工匠は自分の戦い方を作ります
工房に一人しかいない朝は、いつもより槌の音が軽かった。フレイが戸棚の蝶番へ釘を打つたび、乾いた音だけが壁へ返ってくる。普段なら、その途中へ姉の金槌が割り込み、鉄を打つ高い音が重なって工房じゅうを騒がしくするのに、今日は炉にも火が入っていなかった。
姉ちゃんは今ごろ、一層を抜けている頃だろうか。
頭に浮かんだティルダは、戦槌を肩へ担いで笑っていた。昨日までなら工房で隣にいたはずなのに、今日はレオンたちと地下へ潜り、フレイの知らない場所で魔物と戦っている。
フレイは打ち込んだ釘を見て、曲がってもいないのにいったん抜いた。穴を木片で埋め直してから、新しい釘を真っ直ぐ打ち込む。
戸棚はこれで直り、次は水場の踏み板、その次は馬房の戸車を直す予定だった。どれも洞窟の暮らしには必要で、フレイがやれば早く終わる仕事でもある。
それなのに、今日は「役に立っている」と分かっても気分が晴れなかった。
「次は私も行くって言ったんだから、何か持っていかないと格好つかないよね」
誰もいない工房で口にすると、自分への言い訳みたいに聞こえて腹が立った。
姉ちゃんがいない今日の工房は、やっぱりつまらなかった。それだけなら、夕方に帰ってくれば済むはずだった。けれど今朝、自分だけが石扉の外へ残ったことを思い出すと、また腹が立つ。
何に腹を立てているのかまで考えると、急に分からなくなった。フレイはそこで考えるのをやめ、工具棚へ向かった。自分の気持ちを言葉にするより、手を動かしている方がずっと得意だった。
壁際には、馬房の戸車を直すために出しておいた滑車と、荷を締める歯止め付きの巻き具が置いてある。腕だけでは動かしにくい戸板でも、縄を回せば持ち上がる。強い力を人間が抱え続けなくても、仕組みに預ければいい。
フレイは巻き具を作業台へ載せ、歯止めを押して一度回した。金具が深く噛み合い、戻ろうとする力をきちんと受け止める。
弩の形が脳裏に浮かぶと、さっきまで姉のことばかり考えていた頭が、支点と留め爪の位置でいっぱいになった。
「これなら、私でも馬鹿みたいに強い弓を引けるじゃん。だったら姉ちゃんの槌に負けないくらいのを作ればいい」
フレイは勢いのまま作業台の紙束を引き寄せ、炭筆で長い胴を描いた。普通の弓ではなく、台へ弓材を固定して太い矢を撃つ弩なら、引く力をレバーと歯止めへ逃がせる。自分が姉のように前を走り回って射る必要もなく、ティルダが敵を止めるなら、その後ろから狙えばいい。
描いては消し、弦を掛ける爪の位置をずらし、レバーの支点を書き直す。最初は一本撃つだけの形だったものへ、次の矢を載せる溝が増え、その上へ細長い箱まで生えた。
気づけば、戸棚の次に直すはずだった踏み板のことなど頭から消えていた。
しばらくすると、食堂の方からロアンの呼ぶ声が工房まで飛んできた。
「フレイ、昼飯が並んでるけど、そのまま作ってたら本当に冷めるよ!」
「分かってるけど、今ここを止めると仕組みごと忘れそうだから、もうちょっと待って!」
「その返事までティルダと同じだから、双子って本当に面白いよね!」
「そこまで一緒にしないでよ、姉ちゃんより私はちゃんとしてるからね!」
言い返しながら線を一本足し、そこでようやく炭筆を止めた。紙の上には、まだ不格好ながら、フレイが地下へ持っていくための武器が形を持ち始めていた。
◇
昼飯を腹へ詰め込んだあと、フレイは水場の踏み板と馬房の戸車を片づけ、そのまま工房へ籠もった。
長い木材へ真っ直ぐ溝を削り、粘りのある弓材を先端へ仮留めする。側面へレバーを通し、歯止めを組み込んで弦を引かせると、最初の一回は金具が途中で噛んで動かなくなった。
「そこまで意地張るなら、こっちだって削ってやるから覚悟しなよ」
機械相手に文句を言いながら分解し、噛んだ角を鑢で落とす。二度目は最後まで引けたが、留め爪が浅くて弦の力に負けた。フレイは爪を厚くして受け側も深く掘り直し、強い弦を受け止める形へ作り替えた。
失敗するたびに腹は立ったが、噛んだ角を削り、浅い爪を作り直して機構が動くようになる方が、ずっと楽しかった。
夕方近くまで夢中で削っていると、窪地の入口側からキュウの鳴き声が響いた。フレイは鑢を作業台へ置き、工房から飛び出した。
石扉の方から戻ってきた姉は、朝とは別人みたいに汚れていた。戦槌には黒い粉がこびりつき、赤銅色の髪にも灰色の骨粉が絡んでいる。レオンの革鎧には新しい裂け目があり、ベラの外套も裾まで埃を被っていた。
「姉ちゃん、その汚れ方なら二層まで行ったんでしょ。早く何がいたか教えてよ!」
「ただいまを言う前からそれなの? 二層まで行ったけど、先に洗わせてよ。このまま食堂へ入ったらベラに本気で追い出されるから」
「もう洗い場へ直行してもらうよ。今日の骨粉を厨房まで持ってきたら、夕飯抜きでも文句は聞かないからね」
ベラが言いながら自分の袖を叩くと、白っぽい粉がぱっと舞った。
フレイは笑いながら姉の戦槌を受け取り、その重さを両手で受け止めた。朝から自分が作っていた弩より、やはりずっと重い。
朝から作っている弩がこの槌より軽いと分かると、それだけで嬉しくなった。フレイは姉の戦槌を抱えたまま、足早に洗い場へ向かった。
◇
夕食の長卓へ全員が揃う頃には、探索組もようやく人間らしい色へ戻っていた。
フレイは煮込みを食べる匙より先に、ティルダが長卓へ置いた白銀色の金属片へ手を出した。古い胸甲から外したものだというのに錆はほとんどなく、灯りを受けると青みを帯びて光る。
「《白魔鋼》だってさ。普通の鋼より軽くて、魔力も通しやすいらしいよ」
「軽いのに硬いし、こんなに古くても腐ってないじゃん。姉ちゃん、これ絶対いろいろ作れるよ!」
「だから持って帰ってきたんでしょ。胸甲も剣も宝珠に入ってるから、あとで全部ばらそうよ」
姉妹で金属片を取り合っている横から、レオンが革袋を開いた。中から出てきたのは、親指の爪より大きな赤いルビーだった。
「こっちは《素材鑑定》で火の性質が強いところまで出た。リュネにも見てもらったが、魔力を通せば火へ寄せられるらしい」
「白魔鋼で魔力を通して、その先にこの石を置いたら、武器へ火を乗せられるってこと?」
「仕組みを作れるなら、たぶんできる。石そのものが勝手に燃えるわけじゃないから、流し方は考えた方がいいけどね」
リュネの説明を聞きながら、フレイの頭には朝から作っている弩が浮かんだ。レバー、引き金、射出溝、その横へ白魔鋼を通し、途中にこの石を置く。
弩へ組み込みたい仕掛けが頭の中で一気に増え、食事中なのに指までむずむずしてきた。
しかし、今日一番聞きたかった話はまだ残っている。
「それで二層の階層主は倒したの? 姉ちゃんがこんな材料を持って帰ってきたなら、そこまでは行ったんでしょ」
「本体だけなら三回倒したよ。でも、あれは本体を倒して終わりじゃなかった」
ティルダが匙を置き、長卓の上へ指で四つの点を作った。
「部屋に青い灯が四つあって、本体を倒すと明るくなるんだよ。灯の中の黒い芯を壊せば消えるんだけど、全部消す前に最初の灯が戻ると、墓守まで作り直される」
エイルが四点のうち手前二つを指で示し、そこから奥の二点へ指を移した。
「手前は俺の弓で届く。奥の二つは高い位置にあって、そのうえ鉄格子が邪魔してる。ティルダが槌を投げて一つの格子を曲げ、そこから芯を射抜くところまではできた」
「最後は十七まで数えたところで、先に消した灯が戻った。今のやり方だと、残り一つへ届く前に間に合わなくなる」
レオンの説明を聞いて、フレイは卓上の四点を見た。
手前二つはエイルが撃てるが、奥は格子が邪魔をして、姉の槌で二つ続けて曲げるには時間が掛かる。
朝から作っている弩の形へ、四つの灯が重なった。
「エイルが手前を撃つなら、奥を別の人が続けて撃てればいいんでしょ。格子ごと芯まで撃ち抜けるくらい強いやつで」
「それができれば、試す価値はある。本体を倒すところまではもう問題ないからな」
レオンの答えを聞いた瞬間、フレイは椅子から立ち上がった。
「朝から作ってるのがあるから、ちょっと待ってて。今なら四つ撃てる形に変えた方が絶対面白い!」
「フレイ、せめて煮込みを飲み込んでから走りなよ。私まで食事中に工房へ行きたくなるじゃん!」
「姉ちゃんは来なくていいから、ちゃんと三杯目を食べて待っててよ!」
フレイは工房から作りかけの弩を抱えて戻り、長卓へ横たえた。
まだ弦も仮留めで、胴も太く削りきれておらず、武器と呼ぶには早い木と金具の塊だった。それでもエイルは形を見るなり用途を言い当てた。
「普通の弓よりずっと強く張って、レバーで引く弩にするつもりか」
「そう。私は仕組みで強い矢を撃つ。姉ちゃんが前で敵を止めてくれるなら、後ろから狙う方が私には合ってるでしょ」
ティルダが上から覗き込み、胴の上に仮置きされた細長い箱を指で叩いた。
「ここに矢を入れるなら、二本じゃ少なくない? 一発外したらすぐ空じゃん。四本くらい入れようよ」
「四本にしたら重くなるし、最初は二本で動かすつもりだったんだけど」
「フレイなら持てるでしょ。私の槌より軽いから地下まで運べるって」
「姉ちゃんを重さの基準にするの、本当にやめてほしいんだけど!」
言い返しながら持ち上げてみると、弓材を強くして金具を増やしても、四本分の太矢ならまだ持てそうだった。
腹が立つことに、持ち上げた感触は姉の言う通りだと認めるしかなかった。
「じゃあ四本にする。でも一本ずつ詰め直すのは嫌だから、箱ごと外して交換できるようにするよ」
「それなら予備の箱も何個か作れるじゃん。空になったら丸ごと替えれば早いね」
「姉ちゃん、そういう時だけ話が早いのずるいよね。もう予備まで作りたくなってきたじゃん」
ティルダが楽しそうに笑ったので、フレイも笑い返した。
自分で作った武器を持って、姉と同じ地下へ行く。その場面を思い浮かべると、次に直したいところが次々に出てきて、フレイは笑いながら弩を抱え直した。
◇
そこからの五日間、フレイは朝から晩まで重弩と付き合った。
四本入りの矢箱は、最初の試作品では二発目が斜めに落ちて射出溝へ噛んだ。箱の底を一段ずつ送る爪を作り直し、四本を撃ち切ったら横の板ばねを押して丸ごと抜ける形へ変えた。
強い弦を引くレバーは、支点をずらすだけで必要な腕力が大きく変わった。軽くしすぎれば動かす距離が増えて遅くなり、短くすれば今度はフレイの腕では重い。その境目を探して削る作業は面倒だったが、答えが数字ではなく手の感触で返ってくるのが面白かった。
白魔鋼とルビーは、普通の矢へまで火を乗せないよう別の引き金へ分けた。手前の鉄製引き金なら弦だけが外れ、奥の白魔鋼製引き金なら魔力がルビーを通って太矢の金具まで流れる。石は別の物へ替えられるよう、宝珠の着脱枠を応用した枠へ収めた。
金具が一つ思い通りに動くたび、フレイは次の朝にこの重弩を地下へ持ち込むところまで考えた。
そして重弩が矢を飛ばせる形になった日の朝、フレイはエイルを窪地の端まで引っ張っていった。
「完成したから、今度は撃ち方を教えて。弩そのものは私が直せるけど、狙って当てるところはエイルの方が何倍も上手いでしょ」
「弩を専門に使ったことはないが、狙いをつけて矢を当てるところは弓と共通する。まず止まった的で、毎回同じ位置へ構えられるか見よう」
エイルは三十歩ほど先へ厚板を立て、中央へ炭で円を描いた。
フレイは重弩を肩へ当て、後ろの溝と前の照準柱を重ねる。引き金を引くと、太矢は厚板を貫き、後ろへ置いた二枚目まで深く抉った。
「姉ちゃん、見たでしょ! その槌より遠くから、あれだけ穴を開けられるんだからね!」
「私の槌は板を二枚とも粉々にできるから、まだ私の方が強いと思うけど!」
「飛ばせない槌と飛ぶ矢を同じ勝負にするのおかしいでしょ!」
横で言い合う姉妹を放って、エイルは板へ近づいた。
「威力なら厚板を二枚抜けてる。今の四本は全部右へ寄ってるから、照準器を直せばもっと中央へ集まるはずだ」
フレイも結果が気になって、重弩を抱えたまま板の穴を見に走った。確かに四本とも円の右側へ固まっていて、ばらばらには散っていない。
「こういう場合は私の構えより、照準器の位置が問題か…」
「そうだ。次は動かすから、直したらまた持ってきてくれ」
当然のように「次」を言われて、フレイは思わずエイルの顔を見た。
エイルは重い弩を最初から地下へ持ち込む武器として扱い、次に必要な練習まで決めてくれた。フレイも戦う側の一人として話に入っている。
そう見てもらえたことが、フレイには思っていた以上に嬉しかった。
「じゃあ今日中に直すから、明日は逃げる的を用意してよ。次は一発目から当てるつもりだからね」
「一発目から当てるなら、俺も引く速さを上げる。作った武器に負けないくらい練習してこい」
「そういう言い方されたら、絶対当てたくなるじゃん。明日は朝から付き合ってもらうからね!」
工房へ戻る短い足が、来た時より明らかに速く動いていた。
◇
翌日、エイルは白い布を巻いた木片へ縄を結び、窪地を横切るように走った。
フレイの一発目は、動く的の後ろへ太矢を突き立てた。二発目は先を狙いすぎて外れ、三発目でようやく木片の端を弾いた。
「動いてる相手を後ろから追ったら遅れる。身体が傾いた方を見て、次に踏み込む先を狙え。照準へ入った時に撃て」
「今いるところじゃなくて、次に踏み込む先を狙うんだね。もう一回やってみるから、今度は途中で向きも変えて!」
エイルが縄を引き直して走り出すと、白布を巻いた木片が地面を跳ねながら斜めに走った。
フレイは的そのものを追い回さず、木片が進む先へ照準を合わせた。木片が照準へ飛び込んだ瞬間に引き金を引くと、太矢が中央を貫いて土まで引きずった。
「今のはちゃんと当たったよね。もう一回同じ速さでやっても当てられると思う!」
「当たった。でも次は、当てることより先に覚えてほしいことがある」
エイルが的を直そうとしたところへ、ティルダが自分の身体強化訓練を終えて歩いてきた。
フレイは重弩を構えたまま、姉が射線へ入った瞬間に引き金から指を外し、先端を土へ向けた。
「そう、それだ。今のは当てた時と同じくらい大事だから、味方が入ったら迷う前に撃つのをやめろ」
「こんなの姉ちゃんへ当てたら、鎧があっても穴が開くでしょ。そこは絶対に間違えたくないよ」
「なら今の動きを繰り返せばいい。フレイはもう武器を作る側だけじゃなく、撃つ側の責任も持つことになる」
命中を褒められた時より、その言葉の方が嬉しかった。重弩の扱いだけではなく、仲間と一緒に戦うためのことまで教えてもらえる。
フレイは返事をしながら、次の太矢へ手を伸ばした。
「分かった。だったら撃つ方も、姉ちゃんに文句言われないくらいちゃんと覚えるよ」
「私を基準にするなら、かなり上手くならないと追いつけないよ!」
「姉ちゃんは槌で撃たないでしょ。何でも自分の勝負に持っていかないでよ!」
言い返したフレイは笑いながら、次の太矢を射出溝へ送り込んだ。
次の試射では、姉が横切った時に迷わず弩を下げ、その次に動いた的だけを射抜いた。
エイルが「今の動きなら地下へ行っても戦える」とはっきり言った時、フレイは倒れた的より先に彼の方を見た。
自分でも理由は分からなかったが、もう一度同じ言葉を聞きたくなった。
◇
重弩へ組み込んだ魔力射撃を初めて試したのは、その日の午後だった。
畑や果樹から離れた土壁の前へ厚板を立て、水桶まで用意すると、工房仕事をしていたティルダだけでなく、ミラやベラやリュネまで見に来た。
「みんな集まると失敗した時に恥ずかしいんだけど、燃えたら危ないから誰かいてくれた方が助かるんだよね」
「失敗しても直せばいいじゃん。私はむしろ最初から燃えた方が面白いと思ってるよ!」
「姉ちゃんは燃えるところしか期待してないでしょ。私はちゃんと武器として完成させたいの!」
フレイは重弩へ四本入りの矢箱を差し、最初は鉄製の引き金で普通の太矢を撃った。放たれた矢は照準の円へ入り、そのまま厚板を勢いよく貫いた。
次にレバーを戻して二本目を送り、奥の白魔鋼製引き金へ指を掛けた。
奥の引き金へ魔力を流すと、側面に収めたルビーが赤く輝いた。白魔鋼を通った熱が太矢の根元へ届き、矢軸へ橙色の炎が巻きつく。
「ちゃんと矢まで火が来たよ。これなら狙ったところへ火を持っていける!」
「そのまま撃ってみな。板の後ろは土なんだから、燃えても私が消せるよ」
ベラの声を受けたフレイは照準をもう一度確かめ、そのまま奥の引き金を引いた。
炎をまとった太矢が厚板を貫き、穴の縁から一気に火が走った。乾いた木目へ炎が広がり、拳ほどの火が立ち上がる。
「姉ちゃん、今の見たでしょ! ちゃんと飛んだまま火まで持っていったからね!」
「見た見た、それ地下で撃つの絶対楽しいやつじゃん! 白魔鋼もっと使って威力上げようよ!」
「いきなり改造案を足さないでよ。今できたばっかりなんだから!」
姉妹が騒ぐ横で、リュネはルビーを外して表面を確かめ、ベラは燃え方を見ていた。
エイルだけは燃えた板の穴へ近づき、普通の矢との位置の違いを指した。
「普通の矢より左へ寄ってる。魔力を流す時だけ、手首が伸びて構えが変わってるんじゃないか」
フレイは重弩を持ち直し、奥の引き金へ指を掛けた。
確かに奥の引き金は鉄の引き金より遠く、魔力を流すことに気を取られて指を伸ばしたぶんだけ、握りまでずれていた。
「そこまで見てたの? じゃあ引き金を近づければ、普通の矢と同じ構えで撃てるよね」
「引き金を近づけられるなら、その方が構えを崩さず撃てる。直したあとで同じ的へ撃てば、違いも分かる」
「分かった。今日中に直して、明日の最初にまた見てもらうから覚えててね!」
言ってから、フレイは燃えた板よりエイルの返事を待っている自分に気づいた。
「覚えてる。朝なら昨日と同じ場所を空けておく」
それを聞いた途端、引き金を近づける方法はもう決まっているのに、工房へ戻るのがさらに楽しみになった。
理由を考える時間があるなら、引き金を直した方がよかった。
◇
五日目の夕方には、重弩は最初に紙へ描いたものよりずっと物騒な形になっていた。
重弩には太い胴と強い弓材、レバー式の巻き上げ、着脱式の四本入り矢箱三つを組み込んである。通常射撃と魔力射撃を分けた二つの引き金があり、側面の宝石枠には火属性のルビーが収まっている。
フレイは窪地を横切る木片へ二発続けて当てたあと、ティルダが射線へ入った三発目だけは迷わず下ろした。姉が抜けた瞬間、レバーを戻して次弾を送り、四発目で的の中央を貫いた。
「今のなら地下でも使える。止まった相手だけじゃなく、動く相手が踏み込む先を狙えてるし、味方が射線へ入った時も引き金から指を外せてる」
エイルがそう言うと、フレイは重弩を抱えたまま胸を張った。
「じゃあ明日は一緒に行っても大丈夫ってことだよね。ここまで作って練習して、留守番はさすがに納得しないからね!」
「最後に決めるのはレオンだが、後ろから撃つ役なら地下で一緒に戦える。俺が保証する」
そう言われたフレイは、重弩を抱えたまますぐレオンを探しに走った。
ちょうど二層から戻ってきたところで、レオンは洗い場の前で職業札を手にしていた。札には《身体強化 Lv1》が新しく刻まれ、横ではベラも《炉縁火 Lv2》へ上がった札をミラへ見せている。
普段なら新しい技能の話へ真っ先に割り込むところだったが、今日のフレイにはそれより先に聞きたいことがあった。
「レオン、重弩はもう動く相手にも当てられるし、味方が射線へ入ったら撃たない練習もしたよ。エイルも地下で一緒に戦えるって言ってる。明日、私も二層へ連れていって!」
レオンは重弩と、その後ろに立つエイルを見比べた。
「墓守の奥二灯を狙うなら、ちょうど試したい手だ。明日はティルダの後ろへ入って、エイルの指示を聞けるなら一緒に来い」
「聞けるし、姉ちゃんの背中だって絶対撃たないよ。明日は最初から私も行くつもりで準備するからね!」
返事をした瞬間、フレイは自分でも驚くほど大きく笑っていた。明日の朝を思い浮かべると、真っ先に出てきたのは戦槌を担いだ姉の背中だった。
◇
翌朝、フレイは軽い革鎧の上から重弩の太い肩紐を掛け、背中側の革帯へ予備の矢箱を二つ留めた。
肩へ掛けた重弩は昨日までと同じ重さなのに、今日はその重さまで誇らしかった。作った武器を試す日ではなく、その武器を持って自分が地下へ入る日だった。
石扉の前には、レオン、キュウ、エイル、ベラがすでに揃っている。
そしてティルダは、いつものように戦槌を肩へ担いでフレイの隣に立っていた。
「フレイ、その重さで本当に平気? 途中で持てなくなったら私が弩まで担ぐことになるんだけど」
「姉ちゃんに持たせたら、そのまま槌みたいに殴りそうだから絶対渡さないよ。私は後ろから撃つんだから、射線だけちゃんと空けてね!」
「そこは空けるって。今日は私が前で止めるから、フレイは後ろから思いきり撃ちなよ」
昨日まで、石扉が閉まれば姉の背中は見えなくなった。今日は自分の肩にも武器があり、同じ扉の前へ二人で並んでいる。
ずっと胸に引っ掛かっていたものが何だったのか、全部はまだ分からない。だが、姉と一緒にこの扉をくぐれるのが嬉しいことだけは、はっきりと分かった。
ティルダがフレイの顔を覗き込み、戦槌を肩の上で持ち直した。
「フレイ、さっきからずっと笑ってるけど、そんなにその弩を撃ちたいの?」
「それもあるけど、やっぱり姉ちゃんと一緒に地下へ行けるのが、めちゃくちゃ楽しい!」




