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帰り火の洞窟 ~役立たずと追放された少女、拾った洞窟を仲間たちの帰る場所にします~  作者: Rastarock
王冠と三つ火

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炉還りは知らないことを問われます

 王立職能監理院へ着くまで、レオンに手枷は掛けられなかった。


 城門から続く石造りの通路を抜け、二度角を曲がると、表通りへ面した三階建ての建物へ入った。正面玄関ではなく、荷受け口の脇にある小さな扉だった。中では紺色の上着を着た職員が二人待っており、城門から同行してきた門衛から書類と封印箱を受け取った。


 剣と《空間収納宝珠》が入った箱は、レオンの目の前で封印を確かめられ、そのまま別室へ運ばれていった。


「受領札はお持ちですね。返却時に必要になりますので、なくさないでください」


「分かってる。バルトは門の厩に預けた。そっちの記録もここへ来てるか?」


「馬一頭、栗毛。鞍を外して水と飼葉を与えるよう記録されています。監理院へ移す必要が出た場合は先にお知らせします」


「飼葉まで引き継がれてるなら、今はそれでいい」


 案内された部屋には、机が一つと椅子が三脚あった。窓は細いが鉄格子はなく、壁際には水差しと陶器の杯が置かれている。扉の外に職員が残ったものの、部屋の中に衛兵はいない。


 犯罪者を入れる場所には見えなかった。レオンは外套を脱いで椅子の背へ掛けた。胸当ては着けたままだったが、剣がないだけで腰の左側が妙に軽い。


 ほどなく、四十前後に見える男が書類の束を抱えて入ってきた。後ろには若い書記が一人いる。男は向かいへ座り、レオンの職業札を机の中央へ置いた。


「王立職能監理院、職能照合室の者です。まず確認ですが、城門で説明された通り、あなたの身元そのものには問題ありません」


「聞いた。止められたのは職業札の方だろ」


「はい。中央台帳に登録されていない職能識別情報が、あなたの札から確認されました。ここでは発現経緯と、本人が把握している範囲を確認します。答えたくない質問については、その旨を記録します」


「分かった。聞かれたことには答えられる範囲で答える」


 男は頷き、書記が筆を取った。


「現在の職名を、ご本人は把握していますか?」


「《炉還り》だ。普通の職業札じゃ読めないが、名前そのものは知ってる」


 書記の筆が一度止まった。


「聞いたことのない職名です。いつからその職になりましたか?」


「冬に入る少し前だ。正確な日付までは覚えてない」


「それ以前の職名は?」


「《旅商人》。十二歳で職業札を受け取った時からずっとそうだった」


「職業変更は、ご自身の意思で行いましたか?」


「ああ。新しい職を提示されて、俺が選んだ」


 監理官はそこで初めて筆記中の書記を見た。


「提示したのは誰ですか?」


「人じゃない。ある設備だ。詳しい場所は答えない」


「その設備が、職業を変更する機能を持っていた?」


「少なくとも俺にはそう働いた。何でも好きな職に変えられるのかは知らん」


「その設備の所有者は把握していますか?」


「知らん。少なくとも俺の物じゃない。場所については、俺以外の人間に関わるから答えない」


 監理官は追及せず、書記へ目を向けた。


「『所在地は第三者保護のため回答せず。設備の所有者は不明』としてください」


「第三者保護、でいいのか?」


「あなたが今そう説明したので、そのまま記録します。こちらで理由を作る必要はありません」


 レオンは少しだけ肩の力を抜いた。


 監理官は職業札へ手を伸ばした。


「技能について、開示できる範囲はありますか。全技能の公開を求めているわけではありません。新職への変更前後で、既存技能に不自然な変化がなかったかを確認したい」


「前から持ってる技能と、あとから普通に覚えた技能なら見せる。その範囲でいいなら出す」


 レオンは職業札へ指を置き、開示範囲を選んだ。


 《素材鑑定》《剣術》《騎乗》《野営》《解体》《商談》《危険察知》。それに、冬の地下探索で身についた《身体強化》。


 選択した技能が札の上へ並び、それ以外は表示されなかった。


 監理官は一つずつ確認し、書記へ読み上げた。


「職変更前からの技能が中心ですかね。《身体強化》は後から身につけたものですか?」


「冬に覚えた。職が変わったから勝手に増えた技能じゃない。人に教わって、練習して身につけた」


「新職へ変わった時、技能が急に増えたり、以前使えなかった魔法が使えるようになったりは?」


「少なくとも、俺が勝手に増えたと確認したものはない」


 嘘ではない。


 監理官はその答えもそのまま書かせた。


「《炉還り》という職名に、あなた自身はどんな意味があると理解していますか?」


 レオンは少し考えた。


「外へ出て、必要な物や情報を持って帰る。今のところは、それが一番近い」


「帰る、というのは比喩ですか?」


「仕事の役割として答えるなら、そうだ」


 そこから先を話す必要はない。監理官も、今の答えから技能の存在まで決めつけなかった。


「同じ設備で職業が変わった人を、ほかに知っていますか?」


 今度はレオンがすぐには答えなかった。


 ミラとベラの顔が浮かぶ。二人とも、王国の役所へ自分の職を申告したいわけではないだろう。


「その質問は答えない。俺以外の職業を、本人の許可なしに話す気はない」


「存在するかどうかだけでも、回答は同じですか?」


「同じだ。いると答えた時点で、他人の話になる」


 監理官は数呼吸だけレオンを見たあと、書記へ向き直った。


「第三者の職能情報については回答を拒否。理由は本人の許可がないため、としてください」


「拒否という書き方になるのか」


「質問に答えない以上、記録上はそうなります。ただし、虚偽回答と同じ扱いではありません」


「なら構わん。そこが分かれてるなら問題ない」


 その後も、同じような確認が続いた。


 職業変更の前後に発熱や意識喪失がなかったか、誰かに薬を飲まされたり契約書へ署名させられたりしなかったか、身体に見慣れない紋や傷が増えていないか、何かを崇拝するよう求められなかったか。


 どれも覚えはない。監理官は一つずつ聞き、レオンが答えるたび書記が記録した。途中で水を飲む時間まで取られた。


 日が窓の上から外れ始めた頃、最初の監理官は書類をまとめた。


「第一次確認はここまでです。内容を上席へ回します。追加確認が必要なら、担当を替えてもう一度お話を伺います」


「同じことをまた聞くなら、先にそう言ってくれ。答えが変わらないところまで疑われるのは面倒だ」


「一部は重なります。記録の取り違えや、質問の仕方で答えが変わっていないかを見るためです。比較のためだと思ってください」


「理由がそれなら分かった。同じ質問でも答えは変わらん」


「助かります。次の担当にも、そのまま伝えておきます」


     ◇


 二人目の係官が入ってきたのは、部屋の水差しが新しいものへ替えられてからだった。


 今度は年嵩の男で、灰色の上着の襟元に細い銀糸が入っている。書記も別の者へ替わった。


 最初の質問は、名前と年齢、商人登録地、冒険者登録、元の職業、《炉還り》という現在の職名、変更時期と、さっきとほとんど同じだった。


 レオンは同じように答えた。


 男は何度か書類を見比べたあと、質問を変えた。


「出身はベルク北方の鉱山町。そこで生まれ育った、という申告ですね」


「申告っていうか、本当だ。親父が小さな店をやってた。鉱山が痩せて、俺が十五になる前に町を出た」


「ご両親は、町を出たあとも一緒に行商を?」


「親父とはしばらく一緒に回った。両親はもう死んでるし、兄弟もいない。その後は一人で行商を続けた」


「南方へ行ったことはありますか?」


「ない。少なくとも、自分で南方まで商いに行ったことは一度もない」


「南方出身の商人、傭兵、魔術師などと継続的な付き合いは?」


「出身地を聞かずに商売した相手くらいはいるだろうが、南方の人間だと知った上で付き合ってる相手はいない」


「南方の品を扱ったことは?」


「商売をしてれば、どこを経由したか分からない品まで全部避けるのは無理だ。だが、南方から直接仕入れた覚えはない」


 男はそこで一度筆を止めた。


「では、『魔族』と聞いて、今回の職業変更について何か思い当たることはありますか。人物でも、場所でも、道具でも構いません」


「ない。魔族に会ったこともない」


「魔族との戦争について、ご自身で覚えていることは?」


「話なら聞いたことがある。俺が子どもの頃にも南で戦があったらしいが、自分では覚えてない。最近になって知人から当時の物流の話を聞いたくらいだ」


「知人というのは、あなたの現在の仕事仲間ですか?」


「ああ。ベルクの商会で長く帳場をやってた。今は俺たちの商売を手伝ってる」


 係官は書記に記録させてから、もう一枚の紙を取り出した。


「あなたの新職が、王国の職業体系に登録されていないことは理解していますね」


「今日知った。札で読めないのは前から分かってたが、中央に登録されてないとまでは知らなかった」


「王国の既存制度にない職業が、外部から与えられた可能性について、何か考えたことはありますか?」


「ない。俺はその設備が何年前からあるのかも、誰が作ったのかも知らん」


「設備の場所については、先ほどと同じ理由で回答しない?」


「そうだ。他人に関わるところは変わらん」


「そこへ辿り着くまでに、南方出身者や魔族と接触したことは?」


「ない。少なくとも、俺がそうだと知って会った相手はいない」


「設備自体が魔族由来である可能性は?」


「知らん。作った奴に会ったこともないんだから、そこは答えようがない」


 答えながら、レオンは質問の向きが変わったことに気づいた。


 最初の監理官は、分からないものの形を一つずつ確かめていた。今の男は、分からないものが王国の外へ繋がるかを確かめている。


 知らないものがあれば、外から持ち込まれた可能性を潰すのも仕事なのだろう。


 ただ、同じ「知らない」を何度も別の角度から聞かれるのは、だんだん面倒になってきた。


「もう一度だけ確認します。魔族という言葉から、今回の職業発現に関係しそうなものは何も思い当たらない?」


「何度聞かれてもない。思い出したら言うが、今は本当に知らん」


 その時、閉じた扉の向こうから男の声が聞こえた。


「ですから、同じことを三度聞いて、同じ答えを書き写しているだけでは朝までかかると言っているんです」


 声量そのものは大きくない。それでも、さっきまで廊下にいた職員の声とは明らかに違った。苛立っているのに怒鳴らず、一語ずつをきれいに切っている。


 室内の係官が顔を上げた。


「まだ聴取中です。入室するなら、こちらの記録手順に従っていただきます」


「承知しています。だからこそ、少しだけ時間をいただきたい」


 返事を待つ間だけ置いて、扉が開いた。


 入ってきた男は五十を少し越えたくらいに見えた。灰色の混じった髪を短く整え、濃い色の上着には紋章のついた銀の留め具が一つだけある。派手ではないが、布も仕立ても監理院の職員とは違った。


 後ろにいた職員が小さく頭を下げた。


「レイヴァン伯爵閣下、規定上、聴取官の同席は外せません」


「外してくれとは言っていませんよ。むしろ、そのまま記録してください」


 レイヴァン伯爵は空いている椅子を自分で引いた。


「オルディス・レイヴァンです。急に割り込んで申し訳ありません。南方との交易と情報収集に少し関わっておりまして、監理院から照会を受けました」


「俺は南方と関係ないと、今ちょうど話してたところだ」


「ええ。記録にもそうあります。北の鉱山町に生まれ、父君と行商へ出た。ご両親は既に亡くなり、兄弟はいない。南方への渡航歴も、継続した人脈もない。実にきれいな経歴です」


「事実だからな。そこを疑うなら、ベルクでも北の町でも記録を当たればいい」


「そうでしょう。ただ、経歴がきれいであることと、現在の行動が説明できることは別です」


 係官が口を挟んだ。


「伯爵閣下。現時点で虚偽申告は確認されていません」


「私も虚偽だとは言っていませんよ」


 レイヴァン伯爵は柔らかく笑った。


「レオン殿。あなたは王国の職能体系に存在しない職業を持っている。それを得た場所は話さない。設備の所有者は不明。同じような職業を持つ者がいるかどうかも答えない。ここまでは間違いありませんね?」


「理由まで抜くな。場所を言わないのは、そこにいる人間へ勝手に役所を連れていきたくないからだ。他の職について話さないのも同じだ」


「つまり、その設備がある場所には、守るべき人々がいる」


「そういう言い換えを始めるなら、話が長くなるぞ」


「言い換えではありません。今、あなたがおっしゃったことを整理しただけです」


「俺は『そこにいる人間へ勝手に役所を連れていきたくない』と言った。あんたは『守るべき人々がいる』に変えた。もう違ってる」


 レイヴァン伯爵の口元から笑みは消えなかった。


「商人らしいですね。言葉の差額にも細かい」


「差額で飯を食ってるからな。勝手に値札を付け替えられたら困る」


 書記は黙ったまま筆を動かし続けた。


 レイヴァン伯爵は次の紙を手に取った。


「中央では、あなた以外にも二件、別の未登録職能の発生を把握しています」


 レオンは初めて聞いた。


「ご存じなかった?」


「中央が何件数えてるかは知らなかった」


 レイヴァンの目がそこで止まった。


「しかし、他の新職者について答えることは拒んだ」


「さっきも言った。他人の職業を本人の許可なしに話さない。それだけだ」


「二件の存在を知らない人間なら、普通は『知らない』と答えるのではありませんか?」


「俺が知ってる人間の中に、中央が数えてる二件がいるかどうか分からん。それなのに『知らない』と答えたら嘘になる」


 係官が書記へ顔を向けた。


「今の回答はそのまま記録してください。中央の二件との同一性は本人にも確認不能、と」


「丁寧ですね」


「推測と供述は分けます。それが仕事です」


「結構です。では推測は私が担当しましょう」


 書記の筆が一度止まり、係官がレイヴァンへ目を向けた。


「レオン殿。あなたは、王国が把握できない設備から新しい職を得た。所在地を明かさない。関係者についても答えない。そして、その設備が魔族由来でないと証明する材料も持っていない」


「作った奴を知らんと言っただけだ。魔族由来だと疑う材料もないだろ」


「未知なのです。だから疑う余地があります」


「何も分からないものを全部魔族にしたら、調べる必要がなくなるぞ」


 レイヴァンは少しだけ目を細めた。


「面白い指摘です。ですが、国境の向こうには我々より強力な魔法を扱う勢力が実在する。王国にない職能が突然現れれば、外部関与を考えるのは自然でしょう」


「考えるのは好きにしろ。俺に会ったこともない相手との繋がりを作るな」


 その時、別の声が届いた。


「レオンさん、今は大丈夫ですか?」


 ミラだった。


 今朝までなら、すぐ返事をしていた。レオンは目の前のレイヴァンから視線を外さなかった。


「レオンさん?」


 二度目の声にも答えなかった。今ここで返事をすれば、目の前の三人には、レオンが誰もいないところへ話しかけたようにしか見えない。


 レイヴァンは紙を一枚めくった。


「それから、ベルクで妙な事件にも関わっていますね。人攫いの一団を追い、違法奴隷商の護衛と交戦した」


「組合に全部記録がある。必要なら、その記録を最初から最後まで読め」


「もちろん読みました。あなた方は捕虜を連れて戻り、奴隷商が落とした鞄も提出した。その後、鞄の中にあった希少な魔道具の一部を受け取っている」


「証拠確認が済んで、組合から返された物だ。勝手に持ち出したみたいに言うな」


「私は『受け取った』と言いました。持ち出したとは言っていません」


「今度はあんたが言葉の差額を使うのか」


 レイヴァンはわずかに笑った。


「あなたほど上手くはありませんよ」


 係官の顔は笑っていなかった。


「結果として、あなたは違法奴隷商が所持していた《空間収納宝珠》と魔力増幅の短杖を手に入れた。さらに現在は、王国未登録の職業を持っている。これは少々、普通の旅商人の経歴から外れてきませんか」


「奴隷商を追ったのは攫われた人間を取り返すためだ。宝珠と短杖はベルク組合が証拠確認した上で返した。職業が変わったのはそれより後だ。三つ並べても因果にはならん」


「因果がないことを確認するために聞いているのです」


「なら最初からそう聞け。『妙な事件』『普通から外れる』なんて言葉はいらん」


 レイヴァンは机の端へ指を置き、書記が書き終えるのを待った。


「あなたはずいぶん、説明の仕方に敏感ですね」


「商談で相手の言い方を聞かない商人は、長く続かない」


「では、これも商談だと思って聞いてください。あなたが設備の場所と関係者を明かせば、監理院は実地で確認できます。魔族との関係がないと証明できれば、疑う理由も減る」


「俺一人の疑いを減らすために、他の奴らの場所と職業を売れって話なら断る」


「売る、とは穏やかではありませんね。王国の行政へ協力するだけです」


「本人の許可を取らずに渡せば、俺にとっては同じだ」


「その忠誠は、王国より彼らへ向いているように聞こえます」


 レオンはそこで初めて、声を少し低くした。


「勝手に二択にするな。友人の秘密を守ることと、国を裏切ることは同じじゃない」


「私人同士の秘密なら、その通りでしょう」


 レイヴァンは柔らかい声のまま言った。


「ですが、未登録職が複数発生し、その一人が発生源を秘匿している。技能開示も本人が選んだ範囲に留まる。そこへ外部勢力の関与が疑われるなら、国家としては少し慎重にならざるを得ない」


「外部勢力の関与を疑ってるのは、今のところあんただけだろ」


 室内の係官が一度咳払いをした。


「正確には、二次確認の時点で外部由来の可能性を排除する質問へ移っています。ただし、魔族との関係を示す事実は現時点で確認されていません」


「それなら、まだ『確認中』だ。レイヴァンの話みたいに、繋がりがある前提ではない」


「ですから、確認を続ける必要があるのです」


 レイヴァンがすぐ続けた。


 係官はレイヴァンを見たが、否定はしなかった。


 レオンは机の向こうの男を見た。答えを集めてから可能性を考えているようには見えない。先に形を作り、そこへレオンの答えを嵌めようとしている。


「もういい。聞きたいことがあるなら聞け。ただし、俺の答えに勝手な意味を足したら、そのたび訂正する」


「構いません。記録が正確になるのは良いことです」


 その後も、南方への渡航歴や魔族についてどこで何を聞いたか、設備に見慣れない文字がなかったか、職変更の際に誰かの声を聞いたか、王国の制度を捨てるよう求められなかったかと、角度を変えながら質問は続いた。


 レオンは知っていることだけを答え、知らないことには知らないと返した。設備の場所と他人の職についてだけは、最初に示した通り答えず、その線を最後まで変えなかった。


     ◇


 尋問が終わった時には、窓の外が暗くなっていた。


 レイヴァン伯爵は最後まで声を荒らげなかった。


「現時点で、魔族との接触を示す直接の証拠はありません。ただし、未知職の発生源が確認できず、同時期に複数の未登録職能が発生している。外部勢力との関係を排除するには、もう少し確認が必要でしょう」


 レイヴァン伯爵は立ち上がり、今度は監理官へ視線を向けた。


 監理官は手元の書類を読み直した。


「規定上、外部干渉の可能性が未確認の職能案件は、上席判断まで保全対象を継続できます。今夜はこちらで部屋を用意します」


「牢へ入れるわけじゃないんだな」


「監理院内の宿直用客室です。ただし、外から施錠します。明朝、上席判断と追加照会の結果をお伝えします」


「剣と宝珠は、封印したままか?」


「封印保管を継続します。城門の受領札はそのままお持ちください」


「バルトも門の厩のままなら、飼葉と水だけは切らすな」


「今夜はそのままです。厩の記録も引き継ぎます」


 レオンは頷いた。気に入らないが、今ここで暴れる理由はない。


 レイヴァンは扉の前で振り返った。


「明日には、もう少しお互いに話しやすくなるといいですね」


「俺は今日も普通に話してた。話をややこしくしたのはあんただ」


 レイヴァンはそれにも笑みを返し、廊下へ出ていった。


     ◇


 客室には寝台と小さな机、洗面用の水桶があった。


 牢ではないという説明は嘘ではない。窓には格子がなく、寝具も清潔だった。ただし、案内した職員が外へ出ると、扉の向こうで鍵が回った。


 夕食として黒パンと肉の煮込み、それに温かい茶が運ばれてきた。


 レオンは胸当てを外して椅子へ掛け、まず受領札を机の端へ置いた。剣一本、黒色宝珠一個。文字は変わっていない。


 煮込みを半分ほど食べたところで、声が届いた。


「レオンさん。今は大丈夫ですか?」


 今度は、すぐに返した。


「ああ。さっきは悪かった。聞こえてた」


「やっぱり聞こえていたんですね。返事がなかったので、誰かと話しているのかと思いました」


「その通りだ。役人に事情を聞かれてた」


「王都で、ですか? 何か悪いことをしたんですか?」


「してない。城門で職業札を調べられて、《炉還り》が王国に登録されてない職だと分かった。それで止められてる」


「《炉還り》だから、ですか」


「今のところはな。最初は普通に、いつ職が変わったとか、何ができるかを聞かれただけだった」


「何を話しましたか?」


「俺のことは話した。《炉還り》って名前も言った。普通の技能も見せた。ミラたちの職業や場所は話してない」


「ありがとうございます。私たちのことを聞かれていたんですね」


「礼を言うところじゃない。勝手に話さないのが普通だ」


「でも、レオンさんならそうすると思いました」


 そう言われると、返す言葉が少し減った。レオンは茶を一口飲んだ。


「途中から話がおかしくなった。南の人間と繋がりがないか、魔族に会ったことがないかまで聞かれた。最後にはレイヴァンとかいう伯爵まで出てきて、知らん話を勝手に繋げ始めた」


「レイヴァン伯爵という方が、取り調べに入ってきたんですか?」


「ああ。南方の情報を扱ってるらしい」


「レオンさんは、魔族に会ったことがあるんですか?」


「ない。戦の話を聞いたことがあるだけだ。だから知らんと答えた」


「では、どうして疑われるんでしょう。知らないことは、知らないとしか答えられませんよね」


「分からないものだから疑ってるらしい。レイヴァンは、自分の書いた筋書きに俺を嵌めようとしているように感じた」


 ミラはすぐには返さなかった。


「…今は、帰ってこられますか?」


「ああ。帰ろうと思えば帰れる。だが、今ここから消えたら、向こうが勝手に作ってる疑いを俺が自分で増やすことになる」


 レオンは閉じた扉を見た。


「バルトも門の厩へ預けたままだ。剣と収納宝珠も封印されてる。全部放ってここから消える方が後から面倒だ」


「では、今は帰らない方がいいんですね」


「そう判断してる。少なくとも今夜はな」


「分かりました。こちらは大丈夫です。今日はエルネさんも帳場にいますし、ベラさんもロアンさんもいます。キュウも、さっき三回目を食べました」


「結局出したのか。朝から燻製小屋の前にいた甲斐があったな」


「ベラさんが、ずっと待たれる方が邪魔だと言っていました。たぶんキュウは、それも分かっていたと思います」


「キュウの勝ちだな」


 ミラが少し笑った。


 昼までなら、知らなくても困らない話だった。今はその話を聞いている方が楽だった。


「バルトさんは、ご飯をもらえていますか?」


「門で頼んだし、監理院にも確認した。飼葉と水は出てる」


「それならよかったです。バルトさんまで知らない場所に一人ですから」


「厩なら慣れてる。俺よりあいつの方が、こういう時は落ち着いてるかもしれん」


 少し間が空いた。


「明日も、話して大丈夫ですか?」


「尋問中じゃなければな。今日みたいに返事がなかったら、誰かいると思ってくれ」


「はい。では、一回返事がなくても、すぐには心配しません」


「一回は、か」


「二回返事がなかったら心配します」


「好きにしろ」


 レオンはそう答えて、残っていた茶を飲んだ。


 通信が切れると、廊下を歩く職員の靴音が扉越しに何度か通り過ぎた。


 明日も事情聴取は続くだろう。レオンは煮込みを食べ終え、杯と皿を机の端へ寄せた。胸当ての革紐を確かめてから靴を脱ぎ、寝台へ横になる。


 扉は外から施錠されていた。今夜は、寝られるうちに寝ることにした。

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