96.4章-第12話 ”ドリームランド(偽) #5/5”
「馬鹿な! ばかな! それは旧き印ではない。旧き神々の印、破邪の印は既に堕ちた。我らが墜とした。そもそも、理が違う、それは我らの側、邪なる側の徴のはず! ナコトの五角形が、なぜ我らを阻む」
“浅薄。浅慮。短慮”
あの狂える老人との邂逅で見せた光の文字が。
漆黒の原初の魔書、否、『☆8禁忌級魔導書 - 原初の”ナコト写本”』からあふれ出す。
“善悪聖邪など無し。知り、識り、ただすべての知識を蓄える。理と、術を、術理を敷く”
だが今度は、理解できる。知らないはずの言葉で記されたそれが、判る。
知っている。私はこれを、識っている!
“幼き担い手。何を望む。何を成す”
「救いを。命無きと、魂無きと、偽りの身を嘆く少女に。機械の神に生み出された魂に、私の伴侶たる証を! 救う術をどうか!」
ナコト写本の問いかけに、敢然と応えます。
悍ましい混沌を流し込まれていた、ゴシックドレス姿の少女人形。
淡いライトグレーのウェーブロングヘア。さらに両脇には緩やかなツーテールで飾られた。触れると柔らかくてさらさらとしていて。撫でると陽だまりのように温かな笑顔で見上げてくれる少女。
現実の魂の座を穢す混沌にあらがう、砕かれたその魂を繋ぎ留める、知識を、術理を!
輝くナコト五角形が、少女人形の身体を優しく包む。
“汝の理を示せ。汝の領域を規定せよ”
魔導書に導かれ、手ごたえすらなかった”☆8 神威-領域規定”が、今、反応を確かに示す。
成すべきこと、紡ぐべき言葉が、己の裡から湧き出して来る。
白と黒、交互に奏上する祝詞。それは、世界に投げかける私の理。
「光よ、照らせ。光よ、抗う輝きとなれ」
「闇よ、沈めよ。闇よ、払う深淵となれ」
「焔よ、燃やせ。焔よ、全てを滅せよ」
「氷よ、停めよ。氷よ、全てを封ぜよ」
「「最古の知識よ。最古の術理よ。この身を導け」」
わずかに残った2つの身体の魔力が、呼び水となり。世界に満ちる魔力が、マナが、想いが、今ここに領域を成す。
「「神代魔法 – ……」」
ナコト五角形を模した、新たな五角形が生み出されようとする。
しかし、その形は歪、正五角形を成すことなく、一角がひしゃげ、潰れている。歪んだ五角形は霧散する。
領域は形成されず、集まったマナは、想いは、消え失せる。
呼び水となったわずかな魔力だけでは、魔法を成すには到底足りない。
“不足。均衡に満たぬ。探求せよ。簒奪せよ。この場は凍結される”
「え……」
ナコト五角形が。紋様を記された五角形が、空間全域に無数に、多重に描かれる。
邪神ナイアルラトテプすらもがその五角形の徴に囚われ、封じされる。
紗雪への侵食が目に見えて、停止している。
全ての時間が止まった空間を視界に収め、再び飛ばされる。別の空間へ。
今度は、ついに直接力を貸してくれる、原初の”ナコト写本”によって。異なる空間へと飛ばされる。
“神威は得た。魔導書を得た。均衡を得よ。さすれば再びこの場は解き放たれる”
温かな光の文字が、最後に目の前に浮かぶ。
紗雪を残し、この空間から私は消えた。
言葉は足りなくとも、知識はしっかりと私の中に与えられていました。
原初の”ナコト写本"に刻まれた知識が、私の中に流れ込んできたのです。
私を導く、導いてくれる、魔導書。その知恵を貸し与えられたのです。
神代魔法。それを成すに私では。いえ、神ならざる身ではそもそも全てにおいて不足しているのは当然。
力ある魔導書こそが、その不足を補助してくれる。魔導書と、神代魔法適正を有する者がそろって初めて、行使可能となる奇跡。それが、それこそが”魔法”であり、神代魔法。
己自身の中の魔力を動力とする魔術とは違う。
この世の根源、この世の構成要素そのものであるマナ。すべての存在の想いの集合体でもあるマナ。
それを動力とする”魔法”は、神ならざる身には本来、過ぎたモノ。
真に神代を生きた存在であればともかく。現代においては力ある魔導書あるいは聖典が、導き、手を添え、初めて行使できる奇跡。
さらに、神代魔法は、模倣可能な前例はあれども、基本は各自それぞれに生み出す魔法。
その行使者自身が定義した理、独自の世界を、領域としてこの世界に規定する魔法。
ある意味では世界の奪い合いを演じる魔法が、神代魔法。
ナコト写本に導かれ、ナコト五角形を参考に、守るための領域を規定しようとしたのが先程。
しかしそれには、注ぎ込む私の理のバランスが崩れすぎていた。
今私を成立させる属性。光、闇、炎、氷。そして、己の魂。
光、闇、魂はいづれも位階を適度に上り、均衡を保っている。
問題は相反を成すもう1組。
氷は邪神アフーム=ザーに由来する、超特級の力。それ故に。特に、相反する二重性の片割れである炎が、押し負けた。融炎という特化させた焔とはいえ、所詮は人の理の範疇の力。源からして格の違いは絶望的。
その格差が、生み出そうとした領域の理を歪め、定義が破綻し、私の初めての神代魔法は散逸した。
だから。ナコト写本は、あの空間を凍結し、時間の牢獄の中に閉ざしてくれた。
時間を、私が力を得るための時を、稼いでくれている。
炎への導きは、アフーム=ザーによって既に示されているが故に。
邪神でありながら事あるごとに密かに私に力を貸してくれた、凍れる炎の神に、心の中で今一度礼を尽くし。
いざ、踏み出す。
ナコト写本が送り出してくれた、この偽のドリームランドから接続された、この場を作るために取り込まれた、本来の試練ダンジョンから接続されていた、架空の領域。
限定的に再現された、炎の邪神が眠る星たるハイパーボリアの大地と通ずる地。
丘の上にただ1本、天へと枝を伸ばす木。白き翼の身で空を舞い、黒き翼で地より見上げる。
満天の星空。ひときわ強く輝く星が梢の上にかかる。
ああ、火の精よ、火の旧支配者よ。今あなたへ捧げる私の祝詞をどうか、聞き届けてください。
魔導書、原初の”ナコト写本”に与えられたその言葉を、祝詞を、口の端に上らせる。
「「ふんぐるい、むぐるうなふ、くとぅぐあ。こるう゛ぁす、んがあ・ぐあ、なふるたぐん。ia! Cthugha! ia!ia! Cthugha!」」
炎が満ちる。空気が焼ける。空が焼け落ちる。
白い翼の身に、不遜にも神に呼びかけるたるを咎める炎を受け入れる。
作り変えられるように、細胞の一欠けら、意識の一欠けらまで、炎に飲み込まれる。
熱い、暑い、意識が炎に飲まれ気化していく。
「ia ia Aphoom-Zhah」
黒き翼の身が囁く、アフーム=ザーへの祝詞。灰白色の凍れる炎が密やかに広がる。
「「ああ、クトゥグアよ、炎の神よ、炎の精よ。御身を今、解き放たれよ。アフーム=ザー、我、封を破りし者。我、汝の解放者。炎の神の子たる御身をもって、最も新しき、偉大なる一、グレートオールドワンたる御身の権能によりて。旧き神に封じられし、炎の神を、解き放たれよ!」」
灰白色の炎が、炎に包まれる幻夜を、覆い包む。
月のまなざしを、数多の星の視線を、天地から隠すように!
冷たき炎の氷に封じられた丘の上。炎が形を成す。
燃える熱き焔が白き翼、純白の髪の乙女たる私の中へと潜り込む。
焼き尽くされ、燃やし尽くされ、ひとたび消え去った私が。
炎の中、再び生まれる。灰は肉となり、灰は血となり、灰は真白き神翼の身となる。
儀式は今、ここに成った。
子たるアフーム=ザーの解放者により、父たるクトゥグアの開放は、今、ここに成された。
なれば祝福を。炎の祝福を、この身に刻まれよ!
【個人アナウンス:“☆8 禁忌級 断章:クトゥグアの断片”が解放されました】
【個人アナウンス:“断章:クトゥグアの断片”の祝福が与えられました】
【個人アナウンス:☆5 属性:融炎 の進化が可能です。複数の不可逆の変化を伴います。承諾しますか】
「はい、もちろん。どうかそのお力をお貸しください」
“☆5 属性:融炎” ⇒ “☆9 Lock:神炎” (旧支配者 クトゥグア由来) に進化しました
“☆6 統合魔術行使:上級特化-接触” ⇒ “☆7 Lock: 統合魔術掌握 : 上級特化-接触” に進化、変質しました
純白の身と、漆黒の身、それぞれから立ち上った、灼熱の神炎と、灰白色の冷たき炎が、二重の螺旋を描き、天へと上る。
この身に祝福の徴を刻み、宇宙へと昇る。梢を離れた星、フォーマルハウトが、眩き光をもたらす先へと。
【個人アナウンス:クエストスクロール”旧支配者クトゥグアへの誘い” が完遂されました】
【個人アナウンス:クエストスクロール”魔書の源流へ”が変質しました。”魔書の在り方、魔書の主”が開始されました】
再び視界が歪む。
時の停められた空間へと、喚び戻される。
原初の”ナコト写本”に、今度こそ、正しく認められるためにも。




