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帰り火の洞窟 ~役立たずと追放された少女、拾った洞窟を仲間たちの帰る場所にします~  作者: Rastarock
王冠と三つ火

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炉還りは王と話します

 扉が開くと、昨日まで見なかった二人の男が入ってきた。


 レオンは卓の向こうから顔を上げた。朝食のあとで所持品の確認を終え、今は昨日の二次確認を担当した監理官と向かい合っていたところだった。剣と《空間収納宝珠》はまだ別室にあり、腰には何もない。監理官の手元には、今朝増えた鑑定記録が重ねられている。


 先に入ってきたのは、淡い褐色の髪の男だった。濃紺の上着は質がいいが、金糸や宝石で身分を見せつけるような服ではない。その半歩後ろに、濃い茶色の髪を短く整えた男が続く。


 監理官が椅子を引いた。


 立ち上がる動きが昨日までとまるで違った。背筋を伸ばし、深く頭を下げる。


「国王陛下。お越しとは伺っておりましたが、まさか直接こちらへいらっしゃるとは」


 レオンも立った。もう一度、先頭の男を見る。王都へ来れば布告や役所の掲示で名を見ることはある。だが、旅商人が国王本人の顔まで知る機会はなかった。


 男は監理官へ片手を上げ、それからレオンを見た。


「急に入って悪かった。セルディア王国の国王、ルシアン三世だ。今日は私から少し話を聞きたい」


「……国王陛下、ですか。気づかずに失礼しました」


「そうだ。急に来て驚かせたな。そこまで重ねて謝らなくていい」


 何が失礼だったのか、自分でもよく分からないまま頭を下げる。昨日と同じように座っていたことか、先に名乗らなかったことか、それとも今の言い方そのものか。


 ルシアンは口元だけ少し動かした。


「無理に慣れない言葉を探さなくていい。まず座ろう。その方が話しやすい」


「……助かります。こういう話し方は慣れてません」


 王に対する礼儀として正しいかは分からない。少なくとも、これ以上長くすると余計なところで間違えそうだった。


 全員が席につく。ルシアンの隣には、もう一人の男が座った。


「こちらはセドリック・アルノー子爵。私の政務補佐官だ。今日は同席させる」


「昨日からの記録には目を通しています。必要なところは把握しています」


 監理官が新しい紙を前へ出そうとしたが、ルシアンが手で止めた。


「昨日と同じところから確認したい。新しい職を得た場所について、今なら話せるか?」


 レオンは監理官を一度見てから、ルシアンへ視線を戻した。


「場所は話せません。俺一人の場所じゃないので」


「では、同じ設備で職が変わった者については?」


「それも昨日と同じです。本人の許可なしには話しません」


「設備を作った者は、本当に知らない?」


「知りません。見つけた時からありました」


「その設備を魔族が作った可能性については、どう考えている?」


「分かりません。ただ、俺たちが見つけてから、魔族が出入りしたことはないです」


 監理官の筆が紙を走る。ルシアンは続けて、レオンが開示した技能と、王都へ来た目的を確かめた。毒や麻痺、胞子にさらされる前の防護手段を探すこと。白魔鋼を使った試作品が、王都でどこを評価されるのか知りたいこと。


 昨日と答えは変わらない。変える理由もなかった。


「では一つ、昨日とは聞き方を変えよう」


 ルシアンが卓上で指を組んだ。


「君は昨日から、他人の情報だから話せないと言っている。だが、私が本気でその者たちを探そうとしたら、君が黙っているだけで守り切れると思うか?」


 レオンは返事をしなかった。


「商人登録も冒険者登録もある。ベルクで長く動いていることも分かっている。過去の依頼や取引を追い、人を使って周辺を調べれば、時間は掛かっても生活圏を絞ることはできる。国王がそれを命じることもできる」


 昨日、レイヴァンから似た方向の言葉を向けられた時とは違う。柔らかい言い方ではなかった。脅すために声を低くすることもない。ただ、できることをそのまま並べている。


 だから余計に、軽くは聞けなかった。


「……それは、やめていただきたいです」


 口に出してから、語尾がひどく不格好な気がしたが、ルシアンは笑わなかった。


「そうだろうな。そこを嫌がることは予想していた」


 そこで初めて、ルシアンは監理官の方を向いた。


「ここから先は、監理院の正式な聴取から外す。この部屋で出た内容を、新しい調書へ足す必要はない。少し席を外してくれ」


 監理官の筆が止まった。


「よろしいのでしょうか。未登録職能に関する確認事項が残っております」


「残っていることは分かっている。今日のこの面談は私の責任で扱う。君が昨日まで作った記録を消せと言っているわけではない」


「承知いたしました」


 監理官は紙を揃え、立ち上がった。ルシアンとセドリックへ深く頭を下げ、レオンには昨日までと同じ程度に一礼してから部屋を出ていく。


 扉が閉まり、足音が廊下の向こうへ遠ざかるまで、誰も話さなかった。やがてセドリックが背もたれへ少し身体を預けた。


「さて、これで記録係はいなくなった。ルシアン、ここから先まで脅すつもりなら、私は止めるぞ」


 レオンは横を見た。さっきまで国王の隣で公務の顔をしていた子爵が、急に名前で呼んでいる。ルシアンは気にした様子もない。


「分かっている。だから残したんだろう」


「一応、そのために私はここへ残っているんだ」


 二人の間だけ、部屋の空気が少し変わった。ルシアンは改めてレオンへ向き直る。


「さっきの話は半分は圧力だ。私は、分からない危険を分からないまま放っておく立場にはない。ただ、もう半分は別の意味で言った」


 レオンは黙って待った。


「本当に君の仲間を先に探し出し、囲んでから秘密を聞き出すつもりなら、今ここで君に『探せる』と教える必要はない。黙って命じればいい」


「……そうですね。本気なら、先に知らせる必要はない」


「少なくとも監理院は、昨日から君を穏当に扱っている。剣と宝珠は預かったが、牢へは入れていない。手枷も付けていない。食事も客室も用意した。強硬に潰す相手へする扱いではない」


「それは、昨日からの扱いで俺も分かってます」


「なら、こちら側の事情も少し話しておこう」


 ルシアンは声を落とした。


「昨日、君の事情聴取へレイヴァン伯爵本人が出てきた。あの男はヴァレーヌ侯爵の古い右腕だ。私とヴァレーヌ侯爵が、今かなり面倒な政治上の争いをしていることくらいは知っているか?」


「王都の噂程度なら。権限を議会へ移す話でもめてる、くらいです」


「それで十分だ。レイヴァンの意見書は、監理院の通常の記録より明らかに南方と魔族へ疑いを寄せていた。だから私は二つを同時に疑っている。君が本当に危険な可能性と、君が政治の材料にされようとしている可能性だ」


 レオンは昨日の男の顔を思い出した。声を荒らげず、選べる道を並べるように話した伯爵。


「レイヴァン伯爵が俺を使って、王を攻撃しようとしてると?」


「そこまで決めてはいない。決めていないから私が来た。あの男が関わったというだけで逆の結論を選べば、判断ではなく意地になる」


 ルシアンは卓上の何も書かれていない場所を指先で示した。


「ここから先、君が話す内容は監理院の調書には残さない。私とセドリックのところで止める。そのうえで頼みたい。拠点について、私たち二人にだけ話してくれないか」


「俺自身のことなら、ここで話すと決められます」


「それだけでは済まないということか?」


「関わります。職のことまで話すなら、俺だけでは決められません」


「そこまで一貫しているなら、無理に困らせる気はない。話せる範囲だけでいい」


 レオンは少し考えた。昨夜なら、ここで話を止めていた。だが今は、遠くにいる本人へ確かめる手段がある。


「本人に聞けます。今ここからでも」


 ルシアンの眉が少し上がった。


「何を言っている? この部屋で、何か確認できるのか?」


「はい。先に言っておきますが、驚かないでください」


「何をするのかだけ、先に教えてくれ」


「離れた場所にいる仲間と話します」


 セドリックがルシアンを見た。


「ルシアン、私は彼が何を言っているか分からない」


「私もそう思った。何か我々には計り知れない事があるらしい」


「今から分かります」


 レオンは息を一つ吐き、《炉縁者通信》へ意識を向けた。呼ぶ相手はミラ。すぐに、聞き慣れた声が届いた。


「レオンさん、聞こえますか?」


「ああ、聞こえてる。今、少し話せるか」


 ルシアンとセドリックの視線が、同時にレオンの顔へ集まった。


「はい。食堂にいます。どうしました?」


 ミラの声は二人には届いていないらしい。


「昨日の件の続きだ。今、セルディアの王と話してる」


 向こうが一呼吸黙った。


「……王様ですか?」


「ああ。今、目の前に本人が座ってる」


「いつもお世話になっております。と、お伝えください」


「仲間が…『いつもお世話になっています』と」


「あ、うん」


 一瞬、ルシアンの素の人間としての顔が垣間見えたようだった。


「レオンさん、まだ捕まってるんですか?」


「今のところはな。話をすれば状況は変わりそうだ」


「レオンさん、怪我はしていませんか?」


「怪我はない。バルトも無事に預けられてる」


「では、その二つが無事なら話を聞きます」


 それだけ確認すると、ミラの声はいつもの調子へ戻った。レオンは卓の向こうにいる二人を見ながら続ける。


「帰り火と、俺の職が変わった経緯を聞かれてる。俺のことは俺が決める。ただ、お前の《炉守り》ともう一つの《炉火継ぎ》まで話すことになる。王と、信用できる側近一人だけだ。監理院の記録には残さないと言ってる」


「私は構いません。話した方がいいと思います」


 返事は早かった。


「本当にいいのか? 王にまで話すことになるぞ」


「はい。レオンさんが、その人たちには話した方がいいと思ったんですよね?」


「今はそう思ってる。昨日とは状況が変わった」


「では話してください。私が隠したいから、レオンさんだけ疑われたままになる方が困ります」


 レオンは少しだけ目を伏せた。


「分かった。《炉火継ぎ》にも聞けるか」


「ベラさんの事ですね。聞いてきます。少し待ってください」


 レオンは敢えてこの場でミラとベラの名前を出しはしなかった。ミラがベラを呼びに行ったらしく、しばらく返事がなくなった。静かな部屋で、レオンだけが誰かの返事を待っている。


 セドリックは口を開きかけ、ルシアンに手で止められた。


 しばらくして、ミラの声が戻った。


「お待たせしました。ベラさんにも事情を話しました」


「ベラは、事情を聞いて何て言ってる?」


「『隠したままレオンだけ疑われるくらいなら、ちゃんと話しな。あたしの職のことも構わない』だそうです。それと、変なところで遠慮して話をややこしくするな、と」


「最後の一言は余計だな。だが…あいつらしい」


「それは今度、ベラさん本人に言ってください」


「帰ったら、本人に直接言っておこう。それと、ミラはベラの真似が上手いな」


 ミラが少し笑ったのが、声だけでも分かった。


「ほかの皆さんのことも、必要なら話していいと思います。ただ、本人にしか決められないことが出たら、そこだけは後で聞いてくださいね」


「ああ。職業札の中身まで勝手に話すつもりはない」


「では、終わったら連絡してください。夕食の前なら食堂にいます」


「分かった」


 接続を切ると、部屋の音が急に近くへ戻ったように感じた。ルシアンはしばらくレオンを見ていた。


「……何だったんだ、今のは」


「《炉縁者通信》です。ミラという仲間と話してました」


「私には君が一人で話しているようにしか見えなかった」


「ミラの声は、どうやら俺にしか聞こえてないです」


 セドリックが腕を組んだ。


「驚くなと言われて、何か光るか、職業札が出るくらいだと思っていた」


「俺も初めてミラの声が来た時は、かなり驚きました」


「先に、何が起きるのか説明できなかったのか?」


「説明するより、使って見せた方が早いと思いました」


「確かに早かった。理解の方はまだ追いついてないが」


 ルシアンは小さく息を吐き、椅子へ座り直した。


「分かった。では、今度こそ聞こう。君たちは何を見つけた?」


 レオンは、ラトス近くの林に隠れた洞窟をミラが見つけたところから話し始めた。金色の火が帰り火「最初の火」と名乗り、ミラが《炉守り》となったこと。洞窟には魔力泉があり、その奥には階層ごとに環境の異なる地下が続いていることも、順を追って伝えた。


 住む者が増えるにつれて部屋や通路まで増えていったと話すと、ルシアンが初めて途中で口を挟んだ。


「待ってくれ。部屋が増えるというのは、石工が岩を掘り広げたという意味ではないのか?」


「違います。帰り火が岩を動かして、部屋や通路を増やします。ただ、そこへ置く家具や道具は俺たちで作っています」


 ルシアンはセドリックへ一度目を向け、それからレオンに向き直った。


「洞窟そのものを変えられるのか。それでは、君の職が変わったのも帰り火の力なのか?」


「そうです。俺は最初、ただの旅商人でしたが、洞窟で暮らす仲間が増え、帰還する場所と自分の役割が変わっていくうちに《炉還り》になりました。料理を担うベラも《炉火継ぎ》になっています」


 レオンは続けて、鍛冶や醸造、交易、狩り、調薬を担う仲間たちと、地竜のキュウが一緒に暮らしていることを話した。ただし、個々の職業札に書かれた内容までは、本人のものとして口にしなかった。


「つまり、帰り火が勝手に人間の職を変えるわけではない?」


「選ぶのは本人です。少なくとも俺たちはそうでした。帰り火から候補が出ても、選ばなければ変わりません」


「職を作る条件は?」


「分かりません。必要があって、本人がそこで何かをやってきた時に出ることはあります。でも、何回働けば出るとか、何をすれば必ず出るとか、そういうものは俺たちにも分かってません」


「それなら、三件の未登録職が同じ場所から出たことには説明がつく」


 セドリックが言った。


「説明はつくが、中央から見れば余計に妙だな。一つなら偶然でも、同じ場所から三つだ」


「だから今まで黙ってました」


「それも分かる。黙る理由としては筋が通っている」


 ルシアンは次に白魔鋼について聞いた。レオンは第二層で《宝装骸兵》から最初の白魔鋼を得たこと、その後の階層主からさらにまとまった量を回収したことを話した。青魔鉄は洞窟の中で採れる。白魔鋼は魔力を流す場所や可動部へ、青魔鉄は力を受ける部分へ使う。


 剣や防具を作ったのは洞窟で暮らす鍛冶師たちで、精霊を扱える仲間が付与を手伝っていることも併せて説明した。


「王都へ持ち込んだ試作品は、売るためではなく評価を取るためか」


「はい。『白魔鋼だから高い、で終わるなら意味がない』と仲間が張り切っています。どう工夫したところが価値になるのかを知りたいんです」


「そこだけ聞くと、本当に旅商人だな」


「そこは今も変わってないです」


 話しているうちに、敬語を意識する余裕が少しずつ減ってきた。ルシアンも咎めない。


「もう一つ聞きたい。《炉還り》そのものについてだ。監理院へ開示しなかった技能があるな?」


 レオンは頷いた。


「あります。監理院には出さなかった《帰還》です」


「名前の通り、帰る技能?」


「帰り火のある場所へ戻れます。俺が一緒に帰すと決めた人や動物、荷も、ある程度なら連れていけます。ただ、使ったあとは七日使えません」


 セドリックの姿勢が変わった。


「その《帰還》は、どれくらいの距離まで届く?」


「王都から少しベルク寄りの場所から一度試したことがあります。恐らくここからでも帰れます。それは感覚でわかります」


「昨日、城門で止められた時は使える状態だった?」


 ルシアンが聞いた。


「はい。昨日の時点では使える状態でした」


「監理院へ移されてからも?」


「今も使えます」


 今度は、二人ともすぐに次の言葉を出さなかった。


 先に口を開いたのはセドリックだった。


「つまり、昨日から私たちは、帰ろうと思えば消えられる男を客室に泊めていたのか」


「結果だけ言えば、そういうことになります」


「なぜ使わなかった?」


 ルシアンの問いは短かったが、声の調子が少し変わっていた。レオンは昨日の夜、自分で同じことを考えた。


「俺だけ消えたら、次はミラたちを探すと思ったので。それに、悪いことをした覚えがないのに、全部放ってここから消える方が後から面倒です」


「しかも、剣も宝珠もここへ置いたままになる」


「それもかなり困ります。どちらも必要なので」


 セドリックが息を吐いた。


「最後の理由が一番、旅商人らしく聞こえるな」


「どちらも商売と旅に必要な道具なので」


 ルシアンは笑わず、しばらくレオンを見ていた。


「君が危険ではない証明にはならない」


「そこまでで安全の証明になるとは思ってません」


「だが、逃げられる状況で手続きに残ったことは、判断材料にはなる。少なくとも、昨日の時点で王都へ敵意を持っていた人間の動きとしては不自然だ」


 レオンは返事をしなかった。信用してくれと言うつもりはないが、話すと決めたことまで引っ込める理由もなかった。


 その後レオンは、帰り火が部屋を増やせても、武器や食料まで生み出せるわけではないことを話した。第五層では毒草や痺れを起こす植物に行く手を阻まれており、そこを越えるための防護手段を探すことが、今回王都へ来た本来の目的だった。


 ルシアンは途中から質問の数を減らした。セドリックは紙を出さなかった。監理院の調書へ残さないという約束を、そのまま守っている。話し終えた時、卓の上には何も増えていなかった。


「一つ、確認しておきたい」


 ルシアンが言った。


「君は今、かなりのことを話した。それでも、私を全面的に信用したわけではないだろう?」


「はい。そこまで信用したわけではないです」


 即答すると、セドリックが少しだけ笑った。


「そこは容赦なく答えるんだな」


「そこだけ取り繕っても意味がないので」


 ルシアンも気を悪くした様子はなかった。


「では私も取り繕わずに話そう。今日話したからといって、君について分からないことが全部消えたわけではない。ただ、少なくとも今は、拘束したまま続きを聞くより別のやり方がいいと思っている」


「拘束しないなら、次はどうするんですか?」


「次は、その洞窟を自分の目で見てみたい」


 レオンは眉を寄せた。


「国王本人が、洞窟まで来るんですか?」


「王だからだ。未登録職が三つ生まれ、見たことのない金属加工と付与があり、遠距離の通信と帰還まで成立している場所を、聞いただけで判断する方が怖い。それに」


 ルシアンは少し間を置いた。


「それとは別に、個人的にもかなり興味がある」


 セドリックが横から見た。


「最後の一言だけ、妙に本音らしく聞こえるぞ」


「どちらも本音だ。片方だけではない」


「便利な答えだな。こちらからは否定しづらい」


 レオンは二人を見比べた。国王と子爵の会話には、昨日の監理院ともレイヴァンとも違う距離がある。


「視察に来るかどうかは、俺だけでは決められません」


「分かっている。さっきの通信を見る限り、君が勝手に決めるとも思っていない。今日は希望だけ伝えておく」


「それなら、ミラたちに相談します」


「その返事は、急がなくていいから聞かせてくれ」


 ルシアンはそこで椅子から立ち上がった。


「では、話はそこまでにして身柄の方を片づけよう」


 扉の外へ控えていた者が呼ばれ、先ほどの監理官が戻ってきた。入室すると、再び深く頭を下げる。


「監理院として、現時点でレオンを拘束し続ける根拠は何が残っている?」


 ルシアンが聞く。監理官はすぐには答えず、手元の記録を確かめた。


「未登録職能の身元確認、職変更の経緯確認、所持品の確認はいずれも完了しております。違法な所持品は確認されておりません。供述についても、現時点で虚偽と断定できる事項はございません。未登録職能であること自体は罪ではございませんので、追加確認が必要な場合も、身柄拘束を継続せず実施することは可能です」


「それなら、その手続きで釈放まで進めてくれ」


「承知いたしました」


 王に命じられたから罪が消えたわけではない。そもそも、今のところ罪が見つかっていない。その線を監理官自身が口にしたことに、レオンは少しだけ肩の力を抜いた。


 ルシアンはそこで、こちらへ視線を戻した。


「釈放したあと、宿はこちらで指定させてもらう。王都中央部の上等な宿に一室取る。宿代は王国で持つ」


「王国に払わせるほどの宿じゃなくて、普通の宿でいいんですが」


「そこは譲れない。宿だけはこちらで決める」


「連絡が取れるなら、どこでも同じじゃないですか?」


「こちらから連絡を取れる場所にいてもらいたいからだ。宿へ使いを出せば君に届く状態にしておきたい」


「……それは、まだ拘束ですか?」


「違う。王都から出ることも禁じない。出るならセドリックへ伝言を残してくれ。それだけは条件にする」


 ルシアンは続けた。


「それとは別に、できれば数日は王都にいてほしい。これは命令ではなく頼みだ。君の件で、こちらも確認したいことが増えた。洞窟の視察についても、君たちの返事を聞きたい」


 レオンは少し考えた。本来の目的だった防護手段と白魔鋼の市場評価は手つかずだが、王都に数日いること自体は予定から外れていなかった。


「数日ならいます。宿も、そこまで言うなら従います」


「それなら助かる。こちらも動きやすい」


 監理官は二人の会話へ口を挟まず、釈放の書類を整え始めていた。


     ◇


 手続きには、話していた時間よりずっと短くしか掛からなかった。封印された剣が戻り、受領札と番号を照合し、蝋印を割って鞘ごと受け取る。《空間収納宝珠》も同じように返され、レオンは中身を一度確かめた。旅糧、着替え、薬、野営道具。白魔鋼の試作品。岩牙大猪も、そのまま入っている。剣帯を腰へ戻すと、ようやく身体の左右がいつもの重さになった。


 監理官は最後の紙へ署名を求めた。


「以上で、王立職能監理院による身柄の留置は解除となります。追加の確認が必要になった場合は、指定宿を通じてご連絡いたします」


「分かりました。昨日から、ありがとうございました」


 監理官が一瞬だけ目を上げた。


「こちらも、ご協力いただきありがとうございました」


 昨日、机の向こうで質問を重ねていた時より、声が少しだけ柔らかかった。


 建物を出る前に、セドリックから宿の場所を書いた紙を渡された。大通りから一本入った区画で、レオンが自分で選ぶ宿より明らかに値が張る場所らしい。


「夕方までには部屋を用意しておく。昼の間は自由に動いて構わない。外出するたび報告しろとは言わん」


「王都を出る時だけ、ですね」


「ああ。それと、私から使いを出す可能性がある。夜まで戻らないなら宿へ一言残しておいてくれ」


「分かりました」


 ルシアンはその横で上着の袖を直していた。


「洞窟の件は急がなくていい。ただ、できれば数日のうちに返事を聞かせてくれ」


「今日中にミラへは話します。皆で決めるのは、そのあとです」


「それでいい。返事が決まるまで急かさない」


 監理院の馬房へ回ると、バルトはすぐにレオンへ気づいた。白い長鬣を揺らし、柵の向こうから鼻先を伸ばしてくる。レオンが額へ手を当てると、鼻息が掌へ掛かった。


「飼葉は食ったか」


 バルトは答えず、もう一度鼻先を押しつけた。飼葉桶は空になっている。少なくとも、その点で監理院の引き継ぎに問題はなかったらしい。手綱を受け取り、馬房から出す。


 昨日は剣と宝珠を預け、バルトまで残して監理院の中へ入った。今日は全部戻っている。代わりに、懐には王国が押さえた高級宿の住所が増えていた。


 拘束は終わったが、王都でやることは来た時より増えていた。

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