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帰り火の洞窟 ~役立たずと追放された少女、拾った洞窟を仲間たちの帰る場所にします~  作者: Rastarock
雪下の冒険

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炉還りは仲間の一矢で二層を越えます

 石扉が閉じる音を背中で聞きながら、レオンは一度だけ後ろを振り返った。フレイは重弩を胸の前へ抱え、太い肩紐の位置を確かめてから、側面の留め具を親指で押している。


 その隣では、ティルダがいつも通り胸当ての下から腹を出していた。冬用の上着までそこだけ短く、ベラが露出した腹と戦槌を交互に見て眉を上げる。


「その鎧、この先もっと重くしても、臍だけは絶対に隠さないつもりなのかい?」


「そこを塞ぐと槌を振る時に邪魔なんだって。似合ってるでしょ? 動きやすいし、もう変える理由がないじゃん」


「姉ちゃん、最初は暑いからって言ってたよね。理由だけは装備より増えてない?」


 ティルダは言い返そうとしたが、フレイが先に笑い出した。言い争うより面白くなったらしく、姉は妹の肩へ腕を掛け、重弩の留め具に触れかけてその手を引っ込めた。


「それ、フレイが作ったやつだしね。今日は人の武器を勝手にいじるのやめとくよ」


「やっと分かってくれたんだ。姉ちゃん、今だけは本当に頼むからね」


 レオンは二人の声を背中で聞きながら青魔鉄の剣の柄へ手を掛けた。前回、四つ目の灯に届かなかった場所へ、今日はフレイが自分の足で歩いている。


 キュウがすぐ横へ並び、エイルは弓の弦を指で確かめながら続いた。ティルダはまだ何か言いたそうにしていたが、フレイの重弩へ目をやると、そのまま戦槌を肩へ担いだ。


     ◇


 第一層では青白い霜苔が石床へ広がり、岩陰から氷甲蜥蜴が三匹まとめて這い出してきた。レオンが剣を抜くより先に、エイルが後列の一匹へ顎を向ける。


「フレイは奥の一匹を狙え。手前は俺たちが止める。岩陰から出るところを待ってみろ」


「姉ちゃんが目の前を走らなきゃ、射線は通る。分かった、あそこを狙うよ」


 ティルダとキュウが左右へ分かれて前へ飛び出し、キュウが一匹へ体当たりすると、ティルダももう一匹の氷甲を槌で割った。後列の蜥蜴が壁沿いを走り、フレイの重弩がその動きへついていく。


 吹き飛ばした蜥蜴を追ったティルダが射線を横切った時、フレイは引き金へ触れた指を止めた。姉が抜けると同時に岩陰の出口へ照準を戻し、次に頭を出した蜥蜴の首元へ太矢を通す。


 氷甲蜥蜴は石床へ縫い止められ、脚を二度掻いたところで動かなくなった。


 フレイが重弩を下げるより先に、ティルダが振り返った。


「ねえ、フレイ! 私が横を抜けた後にちゃんと当てたじゃん!」


「姉ちゃんが前へ出るのは分かってたよ。あの岩陰から頭が出るのを待ったんだから!」


 フレイは重弩の側面にあるレバーを押し戻し、次の太矢が射出溝へ収まるのを覗き込んだ。矢尻が射出溝からずれていないのを確かめると、フレイは肩にかかる重みを楽しむように構え直した。


「今のはいい。射線が空くのを待って、出る位置へ当てられた」


 エイルの評価に、フレイが嬉しそうに彼の方を向く。その横でティルダはもう次の岩陰を見始めており、レオンには姉妹の興味の向く先がいつも通りばらばらに見えた。


 レオンは三匹を《空間収納宝珠》へ収め、そのまま第一層の階層主広間まで進んだ。氷殻大蜥蜴はまだ戻っておらず、前回の討伐から七日経っていないことだけ確認すると、足を止めず奥の階段へ向かう。


「奥の階段から二層へ行くぞ。前回の墓守を倒したら、その先がどうなってるかも見たい」


「だったら先に行っててよ。私も後ろを取られないように動くからさ」


「姉ちゃんに後ろを任せるなんて初めてだね。敵が出たら、ちゃんとこっちにも残してよ!」


     ◇


 二層へ下りると、冷気の代わりに湿った石と錆びた鉄、それに乾いた骨粉の匂いが鼻へ入った。通路の曲がり角から現れた骨兵へレオンが剣を合わせると、フレイは前列を避けて、その後ろから回り込もうとした一体へ重弩を向けた。


 骨兵が剣を振り上げる前に左肩を沈めたので、フレイはその動きを追わず、一歩先へ踏み込む胸骨へ照準を置く。太矢は真正面から胸を砕き、そのまま背後の石壁まで骨片を飛ばした。


「今のは文句なしだ。相手が動き出す前に、踏み込む先を予想できてる」


 砕けた骨兵を見たフレイが、顔を上げてエイルへ笑いかけた。


「よっしゃ! 次も当てるから、ちゃんと見ててよ!」


 返事を待つより早く、フレイは次の太矢を送り込んだ。通路の奥から飛び出したもう一体の骨兵へも、振り上げた剣の下から太矢を通して胸骨を砕く。レオンが前へ出る頃にはその骨兵も倒れ、フレイは四本目の太矢を射出溝へ送り込んでいた。


 次の曲がり角では、低い唸り声と一緒に屍犬が三匹飛び出した。先頭はキュウへ食らいつき、二匹目が壁際へ広がり、最後尾だけが大きく回り込んでティルダの背後を取ろうとする。


「右を空けて。今度は火を乗せるから、その一匹だけ通して!」


 ティルダが戦槌を引いて左へ寄ると、フレイは奥の白魔鋼製引き金へ指を掛けた。側面のルビーが赤く輝き、橙色の炎をまとった太矢が最後尾の屍犬へ突き刺さる。


 火は腐った毛皮へ一気に走り、隣の屍犬まで巻き込んで石床を赤く照らした。


「うわ、まだ燃えてるじゃん! フレイ、それ私の槌と組ませたら面白そうだよ!」


「姉ちゃん、燃えたままこっちへ押し返すのだけはやめてよ!」


 ティルダが笑う横で、ベラは屍犬の動きを見て短杖を振った。《炉縁火》が石床を走り、キュウの腹の下を滑り抜けて二匹の足元へ回る。逃げ道をふさがれた屍犬は燃えた毛皮を引きずって転がり、火に包まれたまま倒れた。


 先頭の一匹はキュウが押さえ込み、レオンが首を落とした。通路へ残った焦げた匂いをベラが嫌そうに嗅ぎ、袖で鼻先を覆う。


「うちの竈なら香草を足すところだけど、こいつは何を足しても食いたくないね」


「私だって食べようとは思ってないよ。ただ、火が矢の先まで乗ったのは嬉しい!」


 フレイは重弩の側面にあるルビーを確かめ、枠がまだ冷たいことをティルダへ見せた。倒れた屍犬の方へはもう目もくれず、魔力用引き金の位置と矢の射出溝を指でたどり直している。


 フレイは空になった矢箱を横へ抜き、腰の後ろから予備を差し込んだ。底を掌で叩くと内部で太矢が一段落ち、ティルダがすぐ手元を覗き込む。


「その交換なら、予備をもう二箱くらい増やしてもよさそうだね。四本だけじゃ足りないでしょ」


「作れるよ。重い分はレオンの収納へ入れて、戦う前に出せばいいし」


「矢箱は増やせ。収納へ入るなら、弾数を気にせず撃てる。ただし、矢代で赤字にはならないようにな」


 レオンがそう返すと、フレイは一度だけ顔を上げた。それから予備箱の幅を指で測るようにして、腰の空いた位置へ視線を落とす。


「じゃあ帰ったら、持つ分と預ける分で形を変えようかな。同じ箱を増やすより、その方が扱いやすい」


     ◇


 《吊魂の墓守》の石室へ続く扉の前で、五人とキュウは足を止めた。前回は四つの青い灯を同じ猶予時間内に消し切れず、墓守を三度倒しても再生を止められなかった。


 今回は手前二灯をエイル、鉄格子に塞がれた奥二灯をフレイが受け持つ。前回曲げた右奥の格子はそのまま残り、左奥だけは太い鉄棒が黒い芯の正面を塞いでいる。


「本体を倒したら、右手前をエイル、次に右奥をフレイ、その次をエイル、最後の左奥をフレイだ。最後は格子ごと折っていい」


「うん、あの奥の二つは私がやるよ。格子があっても、消せるように作ってきたんだから」


 フレイは肩紐を外し、重弩を両手へ移して照準器の位置を確かめた。ティルダが戦槌を持ち替えて妹の脇へ立つと、フレイはその腕を肘で押しのける。


「姉ちゃん、扉を開けたら前だけ見ててよ。私の的まで横取りしないでね」


「そこはフレイのもんでしょ。私はあの鎧を叩き潰す方が好きだし!」


 キュウが早く扉を開けろというように石床を前脚で掻いたので、レオンは青魔鉄の剣を抜き、ティルダと一緒に石扉を押し開けた。


 高い天井を持つ円形の石室で、四方の青い灯が揺れていた。中央には厚い板金を重ねた墓守が長盾と長斧を持って立ち、兜の奥へ二つの青い光を灯している。


《吊魂の墓守》

《第二層階層主》

《未討伐》


 長斧が持ち上がった瞬間、キュウが正面へ飛び込んだ。刃をかわして柄へ肩をぶつけ、軌道を外された長斧が石床へ火花を散らす。


 ティルダの戦槌が右膝へ入り、重い金属音と一緒に板金がへこんだ。墓守が長盾を横薙ぎに振ると、ティルダは低く沈み、レオンは反対側から盾の裏へ回る。


 脚へ流した身体強化を二歩目で強めると、上体と剣が加速した脚へきれいについてきた。青魔鉄の剣を膝裏へ滑り込ませて骨を一本断つと、墓守の巨体が大きく傾く。


 身体強化で剣を振るうと、以前より重い板金が容易に削れた。レオンは膝を折った墓守が盾を戻すより早く踏み直し、その巨体を中央へ押し込んでいく。


「盾を開ける。ベラ、背中を焼けるか!?」


 キュウが長盾へ頭からぶつかり、開いた脇へレオンが剣を入れる。エイルの矢が兜の隙間を抜き、青い光の片方を散らしたところへ、ベラの《炉縁火》が石床を走った。


 橙色の炎はキュウの腹の下を避け、ティルダの足元で二つに分かれ、墓守の背へ回り込む。鎧の隙間から火が入り、青い筋の走る背骨へまとわりついた。


「火が入ったよ! こっちへ向き直る前に、頭を落としてやりな!」


 ベラの声に合わせるようにティルダが踏み込み、戦槌を兜の横へ叩き込む。キュウも長盾へ全身をぶつけ、仰向けになった墓守の首の継ぎ目へレオンが剣を突き込んだ。


 首の骨が断たれると長斧まで石床へ落ち、その瞬間、四方の青い灯が一斉に膨らんで炎の中心へ黒い芯を浮かび上がらせた。


「今だ! エイル、フレイ、四つとも一気に落とせ!」


 エイルの矢が右手前の芯を割り、一つ目の青い火が消えた時には、フレイはもう奥右を狙っていた。前回、ティルダが叩いて曲げた鉄格子の間から太矢が抜け、二つ目の芯を砕いた。


 エイルが左手前へ身体をひねる間に、フレイは重弩の側面レバーを押し下げる。金具が最後まで戻るより早く三つ目の灯が消え、次弾を装填する硬い音が高い天井へ跳ね返った。


 残る左奥では、太い鉄棒が芯を真正面から塞いでいた。レオンの位置からは灯の端が青く見えるだけで、黒い芯へ直線で通る隙間はない。


 墓守の足元で青い筋が再び動き始め、折れていた首の骨が床を滑って胸甲の下へ引き寄せられたところで、ティルダが戦槌を叩きつける。それでも青い筋は残り、砕けた骨の欠片が少しずつ寄り集まった。


「フレイ、あいつが起きる前に決めてくれ! 最後の灯は任せた!」


 フレイはレオンの声へ答えず、重弩の照準器を黒い芯へ向けた。その前を塞ぐ格子の中央で一度止まり、次に芯へぎりぎり重なる鉄棒の縁へ狙いを移す。


 レオンが、フレイは芯へ直接矢を通そうとしていないのだと気づいた時には、彼女は肩と両腕で重弩を押さえ込み、すでに引き金を絞っていた。


 太矢が鉄棒の縁へ斜めに食い込み、金属が裂けるような音とともに一本を奥へ押し曲げた。矢尻はその隙間を切り開いて格子の向こうへ突き抜け、その先で黒い芯を砕く。


 四つ目の青い火が消えると、再生しかけていた首の骨が床へ落ち、墓守の胴を這っていた青い筋がいっせいに切れた。ティルダが吠えるように声を上げ、今度こそ動きを止めた胸甲へ戦槌を叩き込む。


「レオン、今度こそ終わらせよう! もうこいつを起こしてやるもんか!」


 キュウが胸甲へ頭からぶつかり、骨の残った胴を石床へ押しつけた。


 ベラの炎が割れた鎧の内側へ流れ込むと、レオンは身体強化で一気に間合いを詰め、兜と胴鎧の隙間へ青魔鉄の剣を差し込んだ。残った首の骨を断ち切った瞬間、墓守の青い光が完全に消える。


《第二層階層主の討伐を確認》

《地下探索領域 第二層踏破》

《最深到達階層――第二層》


 レオンは剣を引き抜き、もう一度墓守の胸甲へ目を向けた。青い光の消えた兜はただの鉄塊のように転がり、あれほど厄介だった四つの灯も、戻る気配を見せなかった。


 前回は三度倒しても越えられなかった階層主を、今日はフレイの一射で突破した。あの再生がもう起こらないと分かった途端、レオンの胸から笑いが込み上げてきた。


「やったな、フレイ! 二層を破ったぞ!」


 レオンが声を張ると、ティルダは戦槌を石床へ置くより早く妹へ走り寄り、横から大きく抱きついた。


「ちょっと、姉ちゃん! 重弩を持ってるんだから、そのまま飛びつかないでよ!」


「だって最後の一本、格子ごと折ったんだよ! 私の槌でも手こずった場所を一発って、もう最高じゃん!」


 文句を言いながらもフレイは笑い、重弩を胸の前からずらして汗ばんだ姉の肩を抱いた。先ほどまで留め具の位置ばかり気にしていた手が、今はティルダの背へ回っている。


 エイルは姉妹へすぐには加わらず、折れた鉄格子と、その奥へ残った太矢の位置を見比べてから、重弩の照準器を覗き込もうとフレイの隣へ寄った。


「最後、鉄棒の付け根を狙ったんだな。あそこへ通すやり方は、俺は教えてない」


「だって真ん中を撃っても、向こうへ行きそうになかったんだもん。姉ちゃんが曲げた時のことも聞いてたし」


 エイルが何か言いかけると、フレイは今度は自分から誇らしげに重弩の胴を叩いた。


「だったら次もあんなのを作るよ。エイルだって、あの矢を撃つところは面白かったでしょ?」


「面白かった。次に何を持ってくるのか、もう楽しみになったな」


 レオンが剣を鞘へ戻そうとすると、フレイが重弩を肩へ掛け直す音が聞こえた。さっきまであれほど重そうに抱えていた武器を、今は自分の道具として当然のように扱っている。


 その横へキュウが回り込み、片方の前脚を高く上げた。


「キュウ、今日はお前も働いたな。ほら、いつものやつだ」


 レオンが掌を出すと、大きくなった前脚が勢いよく当たり、乾いた音が石室へ響いた。キュウは満足そうに鳴いてから、今度はエイルの前へ移動する。


「俺の時はもうちょっと手加減してくれよ。お前の前脚、かなり重いんだから」


 そう言いながらもエイルが掌を出すと、キュウは遠慮なく前脚を当てた。ベラはその音を聞いて笑い、自分から掌を出す。


「勝った祝いなら私も付き合うよ。ただし爪は引っ込めておきな」


 キュウはベラの手も叩くと、最後にフレイの前へ回った。


「私にも? だったら一番最後は、今日一番活躍した人のところへ来る決まりなのかな?」


 フレイが重弩を肩紐へ預けて掌を出すと、キュウの前脚が思った以上の重さで当たった。


「痛いって! これ、本当に祝いなんだよね。攻略した相手を順番に殴ってるわけじゃないよね?」


 ティルダがそこで声を上げて笑い、張りつめていた空気がようやく崩れると、フレイも赤くなった掌を振りながら笑い返した。


 その最中、フレイの腰に下げた職業札が淡く光り始めた。


 フレイは急に笑うのをやめて腰から職業札を引き抜き、刻まれた文字を読み直してから、まるで信じられないものを見つけたように姉を見上げた。


《弩術 Lv1》


「姉ちゃん、《弩術 Lv1》って出てる! 今までこんなの、一度もなかったのに!」


「フレイ、やったじゃん! 帰ったらミラに札を見せようよ、きっと大喜びするって!」


 ティルダがまた抱きつくと、フレイは重弩を外へ逃がしてから、今度は自分の方から姉を強く抱き返した。レオンにはフレイの表情が見えなかったが、赤銅色の髪の下から弾むような声が聞こえた。


「ねえ、今日はご馳走にしてもらおうよ。私、地下でちゃんと戦って、技能まで貰ったんだから!」


「もちろんだよ! ベラに頼めば、きっと何か作ってくれるじゃん!」


 ベラが横から何か言い返そうとしたところで、ティルダの目が墓守の胸甲へ移った。打ち開かれた板金の内側から、青魔鉄とは色の違う白い金属がのぞいている。


「ねえ、待って! あの板、前に見た白魔鋼と同じ色してない?」


「こいつの装備ごと持って帰れるぞ。工房に運んでから、二人で好きなだけ調べればいい」


 レオンがそう言うと、姉妹はほとんど同時に胸甲へ向かって駆け出した。


     ◇


 墓守の胸甲は、近づいて見るとティルダの胴を覆うほど大きな板金を何枚も重ねていた。ティルダがへこんだ板金へ掌を当てて《金属鑑定》を使うと、そのまましゃがみ込んで割れ目へ指を差し込む。


「フレイ、これ白魔鋼だよ。表の一枚だけじゃなくて、重ねてある板もかなり混じってる」


「本当に? だったら前の宝装骸兵から取った量どころじゃないよ。ちょっとそこ持ち上げて、何枚重なってるか見たい」


 二人はすぐに胸甲の端へ寄り、板の厚みと留め方を確かめ始めた。さっきまでの勝利の話は消え、今度はどこまで分解できるかに集中している。


 ティルダは長盾の外板を叩き、次に長斧の刃へ指を滑らせ、最後に兜のへこんだ部分までひっくり返した。


「盾も外板がそうだし、斧は刃が丸ごと使える。兜も外側なら打ち直せるよ」


「胸甲は板を一枚ずつ外したい。曲がってるところも厚みを測れば、どこへ回せるか決められるから」


「全部持って帰れるなら、工房で好きなだけ測れ。鎧も盾も斧も兜も、収納へ入る分は全部持ち帰る」


 レオンが《空間収納宝珠》へ触れると、ティルダの顔がようやく上がった。


「それなら話が早いね。ここで外すより、炉の前でばらした方が絶対に楽だよ」


「姉ちゃん、兜を触るのは私が先ね。あの曲がり方、留め具まで歪んでるか確かめたい」


「そこ取り合うところ? じゃあ私は盾からやるよ」


 工房で何を作るか話し始めた二人を横に、レオンは触れた装備から順に魔力を通して《空間収納宝珠》へ収めていった。大きな長盾まで姿を消すと、フレイが急に笑い出したので、レオンもつられて笑った。


 最後の兜まで収めたところで、石室の奥から低い振動が伝わってきた。壁の一部がゆっくり沈み、下へ続く階段が現れると同時に、墓守が立っていた場所の脇へ低い石台がせり上がり、その上へ小さな箱が載った。


 ティルダが反射的にそちらへ一歩出たが、エイルが階段の入口へ先に寄った。


「箱は逃げない。先に下から何か上がってこないか警戒しろ」


「分かってるって。今は近づいただけで、まだ蓋には触ってないからね」


「その言い方だと、止めなかったら触ってたんだろうな」


 ティルダは答えず、石台の周りを一周するキュウへ視線を逃がした。


 異常がないことを確かめてから、レオンが箱の蓋を開ける。古い布の上に灰色の枝が一本だけ置かれ、葉も実もなく、先だけが二股に分かれていた。


「白魔鋼の次が枝一本って、ずいぶん振り幅あるね。これ、本当に木なの?」


 フレイは箱の縁へ手をつき、枝の表面を近くから覗き込んだ。


「触る前に鑑定する。状態まで分からない物なら、削るのも折るのも後だ」


 レオンが枝へ《素材鑑定》を使うと、淡い文字が浮かんだ。


《樹種不明》

《微弱な魔力反応あり》

《状態――判定不能》


「種類まで出ないのか。普通の木じゃないのは分かったけど、これじゃ逆に何も分からないね」


 フレイは枝の二股になった先へ顔を近づけ、今度は断面の代わりに樹皮の筋を追う。


「持ち帰ったらリュネにも見せようよ。樹皮の筋が見たことない形だし、木だけど木じゃないみたい」


 ティルダは枝の根元らしい側を覗き込むと、指で触れたいのをこらえきれない様子で手を伸ばしかけた。


「見た目だけじゃ分かんないね。リュネとミラにも見てもらって、それから工房へ回してもらおうよ」


「それがいい。今はこの枝が何なのか、家へ帰ってから話すのも楽しみだ」


 レオンは枝を布ごと《空間収納宝珠》へ収めた。


     ◇


 最後に、奥へ現れた階段をエイルが先に下りた。数段進んだところで足が止まり、いつもより長く息を吸ってから、振り返らずに手だけを上げる。


「敵がいるわけじゃない。ここから先、石の通路じゃなくて森になってる」


 レオンが隣まで下りると、二層の錆びた鉄とはまるで違う匂いが鼻へ入った。湿った黒土と濡れた葉、それにどこかで落ちる水の匂いまで混じっている。


 階段の下には石床がなく、青白い光の中へ太い幹が何本も立っていた。枝は頭上の暗がりへ伸び、重なった葉が天井を隠し、石壁のはずの場所まで太い根が這っている。


 エイルは階段の縁へしゃがみ込み、黒い土へ伸びる根を指先で追いかけた。いつもなら最初に逃げ道と射線を見る男が、今は肩越しに見える樹冠へ何度も顔を上げている。


「こんな深い地下に、木が何十本も生えてる。水の匂いもするし、上へ抜ける空気の流れまであるぞ」


 エイルの言い方が意外だったのは、いつも危険を先に知らせる男の声に、森を見つけたことへの喜びがはっきり乗っていたからだ。


 キュウはその横から鼻を伸ばし、湿った空気を何度も吸い込んだ。今にも降りたそうに一段先へ前脚を置くと、フレイが後ろから追いついて、その背の脇へ顔を差し込む。


「地下だよね、ここ! 外へ出たんじゃなくて、私たちずっと階段を下りてきたんだよね!」


「そうだな。壁の外に森があるんじゃない。洞窟の中に、あれが丸ごと入ってる」


 ティルダは一番太い幹を見つけるなり、拳を開いたり閉じたりしていた。触って硬さを確かめたくて仕方がないのだろう。


「見てよ、あの幹! あれだけ太いなら、丸太一本で何でも作れそうじゃん!」


「姉ちゃん、その前に根を見てよ。岩の継ぎ目じゃなくて、最初から土が続いてるんだよ!」


 姉妹の声が重なった時、エイルが奥の黒い地面を指した。太い根をまたぐように大きな足跡がいくつも続き、見えないところから水が跳ねる音がした。


「何かいるな。足跡は新しいし、あの奥までずっと続いてる」


 レオンは片手でキュウの首を押さえ、湿った森へ下りようとするのを止めた。今日はここへ来る支度をしていないのに、見つけたばかりの第三層からこれほど多くの木と水と魔物の気配が届くとは、レオンも思わなかった。


「今日はここまでだ。白魔鋼と枝を持って帰ろう。明日は三層に入るための道具を揃えて来るぞ」


「うん、明日なら私もちゃんと用意してくる。こんな大きな森、入口だけで終わりにしたくないよ!」


 フレイが言うと、ティルダは早くも幹の太さを両腕で測るまねをした。ベラは今日ずっと重弩を背負っていたフレイを見やり、帰ったら腹いっぱい食べさせると笑った。


 エイルは最後まで森から目を離さず、青白い光の向こうで大きな枝が揺れると、その方向を追って身を乗り出し、聞き慣れない葉擦れの音へ耳を澄ませていた。


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