90.4章-第6話 ”採掘場の町アノク #1/2”
「かの地は眠りに閉ざされた。退け、退け、退け。喪失の苦痛を恐れるならば、退け。心せよ、旧き印は既に堕ちた」
これが、どうしても今すぐにと、レイラさんが伝えた占いの結果でした。占いというか、これはもはや預言者とか、そちらの資質を感じますが。
「明らかに警告、ですよね」
「はい。まだ、おそらく間にあいます。ここで引き返されれば」
少し考え込んでしまいます。紗雪とルナリスも、辺境伯から預かってきた地図を見つめています。
今向かっている先、そこには多少の距離がそれぞれの間にはありますが、王都に向かう方向にそった、3つの標的が記されています。
目線を合わせる私たち3人。意思伝達から伝わる思いも、同じですね。
「レイラさん、私たちはこの先に目的があります。占いの結果は真摯に受け止めたいのですが、状況を見もせずに引くわけにはいかないのです」
「そんな……」
「とはいえ、貴女まで無理についてくる必要はありません。無責任なようで申し訳ないですが、途中の村で降ろさせていただければと。多少の路銀と食料も差し上げます」
ルナリスと紗雪も、うなづきを返してくれます。
「こんな占いの結果、出た事は本当に初めてで。危険なのですよ!?」
「退路は確保……しているつもりです」
今は再度、”悠久の楽園”との扉が通じることを確認してあります。とはいえ、つい昨日があのありさまでしたからね……過信はできない事は嫌と言うほど思い知らされました。おそらく邪神絡みの何かが高まったりすると、干渉されてしまうのでしょうね。
「あのままであれば、私は国王陛下に献上されるはずでした。よくない噂や、過去の所業は、ルナリスさんからもうかがいました」
ええ、第1王子時代。それはもう……人を人とも思わない悪魔の儀式とか、魔薬の実験台、性魔術の実践。反吐が出るような話をそれはもう淡々と。敵を知る必要があると、聞いたのは私ですが、胸糞悪くなるようなお話が出てくること出てくること。兄弟としての血のつながりは本人の否定の言もあり、怪しくなっています。それに、身体を乗り換えていますので、確実にルナリスとの血のつながりは、もはやないでしょうが……。血のつながりと言えば、同じ母親から生まれた第3王女はどうなのでしょうね。
深い海のような碧色の髪の、色っぽさに全振りしたような美女。とはルナリスの言ですが。そもそも生きているのかどうかも怪しいですよね、王様があの様子では。何かの儀式の生贄とかにすでに捧げられていそうな。
「ですので、どうか、私もお連れください。しがない占い師ではありますが、少しでもお力になれることがあれば」
「つい先ほど一つの町が、悲惨な末路をたどったところです。確実に安全な場所、というのも私達にはわからないのも事実ですが……」
「少なくとも馬車の中で、この前みたいに待機してもらう……のがいいのでしょうね」
紗雪の案しかないでしょうね。
保険として、うちの子達をこちらに常駐してもらう事も検討しました。数の面でも武力の拡充ができれば頼もしいですから。
しかし、私達がいる場所の”悪いマナ”の密度がますます高まっているのか、”悠久の楽園”への攻撃があまりに激しく。まだ数も十分にそろっていない中、引き抜いてしまえば、防衛に支障が出かねない状態でした。
それこそ私達が逆に”悠久の楽園”側に出張るような事態に陥りかねないほど。
兎も角そういうわけですので。こちら側に常駐して、行動を共にしてもらうのはサフィーロの第3部隊の中でも、どちらかというとメイド側に重きを置いた子達2人。と、いうのが精いっぱいという状況でした。”こちらはお任せください、必ずやお留守を守り、無事撃退して御覧に入れます”とは、第1部隊を預かり全体総合指揮を今回も任せているアクロイトの言です。
無茶だけは皆、してほしくないのですが。
あちらとの接続が絶たれた場合、紗雪はドール体の制御もできなくなるとのことで、なおさら戦力的な余裕が削られています。それならいっそドール体もこちらに、と考えなくもなかったのですが、接続が維持されている限り、あちらの状況を監督できるのは有意味なので、難しいところなのですよね。
「もふもふ……」
ルナリスの唐突な寂しそうな声。卵が未だに孵らないのですよね。
普通のランダムエッグは、長くても、ゲーム内時間1か月もあれば孵るという情報があり。あの卵を設置してからもう約60日。いつ孵ってもおかしくないのではないかと、お盆祭りの頃からずっとそわそわしていて。
昨夜戻った時も、白亜城、宝石城、それぞれの卵の様子をそれはもう目を輝かせて見つめていたのですが、変化も無く。
「きっとじっくりと私たちの事を見守りながら、卵の中で準備をしているのですよ」
「はい……です」
心なしか、髪の艶が陰ったような。いえ、さすがにそれは気にしすぎでしょうか。それでも、ちょっとしょんぼりしているのは間違いありません。
もういっそ、別にモフモフのペットを飼ってあげたくなりますが、クロウリード王自ら敵認定された今、すぐに考えられることではないですね。卵が孵れば、戦力的にも期待できるという思いも、彼女の中にあるのでしょう。何せ、卵4個で2,000億ポイントといえば、”悠久の楽園”と同じポイント消費ですからね。いや、本当に、なにが孵るのですか……?
と、今はレイラさんのことでした。とにかく、当初期待していた追加戦力を、こちらに呼べないのです。
従って護衛にさくような余裕も当然なく。
「護衛となる戦力の増員も難しい状況です。本当に、一緒に来られますか? 危険と占いに出ている場所ですよね」
「はい。後悔はいたしません。どうか、お連れください。ナオさんと一緒に、参りたいのです」
エキゾチックな美貌に、たまらなくなるような妖艶なまなざしでまっすぐに見つめられ、思わず胸が高鳴ってしまうのは仕方がないでしょう……?
「わかりました。ただ、先ほども申したようにできるだけ、馬車からは出ないでください。外装含め、できるだけの強化はされていますし、拠点として運用するためにも、この子達はここを起点に活動することになる予定ですので」
こちらについてきてくれている第3部隊の2人の少女人形とサフィーロが、静かにお辞儀をしてくれます。
「承知いたしましたわ。私もできる限り占いを立てるようにいたします」
「助かります」
情報は少しでもあった方が良いですからね。
進むこと2日、目的地の内、一番王都から違い側。採掘場の山の麓にたどりつきました。
「ここまでは何事も無し。と」
「山の……中腹手前から……時空のずれと、霊気……いえ、邪気がうっすらと……見えます」
目的地の、試練ダンジョンがあった町は山の、そのまさに中腹あたりなのですが。
「何か起きているのは確実ですね。念のため物資も、各自の空間拡張のポーチに入れ替えました」
「ありがとう。インベントリにも多めに確保したよ。食料も2か月近くもつね」
領域内の倉庫の備蓄はもちろん、今は第4部隊の子達が、生産素材だけではなく、食料に関しても、果物を中心に各種植物の栽培を軌道に乗せてくれたのですよね。おかげでこうした有事の食糧供給体制もかなり充実しています。かなりレアな素材や食料の種とか、この前のモンスターラッシュイベントのポイント交換で手に入ったのです。
慎重に山道を登る、騎竜に引かれた馬車。
ついにルナリスが”視た”境界を越え……。
つい先ほどまで、陽の光がさんさんと降り注ぐ昼間だったのに。そこは完全な夜の世界でした。
空気まで、どこか重い感じがします。
「まさに、異界と呼ぶべきでしょうか」
「少なくとも見える範囲の採掘場や周辺に明かりはついていませんね」
「虫や動物の……音も、気配も……なくなりました」
ルナリスに言われ耳をすませば、確かに、夜の静寂を揺るがすような音は浮遊の籠められたこの馬車の車輪の微かな回転音と、騎竜の足音ばかり。
不気味なほどの静けさに沈む夜の中を進んだ先の、町。ここが採掘の町アノクでしょう。
鉱夫が酒場で騒いでいるような様子もなく、本当に人がいるのか不思議なほど。廃墟と言われれば納得してしまう、ただただ静かな町に馬車が入ります。
「生命の反応はあります、なの」
「どの家も、誰かしらいそうな感じです」
「偵察に参りますか?」
人形少女達がさっそく、斥候として鍛えたスキルを活かし、報告をくれます。
「いえ、できればまとまって動きたいところです。とりあえず奥にみえる、おそらく町長の屋敷でしょう。あそこに行ってみましょう」
真っ白な大きな月が見守る中、そっと馬車を降りる7人。いったん馬車はと騎竜はインベントリにしまいます。
“狂愛の楔”の制約でレイラさんはパーティーに編入できないので、ソロで。
私、ルナリス、紗雪、サフィーロ、第3部隊の少女人形2人。の、6人パーティーを編成しています。
ゴシックドレス風のメイド服に、淡い金髪の3人がさっと、黒い翼にわずかに魔力を籠め、いつでも迅速に動き出せるように周りに展開してくれる中、そっと正面玄関へ。
「鍵がかかっていません、なの」
「窓から見る限り動きなし、です」
サフィーロが玄関扉を、2人がさっと飛び立ち、中の様子を探り。
「入りましょう」
「罠を警戒しますので後ろからお願いします、なの」
「生命反応は2階です」
かなり裕福であることがうかがえる、整った屋敷の中。光輝魔法の光に照らされ、ゆっくりと進んでいく一同。
たどり着いたのは、何の変哲もない寝室でした。
老夫婦が眠る部屋。サイドテーブルには水差しと水の満たされたコップ。そして、寝る前に摘んだのでしょうか、小皿に乗せられたチーズの切れ端。
「鑑定に……も、異常は……ありません」
「ただ眠っているだけ……にしては、反応が一切ありませんが」
「少なくとも穏やかに、息をしています。けれど、ゆすっても起きませんね」
近くに寄って吐息を確認し、肩をゆすったり起こそうと試みた紗雪からも報告が上がります。
「あ、あの。これ、日付が」
壁際のカレンダーを覗いたレイラさんから、呼びかけが。
見てみれば、8月1の巡りのページが開かれています。(SEOサービス開始から125日目~155日頃)
今はリアル8月14日。内部で言えば8月2の巡りの終わり頃。(SEOサービス開始から179日目)
仮にこのカレンダーが1の巡りの終わり近くの状態だとしても、内部時間で30日近く経過し、放置されていることになります。
しかもかなり丁寧に、様々な書き込みがなされたカレンダー。
誰それの訪問予定、町のイベントごと.
日々の行動管理にも使っていたらしいそれは、丁寧に、終わった月、巡りの切り取られたページがわざわざ、下に置かれたミニテーブルに保管されています。どのページも同様に丁寧な書き込みと、終えた日付には小さくチェックマーク。
「まさか、30日近く眠ったまま……と?」
「この几帳面さから言って、この巡りに入って急にずぼらになったとは考えづらいですね。ナオさん、そうしてみるとこのお水とチーズ。違和感がありません?」
言われ見てみれば、コップから減っていない水。この世界でも普通に水は気化していきます。30日も放置されればもう少し減っていてもいいようなもの。そしてそれ以上に。
「綺麗すぎますよね」
「ええ。口をつけて飲んでいるはずなのに、カビ一つなく。食べかけのチーズも同じです」
「時間が……止まっている?……夜の空間……になってから、視える……範囲で時空の断裂や……歪みは視えません……でした」
「となると、この夜の領域全体で起きている異常、なのでしょうね。時間が止まっているのか、極めてゆっくりと流れているのか。少なくとも外の約30日が過ぎる間に、この場所はたった一晩に満たない時間しか過ぎていないか。あるいは、眠りの方にも異常があると考えても、食品の鮮度から考えて長くて数日以内」
推測している間も、うちの子達はいろいろなところを調べてくれています。
「と、という事はここを出たらおばあちゃんに!?」
レイラさんがおののいたように後退ります。
「んー確証は持てませんが、今のが事実だと仮定すると、逆の可能性もありますね。この空間が元に戻った時に、どの時間に接続されるのか。それによっては過去にタイムスリップする可能性すらあるかもしれません。もちろんここの1時間が外の30日という可能性も否定できませんが。そもそもこの異常が何で、どのような原理か……次第ですね」
ええ、そもそもここから外に出られるのかという大問題が。
実はレイラさんが怖がらないように、こっそり隠密状態で、サフィーロの部隊の子に外に出られるかを試してもらったのですが、この夜の領域、来た道を戻って、明らかに境界であったはずの場所を通り過ぎても、永遠夜のまま、山の下まで行けてしまったそうなのですよね。
つまり入ることはできるが、普通に移動して出る事はできない、と。
「家探しするようで心苦しいですが、執務室や、記録保管庫のようなところを探しましょう」
そもそもの私たちの目的の一つは、侵略戦争に用いられている魔導具、要するに兵器の材料について調べる事。
そのためにもまずはこの家に目を付けたのですからね。ここでだめなら、集積所とか、流通にかかわる建物とかでしょうかね。
あとは、悲惨なことになったリチェスタの町の例を考えれば、試練ダンジョンのあるはずの神殿の様子を見に行くべきでしょう。




