旅商人は長い話を聞きます
ベルクへ出る朝、レオンは大卓の上に三つの帳面を開いていた。
一冊は自分の売買帳。林檎酒を何樽持ち出し、何枚で売り、帰りに何を買ったかを記している。もう一冊はロアンが使っている酒の記録で、仕込みの日、使った林檎の量、樽ごとの香りや酸味まで書き込まれていた。最後の薄い帳面には、ミラが日用品や畑の種、薬草、包帯に使う布など、生活の中で減った物を少しずつ書き足している。
以前なら、自分の売買帳を確かめれば荷を作れた。今は帳面を閉じる前に、まず酒の量を聞く必要がある。
「林檎酒は二樽なら出せるよ。三樽でも今すぐ困らないけど、次の仕込みを考えたら二樽にしておきたい」
ロアンが酒の帳面を指で押さえる。食堂の壁際では、三日前に仕込んだ蒸留酒の小樽が飲み頃になるのを待っている。
「蒸留した方は持っていかなくていいな」
「まだ飲ませる酒じゃないよ。僕らが試して面白がる分にはいいけど、お金を取るならもう少し寝かせたい」
「分かった。林檎酒を二樽持っていこう。これはいい値が付く」
レオンが自分の帳面へ書き写していると、厨房からベラが顔を出した。
「塩、一袋買ってきておくれ。燻製を作る量が増えてるからすぐになくなるんだ。それと油。香辛料はまだ王都で買った分を試してる途中だから、同じのを買い足さなくていいよ」
「塩一と油だな。他になにか必要か?」
「今はない。あんたが出たあとに思い出したらでいいよ」
帳面を閉じかけたところで、工房の方からティルダが走ってきた。今朝も葉形の真鍮髪留めを高い位置の髪へ差し、片手には細い木札を持っている。
「レオン、砥石。細かい方を二つ。二層の鉄が使えるから、普通の鉄は前ほど買わなくていい。あと銅も今すぐはいらない」
少し遅れてフレイも現れた。赤銅色の髪の片側を細く編み、今日は黄色い布紐を結んでいる。
「姉ちゃん、麻糸も。工房で使ってる太いの、もう残り少ないって言ってたでしょ」
「あ、そうだった。麻糸も太いやつ」
「どれくらいだ」
二人は顔を見合わせた。
「一巻き?」
「二巻きあれば余るよ。まず一巻きでいいと思う」
「一巻きだな」
レオンが一巻きと書き加える横で、ミラは自分の薄い帳面をめくっていた。
「包帯用の布は、まだあります。石鹸も次の次くらいで大丈夫です。バルトさんの燕麦は、今回買っていただけるなら一袋お願いしたいです」
「燕麦が一だな。分かった」
そこまで書いて、レオンはようやく筆を置いた。
バルトの荷台には林檎酒二樽と、冷蔵箱の交換用に小氷魔石を二つ積む。帰りに買うのは塩、油、砥石、麻糸、燕麦。肉屋では冷蔵箱の試験結果を確認し、石をどの間隔で交換するかも考えなければならない。
どれも一つずつなら難しい話ではない。ただ、以前は自分の頭と一冊の売買帳で済んでいたものが、今は厨房、酒樽、工房、畑、冷蔵箱から集まってくる。
レオンは必要な分を自分の売買帳へ書き写し、酒の帳面をロアンへ、生活の帳面をミラへ返した。それから自分の一冊だけを紐で閉じた。
「行ってくる」
「いってらっしゃい。バルトさんも気をつけてください」
ミラが馬房の方へ声を掛けると、外から一度、鼻を鳴らす音が返った。
◇
ベルクまではいつも通り四日かかった。
南橋は問題なく渡れた。枯木宿を経て西街道へ入り、途中で一度雨に追われたが、荷へ掛けた油布を直す程度で済んだ。四日目の昼過ぎ、ベルク西門の石壁が見えるところまで来ると、レオンは一度だけ街道脇へ寄せて後ろを確かめた。
荷車、旅人、農夫。以前ベルクで見た灰色の頭巾と同じ姿はない。見えないことを安全の証拠にはせず、それでも同じ者が一定の距離でついてくる気配がないことだけ確認して、西門の列へ戻った。
町へ入り、いつもの酒屋へ向かう途中で、レオンは足を止めた。
見覚えのある商会支店の看板が、壁から外されていた。
王都に本店を持つ大商会のベルク支店だった。レオンも以前、ここで王都から入った布や工具の相場を聞き、荷の受け渡しを何度かしている。大きな店ではないが、王都の商品を直接扱う店としては便利だった。
今は入口の脇に木箱が積まれ、《本店返送》《現地売却》と書かれた札が縄へ結ばれている。棚は半分以上空き、奥の帳場だけがまだ使われているようだった。
奥の帳場にはエルネがいた。灰色の混じった髪を短く撫でつけ、地味な上着の袖口には昔から薄いインク染みがある。少し丸くなった背中で荷札を一枚書き終え、顔を上げてレオンを見ると、目尻を下げた。
「おお、レオンじゃねえか。久しぶりだべな。今日は青魔鉄か、それともまた酒か?」
「両方じゃない。酒を持ってきた」
「そうか。買い物なら、うちはもうほとんど残ってねえど」
エルネは空いた棚を振り返った。
「店、閉めるのか」
「明日で終わりだ。正確には、客に売るのはもう昨日で終わった。今やってるのは荷ぁ王都へ返すのと、こっちで売り切る分の仕分けだけだべ」
「採算が合わなかったか?」
「まあ、それが一番だな。ベルクに店置いとけば周りの町から荷も集まるって読みだったんだけど、思ったほど本店の荷が動かなかった。家賃も人もいるし、王都からここまで運ぶ銭も掛かる。護衛代も前より上がったべ。だったら必要な時だけ問屋通した方が安いって、本店が決めた。おらでも同じ数字見りゃ、そうするべ」
自分の勤め先が閉じる話なのに、恨みは感じなかった。
「エルネはどうする」
「それがなあ」
エルネは筆を置き、帳場の向かいに積まれた紙束を椅子から下ろした。
「まあ座れ。立ったまま話すことでもねえ」
レオンは少し嫌な予感がした。
昔から、エルネは聞いたことより少し長く答える男だった。
「本店へ戻れば仕事はあるって言われてる。けど、何やるかは向こうへ戻ってから決めるって話でな。倉庫かもしれねえし、別の支店へ回されるかもしれねえ。おらももう、若え頃みてえに『どこでも行きます』って歳じゃねえからなあ」
「なら、別を探してるのか?」
「探すってほどまだ決めてねえ。こういうのは急いで決めて、あとで『聞いてた話と違う』が一番面倒だべ。おらが若ぇ頃、それでな」
来た。
レオンは椅子へ座り直した。
「レオンだって聞いたことあるべ? まだ子供だったか…魔族との戦があった頃だ」
「聞いたことはある。覚えてはいない」
「そりゃそうか。おらが二十になる前だからな。戦ってたのはずっと南の方だったけど、こっちだって無関係じゃなかった。兵隊を出す、馬を出す、麦を出す、革を出す。王都の商会は軍へ回す荷を優先するから、田舎へ来る荷が遅れる。値段は上がるのに、普通の店は客が減って人を雇わねえ。おらの村でも、冬になる前に若いのが何人も外へ出た。まぁ、小っせぇ村じゃ子供食わせられねぇんだ」
エルネ自身もその一人だった。
王都へ出れば何かあると思い、親戚から借りた古い外套と、母親が持たせた固いパンを袋へ詰めて村を出た。最初に入りたかった商会は募集を止めてた。二軒目では読み書きができても経験がないと言われ、三軒目では「荷を担げるなら来い」と言われた。
「で、今の商会だ。最初は帳場じゃねえぞ。倉庫で荷運び。おら、字ぃ書けるからすぐ帳面やらせてもらえると思ってたんだけどな。そんな甘くねえ。初日に麻袋を積む順番間違えて、下の豆袋破いてよ。倉庫じゅう豆だらけだ」
「それは聞いたことがある」
「前に話したか?」
「一度な」
「なら、その後は話してねえだろ」
知らない。しかしエルネはもう続けていた。
豆袋を破ったあと、エルネは倉庫番の年嵩の男に怒鳴られるものと思っていたらしい。ところがその男は、豆を拾う籠を二つ持ってきて、一つをエルネへ渡しただけだったという。
「『おめえが破いたなら、おめえが拾え。ただし次の新人が来たら、袋の積み方は先に教えろ』ってな。あれは覚えてる。失敗しねえ奴なんかいねえけど、同じ失敗を後ろの奴まで順番に踏む必要はねえって。まぁ、そん時ぁ豆も随分踏んだけどなぁ」
その倉庫番は酒を飲むと同じ話を三回する癖があり、奥方の煮込みは塩が強く、二年後には王都の南倉庫へ移り、その先では娘がパン屋へ嫁いだらしい。
そこまで来たところで、レオンは口を挟んだ。
「エルネ」
「なんだ」
「今の仕事の話はどこへ行った」
「今そこへ戻るところだべ」
戻るまで、さらに少しかかった。
荷運びから店番へ回され、地方の支店を二つ経験し、帳場を任されるようになった。景気が戻ってからも王都本店へ居着くことはなく、頼まれれば地方へ出た。知らない土地へ行くたびに、最初の半年は必ず一つ二つ余計な失敗をしたらしい。
「だからな、若い奴が分かんねえで失敗するのは仕方ねえ。でも、おらがもう失敗したことまで、また一からやる必要はねえべ。知ってるなら先に言っときゃ、一回分は減らせる。気が合う奴なら、なおさらだ」
エルネはそこでようやく、目の前の帳場へ戻った。
「まあ、そんなわけで三十年近くこの商会にいる。戻れば何か仕事はある。でも、この歳でまた『行けって言われたところへ行く』だけでいいのかは、ちょっと考えてるところだ」
「だったら、うちで働かないか」
今度はエルネが黙った。
「……何の仕事だ?」
「帳面、在庫、注文、仕入れの整理。今は俺が全部まとめてる」
「おめえ、そんなに商売増えたのか。前は青魔鉄と酒くらいだったべ」
「増えた。説明するより、見た方が早い」
「見た方がって、おめえの拠点までどんだけあるんだ」
「今日はベルクで売買する。先にそれを見ろ」
エルネは少し眉を上げた。
「おら、まだこの店の後始末中なんだけどな」
「今から荷が来るのか?」
「次の荷車は夕方だ。昼までは札を合わせるくらいだが」
「なら昼までついて来るか?」
エルネは帳場の上を見回した。開いた帳簿、書き終えた荷札、紐でまとめた伝票。やがて帳簿を閉じ、筆先を布で拭いた。
「商売も見ねえで転職決めるほど若くねえしな。いいべ。昼まで見せてもらう」
◇
最初に向かったのは西門近くの肉屋だった。
店主はレオンの顔を見るなり、奥を指した。
「ちょうどいい。箱、三日前から冷えなくなったぞ」
冷蔵箱は店の奥、前と同じ場所に置かれていた。扉も内蓋も壊れてはいない。側面の試験札には、予備の小氷魔石へ替えた日と、冷えが弱くなった日が書き足されている。
レオンが上の小部屋を開けると、魔石の表面にあった霜は消え、冷たさもかなり弱くなっていた。
「箱の方は?」
「壊れてない。開け方もみんな慣れた。閉店前に残った上等な肉を翌朝へ回せるのは助かったよ。三日前から使えなくなって、ありがたみがよく分かった」
「石は二つとも、だいたい同じくらい持ったか」
「札見りゃ分かるだろ。多少違うが、店で使う分には似たようなもんだ」
店主は腕を組んだ。
「で、今度は貸してくれるんだろ。試験は十分したんじゃないか?」
「条件は詰める。箱を売り切る気はない。石の交換と修理込みで貸す」
「石までお前が持ってくるのか」
「そのつもりだ。箱だけ売って、石が切れたら知らんでは使い物にならない」
横で聞いていたエルネが、初めて冷蔵箱へ手を触れた。三つ火の印を見てから、店主へ聞く。
「この箱が冷えてた間、捨てる肉は減ったか?」
「減った。全部じゃないがな。閉店前に残った高い部位を翌朝まで置けるのが大きい」
「じゃあ箱の値段だけじゃなく、石の交換日も決めないと駄目だな。切れてから四日待つなら、その間は使えねえ」
「そうなる」
レオンが答えると、エルネはそれ以上口を挟まなかった。
店主から、近くの宿が同じ箱を見たがっているとも聞いた。レオンはその場で二台目を約束せず、まず交換用の小氷魔石を一つ置き、次回までに貸与の値段と交換間隔を出すとだけ決めた。
店を出ると、エルネが冷蔵箱を振り返った。
「売って終わりじゃねえんだな」
「だから面倒なんだ」
「いや。面倒だけど、客が離れにくい商売でもある。箱が使える限り石と修理で付き合いが続くからな」
「それもある」
「昔、王都で水汲み機を貸してた店があってな。あそこは――」
「次は酒屋だ」
エルネは口を開けたまま一度止まり、それから笑った。
「分かった。これはあとで話す」
レオンは、あとが来ないことを少しだけ願った。
◇
酒屋では、持ってきた林檎酒二樽をいつもの場所へ下ろした。
店主は栓を抜いて香りを確かめ、少量を杯へ移す。口に含んでから、前の樽と変わらないと頷いた。
「二樽で銀貨四十。次も同じくらい頼む。王都へ持ってったからって、こっちを後回しにするなよ」
「そのつもりはない。出せる量は仕込みを見て決める」
「そう言うと思った。なら次も二樽でいい。余るなら三樽目を相談する。で、王都じゃどうだった?」
「一樽二十五で二樽売れた」
店主が短く口笛を吹いた。
「こっちより五枚上か。そりゃ悪くないな」
レオンが帳面へ書き込む横で、エルネは樽の三つ火の印を眺めていた。
「ベルクで二十、王都で二十五。六日余計に運ぶなら、全部向こうへ持ってくほどの差じゃねえな」
「だから両方残す」
「そうだべな。で、作ってるのはおめえじゃねえんだろ?」
「仲間が中心だ。仕込みの記録も別にある」
「その記録から、今月二樽出せるって聞いて、おめえがこっちの帳面へ書く?」
「ああ」
エルネは一度だけ頷いた。
「なるほどな」
エルネはそれ以上聞かず、レオンが空樽を二つ受け取って荷台へ戻すのを見ていた。ロアンへ戻す分である。さらにレオンは、前回頼んでいた新しい樽材の値段を聞き、次の仕込み量が決まってから注文すると伝えた。
エルネは店の外へ出ると、レオンの帳面を指した。
「見せてもらっていいか?」
レオンは開いたまま渡した。
エルネは数頁めくった。売った日、品、数量、代金、仕入れが並ぶ。王都で酒や武具、燻製肉を売った頁と、本や工具、蒸留器を買った支出も別頁にまとめてある。
「ちゃんと付けてるじゃねえか」
「付けてなかったと思ったか」
「いや。仕事頼むって言うから、よっぽど酷いのかと思った。帳面は普通に読めるし、銭も合ってる。ただな」
エルネは帳面を返した。
「これ作るために、おめえが何人から話聞いてる?」
「朝だけなら五人」
「五人か」
「バルトの飼料も入れれば六つだ」
「馬まで入るのか」
「食うからな」
エルネが笑った。
「帳面が足りねえんじゃねえな。おめえが全部の帳面の間をあっち行ったりこっち来たりしてる。酒が何樽ある、塩が何袋減った、鉄がどれだけ要る、箱の石がいつ切れる。全部最後におめえのとこさ来る」
「今はな」
「それで旅に出たら、向こうの連中は次の注文決めるまで待つ?」
「急ぐなら書き残す。戻ってから考える」
「回ってはいるんだな」
エルネは否定せず、むしろ少し感心したように言った。
「回ってる。でも人数と品がもう一つ増えたら、おめえの頭の中の道が一本増える。二つ増えたら二本だ。おらが入るなら、その道をこっちへ寄せりゃいい」
そこで自分から「入るなら」と言ったことに気づいたらしい。
エルネは鼻の下を一度こすった。
「まだ決めてねえけどな」
「分かってる」
◇
昼までのつもりだった同行は、結局夕方まで続いた。
塩と油を買う店では、レオンが以前より塩を多く買う理由を聞かれた。燻製が増えたと答えると、店主から保存用の粗塩をまとめて取れば少し安くなると提案された。
砥石屋では細目を二つ選び、麻糸は工房用に太いものを一巻き。燕麦はバルトの分として袋で買った。以前なら普通の鉄や銅も少量ずつ買っていたが、今回は二層の古金属が使えるため、そちらは見送った。
「仕入れが減ったのか」
エルネが荷台を見ながら言う。
「鉄と銅はな。材料の仕入れが自前に変わったから、ここで買う必要がなくなった」
「売る物が増えて、買う物が減る。そりゃ銭は残るべ」
「その代わり、工房の仕事は増えてる」
「そういうもんだ。銭が残るってのは、誰かの手間が消えたって意味じゃねえからな」
エルネはそこから、昔いた支店で荷造り用の木箱を自前で作り始めたら、箱代は減ったが倉庫番が木工ばかりするようになった話を始めた。
今度はレオンも止めなかった。
話は木箱から、木箱を作っていた男が冬に指を切ったこと、その男が左手でも釘を打てたこと、さらにその妻が商会の裏で鶏を飼っていたことまで続いた。
途中でレオンは塩袋を一つ買い終え、油の代金を払い、燕麦を荷車へ積んだが、エルネは歩きながらまだ話していた。悪気がないのはよく分かる。むしろ今の話も、「自前にすれば安い」で終わらず、「作る人間の時間も勘定に入れろ」とレオンへ伝えたいのだろう。
分かるからこそ、止めづらかった。
夕方、二人は閉店した商会支店へ戻った。
返送用の荷車はもう着いており、荷運び人たちが木箱を積み始めている。エルネは入口で「今戻った」と声を掛け、それからレオンへ向き直った。
「仕事は分かった」
「できそうか」
「できると思う。いや、たぶん今よりおめえの方が楽になる。帳面を取り上げる必要はねえし、商売の判断まで全部おらがやる気もねえ。おらは中で、何がいくつあって、いつ出て、何が足りなくなるかを管理する。おめえは売り先と買い先を担当すりゃいい」
そこまで言ってから、エルネは少し考えた。
「ただ、住み込みなんだべ?」
「ああ。ベルクから四日。町の中じゃない」
「だったら、仕事だけ見て決めるわけにはいかねえな。寝る場所も飯も、毎日会う奴らも同じになる。仕事が合っても、暮らせねえ場所じゃ長く続かねえ」
「だから見に来い。見て嫌なら断ればいい」
「そうする。ここの荷を出して、帳簿閉めるのが明後日だ。それが終わったら動ける」
「二日後、西門で待つ。朝に出る」
「分かった。今夜から私物だけまとめとく。荷は少なくしてくぞ。まだ住むって決めたわけじゃねえからな」
「それでいい」
本来なら、レオンは取引を終えたあと町を離れ、人目のない場所から《帰還》を使って洞窟へ戻るつもりだった。待機期間もすでに過ぎている。
エルネを連れていくなら、普通に四日歩かせる理由もない。
「明後日までここで用事を片づける。そのあと、一緒に帰る」
「帰るって、四日歩くんだべ?」
「歩かない。その時見せる。ただし、他言はするな」
エルネは少しだけ眉を上げた。
「そういう話か。分かった。商会勤めで、口にしちゃならねぇ話くらいは何度も抱えてきた」
「ならいい」
エルネは頷き、返送荷の方へ戻りかけた。
そこでまた振り返った。
「そういや住み込みってので思い出したんだけどな。おらが二つ目の支店へ行った時、最初の宿舎が――」
「エルネ」
「なんだ」
「荷が待ってる」
エルネは自分の後ろを見た。荷運び人が一人、木箱を抱えたまま本当に待っている。
「おお、悪い悪い。二日後な」
今度こそ帳場へ戻っていった。
レオンはバルトの手綱を取り、宿へ向かった。
悪い男ではないのは間違いないと思えた。仕事を任せれば、確実にレオンの手は空く。今日、身の振り方を一つ聞いただけで、三十年前の戦争から倉庫番の娘の嫁ぎ先まで聞くことになったが。
話の長いおじさんも、その心の内には熱い思いがあったりします。
皆様も、その思いのたけを評価ボタンにぶつけてみてはいかがでしょうかw




