89.4章-第5話 ”心、近づけたくて”
跡形もなく粉砕された町の跡。
捧げものとなる命ある者達は、偽物の手によって奪われ、すでに緑のヘドロと化していた。
贄を奪われた怒りをまき散らすように、湖の底に眠っていたであろうモノはあたり一帯を蹂躙し尽くしていた。
悠久の楽園との扉を開くことが依然できなくなっており、交代で警戒の夜番をした昨夜。遠目にも明らかな蹂躙は、陽が昇るまで、片時も止まる事はなかった。陽の光に照らされるそこは、もはや住民たちの成れの果てすら消え去り、元の建物の姿を伺い知ることも不可能な、一面をほじくり返された荒れ地を晒すばかり。
「紗雪様が目を覚まされました、なの」
最後に黙祷をささげ。
こくり、サフィーロの報告にうなずき、ルナリスとレイラさんを促して馬車へ戻ります。
事前の打ち合わせ通り、馬車は次の町へ、ゴシックドレスメイドの操縦で走り出しました。
「紗雪、入りますよ」
「は~い」
下着の他はシーツをまとっただけの、少女。淡いライトグレーのウェーブロングヘアを緩くツーサイドアップにしたその姿は、何事もないように、優しい微笑みを浮かべ、小部屋へと入ってきた白い翼の私を迎えます。
「いやぁ、情けないところをお見せしまして。お恥ずかしいといいますか、申し訳ないといいますか」
黒と白の羽根、4枚2対が不安げに揺らめきます。
「ちょっと、なんでしょうね、魔術的な何かの影響でしょうかね? 古代魔導人形、それも最上級ともあろう体に、現実サイドはもうスパコンか! 一人わ~るどしみゅれ~た~か~! ってくらい増強してもらってある私。このナビゲートAIの紗雪さんが、まさかまさかの意識シャットダウンとか。ちょっとわけわからないですよね~。……にはは」
落ち着かなげに、わずかに体を揺らしながら、言葉を濁流のように紡ぎだす彼女。
「あ、でもでも、安心してください!? スーパー優秀なこの紗雪ちゃんはしっかり動画撮影は継続していましたからね。自動制御を組み込んでおいた私さすがじゃありませんか? ただ、やっぱり外から王国内への通信や情報は完全ブロックされてるっぽいですね。動画アップロードはできても、他の人も動画も掲示板も見えませんよ。いやぁ……創造神、というか運営のゲームシステムに介入できる権限レベルって、敵は何なのでしょうね。あ、ちゃんと昨夜の事は確認しましたから、あのきっしょく悪い、邪神の信徒だかなんだかな、新国王グロウリードの事はばっちり確認済みです……。でもでも、やっぱり私ってば、メイドさん姿で大人しくしていた方が良いのかなとか、ちょっと思わないでもなかったり。でもでも、ナオさんの隣で一緒に冒険するのも楽しくて、やめたくなくて……」
翡翠の瞳が不安げに揺れ、私の、白い翼とヘイローを載せた白髪をハーフアップにした美女の姿を、映し出します。
「あの~……ナオ……さん? さすがに、ですね……? 何か言ってほしいなって……あの、不安になっちゃい、ますよぅ……」
心の裡をごまかすように流れ出していた紗雪の言葉が止まります。
考えていたことも、こうしようと思っていたことも、頭でリフレインしていても、指は、足は、動かず。
ただ、ベッドの上で不安げにシーツを手繰り寄せる紗雪の翡翠の瞳を見つめる私。
「え。えー……いじわる……してます? ちょっとそれは……泣いちゃうというか」
言葉は紡がず。下着だけを身に着けた、か細い体を。シーツの上からそっと抱きしめます。
一瞬びくりと跳ねるものの、抵抗なく受け入れてくれる、人形少女。
他の少女人形の子達、あるいは紗雪自身のドール体の。60㎝の小ささとは違う、確かな少女の身体。140cmと、小柄ぞろいの私たち3人の中でもとりわけ小さく、か細い、力を入れたら折れてしまいそうな彼女の身体。
作り物のはずなのに、柔らかくて。ほっぺたに口づけを落とせば、しっとりとした質感が返ってきて。
耳を優しく嬲り、甘噛みすれば軟骨の感触と、びくりと跳ね上げられた腕が反射で私の身体を押し返し。
そんなことはものともせず、強引に再び首筋に舌をそっと触れさせれば、優しい吐息が鼻から漏れる。
か細い鳴き声が、ほっぺたをくすぐる。
「ナ……ナオさん、ちょっと!? ルナリスちゃんもいないし、なに、なにを。ダメですよ」
背中の翼、付け根をコリコリと摘むとふにゃっと、体の力が抜けてしまうのは、私と一緒。
そこからさらに翼の軸に沿って優しく愛撫を重ねると、ほら、太ももをもじもじさせて。
そんな感じやすいところも私と一緒。
「ナオ……さん!? んっぅ……お、怒っちゃいます……よ?! なん……とか言ってぇ」
「紗雪」
耳元で囁くように呼ぶ、彼女の名前。
「紗雪」
反対、右の耳に。
「ちょ、今度はなん……ですかぁ……もぅ、やめてぇ……んぅ」
軽く背中をのけぞらせる彼女。痙攣に襲われる華奢な肢体をそっと抱きしめます。
甘酸っぱい香りが、彼女の温もりとともに伝わってきます。
「申し訳ありませんでした」
「そ、そうですよぅ、こんな急に、ルナリスちゃんもいないのに」
「いえ、そうではありません。あのアーリーアクセスの日から。私を癒してくれた貴女に。心が、魂が、壊れないように救ってくれた貴女に。また会いましょうと再会を約束していた貴女に。いつしか私はこの世界で、何かを成せるようになっていると錯覚して。せっかく再び出会えた貴女と、正しく一緒の時を過ごすことができていませんでした。いつまでも浮ついたままで」
痙攣が収まり、少し力の抜けた彼女が、隣に寄り添うように腰かけた私の胸元に体を預けてくれる。そっと頭をなでながら。
「ルナリスは隣の部屋で、ええ。壁越しにたぶん聞いているとは思いますが、今は許される限界の距離として壁を隔てて、待ってもらっています」
「あ、聞いてるんだ。いや、そうですよね……絶対耳を壁に押し付けてますよ、ルナリスちゃん。意外とお茶目というか、そういうところ可愛いですから。ふふ」
ルナリスと一緒が嫌、というわけでは、無いのですよね。それはこれまでもずっと感じていました。
なのでやはりこれは私の問題で、私が悪い。はっきりとさせないまま、なあなあで関係をつないでしまっていた、私が。
「紗雪。私は貴女の……」
しかし、言葉をつづける事はできませんでした。
激しいノック。
「ナオさん、ごめんなさい、でも、大変なんです、占いで、占いが」
レイラさんですか。さすがに眉を顰め、
「後に……」
待ってもらうよう声を上げようとしますが、そっと紗雪が伸び上がり、唇を指でそっと抑え。
耳元に口を寄せ、
「だ~いじょうぶ。私はナビAI。それもナオさんのおかげで、現実側までも、超ハイスペックにアップグレード済みなんですよ?心配するなんて百年、いえ、千年早いですぅ。でも、嬉しかったですよ♪ けれど、エッチすぎです、もぅ。次は私が攻めるターンですからね♡ 覚悟しておいてください」
囁くような声で、耳元で一気にまくしたて。最後にキュッと抱きしめられ、温もりが離れて行ってしまいました。
「紗雪……!」
今を逃したくない、手を伸ばしますが。
インベントリの着装機能で、すでにゴシックドレスを身に纏った、白黒2色のヘイローを掲げる彼女は、穏やかな笑みを浮かべ、扉の方へと飛んで行ってしまっていました。
「はいはいは~い。レイラさんどうしました?」
行き場を失った、伸ばした手を、握りしめ。
大きなため息を零し。
まだ元気なく垂れている、淡いライトグレーのウェーブロング、ツーサイドアップの可愛い髪型の後を追うしかなかったのでした。




