三人で勝手に相談してますよ」


「勝手に、か」


「俺が混ざっても分からない話が多いんです。金具の穴を一つ増やすだけで、延々と話してることもありますから」


 ルシアンは笑ったが、すぐに次の質問を重ねた。


「それでは、意見が割れた時はどうする? 加工する者と、使う者の考えが違うこともあるだろう」


「ありますよ。使い道を決めるのは使う本人ですし、作り方は双子が考えます。材料や費用が問題になれば、エルネも黙ってません。俺に相談が来ることもありますが、細かいところまで口を出したら、かえって仕事が進まなくなります」


「君が留守にしている間も、同じように?」


「ええ。俺が王都へ行ってる間にだって、仕事は進んでたでしょう。帰ったら知らない道具が増えてることもあります。あいつら、予算を守ることさえ覚えてくれれば、俺がいない方がよく働くかもしれません」


 ルシアンは窓枠へ置いていた手を引き、膝の上で指を組んだ。


「面白いな。工房の責任者がいて、帳簿を預かる者がいて、使う者もそれぞれ意見を出す。だが、何をするにも最後は君が決めているわけではない」


「そんなことをしてたら、俺はいつまで経っても旅に出られません」


「なるほど。旅商人としては切実な話だな」


「それに、ティルダたちは前の工房じゃ、腕が良くても仕事を増やしすぎて何軒も追い出されてるんです。今だって放っておけば何を作るか分かりませんよ。エルネが帳面を持ってるから、どうにか収まってるんです」


「では、君たちも最初からうまくいっていたわけではないんだな」


「そうですね。今も全部がうまくいってるとは言いません。ただ、俺がいちいち決めなくても、みんな自分の仕事は分かってますから」


 ルシアンは少しの間、何も言わなかった。やがて王車の外へ目を向け、牧草地を眺めたまま口を開いた。


「さっき冷蔵箱の修理を各地の職人へ任せたいと話したが、君のところでは、それに近いことをもっと前からやっていたわけだな」


「冷蔵箱の話なら、俺は王都まで修理品を運ばずに済む方がありがたいですよ」


「君にとっては、やはりそういう話になるのか」


 ルシアンは声を出して笑った。


「しかし、仕事が回る仕組みは分かったとしても、そこで暮らす者たちがどう感じているかまでは別の話だな。ドワーフの双子も、エルフの兄妹も、それぞれに事情があってあそこへ来たのだろう」


「それは本人たちに聞いた方がいいですね。俺も、あいつらの考えてることを全部知ってるわけじゃありません」


「王都へ戻ってから、時間を取って聞く。その時は君だけでなく、話していい者がいれば一緒に来てもらいたい」


「いずれ洞窟のみんなへ話して、誰が来るか決めてもらいます」


「分かった。誰が来るか決まったら、王都へ着いてからセドリックへ知らせてくれ」


 ルシアンはそれ以上続けず、今度は街道の向こうへ視線を戻した。少しして王車が坂を上りきると、遠くに広い畑と、その間を流れる細い川が見えた。


「いい道だな。行きは一瞬だったからな。こういうところを見ている暇がなかった」


「俺が前に一人で通った時も、だいたいこんな感じでしたよ。王都に近づくまでは、畑と小さい町が続くだけです」


「それなら今日は野暮な話は終わりにして、愛する国の景色を見ながら帰ることにしよう」


 その日の残りは本当に新しい相談が始まらず、王車とバルトは日暮れまで同じ街道を進み続けた。


 四日目と五日目も、泊まる町と馬を休ませる場所が変わるだけで、道そのものは穏やかだった。小さな川を渡り、麦畑の間を抜け、昼には木陰で馬へ水をやる。レオンも王一行へ加わっていることを忘れる時間が増え、バルトの歩幅に任せて街道を進んだ。


     ◇


 ベルクを出て六日目の朝も空はよく晴れ、街道の土は前日から乾いたままだった。宿を出て二刻ほど進むと道沿いの家や倉が増え、畑の間にも王都へ荷を運ぶ商人の馬車が目立つようになった。


 レオンはバルトの上から、以前にも通った街道の様子を眺めた。対向する商隊も次第に大きくなっているので、先頭の近衛はすれ違うたび隊列を少しずつ端に寄せていた。


 ルシアンは午前中から王車の中へ戻り、セドリックは到着後に処理する書類を整理している。レオンも今日は急いで前へ出ず、バルトが自分で選ぶ乾いた轍の脇をそのまま歩かせていた。


 昼を過ぎてしばらく進んだ頃、王都の手前で街道がなだらかな長い丘へ差しかかった。この丘を越えれば王都の外壁が見える。


 先頭の騎馬が坂を上り、少し遅れて王車、その後ろをレオンが続いた。バルトが坂の上へ出たところで、耳を前へ向けた。バルトの耳が向いた先を追うように、レオンも丘の向こうへ視線を伸ばした。


 丘の先には遠く王都の城壁が見えていたが、その上には普段なら見えない黒い煙が太く立ち上がっていた。煙は一か所ではなく、城壁の内側から離れた場所ごとに三本ほど伸び、上空で同じ風に流されている。


 前を走っていた近衛が腕を上げ、隊列の速度が落ちる。隊列の速度が落ちきる前に王車の扉が内側から開き、ルシアンが外へ身体を乗り出した。踏み台を出す前にルシアンが片足を地面へ下ろし、城壁の方へ顔を向けると、セドリックも書類箱を座席へ残したまますぐ後ろから降りてきた。


「王都の中だけで、離れた場所から同時にこれだけ煙が上がるのは妙だな」


 ルシアンの声を聞きながら、レオンは街道の先へ目を凝らした。煙を見ていたレオンの視界へ、今度は王都側の街道から全速で走ってくる一頭の馬が入った。かなり遠くから全速で来たらしく、馬の首と胸には白い泡が浮き、騎手の外套も片側へ大きくずれていた。


 こちらへ向かってくる騎手を確認すると、先頭を進んでいた近衛二人がすぐ街道の中央へ出た。騎手は王旗を見つけると速度を落としきる前に大声を上げ、近衛の手前で馬を止めた。


 鞍から降りた足が一度もつれたが、男はすぐ立ち直った。王都の伝令章を胸へ下げ、額から汗を流している。


「国王陛下は、この帰還隊列の中におられますか。至急お伝えしたいことがあります!」


「私がルシアンだ。王都で何が起きているのか、そのまま報告してくれ」


 ルシアンは近衛の間を抜け、息を切らした伝令から見える王車の前まで自分で歩いて出た。伝令は息を整える間も惜しむように、一度だけ深く頭を下げた。


「陛下、王都が魔物の襲撃を受けています。複数の魔物がすでに城壁内へ侵入し、騎士団が市街で交戦中です」

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