炉還りは森に道を引きます
窪地を出て間もなく、道はなくなった。正確には、最初から道などなかった。
洞窟へ続く旧道を東へ外れれば、そこにあるのは初冬の森と、落ち葉に埋もれた斜面だけである。エイルはその中へ迷わず入っていったが、レオンたち四人は同じようには歩けなかった。
ティルダは槌と防具を背負い、ベラは食料と鍋を持っている。ロアンは楽器を枝へぶつけないよう身体の向きを変えるたび足が遅れた。レオンも剣や野営道具を抱えたまま、エイルのように細い獣道へ身体を滑り込ませることはできない。
十数歩先を進んでいたエイルが、何もないように見える場所で右へ折れた。
「東はそっちじゃないだろ」
レオンが声を掛けると、エイルは歩みを止めずに答えた。
「真っすぐ行くと下が湿地だ。いったん右へ巻いた方が早い」
「見えるの?」
ロアンが枝を片手で押し上げながら聞いた。
「木の根元が黒い。苔も上まで付いてる。落ち葉も沈んでるだろ。あの先だけ水が抜けにくい」
言われてみれば、前方の木々は幹の下側だけ色が濃かった。レオンには、そこから先の足場まで読むことはできない。
「町の路地より森の方が分かるってのは本当らしいな」
「町は人の跡が多すぎる。昨日の足跡も十年前の道も同じ場所に重なる」
ロアンはエイルの指した木の根元を眺め、それから自分の足元の落ち葉へ視線を落とした。
「僕にはどっちもただの森に見えるけど、エイルは見てる場所が違うんだね」
「慣れれば読める。水と獣は同じ場所を何度も通るから、町より残るものもある」
「なるほど。音と似てるかも。聞こえてても、何の音か分からなきゃ使えない」
エイルは少しだけロアンを見たあと、前方の低い枝を持ち上げた。
ティルダがその下をくぐろうとして、背負った槌の柄を枝へ引っ掛ける。
「あ、これ槌が邪魔だ。身体だけなら通れるのに」
「左へ半歩ずれろ。そこだけ枝が高い」
言われた通りにすると、今度は柄まで引っ掛からなかった。
「ほんとだ。ありがと」
ティルダが枝の向こうから手を上げる。エイルは頷き、また先へ進んだ。
日が落ちるまでに稼げた距離は、地図の上で想像したほどではなかった。倒木一つ、ぬかるんだ斜面一つが五人分の時間を取る。エイルが先で抜けられても、ティルダの防具やロアンの楽器が同じ隙間を通れるとは限らない。急な下りでは、ベラが鍋を鳴らさないよう荷紐を締め直す必要もあった。
レオンは休憩のたびに地図を出した。方位盤と、歩いた時間、斜面の向き、途中で見えた尾根。正確な位置までは分からないが、戻る時に同じ場所を拾える程度には線を残した。
◇
最初の野営場所を決めたのは、日が完全に落ちる少し前だった。大きな岩が三つ寄り、その東側だけ風が弱い。斜面の下からは細い水音が聞こえたが、エイルは沢際まで下りることを勧めなかった。
「水の近くは冷える。獣も使う。ここなら水を汲みに行けるが、獣は寝床までは上がってこない」
「猪と場所取りする趣味はないな。ここでいい」
レオンは周囲を一周した。古い焚き火も、人が枝を切った跡も見当たらない。
荷物を下ろすと、全員が自然に動き始めた。エイルは水袋を持って沢へ下り、ティルダは寝る場所から尖った石をどける。ロアンが枯れ枝を何本か拾ったところで、ベラが声を掛けた。
「ロアン、薪はなくて大丈夫だよ。こっちで火を出すから、その枝は寝床の下に敷くなら使える」
「ああ、そうだった。野営に出ると身体が勝手に薪を探すんだよね。じゃあ乾いてるのだけ残そう」
ロアンが枝を選び直す横で、ベラが岩の間へ片手を向けた。
「《分炉》」
石地から橙色の火が立った。
薪も炭もないのに、小さな焚き火ほどの炎が形を保つ。風に煽られても崩れず、冷え切った岩の間へ熱を広げていった。
水を汲んで戻ったエイルが、足を止めた。
「それは何だ」
「うちの火。あんたは近づきすぎないでよ。こいつらは平気でも、あんたまで焼けないわけじゃないからね」
ベラがレオンたちを顎で示す。
「この火は俺達を避ける。エイルは違うから、普通の火だと思っとけ」
レオンが足すと、エイルは火を見、それから四人を見た。
「地竜がいて、燃料のいらない火まであるのか」
「他にもあるけど、今は妹さんの方が先だね」
ティルダが言うと、エイルは短く頷いた。
「助かる。今はそれで十分だ」
夕食は燻製肉とパン、乾燥野菜を戻した汁物だった。鍋が五人分には少し小さく、ベラは二回に分けて煮る。最初の椀を受け取ったエイルは、熱さを確かめる間も惜しむように食べ始めた。
「四日追ってた間、何を食ってた」
レオンが聞くが、エイルはパンをちぎる手を止めなかった。
「持っていた干し肉と、森で食えるものだ。昨日で干し肉はなくなった」
「なら今日は食え。明日は今日より歩くぞ」
エイルは一度だけ目を伏せた。
「リュネは、食べられているだろうか」
「分からん。売るつもりなら死なせる理由は薄い。だが、まともに食わせてる保証もない」
「そうか」
「だから急ぐ。お前が途中で倒れたら、その分遅くなる」
エイルは残っていたパンへ視線を戻し、今度は少しゆっくり食べた。火の向こうで、赤く荒れた目を一度強く瞬いた。森へ入ってから苦しそうに見えたが、弓を置く気配はない。
食後、レオンは膝の上へ地図を広げた。今日引いた線は、東へ向かいながら何度も蛇行している。ぬかるみを避け、急斜面を巻き、倒木の少ないところを拾った結果だった。
「明日はこのまま東でいいか」
「大きくは変えなくていい。午前中には地面が下がる。水の音が増えたら川が近い」
「川幅は分かるか」
「知らない。見てから決める」
寝る前、ティルダが防具の留め具を確かめ、ロアンは弦を一本ずつ軽く鳴らした。ベラは翌朝すぐ湯を作れるよう鍋へ水を張っている。誰も妹の話を続けなかった。今必要なのは、明日も歩けるように眠ることだった。
◇
朝、地面は白く凍っていた。外套についた夜露まで薄く固まり、ティルダが肩を回すと細かな氷が落ちた。
「洞窟の布団がもう恋しい」
ロアンが大げさに言うと、ベラが湯を木椀へ注ぎながら笑った。
「一晩でも恋しくなるくらいには、あそこも家になったってことだね。ほら、先に飲みな。指が動くまで荷紐は触らなくていいよ」
「ありがと。帰ったら風呂も入る」
「それは楽しみだね」
温かい湯で腹を温め、簡単な朝食を済ませる。ベラが《分炉》を消すと、五人は日が木々の上へ出る前に歩き始めた。
昨日より下りが増え、土の湿りも強くなった。半刻ほど進んだところで、ロアンが顔を上げる。
「昨日より水の音が大きいね。右の方からも混じってる」
「近い。小さい沢が合流してる」
エイルも足を止めずに答えた。
さらに進むと、木々の間へ白い光が差し込んだ。視界に広がる川は、思っていたより幅がある。対岸までは弓なら届くだろうが、荷を投げて渡せる距離ではない。水面は冬の空を鈍く映し、中央付近だけ流れの筋が速い。
ティルダが岸まで出て、しばらく黙った。
「……これ、渡るの?」
「渡れる場所を探す」
エイルはすぐ水へ入らず、上流から下流に視線を送った。岸の泥へ残った蹄跡を拾い、そのまま下流へ進む。少し先では、対岸の低い藪が一か所だけ獣道と思われる跡がある。
「鹿だ。何頭もここを使ってる」
「鹿が渡れるなら、人もいける?」
ロアンが聞く。
「鹿は人より泳げる。それだけじゃ足りない。底も探る」
エイルは長い枝を一本拾い、岸から数歩入って川底を探った。深くなる前に戻って場所を変え、それを何度か繰り返したあと、ようやく対岸まで視線を走らせた。
「ここなら石が続いてる。中央は俺の腿くらいまでだ。流れは強い」
ティルダがエイルの脚と水面を見比べた。
「私だと、だいぶ上まで来るね」
「腹より上、場所によっては胸に近い。防具は外した方がいい」
「分かった。槌も先に送る」
レオンは荷を下ろした。
「そうしよう。ティルダは重い物を全部外せ。ロアンも楽器は先に向こう岸へ送ろう。濡らしたくない物は油布でまとめるぞ」
「賛成。楽器を抱えて川と勝負する気はないよ」
野営用の縄を二本出し、太い方を手掛かり用、細い方を荷送りに分ける。濡らしたくない食料と着替えは油布へ包み直した。
「俺が先に行く」
エイルは弓を背負い、太縄の端を片手に持った。枝を杖代わりにして水へ入る。膝を越えるまでは速かった。そこから先は一歩ごとに枝を突き、石の位置を確かめる。中央近くで水が腿まで上がり、流れを受けた身体が一度だけ下流へ振られた。
エイルの右足が水中の石へ踏み直される。次の瞬間、沈んだ脚が不自然なほど強く水を押し返した。腰がぶれず、流れに逆らって身体が半歩前へ出る。
レオンは見覚えがあった。
「身体強化か」
エイルが流れの中で振り返る。
「ああ。脚と腰だけだ」
身体強化そのものは珍しい魔法ではなく、レオンも兵士や腕の立つ冒険者が使うところを見たことはある。ただ、今の一歩ほど狭い場所へ力を寄せる使い方は見覚えがなかった。
ベラが岸から目を細めた。
「ずいぶん細かく使うね。足場を取る瞬間だけ強くしたのかい」
エイルの目がベラへ向く。
「分かるのか」
「昔、正規軍で基礎は叩き込まれたよ。あたしはそんな器用に切り替えられないけどね」
エイルはまた前を向き、一歩ずつ対岸へ進む。身体強化を使っても、水深が消えるわけでも滑る石が乾くわけでもない。枝で底を探り、足場を選ぶ手順は変わらなかった。
やがて対岸へ着くと、太い木の根元へ縄を回し、こちらへ手を上げる。
まず荷物を送った。食料、ベラの鍋、ロアンの楽器、ティルダの槌と防具。細縄へ結び、対岸のエイルが一つずつ手繰る。重い物を背負ったまま流れへ入らずに済むだけでも危険は減る。
次にレオンが入ったが、水は冷たいというより痛かった。
靴へ入り込んだ水が足首を締めつけ、流れが脛へ当たるたび感覚が薄れていく。太縄を片手で握り、もう片方の手で枝を突く。中央では足裏の石が動き、身体が半歩流された。
「左前に平たい石がある」
対岸からエイルの声が飛ぶ。レオンは枝で探り、靴底を乗せた。
「あった」
「そこから斜めだ。流れへ正面を向けるな」
指示どおりに進むと、水圧が少し軽くなった。
岸へ上がった時には指先が強張り、剣の柄を握り直すだけでも時間がかかった。
ロアンとベラも続いて、最後がティルダだった。胸当てを外し、厚い上着だけになったティルダが縄を両手でつかむ。
「槌を先に送っといて正解だった。あれ背負ったまま胸まで来たら、さすがに笑えないね」
対岸でロアンがティルダの槌を岩の上へ置き直した。
「ちゃんと乾いた場所に置いたよ。帰ってきたら持ち主に返す」
「頼んだ!」
ティルダは水へ入った。最初の数歩でもう腰まで来る。中央へ近づくと腹を越え、さらに一歩で胸近くまで水が上がった。
そこで右足が滑った。
「ティルダ!」
ベラの声が飛ぶ。小柄な身体が下流へ流される。だが、両手は縄から離れなかった。
エイルがすぐに身を乗り出す。
「右足の前! 半歩先に大きい石がある!」
ティルダが水の中で足を探る。
「分かんない!」
「爪先で探せ! 少し上流側!」
靴底が何かを捉えた。
「ある!」
「そこから斜めに来い。真っすぐ逆らうな!」
ティルダは息を詰めながら一歩ずつ進んだ。水が腰まで下がると、最後はほとんど這うように岸へ上がる。ベラとレオンが左右から腕を取って引き上げた。
ティルダは濡れた服を胸に貼りつけたまま、しばらく息を整えた。
「……帰りは、もっと浅いところが見つかるといいな」
「水位を見て決める。ここより安全な場所があれば変える」
エイルが言うと、ティルダは一度頷いた。ベラはすぐティルダの肩へ乾いた布を掛けた。
「話はあと。川から離れるよ。風を避けられる場所を探して、靴も外套も乾かす」
少し高い岩陰まで移り、そこでベラが《分炉》を出した。橙色の炎が立つ。
全員が濡れた外套と靴を外し、予備の布で身体を拭く。替えの肌着を持っている者は着替え、ない物は火の近くへ広げた。ティルダの防具も水気を拭い、革紐を傷めない距離へ並べる。
「革は少し遠くに置いた方がいい。熱を当てすぎると縮む」
ティルダが自分の胸当てを拭きながら言った。
「そうだね。そっちはティルダに任せる。布と靴はこっちでやるよ」
ベラは炎を少し絞り、濡れ方のひどい靴から位置を変えた。
「ロアン、その上着、袖の中に水が残ってる。裏返して広げてくれる?」
「了解。こう?」
「それでいい。靴下も丸めずに開いといて」
「野営で洗濯物を干してるみたいだね。でも、火があるだけで助かるな」
「足の皮を剥がしたら歩けなくなるからね。乾くまで休憩だと思っときな」
火を強くすれば乾くのは早いが、革や布を傷める。弱すぎれば身体が冷えたままになる。ベラは火加減を変えながら、衣服と靴の位置を何度も入れ替えた。
ティルダも自分の装備だけでなく、レオンの胸当ての革紐まで順に触って湿りを確かめている。ロアンは裏返した袖へ細い枝を通し、風が抜けるよう岩へ掛けた。
エイルだけは炎から少し距離を取り、裸足になった足を布で拭いていた。
「もう少し近くてもいいぞ」
レオンが言うと、エイルは首を振った。
「俺には普通の火なんだろ。これで十分だ」
それでも手の震えは少しずつ止まっていった。
乾くまでには、かなり時間がかかった。近道のはずの森で、川にきっちり代償を取られたような気がした。レオンは待っている間に地図を出し、渡河地点を書き込んだ。川へ突き出した二つの岩、対岸の二股に分かれた大木。現地へ目印を残さなくても、これだけあれば戻る時に探せる。
「帰りもここを使えるか」
「いや。妹を取り戻して、街道を変える以外は考えてない」
エイルが川面を見ながら答える。
「その通りだ」
レオンは地図の線を、初めて川の東側へ伸ばした。
◇
午後から歩きを再開したが、渡河で失った時間は取り戻せなかった。
森は少しずつ疎らになる一方、今度は地面から大きな岩が増えた。足場が固くなった代わりに、石を避けるたび進路が曲がる。
日が傾き始めたところで、エイルが今夜の野営場所を探していると、ティルダが横にしゃがみ込んだ。
「ちょっと待って。石が変わってる」
灰色の石片を拾い、泥を親指で拭う。
「昨日の辺りは丸いのが多かったけど、こっちは割れ方が真っすぐなんだよね。ほら、この面」
レオンには、灰色の石としか見えない。
「採石場が近いのか」
「そこまではまだ言えない。でも、切り出すのに向く岩が出る地質は近いかも」
ティルダが石を傾ける。確かに片側だけ、割れた線が妙に平らだった。
エイルも周囲を見た。
「木も低くなってる。明日は遠くを見やすい」
「なら今日はここまでだな。明るいうちに寝場所を作る」
レオンは西側に大岩のある場所を選び、その夜もベラが《分炉》を出した。乾燥野菜と燻製肉を煮た鍋から湯気が立つ。昼間は濡れた服を乾かすために使い続けた火だが、ベラはいつもと同じように炎を小さく絞っていた。
「燃料を拾わなくていいのは、やっぱり楽だね」
ロアンが木椀を両手で包む。
「楽だけど、森の中じゃ火の大きさには気をつけるよ。あたしたちは焼けなくても、木は普通に燃えるからね」
「そこはいつもの焚き火と同じだな。周りの落ち葉もどけとくか」
レオンが足元を見ると、ティルダがすでに火の周囲から乾いた葉を靴で寄せていた。
「こっち側はやったよ。風が変わったら反対もやる」
「助かる」
ロアンも椀を置き、火から少し離れた枝を一本拾って、残った落ち葉を掃いた。エイルは火から少し離れた場所で弓弦を外し、乾いた布で弓を拭いている。レオンはその横で剣の鞘へ付いた泥を落とした。
明日には、敵のいる場所へ近づく。食事が終わると、ティルダは槌の柄を拭き、ロアンは弦を確かめ、ベラは鍋を洗って水を切った。話す声も、昨夜より自然に小さくなっていた。
◇
三日目の朝、森の顔が変わった。木々の間隔が広がり、地面から岩盤が顔を出す。低い灌木が増え、斜面の向こうまで見える場所も出てきた。
エイルは歩く速度を落とした。妹へ近づくほど、急ぐためにこそ足跡一つを見落とせなくなっているらしい。やがて地面へしゃがみ、落ち葉を一枚どけた。
「人が通ってる」
レオンも近寄った。硬い土へ、靴底の端が浅く残っている。
「新しいか?」
「ここ自体は前から使われてる。新しい跡も混じってるが、今朝か昨日かまでは読めない」
「人数は?」
「同じ場所を何度も踏んでるが、これだけじゃ分からない」
レオンは周囲を見た。道と呼べるほど明確ではないが、灌木の枝が人の肩ほどの高さで何本も折れている。向きも揃っていた。
「ここから先は近づき方を変える」
エイルが言う。
「ああ。声も落とそう」
レオンが全員へ合図すると、ロアンも楽器の位置を直して金具が鳴らないよう布を挟んだ。
さらに東へ進んだところで、今度はティルダが足を止めた。
「これ、見て」
拾い上げた石は、片側だけ不自然なほど平らだった。ティルダは指で小さな窪みをなぞる。
「自然に割れたんじゃない。楔を打った跡がある」
少し先にも、同じような石が散っている。地面には浅い溝が残り、古い木の根がその中へ入り込んでいた。昔、重い物を引いた跡にも見える。
「採石場は近いな」
灰色頭巾の話では、一番奥の大きな採石場には古い巻き上げ台が残っている。まだ見えてはいないが、ここから先は男が吐いた情報を一つずつ現物で確かめる必要がある。
昼を少し過ぎた頃、エイルが片手を上げた。全員が止まる。風が斜面の下から抜けてきた。
エイルが鼻先を上げる。
「煙だ」
レオンにも、少し遅れて匂いが届いた。薪を燃やした臭いで、山火事ほど強くない。どこか東で、炊事か暖を取る火が燃えている。
ロアンが目を閉じた。しばらくして、指を一本上げる。
「金属の音もする。遠いね。ずっと叩いてるわけじゃないけど、同じ辺りから何度か聞こえる」
「鍛冶の音?」
ティルダが声を落として聞く。
「たぶん違う。叩き方が続かない。何かをぶつけてるか、引きずってる音かな。これ以上は近づかないと分からない」
レオンは地図を開いた。洞窟から引いてきた炭の線は、川を越え、岩の増えた斜面を抜けて、今いる場所まで続いている。現在地へ印を入れ、地図を畳む。
「ここからは偵察に変える。荷は岩陰へ置く。俺とエイルが先へ行く。ロアンは音を拾える距離まで。ベラとティルダは少し下がって待て」
「俺一人なら、もっと先まで音を出さずに行ける」
「それは分かってる。先行は任せる。ただ、俺から見えなくなるところまで行かないでくれ。見張りの位置が分かるまでは、二人で戻れる距離を保ちたい」
エイルは斜面の先を見たあと、頷いた。
「分かった。妹が見えても、先に合図する」
「頼む。急ぐためにも、ここで見つかるわけにはいかない」
レオンは荷を岩陰へ下ろした。エイルが先に斜面を上がる。レオンはその背を追い、少し距離を空けてロアンも続いた。尾根へ近づくにつれて、煙の匂いが濃くなる。
灰色頭巾が吐いた場所が本当なら、もう近い。レオンは足元の枝を避け、音を立てないよう次の一歩を踏みだした。
いよいよあの盗賊へのリベンジなるか!?
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