炉還りは倒しても終わらない敵と戦います
昨日、早く朝になればいいと考えたせいか、レオンはいつもより早く目が覚めた。朝食を済ませて装備を整えたあとも気持ちは変わらず、地下へ続く石扉の前まで来ると、腰の青魔鉄の剣へ触れるより先に足元の石床を確かめていた。
「昨日の身体強化、今日は本物相手で試すぞ。窪地の土じゃなく、剣の間合いがどれだけ変わるか見てみたい」
隣で弓の弦を確かめていたエイルは、レオンの足から腰、肩まで順に眺めると、弓弦を指で鳴らして楽しそうに笑った。
「それなら踏み込む距離を気にしろ。昨日の一歩が戦いでどこまで使えるかが大切だ」
ベラも外套の内側から《魔力増幅の短杖》を抜き、新しい革紐を巻いた柄を掌の中で一度転がした。
「あたしも今日はこいつを使うよ。昨日は火を小さくするだけで終わったけど、地下なら何体まとめて焼けるかまで試したいからね」
「それなら広い場所まで我慢してくれ。俺まで一緒に焼かれたら、せっかくの新しい剣を試す暇がなくなる」
「誰が味方ごと焼くんだい。ちゃんと場所を選ぶために昨日あれだけ練習したんだよ」
ティルダは戦槌を肩へ担いだまま石扉へ両手を掛け、待ちきれないという顔で三人を振り返った。
「その話、中で続ければいいじゃん。二層まで行くんだから、一層の入口で朝から立ち話してたらもったいないよ」
足元ではキュウも喉を鳴らして扉へ鼻先を向けており、レオンが笑って肩を並べると、四人と一頭で重い石扉を押し開けた。冷たい空気が足元から流れ出し、その向こうに続く暗い通路を見た瞬間、レオンの胸には昨日よりはっきりした高揚が湧いた。
◇
第一層の階層主《氷殻大蜥蜴》は、以前と同じ広間の中央で青白い殻を軋ませながら頭を持ち上げた。最初に戦ったときは、あの殻へ刃を通すだけで位置を変え、火で焼き、キュウに正面を引きつけてもらいながら何度も攻め直した相手だった。
ところが今回は、レオンが何か指示を出すより先にキュウが床を蹴り、開いた顎の正面へ自分から飛び込んでいった。
「キュウ、そのまま右へ抜けろ。ティルダが前脚を叩けるように空けてくれ!」
噛みつきが閉じる寸前にキュウは身体を横へ投げ、すれ違いざまに太くなった尾を前脚へ叩きつけた。巨体の重心が崩れたところへティルダの戦槌が同じ脚を正確に捉え、青白い氷殻が鈍い破裂音とともに大きく割れた。
「これ、前よりずっと楽に割れるよ。新しい槌がいいのもあるけど、キュウが崩してくれると狙いやすい!」
「だったらもう一枚も剥がそう。エイル、割れ目へ一本入れて首をこっちから外してくれ!」
エイルの矢が割れた殻の隙間へ深く刺さると、大蜥蜴は首をそちらへ振って弓手を探した。その瞬間を待っていたベラが石床へ左手を向け、短杖へ流す魔力を意識して抑えながら炎を呼び出した。
「《分炉》から《炉縁火》へつなぐよ。キュウもティルダも、その位置なら動かなくていい!」
橙色の炎は石床を走りながら二筋へ分かれ、キュウの脇腹とティルダの足元を避けて割れた氷殻を狙って巻きついた。蒸気が一気に噴き上がり、白く曇った視界の向こうで殻の縁が溶けるように痩せると、肩から背へかけて大きな塊が滑り落ち、その下から赤い肉が露出した。
「そこで止めるよ。氷だけ剥がせたなら十分だし、中の肉まで焼いたら持って帰る楽しみが減るからね」
「階層主と戦いながら晩飯の心配までできるなら、前より余裕があるってことだな」
「食べるところまで含めて獲物なんだから、そこを忘れる方がもったいないだろ」
大蜥蜴が怒ったように咆哮してレオンへ頭を振ったが、露出した肩肉までの道筋はもう見えていた。レオンは最初の一歩を普通に踏み込み、剣先を殻の切れ目へ滑り込ませると、以前は何度も弾かれた刃が抵抗を押し切って肉まで深く届いた。
キュウが首へ体当たりし、ティルダが反対側の脚を叩き、エイルの二本目が眼窩の脇へ刺さったところで、レオンは剣を引き抜いた。首の付け根まではあと一歩あれば届き、昨日ならその先にあったのは窪地の土だけだったが、今日は本物の魔物が待っていると思うだけで、試してみたい気持ちが勝手に身体を前へ押した。
右脚と腰へ魔力を流して床を蹴ると、身体は予想していたより鋭く前へ滑り、狙った場所より半歩も深く大蜥蜴の懐へ入った。牙の生えた頭が思った以上に近くまで迫ったため、レオンは笑う余裕もなく剣を振り抜いたが、昨日の失敗と違って肩までは固まっておらず、青魔鉄の刃は首の殻を割って肉へ深く食い込んだ。
「今のは速すぎた。次は半分でいいけど、この一歩が使えるなら剣の届く場所が丸ごと変わるぞ!」
倒れた大蜥蜴から離れながら言うと、エイルは驚いた顔を隠さず、床へ残った深い靴跡とレオンの足を交互に見た。
「距離は外したけど、肩は動いてたし剣も振れてた。昨日よりずっとましだし、あれを狙って止められたら本当に速くなる」
「次はそれをやる。失敗しても面白いって思えるのは、今の相手をちゃんと倒せたからだろうな」
ティルダも倒れた大蜥蜴の殻を槌で軽く叩き、ひびの入り方を確かめながら機嫌よく笑った。
「こっちも前と全然違うよ。最初は殻を割るだけで大仕事だったのに、今日はみんなで一回ずつ殴ったらもう終わってる」
レオンは《空間収納宝珠》を取り出して大蜥蜴の死体へ触れ、魔力を流して巨体を丸ごと収納した。広間には血と割れた氷殻だけが残り、これだけ大きな獲物を解体せず持ち帰れる便利さまで加わったことで、今日は一層の階層主を倒したというより、二層へ持っていく新しい手札を一つずつ確かめた気分だった。
「宝箱はやっぱり出ないみたいだな。それでも肉も皮も魔石も丸ごと持ち帰れるなら十分だし、本番はここからだ」
初回撃破のときに現れた宝箱がないことを確かめると、誰も立ち止まらずそのまま第二層へ続く階段へ向かった。
◇
二層へ下りる階段の途中から、湿った土ではなく、古い石室を長く閉め切ったような乾いた埃と金属の匂いが強くなった。先頭のキュウが低く鼻を鳴らし、その後ろでレオンとティルダが武器を構え、エイルは一段高い位置を取りながら弓を持ち、ベラは短杖を握ったまま最後尾を歩いた。
最初に現れた骨兵三体は、以前来たときと同じように黄ばんだ骨へ錆びた胸当てを着け、欠けた剣と槍を持っていた。けれど三体が武器を上げるより早く、ティルダは槍持ちへ踏み込み、キュウは残る二体の間へ割って入っていた。
「槍持ちは私が潰すから、キュウは右を倒して。左はレオンがそのままやれるよ!」
突き出された槍をティルダが戦槌の柄で外へ流し、その勢いのまま胸骨へ横殴りを入れると、骨兵は胸当てごと壁へ吹き飛んだ。キュウが右の骨兵の膝を払ったところへエイルの矢が頭蓋を貫き、最後の剣持ちはレオンが錆びた刃を受け流して胸骨の中央を突くと、そのまま背中から石床へ崩れた。
「前に来たときは三体でも一度止まって相手を決めたのに、今日は勝手に分かれて終わったね。こっちの方がずっと早いよ」
ベラに言われてから、レオンもようやく同じことに気づいた。昨日まで新しい仲間や道具が増えたことばかり考えていたが、実際に並んで戦えば、一人ずつ何ができるかを説明しなくても互いの位置が自然に決まっている。
「だったら二層ではもっと試せるな。錆びた武具は使えそうなやつだけ拾って先へ行こう」
形の残った槍穂だけを宝珠へ入れて通路を進むと、曲がり角の向こうから骨兵とは違う低い唸り声が重なって聞こえてきた。エイルが耳を澄ませるより先にキュウの背中の鱗が立ち、三匹の屍犬が黒ずんだ毛皮を揺らしながら一気に飛び出してきた。
一匹目はキュウが正面から押さえ、二匹目が壁際を回ってベラへ向かったところで、ベラは短杖を振り下ろさず、床へ細く絞った炎を走らせた。火を嫌って屍犬の前脚が止まった瞬間、ティルダの槌が横から頭蓋を叩き割り、二人は顔を見合わせて同時に笑った。
「昨日あれだけ小さい火を作った甲斐があったね。今のなら通路でも味方を焼かずに止められるよ!」
「しかも止まったところを私が殴れるじゃん。ベラ、その火なら狭い場所でもかなり使えるよ!」
三匹目がレオンへ跳んだとき、十分な距離があるように見えたため、レオンは今度こそ身体強化を合わせられると右脚へ魔力を流した。ところが屍犬の速さまで計算へ入れておらず、身体だけが剣より先へ出た瞬間には両者の間合いが一気に潰れ、牙を避けて身体を捻った脇腹へ前脚の爪が走った。
革鎧の継ぎ目が裂けて熱い痛みが広がったが、レオンはそのまま肩をぶつけて屍犬を壁へ押しつけ、首へ刃を深く入れて骨を断った。倒したあとで脇腹へ触れると指先に血がつき、エイルが駆け寄るより先にレオン自身が苦笑した。
「今のは完全に俺が悪いな。自分の一歩しか見えてなくて、向こうも走ってくる分を忘れてた」
「分かってるなら次は直せる。傷を見せてくれ、深くないならここで止まるほどじゃないはずだ」
革鎧の裂け目を開くと、爪は皮膚を長く掠めていたものの深くは入っていなかった。レオンはリュネから渡された小瓶の蓋を外し、淡い緑色の軟膏を傷へ塗ると、冷たさのあとから熱が集まり、流れていた血が止まって裂けた皮膚の縁まで目に見えて寄っていった。
「おい、もう血が止まったぞ。リュネの薬、森で使ってた頃より明らかに効き方が強くなってないか?」
「帰ったら本人に言ってやりな。あの子、効いたって聞いたら喜ぶより先に何をどれだけ使ったか聞くだろうけどね」
「それでもこれは自慢していいだろ。傷を作った俺が言うと格好はつかないが、地下へ持ってきて正解だった」
痛みは残っていたものの剣を振るには支障がなく、レオンは小瓶をしまうと、今度は屍犬が走る距離まで含めて間合いを考えることにした。失敗して血まで出したのに気分が沈まなかったのは、原因が分かり、手元にはすぐ使える薬があり、その失敗さえ次に工夫する材料へ変わっていたからだろうか。
◇
二層の奥へ進むにつれて骨兵や屍犬だけでなく、壁の窪みから腕だけ異様に長い骸骨まで這い出すようになったが、四人とキュウが足止めされる相手はいなかった。狭い通路ではキュウが前へ出すぎず、ティルダは槌を振れる幅を先に取り、ベラは火を絞り、エイルは後ろから射線を選ぶため、戦うたびに隊列の動きが滑らかになっていった。
やがて通路が急に広がり、折れた柱の並ぶ石室へ出ると、向こう側の出口までの間に骨兵四体と屍犬二匹が散らばり、壁際では長い腕を持つ骸骨まで床から起き上がりかけていた。キュウが飛び込もうと身体を沈めた瞬間、ベラが短杖を上げて広い石室をぐるりと見渡した。
「ここなら味方を巻き込まずに全部まとめられるよ。せっかく短杖を持ってきたんだから、一回くらい本気でやらせておくれ」
「聞いたな、キュウ。俺たちは入口まで戻るぞ。ティルダも今回はベラに全部持っていかせよう」
「全部はずるいけど、どれだけやれるか見たいから譲るよ。残ったやつだけ私がもらう!」
骨兵が剣を上げ、屍犬まで一斉に走り出したところで、ベラは昨日より明らかに少ない魔力を短杖へ流し、それでも口元を大きく上げたまま石室の中央へ杖先を向けた。
「昨日あれだけ抑える練習をしたんだ、今日はちゃんと役に立ってもらうよ。《爆炎》!」
橙色の火塊が石室の中央へ飛び込んだ直後、轟音と一緒に炎が大きく膨れ、最初の骨兵二体が輪郭ごと消えた。横から走っていた屍犬も爆風へ巻き込まれて床を転がり、残る骸骨まで壁へ叩きつけられると、乾いた骨片が石床を激しく跳ねながら広間の端まで散った。
熱気が入口まで押し寄せたためレオンは思わず外套の袖で顔を庇ったが、火が引いたあとに立っていたのは片腕を失った骨兵一体だけだった。ティルダが歓声を上げて走り込み、最後の胸骨を戦槌で粉々にすると、静かになった石室には焦げた匂いとベラの笑い声が残った。
「これで抑えたつもりなんだから、あたしも驚いてるよ。短杖一本でここまで変わるなら、広い場所では遠慮する方が損だね!」
「すごいな、それ。昨日は火を小さくする練習ばかりだったのに、今日は石室一つほとんど片づけたじゃないか」
「だから狭い通路では使わないよ。でも場所さえ選べば、今までよりずっと大きい火を安心して出せるって分かった」
ベラが短杖を撫でる横で、レオンも次の骨兵を相手に身体強化を試した。屍犬へ突っ込みすぎた失敗を思い出し、相手が踏み込んでくる距離まで先に見積もってから右脚と腰へ魔力を流すと、身体は普段より速く前へ出たのに、今度は狙った半歩手前で腰が止まり、肩を自由に残したまま剣を振ることができた。
「今のは狙った場所で止まったぞ。さっき血まで出した分、ちゃんと一回で取り返せた気がする」
「見てた。今の距離なら剣も振れてたし、身体だけ先へ行ってない。レオン、それを何度でも同じように出せるなら実戦で使える」
エイルがはっきり認めたことで、レオンは思わず剣を握り直した。昨日は土の上で一歩進むだけだったものが、今日は敵との間合いを自分で縮める技術になり始めており、失敗と成功を短い間に両方味わえたことまで含めて、もっと試したいという気持ちが強くなっていた。
倒した魔物から使える骨材、まだ刃の残った短剣まで宝珠へ入れていく途中で、ティルダが前方の石室を見たまま急に立ち止まった。そこにいた骨兵は一体だけだったが、錆びた茶色の胸当てではなく、古びても白銀の光を失わない胸甲をまとい、兜の額と胸元には赤い宝石まで嵌めていた。
「レオン、あれ普通の骨兵じゃないよね。鎧の色だけで、もう持って帰りたい感じがするんだけど!」
「《宝装骸兵》だと思う。遺跡や古い墓所でたまに出るし、名前どおり装備が当たりだから、売る側でも見つけたら嬉しいやつだ」
「だったら絶対壊しすぎないでよ。あの白い金属、近くで見たらたぶんもっと面白いから!」
欲しいものを見つけたティルダの声が一段上がった直後、宝装骸兵の兜の隙間へ青い火が灯り、普通の骨兵とは比べものにならない速さで踏み込んできた。振り下ろされた剣をティルダが戦槌の柄で受けると火花が飛び、その足が石床を滑って大きく下がった。
「こいつ重いし速いよ。でも鎧が欲しすぎるから、大切に倒したい!」
「大切に倒す? …胸を潰しすぎるなよ。キュウは左から押して、俺は剣を持ってる右腕を落とす!」
横から噛みついたキュウを宝装骸兵が左腕で押し返した瞬間、エイルの矢が肩関節へ刺さったが、矢じりは骨を欠いただけで胸甲の縁へ弾かれた。その硬さを見たティルダは怯むどころか目を輝かせ、胸甲を壊さないよう狙いを右肩へずらして戦槌を叩き込んだ。
骨兵の反撃より先に、レオンは剣先より半歩内側を狙って身体強化を使った。今度は狙った位置へ身体がぴたりと収まり、剣を振り上げると右肘の骨を断って剣ごと腕を落とし、そこへキュウの体当たりとティルダの槌が続いた。傾いた兜の隙間からエイルの矢が青い火を射抜くと、宝装骸兵は白銀の鎧を鳴らしながら膝から崩れた。
「今の踏み込み、ちゃんと剣先の内側で止まれた。これなら敵が速くても、自分から間合いを取りにいけるぞ」
「それも見たけど、今はこっちを先に見せて。こんな鎧を地下で拾えるなら、二層に来た甲斐がありすぎるよ!」
ティルダは待ちきれず胸甲へしゃがみ込み、へこんだ縁へ指を当てて《金属鑑定》を使った。結果を読み取った瞬間には顔つきがさらに明るくなり、白銀の板を両手で抱えるように持ち上げながらレオンたちへ見せた。
「やっぱり《白魔鋼》だよ! 鋼より軽くて魔力を通しやすいし、錆にも強い。こんな量が鎧の形で残ってるの、私は初めて見た!」
「そんなに珍しいなら胸甲だけじゃなく、兜も剣も全部持って帰ろう。宝珠があるんだから、重さを気にして捨てる理由もない」
「それができるの最高だね。前なら欲しくても重さで諦めたのに、今日は使えるかどうかだけ考えればいいんだ!」
レオンも胸元の赤い宝石へ手を伸ばし、《素材鑑定》を使うと、磨かれた表面へ白い文字が次々と浮かび上がった。
《上質ルビー》
《火属性適性――高》
《魔力偏向――火》
《加工適性――魔道具》
「こっちは火へ魔力を偏らせる上質ルビーだ。何へ組み込めるかまでは出てないが、魔道具向けなら短杖と同じくらい面白い使い道がありそうだな」
「白魔鋼と一緒に使われてたなら、飾りで付いてるだけじゃなさそうだね。帰ったら外して、どう繋がってたかまで分解したいよ」
レオンが宝装骸兵の鎧、兜、剣、ルビーをまとめて宝珠へ収納すると、ティルダは何もなくなった石床を惜しそうに見てから、すぐ次の通路へ顔を向けた。
「もう一体くらい出てくれないかな。普通の骨兵を十体倒すより、白魔鋼をもう一枚拾える方が絶対に楽しいよ!」
「欲しくなるのは分かるが、鎧の色ばかり見て曲がり角へ突っ込むなよ。見つけたら俺だって全部持ち帰りたい」
その返事が気に入ったのか、ティルダは笑いながら槌を担ぎ直し、それから先の石室へ入るたび、敵の数より先に鎧の色を探すようになった。
◇
第二層のさらに奥には、これまで見た通路より明らかに大きな石扉が立っており、その左右には青い火を模した浅い彫刻が四つ刻まれていた。扉の前まで来ると、エイルが耳を澄ませたまま眉を寄せ、分厚い石の向こうから何か重い物が床を擦る音を拾った。
「中にかなり大きいのがいる。斧か鎧か分からないけど、重い金属が石を擦る音まで聞こえてる」
「ここまで来て階層主を見ないで帰る気はないよ。白魔鋼まで拾えたんだし、次に何が出るかお目にかかりたいじゃん」
「俺も同じだ。勝てるかどうかはやってみればいいし、今日は二層の奥まで来るために潜ったんだから、扉くらい開けよう」
ティルダが笑い、ベラも短杖を握り直すと、キュウは前脚を低く構えて石扉へ鼻先を向けた。四人で扉を押し開けた先では、円形の石室を四つの青白い灯が照らし、中央に厚い板金を何枚も重ねたような胴鎧の巨体が立っていた。
左手の長盾は人一人を隠せるほど大きく、右手の長斧はレオンの剣より長い。四方の壁には床からかなり高い位置へ窪みがあり、手前二つには鎖で吊られた鉄籠、その奥二つには太い鉄格子が嵌められ、どの奥にも青い火が燃えていた。
《吊魂の墓守》
《第二層階層主》
《未討伐》
表示が消えるより早く墓守が長斧を持ち上げたため、キュウは正面へ飛び込み、刃ではなく柄へ肩をぶつけて斧の軌道を床へ逸らした。床石が割れるほどの一撃を見てもティルダは下がらず、空いた右膝へ槌を叩き込んで骨と金属を大きく軋ませた。
「この膝なら壊せるよ。キュウが引き付けてくれるなら、もう一発入れれば倒せそう!」
「俺は盾の反対へ回る。エイルは兜の隙間を狙って、ベラは背中が空いたら火を通してくれ!」
墓守が反撃の長盾を横薙ぎに振ると、ティルダは身を沈めて縁を頭上へ通し、その隙にエイルの矢が兜の隙間へ入って青い光の片方を消した。それでも墓守の動きが鈍らなかったため、レオンは盾の縁まで二歩と距離を決め、一歩目を普通に、二歩目だけ身体強化で踏み込んだ。
狙った場所へ身体が収まった瞬間、青魔鉄の刃を膝裏へ滑り込ませると、骨が一本断たれて墓守の巨体が大きく沈んだ。さっきまで失敗していた踏み込みが階層主相手でも思った位置へ決まったことが嬉しくて、レオンは攻撃の最中なのに口元が上がるのを止められなかった。
「今の距離なら狙って止まれたぞ。エイル、昨日教わったやつが本当に使えた!」
「見えてたから、喜ぶのは倒してからにしろ。今なら背中が空いてる、ベラが火を入れられる!」
ベラが《分炉》から《炉縁火》へつなぐと、橙色の炎はキュウとティルダの身体を避けながら墓守の背後へ回り、鎧の隙間から青い筋の走る背骨を狙って食いついた。骨が黒く焼けたところへキュウが胸へ飛びつき、仰向けに倒れた巨体へティルダの槌とレオンの剣が続き、最後には首の骨まで完全に断ち切った。
長斧が床へ落ち、鎧の中に残っていた青い光まで消えたため、レオンは最初からここまで綺麗に倒せたことに驚いた。第一層主の再討伐から続けて、新しい仲間と装備が敵に十分通用するのが分かり、二層の階層主までこのまま押し切れるのではないかという期待が一気に膨らんだ。
「思ったよりやれるじゃないか。あれだけ大きい盾と斧を持ってても、みんなで崩せばちゃんと倒せるぞ!」
「でも、なんか可笑しいよ。壁の灯がさっきより明るくなってる」
ベラの声に四方を見ると、青い灯が一斉に強く燃え、床へ散った骨の隙間から細い青光が伸び始めていた。折れた脚が鎧へ引き寄せられ、転がった首の骨まで元の位置へ戻る様子を見た瞬間、ティルダは驚いて声を上げながらも戦槌を構え直した。
「うそ、あれだけ壊したのに戻ってる! これ本体を倒すだけじゃ終わらないやつだよ!」
「あの仕掛けがいかにも怪しい。まずもう一回本体を落として、今度は壁の灯を全部調べるぞ!」
二度目は墓守の動きが分かっていたため、キュウが盾を引きつけ、ティルダが右膝を砕き、ベラが背骨へ《炉縁火》を通すところまで一気に進んだ。レオンは身体強化を使わず首を断ち、本体が崩れた瞬間には、エイルがすでに右手前の灯へ弓を向けていた。
「火そのものを射っても意味がないかもしれない。まず中心を一発撃ってみる!」
矢が青い炎の中心を貫いても灯は消えず、ベラが小さな火球を手前左へ当てても炎は揺れただけだった。代わりに熱で窪みの石縁が弾けて細かな破片が降り、ベラは腕で顔を庇いながら舌打ちした。
「火に火をぶつけても駄目か。だったら青い炎じゃない。その奥に何か壊す物がないかね」
「奥右の格子の中、黒い物が見える。私の槌で格子を曲げたら、エイルの矢を通せるかもしれない!」
ティルダは二歩下がって戦槌を両手で振り、奥右の鉄格子へ投げつけた。重い槌が回転しながら一本の格子を内側へ大きく曲げると、青い火の中心に黒い石のような芯が一瞬だけ露出し、エイルは待っていたようにその隙間へ矢を通した。
「見えた、その黒い芯を割る。ティルダは槌を拾って、次の格子も同じように開けられるか試してくれ!」
矢じりが黒い芯を砕くと奥右の青い灯が完全に消え、四人から同時に声が上がった。ところがティルダが槌を拾い、エイルが次の灯へ狙いを移す間に、消えたはずの奥右へ再び青い火が灯り、黒い芯まで元の形へ戻ってしまった。
「今の当たりだったのに、もう戻ったよ! 本体と同じで、灯も時間が経つと再生するんだ!」
「だったら四つを続けて消すしかない。再点灯まで何拍あるんだ…このままじゃ間に合わん!」
再生した墓守が立ち上がったため、三度目は倒すことそのものへ時間を使わなかった。キュウが盾を引き、ティルダが壊した右膝をまた狙い、ベラが背骨へ火を入れ、レオンが首を断つまでを四人で一気につなぐと、本体が崩れた瞬間にエイルが大声で数え始めた。
「ここから数えるぞ。手前二つは俺が連続で割るから、ティルダは奥右の格子だけ開けてくれ!」
最初の矢が右手前の芯を砕いた時点で一、左手前へ二本目を通した時点で四まで進み、ティルダが奥右の格子を曲げてエイルの三本目が黒い芯を射抜いたときには九まで数え終わっていた。三つの灯が消え、残る左奥だけが太い格子の向こうで青く燃えている。
「三つ消えたよ、あと一個だけ! この槌を拾ってもう一回投げれば、左奥まで届くはず!」
ティルダは床へ転がった槌へ走り、拾い上げて左奥へ向き直った。エイルの数は十から十四へ進み、墓守の指が鎧の中で動き始めた十五、十六の声を聞きながら、ティルダは戦槌を肩まで引いて投げる姿勢へ入った。
「十七まで来た、投げるなら今しかない。左奥の格子を開けてくれ!」
けれどティルダが腕を振り出すより一瞬早く、最初に消した右手前の灯へ青い火が戻った。黒い芯まで再生し、その光を合図に墓守の骨が再び鎧へ集まり始めると、四つ目の灯には槌すら届いていないことが誰の目にも分かった。
「くそ、あと一個なのに届かない! 本体は何度でも倒せるのに、四つ目だけが間に合わないのか!」
「手前二つは俺一人で割れるし、奥右も今のやり方で九までに消せる。問題は左奥へもう一発を、この短い時間でどう届かせるかだけだ」
エイルが悔しそうに言い切ると、ティルダも再生していく灯を睨みながら戦槌の柄を強く握った。ベラは短杖を構え直したものの、青い炎そのものへ火が効かないことはもう分かっており、キュウも高い格子を見上げて唸るしかなかった。
レオンは立ち上がり始めた墓守と四つの灯を見比べ、胸に残ったのが恐怖より悔しさだったことに気づいた。四つ目にさえ届けば勝てる距離がはっきり見えているせいで、扉の外へ退く判断と、もう一度試したい気持ちが同時に湧いていた。
「今日は帰るぞ。ただし負けたまま帰る気はない。本体は倒せるし、三つまでは時間内に消せるところまで分かったんだから、残り一つへ届く手を持ってくれば次は勝てる」
「それなら帰ったらすぐ考えようよ。白魔鋼も早く見たいし、私はあの四つ目を消さないまま終わる方がずっと気持ち悪い!」
「俺も同じだ。次に来たときは、あの青い灯を四つまとめて消して、今度こそ墓守が戻らないところまで見届けよう」
墓守が完全に立ち上がる前に四人とキュウは石扉の外へ下がり、最後にエイルが扉を押して閉じた。分厚い石の向こうから長斧が床を擦る音が響くなか、レオンが来た道へ向き直ると、ティルダは歩き始める前から奥左へどう届かせるかを話し、エイルも手前二灯を割る順番を語った。
レオンもその話へ加わり、四つ目へ届く方法を出し合いながら、四人とキュウは第二層の通路を戻り始めた。




