91.4章-第7話 ”採掘場の町アノク #2/2”
「瑪瑙と玉髄、魔道具の材料には確かになるものの、ここでしか取れないようなものでも無し」
「取引……記録も、ここ3か月を見る……限りは……ない、です。実体との……乖離は、わからないので……帳簿上、ですが」
「出荷予定と思われる倉庫の品も、不審な点は無し。空間拡張ポーチも見つかる限りでは、同様」
「隠し部屋も、見あたらなかった。なの」
「生命反応も動きありません、です」
「見事におかしな点無し、ですね。後は神殿ですが」
リチェスタ同様、町の広場に位置する神殿、正面屋根部分の十字架は消失し。同じ広場にあるはずの教会も無し。
レイラさんを馬車で待っていてもらうか……空間自体が明らかに異常なので離れるのも、それはそれで、怖いですが。
逡巡を敏感に感じ取ったのか
「お、置いては行かないでくださいまし」
ふにゅんと柔らかい感触が正面から。またも良い香りが、うっすらと褐色を帯びた艶やかな谷間から。
「わかりました、わかりましたから。では、皆で行きましょう」
と、その時ルナリスに軽く袖を引っ張られます。
どうも内緒でお話したそうな雰囲気を感じ、
「先に外に出ていていただけますか?」
2人で残ります。
「魂魄属性の……魔術に、微かな……反応が。食料品から……歪められた魂……の、痕跡が」
「食料品から?」
こくり、とうなづく彼女。
「鑑定で……異常は、ありません。ですが……何かが……おかしい、です。魂魄魔術に……は、魂の濁り……から嘘感知や、悪意感知……等の感情、記憶面……そして、宿った魂の性質……有無を、感知できます。普通……食料品、からこのような……反応、しかも、歪められた魂……を感じる事は……あり得ません」
「少なくとも、口に入れるのは避けるべきでしょうね。特定の食品ではなく全般ですか?」
「はい。これまで……みかけた、全て……です。けれど、眠っていた家畜から……はおかしな反応……はありません」
町の人々の眠りの原因かとも思いましたが、それなら、水とか、特定の食品だけでもよさそうですよね。少なくともすべてに混入させるとなれば、どれだけの手間か。どうにも規模的に違う問題な気がしますね。
「わかりました。後で、紗雪にも伝えておきますね」
そうしてこっそり情報の共有をし、合流するのでした。
そうして次に調べた神殿ですが。
「異常なし……と。いえ、十字架がない事と、扉が反応しない事は、明らかな異常ですが」
中央に据え付けられた大きな扉に触れても、どこかに飛ばされることも、アナウンスも流れず。
念のためと、クロウリード王が魔導書をリチェスタでどこからともなく取り出した祭壇も調べますが、仕掛けも見当たらず。
「これはお手上げですね」
空を飛び、天井付近まで一緒に見ていた紗雪もお手上げポーズ。
そろそろ夜……というのもおかしいですが、感覚的に夜ですから。夕食をとって休みましょうか。どのみち夜の領域から外に出られない以上、まずはもう少しこの町と、鉱山を調べる他ないでしょう。
ルナリスからの情報もあり、食料も飲み物もすべて、持ち込んだ自前の物でまかないます。
一応。”悠久の楽園”とは繋がらず、掲示板などでも外の情報が入ってこない現状ですが、課金ショップだけは繋がっているので、いざとなればそちらを使えますね。ただ、来訪者がほぼいないアレイスター王国の住民であるレイラさんの手前、ややこしい事になるのは避けたかったので、とりあえずは普通に住民と同じように準備をします。
戦力的には紗雪と分ける案もありましたが、何かを霊感で感じるのか、ルナリスが珍しく強く主張し。ルナリス、紗雪、私の3人が先に就寝。残る4人との交代制で馬車の中で見張り。という事に決まりました。
――「ルナリスの勘があたり、というところでしょうか」
「4人が見当たりませんね」
「邪気が……桁違い……です」
「これはむしろ私たち3人が、見当たらない。行方知れずはこちら、になるのでしょうね」
寝入ってからどれほど立ったのでしょうか。寒気がして目が覚めると、どことなく違和感を感じ。念のため馬車内の小部屋を出たところで、2人と鉢合わせ。4人が見張っているはずの大部屋に顔を出すも誰もおらず。
「湯気を立てる紅茶が4杯」
「参りましたね……動かしてみても反応は無し、と」
「邪気の源は……あちら、神殿……の、中から、です」
窓から外を虹色の光を宿す蒼銀の瞳、“☆9 魔眼-月姫の時空眼”で見てくれていたルナリスが指し示した先。
私でも、嫌な気配の源がそちらと、視ればわかるほどの圧が神殿の方から漂ってきます。
「待つ手もあるかとも思いましたけれど。システムメニューの時計が止まっていますね、これ」
「そういえばそれがありましたね、私も忘れていました」
可視モードにして見せたメニューの時計に、紗雪も忘れていたと。
「あちら側、何と呼ぶべきかわからないですが、先ほどまでの夜の空間でどうだったかも見るべきでしたね。失敗しました」
「時間が……止まっている……か、すごく遅い。のですと……待ってもおそらく」
「ですね。やむをえません。念のため書置きだけ残して、行きましょう」
無人の馬車は残して、神殿に向かいます。しまってしまったりした場合に、あちら側に残っている4人への影響が読めませんから。
「先ほど……あった、扉が……ありませ……ん」
「代わりに下へと降りる階段が現れているっと」
「階段の脇に山ほど詰まれている白い石。この下から採掘してきているのでしょうか」
嫌な予感しか感じませんが、町も念のため見回っても先ほどの白い石を運び出していた形跡以外は何も見つからず。
仮にここを裏の世界と呼ぶなら、こちら側が本命ではないか。とは想像はつくものの、それにしても動きも一切なく。
怪しい以外に言いようがない、試練ダンジョンの扉跡に出現している階段を降りる事に決めました。
昏い檻のような空気が沈殿した石造りの階段を降りる事、70段。
罠感知ができるサフィーロ達の不在を痛いと感じつつ、素人のできる範囲で慎重に降りていきます。
念のため段数を数えながら来ましたが、相変わらず3人とも飛んでいるので、段に何かスイッチとかがしかけられていても安心です。
「神殿の下にさらに、神殿?」
「熱い……です」
「真っ赤な火。けれど、ここは特に邪気を感じない気がしますね」
「はい……この空間だけ、邪気が薄い……です。けれど、霊気は……濃密、です」
熱を感じるほどに壁際一面に炎がともされた、まさに炎の神殿としか呼びようがない空間。
ちょうどサイズは地上の神殿の広間と同じくらい。
反対の奥、上の神殿で祭壇があった位置には奥へと続く扉。あまりの暑さに、ここに居続ける事に不安を感じるほど。
一通り確認はしたものの、門番のように据えられた両側の石像の間を通り、扉に手をかけようとします。
「ナオ……様、この石造」
じっと、両側の石像を順に見つめるルナリス。神官か、あるいは、トーガというのでしたでしょうか、古代ギリシャのような衣装をまとった2体の石像。
「霊気……の源は、この2体……の石像と、周り……の炎です」
言われ簡単に調べてみますが、特に動きもなく。
よくあるダンジョンの定番で、石造が動き出すとかいう事もなく。むしろ、彫刻したにしてはあまりに生き生きとしたその姿は、門番かこの神殿の神官が生きたまま石化された姿。と言われた方がしっくりときます。
さすがに攻撃されたわけでもないのに、こちらから破壊活動を行うというのもはばかられ、結局どうすることもできず。
ただのモニター越しにプレイする、昔ながらのゲームであれば、魔法を撃ち込んでみるとか、試す人もいるかもしれませんが……肌にピリピリと来るようなこの存在感を前にしては、そのような気持ちは沸きませんね。
扉を開けますと、その先には先程と同じような階段が、底も見えないほど深く、闇にのまれていくようにして続いています。
少し緊張を覚えながら、石像の間を通りますが何事もなく階段の空間へと、出ることができました。
「動き出して戦闘になるとか、行く手を阻まれるとか考えていましたが、なにもありませんでしたね」
それでも、階段を降り始めたら後ろから追ってくる。などという妄想にもかられ、時々後ろを振り返りながら、恐る恐る降りる階段。
「たぶん、700段。だと思います……さすがに途中で分からなくなりかけましたが……」
「紗雪、お疲れ様です。私は120くらいで分からなくなりましたよ……」
そこはかとなく、何もないことそのものが異常、と。そんな気がしてならない程に、何事もなくここまで降りてきてしまいました。
目の前にはまた一つの巨大な扉。試練ダンジョンのそれよりもはるかに大きいですよ。
「お嬢さん方。この先へ進むのかね」
何一つ気配もなければ、来た道でだれも見かけなかったはず。枝分かれする道もなかったと確信しています。
しかし、確かに聞こえた呼びかけの声に慌てて振り向くと、真っ黒な人影が、同じく漆黒のカソックを着て立っています。敬虔な神父様といったいでたち。
かつてアフーム=ザーの断片と出会った氷山で、ふらふらと歩いていた黒い影とは、似ても似つかない。
しっかりとした存在感を放つ人物です。
「正直に申しまして、よくわかりません」
「ほぅ。望んでここに来たのではないと?」
「そもそも、この場所がどこか、わかっていないのです。ただ流されるまま、ここまでたどり着いたと申しますか」
「はは、ははは、これはまた。ずいぶんと正直なお嬢さんだね」
嘘をついても意味がない。なぜかそんな気分に晒され、馬鹿正直に答えてしまいましたが。黒い人物は、朗らかな笑い声をあげます。
「本来この場は、容易にはたどり着けない領域なのだよ。しかし、とある事情でここの法則が乱されている。そう、乱されているのだよ」
「その事情とは」
「それをここで語ることはできないのだ、すまないね。しかし、そうだね」
じっと、見透かすように私たちが見られている事を感じます。
「君達とはどうも縁がある事情。ああ、そうだね、だからこそ君たちはここに招かれたわけか。夢見人でもないであろう君たちがね、そう、招かれた、誘い込まれた。のだろうね。番人は動きを止め、この先の法則が乱されている今であるからこそ、というわけか。なるほど。なるほど」
目が慣れてきたのか、黒一色の人物。男性が極めて強壮な体格をしていることが分かります。
カソックが示すような神父と安易に呼ぶには、肉感的すぎるほどに。
「これより先は幻夢郷、ドリームランド。ただし本来の、かの地へ至ることはかなうまい。今、この扉の先につながるは、旧き神の試練を歪め、夢と現の狭間に暫時形作られた、須臾の間の世界。虚空の中に一滴の混沌を浮かべ、生まれた。定着する事もない、泡沫の夢の世界。生まれてすぐに虚空に消える定めの世界。面白くなることに期待して、一つ助言をさしあげよう。このままでは、ただ嬲られ、喰い散らかされるだけだろうからね」
不穏なことを言ってくれますが、ここはおとなしく聞くべきなのでしょう。
「黒き獣、群がるとき。絶望の淵より、その名を呼びなさい。” Nyarlathotep”。全てを捧げ求めよ」
それはまるで、預言のようで。ふと、地上の夜で番をして待っているはずの、舞い戻ったこの国で初めに出会った薄褐色の肌の女性。独特の節回しの語りといい、レイラさんを思い起こされます。
「ああ、それとね。北の城には決して行ってはいけないよ。二度と出る事はできなくなってしまうからね。まあ、この偽物の幻夢郷では、たどり着くための道も存在しないのだがね」
そうして、カソックを着た、神父らしからぬ漆黒の男は現れた時と同様、唐突に消え去っていたのでした。




