93.4章-第9話 ”ドリームランド(偽) #2/5”
「「痛ったぁぁぁ」」
歪みに突っ込んだと思ったら、全速飛行の勢いのまま、全身を激しく地面か何かに叩きつけられる激痛が。
正面から突っ込んだ天使ボディに、割と敏感な翼の軸と後頭部を叩きつけられた堕天使ボディ。
あまりの激痛に、昂りかけていた体の感覚も押し流されました。
やっと落ち着いてきて前を見れば、木の壁。
ええ、木目も大変に美しく、匠の技で仕上げられた、ニスの塗られた。いや、ただの木の板でできた家の壁ですよこれ。
「荒野にいたと思ったら、どこかの家の中でした」
「あ」
思わず愚痴ったところで、堕天使ボディの視界に書き物机に向かう、ご老人……でしょうか? 広い背幅に後ろからでもわかる、もじゃもじゃの髭。
「も、申し訳ありません」
「私達、決して怪しい者では」
慌てて声を掛けますが、ランプの灯りの元、一心不乱に羽根ペンを動かすご老人は一切反応を示しません。
何かをひたすらぶつぶつと呟きながら、ひたすらに分厚い本に書き進めるペン先が走る音。インク壺との往復の時を除き、止まる事のないペンの音と、不気味にしか思えなくなってきた呟き。
聞き取ることができない、どうやって発声しているのかすらもわからない、聞いたこともない言語に混ざって。
時々、拾える言葉。
知らせねば、識らしめねば
残さねば、遺さねば
見た、観た、魅た、知った、識った、嫉った
全てを、侵食に、侵略に
抗う術を、抗う意思を
欠けている、蝕まれている、失われている
知識が、記憶が
欠損している、流出している
足りない、足りない、足りない
満たさねば、知を、識を
欠けた、術を、理を
ただひたすら狂気的に呟きを漏らしながら。
一心不乱に、解読できない文字を、白紙の本のページ、羊皮紙と思しきページに、書き連ね続けている。
ダメもとで簡易鑑定で彼を覗き見ると
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☆8 狂える詩人 “アブド=エル・ハズレッド (アブドゥル・アルハザード)” の模倣体
種族:屍喰鬼
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「グールと言えば……」
「冥府の洞窟-ニベヘリィルの、最奥、ボスの間の儀式と魔導書」
「魔導書、屍食教典儀」
「たぶん持って行ったのが、クロウリード王……?」
「それならこの”模倣体”は」
と、2つの身体で交互に言葉を重ね思索にふけり始めたところで、唐突にペンの音が、狂気のつぶやきが、止まりました。
ぐるりと、こちらに振り向く顔。
血走った眼、くいしばられた口元、必死の形相を浮かべた老齢の男性が椅子を蹴立て、こちらに、堕天使ボディーの方へ、つかみかからんばかりの勢いで迫って来たではありませんか。
「い、いや……!」
あまりの恐怖に思わず、か弱い悲鳴を漏らす私。
止める暇もあればこそ、伸ばされた老人の腕がつかんだのは、腰に下げていた、”☆8 原初の魔書“
『繝翫さ繝医?∝商縺ョ遞ョ譌上′谿九@縺溘?√h繧ゅd蜴溷?縺ョ蜴滓嶌縲√%繧後′縲√%縺ョ遏・隴倥′縺ゅl縺ー?』
漆黒の本を頭上に掲げ、発声方法すらわからない言葉の羅列を吐き出す狂気の老人。
その指が、銀の鎖にかかり。
光る文字が、魔書から、あふれ出す。
見たこともない文字の羅列。だが不思議と美しいと感じる文字。
あふれ出す光の文字の連なり。狂気の老人が声高に、発声不能な言葉を紡ぎあげる、祝詞を奏上する。
漆黒の、原初の魔書を、戒めていた銀の鎖が、砕けた。
細かな銀の粒子となり、霧散する銀の鎖。
解き放たれる。原初の魔書が、その名を今しろしめす。
【エリアアナウンス:☆8 原初の魔書がその銘を示します】
【エリアアナウンス:☆8禁忌級魔導書 - 原初の”ナコト写本” が顕現しました】
【エリアアナウンス:原初の”ナコト写本”が、認められし者”ナオ”の手に委ねられます】
【エリアアナウンス:委ねられし者”ナオ”の解放条件未達成を確認。権限が制限されます】
舞い散る紙片。
漆黒の、原初の魔書。否、原初の”ナコト写本”から、無数のページが、部屋中を舞う。
紙片の1枚1枚が秘めた膨大な神威、邪気、聖気。
神の気配をまとったページの1枚1枚が視界を満たす。
あまりにも神々しい気配に、忘我の境地に飲み込まれる私。
茫然と、ただ、自失し、魅入られる私。
見る者のなくなった狂気の老人は、快哉を上げ、再び書き物机へと戻っていた。
ペンをとり、一心不乱に、書き連ねる文字、図形、紋様。
「失われた知は、識は今、補完された。あぁ、アル=アジフは今ここに、再び完全となる!!」
彼の口から漏れる、歓喜の声。
「イースの大いなる種族が遺した知識により、今、満たされた!!!」
ページの乱舞が収まる。
再び原初の”ナコト写本”へと舞い戻った紙片達。
そっと、禁忌の魔導書が、私の手に再び収まる。
もはや縛る鎖は無い。けれど、表紙を開こうとするも、開くことはできない。漆黒の魔書。
狂気の老人が奏でる、呟きと、随喜の歓声。そして、ペンの音が止んだ時。
木造の家屋の一室に、亀裂が生まれた。
流れ出る怖ろしい深淵。
開いた亀裂から、金の髪をなびかせ、美の化身が現れいずる。
「ご苦労」
その声は果たして、狂気の老人へと告げたものか、はたまた、白と黒の翼もつ2人に分かれた美少女へと告げられたものか。
筆をおいた老人の姿が、塵となって消える。
役目を終えた、作られた依り代には目もくれず。机に置かれた一冊の重厚な本を手に取る、金髪の美男子、クロウリード王。
「封じられていたアルハザードの知識は、イースの大いなる種族が記した貴様の持つ、ナコト写本により補完され。そして今、ここに、完成された。見事、ネクロノミコンの失われた断片は、ここに再び生み出されたのだ」
つまり、なんですか。私達がここに来るように仕向けたのはクロウリード王で、むざむざ、足りないピースを私は運んできたと。
先ほどまでの”模倣体”、グールの身体であったことからもやはり、あれもクロウロード王があの時、洞窟の最奥で手にした魔導書を用いて、生み出したのでしょう。
クロウリード王が虚空から取り出したもう1冊の、魔書。机の上のそれとうり二つの、重厚な魔導書。
新たに取り出されたそれに、今先ほど書き上げられた本からページが舞い散り、吸い込まれていく。
やがて二つの、うり二つの魔導書は一つに合わさり。
【エリアアナウンス:☆8禁忌級魔導書 – ネクロノミコン/アル=アジフの欠けた断片が満たされました】
【エリアアナウンス:☆8禁忌級魔導書 – “ネクロノミコン” が顕現しました】
【エリアアナウンス:“ネクロノミコン” が、儀式遂行者の手に委ねられます】
恐慌をきたしてしまいそうなほどに、高まるクロウリード王の放つ邪気。圧倒的な威圧感。
目にするだけで、魂を砕かれそうなほどの恐怖。
膝が再び笑い、腰が抜ける。みっともなく漏れる内股の生暖かい湿り気。
あの時立ち直らせてくれたルナリスは、今ここにいない。
「しっかりしろ」
「しっかりしなきゃ」
自分で自分を叱咤する。神翼種へと至った表の身が双短剣を強く握り、裏の身が漆黒のハルバードを振りかぶる。
ここで、止める!何をしようとしているのかは全くわからないけれど、碌なことなわけがない。
少なくとも、また1冊、禁忌級の魔導書が敵の手に渡ったという事だけは確か。
全力の殺意を籠めて、
融炎と光輝、二つの属性を最大威力で発動待機。
暗黒の干渉が、美の化身がごときクロウリード王を束縛する。
瞬間加速で限界速度へ瞬時に至る元天使の身。背中側へと閃光のように回り込み、突き込まれた双短剣が、クロウリード王の胸中心と首を正確にとらえ、ぞぶり。と、肉の裡へと刃が抉り、分け入る。
融炎魔術、光輝魔術、同時起動。
目も空けていられなくなるほどの炎と浄化の光が部屋を染め上げる。
油断なくさらに重ねて、真正面から唐竹に脳天から股下へと、真っ二つに両断するハルバードの剛撃。
よもや一撃で決まるとは思ってもおらず、生命力は温存したとはいえ、そもそもの膂力、武器の固有能力、そしてなにより重ねられた基礎能力向上効果の乗算に、炎と熱に急所を消し飛ばされたクロウリード王の身体が中央部分を縦に消し飛ばされ、絶命する。
「あっけない……?」
「ですね……?」
反応すらできず、消し飛ばされたクロウリード王。神がかり的な邪の気配だけで、私を恐怖のどん底に陥れた男の最期としてはあまりにあっけなく。戸惑う私。
確かに消し飛ばしたはずの、王の美しい肉体があったその場所から、悍ましい気配が爆発的に膨れ上がる。
「小娘、我自らに弄ばれたかったか? 痴れ者が、なんと淫乱な事か」
「「うそ……」」
まるで何事もなかったかのように、ほんの一瞬前、暴虐の限りを身に受ける寸前と変わらぬ姿で魔導書を手に、立つ美貌の男。
金の髪を気障ったらしく手でかきあげ。
「あいにくと、貴様らごとき端女に、我が相手は務まらぬ。だが、ああ、そうだな。我は今気分がよい。ネクロノミコンの禁忌の知識を補完した功績には報いてやるが王の務めか」
皮肉気に歪められる彼の口元。
「それに、そうであったな。次にまみえた時には、蹂躙し、嬲り犯してやると約定を交わしたのであったか。贄たる責務を放棄し、下賤な輩の慰み者となることを望んだ愚かな王女も間もなく堕ちるであろう。ちょうどよい、あれの末期を鑑賞しながら、こいつらに貪られるが良い」
部屋中に満ちる獣の匂い。
部屋の隅、椅子の角、机の脚の端、そこら中から湧き出して来る、漆黒の狗。
腐った死体のようなにおいをまき散らす吐息。じりじり、じりじりとこちらへ迫ってくる、悍ましい狗達
簡易鑑定に映る名は”☆5 ティンダロスの猟犬”。
「「ルナリスを、どうしただって……!?」」
だが今はそんな事よりも、こいつが口にしたこと。王女、ルナリスの事だとすぐにわかる言葉の羅列。
彼女の身に何を。
皮肉気に嗤い、パチリ。と、指が鳴らされると、空中に映し出されるどこかの情景。
中央で舞い踊っているのは愛しの銀の姫。刀を片手に、扇を片手に、虹色に揺らめく時空属性と、蒼白い稲光を纏い、迫る異形を次から次へと屠っている。
「ムーンビースト共相手に、よくやっているものよ」
灰色の肌、ぬらぬらと照り光る脂ぎった表面。ヒキガエルのような造形の顔面からはピンク色の肉々しい短い触手が鼻の代わりに蠢き伸び、目も見当たらない。
長い槍を器用に操り、遠間からルナリスを刺し貫かんと攻め立てる異形の集団。
こいつらがムーンビーストか。
問題はとにかくその数。投影された映像に映る大地一面を覆い尽くし、なお、その外にも無数にいるとわかる。
無限に群がる異形の軍勢。
いくら再生能力に優れる彼女とて、永久には保たない。
今すぐ、助けに行かないと。
「あれがいるのは、この仮初めの世界の月面。貴様の貧弱な翼では、飛んでいくことも叶わんよ」
「「なら、連れていけ。私を今すぐ! 彼女の元に!」」
この男と、そしてもはや半歩先まで迫った数多の狗達への恐怖も忘れ、声を限りに叫ぶ私。
ただ、クロウリード王は取り合いもせず鼻で嗤う。
「そのままでは、こやつらの相手は辛かろう。慈悲をくれてやる。愉しめ」
上へ向けられた、魔導書ネクロノミコンを持つのとは逆の、左手のひら。そこに薄桃色の液体が生成されていく。
とたん、部屋中を満たす濃密な、爛れた甘い匂い。
脳髄が痺れ、身体が不意の快感に甘く痺れ、腰が砕ける。
狗達もまた、興奮に目を血走らせ、獰猛な視線を歪める。
【魔薬(進行度-末期):媚毒(極大)/自意識低下(極大)/飢餓(極大)】
【クロウリード王により、領域が展開されました。リスポーン地点が上書きされました】
視界が薄ピンクに染まる。体中が昂ぶり、熱い。身体の境界が失われたように茫漠と広がっていく。
意識が溶けて混濁する、ただただ、気持ちいい、心地いい、多幸感に飲み込まれる。
ただただ、快楽に浸かるしあわせ……ああ、黒い獣たちのいきり立ったモノが、迫ってくる。
ゾブリと、お腹を、太ももを、柔らかな肉に次々と牙が付き立てられる、貪り食われる。
生きたまま食われることすらも、ただ気持ちいい、快楽に変わる。
身体が失われていく、命が失われていく。
翼の付け根に、銀の姫と人形少女に、睦み合いの中いつも責められるそこに、汚らわしい牙が容赦なく突き立てられる。
背筋をのけぞらせるほどの快美の電流に脳が焼かれる。
ぁぁ、白い翼の身体も、黒い翼の身体も、命の赤い雫を濁流のごとく垂れ流し。
快楽に濁った意識は しとどに濡れた内股から粘液を垂れ流し、随喜のよだれと涙を留める事もなく。
脳髄をすすられる。心臓をえぐられ、貪り食われる様を見せつけられる。
股に突き刺された太いモノが荒々しく内臓までも抉る。
幾度も死を迎えた。その都度、この淫獄に、この暴虐の地獄に、ただ貪り食われ嬲られるためだけに、よみがえる。
無限の死と復活が繰り返される。
このままでは、ただ無為に散ってしまう。無限に続くこの快楽の地獄に飲み込まれてしまう。
死すら救いにならない。ただ、地獄へと舞い戻るだけ。
いやだ。ここから出して、助けて。
もう気持ちよくしないで。
もう食べないで。
銀の姫も、まだきちんと話し合えもしなかったAIたる人形少女とも。
会えなくなってしまう。そんな絶望が、心を満たし、身体を満たし。
ふ、と。繰り返される死と復活の狭間。
刹那、冴えわたった思考によぎる、漆黒のカソックの男の言葉。
私の2つの身体の口から漏れ出た、縋るような、祝詞。
「「”Nyarlathotep“ ia, ia, どうか、この惨めな私を……」」




