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帰り火の洞窟 ~役立たずと追放された少女、拾った洞窟を仲間たちの帰る場所にします~  作者: Rastarock
帰り火に集うもの

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43/86

炉還りは盗賊の根を断ちます

 最後の灌木を越えたところで、レオンは身体を伏せ、斜面の下へ広がる古い採石場を見渡した。岩山を半円形に削った跡がそのまま谷のように残り、西側は石屑の急斜面、東側には幅の広い搬出路と粗末な木柵、その先には門が見えている。


 底には石造りの小屋が三棟あり、あとから建て足したらしい木造の建物が二棟並んでいた。いちばん奥には傾いた木組みまで残っており、灰色頭巾が話していた古い巻き上げ台で間違いなさそうだった。


 場所が合っていると分かれば、次に見るのは人数と配置だった。門の近くに二人、石小屋の間に三人、焚き火のそばに三人、北側の低い建物の前にも一人いる。


「見えるだけで九人いる。話に聞いた人数には、まだ足りないな」


 すぐ横に伏せたエイルが長い耳をわずかに動かし、右奥の石小屋を指した。


「右奥にも二人いる。屋根の陰に座っていて、ここからは靴しか見えない」


 レオンが示された隙間へ目を凝らすと、岩壁との間から二人分の靴先が見えた。少し後ろで頬を地面へ近づけていたロアンも、しばらく音を拾ってから左側の石小屋へ顔を向ける。


「左の石小屋にも二人いそうだよ。一人は歩いていて、もう一人は、ときどき木の脚を床へ擦ってる」


「これで十三人は確認できた。外へ出ていた連中が戻っているなら、二十を越えていてもおかしくない」


 灰色頭巾は十五から二十と言っていたが、少なめに申告したのか、あれから人数が増えたのかは分からない。レオンは数を決め打ちせず、北側の低い石造りへ視線を移した。


 小さな窓が二つあり、どちらにも太い鉄格子がはまっている。エイルも同じ建物を見ており、身体こそ動かさなかったが、弓を握る指には力が入っていた。


「たぶん、あそこが牢だ。リュネがいるかだけでも確かめたい」


「俺も見たいが、もう少し待ってくれ。頭目と土術師を確認してからでないと、入ったところで挟まれる」


「分かった。ここまで来て失敗する方がまずいから、合図までは動かない」


 エイルは鉄格子から目を離さないまま、一度だけゆっくり息を吐いた。


 しばらく待つと、奥の石小屋から大柄な男が姿を現した。革の上へ鉄板を重ねた防具を着込み、右腕の厚い腕当てには赤い宝珠が埋め込まれている。その後ろには裾の長い茶色の上着を着た細身の男が続き、腰には革袋を提げていた。


 見覚えのある二人を前にして、レオンは顎の古傷を撫でる代わりに剣の位置を確かめた。


「大きい方が頭目で、右腕の赤い宝珠が《身体加速》だ。隣の細い男が土術師で、前に俺を襲った二人に間違いない」


 頭目が門の方へ何か叫ぶと、見張りはすぐ返事を返し、別の男が木柵の内側を走って荷を移し始めた。人数だけでなく指示も通っており、頭を潰すまで勝手に崩れてくれる相手ではない。


 偵察で必要なものはこれで見えたので、レオンは斜面へ身体を引き、来た跡を増やさないよう低い姿勢のまま岩陰まで戻った。


     ◇


 採石場から十分に距離を取った岩陰で、五人は地面を囲んだ。レオンは小石を並べて門、石小屋、牢、急斜面を作り、偵察で見た配置を一つずつ置いていく。


「東が正面門で、見張りもあちらへ厚い。俺たちは西の石屑斜面から入り、最初の二人を止めてから底へ下りる」


 エイルは西側を示す小石を指し、斜面の高低をなぞるように指先をゆっくり動かした。


「最初の二人は俺が射る。そのあとは上に残って、弩を持つ奴と土術師を優先する」


「それで頼むが、同じ場所から撃ち続けるな。向こうも弓手を放っておくほど鈍くはない」


「射る場所はもう三つ見つけた。追われたら斜面を使って移る」


 エイルは振り返らなかったが、さっき伏せていた尾根の形まで頭に入れているらしい。次の配置を決めるため、レオンはティルダへ目を向けた。


「前は俺とティルダで入る。降伏した相手や武器を捨てた相手は、出る前に決めた通り攻撃しない」


「そこは分かってるよ。向かってくる相手を止めればいいんでしょ」


 ティルダは槌の柄を握り直し、ベラは北側の牢を示す石を自分の指から少し離した。


「あたしは火で敵を分断するよ。牢と木造の建物には広げないし、中に誰がいるか分からない場所も焼かないよ」


「西側から回り込まれそうなら、そこを止めてくれ。通れなくできれば十分だ」


「燃やし尽くす仕事じゃないんだから、そのくらいの火に絞るよ」


 ロアンはリュートの肩紐を短くし、金具へ布を巻きながら斜面の方向を見た。


「僕は上に残って、全体の音が拾えるところから歌うよ。誰か上がってきたら場所を変える」


「演奏を続けるために刺されたら笑えないぞ。危なくなったら歌より先に退け」


「そこは安心していいよ。僕は痛い目に遭ってまで歌を守るほど、仕事熱心じゃないからね」


 ロアン自身も口元を上げたが、指はすぐ弦へ戻り、布を挟んだ金具が鳴らないことを確かめている。


 レオンは中央へ大きめの石を置き、前に自分を倒した頭目の位置と見立てた。


「頭目は俺がやる。《身体加速》は続けて三回使ったあと、少し間が空いた。土術師が残っていると、その時間を稼がれて前と同じ結果になる」


「なら土術師は早めに狙う。ただし射線がなければ、無理に撃たない」


「それでいい。届かなければティルダと俺が行く」


 ティルダは土術師を示す小石を眺め、槌の先で地面を軽く押した。


「邪魔なものは壊していいんだよね」


「人が通れるだけ開けば十分だ。採石場ごと壊す必要はないから、そこだけ頼む」


「じゃあ、通る分だけ壊す。そういう方が加減しやすいよ」


 役割を並べ終えたところで、レオンは地面の小石を手のひらで崩した。


「見えていない奴も含めて二十人以上いるつもりで行く。誰か一人で片づけようとせず、自分の仕事を切らすな」


 四人がそれぞれ頷いたあと、エイルだけは採石場の方角をもう一度見た。


「リュネが見えても、先に合図する。勝手に下へ降りることはしない」


「それでいい。妹を連れて帰るために、まず全員で中へ入るぞ」


 五人は立ち上がり、音を立てないよう装備の位置を最後に確かめた。


     ◇


 一本目の矢は、見張りが異変を声にするより先に届いた。西側の岩陰にいた男が喉元を押さえて石屑へ崩れ、もう一人が振り向いた時には、エイルは同じ場所から消えていた。


 斜面を横へ走った細い身体が岩棚へ片足を掛け、踏み切る直前だけ脚の動きが鋭くなる。両手を使ってよじ登る高さへ弓を持ったまま上がり、着地と同時に引き絞った弓から二本目が放たれた。


 矢を胸へ受けた男が倒れると、エイルの左手が上がった。合図を見たレオンとティルダは、足元の石を滑らせすぎないよう重心を落として斜面を下り始める。


 西側に柵がない理由は、降りてみればよく分かった。靴底の下で石屑が絶えずずれ、この急斜面そのものが壁として使われている。


 斜面の途中で三人目が二人に気づき、剣へ手を伸ばしながら怒鳴った。


「西から敵だ、全員出ろ! 門の見張りにも知らせろ!」


 レオンは下りの勢いを殺さず距離を詰め、剣を抜ききる前の腕を切った。落ちた武器を拾わせないようティルダが槌の柄で胸を押し返すと、男は足を取られて石屑の上を転がった。


 警報の音を境に、採石場全体が一斉に動き出した。吊るされた鉄板が激しく叩かれ、小屋の扉から武器を持った男たちが四人、六人と飛び出し、さらに奥からも続いてくる。


 背後ではベラが片手を突き出し、西の岩壁と石小屋の間だけを横切るように《爆炎》を走らせた。炎は石床を舐めて回り込もうとした男たちの足を止めたが、牢のある北側と木造の建物へは届いていない。


「火のない中央へ回れ! 西側に固まるな!」


 盗賊の一人が叫ぶと、仲間たちは炎を避けて中央へ流れた。ベラは追うように火を広げず、人が抜けにくい幅だけを残して北側から遠ざけている。


 斜面の上からは、戦場全体へ届くようにリュートの拍が降り始めた。《戦歌》で力そのものが急に増すわけではないが、一定の拍が耳へ残ることで、ティルダが槌を引く時にレオンが前へ出て、レオンが受ける間にティルダが横へ回れる。互いの顔を見なくても、二人の動きが同じ場所へ重なりにくかった。


「歌ってる奴を止めろ! 弩は上へ向けろ、二人は弓手を追え!」


 東側から頭目の声が飛ぶと、盗賊たちはすぐ役割を分けた。弩を持った二人が斜面へ向き、別の二人は岩壁沿いを走ってエイルの射点へ回り込もうとする。


「土で足止めする! その間に上を潰せ!」


 細身の土術師が両手を地面へ向けた途端、採石場の床が盛り上がり、土と石の壁がレオンたちの前へ一気にせり上がった。人の背丈まで伸びた壁に遮られ、頭目も土術師も視界から消える。


 ティルダは壁へ近づくと、表面を槌の先で一度叩き、こぼれた土と石粒を見た。


「固めてあるけど、中身は土と石だよ。これなら人が通る穴くらいは作れる」


「向こうが待っているから、開けた瞬間に離れろ。幅は一人分あれば足りる」


「分かった。三回くらいで開けるから、向こうを見てて」


 ティルダが腰を落として槌を振ると、一撃目で壁の中央へ亀裂が走り、鈍い音が採石場へ響いた。二撃目で亀裂が横へ伸び、三撃目には土と石が内側へ崩れて、人一人が通れる穴が開く。


 ティルダが身体を引くのと、穴の向こうで弩の先端が上がるのはほとんど同時だった。射手と目が合った距離は近すぎ、レオンが身をかわすより先に弦が鳴る。


 飛んできた太矢が胸へ届く寸前、金具に収まった銀灰色の《護風の宝珠》が光り、身体の前を横殴りの風が走った。矢は不自然な角度へ弾かれて背後の岩へ激突し、宝珠の光は役目を終えたように薄れていく。


 何が起きたかを理解するより先に、レオンは穴の向こうを見た。呆気に取られた弩兵が二本目へ手を伸ばしたところへ別の矢が飛び、肩を射抜かれた男は弩を取り落とす。


 斜面を見上げると、エイルはさっきの岩棚からすでに右へ移っていた。弩兵の仲間がそちらへ向き直るが、エイルは低く身体を沈めたまま石の段差を二つ走り、踏み切るたび脚へ力を集めるように高さを稼いでいく。


 追う二人との距離が詰まり始めても、エイルは逃げ続けなかった。次の岩棚へ着いたところで身体を止め、今度は脚ではなく背と肩へ力を集めたように弓を深く引く。


 エイルが狙ったのは、追いすがる二人の盗賊ではなかった。崩れた土壁の向こうでは、土術師が再び両手を地面へ向けている。


 放たれた矢は革の上着ごと土術師の胸へ深く刺さり、盛り上がりかけていた地面が術者の身体と一緒に崩れた。エイルは命中を見届けようとせず、追手へ射点を絞られる前に次の岩へ走り出している。


「土術師が倒れたよ! 壁の向こうへ出られる!」


 ベラの声を聞いたレオンは崩れた穴を抜け、ティルダも肩を並べて続いた。中央へ集まっていた盗賊たちは二人が壁を破って出てくると読めなかったらしく、先頭の男が慌てて槍を突き出す。


 ティルダの槌が横から柄を叩いて槍先を外へ流し、空いた腿をレオンが切った。別の男が盾を構えると、ティルダは中央の厚い場所ではなく下端へ槌を入れ、盾ごと足を浮かせて男を倒す。


 地面へ倒れた相手には追撃せず、ティルダは次に剣を持って向かってきた男へ身体を向けた。倒れた男の剣は手から離れ、石床を滑って数歩先で止まった。


 頭上で弩が鳴り、今度は斜面のロアンへ太矢が飛んだ。ロアンは歌を止めないまま岩陰へ身体をずらし、直前まで立っていた場所へ矢が刺さる。


 続けて別角度から飛んだエイルの矢が弩兵の腕を射抜き、男は武器を落とした。


「上の弓手を先に潰せ! 階段を使えば追いつける!」


 頭目の指示を受けた二人が、岩壁沿いの細い階段へ向きを変えた。地形を知っている分だけ近道できるらしく、エイルもそれに気づいてさらに一段上へ移る。


 速さだけなら追う二人より明らかに上だが、エイルは走りながら無理に矢を撃たなかった。射る時だけ止まり、脚から上半身へ力の配分を変えるように一本放っては次へ移るため、追手は矢が来るたび別の岩棚へ顔を向けさせられていた。


 中央では、残った盗賊が数を頼みに押し始めていた。ベラが牢から離れた右側へ炎を細く走らせると三人が足を止め、火を避けた者たちは自然に左へ寄せられていく。


 火を避けて左へ寄せられた先には、ティルダが槌を低く構えて待っていた。最初の男の剣を前腕当てで受けると、金属音と同時に一歩入り、槌頭を胸当てへ叩き込む。


 男が息を吐いて膝をついたところへ、二人目が横から斬りかかった。刃は肩当てを滑ったが、フレイが出発前に締め直した留め具は外れない。


 ティルダは次の刃を槌の柄で受け、低い身体をさらに沈めて相手の懐へ潜り込んだ。脇腹へ短く振った一撃から重い音が返り、狭い間合いではドワーフの厚い身体と短い槌がそのまま強みになる。


 レオンの正面にも、まだ武器を捨てていない三人が残っていた。剣を受けて外し、相手を入れ替えながら、目の端では頭目への道が塞がらない位置を選ぶ。


 後ろではロアンの拍が途切れず、その外側をベラの炎が細く走って回り込む敵を止めている。火を避けて中央へ寄った盗賊の一人がエイルの矢を警戒して頭を下げ、そのままティルダの間合いへ入り込んだ。


 戦う者が減るにつれ、石床へ倒れたまま動かない盗賊の姿も増えていた。レオンが斬った男の血が溝へ流れ、ティルダの槌を受けた別の男は盾のそばで動かず、斜面の下にもエイルの矢を受けた男が倒れている。それでも頭目が声を飛ばすたび、生きている盗賊は武器を握り直して前へ出た。


 やがて中央の人数が減り、大柄な頭目までの間が開いた。男は右腕の赤い宝珠を光らせながら、レオンの方へ自分から歩いてくる。


「前に取り逃がした商人が、今度は巣まで嗅ぎつけてきたか」


「前は逃げるだけで精いっぱいだったからな。今度はこっちから来た」


「そのまま逃げてりゃ生きていられたものを、余計な真似をしやがって」


 頭目が剣を構えると、赤い光が一段強くなった。レオンは刃先ではなく、宝珠と男の足を同時に見る。


 一度目の加速で大男の身体が視界から流れ、右から重い剣が振り下ろされた。レオンは半歩だけ下がって刃を斜めに受け流したが、まともに止めていないのに腕の奥まで痺れが走る。


 追えば次の加速へ飛び込むだけなので、レオンは距離を詰めず、男の動きが通常へ戻った瞬間に位置を取り直した。


 二度目の赤い光が弾けると、頭目は左へ回り、横から入ろうとしたティルダへ進路を変えた。


「二度目が来る、ティルダは正面で受けるな!」


「分かってるけど、これは避け切れない!」


 ティルダは身体をひねり、槌の太い柄を両手で立てた。剣がぶつかった瞬間、小柄な身体が石床を一歩滑ったものの、足は崩れない。


 レオンが間へ入ると、頭目はティルダへ追撃せず、すぐ距離を取った。二度使ったあとでも赤い宝珠はまだ光を失っておらず、前に見た三度目が残っている。


 レオンとの間合いを測る頭目へ、高所からエイルの矢が飛んだ。頭目は寸前で気づき、剣の腹で一本目を弾いたが、二本目は違う角度から低く来る。


 二本目が届く前に、エイルはすでに次の射点へ移っていた。頭目の肩がわずかに沈み、三度目の赤い光が弾けると、大男は矢を避けた勢いのままレオンの外側へ回り込む。


 レオンは追わず、着地した男がもう一度右腕へ力を込めるのを待った。赤い宝珠は弱く明滅しただけで、さっきまでの加速は起きない。


「今ので三度目だ。前と同じなら、しばらくその速さは使えない」


「そこまで見てやがったか」


 剣が正面からぶつかり、速さを失っても頭目の一撃が重いことは変わらなかった。受け続ければ先に腕が動かなくなると分かるので、レオンは力を合わせず斜めへ流しながら距離を詰める。


 頭目は右腕を身体の後ろへ引き、宝珠が戻るまで時間を稼ぐように間合いを保とうとした。しかし、前回とは違って土術師はすでに倒れ、援護へ入ろうとする盗賊もベラの火とティルダの槌に止められている。


 斜面の上ではエイルが弩兵を抑え、背後からはロアンの拍がまだ届いているため、宝珠の回復を待ちたい頭目が時間を欲しがっているのが分る。


 レオンは休ませず、剣を一度、二度と合わせた。大男が焦れて力任せに振り下ろした瞬間、刃の外へ身体を滑らせ、空いた脇へ踏み込む。


 胸当ての隙間へ剣を突き込むと、男の身体が止まった。右腕の宝珠は一度だけ赤く明滅してから消え、大男は二歩下がって片膝をつく。


「くそったれ……あの時、仕留めておけばよかった」


「それは俺も同じことを考えてたよ。だから、今度はここまで来た」


 頭目が石床へ倒れるのを見届けるより先に、レオンは剣を抜いて周囲を見た。戦いはまだ終わっていないが、頭目と土術師を失ったことで盗賊側の動きは目に見えてばらけ始める。


「頭がやられた! 門から逃げろ、ここに残るな!」


 東へ走った男の腿へ高所から矢が刺さり、男は石床を転がった。続く一本は、その少し先の地面へ狙って突き立つ。


「門へ走るなら、次は足元じゃなく身体へ撃つ。武器を置いて止まれ」


 高所から落ちてきたエイルの声に、先頭の二人が足を止めた。レオンも剣を下げないまま、まだ武器を持つ連中へ声を通す。


「武器を捨てて降伏するなら、こっちからはもう攻撃しない。死にたいなら続けるぞ」


 最初に剣が石床へ落ち、次に槍と弩が置かれた。ティルダも槌を構えたまま待ったが、武器を捨てた男へ距離を詰めることはしない。


 最後まで短剣を握っていた一人も、周囲を見回したあと地面へ投げた。


「分かった、降参する。もうこっちからは何もしない」


 それを見てロアンが演奏を止めると、さっきまで拍に埋められていた採石場へ、炎の爆ぜる音と負傷者の呻きだけが戻ってきた。


     ◇


 戦いが終わって数を確かめると、死んでいる盗賊は十二人、生きている者が十人だった。そのうち四人は自力で歩くのが難しい傷を負っており、合わせれば二十二人になる。


「灰色頭巾の話より多かったな。戻ってきた奴がいたのか、最初から少なく言ったのかは、もう確かめようがない」


 レオンが剣の血を拭っている間に、ベラは返事をする代わりに負傷者の腿へ布を巻いた。出血の多いところだけを選び、締める位置を確かめていく。


「降参したあとまで死なせる必要はないよ。立てない奴は壁際へ寝かせて、動かせる奴は手を貸しな」


 ティルダは槌を地面へ置き、一人の盗賊に肩を貸させながら負傷者を壁際へ運んだ。さっきまで殴り合っていた相手でも、武器を捨てたあとは扱いを変える。


 ロアンも水袋を持ってきて、ベラが手当てしている男の横へしゃがんだ。


「意識がある人なら、水は少しずつでいいんだよね。吐きそうなら途中で止める」


「それでいいよ。喉が渇いてても一気に飲ませないで、顔色も見といて」


 二人が負傷者を見ている間に、エイルは北側の牢へ顔を向け、そのまま足もそちらへ向けた。


「手当ては任せて、俺は牢を確かめる。レオンも来てくれ」


「行こう。ただし、途中の死体と荷はあとだ。妹を探すのを先にする」


 北へ向かう途中、頭目の身体のそばでティルダが足を止め、右腕を指した。


「この赤い宝珠だけは外して持っていっていい? ほかは触らないから」


「それだけ回収する。前に使われた物だし、置いておく理由はない」


 ティルダはしゃがみ、曲がった腕当てから留め具を外した。革は切れ、金属板も歪んでいたが、中央の赤い宝珠そのものにはひびが見えない。


「表面は無事そうだね。帰ったらフレイと一緒に、ちゃんと状態を見てみる」


「《身体加速》の宝珠なのは間違いない。今は包んで、落とさないよう持っていてくれ」


 ティルダは血と土を布で拭い、さらに二重に包んで腰袋へしまった。それ以上は頭目の装備へ手を出さず、すぐ立ち上がる。


 石小屋の一つには武器や革鎧が積まれ、別の建物には銀貨、装飾品、布、酒、香辛料まで残っていた。盗品に見えても誰から奪った品かは分からず、今ここで戦利品として分ければ、あとで持ち主を確かめることもできない。


「今使う水と食料、縄、矢だけ借りる。残りは位置を変えず、ベルクの組合に見せよう」


 棚の金属へ手を伸ばしかけていたティルダは、その言葉を聞いて指を止めた。


「じゃあ、これはそのままにする。組合が来てから見てもらえばいいね」


 レオンも武器庫の扉を閉め、エイルの後を追って北側の牢へ向かった。


     ◇


 牢の扉には太い横木が渡されており、エイルが片側を持ち上げ、レオンが反対側を支えた。扉を開くと、冷えた石と汗の臭いがまとまって流れ出す。


 中にいたのは七人で、男が五人、女が二人だった。壁際の若い男は立とうとして膝を崩し、隣にいた年上の女がすぐ肩を貸す。別の男は差し出された水袋を両手で持ったまま、最初の一口を飲むまで長くためらっていた。


 後ろから来たベラは入口で中の様子を見て、石床へ小さな《分炉》を灯した。戦うための火ではなく、冷え切った牢の空気を暖めるだけの大きさに絞っている。


「急に立たなくていいから、まず水を少しずつ飲みな。食べ物は腹の様子を見てから出すよ」


 橙色の明かりが七人の顔を照らしたが、その中に長い耳は一つもなかった。


 エイルは一人ずつ顔を確かめ、奥の空いた寝藁まで見てから戻ってきた。声を出すまでに一度口を閉じたのが、レオンには見えた。


「リュネがいない。誰か、エルフの女を見なかったか」


 レオンは解放した七人へ向き直り、取り乱したエイルでは足りない質問を補った。


「名前はリュネで、こいつの妹だ。ここへ捕まっていたなら、いつまで一緒だったか教えてほしい」


 壁へもたれていた中年の男が顔を上げ、エイルを見てからゆっくり頷いた。


「いたよ。昨日の昼前までは一緒だったと思う。商人みたいな男が護衛を連れてきて、あの娘だけ連れていった」


 エイルの身体がわずかに前へ出たが、男へ詰め寄る代わりに膝をついて目線を合わせた。


「自分で歩けていたか。怪我をしていたなら、見えた範囲だけでいいから教えてくれ」


「歩いてた。ひどい怪我は見えなかったけど、腕には黒い金属の枷みたいなものを付けられてたよ。ここへ入れられた時からずっとだ」


 答えを聞いたエイルの指が、弓の握りをいっそう強く掴んだ。それでも質問の順番は崩さず、次に外で聞こえたものを確かめる。


「連れていかれた時、馬車の音はしたか。馬が何頭いたかまで分かるなら聞きたい」


「外は見せてもらえなかったけど、車輪の音はしたし、馬もいたと思う。何頭かまでは分からない」


「それだけ分かれば追えるかもしれない。話してくれて、ありがとう」


 エイルが立ち上がると、もう扉の外へ身体が向いていた。レオンは牢番から行き先を聞き出す方へ頭を切り替えた。


「見張りをしていた奴に、出た方向と人数を聞く。道が分かれば、すぐ跡を探せる」


「急いでくれ。昨日なら、まだ届く可能性は残ってる」


「そのために来たんだ。分かることを全部拾ってから追おう」


     ◇


 生き残った盗賊の中には、牢番をしていた男が一人いた。腿に浅い傷があるだけで自力で座れるため、レオンが石壁の前へ連れてくると、男は抵抗せず腰を下ろした。


「昨日、ここにいたエルフを誰へ渡した。分かるところから順に話せ」


「奴隷商だ。頭が直接取引してたから、俺は牢から出しただけだ」


 エイルが一歩近づいたが、声を荒げる代わりに相手の顔を見た。


「その奴隷商の名前か、いつも使っていた呼び名は知らないのか」


「知らねえ、本当だ。前にも来たことはあるけど、話すのは頭だけだった」


「昨日は何人で来て、どうやって連れていった」


「護衛が六人くらいで、幌付きの馬車だった。馬は二頭いたと思う」


「門を出たあとは、どちらへ向かった」


「東だよ。古い石運びの道を使えば、そのまま南東街道へ出られる」


「街道へ出たあとの行き先まで聞いていないか」


「そこまでは知らねえ。俺は牢を見てただけで、取引の話には入れてもらってない」


 奴隷商の行き先が分からないと聞くと、エイルの奥歯が噛み合うのが見えた。一歩出かけた身体を自分で止め、まだ聞いていないことだけを選ぶ。


「リュネについて、頭か奴隷商が何か言っていたなら、それも聞かせてくれ」


 牢番は少し迷ったあと、エイルから視線を外して低い声で答えた。


「頭が、傷をつけるなって言ってた。あの耳長は値段が違うから、商品になるまでは乱暴に扱うなってさ。俺が知ってるのは、それだけだ」


 エイルの目が細くなったが、レオンはその男が知らないことまで答えられるとは思わず、追跡に必要な方向と人数はもう聞き出せたと判断した。


「話は十分だ。次は馬車の痕跡がどこまで残っているか確かめる」


「俺が見る。二頭立てで昨日なら、道に何か残ってるはずだ」


 今度はエイルを止めず、二人は東門へ向かった。


     ◇


 東門を抜けると、古い搬出路にはいくつもの轍と馬蹄の跡が重なっていた。採石場が使われていた時代の深い溝へ、盗賊の荷車や最近の馬車がさらに傷を重ねている。


 レオンには新旧の違いの半分も読めなかったが、エイルは道の中央へしゃがんで土を指で払い、数歩進んではまた別の跡を確かめた。


「二頭立てで、車も軽くない。ここから出た馬車の中では、かなり深く残ってる」


 エイルが右側の轍を指すと、一定の間隔で土の表面へ小さな削れが残っていた。


「右の車輪に欠けがある。回るたび同じ場所で土を削るから、この印なら街道へ出ても追いやすい」


「昨日の馬車だと見ていいのか。雨がない分、古い跡も残ってるぞ」


「時間だけなら断定しない。でも、この上を通ったもっと新しい二頭立ては見当たらないし、牢番の話とも合う。まずこれを追う」


 エイルは立ち上がると、轍の先へ視線を伸ばした。牢で弓の握りを強く掴んでいた時より、今は呼吸の間隔が揃っている。


「これなら、まだ追える。道が硬くなって消えても、車輪の欠けは別の場所へ残るはずだ」


「なら追跡は任せる。ただ、出る前に採石場を最低限片づける。後ろを無人にしたまま追うわけにはいかない」


 エイルは一度だけ目を閉じたあと、すぐ頷いた。


「分かった。跡は消えないから、必要なことだけ済ませよう」


     ◇


 降伏した十人全員を連れて追跡する余裕はなく、使える場所は盗賊自身の牢しかなかった。歩ける者が負傷者へ肩を貸し、一人ずつ中へ入っていく。


 ベラは血の滲んだ布を最後にもう一度確かめ、水と三日分の食料を牢の隅へ置いた。


「傷が開いたら、この布で強く押さえるんだよ。今巻いたところは勝手に外さず、水も食料も分けて使いな」


 盗賊の一人が黙って頷くのを見届け、扉を閉めて外側から横木を掛ける。さらに鎖を回して錠を留めれば、自分たちだけで簡単に出られる状態ではない。


 解放した七人には別に食料を分けたが、全員が同じ速さで歩けるわけではなかった。若い男はまだ膝が安定せず、年上の女が隣につき、もう一人の男も長く座っていたせいか足を引きずっている。


 幸い、その中に南東街道で襲われた商人が一人おり、ベルクまでの道を知っていた。レオンは紙へ旧採石場までの簡単な地図を描き、組合へ伝える状況を書き添える。


「南東街道へ出たらベルクへ向かって、この紙を冒険者組合へ渡してほしい。一番奥の旧採石場で、古い巻き上げ台が残っている場所だ。生き残った盗賊十人は牢へ入れ、死体と荷はそのまま残してある」


 商人は紙を受け取ってから、レオンたちの荷の方へ目を向けた。


「あなたたちは、ここへ残らないんですか。組合が来るまで待つものだと思っていました」


「昨日ここから連れ出された一人を追う。そっちを遅らせるわけにはいかない」


 男はエイルを見て事情を察したのか、それ以上止めずに頷いた。


「分かりました。ここで何をされたかは、七人とも話せます。組合には必ず伝えます」


「助かる。無理に距離を稼がず、街道へ出て人を見つけたら声を掛けてくれ」


 ベラは歩きにくそうな二人の荷をほかの者へ振り分け、ロアンも黒パンを包み直して袋の口を結んだ。


「今日中にベルクまで行こうとしない方がいいよ。街道まで出れば人も通るし、休める場所を見つけたら足を止めて」


「そうします。助けてもらったうえに、そこまでしてもらってすみません」


「礼は無事に街まで着いてからでいいよ。今は転ばないことを優先して」


 七人が搬出路を歩き始めるまで見送り、レオンたちも水、干し肉、縄、矢だけを補充した。それ以上の荷は増やさず、追跡に必要な速さを残す。


 レオンの胸当てでは、《護風の宝珠》が光を戻さないまま沈黙していた。ベラはそれを見たあと、布を一枚持って近づいてくる。


「宝珠より先に肩を見せな。弩は外れたけど、剣を何度も受けた方は別だよ」


「腕は動くし、今のところ痛みも増えてない」


「腫れてないか確かめたら、すぐ終わるからね」


 レオンが外套を少しずらすと、ベラは肩の周りを指で確かめてから腕を上げさせた。強い腫れも動きの引っ掛かりも見えず、そこでようやく手を離す。


「今は大丈夫そうだね。ただ、追ってる途中でまた痛みだしたら先に言いな。隠して得する場面じゃないよ」


 その横ではティルダも前腕当ての傷を見ており、指を握ったり開いたりして痺れを確かめていた。


「こっちは剣の跡だけで、指も戻ってる。槌も普通に持てるから、まだ行けるよ」


 ロアンも弦を一本ずつ確かめ、最後に小さく音を鳴らしてから喉へ水を含んだ。


「僕もまだ歌えるよ。少し喉が乾いたくらいだから、水さえ飲めば追跡にはついていける」


 手当てと補給のあいだ、エイルは東門の外で待っていた。急かす声こそ出さないが、視線は右車輪の削れ跡から一度も離れていない。


 レオンは最後に荷を背負い直し、全員の装備が戻ったことを見てから門へ向かった。


「こっちはもう出られる。エイル、跡を頼む」


「任せてくれ。右車輪の欠けを見失わなければ、街道へ出たあとも追える」


「なら行こう。昨日の馬車なら、まだ追いつける距離にいる」


 五人は旧採石場を出て、二頭の馬が引いた幌馬車の跡を東へ追い始めた。古い石運びの道には、右車輪の小さな欠けが乾いた土を削った印が、一定の間隔で先へ続いていた。

ついにあの盗賊にリベンジできました。

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