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帰り火の洞窟 ~役立たずと追放された少女、拾った洞窟を仲間たちの帰る場所にします~  作者: Rastarock
帰り火の洞窟

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旅商人は買い物をします

 洞窟のある窪地を離れてしばらくすると、レオンは愛馬のバルトを旧銀山道の脇へ止めた。


 鹿毛の首筋には白く長い鬣が流れ、同じ色の尾が一度、草の上を払う。特別に大柄な馬ではないが、耳を前後へ動かしながら道とレオンを見比べる顔つきは鋭い。長く旅をしてきた相手の声なら、だいたい聞き分けている。


 数日前に倒した岩針蜥蜴は、雨に濡れた岩のそばへ二匹とも残っていた。肉はもう商品にならず、皮も傷み始めているが、魔石と毒袋ならまだ回収できる。


 レオンは青魔鉄の革袋二つを鞍へ残し、解体用の短刀だけを持って死骸へ近づいた。


 腹側へ刃を入れ、硬い骨を避けて切り開く。最初の一匹から小さな魔石を取り出し、毒針につながる袋を傷つけないよう糸で縛ってから外した。二匹目も同じように処理し、毒袋は油紙で二重に包んで口を蜜蝋で塞ぐ。魔石と一緒に鞍袋の底へ収めれば、ひとまず運べる。


 ラトスで売れば銅貨にはなる。しかし今日は青魔鉄も持っている。


 だが、珍しい鉱石と、その近辺に棲む魔物の素材を同じ日に持ち込めば、どこで手に入れたのかを考える商人はいる。岩針蜥蜴そのものは珍しくないが、仕入れ先を隠したいなら、余計な手掛かりは一つずつ消しておく方がいい。


 レオンは手と短刀を水で洗い、死骸へ土を軽くかけた。


「こいつらは別の町で売る。お前には関係ない話だが、今日は麦を食わせるから、それだけ覚えておけ」


 バルトは首を少しこちらへ向けた。


「よし。いい子だ」


 鞍へ戻ると、バルトは何事もなかったように歩き出した。


     ◇


 旧銀山道は、銀山が生きていた頃にはそのままラトスまで抜けていた。


 いまは洞窟の近くで大きく崩れ、街道としてはとうに死んでいる。分かれ道からラトスへ向かう者には新しい道があるため、わざわざこちらを通る理由もない。


 ただ、道そのものが全部消えたわけではなかった。


 崩落地点の少し手前で旧銀山道を外れ、バルトを森へ入れる。倒木を避けながら斜面を横切り、崩れた範囲を回り込むと、半刻もしないうちに向こう側の古い路面へ戻れた。草は伸び、轍もほとんど消えているが、徒歩や荷馬ならまだ通れる幅が残っている。


 ミラがこの回り道を知らなかったのは不思議ではない。崩落の正面から見れば道はそこで終わっているし、森へ入る場所には案内板も目印もない。銀山が閉じてから、わざわざ直す者も、教える者もいなくなっただけだ。


 レオンは残った旧銀山道をラトス側へ進み、村の畑が近づく前にもう一度道を外れた。涸れ沢の石を踏ませて林を抜け、現在の街道へ合流する。


 旧道の奥から直接現れなければ、どこから来たかを村人に余計に考えさせずに済む。


     ◇


 開拓村という呼び名は残っているが、ラトスが開かれてから六十年以上になる。


 柵の内側には鍛冶場も粉挽き小屋も共同倉庫もあり、レオンにとっては地図を見なければ歩けない土地ではなかった。


 門前には畑から戻る村人が並んでいる。レオンの番になると、槍を持った門番の男が顔を上げた。


「レオンか。塩樽と油壺、それに金物の箱か。いつもの荷だな。顔は知ってるが、札は出せよ」


「中身まで察したなら話が早い」


 レオンは行商人組合の許可証と、鉄製の冒険者証を差し出した。


 門番は冒険者証を詰所の青い宝珠へ押し当てる。白い文字が浮かび、登録が有効なC級冒険者であることを確認すると、そのまま札を返した。


「帯剣はいつも通りでいい。荷馬一頭、商品ありで銅貨三枚だ。帰りに荷が増えたからって、入村料を返せとは言うなよ」


「そこまで値切った覚えはない」


「言う前に顔に出るんだよ。……それより左肩、さっきから庇ってるな」


「少し傷めた。もう動く」


「ならいい。宿の親父が、しばらく見てないって言ってたぞ」


 レオンは銅貨を三枚渡した。門番は硬貨を箱へ落とし、後ろに並ぶ荷車へ手を上げる。


 それだけで入村は終わった。


     ◇


 宿へ向かう前に、レオンは本来の商いを片づけた。


 向かったのは共同倉庫の近くに店を構える荷受商だった。ベルクや周辺の町から入ってきた品をまとめて買い取り、村の小売商や職人へ流している。レオンもラトスへ来るたび、塩や油、金物などのまとまった荷はここへ卸していた。


 店先へバルトを寄せると、帳面を広げていた男が顔を上げた。


「レオンか。今日は何を持ってきた」


「いつものだ。塩と油、それに金物が少し」


「少し、ね。お前の少しは荷を開けるまで信用しないことにしてる」


「信用しなくていいから、値はまともにつけろ」


「それも荷を見てからだ」


 男は店員を呼び、バルトから荷を下ろさせた。塩と油は封を確かめ、金物は箱を開けて数と状態を見る。何度も繰り返してきた取引なので、互いに説明することはほとんどない。


 買い取り額が決まると、レオンは硬貨を数え、いつもの商いとして自分の帳面へ記した。


「次はいつだ」


「決めてない」


「なら聞くだけ無駄だったな」


「毎回聞いてるだろ」


「毎回答えないから、そろそろ気が変わるかと思ってる」


 青魔鉄の革袋二つだけは、バルトの背に残してある。あれは普段の行商とは別口の試し売りで、いつもの荷へ混ぜるつもりはなかった。


 本来の荷がなくなると、バルトの背は目に見えて軽くなった。


     ◇


 門の近くにある宿へ入ると、主人は帳場からレオンを見て、挨拶より先に厩の方を指した。


「奥から二つ目が空いてる。バルトはあそこだと落ち着くだろ。しばらく来なくても、そのくらいは覚えてる」


「俺より扱いが決まってるな」


「馬は部屋を替えろって文句を言わないからな」


 厩へ行くと、いつも使わせてもらう区画には新しい藁が敷いてあった。


 鞍を外し、青魔鉄の袋二つだけは客室へ持ち込む。残った荷を確かめてから戻ると、主人が餌桶へ麦を入れていた。


「夕飯より先にバルトへ食わせていいか?」


「約束した。人間より取り立てが厳しい」


 バルトが鼻を鳴らすと、主人は肩を揺らした。


「そこまで通じてるなら、お前に合った馬なんだろうな。ほら、鍵。飯はいつもの時間だ」


 寝床と夕食、バルトの餌で銅貨二十四枚。値段も前に泊まったときから変わっていない。


 夕食は大麦と根菜の煮込みに、燻製肉が二切れだった。長机の端へ座ると、主人が空いた椀を集めながら足を止めた。


「今年は裏の井戸がよく冷える。酒を頼まない客には、水くらいうまいと言ってもらわんとな」


「水で宿を選ぶ客は少ないだろ」


「一人増えりゃ儲けだ」


 主人はそれだけ言って別の卓へ向かった。


 レオンも残りの煮込みを黒パンで拭いながら、明日の順番を頭の中で組み直す。


 青魔鉄を売る。その金で足りない食料を補い、あとは洞窟に足りない物を買えるだけ買う。


 全部欲しがれば、バルトの背が先に音を上げる。


     ◇


 翌朝、青魔鉄の袋二つをバルトへ積み直し、最初に向かったのは冒険者組合の出張所だった。


 共同倉庫と同じ建物へ入ると、受付の女が帳面から顔を上げる。


「仕事を受けるなら珍しいけど、どうせ道を見に来ただけでしょ。北は角狼が増えてるから、今は荷馬一頭で抜けない方がいいよ」


「話が早くて助かる」


 壁の地図には、北の街道へ赤い札が刺さっていた。


《角狼 三頭以上》


《推定D級》


 南橋には《増水につき荷馬車通行不可》の札が出ている。橋の手前から東へ回る迂回路は通れるが、ベルクへ向かうなら一日ほど余計にかかる。


 レオンが地図を見ている横で、若い男が受付へ食い下がっていた。


「剣士なんだからE級でいいだろ。角兎くらいなら一人で倒せる」


「新規登録は全員F級です。職業と冒険者等級は別ですから、倒せるなら依頼を受けて、実績を持ち帰ってください。その分はきちんと昇級点になります」


「でも、剣士だぞ」


「はい。剣士なのは分かりました。次の方」


 若者が不満そうに離れていく。


 冒険者等級は職業の強さを測る札ではない。組合が確認した実績と信用の積み重ねだ。レオンがC級なのも、剣を持っているからではなく、この辺りの街道で護衛や討伐を重ねてきた結果だった。


 受付の女がレオンを見る。


「何か言いたそうな顔してるね」


「新人の説教はお前の仕事だ。それより素材の値を見たい」


「はいはい。買い取り表は変わってないよ」


 表には《岩針蜥蜴 毒袋一つ 銅貨三十五枚》とある。二つ売れば銅貨七十枚。魔石を加えれば、もう少しになる。


 レオンは表だけ確認した。


「今日は素材を出さないんだね。珍しい」


「値段だけ見に来る日もある」


「知ってる。だから先に地図を見せたんでしょ」


 受付の女は次の帳面を開いた。


 レオンも何も足さずに出張所を出る。鞍袋の底にある岩針蜥蜴の素材は、やはりここでは売らない。


     ◇


 鍛冶場では朝から炉が赤かった。


 入口をくぐると、親方は作業台の向こうからレオンを一度見ただけで、また鉄片へ視線を戻した。


「今日は釘か、刃物か。肩を庇ってるなら、剣の修理じゃなさそうだな」


「今日は売りだ」


 そこで初めて親方の手が止まった。


「お前が俺に鉱石を売るのか。珍しいな」


「質は自分で見ろ」


「北の鉱山町育ちのお前が持ってくるんだ。屑鉱ってことはないだろうよ」


「その思い込みに銀貨を足してくれ」


「そういうところだけ商人だな」


「商人だからな」


 レオンは二つの革袋を作業台へ置いた。


 親方は中から石を三つ選び、一つを小槌で割った。断面へ灯りを近づけ、青い筋の入り方を確かめてから、二つ目も同じように割る。


 奥の火床では、若い職人が赤い宝珠を炉の脇へ置いた。


「親方、《送風》の珠を使うぞ」


「右の火床だけだ。左まで吹かすな、鋼が焼けすぎる」


 風が炉へ送り込まれ、炭の赤が一段明るくなる。


 親方はそちらへ一度目をやってから、割った鉱石へ戻った。


「青魔鉄が四割近い。混じりはあるが、試しに精錬するには悪くないな」


 袋の中をもう一度見てから、親方が聞く。


「選別したのは誰だ?」


「素人だ。ただし、迷った石を捨てずに残すくらいには目がいい」


「素人にしちゃ、ずいぶん目がいい。誰だ?」


「仕入れ先だ。名前まで売る気はない」


 親方はレオンの顔をしばらく見てから、鼻を鳴らした。


「なら聞かん。そういうところは昔から変わらんな」


「長い付き合いは楽でいい」


「面倒を省けるところだけな」


 親方が最初に出した値を、レオンは首を振って退けた。次にレオンが返した値には親方が首を振る。


 昔から何度も売買している相手なので、どこまでなら互いに折れるかは大体分かっていた。押し引きは二往復で済み、最後は銀貨五枚と銅貨六十枚で決まった。


「昔から半端な銅貨を付けたがるな」


「銀貨だけで丸めると、お前が得する」


「お前に六十枚数えさせる手間まで値段に入れたいくらいだ」


「なら七十でもいい」


「増やすな」


 親方は銭箱を引き寄せた。


「次も同じ質なら、このくらいの量までは持ってこい」


「次があるとは言ってない」


「ないとも言ってないだろ。ほら、銀貨を一枚ずつ量れ。どうせ俺を信用してても、銀貨は信用しないんだろ」


「よく分かってる」


 レオンは銀貨を一枚ずつ小秤へ載せ、縁も確かめる。削られた硬貨はない。


 代金を受け取り、空になった革袋を畳んで鞍袋へ入れた。


「で、鉱石はどこだ。場所まで言えとは言わんが、大きい鉱床なら話が変わるぞ」


「露出していた分を少し試しただけで、規模はまだ分からん。場所まで買いたいなら金貨一枚だ」


「馬鹿を言え。なら聞かん。ただ、権利を調べる前に山を穴だらけにするなよ。昔それで揉めた連中はいくらでもいる」


「だから少量だ」


「そこだけは変に真面目だな」


「変は余計だ」


 親方は鉱石を炉の奥へ運ばせた。


 レオンは売値と量を帳面へ書き、それを閉じて鍛冶場を出る。


 二つの革袋に入っていた石はなくなり、その代わりに銀貨と銅貨が財布へ増えた。


     ◇


 穀物商へ入ると、店主はレオンを見るなり秤の皿を手元へ引き寄せた。


「今日は旅糧かい。それとも、また誰かの頼まれ物?」


「頼まれ物だ。一月分。俺のじゃない。旅糧じゃなく、暮らす方を揃えたい」


 店主の手が止まり、すぐに納得したように頷く。


「なるほど。あんたが一月同じ場所にいる話なら驚くところだった。何を入れる?」


「小麦粉を一袋、大麦粉を半袋、乾燥豆を一袋。塩は小袋を二つ、油を二瓶。日持ちする野菜も少し。食うやつがもう一匹いるから、一人分より少し多めでいい」


「犬でも飼った客かい?」


「似たようなものだ」


 地竜を犬扱いしたことが知られたら噛まれそうだが、説明する必要はない。


 店主は干した玉葱と根菜の袋を出しながら、ちらりとレオンを見た。


「一月分となると、いつもの旅糧とは勝手が違うね。塩と豆まで指定があるのかい」


「塩と豆は減らすなと言われた。注文どおり買うのが商売だ」


「ずいぶん細かい客だ」


「細かいところを見るのが仕事みたいなやつだ」


 言ってから、レオンは少しだけ口を閉じた。


「へえ」


「詮索するな」


「まだ何も聞いてないよ」


「その顔は聞く顔だ」


 店主は笑い、品物を一つずつ秤へ載せた。


 合計は銀貨一枚と銅貨四十枚。


 ミラから預かった銀貨一枚では足りない。不足する銅貨四十枚は青魔鉄の売上から出し、帳面にも分けて記す。


「重い物は宿へ届けておいてくれ。厩の前でいい」


「夕方までには運ばせるよ」


 そこで頼まれた買い物は終わった。


 レオンは棚の端にある固いチーズを見て、それから燻製肉の切れ端が入った籠へ目をやる。


「干し玉葱をもう一束、チーズを一つ。それと、その肉の切れ端も包んでくれ。こっちは別会計で俺の財布から出す」


「客の分にずいぶん足すんだね」


「薄い汁ばかり食わせて、次の取引で倒れられても困る。肉はもう一匹の方だ」


 店主は少しだけ口元を上げた。


「商売ってのは便利な言葉だね。銅貨十八枚」


「余計なことを言わず勘定してくれ」


 レオンは自分の財布から銅貨を出した。


     ◇


 最後に寄った雑貨屋では、女主人が棚へ布を積んでいた。


 レオンが入ると、振り向きもしないまま言う。


「今日は何だい。縄か、刃物か、それともまた旅道具?」


「今日は普通の買い物だ」


 女主人がようやく振り返った。


「あんたがそう言うと、普通じゃない気がするね。聞くだけ聞こうか」


 レオンは店の奥を見回した。


「濡れても伸びにくい縄を二十尋。もう少し細い紐も同じくらい。鉄の鉤を六つ。物を床や濡れた壁から離して置けるようにしたい」


「荷縛りじゃないのか。誰かの住処でも直すの?」


「取引相手のところだ。蓋つきで底に脚のある穀物箱、小さめの桶を二つ、厚手の布を二枚、敷物を一枚も頼む」


 女主人は中型の木箱を引き出し、蓋の蝶番を確かめた。


「客の住処ねえ。あんたが敷物を買う日が来るとは思わなかったよ」


「俺が使うんじゃない。柄の短い片手鍬と小ぶりの手斧、それに木椀と匙を二つずつ。厚い毛布も二枚」


「ずいぶん増えたね。今まで何もなかったのかい?」


「ほとんどな。だから要る」


 女主人は毛布を広げ、穴がないか光へ透かした。


「食料箱から毛布まで一度に揃える客は珍しいね。ずいぶん何もないところから暮らしを始めるんだね」


「だから要る。雨を避けられるだけじゃ、粉も布も長くはもたん」


「そこまで分かってるなら、買う物を減らす前に荷の方を考えな」


 女主人は笑いながら品をまとめた。


 木箱の中へ木椀と匙、畳んだ布、鉤を入れ、桶は重ねる。片手鍬と手斧は刃へ布を巻き、毛布と敷物は油布で包んだ。


 全部を並べると、思ったより嵩がある。


「これに食料も積む。桶は一つでいい。毛布は二枚持っていく」


「そうしな。夜はもう冷える。それと、その肩で全部自分で運ぶ気ならやめときな。さっきから左手で重い物を持ってないだろ」


「よく見てるな」


「商売を何年やってると思ってるんだい。痛めた肩で荷を落とされちゃ、こっちの品まで悪く言われる」


 女主人は桶を一つ棚へ戻した。


 レオンは刃物の棚へ視線を移す。


「それと、小ぶりの厚刃ナイフを二本。刃先が細すぎないやつだ」


「二本?」


「一つは料理、一つは作業用にする。大きい刃物を扱い慣れてる相手じゃない」


 女主人は二本を抜き、刃を横から見比べた。


「こっちの方が柄が細い。手が小さいなら、こっちだね」


「それを二本」


「ほかには?」


 レオンは少し黙った。


「女物の下着を二組」


 女主人の手が止まった。


「……誰の?」


「さっきから言ってる取引相手だ」


「本人はいないのかい」


「連れてこられん」


「大きさは?」


 レオンは自分の肩より少し下へ手を置いた。


「背はこのくらい。細身だ」


 女主人はレオンの手と、勘定台に並んだ品を順番に見た。


 丈夫な縄。鉄の鉤。手斧。ナイフ二本。女物の下着。


「念のため聞くけどね」


「何だ」


「あんた、女を攫って売る気じゃないだろうね」


「人は売らん」


「本人は連れてこられない。何もない場所へ住まわせる。縄と刃物まで買う。こっちは一応、商売しながら村で暮らしてるんだよ」


「全部別々なら普通の品だろ」


「一度に買うから怖いんだよ」


 レオンは一度、並んだ品を見た。


「……そう見えるな」


「自分で納得するんじゃないよ」


「攫ってはいない。本人が暮らすために要る」


 女主人はまだ疑わしそうだったが、棚から布包みを二つ出した。


「これならそのくらいの背丈で細身なら大きく外さない。合わなくても、本人を連れてこられないなら交換は面倒だよ」


「分かった」


「それと縄は、人を吊るためじゃなく荷物に使うんだろうね」


「斜面から荷を下ろす」


「最初からそう言いな」


「重さを説明するなら、人一人が一番早い」


「その早さで信用を失ってるんだよ、あんたは」


 女主人は包みをまとめながら首を振った。


 レオンは反論せず、代金を払った。


     ◇


 宿の厩へ戻るころには、日が西へ傾いていた。


 穀物商から届いた食料をバルトの左右へ振り分け、その上へ雑貨屋の包みを積んでいく。穀物箱は嵩のわりに軽い。毛布と敷物は油布で包んで上へ置き、鍬と手斧は鞍の脇へ縛って刃が馬体へ触れないよう向きを変えた。


 最後の包みを載せたところで、レオンはバルトの背と腹帯へ手を入れた。


 重さは限界に近い。平地ならもう少し積めるが、旧銀山道を外れて森と斜面を通るなら、これ以上はやめた方がいい。


 まだ買えなかった物はいくつかある。もっと大きな水桶。予備の鍋。棚板。工具。食料だって、余裕があるなら増やせる。


 金より先に、運べる量が限界になった。


 《空間収納宝珠》があれば、重さも嵩も気にせず持ち運べる。商人や冒険者がアイテムボックスと呼ぶ希少な宝珠で、生き物は入れられないが、小さなものでも荷車一台分ほど収納できる。


 最下級品でも金貨数十枚。


 青魔鉄が一度売れたくらいで手を出せる値段ではない。


「あれさえあればな」


 バルトが耳を後ろへ倒した。


「お前が役に立たんとは言ってない」


 耳は戻らなかった。


「むしろ、お前がいなければ半分も運べん」


 片耳だけが少し動いた。


「面倒なやつだな」


 レオンはバルトの首を二度叩き、餌桶へ約束した麦を入れた。


 勢いよく麦を食べ始めたのを見てから、積んだ荷をもう一度確かめる。


 洞窟を出たとき、二つの革袋に入っていたのは石だった。いまバルトの背にあるのは、小麦粉と豆、塩、油、毛布、縄、穀物箱、道具、それに細かな生活用品だ。


 帳面を開けば、それぞれに値段がついている。


 山へ戻れば、値段ではなく使い道がある。


 その夜は早く休んだ。


 翌朝、門が開くのを待って宿を出る。主人にも門番にも、行き先は告げなかった。


 バルトの背には、一月分の食料と毛布、刃物、女物の下着、それに人一人の重さへ耐える縄が積まれている。


 事情を知らない者に説明する気は、レオンにはなかった。


 朝靄の残る街道を進み、村が見えなくなってから、バルトを旧銀山道へ向けた。

男一人、一月分の食料、毛布、縄、刃物、そして女物の下着。

なかなか説明しづらい買い物になりました。

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