旅商人は大きく稼ぎます
ベルク西門へ着いたのは、日が城壁の向こうへ沈み始める少し前だった。
南橋を通れない荷車が東回りへ集中しているせいで、門前には普段より小さな荷駄馬と人足が多い。長い列の横を衛兵が歩き、荷札と通行証を順に確かめていた。
レオンの番になると、顔を上げた衛兵が通行証より先にバルトの荷を見た。青魔鉄は厚布に包んで下へ積んであるが、その外側には丸めた灰色の毛皮が四枚あり、群れ長の長い角だけは折れないよう別に縛ってある。
「ずいぶん賑やかな荷になったな。角狼か?」
「ああ。皮は四枚だけだが、六頭分ある。残りは角と牙と魔石だけ持ってきた」
衛兵は荷台の横へ回り、群れ長の角を見上げた。
「六頭? 護衛と一緒だったのか?」
「一人だ。バルトが一頭蹴ったから、正確には五頭と少しだな」
後ろで順番を待っていた荷運び人が、小さく口笛を鳴らした。衛兵も一度レオンの顔を見直し、それから左肩の包帯へ視線を落とす。
「東回りでこれに当たったのか。角狼の群れが出るって報告は来てたが、群れ長までいたとは聞いてないぞ」
「同じ群れかは分からん。南橋を避けて人馬が増えてるから、狩場を変えた可能性はある。橋の修理人とラトス側には知らせた方がいい」
「分かった。あとで冒険者組合にも報告を出してくれ。……しかし六頭か。相変わらず、一人でやる量じゃないな」
衛兵は通行証を返しかけ、そこで手を止めた。
「待て。レオン、お前、今までどこにいた?」
「街道だ。見れば分かるだろ」
「そういう話じゃない。お前が借りてる西の貸し倉庫、三日前に火事に遭ったぞ」
レオンは通行証を受け取る手を止めた。
「どのくらい焼けた」
「全焼じゃない。火元から少し離れてたからな。ただ、屋根と奥半分はやられた。消火の水も入ったから、中の荷も無事とは言えん。倉庫番が使える物だけ寄せてある」
「火元は?」
「放火だ。犯人も捕まってる。詳しい話は西詰所へ行け。借主が戻ったら寄らせろって言われてた」
そこまで聞いて、レオンはバルトの荷を見た。生皮は前日から持ち歩いている。焼けた倉庫を見に行くより、先に冷蔵保管へ入れた方がいい。
「先に組合へ荷を預ける。そのあと詰所へ行く」
「そうしろ。角狼の皮を倉庫の焼け跡へ置いたら、火事より先に臭いで苦情が来る」
衛兵は門を通す札を上げ、レオンとバルトを中へ入れた。
六頭という言葉が聞こえたらしく、門の内側にいた若い衛兵まで毛皮へ目を向けていた。レオンはそれ以上説明せず、まず冒険者組合へ向かった。
◇
ベルクの冒険者組合には、魔物素材を預かる石造りの作業場がある。
レオンが受付で角狼六頭分だと告げると、帳面を書いていた女が顔を上げた。
「六頭分? 依頼の共同討伐じゃなくて?」
「道で襲われた。皮は四枚しかないが、角と牙と魔石は六頭分ある。群れ長も一頭だ」
「一人で?」
「ああ。討伐の経緯は明日の査定で話す。今日は冷えるところへ入れてくれ」
受付の女はまだ何か言いたそうだったが、生皮を見て先に職員を呼んだ。作業場から二人の男が出てきて、バルトから毛皮を下ろしていく。群れ長の角を受け取った年嵩の職員は、その長さを確かめるように両手の間隔を広げた。
「これは立派だな。先まで欠けてない。よく持ってきた」
「値が付くなら明日褒めてくれ」
「値段は鑑定人の仕事だが、一人で六頭分を持ち込んだことなら今褒めてもいいだろ。橋が止まってから東回りを嫌がる商人が増えてるんだ。道を荒らしてた群れなら、一つ片づいたことになる」
隣で荷を運んでいた若い職員も、「群れ長込みで六頭なら十分すごいですよ」と素直に言った。
レオンは少し居心地が悪くなり、バルトの腹帯を外す方へ手を伸ばした。
「群れが同じかは確認できない。褒めるのは査定が終わってからでいい」
「そこまで言うなら、明日は高く付くよう祈っとくよ」
毛皮と角、牙、魔石、岩針蜥蜴の毒袋と魔石を預け、青魔鉄だけはバルトへ残した。鉱石は明日、商人組合の秤場へ持ち込むつもりだった。
荷が軽くなったところで、レオンは西詰所へ向かった。
◇
貸し倉庫の一画は、遠くからでも火事の跡が分かった。
通りに面した二棟は屋根まで焼け落ち、黒い梁がむき出しになっている。レオンが借りている区画はそこから二棟離れていたため壁は残っていたが、木扉の上半分が焦げ、屋根板の三分の一ほどが剥がされていた。
倉庫番に鍵を借りて中へ入ると、煤と濡れた木の匂いがした。
ベルクへ戻った夜は、普段ならここでバルトを裏庭へつなぎ、自分は藁袋へ毛布を敷いて寝る。今夜もそのつもりだったが、寝床にしていた藁袋は水を吸って黒く潰れ、壁際の古い外套にも煤が染みていた。
焼けたのは、予備の革紐、安物の鍋、古い帳面が何冊か。売り物として置いていた小さな素材も、水を浴びて使えなくなったものがある。倉庫番が無事な荷だけ手前へ寄せてくれていたので、レオンは使える物と捨てる物を短時間で分けた。
損害は、商売を立て直せなくなるほどではない。だが、今夜ここで寝ることはできなかった。
もっと腹が立つかと思っていたが、実際に焦げた寝床を見ても、先に浮かんだのは、濡れた帳面のどこまで数字を拾えるか、今夜の宿代を余計に払うことになる、という程度だった。
そのことを少し妙には思ったが、考えても焼けた物は戻らない。レオンは無事だった税の記録と予備の革紐だけを荷袋へ移し、鍵を倉庫番へ返した。
西詰所では、昔から顔を知っている年嵩の役人が事情を説明した。火をつけたのはマルクだった。
以前、レオンと何度も同じ隊商を組んだ男である。ここ一年ほどは儲けの大きい危うい仕事ばかり追い、借金を増やしていた。ついには担保にしていた荷を差し押さえられ、その腹いせに債権者が使う倉庫へ火をつけた。火は隣へ移り、レオンの区画にも届いた。
マルクはその夜のうちに捕まり、今は牢に入っているという。火付けは重罪なので、軽い処分では済まないらしい。
「そうか。俺の方で必要な書類はあるか?」
レオンが聞くと、役人は机の向こうでしばらく黙った。
「倉庫の損害申告だけだ。……どうした、レオン。昔あれだけ一緒に商売してたマルクが、あんなことになったんだぞ。それだけか?」
「捕まったんだろ。なら、俺が怒鳴っても出てくるわけじゃない。焼けた分は申告する」
「いや、そういう話じゃないんだがな。お前、もっと腹を立てるか、あいつに会わせろと言うと思ってた」
レオンは少し考えた。
「会って何を話す。借金を増やし始めた頃に、やめろとは言った。聞かなかったのも、火をつけたのもあいつだ」
「……変わったな、お前」
「そうか?」
本気で分からず聞き返すと、役人は椅子の背へもたれた。
「前のお前なら、もう少し面倒な顔をしてた気がする。まあいい。会いたくなったら言え。取り調べが終わるまでは無理だが、申請は出せる」
「必要になったらな」
レオンは損害申告へ、焼けた物と濡れて使えなくなった物を書き込んだ。終わると役人は倉庫の修理について管理人側と話すよう伝え、それ以上マルクの話を続けなかった。
詰所を出た時には暗くなっていた。
レオンは鍵付きの荷物庫がある宿を一軒取り、裏の馬房へバルトを入れた。青魔鉄二袋は宿の荷物庫へ預け、封印札を受け取ってから部屋へ上がる。倉庫なら要らなかった宿代に荷物庫代まで払うときだけ、火事に対して少し腹が立った。
◇
翌朝、冒険者組合の作業場へ行くと、角と牙、魔石、四枚の毛皮が長机へ並べられていた。
片眼鏡を掛けた鑑定人は、レオンを見るなり手元の帳面を閉じた。
「久しぶりに顔を出したと思ったら、六頭分か。お前、普通の荷を持って来る気はないのか?」
「普通の荷は商人組合へ持っていく。そっちはお前の仕事じゃない」
「そういうところは相変わらずだな。肩はどうした」
「別の魔物だ。角狼にやられた傷じゃない」
「なら六頭倒して無傷か。なおさら気に入らんな」
「何がだ」
「こっちは昨日から、若い連中に『本当に一人で六頭か』って三回聞かれた。俺が倒したみたいに聞くなと言っておいた」
鑑定人が顎で示すと、作業場の隅で皮を畳んでいた若い職員が笑った。
「だって群れ長込みですよ。昨日の受付から話が回ってます」
「話を回す暇があるなら働け」
鑑定人はそう言いながらも、口元は少し緩んでいた。
「で、何があった。六頭分を持ち込んだ経緯だけ聞かせろ」
レオンは東回りで角狼の群れに襲われ、群れ長を含む六頭を討伐したことだけ簡単に説明した。南橋の不通で迂回する人馬が増えており、群れが狩場を移した可能性があることも付け加える。
「なるほどな。群れの動きは組合から橋の修理側にも回しておく。討伐した場所は地図に印を頼む」
鑑定人はそれだけ確認すると、戦い方を聞き直すことなく素材へ向き直った。
「しかし、一人で六頭は大したもんだ。C級だから勝って当然、なんて言うやつがいたら、そいつに六頭並べてから言わせろ。群れで来る魔物は数が増えた分だけ面倒になる」
「査定も六倍にしてくれるなら聞いておく」
「そこは別の話だ」
最初に群れ長以外の五頭分をまとめて見る。現在の持ち込みは五頭分の角と牙と魔石、毛皮は状態のいい三枚だけである。バルトが蹴った一頭の角は根元側しか残っていない。
鑑定人は傷、魔石の濁り、牙の欠けを順に確かめ、帳面へ数字を書いた。
「群れ長以外の五頭分で銀貨六枚と銅貨二十。皮を二枚置いてきた分は減るが、今は東回りを嫌って素材の荷も細ってる。角と牙は普段より少し高い」
「悪くないな」
「『悪くない』で済ませる額を、昨日からうちの若いのが羨ましがってる」
若い職員が「そりゃ羨ましいですよ」と即座に答えた。
「俺たちなら六人で行って、帰ってきたら六人で分けますからね」
「お前はまず、六人で行って六人で帰ってくる方を優先しろ」
「そこはちゃんとします」
やり取りを聞きながら、レオンは群れ長の角を机の中央へ出した。
鑑定人の表情が少し変わった。
「こいつは昨日見たときから気になってた。長いだけじゃないな」
小さな青い宝珠を、黒い鑑定板の窪みへ嵌める。群れ長の角の根元を宝珠へ触れさせると、板の表面へ白い文字が浮かんだ。
《素材鑑定 Lv4》
《角狼・雄成体》
《魔力層――七層》
《土属性適性――高》
表示はレオンにも、隣の職員にも普通に読めた。
「七層か」
鑑定人の声が低くなり、若い職員が手を止めて板を覗き込む。
「七層って、そんなに出るんですか?」
「普通は三層、多くても五層だ。ここまで育つ前に人里へ出れば狩られるし、群れの中で負ければ長くは生きられん。七層なら、角は魔術具の芯材として売れる」
鑑定人は角を光へ向け、先端まで欠けがないことを確かめた。
「それに、よく残したな。根元に大きな剣傷がない」
「売れそうだったからな」
「戦ってる最中にそこまで考えてたのか?」
「長い角だった。壊さない方がいいとは思った」
鑑定人は呆れたように息を吐いたあと、もう一度角を見た。
「そういう商人根性は嫌いじゃない。角で銀貨七枚と銅貨八十。牙は左右揃ってるから三枚と四十。皮と魔石で二枚と四十だ」
群れ長だけで銀貨十三枚と銅貨六十になる。
岩針蜥蜴二匹の魔石と毒袋は銀貨一枚と銅貨二十。角狼の危険報告と討伐については、東回りの安全確保への報奨として銀貨一枚と銅貨五十が付いた。
鑑定人が帳面の数字を足した。
「全部で銀貨二十二枚と銅貨五十だ。今すぐ組合へ売るなら、この額で買い取る」
レオンは机へ並んだ素材を見た。
道中で襲ってきた群れから、これだけの額になる。しかも青魔鉄とは別の収入である。
「群れ長の角だけ競売へ回せば、もう少し上がるか?」
「買い手を集めるならな。十日見れば、あと二、三枚は狙えると思う。ただし確実じゃない」
「現金でいい」
「珍しいな。お前なら、もう少し値段で粘るかと思ったが」
「十日ここに残って二、三枚なら、その間に別の荷を動かす。今はそっちの方がいい」
鑑定人は片眼鏡の奥からレオンを見た。
「倉庫が焼けたから、ベルクに長居する気がなくなったのか?」
「それもある。今まで要らなかった宿代まで毎日かかるしな」
「損得の勘定だけは相変わらず早いな」
鑑定人は笑い、査定書へ組合印を押した。
「まあいい。六頭を一人で持って帰って、二十二枚なら十分だろ。今日くらいは胸を張っとけ」
「胸を張るのは金を受け取ってからでいい。査定書をくれ」
「最後まで商人だな。ほら、持っていけ」
会計窓口では、銀貨二十二枚と銅貨五十枚が机へ並べられた。朝から依頼書を見ていた二人組の冒険者が、硬貨の音に顔を上げる。
「その銀貨、昨日持ち込まれた角狼六頭分の査定ですか?」
片方が聞いた。
「ああ。群れ長を含めた六頭分だ」
「昨日の六頭の人ですよね。すごいな……俺たち、この前三頭で撤退したばかりなんですよ」
もう一人も苦笑しながら頷いた。
「群れ長までいたんでしょう? 一人で持ち帰ったなら、そのくらいもらって当然ですよ」
レオンは一瞬返事に迷い、結局、軽く顎を引いた。
「次に当たったら無理するな。三頭で逃げたお前の命の方が、金より長く使える」
「分かってます。でも、いつか俺たちも持ち帰りますよ」
「そのときは毛皮まで残せ。査定が上がる」
二人が笑い、受付の女も「結局そこなんですね」と笑った。
レオンは受け取った銀貨を二つの革袋へ分け、銅貨は小袋へ入れた。
銀貨を分けている途中、入口近くの長椅子に灰色の頭巾を深く被った男がいるのが目に入った。手には飲みかけの酒があり、顔は会計窓口の方を向いている。
見覚えはなかった。
レオンが最後の銀貨を革袋へ入れるより先に、男は杯を置いて立ち上がった。受付にも寄らず、そのまま組合を出ていく。
レオンは扉の向こうへ消える灰色の背を一度だけ見送り、すぐに革袋の口を締めた。組合には仕事を探しに来る者も、人を待つ者も、ただ酒を飲む者もいる。知らない顔が一人先に出たところで、気に留める理由はなかった。
◇
角狼の売却を終えると、今度は青魔鉄を載せたバルトを商人組合へ連れていった。
表通りの取引所ではなく、高い板塀に囲まれた裏秤場を借りる。門を閉じれば、商品を見られるのは組合の鑑定人と呼ばれた買い手だけになる。
青魔鉄を扱う精錬所から三人が来た。
そのうち一人、腹の出た年配の買付人はレオンの顔を見るなり鼻を鳴らした。
「久しぶりだな。橋が止まってから顔を見ないと思ったら、今度は鉱石か。お前は何屋なんだ?」
「売れる物を運ぶ屋だ。お前は買える物を買う屋だろ」
「相変わらずだな。中身まで相変わらずなら、今日は帰るぞ」
「帰るのは中身を見てからにしろ。そこらのより、こっちは明らかに上だ」
顔を知っているのはその一人だけだったが、残る二人も鉱石の袋を見る目は早かった。
組合の鑑定人が二つの袋から数個ずつ石を取り出し、表面の泥を落とした。割った断面へ青い宝珠を当て、黒い鑑定板へ載せる。
《鉱石鑑定 Lv4》
《青魔鉄含有率――六割三分》
《土属性混入――微量》
《選別状態――良》
二つ目は六割六分。三つ目は六割一分だった。低い物でも六割を少し切る程度で、ラトスへ持ち込んだ最初の鉱石より明らかに高い。
顔なじみの買付人が、一つを手に取って断面を指でなぞった。
「採れた場所は聞いても無駄か? この品位なら、そっちの方が気になる」
「場所まで買値に含めるなら聞け。鉱石の値段とは別だ」
「場所込みで銀貨二十枚なら、少しくらい口が軽くならないか?」
「鉱石だけでも二十を見てる。場所まで買いたいなら金貨を持ってこい」
「誰が選別した。ずいぶん揃ってるし、素人が適当に分けた感じじゃない」
「取引相手だ。同じやつが次も見る。俺も売る前に確かめる」
「同じ質で次も持ってこられるなら、こっちも話がしやすいんだがな」
「鉱脈が同じ質で続く保証はない。持ってくるかどうかも、今日の買値を見てからだ」
三人の買い手が互いを見た。
南橋が荷駄馬と荷車を通せなくなってから、西側から入る鉱石や木炭の荷は細っている。人が背負って運べる量には限りがあり、精錬所は普段より少ない材料を奪い合っていた。青魔鉄に限らず、炉へ入れる価値のある鉱材は値が上がっている。
「二袋で銀貨二十二枚。鑑定料はこちらで持つ」
最初に若い買付人が値を出した。
レオンは答えず、残る二人を見た。
「二十四枚。秤場代もこちらで持つ」
二人目が続ける。
顔なじみの男は袋の重さと鑑定結果を見直し、少し考えた。
「二十五枚。次も最初にうちへ声をかけろ」
「声をかける約束まで付けるなら安い」
「お前ならそう言うと思ったよ。いくらだ」
「二十八。鑑定料と秤場代は買い手持ち。次も持ってきたら、同じ条件で三軒に見せる」
「一気に上げるな。二十六だ」
若い買付人が割って入った。
「二十六と銅貨五十。今日中に引き取る」
もう一人も値を上げる。
レオンは顔なじみの男を見た。年配の買付人は舌打ちし、青魔鉄の欠片を板へ戻した。
「二十八。手数料もこっちで持つ。ただし次に持ってきたら、売る前に一度は見せろ。値が合わなきゃ他へ持っていっていい」
「それならいい。二十八で売る」
「本当に信用ならんな、お前は。次も三軒に見せる気満々じゃないか」
「俺の信用より、持ってきた鉱石の品質を見ろ。そっちは裏切ってないだろ」
男は一瞬黙り、笑った。
「そこが腹立つんだよ。これなら文句はない。選別したやつにも、いい仕事だと伝えておけ」
「ああ。それは伝える。本人が聞けば喜ぶだろ」
銀貨二十八枚を受け取ったとき、レオンは洞窟でミラへ並べた十一枚を思い出した。
平時の相場でも二十枚は狙えると見ていた。そこから旅費と仕入れを引いても六、七枚残れば十分だった。それが南橋不通の品薄にぶつかり、売値は二十八枚まで上がった。
今回に限れば、青魔鉄だけで仕入れ値との差は銀貨十七枚ある。
角狼と岩針蜥蜴で銀貨二十二枚と銅貨五十。青魔鉄で銀貨二十八枚。売却で新たに手元へ入った額は、合わせて銀貨五十枚と銅貨五十枚だった。
もちろん、青魔鉄には銀貨十一枚の仕入れがあり、往復の旅費もまだ全部は確定していない。角狼六頭も毎回街道で待っているわけではないし、南橋が直れば鉱石相場も下がる。
それでも、今回の旅がかなりおいしい稼ぎになったことだけは間違いなかった。
レオンは封印袋を確認し、銀貨を三つに分けて身につけた。
「次も同じようなのが出るなら、先にうちへ持ってこい。今日みたいに競わせる前にな」
買付人が言う。
「橋が直ったら今より値を下げるだろ。そのときは条件を見て決める」
「当たり前だ。俺だって商売してる。だが、質が同じなら悪い値にはしない」
「それなら次も見せる。売るかどうかは、その値を聞いてからだ」
「そういうところは本当に変わらんな」
レオンは返事の代わりに、空になった鉱石袋を畳んだ。
◇
売る物がなくなると、バルトの背にはかなり余裕ができた。
レオンはまず金物屋へ向かった。昔から荷車の金具や旅道具を買っている店で、店主はレオンを見ると、棚の奥から顔だけ出した。
「久しぶりだな。今度は何を壊した」
「何も壊してない。短い板を六枚、釘を二袋、小さい蝶番を四つ。それと錐の替え針を二本」
「何か作る気じゃないか。お前が板を買うのは珍しいな」
「棚を増やして、簡単な作業台も作る。湿った床へ物を置かないようにしたい」
「倉庫の修理に使うのか? 火事のあとなら、板はいくらあっても足りないだろ」
「違う。あそこは管理人が直す。これは別の場所へ持っていく」
店主はそこで火事のことを知っているらしく、少しだけ声を落とした。
「そうか。火事の話は聞いたぞ。寝床まで焼けたんだってな」
「寝床がなくなったのは面倒だ。板は反ってないやつをくれ」
「……お前がそう言うなら、余計なことは聞かん」
店主は板を一本ずつ床へ当て、反りの少ないものを選んだ。蝶番と釘を包みながら、レオンの左肩へ目を向ける。
「そっちは火事じゃないな」
「毒針だ。もう治りかけてる」
「お前、来るたびどこか増えてないか?」
「荷が増えるならいいだろ」
「傷の話だよ。まあ、生きて払うなら客としては文句ない」
勘定を済ませて板をバルトへ固定すると、次は以前から旅用の保存食を買っている食料品店へ寄った。
塩気の強い乾肉や堅焼きパンなら手持ちにもある。普段のレオンなら、帰路の日数を数えて不足分だけ足せば終わりだった。だがその日は、干し林檎を二包みと蜂蜜を二瓶、いつもの保存食とは別に台へ置いた。
女主人は品物を見比べ、蜂蜜の瓶を持ち上げた。
「珍しいね。あんたが甘い物を二瓶も買うなんて。自分で食べるなら、こっちの大瓶の方が安いよ」
「一つは置いていく。二つに分けておけば、片方を割っても全部なくならない」
「置いていくって、今度はどこに台所を持ったんだい。前は鍋一つで町から町へ歩いてたじゃないか」
「台所と呼べるほどじゃない。鍋と炉はある」
「干し林檎まで二包み。ずいぶん景気のいい保存食になったもんだね」
レオンは並んだ品を見た。旅の途中で腹を満たすだけなら、どちらもなくて困る物ではない。それでも、洞窟の穀物箱に粉と豆が入り、食べる量を一口ずつ気にしなくてよくなった今なら、こういう物を混ぜてもいいと思った。
「今日は売れたからな。腐らない物なら、少しくらい余分にあっても困らん」
女主人は何か言いかけたが、蜂蜜の瓶を布で包む方を選んだ。
「それなら、こっちは口が固い方を選んどくよ。前に入った瓶は蓋が甘かったからね」
「助かる。帰り道で漏れたら、バルトまで甘くなる」
「その馬なら喜ぶんじゃないかい?」
「舐める場所が増えるだけだ」
女主人が笑い、二瓶を別々の布で包んだ。レオンは干し林檎も荷袋の奥へ入れ、瓶が板や金物へ当たらない位置に収めた。
荷をバルトへ積み直すと、来たときより軽い。青魔鉄二袋と毛皮四枚がなくなった分、板を外側へ固定しても余裕がある。
「これなら帰りも問題ないな」
バルトが干し林檎の包みへ鼻先を寄せ、そのままレオンの脇へ顔を押し込んできた。
「お前の分もある。だが全部はやらん。帰り道の分まで今食う気か」
包みを反対側へ移しても、バルトは首を伸ばして追ってくる。
「半分だ。それ以上はベルクへ戻って自分で買え」
レオンは干し林檎を小さく一切れだけ出した。バルトが食べ終えるまでに、帰り荷の紐をもう一度締める。
予定では、ベルクで相場を確かめ、必要なら数日かけて売り先を探すつもりだった。角狼の競売も選べたし、青魔鉄も一軒ずつ交渉すれば、さらに少し上を狙えたかもしれない。
だが、売る物は今日のうちに全部売れた。買う物も揃った。焼けた倉庫で待つ仕事もない。
宿へもう一泊する理由はなかったので、レオンは買い物を終えた足で宿へ戻り、預けていた荷を受け取った。宿代の残りを精算し、昼を少し過ぎた頃には西門へ向かっていた。
門の顔なじみの衛兵が、朝より軽くなったバルトの荷を見て言った。
「もう出るのか。昨日来たばかりだろ」
「用事が終わった。南橋が直ってないなら、帰りも東へ回る」
「まだ荷駄馬は無理だ。修理人から朝の報告が来てる。昨日の角狼の件も伝令を回した」
「助かる」
「倉庫はどうする?」
「管理人と話す。今夜寝る場所にはならんし、急いで決めることでもない」
衛兵は少しだけ妙な顔をしたが、通行証へ出門印を押した。
「まあ、お前がいいならいい。今度は六頭も拾ってくるなよ」
「拾ったわけじゃない」
「知ってるよ。気をつけて行け」
門を出ると、昼の街道には東回りへ向かう人馬がまだ多かった。
レオンはバルトの手綱を取り、ベルクの城壁から離れていく。懐には予想を大きく上回った銀貨があり、バルトの背には板と金物、干し林檎と蜂蜜が積まれていた。
歩きながら、短い板を洞窟のどこへ渡せば湿気を避けられるか考える。炉へ近すぎれば邪魔になるし、穀物箱のそばなら乾物を置く棚にもできる。蜂蜜はミラが煮込みへ使うかもしれないので、一瓶は割れない場所へ置いた方がいい。
レオンは荷紐の結び目を一度引き、東回りへ続く道を選んだ。
ミラが見つけた青魔鉄も、道中で手に入れた角狼も、まとまった銀貨になりました。
この稼ぎが洞窟で何に変わっていくのか。
続きを見届けたいと思ったら、ぜひブックマークをお願いします。




